428473111 | 「ホロコースト(Holocaust)論争」とは |
(最新見直し2005.12.17日)
(れんだいこのショートメッセージ) | |
認識は進化する。「ホロコースト問題」も典型的なその一つであろう。これにつき太田龍氏は「時事寸評」で適宜、「ホロコーストはネオ・シオニズムの作り事」として一刀両断している。1995年初頭、文芸春秋社の月刊誌「マルコポーロ」2月号は、内科医師・西岡昌紀(まさのり)氏の10ページにわたる寄稿文「戦後世界史最大のタブー。ナチ『ガス室』はなかった」を掲載し物議を醸した。「帝国電網省」の主宰者竹下義朗氏は、西岡論を請け、「歴史再考」の「ナチスは『ホロコースト』等していない!! ─『ユダヤ人600万人虐殺』の真実」で、同様見解を発表している。 更に、「流布されてきた史実の虚構」を精力的に暴き続けているのがインターネット界の梟雄・木村愛二氏である。そのサイト「憎まれ口」に収録されている「ホロコースト神話」、「アウシュヴィッツの争点」、「偽イスラエル政治神話」に詳しい。 木村氏は、「史実偽造のホロコースト・プログラミング」を告発している。「件名 :Re: NHK戦争責任シリーズ」で次のように述べている。
れんだいこは、「ホロコースト問題」には疎い。なぜなら、原文は英独語であるからして、その能力の無いれんだいこは避けざるを得ないからである。こういう場合、庶民の知恵を発揮せねばならない。どなたか信頼に足りる方を見つけ、その人士の言に耳を傾けることである。れんだいこは、上述の人士の言に信を置き、その説を紐解く。他にこれより勝れた方法がありや。 2004.5月現在、思わぬところから「ホロコースト問題」がクローズアップされつつある。占領米英軍によるイラク人捕虜虐待の様子が露見しつつあるが、その虐待の様子がかってのナチス手法との近似性が注目されはじめ、否、ナチス手法というよりユダヤ人独特の他民族蔑視思想に基づく伝統的テロリズムそのものではないか、というところにまで発展しつつある。こうなると、改めて「ホロコースト問題」に言及せざるを得なくなるのも勢いであろう。 2005.12.8日、イランのアフマディネジャド大統領が、ホロコースト疑義発言をものし、同12.14日、「ユダヤ人の大虐殺(ホロコースト)は作り話だ」と断言した。2005.12.17日現在、国際世論が沸騰しつつある。 2004.5.25日、2005.12.17日再編集 れんだいこ拝 |
【「歴史修正主義」(historical revisionism、 revisionisme historique)考】 |
西欧史学において「歴史の見直し」機運が生まれているようである。その嚆矢がいつであるのかは不明であるが、強力に台頭しつつあるとのことである。彼らは、「歴史修正主義」(historical revisionism, revisionisme historique)的立場を標榜しており、右翼左翼を問わず発生している。その背景には、第二次世界大戦をファシズム対民主主義の闘いとして映し出し、ご都合主義的な反戦平和運動をプロパガンダし続けてきたネオ・シオニズム的歴史観との確執があるように思われる。そういう意味では、「歴史再検証主義」と命名するのが正しいように思われる。「歴史再検証主義」とは、ネオ・シオニズム的修正歴史観の再修正運動であり、その限りで「歴史の見直し」運動ということになる。こうなると、「歴史再検証主義」と云う方が適切であろう。 その最大の論点が「ホロコースト問題」である。ネオ・シオニズム的歴史観は、ナチスの蛮行を史上未曾有のそれとして確認し、人類が二度とこの災禍に見舞われないよう努力することが責務であるとし、この観点からの史実確認、歴史教育を推進しようとする。これに対し、「歴史再検証主義」的歴史観は、概ね「ナチスによる迫害の残虐を希釈」し、ネオ・シオニズム的歴史観に拠るホロコーストの実在を否定しようとしている。 その否定の様は、1・「ガス室はなかった」とする徹底否定派、2・「ガス室は確かにあった。だがそれはずっと小規模なものだ」なる中間派、3・「ガス室はあった。だがドイツ国民は知らなかったし、戦争につきもののことであり過度に責任を負わされるものではない」とする希釈派の三派から構成されている。 2005.12.17日再編集 れんだいこ拝 |
【「ホロコーストの原義考」】 | |
