孫氏の兵法 |
(最新見直し2012.7.23日)
(れんだいこのショートメッセージ) |
2012.7月、急に孫氏の兵法を読みたくなった。既にサイトアップされているようであるが、れんだいこ版をも提供しておきたい。その目的とするところは、人類の良き財産の一つだからである。孫氏の兵法はかっては日本の治者階級の者には必須学問であったと思われるが、今日の情報社会は却ってこの「人類の良き財産」を埋没させてしまっている気配がある。これに棹さしたい。そこで、れんだいこ版孫氏の兵法を編集しサイトアップすることにする。未だ不十分であるが、作業を加速させる為の励みとしてはこれも良かろうと思う。 問題は、巷の解説文が孫氏の兵法原文をどこまで正確に翻訳しているのか心もとないことにある。全く創作的な訳文が散見される。片言隻句は知られているが全体としての文訳ができていないように思われる。原文は暗誦し易いようにリズミカルに韻を踏んでいると思われるが、市井の訳文はこれを全く毀損している。そこでいつものようにれんだいこ文を提供する。特徴は、文節ごとに正確に訳そうとしたところにある。更に、その訳文を検証し易いように、原文、直訳、意訳、解説の四段階で併記した。今後は、このようなスタイルで探求されるべきであろう。出来栄えのほどは今後に期す。英文と対照すれば、なお良い訳文となるであろう。究極として「読書百篇、意自ずから通ず」としたいと思う。 「孫氏の兵法」、「資料館② 孫子の兵法編」、「孫子現代語訳」、「孫氏兵法研究所」、「孫子」、「孫子の兵法(意訳)」、「風林火山・孫子の兵法」その他を参照する。 孫子兵法は、クラウセヴィッツの戦争論とあわせ東西の二大戦争書とも称されている。三国志の英雄たちが戦の手本とし、ナポレオンや毛沢東なども実践に活用、武田信玄の風林火山もこれに由来する等、歴史を作ってきた英雄達の土台となっている。日露戦争においてバルティック艦隊を破った東郷平八郎の丁字戦法採用の背後には、孫子の「逸を以て労を待ち、飽を以て飢を待つ」(軍争篇)の言葉があったと云われている。れんだいこが思うに、孫氏の兵法は、囲碁将棋の格言及び諺と併せ習うならなお有益さを増すのではなかろうか。いわゆる東洋的日本的知恵として大事に継承していくべき知恵の宝庫なのではなかろうか。 当の中国に於いては、中国歴代を通じて重んじられ武科挙(武挙)に合格するための必須テキストとされていた。魏の曹操の「魏武注孫子」や、明の劉寅の「武経七書直解」などは、軍事教育用の為に書かれたものだとされているが、孫子が底本にされていた。「孫・呉も之を用いて、天下に敵無し」(荀子議兵篇)、「孫・呉の書を蔵する者は、家ごとに之れ有り」(韓非子五蠧篇)とあるように戦国時代後期には既に古典としての地位を確立していた。ちなみに「呉」とは同じく兵法書である呉子を指す。近いところでは、毛沢東が、日中戦争の最中、どうすれば中国国民党に勝ち、日本に負けず、そして国民の支持を得られるかを考え抜き、孫子から大いに学んでいる。著書の矛盾論や持久戦論などに影響が認められる。 日本では、江戸時代に50を超える孫子注釈書が世に出ている。中国で明代から清代に出た注釈書が日本に伝わり覆刻されている。劉寅の武経七書直解や趙本学の孫子校解引類(趙注孫子)が有名である。日本人の手になるものとしては、林羅山の孫子諺解、山鹿素行の孫子諺義、新井白石の孫武兵法択、荻生徂徠の孫子国字解、佐藤一斎の孫子副註、吉田松陰の孫子評注らが代表的である。 補足。孫氏の兵法の読解サイトで著作権法網を被せる動きが見られるが如何なものだろうか。手前の創作文に被せるのならいざ知らず、この場合明らかに原文は非著作権的時代の古典である。いわば他人の著作物に多少のアレンジをして著作権法網を被せようとしていることになる。れんだいこはナンセンスと思う。そうまでして著作権を主張する正当な事由が見当たらないからである。本サイトは、より多くの人に読まれ、習熟され、教養化されることを願って公開する。他の方も同じように営為され、併せて共同してより正確な訳文及び解説が生まれることを願う。この式の知の共同による福利は下手な著作権壁による個々の利益よりもはるかに大きいと思うからである。こうならない時代の風潮に抗いたいと思う。 2012.7.19日 2012.7.23日再編集 れんだいこ拝 |
【全体の構成】 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
孫子の兵法は凡そ五千余の文字から成り全十三篇に構成されている。内容は、戦争の規律、哲学、理論、謀略、政治、経済、外交、天文学、地理学など各方面に及ぶ。全世界の言語に翻訳され、現在でもビジネス界で活用されている。その内容は実に濃い。
孫子は、底本の違いによって順番やタイトルが異なっている。篇名やその順序は、近年出土した竹簡にしるされたもの(以下「竹簡孫子」)をベースとし、竹簡において欠落しているものについては『宋本十一家注孫子』によって補っている。「竹簡孫子」の方がより原型に近いと考えられるためである。また「竹簡孫子」とそれ以外では、用間篇と火攻篇とが入れ替わっている。 |
【1章、始計篇】 | |
原文 | 孫子曰、兵者、國之大事、死生之地、存亡之道、不可不察也。 |
直訳 | 孫子曰く、兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道、察せざるべからず。 |
意訳 | 孫子曰く(孫先生はこう説く)、戦争とは国家の重大事であり、国民の生死、国家の存亡に深く関わる道である。このことを心得、ぬかりなく明察する事が肝要である。 |
原文 | 故經之以五事、校之以計、而索其情。 |
直訳 | 故に、これを經(はか)るに五事をもってし、これを校(くら)ぶるに計をもってして、その情を索(もと)む。 |
意訳 | その為には次の五つの事が大事であり、彼我自他を比較し、実情を探らねばならない。 |
原文 | 一曰道、二曰天、三曰地、四曰將、五曰法。 |
直訳 | 一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法。 |
意訳 | その要諦一は道、二は天、三は地、四は将、五は法である。 |
原文 | 道者、令民與上同意、可與之死、可與之生、而不畏危也。 |
直訳 | 道とは、民をして上(かみ)と意を同じくし、これと死すべく、これと生くべくして、危うきを畏れず。 |
意訳 | 道とは、国民と君主の心を一つにさせることであり、かくあれば生死を共にし、危機を恐れなくなる。 |
原文 | 天者、陰陽・寒暑・時制也。 |
直訳 | 天とは、陰陽、寒暑、時制なり。 |
意訳 | 天とは、昼夜の陰陽や寒暑、天候の加減や四季の移り変わりを云う。 |
原文 | 地者、遠近・險易・廣狹・死生也。 |
直訳 | 地とは、遠近、険易、広狭、死生なり。 |
意訳 | 地とは、距離の遠近、地勢の険阻、地域の広さ狭さ、地形の有利不利などの地形を云う。 |
原文 | 將者、智・信・仁・勇・嚴也。 |
直訳 | 将とは、智、信、仁、勇、厳なり。 |
意訳 | 将とは、智謀、信義、仁慈、勇気、威厳などの将の能力を云う。 |
原文 | 法者、曲制・官道・主用也。 |
直訳 | 法とは、曲制、官道、主用なり。 |
意訳 | 法とは、軍の編成、官吏の職責、軍の指揮権、物資などの組織管理に関することを云う。 |
原文 | 凡此五者、將莫不聞、知之者勝、不知者不勝。 |
直訳 | 凡そこの五者は、将、聞かざる事なく、これを知る者は勝ち、知らざる者は勝たず。 |
意訳 | これら五つは、将ともなれば心得ている事柄ではあるが、これをよく心得ている者が勝ち、理解が浅い者は負ける。 |
原文 | 故校之以計、而索其情。曰、主孰有道、將孰有能、天地孰得、法令孰行、兵衆孰強、士卒孰練、賞罰孰明、吾以此知勝負矣。 |
直訳 | 故に、これを校ぶるに計をもってして、その情を索(もと)む。曰く、主いずれに道ありか。将いずれに能ありか。天地いずれが得たる。法令いずれが行わる。兵衆いずれが強きか。士卒いずれが練れたる。賞罰いずれが明らかなる。吾、これをもって勝負を知る。 |
意訳 | 故に、これらのことを踏まえて具体的な比較事例で研究すると次の七つの事柄が肝要である。君主はどちらが真っ当な政治をしているか。将帥はどちらが有能か。天地の条件はどちらが有利にあるか。法令はどちらが上手く機能しているか。軍隊はどちらが精強か。兵卒はどちらが良く訓練されているか。賞罰はどちらが公正に行われているか。私は以上のような事柄を比較検討することで、勝敗の行方を察知することができる。 |
原文 | 將聽吾計、用之必勝、留之。將不聽吾計、用之必敗、去之。 |
直訳 | 将、吾が計を聴きて、これを用いれば必ず勝つ。これを留まらん。将、吾が計を聴かずして、これを用うれば必ず敗(やぶ)る。これを去らん。 |
意訳 | 将がもし私の説く謀を用いるなら必ず勝ち、ここに留まる。我が計を聞かず、用いなければ必ず負け、私は去る。 |
原文 | 計利以聽、乃爲之勢、以佐其外。 |
直訳 | 利を計して聴けば、すなわちこれが勢を為し、もってその外を佐(たす)く。 |
意訳 | この有益なる策を検討し採用すれば形勢有利となり、他の条件をも補強することになる。 |
原文 | 勢者、因利而制權也。 |
直訳 | 勢は、利に因りて権を制するなり。 |
意訳 | 勢とは、有益なる策を採用することにより戦いの主導権を握ることを云う。 |
原文 | 兵者、詭道也。 |
直訳 | 兵は詭(き)道なり。 |
意訳 | 戦争とは詭道(きどう。相手をだます事、裏をかく事)である。 |
原文 | 故能而示之不能、用而示之不用、近而示之遠、遠而示之近。 |
直訳 | 故に、能なるもこれに不能を示し、用なるもこれに不用を示し、近くともこれに遠きを示し、遠くとも近きを示す。 |
意訳 | 故に、有能を隠し不能を装ったり、必要なのに不用に見せたり、近づくとみせて遠ざかり、遠ざかると見せて近づく。 |
原文 | 利而誘之、亂而取之、實而備之、強而避之、怒而撓之、卑而驕之、佚而勞之、親而離之。 |
直訳 | 利にてこれを誘い、乱にてこれを取り、実にてこれに備え、強にてこれを避け、怒にてこれを |
意訳 | 利で誘い、混乱させて崩し、しっかりと守りを固め、強力な相手に対しては争いを避け、怒り狂っているときは挑発して疲れさせ、卑屈な態度をとって驕り高ぶらせ、秩序を翻弄して疲れさせ、相手の親しき間柄を裂く。 |
原文 | 攻其無備、出其不意。 |
直訳 | その無備を攻め、その不意に出づ。 |
意訳 | 隙を見つけて攻撃し、相手の意表をつく。 |
原文 | 此兵家之勝、不可先傳也。 |
直訳 | これ兵家の勝、先に伝うべからざるなり。 |
意訳 | 戦をこのように行う兵は勝つ。しかしながら、これらは伝えにくいものであり実践となると別である。 |
原文 | 夫未戰而廟算勝者、得算多也。未戰而廟算不勝者、得算少也。 |
直訳 | それ、いまだ戦わずして、廟(びょう)算勝つは、算を得ること多ければなり。いまだ戦わずして、廟算勝たざるは、算を得ること少なかればなり。 |
意訳 | それ闘う前の段階での胸算用による勝は、勝つ好条件(勝算)が多いことを云う。逆に胸算用による敗は、勝算が少ないことを云う。 |
原文 | 多算勝、少算不勝、而況於無算乎。 |
直訳 | 算多きは勝ち、算少なきは勝たず。然るをいわんや算無きに於いておや。 |
意訳 | 勝算が多ければ勝ち、少なければ負ける。勝つ条件が全くないとならば問題外である。 |
原文 | 吾以此觀之、勝負見矣。 |
直訳 | 吾、これをもってこれを観れば、勝負見(あら)わる。 |
