ホロコースト史実検証1(死者数) |
(最新見直し2007.3.6日)
(れんだいこのショートメッセージ) |
現代歴史学の主流は、「世界中の一般的評価の到達点として、ホロコーストの犠牲者は、アウシュビッツの150万人を含め約600万人」との定説で一致している。しかし、れんだいこは思う。この定説には明らかに実証性が欠けている。その状態で、「踏み絵」と化している。 「ユダヤ人のホロコースト犠牲者数論」は実際には、600万人説から始まり、500万人説、300万人説、7万4千人説、3万人説と一定していない。それにしても、600万人から3万人のピンキリの違いが激し過ぎる。この差は足して2で割り平均数を出す訳には行かない。どちらかが間違っているとした方がよかろう。ここでは、それぞれの根拠を確認してみることにする。 2005.12.26日 れんだいこ拝 |
【2006.9.11日付、れんだいこのカンテラ時評211】
太田龍・氏の「アウシュビッツの死者の数。九百万人から七万三千余人へ」考】 |
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2001.9.115周年のこの日、「太田龍・氏の時事寸評」の2006.9.11日付けbP799回は、「アウシュビッツの死者の数。九百万人から七万三千余人へ」を掲載している。れんだいこが転載し、要点整理しておく。(れんだいこ責編集)
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【「ナチスによるユダヤ人虐殺600万人肯定説」について】 | |||
「ア ウ シ ュ ヴ ィ ッ ツ 1」その他を参照する。 | |||
「ナチスによるユダヤ人虐殺600万人説」は次のように述べている。
高橋亨・氏は、「『ガス室の嘘』オンライン論争の経験から」の中で、次のように述べている。 http://homepage3.nifty.com/m_and_y/genron/holocaust/lets23.htm
その歴史事情は次の通り。「国の紹介: イスラエルQ&A」は次のように記している。
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【「ナチスによるユダヤ人虐殺600万人肯定説」の出所考】 | |||||
木村愛二氏の2006.9.13日付け阿修羅投稿「第2節:ニュルンベルグの正義の神話-2/8六百万人という数字の証言者はイギリスのスパイ」、網木村書店 Web無料公開「偽イスラエル政治神話(14)、第2章:二〇世紀の諸神話」は、次のように記している。これを転載しておく。
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【「ナチスによるユダヤ人虐殺600万人疑問説」について】 | |||
これに対して、次のような反論が為されている。「ホロコーストは戦後のユダヤ特権を享受するための捏造神話」、「アドルフ・ヒットラーはイスラエル建国の父」その他は次のように記している。
「シンドラーのリスト」に拠れば、世界のユダヤ人の人口を示す統計数字の事実に関する指摘があり、世界のユダヤ人口は、戦前1900万、戦後の1950年に1850万という統計が出されている。ニューヨークのユダヤ人協会が発行している世界年鑑に出ている数字である。600万人も減少した人口が僅か5年の内にたちまち回復するなどとても考えられない事であり、明らかにおかしなことになる。 「ホロコーストは戦後のユダヤ特権を享受するための捏造神話」は次のように記している。
「アドルフ・ヒットラーはイスラエル建国の父」は次のように記している。
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【「ナチスによるユダヤ人虐殺7万4千人説」について】 |
【「ソ連軍が押収したドイツ政府の文書」による推定はこうなる】 | |
「阿修羅ホロコースト2」の2005.12.26日付け「ブッシュ親子の自作自演テロの11」の投稿「ドイツ軍のアウシュビッツに関する公式記録。ユダヤ病死者は、6万人」は、次のように述べている。
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【太田龍・氏の「ソ連軍が押収したドイツ政府の文書」に基づく推定】 | |
太田龍氏は、2004.2.12日付け「時事寸評」で、「アウシュヴィッツ収容所でナチスドイツは四百万人以上のユダヤ人その他を虐殺した」(集英社)とされている定説が覆されつつあることを指摘している。「ソ連軍が押収したドイツ政府の文書では、アウシュヴィッツの死者は約7万4千人。そのうちユダヤ人は約3万。大部分は病死」なる見解を披瀝している。これを簡略に紹介する。