ホロコーストの原義は一般に、「焼き殺す」という意味を持つ用語とされている。「阿修羅議論・雑談5」の2002.11.20日付けあっしら氏の「『ホロコースト600万人誇張説』について」に貴重情報が開示されているのでこれを紹介しておく。「ホロコーストという呼び方」と題して次のように述べている。
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![]() これは貴重な指摘である。「ホロコースト」の原義について、れんだいこは知りたかったけれども知らなかった。ここではっきりと教えられたことになる。それによれば、「ホロコースト」の本来の意味は、ユダヤ教世界における祭儀の際の「人身御供(生け贄)」を指しており、その「人身御供(生け贄)」という犠牲を払うことにより共同体の災厄の除去、贖罪、隆盛を祈願する行為を総称して「ホロコースト」と呼ぶ、ということになる。 さて、こうなると、「ナチスによるユダヤ人大量虐殺」を指して、宗教上の「ホロコースト」の原義を正しく踏まえて「ホロコースト」と命名した命名者の意識が詮索されねばならないことになる。命名者は、「ホロコースト」の原義に基づいて「ナチスによるユダヤ人大量虐殺」に対して「ホロコースト」と命名しているからには、「ナチスにより大量虐殺されたユダヤ人が何の犠牲に供されたのか」という意味が詮索されねばならないことになる。ここが問われないままにナチスのユダヤ人迫害及び虐殺をホロコーストと呼んで済ますのは片手落ちであろう。 「ナチスにより大量虐殺されたユダヤ人は何の犠牲に供されたとみなされているのか」。これは、シオニズムのユダヤ王国再建思想を媒介せずには解けないのではなかろうか。即ち、ネオ・シオニズムの世界支配計画に政治的供えられた生贄と窺うべきではなかろうか。こういう風に考えると、ユダヤ教におけるホロコーストの原義を知らずに「ナチス犯罪ホロコースト」をプロパガンダされ、操られることこそ危険ということになろう。 2004.10.21日 れんだいこ拝 |
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![]() 「ホロコースト」は、ユダヤ教の正式な教義用語であり、「祭儀の際の人身御供(人の生け贄)」を指している。命名者は当然その語義に基づき「ホロコースト」を認識している。然しながら、異教徒に対してはその宗教的隠喩を隠して単に戦後反戦平和運動の誓いの起点としてプロパガンダされることになった。そのことにより、「ホロコーストの教訓」がリトマス試験紙の役割を担うことになった。 問題は、「ホロコースト」がナチスによるユダヤ人600万人の組織的虐殺という伝えられる内容が偽であった場合にどうなるかである。当然、「ホロコーストの教訓」は偽リトマス試験紙の役割を担うことになる。こちらの方が真相ということになると、世のホロコースト論者は、その偽リトマス試験紙に則って阿諛追従していることになる。 この阿諛追従の出来映えで博士号が授与され、その博士号の権威で更なるホロコースト論プロパガンダが流布されているということになる。これが実相だとしたらネオ・シオニズム教学に基づく学問の世界のお粗末さが見えてこよう。 2005.4.4日 れんだいこ拝 |
【通説「ホロコースト」の定義】 | ||||||||||||
通説「ホロコースト」は次の通りである。上記の「宗教的生贄犠牲説の真意」を顧慮することなく専ら「虐殺被害の実態」についてのみ注目し論述している。 「ホロコースト記念館について」では、ホロコーストを次のように説明している。
しかしこれでは漠然としすぎている。「帝国電網省」の主宰者竹下義朗氏は、「歴史再考」の「ナチスは『ホロコースト』等していない!! ─『ユダヤ人600万人虐殺』の真実」で次のように要領よく纏めているので参照する。概要次のように云える。
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【竹下氏の「通説ホロコーストへの疑義」とからくり解析】 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「帝国電網省」の主宰者竹下義朗氏は、西岡論文(「南京とアウシュビッツ、『マルコポーロ事件』、ナチ『ガス室』はなかった」に掲載されている)、「アウシュウィッツ『ガス室』の真実 本当の悲劇は何だったのか?」(西岡昌紀、日新報道、1997年)を参考にしつつ「歴史再考」論文「ナチスは『ホロコースト』等していない!! ─『ユダヤ人600万人虐殺』の真実」で、上述のような「ホロコーストの概略定説」に対し、次のように述べている。