意訳 | 私は、このように見通しで勝負を見極めることにしている。 |
【2章、作戦篇】 | |
原文 | 孫子曰、凡用兵之法、馳車千駟、革車千乘、帶甲十萬、千里饋糧。 |
直訳 | 孫子曰く、凡そ兵を用いるの法は、馳(ち)車千駟(し)、革車千乗(じょう)、帯甲(たいこう)十万にて、千里に糧を送る。 |
意訳 | 孫子曰く、凡そ戦法の常識は、戦車千台、輸送車千台、兵卒十万の編成規模で、遠く千里まで兵糧輸送できる体制を敷くことである。 |
原文 | 則内外之費、賓客之用、膠漆之材、車甲之奉、日費千金、然後十萬之師舉矣。 |
直訳 | 則ち内外の費、賓客(ひんかく)の用、膠漆(こうしつ)の材、車甲(しゃこう)の奉(ぼう)、日に千金を費やして、然る後に十万の師挙(あ)がる。 |
意訳 | 即ち、内外の費用、重要な客人のもてなし費、皮革を接着したり塗り固めたりする膠や漆などの工作材料の購入費、戦車や甲冑等の兵器の購入などに一日に千金と云う莫大な費用が必要で、それらを揃えることができてようやく10万の軍が出動できるようになる。 |
原文 | 其用戰也、勝久則鈍兵挫鋭、攻城則力屈、久暴師則國用不足。 |
直訳 | その戦いを用うるや、勝つも久しければ、則ち兵を鈍らし鋭を挫(くじ)く。城を攻むれば、則ち力屈す。久しく師を暴(さら)さば、則ち国用足らず。 |
意訳 | 戦いに勝利したとしても、長期戦ともなれば軍は疲弊し士気も落ちる。城を力ずくで攻撃すれば兵士が疲弊し、そのしわ寄せで国家財政に影響する。 |
原文 | 夫鈍兵挫鋭、屈力殫貨、則諸侯乘其弊而起、雖有智者、不能善其後矣。 |
直訳 | それ兵を鈍らせ鋭を挫(くじ)き、力を屈し貨を尽くさば、則ち諸侯、その弊に乗じて起らん。知者ありといえども、その後を善くするを能わず。 |
意訳 | そうなると兵士が厭戦気分になり、国元も財政難に陥いる。そこに隙を突いて他国の諸侯が攻め込んで来れば、どんな知恵者が立ち向かったとしても対応できず後の祭りとなる。 |
原文 | 故兵聞拙速、未覩巧之久也。夫兵久而國利者、未之有也。 |
直訳 | 故に、兵は拙速(せっそく)を聞くも、いまだ巧(たくみ)の久しきをみざるなり。それ兵久しくして国利あるは、いまだこれあらざるなり。 |
意訳 | 故に、拙い速戦に出て成功を収めた例を聞かない。長期戦となった戦争が国家に利益をもたらした例は未だない。 |
原文 | 故不盡知用兵之害者、則不能盡知用兵之利也。 |
直訳 | 故に、用兵の害を知り尽さざれば、則ち用兵の利をも知り尽すこと能わざるなり。 |
意訳 | 故に、拙い用兵術が害を為すことを知らねば、上手い用兵術による利益を引き出すことができない。 |
原文 | 善用兵者、役不再籍、糧不三載、取用於國、因糧於敵、故軍食可足也。 |
直訳 | 善く兵を用うる者は、役は再びは籍せず、糧は三(たび)は載(さい)せず。用を国に取り、糧を敵に因る。故に、軍食足るべきなり。 |
意訳 | 上手い用兵術は、民衆に二度も軍役を課したりせず、食糧の輸送を何度も追加することなく、戦費は国内で調達するが、食糧は敵の領地で手に入れる。故に、軍食を賄(まかな)えるのである。 |
原文 | 國之貧於師者遠輸、遠輸則百姓貧、近師者貴賣、貴賣則百姓財竭、財竭則急於丘役、力屈財殫、中原内虚於家、百姓之費、十去其七、公家之費、破車罷馬、甲冑矢弓、戟楯矛櫓、丘牛大車、十去其六。 |
直訳 | 国の貧するは、師が遠く輸(いた)ればなり。遠く輸れば則ち百姓貧し、師に近き者は貴売す。貴売すれば則ち百姓財を竭(つ)く。財竭くれば則ち丘役に急にして、力屈し財を殫き、中原の内、家に虚しく、百姓の費え、十にその七を去る。公家(こうけ)の費え、破車罷馬、甲冑矢弩(ど)、戟楯(げきじゅん)蔽櫓(へいろ)、丘牛(きゅうぎゅう)大車(だいしゃ)、十にその六を去る。 |
意訳 | 戦争で国が疲弊するのは、軍を遠方へ輸送するからである。軍が遠方へ出れば、国民の負担が重くなり、民の生活に負担をかけ、財政が渇き、民の生活が崩れる。国元の公家の兵器負担費用も嵩(かさ)むことになる。 |
原文 | 故智將務食於敵、食敵一鍾、當吾二十鍾、キカン一石、當我二十石。 |
直訳 | 故に、知将は務めて敵に食(は)む。敵の一鍾(しょう)を食むは、わが二十鍾に当り、きかん一石は、わが二十石に当る。 |
意訳 | このような事態を避けるため、智将は敵地で糧食の確保に務める。敵地で調達した穀物や飼料は自国から運んだ穀物や飼料の二十倍の値打ちがある。 |
原文 | 故殺敵者怒也、取敵之利者貨也。 |
直訳 | 故に、敵を殺すものは怒(いか)りなり。敵の利を取るものは貨なり。 |
意訳 | 故に、敵を殺せば怒りとなるが、敵の利を取れば財貨となる。 |
原文 | 故車戰得車十乘以上、賞其先得者、而更其旌旗、車雜而乘之、卒善而養之、是謂勝敵而益強。 |
直訳 | 故に、車戦して車十乗以上を得れば、そのまず得たる者を賞し、しかしてその旌旗(せいき)を更(あらた)め、車は雑(まじ)えてこれに乗らしめ、卒(そつ)は善くしてこれを養う。これを敵に勝ちて強きを益(ま)すと謂う。 |
意訳 | 故に、手柄に見合う褒美を約束して興奮させることが有効である。相手の戦車を十台以上も奪う戦果があった場合には真っ先にその者を表彰し、そのうえで捕獲した戦車を自軍に取り込み、兵士を大事にして養えば、「敵に勝つほどに益々強くなる」状態となる。 |
原文 | 故兵貴勝、不貴久。 |
直訳 | 故に、兵は勝つことを貴び、久しきを貴ばず。 |
意訳 | 故に、兵は勝つ事を尊び、長期戦を悦ばない。 |
原文 | 故知兵之將、民之司命、國家安危之主也。 |
直訳 | 故に、兵を知るの将は、生民の司令、国家安危の主なり。 |
意訳 | 故に、用兵に長けた将は、民の命を司っており、国家安危の主である。 |
【3章、謀攻篇】 | |
原文 | 孫子曰、夫用兵之法、全國爲上、破國次之、全軍爲上、破軍次之、全旅爲上、破旅次之、全卒爲上、破卒次之、全伍爲上、破伍次之。 |
直訳 | 孫子曰く、およそ兵を用うるの法は、国を全うするを上となし、国を破るはこれに次ぐ。軍を全うするを上となし、軍を破るはこれに次ぐ。旅を全うするを上となし、旅を破るはこれに次ぐ。卒を全うするを上となし、卒を破るはこれに次ぐ。伍を全うするを上となし、伍を破るはこれに次ぐ。 |
意訳 | 孫子曰く、用兵術は、敵国を保全したまま利益を引き出すを上策とし破るを次善とする。敵の軍団を保全したまま利益を引き出すを上策とし破るのを次善とする。敵の旅団を保全したまま利益を引き出すを上策とし破るのを次善とする。敵の大隊を保全したまま利益を引き出すを上策とし破るのを次善とする。敵の小隊を保全したまま利益を引き出すをを上策とし破るのを次善とする。 |
原文 | 是故百戰百勝、非善之善者也。 |
直訳 | これ故に、百戦百勝は善の善なるものにあらざるなり。 |
意訳 | そういう訳で、必ずしも百戦百勝が最善というわけではない。 |
原文 | 不戰而屈人之兵、善之善者也。 |
直訳 | 戦わずして人の兵を屈するは、善の善なるものなり。 |
意訳 | 戦わずに相手を降伏させる事が最善である。 |
原文 | 故上兵伐謀、其次伐交、其次伐兵、其下攻城。 |
直訳 | 故に、上兵は謀を伐(う)つ。その次は交を伐つ。その次は兵を伐つ。その下は城を攻む。 |
意訳 | 故に、上手い戦い方とは、敵の策謀を未然に打ち破ることである。次は相手の同盟関係を断ち切ることである。その次は交戦して敵の軍を撃破することである。下策は城攻めに訴えることである。 |
原文 | 攻城之法、爲不得已。 |
直訳 | 城を攻むるの法は、やむを得ずと為す。 |
意訳 | 城攻めはやむなく用いる手段である。 |
原文 | 修櫓フンオン、具器械、三月而後成。距堙、又三月而後已。 |
直訳 | 櫓(ろ)、ふんおんを修め、機械を具(そな)うること、三月にして後になる。距いんまた三月にして後にやむ。 |
意訳 | 城攻めをするには、盾や装甲車など攻城兵器の準備で数ヶ月を要し、土塁を築くにも数ヶ月を要す。 |
原文 | 將不勝其忿、殺士卒三分之一、而城不拔者、此攻之災也。 |
直訳 | 将その忿(いか)りに勝(た)えずして、これに蟻附(ぎふ)せしめ、士を殺すこと三分の一にして、城抜けざるは、これ攻の災いなり。 |
意訳 | 勝利を焦る将軍が城攻めを強行すれば、大きな害を被っても落とすことはできない。相手の本拠を攻めるにはこれほどの犠牲がしいられる。 |
原文 | 故善用兵者、屈人之兵、而非戰也、拔人之城、而非攻也、毀人之國、而非久也。 |
直訳 |
故に、善く兵を用うる者は、人の兵を屈するも、戦うにあらざるなり。人の城を抜くも、攻むるにあらざるなり。人の国を毀(やぶ)るも、久しきにあらざるなり。 |
意訳 | 故に、戦いの上手い将軍は、交戦することなく相手を制し、交戦することなく城を手に入れ、長期戦に持ち込むことなく国を破る者を云う。 |
原文 | 必以全爭于天下、故兵不頓、而利可全、此謀攻之法也。 |
直訳 | 必ず全きをもって天下に争う。故に、兵頓(つか)れずして、利全かるべし。これ謀攻(ぼうこう)の法なり。 |
意訳 | 傷を負う事なく争うことで、自軍を消耗させずに利益を引き出すことができる。これが謀攻(ぼうこう)の法と云う頭を使った賢い戦法である。 |
原文 | 故用兵之法、十則圍之、五則攻之、倍則分之、敵則能戰之、不若則能避之。 |
直訳 | 故に、兵を用いるの法は、十なれば則ちこれを囲み。五なれば則ちこれを攻め。倍すれば則ちこれを分かち。敵すれば則ちよくこれと戦い。少なければ則ちよくこれを逃れ。若(し)からざれば則ちよくこれを避(さ)く。 |
意訳 | 故に、用兵術は、相手に対して十倍の力なら包囲する。相手に対して五倍の力なら攻撃する。相手に対して倍の力なら分断する。相手に対して互角の力なら上手く戦う。相手に対して劣勢の力なら戦いを避ける。 |
原文 | 故小敵之堅、大敵之擒也。 |
直訳 | 故に、小敵の堅は、大敵の擒(きん)なり。 |
意訳 | 故に、自軍の小ささを無視して強大な相手に戦いを挑めば、ただ餌食となるのみである。軍を用いる為には相手との兵力差を考慮しなければならない。 |
原文 | 夫將者、國之輔也、輔周則國必強、輔隙則國必弱。 |
直訳 |
それ将は国の輔(たす)けなり。輔周なれば則ち国必ず強く、輔隙(げき)あれば則ち国必ず弱し。 |
意訳 | そういう訳で、将は国家の補佐役なり。将軍の補佐が良く行きとどいていれば国は強くなる。将軍の働きに隙が生じれば国は弱くなる。 |
原文 | 故君之所以患於軍者三。不知軍之不可以進、而謂之進。不知軍之不可以退、而謂之退、是謂縻軍。 |
直訳 | 故に、君の軍に患うる所以のものに三あり。軍のもって進むべからざるを知らずして、これに進めと謂い、軍のもって退くべからざるを知らずして、これに退けと謂う。これを軍を縻(び)すと謂う。 |
意訳 | 故に、君主は次の三つに注意して将軍とよく連携しなくてはならない。一は、進むべき時ではない場面で進撃を命じ、退くべき時ではない場面で退却を命じるような場合。これでは将軍の行動のお荷物になる。 |
原文 | 不知三軍之事、而同三軍之政、則軍士惑矣。 |
直訳 | 三軍の事を知らずして、三軍の政を同じくすれば、則ち軍士惑う。 |
意訳 | 二は、軍隊の内部事情を知らぬまま政治で干渉する場合。これでは軍士をいたずらに混乱させる。 |
原文 | 不知三軍之權、而同三軍之任、則軍士疑矣。 |
直訳 | 三軍の権を知らずして三軍の任を同じくすれば、則ち軍士疑う。 |
意訳 | 三は、軍隊の指揮系統を無視して直接命令をだすような場合。これでは将軍や内部に不信感を植え付ける。 |