こうなると、これまでの「600万人説」、「400万人説」の根拠が詮議されねばならないことになる。太田氏曰く「その数字の出典を示してもらいたい」は、極めて妥当な批判であるように思われる。確か、木村愛二氏も同様の考証をしている。以下、「アウシュヴィッツ考」をしてみたい。 2004.2.12日 れんだいこ拝 |
> 実際には7万4千人。うちユダヤ人は3万人で、その多くは病死らしい(・・) これに関して、以前、下のような情報が流れていました。多分、これが情報元だと思います。 このリストに掲載されていたのは7万4000人であった。そのうち、ユダヤ人は約3万人で、ポーランド人がほぼ同数、それに他国籍の人々がいた。 驚くほど少ないホロコーストである! 私たちは半世紀の間、「何百万人」という話をずっと聞かされ続け、今もこの話は出回っている。しかしこの話は全て、哀れなホェスの証言に基づいている。彼はドイツ敗北後の凍てつく夜、殴打されてこの証言を述べたのである。 |
【異説「ルドルフ・ホェスの証言」(「アウシュヴィッツ強制収容所でのユダヤ人死亡者3万人説」)について】 | |
「阿修羅戦争67」に於ける「ブッシュ親子の自作自演テロの11」さんの2005.2.16日付け投稿「Re:創価学会・統一教会ユダヤ尻拭き突撃隊のホロコースト捏造神話防衛・詭弁生産本部より通達!」に衝撃的な指摘が為されており、これを転載しておく。
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![]() 本件情報に拠ると、1945年、ソ連の赤軍がアウシュヴィッツ強制収容所を占領した際、「死亡リスト」が存在しており、それを持ち去った、ということになる。1989年、当時のソ連指導者ゴルバチョフに対し死亡リストを公表させる署名運動が起こり、数か月後、この要求が認められ、ゴルバチョフはこの重要リストを赤十字に公表した。これには、アウシュヴィッツで死んだ人々の出生地・住所・死亡時刻・死亡原因などが細かく記載されており、「7万4千人人の死亡名簿、そのうち、ユダヤ人は約3万人で、ポーランド人がほぼ同数、それに他国籍の人々がいた」ということになる。 シオン兵士氏は、「この話は全て、哀れなホェスの証言に基づいている。彼はドイツ敗北後の凍てつく夜、殴打されてこの証言を述べたのである」と記している。れんだいこは、「死亡リスト」と「ルドルフ・ホェスの証言」がどう絡むのか分からない。「死亡リスト」があったのなら、取り敢えずは「ルドルフ・ホェスの証言」とは何の関わりも無いだろうに。何故、末尾でそういう文句を付けるのだろう。 つまりは、「彼はドイツ敗北後の凍てつく夜、殴打されてこの証言を述べた」故に、「死亡リスト」の記載内容はイカガワシイということを云いたいのだろうか。ということは、ソ連赤軍はルドルフ・ホェスが供述証言したものを記し持ち帰ったという訳か。何か話が違うではないか。普通には、ソ連赤軍がアウシュヴィッツ強制収容所に踏み込んだとき、そこにあった死亡名簿を持ち帰った、とのみ受け取る話なのではなかろうか。 2005.2.20日 れんだいこ拝 |
【異説「600万人虐殺説は、イスラエルの賠償金狙い説」について】 | ||||
木村愛二氏は、「アウシュヴィッツの争点 (その68)終章:核心的真実〜または人類史の最後にしてほしい情報操作の本音の真相〜 」(http://www.jca.apc.org/~altmedka/aus-68.html)の中で、「『六〇〇万人の神話』の出発点は『見さげはてた即物的課題』か?」の項で次のように述べている。
西岡昌紀氏の「戦後世界史最大のタブー。ナチガス室はなかった」の「ガス室による大量虐殺に疑問を呈した最初の知識人はフランス左翼知識人。戦争中はレジスタンスに参加して、ナチの弾圧まで受けた人物であった」は、次のように述べている。
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【「エロ作家・渡辺淳一のホロコースト死者一千万説」考】 | ||
2005.9.1日号週間新潮の「あとの祭りbU5」で、「エロ作家・渡辺淳一のホロコースト死者一千万説」が掲載されていることが判明した。渡辺氏は、「アウシュビッツ」を見るドイツ人」と題して次のように書いている。
木村愛二氏は、「ホロコースト死者一千万人ポルノ作家「週刊新潮」記事の唖然!」で次のように評している。
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(私論.私見)