概要次のように疑義を呈している。
以上を踏まえて次のように述べている。
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【木村氏の「通説ホロコーストへの疑義」とからくり解析】 | |||||
インターネット界の梟雄・木村愛二氏もほぼ同様の疑問と見解を示している。「偽イスラエル政治神話」(その22)で、次のように記述している。
木村氏は、「イラク拷問惨劇にユダヤ人関与の疑い濃厚で原因にホロコースト神話の怪物的被虐・加虐深層心理」で、次のように述べている。
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2005.3.2日再編集 れんだいこ拝 |
【初期ホロコースト見直し論者にして元レジスタンス派のポール・ラッシニエのホロコースト論考】 | ||
木村愛二氏は、「アウシュヴィッツの争点 (その68)終章:核心的真実〜または人類史の最後にしてほしい情報操作の本音の真相〜 」(http://www.jca.apc.org/~altmedka/aus-68.html)の中で、「ホロコースト見直し論の父」と称されるフランスのポール・ラッシニエについて言及して次のように述べている。
西岡昌紀氏の「戦後世界史最大のタブー。ナチガス室はなかった」の「ガス室による大量虐殺に疑問を呈した最初の知識人はフランス左翼知識人。戦争中はレジスタンスに参加して、ナチの弾圧まで受けた人物であった」は、ポール・ラッシニエについて次のように述べている。
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【「元フランス共産党政治局員ロジェ・ガロディ裁判」考】 | ||
木村愛二氏の「イスラエル兵をナチスに例えた9年前のイスラエルの新しい歴史家」は、ロジェ・ガロディのホロコースト批判を紹介している。ロジェ・ガロディの履歴は次の通りである。
そのロジェ・ガロディは、ホロコースト批判の政治責任が問われ、当局により提訴された。「偽イスラエル政治神話」(その35)は、その「ガロディ裁判」を次のように紹介している。
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![]() ポール・ラッシニエ、ロジェ・ガロディらが「云われるところのホロコースト否定論」を主張している政治的意味は大きい。今日、多くのいわゆる自称左派は、「云われるところのホロコースト論」を強く大きく主張すればするほど左派だと思い込み、プロパガンダに加担している。しかし、 ポール・ラッシニエ、ロジェ・ガロディら真性の左派は、そういう態度を採らなかったというのが重要である。即ち、エセ左派、サヨは、ネオ・シオニスト教学に則りホロコースト論を主張しているに過ぎないという姿態が透けて見えてくるという訳である。 2006.9.11日 れんだいこ拝 |
【V・E・フランクル著「夜と霧」のホロコースト論考】 | ||
「阿修羅議論20」のたけ(tk) 氏の2005.2.5日付投稿「『夜と霧』について。如往さんへ」が、V・E・フランクル著「夜と霧」(霜山徳爾訳)を紹介している。それによると、V・E・フランクルは自身が収容所体験者であり、次のように述べている。
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【ホロコースト否定派の受難史考】 | |||
木村愛二氏は、「『偽イスラエル政治神話』(その32)イスラエルの“新しい歴史家たち”[付録]」(http://www.jca.apc.org/~altmedka/nise-32.html) で、イスラエル国内でのホロコースト論批判の存在と、批判者受難の様子を紹介している。これを要約すると次のようになる。 1995.4.28日、イスラエルの「ヤルシャライム」紙は、エルサレムのヘブライ大学でゲルマン研究学科の主任にして、ユダヤ人・第三帝国・ホロコーストなどのドイツ問題の専門家であるモシェ・ツィムメルマン教授とインタヴューした。その時、同教授は、公認通説の歴史観と食い違う次のような発言をした。
79人の教授(リクード党員または宗教的な統一主義者)が、「ツィムメルマン教授の教壇追放請願運動」を開始した。これに反対する議論も為されたが、イスラエルの「ハアーレツ」(1995.5.10日号)紙は、「ツィムメルマン教授をヘブライ大学の教壇から追放せよ」と威嚇する記事を掲載した。 |
(私論.私見)