原文 | 三軍既惑且疑、則諸侯之難至矣、是謂亂軍引勝。 |
直訳 | 三軍すでに惑い且つ疑わば、則ち諸侯の難至る。これを軍を乱して勝を引くと謂う。 |
意訳 | 軍隊が惑い不信感に陥れば、それに乗じてすかさず敵が攻め寄せて来る。このような君主の行動はつまるところ軍を乱して勝ちを放棄することになる。 |
原文 | 故知勝者有五。知可以與戰不可以與戰者勝、識衆寡之用者勝、上下同欲者勝、以虞待不虞者勝、將能而君不御者勝。 |
直訳 | 故に、勝を知るに五あり。戦うべきと戦うべからざるとを知る者は勝つ。衆寡の用を識る者は勝つ。上下の欲を同じくする者は勝つ。虞(ぐ)をもって不虞を待つ者は勝つ。将の能をして君の御せざる者は勝つ。 |
意訳 | 故に、勝つためには次の五箇条がある。これを列挙する。一、戦機と待機を的確に判断できれば勝ちに繋がる。二、有利不利、情況に応じた行動がとれれば勝ちに繋がる。三、上下、国民と君主の目的が一つであると勝ちに繋がる。四、態勢を固めて、相手の隙を探れば勝ちに繋がる。五、将軍が有能で、君主が余計な干渉しなければ勝ちに繋がる。 |
原文 | 此五者、知勝之道也。 |
直訳 | この五は、勝を知るの道なり。 |
意訳 | これらが成功を収めるため理解すべきことである。 |
原文 | 故曰、知彼知己、百戰不殆。 |
直訳 | 故に曰く、彼を知り己を知れば、百戦して殆うからず。 |
意訳 | まとめると次のようなに云える。彼を知り己を知らば、百戦して危うからず。 |
原文 | 不知彼而知己、一勝一負。 |
直訳 | 彼を知らずして己を知れば、一勝一敗す。 |
意訳 | 彼を知らず己を知れば、成否の確率は五分五分。 |
原文 | 不知彼、不知己、毎戰必敗。 |
直訳 | 彼を知らず己を知らざれば、戦うごとに必ず敗る。 |
意訳 | 彼を知らず己も知らざれば、戦う毎に必ず敗ける。 |
【4章、軍形篇】 | |
原文 | 孫子曰、昔之善戰者、先爲不可勝、以待敵之可勝、不可勝在己、可勝在敵。 |
直訳 | 孫氏曰く、昔の |
意訳 | 孫子曰く、昔の戦上手は、まず自軍の態勢を固めておいて、それから勝機を待った。これは、不敗の態勢は自分でつくれるが、勝利を見出すためには相手の態勢が関係してくるということである。故に戦いの上手い将軍は不敗の態勢まではつくれるものの、絶対勝利の態勢までは作り出すことはできない。これを「勝つを知るが、勝ち方までは知らない」と云う。 |
原文 | 故善戰者、能爲不可勝、不能使敵之必可勝。 |
直訳 | 故に |
意訳 | 故に、戦上手は、大勝することを避け、 |
原文 | 故曰、勝可知、而不可爲。 |
直訳 | 故に曰く、 |
意訳 | 故に曰く、 |
原文 | 不可勝者、守也。可勝者、攻也。守則不足、攻則有餘。 |
直訳 | 勝つべからざるは守るなり。勝つべきは攻めるなり。守りはすなわち足らざればなり。攻むるはすなわち余り有ればなり。 |
意訳 | 勝ちを得ざる場合には守りに入る。勝ちに向かうなら攻める。守りを固めるのは自軍が不利な時であり、攻撃に転ずるのは自軍が有利なときである。 |
原文 | 善守者、藏於九地之下、善攻者、動於九天之上、故能自保而全勝也。 |
直訳 | 善く守るは、九地の下に蔵(かく)れ、善く攻むるは、九天の上に動く。故に、善く自ら保ちて、勝ちを全うするなり。 |
意訳 | 良く守るには、相手に隙を与えぬようにして内を固め、良く攻めるには、隙を突いてすかさず攻め立てる。こうすることで、自軍を保全しつつ成功を収めることができる。 |
原文 | 見勝不過衆人之所知、非善之善者也。 |
直訳 |
|
意訳 | 勝ちを読みとるのに、素人の人に分かる程度のものでは善い勝ち方とは云えない。 |
原文 | 戰勝而天下曰善、非善之善者也。 |
直訳 | 戦い勝ちて天下 |
意訳 | 戦いに勝って天下の人々からもてはやされるような勝ち方も善い勝ち方とは云えない。 |
原文 | 故舉秋毫不爲多力、見日月不爲明目、聞雷霆不爲聰耳。 |
直訳 | 故に |
意訳 | 故に、例えれば、毛を一本持ち上げたからと言って誰も力持ちとは言わないように、太陽や月が見えたからといって目がいいとは云わないように、雷の音が聞こえたから耳が利くとは云わないように。 |
原文 | 古之所謂善戰者、勝於易勝者也。 |
直訳 | 古のいわゆる善く戦うとは、勝ち易きに勝つことなり。 |
意訳 | 昔より上手く勝つ者は、無理なく勝利し自然と勝つ者を勝者と云う。 |
原文 | 故善戰者之勝也、無智名、無勇功。 |
直訳 | 故に、善き戦いの勝つや、知名なく勇功なし。 |
意訳 | 故に、善く勝つ者の勝ち方とは、智謀は人目に触れず、活躍ぶりが人から称賛されることもない。 |
原文 | 故其戰勝不タガワ、不タガワ者、其所措勝、勝已敗者也。 |
直訳 | 故に、その戦い勝ちてたがわず。たがわざるは、その措く所、必ず勝つ。すでに敗るる者に勝てばなり。 |
意訳 | このような行動をとることで打つ手打つ手が勝利に結びつき、失敗する事がなくなる。それは、既に敗けている者に勝つからである。 |
原文 | 故善戰者、立於不敗之地、而不失敵之敗也。 |
直訳 | 故に、善き戦いとは、 |
意訳 | 故に、戦上手は、自軍を絶対不敗の態勢において、敵の隙を逃さず負かす。 |
原文 | 是故勝兵先勝而後求戰、敗兵先戰而後求勝。 |
直訳 | この故に、勝兵は先ず勝ちてしかる後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いてしかる後に勝ちを求む。 |
意訳 | このように、態勢を整えてから戦いを始める者は成功を収め、戦いを始めてから態勢をどうにかしようとする者は失敗する。 |
原文 | 善用兵者、修道而保法、故能爲勝敗之政。 |
直訳 | 善く兵を用うるは、道を修めて法を保つ。故によく勝敗の政をなす。 |
意訳 | 戦上手は、道を修めて法を保つ。故によく勝敗を政(コントロール)することができる。 |
原文 | 兵法、一曰度、二曰量、三曰數、四曰稱、五曰勝。 |
直訳 | 兵法は、一に曰く度、二に曰く量、三に曰く数、四に曰く称、五に曰く勝。 |
意訳 | 兵法は次のような要素によって決まる。一に曰く、度(物差しで測る大きさ)。二に曰く、量(升目で計る多さ)。三に曰く、数。四に曰く、称(比べ測る)。五に曰く、勝敗。 |
原文 | 地生度、度生量、量生數、數生稱、稱生勝。 |
直訳 | 地は度を生じ、度は量を生じ、量は数を生じ、数は称を生じ、称は勝を生ず。 |
意訳 | 地は度を生み、度は量を生み、量は数を生み、数は称(規模)を生み、称(規模)は勝を生む。 |
原文 | 故勝兵若以鎰稱銖、敗兵若以銖稱鎰。 |
直訳 | 故に、勝兵は鎰(いつ)を以って銖(しゅ)を称(はか)るが如く、敗兵は銖を以って鎰を称るが如し。 |
意訳 | 故に、数の多さが勝敗を決定する。数が多けれぱ勝兵となり、劣勢の場合は敗者兵となる。 |
原文 | 勝者之戰、若決積水於千仞之谿者、形也。 |
直訳 | 勝者の戦いは、積水を千尋(じん)の谷に決するがごときにして、形なり。 |
意訳 | 勝者の戦は、貯めに貯めた多くの水を、一気に谷底へ落とすようにして相手を圧倒する。これが勝利の方程式である。 |
【5章、兵勢篇】 | |
原文 | 孫子曰、凡治衆如治寡、分數是也。闘衆如闘寡、形名是也。 |
直訳 | 孫子曰く、凡そ衆を治むるは、寡(か)を治むるが如しにて、分数これなり。衆を闘わしむるが、寡を闘わしむるが如くなるは、形名(けいめい)これなり。 |
意訳 | 孫氏曰く、多くの衆をまるで少ないもののように機敏に行動させられるのは組織編成がしっかりしているからである。多くのものをまるで少ないもののように一体にまとめられるのは指揮系統がしっかりしているからである。 |
原文 | 三軍之衆、可使必受敵而無敗者、奇正是也。 |
直訳 | 三軍の衆、必ず敵を受けて敗なからしむるべきは、奇正これなり。 |
意訳 | 全軍が相手の出方に応じて負けない態勢をとれるのは、奇、奇策、相手の意の中にない行動と正、正攻法、相手の意の中にある行動の変幻自在な運用法を心得ているからである。 |
原文 | 兵之所加、如以タン投卵者、虚實是也。 |
直訳 | 兵の加うるところ、たんを以って卵に投ずるが如くなるは、虚実これなり。 |
意訳 | 兵を投入するや、卵を投石で砕くように相手を簡単に破れるのは、実をもって虚を撃つ、充実した力で相手の手薄な部分を突くからである。 |
原文 | 凡戰者、以正合、以奇勝。 |
直訳 | 凡そ戦いは、正を以って合し、奇を以って勝つ。 |
意訳 | およそ戦争とは、定石通りの正で合わせ、状況の変化に応じて奇で勝つことである。 |
原文 | 故善出奇者、無窮如天地、不竭如江海。 |
直訳 | 故に、善く奇を出だす者は、窮まりなきこと天地の如く、竭(つ)きざること江河(こうが)の如し。 |
意訳 | 故に、奇策の運用を心得ている者は、天地無窮の幅をもち、大河(長江や黄河)のような奥深さがある。 |
原文 | 終而復始、日月是也。死而更生、四時是也。 |
直訳 | 終わりてまた始まるは、日月これなり。死してまた生ずるは、四時これなり。 |
意訳 | そして月日のように没しては現れ、四季のように去ってはまた訪れ、変幻自在である。 |
原文 | 聲不過五、五聲之變、不可勝聽也。 |
直訳 | 声は五に過ぎざるも、五声の変は勝げて聴くべからず。 |
意訳 | 音階の基本は宮、商、角、徴、羽の五つであるが、その組み合わせは無限である。 |
原文 | 色不過五、五色之變、不可勝觀也。 |
直訳 | 色は五に過ぎざるも、五色の変は勝げて観るべからず。 |
意訳 | 色彩の基本は青、赤、黄、白、黒の五つであるが、その組み合わせは無限である。 |
原文 | 味不過五、五味之變、不可勝嘗也。 |
直訳 | 味は五に過ぎざるも、五味の変は勝げて嘗むべからず。 |
意訳 | 味覚の基本は辛(辛い)、酸(酸っぱい)、鹹(しおから)、甘(甘い)、苦(にがい)の五つであるが、その組み合わせは無限である。 |
原文 | 戰勢不過奇正、奇正之變、不可勝窮也。 |
直訳 | 戦勢は奇正に過ぎざるも、奇正の変は勝を窮むべからざるなり。 |
意訳 | 戦争の勢には正と奇の二つがあるが、その組み合わせの変化は無限であり、窮め尽くせるものではない。 |
原文 | 奇正相生、如循環之無端、孰能窮之哉。 |
直訳 | 奇正の相生ずること、循環の端なきが如し。誰かよくこれを窮めんや。 |
意訳 | 正は奇を生み、奇は正に転じ、輪を巡るように尽きない。誰もこれについて知り尽くすことはできない。 |
原文 | 激水之疾、至於漂石者、勢也。鷙鳥之疾、至於毀折者、節也。 |
直訳 | 激水の疾くして、石を漂わすに至るは、勢なり。鷲鳥(しちょう)の撃ちて、毀折(きせつ)に至るは節なり。 |
意訳 | 水が激しく流れ岩を流せるのは勢いがあるからである。鷲が獲物を一撃で打ち砕けるのは、節目を心得ているからである。 |
原文 | 故善戰者、其勢險、其節短、勢如張弩、節如發機。 |
直訳 | この故に、善く戦う者は、その勢は険にして、その節は短なり。勢は弩(ど)を張るが如く、節は機を発するが如し。 |
意訳 | 故に、戦上手の者は、勢いを溜め、節目を心得て瞬発力を発揮する。例えれば、引き絞った弓の弾力が勢いで放たれた矢の節目の瞬発力である。 |
原文 | 紛紛紜紜、闘亂、而不可亂也。渾渾沌沌、形圓、而不可敗也。 |
直訳 | 紛紛紜紜(ふんぷんうんうん)として闘い乱れて、乱すべからず。渾渾沌沌として形円くして、敗るべからず。 |
意訳 | もし両軍入り混じった乱戦となっても自軍を乱してはならない。もし収拾のつかない混戦となっても相手に隙を与えてはならない。 |
原文 | 亂生於治、怯生於勇、弱生於強。 |
直訳 | 乱は治に生じ、怯(きょう)は勇に生じ、弱は彊(きょう)に生ず。 |
意訳 | 治まっている情況から乱が生じ、恐れは勇より生じ、弱さは剛強より生ず。 |
原文 | 治亂、數也。勇怯、勢也。強弱、形也。 |
直訳 | 治乱は数なり、勇怯は勢なり、彊弱は形なり。 |
意訳 | 治乱を左右するのは兵士の数である。勇怯を左右するのは勢いである。強弱を左右するのは態勢である。 |
原文 | 故善動敵者、形之、敵必從之。予之、敵必取之。 |
直訳 | 故に、善く敵を動かす者は、これに形すれば敵必ずこれに従い、これに予(あた)うれば敵必ずこれを取る。 |
意訳 | 故に、これを心得た戦い方は、自軍の態勢を整え、相手を不利な方向へ導く。 |
原文 | 以利動之、以本待之。 |
直訳 | 利を以ってこれを動かし、卒を以ってこれを待つ。 |
意訳 | 相手に有利なえさを与え、その利で相手を動かし誘い出し、本隊は待機してそれを迎えうつ。 |
原文 | 故善戰者、求之於勢、不責於人、故能擇人任勢。 |
直訳 | 故に、善く戦う者は、これを勢に求めて、人に責(もと)めず。故に、よく人を択(えら)びて勢に任ぜしむ。 |
意訳 | 故に、戦上手は、まず勢いを第一に考え、個人の働きに過度の期待をかけず、故に適任者を選んで勢いに乗らしめるものである。 |
原文 | 任勢者、其戰人也、如轉木石、木石之性、安則静、危則動、方則止、圓則行。 |
直訳 | 勢に任ずるは、その人を戦わしむるや、木石を転ずるが如し。木石の性は、安なれば則ち静に、危なれば則ち動き、方なれば則ち止まり、円なれば則ち行く。 |
意訳 | 勢いに乗るとは、人員を、坂道を転がる木石のような勢いを発揮させることである。木や石は平らな土地では静止しているが、急な坂道に置けば自然と動き出す。角張っていれば転がらず、丸ければ転がる。 |
原文 | 故善戰人之勢、如轉圓石於千仞之山者、勢也。 |
直訳 | 故に、善く人を戦わしむるの勢い、円石を千仭の山に転ずるが如きは、勢なり。 |
意訳 | 故に、勢いに乗った戦いをするには、丸い石を谷底へ転がすようなもので、これを勢と云う。 |
【6章、虚実篇】 | |
原文 | 孫子曰、凡先處戰地而待敵者佚、後處戰地而趨戰者勞。 |
直訳 | 孫子曰く、凡そ先に戦地に処(お)りて敵を待つ者は佚(いっ)し、後れて戦地に処りて戦いに趨く者は労す。 |
意訳 | 孫子曰く、凡そ相手より先に戦場に赴き、敵を迎えうてば余裕をもって戦える。相手よりも遅れて戦場に着き戦えば苦戦を強いられる。 |
原文 | 故善戰者、致人而不致於人。 |
直訳 | 故に、善く戦う者は、人を致して人に致されず。 |
意訳 | 故に、戦上手は、相手を思いのままにして、相手の思い通りにされることがない。 |
原文 | 能使敵人自至者、利之也。能使敵人不得至者、害之也。 |
直訳 | よく敵人をして自ら至らしむるは、これを利すればなり。よく敵人をして至るを得ざらしむるは、これを害すればなり。 |
意訳 | 敵をして自から進んで来させるには利で釣るからである。敵をして来させないのは害を示して引き止めるからである。 |
原文 | 故敵佚能勞之、飽能飢之、安能動之。 |
直訳 | 故に、敵佚すれば、よくこれを労し、飽けば、よくこれを餓えしめ、安ければ、よくこれを動かす。 |
意訳 | 故に、敵に余裕があるようならば疲れさせ、食糧充分ならば糧道を断って飢えさせ、安定した態勢ならば計略でもって混乱させることである。 |
原文 | 出其所不趨、趨其所不意。 |
直訳 |
趨かざる所に出で、不意の所に赴く。 |
意訳 | 相手の出てくるところには出掛けず、相手の出て来ないところに出掛け、不意を突く。 |
原文 | 行千里而不勞者、行於無人之地也。 |
直訳 | 行くこと千里にして労(つか)れざるは、無人の地を行けばなり。 |
意訳 | 遠路を進んで疲れを見せないのは、障害のないところを進むからである。 |
原文 | 攻而必取者、攻其所不守也。守而必固者、守其所不攻也。 |
直訳 | 攻めて必ず取るは、その守らざる所を攻むればなり。守りて必ず固きは、その攻めざる所を守ればなり。 |
意訳 | 攻撃を加えて必ず成功を収めるのは、手薄なところを攻めるからである。守って必ず守り抜けるのは、攻め難いところを守るからである。 |
原文 | 故善攻者、敵不知其所守。善守者、敵不知其所攻。 |
直訳 | 故に、善く攻むるには、敵その守るべき所を知らず。善く守るには、敵その攻むる所を知らず。 |
意訳 | 故に、戦上手にかかると、敵はどこを守ればいいのか判断がつかなくなる。守備上手にかかると、敵はどこを攻めていいのか判断がつかなくなる。 |
原文 | 微乎微乎、至於無形。神乎神乎、至於無聲、故能爲敵之司命。 |
直訳 | 薇なるかな薇なるかな、無形に至る。神なるかな神なるかな、無声に至る。故によく敵の司命(しめい)を為す。 |
意訳 | その様子はまるで、よくよく隠して姿が見えず、よくよく静かで音がないようであり、そのような行動をとる故に能く敵の死命を制するのである。 |
原文 | 進而不可禦者、衝其虚也。 |
直訳 |
進みて禦(ふせ)ぐべからざるは、その虚を衝けばなり。 |
意訳 | 進んで防げないのは、虚をつくからである。 |
原文 | 退而不可追者、速而不可及也。 |
直訳 | 退きて追うべからざるは、速やかにして及ぶべからざればなり。 |
意訳 | 退いて追いつかれないのは、速やかに行動するからである。 |
原文 | 故我欲戰、敵雖高壘深溝、不得不與我戰者、攻其所必救也。 |
直訳 | 故に、我戦わんと欲すれば、敵塁を高くし、溝を深くすと言えども我と戦わざるを得ざるは、その必ず救う所を攻むればなり。 |
意訳 | 故に、戦いを望むなら、敵の塁高く、堀深く守りがどんなに固くても、こちらと戦わざるを得ないようにして、相手の放置できないところを攻めることである。 |
原文 | 我不欲戰、雖畫地而守之、敵不得與我戰者、乖其所之也。 |
直訳 | 我戦いを欲せざれば、地を画してこれを守るも、敵、我と戦うを得ざるは、その之(ゆ)く所に背(そむ)けばなり。 |
意訳 | 戦いを望まないなら、こちらの守りがどんなに手薄でも、敵が攻めてこられないように、相手の目標を他へ移させることである。 |
原文 | 故形人而我無形、則我專而敵分。 |
直訳 | 故に、人を形せしめて我に形なければ、則ち我は専(あつ)まりて敵は分かる。 |
意訳 | 故に、相手にははっきりした態勢をとらせて、こちらは態勢を隠して無形であれば、こちらは力を集中でき、敵の力を分散できる。 |
原文 | 我專爲一、敵分爲十、是以十攻其一也。 |
直訳 | 我は専まりて一となり、敵は分かれて十となれば、これ十を以って一を攻むるなり。 |
意訳 | 例えれば、こちらが一つに集中し、敵が十に分散したとすれば、相手一に対し、こちらは十倍の力で相手をすることができる。 |
原文 | 則我衆敵寡、能以衆撃寡、則吾之所與戰者、約矣。 |
直訳 | 則ち我は衆(おお)くして、敵は寡(すくな)し。よく衆を持って寡を撃たば、則ち吾のともに戦う所の者は約なり。 |
意訳 | 即ち、こちらは多勢で敵が少数の場合には、多勢で少数を攻撃することができ、この形で争えば相手よりも有利に戦えるとしたものである。 |
原文 | 吾所與戰之地不可知、不可知、則敵所備者多。 |
直訳 | 吾のともに戦う所の地は知るべからず。知るべからざれば、則ち敵の備うる所の者多し。 |
意訳 | 我が軍の居る所での闘いの地が分からなければ、それが分からないのは、敵の守備兵が多いからである。 |
原文 | 敵所備者多、則吾所與戰者、寡矣。 |
直訳 | 敵の備うる所の者多ければ、則ち吾のともに戦う所の者は寡し。 |
意訳 | 敵の守備兵が多ければ、それだけ我が軍の居る所での戦いは少なくなる。 |
原文 | 故備前則後寡、備後則前寡、備左則右寡、備右則左寡。無所不備、則無所不寡。 |
直訳 | 故に、前に備うれば則ち後寡く、後ろに備うれば則ち前寡く、左に備うれば則ち右寡く、右に備うれば則ち左寡し。備えざる所なければ、寡からざる所なし。 |
意訳 | 故に、前を守れば後が手薄となり、後に備えれば前が手薄となり、左を守れば右が、右に備えれば左が手薄となる。全てに備えれば全てが手薄となる。 |
原文 | 寡者、備人者也。衆者、使人備己者也。 |
直訳 | 寡きは人に備うるものなり。衆きは人をして己れに備えしむるものなり。 |
意訳 | つまり相手が無勢なのは、分散しているからで、こちらが多勢なのは、相手を分散させるからである。 |
原文 | 故知戰之地、知戰之日、則可千里而會戰。 |
直訳 |
故に、戦いの地を知り、戦いの日を知れば、則ち千里にして開戦すべし。 |
意訳 | 故に、戦うべき場所、戦うべき時期を計画できるなら、どんな遠地に出ても、安心して戦える。 |
原文 | 不知戰地、不知戰日、則左不能救右、右不能救左、前不能救後、後不能救前、而況遠者數十里、近者數里乎。 |
直訳 |
戦いの地を知らず、戦いの日を知らざれば、則ち左は右を救うこと能わず、右は左を救うこと能わず、前は後ろを救うこと能わず、後ろは前を救うこと能わず。しかるに況や遠き者は数十里、近き者は数里なるをや。 |
意訳 | 逆に、戦うべき場所、戦うべき時期を計画できなければ、左の部隊が右の部隊を、右の部隊が左の部隊を救う事ができず、後の部隊と前の部隊も連携がとれず、それらの位置取りがばらばらだったなら、誰も助けられない。 |
原文 | 以吾度之、越人之兵雖多、亦奚益於勝哉。 |
直訳 | 吾をもってこれを度(はか)るに、越人の兵多きといえども、またなんぞや勝敗に益せんや。 |
意訳 | 考えるに、越国のように大軍を擁していても、それだけで、勝敗を決する要因とはならない。 |
原文 | 故曰、勝可爲也。敵雖衆、可使無闘。 |
直訳 | 故に曰く、勝は為すべきなり。敵衆しといえども、闘うことなからしむべし。 |
意訳 | 故に、勝利は、勝利の条件をつくる事で得られる。敵がどんな大勢でも、戦えないように仕向けることである。 |
原文 | 故策之而知得失之計、作之而知動静之理、形之而知死生之地、角之而知有餘不足之處。 |
直訳 | 故に、これを策して得失の計を知り、これを作(おこ)して静動の理を知り、これを形(あらわ)して死生の地を知り、これを角(ふ)して有余不足の処を知る。 |
意訳 | 故に、勝利できる条件をつくるには、情況をよく把握し、相手に誘いをかけるなどして出方を観察し、相手に行動させるなどして地形上の弱点を探り、偵察して相手の戦力を量る。 |
原文 | 故形兵之極、至於無形。無形、則深間不能窺、智者不能謀。 |
直訳 | 故に、兵の形の極みは、無形に至る。無形なれば、則ち深間も窺うこと能わず、知者も謀ること能わず。 |
直訳 | 故に、戦いの肝は自由自在にあり、相手にこちらの動きを見せない事である。動きを見せなければ、相手の間者が潜り込んできても何も探れないし、どんな智者でも対策のとりようがない。 |
原文 | 因形而措勝於衆、衆不能知。 |
直訳 | 形に因りて勝を衆に措くも、衆は知ることを能わず。 |
意訳 | 相手の出方に応じて行動し勝利するも、第三者や素人には勝ちの方法を理解できない。 |
原文 | 人皆知我所以勝之形、而莫知吾所以制勝之形。 |
直訳 | 人みな我が勝の形の所以を知るも、我が勝の形を制する所以を知ることなし。 |
意訳 | これらの者達は、どのような場所で勝利を収めたかを理解できても、どのようにして勝ちを制したのかが解らない。 |
原文 | 故其戰勝不復、而應形於無窮。 |
直訳 | 故に、その戦いに勝つも復びせずして、応じる形に窮することなし。 |
直訳 | 故に、以前勝利を収めた方法を繰り返さず、常に情況に応じて対応するので策はいつも無限である。 |
原文 | 夫兵形象水、水之形、避高而趨下、兵之形、避實而撃虚。 |
直訳 | それ兵の形は水を象(かたど)る。水の形は高きを避けて下(ひく)きに趨く。兵の形は実を避けて虚を撃つ。 |
意訳 | それ争いの形態は、水のように、高い所を避け低い所へ流れるがごとく、充実した相手を避け、手薄をつくとしたものである。 |
原文 | 水因地而制流、兵因敵而制勝。 |
直訳 | 水は地に因りて流れを制し、兵は敵に因りて勝を制す。 |
意訳 | 水は地形に応じて流れるが、争いもまた時勢に応じて流れる。 |
原文 | 故兵無常勢、水無常形。 |
直訳 | 故に、兵に常勢なく、水に常形なし。 |
意訳 | いわば、兵に常勢なく、水に常形なし。 |
原文 | 能因敵變化而取勝者、謂之神。 |
直訳 | よく敵の変化に因りて勝を取る者、これを神(しん)と謂う。 |
意訳 | 相手に応じた行動を心がけることで勝利を収めることができる者を神業(かみわざ)と云う。これこそ絶妙な用兵である。 |
原文 | 故五行無常勝、四時無常位、日有短長、月有死生。 |
直訳 | 故に五行に常勝なく、四時に常位なく、日に短長あり、月に死生あり。 |
意訳 | それはちょうど、五行が相克しながらめぐり、季節、日月が絶えず変化しながら回るのと似ている。 |
【7章、軍争篇】 | |
原文 | 孫子曰、凡用兵之法、將受命於君、合軍聚衆、交和而舍、莫難於軍争。 |
直訳 | 孫子曰く、凡そ用兵の法は、将、命を君から受け、軍を合し衆を聚め、和を交(まじ)えて舎す。軍争より難(かた)きはなし。 |
意訳 | 孫子曰く、兵の用い方の法は、まず将が主から命令を受けて、軍をまとめ編成し、陣を整えて敵と対峙する。 |
原文 | 軍爭之難者、以迂爲直、以患爲利。 |
直訳 | 軍争の難きは、迂を以って直となし、患を以って利となすにあり。 |
意訳 | 軍争の難しさは、廻り遠い道をまっすぐの近道にし、害のある事を利益に転ずることにある。 |
原文 | 故迂其途、而誘之以利、後人發、先人至、此知迂直之計者也。 |
直訳 | 故に、その途を迂にして、利を以って誘い、人に後れて発し、人に先んじて至る。これ、迂直の計を知ればなり。 |
意訳 | 故に、進軍を遠回りさせ、その間に隙を見せて誘い、遅れて行動しながらも、先に辿り着く。これは、迂直の計を知っているからである。 |
原文 | 軍爭爲利、衆爭爲危。舉軍而爭利、則不及。委軍而爭利、則輜重捐。 |
直訳 | 故に、軍争は利たり、軍争は危たり。軍を挙げて利を争えば、則ち及ばず。軍を委して利を争えば、則ち輜重(しちょう)捐(す)てらる。 |
意訳 | かくも軍事理論は利をもたらし、これを知らない兵士の集団戦は危険である。全軍を挙げて行動をとれば相手に後れを取ることになる。また、一隊を任せて先行させても今度は補給隊と離れてしまう。 |
原文 | 是故巻甲而趨、日夜不處、倍道兼行、百里而爭利、則擒三將軍、勁者先、疲者後、其法十一而至。 |
直訳 | この故に、甲を巻いて趨(はし)り、日夜処らず、道を倍して兼行し、百里にして利を争えば、則ち三将軍を擒(とりこ)にされる。勁(つよ)き者は先だち、疲れた者は後れ、その法十にして一に至る。 |
意訳 | これを考慮すると、重装備をはずした軍団が、昼夜兼行の急行軍で遠方の戦地におもむいて戦おうとすれば、全軍が敵の虜となる。その理由は、体力のある兵士だけが先行し、疲れた兵士は後ろに残されて、いざ戦いになった時、結局動かせるのは兵士のごく一部となってしまうからである。 |
原文 | 五十里而爭利、則蹶上將軍、其法半至。三十里而爭利、則三分之二至。 |
直訳 | 五十里にして利を争えば、則ち上将軍をたおされる。その法半ばに至る。三十里にして利を争えば、則ち三分の二に至る。 |
意訳 | これが近場であっても、半数は切り離され、先鋒隊が虜になる。また、これがすぐ側であっても、戦力の低下は免れない。 |
原文 | 是故軍無輜重則亡、無糧食則亡、無委積則亡。 |
直訳 | この故に、軍に輜重なければ則ち亡び、糧食なければ則ち亡び、委積(いし)なければ則ち亡ぶ。 |
意訳 | これらの事を踏まえると、軍に輜重なければ亡び、食糧なければ亡び、委積なければ亡ぶと云うことになる。 |
原文 | 故不知諸侯之謀者、不能豫交。不知山林險阻沮澤之形者、不能行軍。不用郷導者、不能得地利。 |
直訳 | 故に、諸侯の謀を知らざる者は、予(あらかじ)め交わることを能わず。山林・険阻・沮沢の形を知らざる者は、軍を行うことを能わず。郷導を用いざる者は、地の利を得ることを能わず。 |
意訳 | 故に、諸国の事情を知らずして外交は成らず、山林沼沢などの地形情況を知らずして進軍は成らず、現地の案内者を用いずして地の利を得る事はない。 |
原文 | 故兵以詐立、以利動、以分合爲變者也。 |
直訳 | 故に、兵は詐(さ)を以って立ち、利を以って動き、分合を以って変をなす者なり。 |
意訳 | 競争の基本は相手を出し抜き、有利な条件のもとで動き、分散や集中を時勢に応じて運用することである。 |
原文 | 故其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山、難知如陰、動如雷震。 |
直訳 | 故に、その疾きこと風の如く、その静かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如く、知り難きこと陰の如く、動くこと雷ていの如し。 |
意訳 | この運用を例えれば、風のように素早く動き、林のように静まり、火のように攻め、山のように構え、影のように潜み、雷のように轟くようなものである。 |
原文 | 掠郷分衆廓地分利、懸權而動。 |
直訳 | 郷を掠(かす)めて衆を分かち、地を廓(ひろ)めて利を分かち、権を懸けて動く。 |
意訳 | 複数を侵略する場合には軍を分け分散して、周辺を守備する時には要所に配置するなど、的確な状況判断にもとづいて行動せねばならない。 |
原文 | 先知迂直之計者勝、此軍爭之法也。 |
直訳 | 迂直の計を先に知る者は勝つ。これ軍争の法なり。 |
意訳 | この迂直の計のしくみを理解するものは成功し、これこそ軍事の法である。 |
原文 | 軍政曰、言不相聞、故爲之金鼓。視不相見、故爲之旌旗。夫金鼓旌旗者、所以一人之耳目也。 |
直訳 | 軍政に曰く、言えども相聞こえず、故に鼓鐸をつかう。視せども相見えず、故に旌旗をつかう。それ金鼓・旌旗は、人の耳目を一つにする所以なり。 |
意訳 | 兵書の軍政にはこう記している。言葉では広く号令をかけられない時、鐘や太鼓を用いる。視ても見えない時、旗を用いる。鐘や太鼓や旗は、兵士達の耳や目を一つにまとめる。 |
原文 | 人既專一、則勇者不得獨進、怯者不得獨退、此用衆之法也。 |
直訳 | 人既に専一ならば、則ち勇者も独りで進むことを得ず、怯者も独りで退くことを得ず。これ衆を用いるの法なり。 |
意訳 | これを統率すれば、勇猛なものも独断で進む事なく、臆病なものも独断で逃げるような事はなくなり、これが軍をまとめる秘訣である。 |
原文 | 故夜戰多火鼓、晝戰多旌旗、所以變人之耳目也。 |
直訳 | 故に、夜戦に火鼓多く、昼戦に旌旗多きは、人の耳目を変えうる所以なり。 |
意訳 | 故に、夜戦となると灯火や太鼓を増やす。昼戦では鳴り物や旗を増やす。これらは兵士たちの耳目を一つにする為である。 |
原文 | 故三軍可奪氣、將軍可奪心。 |
直訳 | 故に、三軍は気を奪い、将軍は心を奪うべし。 |
意訳 | 故に、全軍は気を奪い、将軍は心を奪うべし。 |
原文 | 是故朝氣鋭、晝氣惰、暮氣歸。 |
直訳 | この故に、朝の気は鋭く、昼の気は惰る、暮れの気は帰る。 |
意訳 | 気分というのは朝旺盛で、昼になると衰え始め、夕方にはつきてしまうとしたものである。 |
原文 | 善用兵者、避其鋭氣、撃其惰歸、此治氣者也。 |
直訳 | 善く兵を用いるは、その鋭気を避けて、惰帰を撃つ。これ気を治める者なり。 |
意訳 | 故に、戦上手は、相手の士気が旺盛なうちは争いを避け、士気が衰えたところで攻撃する。このような事が士気を掌握する方法である。 |
原文 | 以治待亂、以静待譁、此治心者也。 |
直訳 | 治を以って乱を待ち、静を以って譁(か)を待つ。これ心を治める者なり。 |
意訳 | 態勢を固め相手の乱れを待ち、静かにして騒がしいものを待ち受ける、これが治の心を治めた者である。 |
原文 | 以近待遠、以佚待勞、以飽待飢、此治力者也。 |
直訳 | 近きを以って遠きを待ち、佚(いつ)を以って労を待ち、飽(ほう)を以って飢(き)を待つ。これ力を治める者なり。 |
意訳 | 近くに布陣して、はるばる遠方から来る相手を待ち受け、休養をとって相手の疲れを待ち、食事をとりつつ相手の飢えを待つ、このような事が戦力を掌握する方法である。 |
原文 | 無邀正正之旗、勿撃堂堂之陣、此治變者也。 |
直訳 | 正々の旗を邀(むか)うることなく、堂々の陣を撃つことなかれ。これ変を治める者なり。 |
意訳 | 戦列を整え向ってくる相手には、正面衝突を避ける、このような事が変化を掌握する方法である。 |
原文 | 故用兵之法、高陵勿向、背丘勿逆、佯北勿從、鋭卒勿攻、餌兵勿食、歸師勿遏、圍師必闕、窮寇勿迫、此用兵之法也。 |
直訳 | 故に、兵を用うるの法は、高陵には向かうことなかれ。佯(いつわ)り北(に)ぐるには従うことなかれ。鋭卒には攻めることなかれ。餌(じ)兵には食らうことなかれ。歸師には遏(とど)むことなかれ。圍師には必ず闕(か)き、窮寇には迫ることなかれ。これ兵を用うるの法なり。 |
意訳 | 以上を踏まえた兵をまとめる方法とは、高い所にいる相手に攻撃せず、丘を背にした相手に逆らわず、わざと逃げる相手の行動には乗らず、士気旺盛な相手と争わず、おとりに飛びつかず、帰国する相手の進路を塞がず、包囲しても逃げ道を開けておき、必死な情況に追い込んだ相手に攻撃を加えない。これが用兵の法である。 |
【8章、九変篇】 | |
原文 | 孫子曰、凡用兵之法、將受命於君、合軍聚衆、ヒ地無舍、衢地合交、絶地無留、圍地則謀、死地則戰。 |
直訳 | 孫子曰く、凡そ用兵の法は、將、命を君に受け、軍を合し衆を聚(あつ)め、ヒ地には舍(やど)ることなく、衢地には交わり合し、絶地には留まることなく、圍地には即ち謀(はか)り、死地には則ち戦う。 |
意訳 | 孫子曰く、およそ用兵の法は、將が命を君に受けるより始まる。将は、軍の兵士を極力多く集める。ヒ地には衛舍を置かず、衢地で交わり合し、絶地には留まることなく、圍地では作戦を立て、死地では死に物狂いで戦う。 |
原文 | 途有所不由、軍有所不撃、城有所不攻、地有所不爭、君命有所不受。 |
直訳 | 途に由らざる所あり。軍に撃たざる所あり。城に攻めざる所あり。地に争わざる所あり。君命に受けざる所あり。 |
意訳 | 道には進んではならない場所があり、敵には攻撃してはならない敵がおり、城には攻めてはいけない城があり、土地には奪ってはならない場所があり、命令には従ってはならないものもある。 |
原文 | 故將通於九變之利者、知用兵矣。 |
直訳 | 故に、将、九変の利に通じる者は、兵を用いることを知る。 |
意訳 | 故に、将にして九変の利に通じる者にして初めて兵を用いることを知る。 (「九変」とは、1.高い丘にいる敵を攻めてはいけない。2.丘を背にして攻めている敵は、迎え撃ってはならない。3.険しい地勢にいる敵には、長く対持してはならない。4.偽りの誘いの退却は、追いかけてはならない。5.鋭い気勢の敵兵には、攻めかけてはならない。6.こちらを釣りにくる餌の兵士には、食いついてはならない。7.母国に帰る敵軍は、引き留めてはならない。8.包囲した敵軍には、必ず逃げ口をあけておく。9.進退きわまった敵を、余り追いつめてはならない) |
原文 | 將不通九變之利者、雖知地形、不能得地之利矣。 |
直訳 | 将、九変の利に通ぜざる者は、地形を知るといえども、地の利を得ること能わず。 |
意訳 | 将にして九変の利に通じる者にして初めて地形を知るといえども、地の利を得ることはできない。 |
原文 | 治兵不知九變之術、雖知五利、不能得人之用矣。 |
直訳 | 兵を治めて九変の術を知らざる者は、五利を知るといえども、人の用を得ること能わず。 |
意訳 | 兵を治めて九変の術を知らざる者は、五利を知るといえども、人の用を得ることができない。 |
原文 | 是故智者之慮、必雜於利害。 |
直訳 | この故に、知者の慮りは必ず利害に雑(まじ)る。 |
意訳 | 智者は利益と損害の両面を混ぜ合わして物事を見る。 |
原文 | 雜於利而務可信也、雜於害而患可解也。 |
直訳 | 利に雑じえて務め信(の)ぶべきなり。害に雑じえて、患い解くべきなり。 |
意訳 | 利益を考える時には、損害も考慮することで事は順調に進み、損害を考えるとき、利益も考慮することで心配事をなくする。 |
原文 | 是故屈諸侯者以害、役諸侯者以業、趨諸侯者以利。 |
直訳 | これ故に、諸侯を屈する者は害を以ってし、諸侯を役する者は業を以ってし、諸侯を趨(はし)らす者は利を以ってす。 |
意訳 | これ故に、他国を屈服させたいと願うときには害を強調し、消耗させたいと願うときには魅力的事業などで行動をとらせ、抱き込むときには利を強調する。 |
原文 | 故用兵之法、無恃其不來、恃吾有以待之。 |
直訳 |
故に、用兵の法は、その来らずを恃(たの)むことなく、吾の待つを以ってあることを恃むなり。 |
意訳 | 争う時、相手の来襲がないことに期待するのではなく、こちらの充分な備えに頼る。 |
原文 | 無恃其不攻、恃吾有所不可攻也。 |
直訳 | その攻めざるを恃むことなく、吾の攻むべからざる所あるを恃むなり。 |
意訳 | 相手の攻撃がないことに期待するのではなく、こちらへの攻撃ができないような構えに頼る。 |
原文 | 故將有五危。必死、可殺。必生、可虜。忿速、可侮。廉潔、可辱。愛民、可煩。 |
直訳 | 故に将に五危あり。必死は殺さるべきなり、必生は虜(とりこ)にさるべきなり。ふん速は悔(あなど)らるべきなり。廉潔は辱(はずかし)めらるべきなり。愛民は煩(わずら)わさるべきなり。 |
意訳 | 故に将には次のような陥りやすい危険がある。いたずらに必死になれば討たれる。助かろうと焦ると捕虜になる。勇猛で怒りっぽいと操られる。精錬潔白であると挑発に乗りやすい。情に厚いと神経がまいる。 |
原文 | 凡此五者、將之過也、用兵之災也。 |
直訳 | 凡そこの五者は将の過ちなり、用兵の災いなり。 |
意訳 | 凡そこれら五つは将軍の過失であり、戦争を行うときに害になる。 |
原文 | 覆軍殺將、必以五危、不可不察也。 |
直訳 | 軍を覆し将を殺すは、必ず五危を以ってす。察せざるべからず。 |
意訳 | 軍を滅亡させるのは、たいがいこれら五つが原因となっている。十分気をつけるべきことである。 |
【9章、行軍篇】 | |
原文 | 孫子曰、凡處軍相敵、絶山依谷、視生處高、戰隆無登、此處山之軍也。 |
直訳 | 孫子曰く、凡そ軍を処(お)き敵と相まみえるに、山を絶ゆれば谷に依り、高き処から生を視て、戦いは隆きに登ることなし、これ山に処るの軍なり。 |
意訳 | 孫子曰く、情況に応じた戦い方を紹介する。山岳で戦うなら、谷に沿って進み、視界の良い高所に布陣して、相手が先に占拠しているようならばこちらからは攻めない。 |
原文 | 絶水必遠水。客絶水而來、勿迎於水内、令半濟而撃之利。 |
直訳 | 水を絶(わた)れば水に遠ざかり、敵が水を絶りて来れば、これを水の内にて迎えることなかれ、半ば済(わた)らしめて撃すれば利あり。 |
意訳 | 河川で戦うなら、水場から距離を置き、相手が攻めてきたときには、水中ではなく、半数が渡ったところで迎え討つ。 |
原文 | 欲戰者、無附於水而迎客。視生處高、無迎水流、此處水上之軍也。 |
直訳 | 戦わんと欲する者は、水に附きて客を迎うることなし。高き処から生を視て、水流を迎えることなし、これ水上に処るの軍なり。 |
意訳 | 但し、その時にもあまり河川に近づかない事である。そして、視界の良い高所に布陣し、川下から川上の相手を迎えうつのは控える。 |
原文 | 絶斥澤、唯亟去無留。若交軍於斥澤之中、必依水草、而背衆樹、此處斥澤之軍也。 |
直訳 | 斥沢(せきたく)を絶ゆれば、ただすみやかに去って留まることなし。もし軍を斥沢の中に交えれば、必ず水草に依りて、衆樹を背にす、これ斥沢に処るの軍なり。 |
意訳 | 湿地で戦うなら、速やかに湿地帯を通過して、水と茂みを占拠し、木々を背にして戦う。 |
原文 | 平陸處易、右背高、前死後生、此處平陸之軍也。 |
直訳 | 平陸は易に処り、高きを右背にし、死を前にして生を後ろにす。これ平陸に処るの軍なり。 |
意訳 | 平地で戦うなら、背後に高所を置き、前面に低所が広がるようにして戦う。 |
原文 | 凡四軍之利、黄帝之所以勝四帝也。 |
直訳 | 凡そ四軍の利は、黄帝の四帝に勝ちし所以なり。 |
意訳 | 以上のようにすれば有利に戦える。黄帝はこのような戦い方を採用したから天下を取れたのである。 |
原文 | 凡軍好高而惡下、貴陽而賤陰、養生處實、軍無百疾、是謂必勝。 |
直訳 | 凡そ軍は高きを好みて下(ひく)きを悪(にく)み、陽を貴び陰を賤しむ。生を養いて実に処り、軍に百疾なし。これを必勝という。 |
意訳 | 軍を配置する時は、不利な地形を避け、有利な場所を選ぶ。じめじめした暗い所を避け、明るく乾いた所を選べば、衛生にも良く、疫病も防げる。これは成功を収める態勢といえる。 |
原文 | 丘陵堤防、必處其陽、而右背之、此兵之利、地之助也。上雨水沫至、欲渉者、待其定也。 |
直訳 | 丘陵堤防は、必ずその陽に処して背の右にす。これ兵の利、地の助けなり。上に雨ふりて水沫至れば、渉(わた)らんと欲する者は、その定まるを待つなり。 |
意訳 | 丘陵や堤防の南を選べば、日当たりよく、地の利を得られる。雨で水かさが増えているときは、水が落ち着いてから渡るのが無難である。 |
原文 | 凡地有絶澗・天井・天牢・天羅・天陷・天隙、必亟去之、勿近也。吾遠之、敵近之。吾迎之、敵背之。 |
直訳 | およそ地に絶澗(ぜっかん)、天井、天牢、天羅、天陥、天隙(てんげき)あらば、必ずすみやかにこれを去りて、近づくことなかれ。吾これを遠ざかり、敵これに近づかせ、吾これを迎え、敵これに背(そむ)かせよ。 |
意訳 | 絶澗、絶壁の谷間。天井、深い窪地。天牢、三方包囲で脱出困難な地。天羅、草木が密生で行動困難。天陷、湿地で低地。天隙、山間部のでこぼこ。このような地形には近づかず、すぐ立ち去るべし。また、こちらからは近づかず、相手をこの地へ来るよう仕向けて撃てば、有利になる。 |
原文 | 軍旁有險阻、コウ井、蒹葭、林木、エイ薈者、必謹覆索之、此伏姦之所也。 |
直訳 | 軍の傍らに険阻、こうせ井、蒹葭(かい)、林木、えい薈(わい)者あらば、必ずこれを謹んで覆索(ふくさく)せよ。これ伏姦の処る所なり。 |
意訳 | 逆に、険阻な地、湿地や窪地、密林や密草地などを通過する際は、入念に探索を実施して伏兵を警戒すべし。 |
原文 | 敵近而静者、恃其險也。遠而挑戰者、欲人之進也。其所居易者、利也。衆樹動者、來也。 |
直訳 | 敵近くして静かなるは、その険を恃(たの)めばなり。遠くして戦いを挑むは、人の進を欲すればなり。その居る所の易なるは、利なればなり。 |
意訳 | 相手に接近しても、静まりかえっているのは、有利な地形を頼みにしている危険がある。相手が遠くから挑発してくるのは、こちらを誘っている危険があるす。相手が何もない平地に布陣しているのは、その情況に利を見出している危険がある。木が揺れるのは、相手が進攻してくる危険がある。 |
原文 | 衆草多障者、疑也。鳥起者、伏也。獸駭者、覆也。塵高而鋭者、車來也。卑而廣者、徒來也。散而條達者、樵採也。少而往來者、營軍也。 |
直訳 | 衆樹の動くは来ればなり。衆草の障多きは、疑わせばなり。鳥の起つは、伏すればなり。獣の駭(おどろ)くは覆すればなり。塵高くして鋭きは、車が来ればなり。卑(ひく)くして広きは、徒が来ればなり。散じて条達(じゅうたつ)するは、樵採(しょうさい)すればなり。少なくして往来するは、軍を営めばなり。 |
意訳 | 草むらに罠があるのは、牽制しようとしている危険がある。鳥が飛び立つのは、伏兵のいる危険がある。獣が驚き走るのは、奇襲部隊が来る危険がある。土埃が高く舞い上がれば、戦車が進攻してくる危険が、一面に舞えば、歩兵が進行してくる危険が、細く舞い上がれば、相手がタキギをとっている可能性が、かすかに移動しているのは、野営の準備をしている可能性がある。 |
原文 | 辭卑而益備者、進也。辭強而進驅者、退也。輕車先出居其側者、陣也。無約而請和者、謀也。奔走而陳兵者、期也。半進半退者、誘也。 |
直訳 |
辞の卑くして備えを益(ま)すは、進まんとすればなり。辞の強くして進駆(しんく)するは、退かんとすればなり。軽車まず出てその側に居るは、陣せんとすればなり。約なくして和を請うは、謀らんとすればなり。奔走して兵者を陳(つら)ねるは、期すればなり。半進半退するは、誘わんとすればなり。 |
意訳 | 相手がへりくだっているのは、密かに態勢を整えて進行の準備にかかっている可能性がある。相手が強気に出ているのは、退却の準備にかかっている可能性がある。戦車が前面に出てきて、両翼をかためているのは、陣地の構築にかかっている可能性がある。相手が突如として講和を申しいれたときには、なにか計略が潜んでいる可能性がある。相手が慌しく動くのは、決戦を記している可能性がある。相手が進んでは退き、退いては進むのは、こちらを誘っている可能性がある。 |
原文 | 杖而立者、飢也。汲而先飲者、渇也。見利而不進者、勞也。鳥集者、虚也。夜呼者、恐也。 |
直訳 | 杖つきて立つは飢えればなり。汲みてまず飲むは渇すればなり。利を見て進まざるは疲すればなり。鳥の集まるは虚しきからなり。夜呼ぶは恐れればなり。 |
意訳 | 敵兵が杖にすがって歩くのは食糧不足の可能性がある。水汲みが真っ先に水を飲むのは水不足に陥っている可能性がある。有利なのに進まないのは疲れている可能性がある。敵陣の上に鳥が群がっているのは既に相手が陣を引き払った可能性がある。夜、大声で呼び交わすのは恐怖している可能性がある。 |
原文 | 軍擾者、將不重也。旌旗動者、亂也。吏怒者、倦也。殺馬肉食者、軍無糧也。懸フ不返其舍者、窮寇也。 |
直訳 | 軍の擾(みだ)れるは将の重からざればなり。旌旗(せいき)の動くは乱れればなり。吏の怒るは倦(う)めばなり。馬を殺して肉を食すは軍に糧なければなり。ふを懸けてその舎に帰らざるは窮寇なればなり。 |
意訳 | 軍の統制を欠いているのは将軍が無能な可能性がある。旗が揺れ動くのは内部に動揺が走っている可能性がある。幹部がむやみ威張り散らすのは行詰まっている可能性がある。軍馬を喰らうのは食糧に困っている可能性がある。炊事道具を片付け外にたむろしているのは追い詰められて最後の決戦を覚悟した可能性がある。 |
原文 | 諄諄翕翕、徐與人言者、失衆也。 |
直訳 | 諄諄翕翕(じゅんじゅんきゅうきゅう)として、徐(おもむろ)に人に言(かた)るは、衆を失えばなり。 |
意訳 | 将軍が小声で話しているのは部下の信頼を失っている可能性がある。 |
原文 | 數賞者、窘也。數罰者、困也。先暴而後畏其衆者、不精之至也。 |
直訳 | しばしば賞するは、窘(くる)しめばなり。しばしば罰するは、困ればばり。まず暴して後にその衆を畏るるは、不精の至ればなり。 |
意訳 | やたらに賞するのは行詰まっている可能性がある。しきりに罰するのも行詰まっている可能性がある。部下を怒鳴り散らしておきながら、離反を気にするのは、無能な可能性がある。 |
原文 | 來委謝者、欲休息也。兵怒而相迎、久而不合、又不相去、必謹察之。 |
直訳 | 来りて委謝するは、休息を欲すればなり。丘怒りて相迎え、久しく合せずして、また相去らざるは、必ず謹みてこれを察せよ。 |
意訳 | わざわざ遣いをたてあいさつしてくるのは、時間かせぎの可能性がある。激しく攻めながらも戦おうとせず、かといって退きもしないのは、計略の可能性がある。そのようなときには、慎重に探らなければならない。 |
原文 | 兵非貴益多、雖無武進、足以併力料敵取人而已。 |
直訳 | 兵は益多きを貴ぶに非ざるなり。ただ武進することなく、力を併せるを以って敵を料(はか)るに足らば、人を取るのみ。 |
意訳 | 兵の数が多ければ良いというものではなく、不利を避けて、連携しつつ、情況を把握して戦ってこそ成功をおさめる事ができる。 |
原文 | 夫唯無慮而易敵者、必擒於人。 |
直訳 | ただそれ慮(おもんばか)りなくして敵を易(あなど)る者は、必ず人の擒(とりこ)にさるる。 |
意訳 | むやみに飛び込み、情況を判断しなければ、相手に翻弄されるのがおちである。 |
原文 | 卒未親附而罰之、則不服、不服則難用。卒已親附而罰不行、則不可用。 |
直訳 | 卒いまだ親附せざるにしかもこれを罰すれば、則ち服さず。服さざれば則ち用い難きなり。卒すでに親附せるにしかも罰行わざれば、則ち用うべからざるなり。 |
意訳 | 兵をなつけず、罰ばかり適用したのでは、心服は得られず、使いこなせない。しかし、なついても、過失あるときに罰しないのでは、これもまた使いこなせない。 |
原文 | 故令之以文、齊之以武、是謂必取。 |
直訳 | 故に、これを令するに文を以ってし、これを斉(ととの)うるに武を以ってす、これ必取と謂う。 |
意訳 | 故に、命令は文書で為し、統制は武力で為す。これを必須とせねばならない。 |
原文 | 令素行以教其民、則民服。令不素行以教其民、則民不服。令素行者、與衆相得也。 |
直訳 | 令もとより行われ以ってその民を教うれば、則ち民服す。令もとより行われず以ってその民を教うれば、則ち民服さず。令もとより行よれれば、衆と共に相得るなり。 |
意訳 | 普段からこのように行われ民を教え導くなら、民は心服する。逆であるなら民は服さない。つまり、普段から行われていてこそ、大衆の信頼が得られる。 |
【10章、地形篇】 | |
原文 | 孫子曰、地形有通者、有掛者、有支者、有隘者、有險者、有遠者。 |
直訳 | 孫子曰く、地形には通なるものあり、挂なるものあり、支なるものあり、隘なるものあり、険なるものあり、遠なるものあり。 |
意訳 | 孫子曰く、地形を大別すると、通、挂、支、隘、険、遠がある。 |
原文 | 我可以往、彼可以來、曰通。通形者、先居高陽、利糧道以戰、則利。 |
直訳 | 我もって往くべく、彼もって来るべくを、通という。通形なるものは、まず高陽に居りて、糧道を利して以って戦えば則ち利あり。 |
意訳 | 敵味方ともに進攻できる地形を通と云う。通の地形では先に日当たり良い高所をおさえ、補給線を確保すれば有利である。 |
原文 | 可以往、難以返、曰掛。掛形者、敵無備、出而勝之。敵若有備、出而不勝、難以返、不利。 |
直訳 | 以って往くべく、以って返り難きを、挂という。挂形なるものは、敵に備えなくば、出でてこれに勝ち、もし敵に備えあらば、出でてこれに勝たず。以って返り難く利あらず。 |
意訳 | 挂とは、進むのは容易で、退くのが困難な地形の事で、ここでは敵が守りを固めていない場合には勝利する事も可能であるが、守りを固められていると、進んでも撤退困難なので不利である。 |
原文 | 我出而不利、彼出而不利、曰支。支形者、敵雖利我、我無出也。引而去之、令敵半出而撃之、利。 |
直訳 | 我出でて利あらず、彼出でても利あらずを、支という。支形なるものは、敵より我利すといえども、我出でるとこ無きなり。引きてこれを去り、敵半ば出でるをこれ撃たせるは利なり。 |
意訳 | 支とは、敵味方ともに進めば不利になるような地形の事で、ここでは敵の誘いに乗ってはならず、いったん退いて、敵を誘い出すなら有利になる。 |
原文 | 隘形者、我先居之、必盈之以待敵。若敵先居之、盈而勿從、不盈而從之。 |
直訳 | 隘形なるものは、我まずこれに居らば、必ずこれを盈(み)たして以って敵を待つ。もし敵まずこれに居らば、盈つれば従うことなかれ、盈たざればこれに従う。 |
意訳 | 隘とは、入り口のくびれた地形の事で、ここではこちらが先に占拠したなら、入り口を固めれば有利である。敵が入り口を固めていたなら戦っては不利である。入り口の守備が不充分であるなら、慎重に様子を見るべし。 |
原文 | 險形者、我先居之、必居高陽以待敵。若敵先居之、引而去之、勿從也。 |
直訳 | 険形なるものは、我まずこれに居らば、必ず高陽に居りて以って敵を待つ。もし敵まずこれに居らば、引きてこれを去り従うことなかれなり。 |
意訳 | 険とは、険しい地形の事で、ここではこちらが占拠する時に日当たりの良い高所をおさえ、敵を迎えうつと有利である。もし先を越されていたなら、退いて戦わない方が賢明である。 |
原文 | 遠形者、勢均、難以挑戰、戰而不利。 |
直訳 | 遠形なるものは、勢い均しければ以って戦いを挑み難く、戦えばすなわち利あらず。 |
意訳 | 遠とは、本国から遠く離れた地形の事で、ここでは敵味方の力が互角の場合、交戦しても苦戦は免れない。 |
原文 | 凡此六者、地之道也、將之至任、不可不察也。 |
直訳 | 凡そこの六つのものは、これ地の道なり。これ将の至任(しにん)、察せざるべからずなり。 |
意訳 | この六つの地形の大別を把握して戦法を選択する事は、将の任務であり、よく心得ておくべきことである。 |
原文 | 故兵有走者、有弛者、有陷者、有崩者、有亂者、有北者。凡此六者、非天地之災、將之過也。 |
直訳 | 故に、兵には、走なるものあり、弛(し)なるものあり、陥なるものあり、崩なるものあり、乱なるものあり、北なるものあり。およそこの六つのものは、天地の災いにあらず、これ将の過ちなり。 |
意訳 | 故に、次のことも心得ておくべき事である。それは走、弛、陥、崩、乱、北のことである。これらは偶然や運の悪さから来るような事柄ではなく、将による人災である。 |
原文 | 夫勢均、以一撃十、曰走。 |
直訳 | それ勢の均(ひと)しきとき、一を以って十を撃つを、走という。 |
意訳 | 力が互角の時、分散して一の力で十の敵と戦う事になるような場面を走と云う。 |
原文 | 卒強吏弱、曰弛。 |
直訳 | 卒の強くして吏の弱きを、弛という。 |
意訳 | 兵士が強くて、幹部が無能な場合を弛と云う。 |
原文 | 吏強卒弱、曰陷。 |
直訳 | 吏の強くして卒の弱きを、陥(かん)という。 |
意訳 | 幹部が有能で、兵士が無能な場合を陥と云う。 |
原文 | 大吏怒而不服、遇敵ウラミ而自戰、將不知其能、曰崩。 |
直訳 | 大吏怒りて服さず、敵に遇(あ)えばうらみて自ら戦い、将その能を知らざるを、崩という。 |
意訳 | 幹部と部下の仲が悪く、命令を聞かず、独断で戦い始め、部下の能力も認めていない場合を崩と云う。 |
原文 | 將弱不嚴、教道不明、吏卒無常、陳兵縱橫、曰亂。 |
直訳 | 将の弱くして厳ならず、教道(きょうどう)も明らかならず、吏卒に常なく、兵を陳(つら)ねるとこ縦横なるを、乱という。 |
意訳 | 幹部が厳しさに欠け、軍令が徹底せず、統制もなく、戦闘配置も陳腐な場合を乱と云う。 |
原文 | 將不能料敵、以少合衆、以弱撃強、兵無選鋒、曰北。 |
直訳 | 将、敵を料(はか)ること能わず、少を以って衆に合い、弱きを以って強きを撃ち、兵の鋒を選ぶことなきを、北という。 |
意訳 | 将が状況を把握できず、劣勢で大勢と戦ったり、弱いのに強敵と戦うなどし、精鋭部隊も欠いている場合を北と云う。 |
原文 | 凡此六者、敗之道也、將之至任、不可不察也。 |
直訳 | 凡そこの六つのものは、これ敗の道なり。これ将の至任、察せざるべからずなり。 |
意訳 | これらに陥り、敗北するのは、将の責任であり、これらも配慮し心得ておくべき事である。 |
原文 | 夫地形者、兵之助也。 |
直訳 | それ地形は、兵の助けなり。 |
意訳 | 地形は、戦うための助けにもなります。 |
原文 | 料敵制勝、計險阨・遠近、上將之道也。 |
直訳 | 敵を料りて勝を制し、険阨(けんあい)・遠近を計るは、上将の道なり。 |
意訳 | 相手の動きを観察し、地形と合わせて勝利する方法を画策するのは、将としての務めである。 |
原文 | 知此而用戰者必勝。不知此而用戰者必敗。 |
直訳 | これを知りて戦いを用いる者は必ず勝ち、これを知らずして戦いを用いる者は必ず敗れる。 |
意訳 | これを心得て戦うものは成功を収め、心得ずに戦うものは失敗を招く。 |
原文 | 故戰道必勝、主曰無戰、必戰可也。戰道不勝、主曰必戰、無戰可也。 |
直訳 | 故に戦道必ず勝たば、主戦うなかれというとも、必ず戦うべきなり。戦道勝たざれば、主必ず戦えというとも、戦わずべきなり。 |
意訳 | 故に将は、必ず成功できる見通しがつけば、例え主が反対しても、戦いを辞さない覚悟が必要である。逆に、成功の見通しが全くつかないのであれば、例え主に戦えといわれても、拒み戦わない覚悟が要る。 |
原文 | 故進不求名、退不避罪、唯民是保、而利(合)於主、國之寶也。 |
直訳 | 故に進んで名を求めず、退いて罪を避けず、ただ民をこれ保ちて、利の主に合うは、国の宝なり。 |
意訳 | 故に、事が成っても名誉を求めず、失敗しても罰を拒まず、ただ民の保全のみ考え、主の利益を考えているくらいの心構えで事に臨んでこそ、国の宝として扱われる存在となり得る。 |
原文 | 視卒如嬰兒、故可與之赴深谿。視卒如愛子、故可與之倶死。 |
直訳 | 卒を視ること嬰児の如し、故にこれ深谿(しんけい)に赴くべし。卒を視ること愛子の如し、故にこれ倶に死すべし。 |
意訳 | 兵士の扱いを赤ん坊に対する如くすることで、兵士は将と谷底まで行動を共にするようになる。兵士の扱いを我が子に対する如くすることで、兵士は喜んで運命を共にするようになる。 |
原文 | 愛而不能令、厚而不能使、亂而不能治、譬若驕子、不可用也。 |
直訳 | 厚くして使うこと能わず、愛して令すること能わず、乱して治めること能わず、たとえばもし驕子(きょうし)ならば、用うべからざるなり。 |
意訳 | しかし、可愛がるだけでは命令が行き届かず、面倒見が良いだけでは思い通りに動かせず、内部が乱れれば治められず、わがまま勝手な子供を養っているようなもので、役に立たない。 |
原文 | 知吾卒之可以撃、而不知敵之不可撃、勝之半也。 |
直訳 | 吾が卒の以って撃つべきを知るも、敵の撃つべからざるを知らざれば、勝ちの半ばなり。 |
意訳 | 自軍の情況を把握して戦っても、敵の情況を把握しないまま戦うのであれば、勝ちの確率は半々である。 |
原文 | 知敵之可撃、而不知吾卒之不可撃、勝之半也。 |
直訳 | 敵の撃つべきを知るも、吾が卒の以って撃つべからざるを知らざれば、勝ちの半ばなり。 |
意訳 | 敵の情況を把握してから戦っても、自軍の情況を掴まぬうちに戦えば、勝ちの確率は半々である。 |
原文 | 知敵之可撃、知吾卒之可以撃、而不知地形之不可以戰、勝之半也。 |
直訳 | 敵の撃つべきを知り、吾卒を以って撃つべきを知るも、地形の以って戦わざるを知らざれば、勝ちの半ばなり。 |
意訳 | 自軍と敵の情況を把握してから戦っても、地形に応じた戦いを知らなければ、勝ちの確率は半々である。 |
原文 | 故知兵者、動而不迷、舉而不窮。 |
直訳 | 故に、兵を知る者は、動いて迷わず、挙げて窮せず。 |
意訳 | 故に、兵法を知る戦上手は、行動を起こしてから迷う事なく、戦いを始めて苦境に立たされることがない。 |
原文 | 故曰、知彼知己、勝乃不殆。 |
直訳 | 故に曰く、彼を知り己を知らば、勝ちあやうからず。 |
意訳 | 故に曰く、彼を知り己を知らねば勝ちを得られない。 |
原文 | 知天知地、勝乃可全(又は不窮)。 |
直訳 | 天を知り地を知らば、勝ちを全うすべし。 |
意訳 | 故に、天の時、情況、時世と地の利、地形を考慮して戦ってこそ、勝利を収めることができる。 |
【11章、九地篇】 | |
原文 | 孫子曰、用兵之法、有散地、有輕地、有爭地、有交地、有衢地、有重地、有ヒ地、有圍地、有死地。 |
直訳 | 孫子曰く、兵を用いるの法は、散地あり、軽地あり、争地あり、交地あり、衢(く)地あり、重地あり、ヒ地あり、囲地あり、死地あり。 |
意訳 | 孫子曰く、戦場はつぎのような分類ができる。即ち、散地、軽地、争地、交地、衢地、重地、ヒ地、囲地、死地である。 |
原文 | 諸侯自戰其地者、爲散地。 |
直訳 | 諸侯自らその地に戦うところを、散地となす。 |
意訳 | 諸侯が自ら闘う地を散地と云う。 |
解説 | 散地について、三國志で有名な曹操が付した注に、「士卒、土を恋うるに、道近ければ散じ易し」(兵士は直ぐに自分の故郷に帰りたがるので、家までの距離が近いと散り散りになって逃亡しやすい)とある。杜牧の注に、「士卒、家近ければ、進みて必死の心無く、退きて帰投の処有り」(故郷が近ければ、進軍しても兵士に死を賭して戦う心がなく、退却すれば逃げ帰るところがあるので整然とした退却もできない)とある。これが「散地」の語源のようである。 |
原文 | 入人之地而不深者、爲輕地。 |
直訳 | 人の地に入りて深からずところを、軽地となす。 |
意訳 | 敵国の進攻して浅いところを軽地と云う。 |
解説 | 魏武(曹操)注に「士卒、皆な返に軽し」(自国から離れた敵国で戦ったとしても、戦場がまだ自国に近く簡単に家に帰れてしまううちは、兵士は帰還ばかりを思って心が浮つき戦意が定まらない。兵士は帰還ばかり考えて浮ついてしまう)とある。これが「軽地」の語源のようである。 |
原文 | 我得亦利、彼得亦利者、爲爭地。 |
直訳 | 我得れば則ち利し、彼得るもまた利なるところを、争地となす。 |
意訳 | 敵味方ともに奪取して有利になる地域を争地と云う。 |
原文 | 我可以往、彼可以來者、爲交地。 |
直訳 | 我以って往くべく、彼以って来るべきところを、交地となす。 |
意訳 | 敵味方ともに進攻可能な地域を交地と云う。 |
原文 | 諸侯之地三屬、先至而得天下之衆者、爲衢地。 |
直訳 | 諸侯の地に三属し、さきに至れば天下の衆を得るところを、衢(く)地となす。 |
意訳 | 諸侯の地が互いに隣接しており、先にその地を押さえた者が天下の衆を得る地域を衢地と云う。 |
原文 | 入人之地深、背城邑多者、爲重地。 |
直訳 | 人の地に深く入り、城邑(じょうゆう)を背にすること多きところを、重地となす。 |
意訳 | 進攻して深いところで、城に囲まれた地域を重地と云う。 |
原文 | 山林、險阻、沮澤、凡難行之道者、爲泛(ヒ)地。 |
直訳 | 山林・険阻・沮沢(そたく)を行く、およそ行き難きの道のところを、泛(ヒ)地となす。 |
意訳 | 山林、険阻、沼沢など行軍困難な地域を泛(ヒ)地と云う。 |
原文 | 所由入者隘、所從歸者迂、彼寡可以撃吾之衆者、爲圍地。 |
直訳 | 由りて入る所のものは隘く、従りて帰る所のものは迂にして、彼の寡を以って吾の衆を撃つべきところを、囲地となす。 |
意訳 | 進路狭く、退くに迂回を必要とし、守り手が小勢でも、大軍を防げる地形を囲地と云う。 |
原文 | 疾戰則存、不疾戰則亡者、爲死地。 |
直訳 | 疾く戦えば則ち存し、疾く戦わざれば則ち亡ぶところを、死地となす。 |
意訳 | 速く攻めれば勝利し、速く闘わなければ負ける地形を死地と云う。 |
原文 | 是故散地則無戰、輕地則無止、爭地則無攻、交地則無絶、衢地則合交、重地則掠、ヒ地則行、圍地則謀、死地則戰。 |
直訳 | この故に、散地には則ち戦うことなかれ。軽地には則ち止まることなかれ。争地には則ち攻めることなかれ。交地には則ち絶つとこなかれ。衢地には則ち交わり合い。重地には則ち掠(かす)む。ひ地には則ち行く。囲地には則ち謀る。死地には則ち戦う。 |
意訳 | これ故に、それぞれの戦い方がある。散地では戦わない。軽地では留まらない。争地では先を越されたら攻めない。交地では連携を密にする。衢地では外交を重視する。重地では現地調達を心掛ける。ヒ地では速やかに通過する。囲地では謀る。死地では奮戦する。 |
原文 | (所謂)古之善用兵者、能使敵人前後不相及、衆寡不相恃、貴賤不相救、上下不相收、卒離而不集、兵合而不齊。 |
直訳 | 古えのいわゆる善く兵を用いる者は、能く敵人をして前後あい及ばさず、衆寡あい恃(たの)まず、貴賎あい救(すく)わさず、上下あい扶けさず、卒離れて集まらさず、兵合せても斉(ととの)わさず。 |
意訳 | 昔の戦上手は、敵の前と後の軍を切り離し、大小の隊の連携を切り離し、将と兵の連携を切り離し、上司と部下の信頼を切り離すなどして、統率を取らせないよう仕向けて、敵軍が一丸となれないように仕向けた。 |
原文 | 合於利而動、不合於利而止。 |
直訳 | 利に合して動き、利に合せずして止む。 |
意訳 | そして、有利と見れば戦い、不利と見れば戦わなかった。 |
原文 | 敢問、敵衆整而將來、待之若何。曰、先奪其所愛、則聽矣兵之情主速、乘人之不及、由不虞之道、攻其所不戒也。 |
直訳 | 敢えて問う、敵衆(おお)く整いて将(まさ)に来らんとす。もしこれを待つとしたらいかん。曰く、まずその愛する所を奪い、則ち聴かんと。兵の情は速やかなるを主とす。人の及ばざるに乗じ、虞れざるの道により、その所を攻め戒めざるなり。 |
意訳 | しかし、相手が万全の態勢で攻め寄せてきた場合はどうすればよいかを敢えて問う。その場合は、先手を取って、相手の重視している部分を攻撃する事である。戦いはなにより迅速な行動が重要で、それで相手の隙に乗じて、相手の手薄な部分をつき、意表をついて戦うものである。 |
原文 | 凡爲客之道、深入則專、主人不克。掠於饒野、三軍足食。 |
直訳 | 凡そ客たるの道は、深く入らば則ち専にして、主人克たず。饒野(じょうや)に掠(かす)めて三軍の食足りる。 |
意訳 | 凡そ敵領での戦いで、敵領内の深いところまで進攻すれば、味方兵は自分を奮い立たせて戦う。食糧を敵領で調達し軍を賄う。 |
原文 | 謹養而勿勞、并氣積力。運兵計謀、爲不可測。 |
直訳 | 謹み養いて労することなく、気を併せて力を積み、兵を運(めぐ)らして計を謀り、測るべからざるをなす。 |
意訳 | そして充分休養をとらせて鋭気を養う。謀を廻らして相手の意表をついた作戦をたてて戦えば、予想外の手柄を挙げることがある。 |
原文 | 投之無所往、死且不北、死焉不得、士人盡力。兵士甚陷則不懼、無所往則固、入深則拘、不得已則。 |
直訳 | これを往く所なきに投ずれば、死すもかつ北(に)げざれば、死いずくんぞ得る。士人力を尽くさん。兵士はなはだ陥れば則ち懼(おそ)れず。往く所なくば則ち固まり、深く入れば則ち拘(こう)し、やむを得ざれば則ち闘う。 |
意訳 | 逃げ道がないとわかると却って死を恐れなくなり、追い込まれると一致団結し、敵領深く進めば良く連携し、絶体絶命の情況になれば必死になる。 |
原文 | 是故、其兵不修而戒、不求而得、不約而親、不令而信。 |
直訳 | この故に、その兵修めずして戒め、求めずして得、約せずして親しみ、令せずして信ず。 |
意訳 | これ故に、このような情況では、特に指示しなくても自分達で戒め合い、要求しなくても力を尽くし、軍規で拘束しなくても団結し、命令しなくても信頼感ある行動をとるとしたものである。 |
原文 | 禁祥去疑、至死無所之。 |
直訳 | 祥を禁じて疑いを去り、死に至るまでその所なし。 |
意訳 | こうなればあとは、迷信や風聞を禁じて動揺させないようにすれば、死に至るとも何のそので頓着しなくなる。 |
原文 | 吾士無餘財、非惡貨也。無餘命、非惡壽也。 |
直訳 | 吾士に余財なきも、貨を悪(にく)むにあらざるなり。余命なくも、寿を悪むにあらざるなり。 |
意訳 | 兵士が余財を投げ打つのは、財がいらないわけではない。命を投げ打つのは、命が惜しくないわけではない。 |
原文 | 令發之日、士卒坐者涕霑襟、偃臥者涕交頤。投之無所往、則諸ケイ之勇也。 |
直訳 | 令発するの日、士卒の坐す者は涕(なみだ)で襟(えり)をうるおし、偃臥(えんが)の者は涕が頤(あご)で交わる。これを往く所なきに投じるものは、諸・けいの勇なり。 |
意訳 | 出撃命令が下ったときには、くずれて泣き、涙で襟をぬらします。伏せては泣き、抱き合っては泣く事になる。窮地に立たされた兵士が、センショ、ソウケイのような見事な働きをするのには、こういう理由があるのであめ。 |
原文 | 故善用兵者、譬如率然。 |
直訳 |
故に、善く兵を用いる者は、たとえば卒然の如し。 |
意訳 | 戦の上手い将軍は、卒然のような行動をとる。 |
原文 | 率然者、常山之蛇也。撃其首則尾至、撃其尾則首至、撃其中則首尾倶至。 |
直訳 | 卒然の者は、常山の蛇なり。その首を撃たば則ち尾に至り、その尾を撃たば則ち首に至り、その中を撃たば則ち首尾ともに至る。 |
意訳 | 卒然とは常山の蛇のことである。頭を打てば尾が襲い、尾を撃てば頭が襲う。胴を打てば頭と尾が襲う。 |
原文 | 敢問、可使如率然乎。曰、可。 |
直訳 | 敢えて問う、兵卒然の如く使うべきや。曰く、可なり。 |
意訳 | ではしかし、軍を卒然のように動かせるものであろうか。それは可能である。 |
原文 | 夫呉人與越人相惡也、當其同舟濟而遇風、其相救也如左右手。 |
直訳 | それ呉人と越人あい悪むも、その船に同じくして当たり風に遭わば済(わた)うなり、そのあい救うや、左右の手の如きなり。 |
意訳 | それ、呉と越は互いに憎みあっているが、舟で乗り合わせ、遭難しかければ、双方共に協力し助け合うであろう。 |
原文 | 是故方馬埋輪、未足恃也。齊勇若一、政之道也。 |
直訳 | この故に、馬を方(なら)べ輪を埋(うず)むれど、恃むに足ら未るなり。勇を斉えて一つのごとしにするは、政の道なり。 |
意訳 | このような団結を生むには、馬をつなぎ、車で陣がためをするだけでは不十分である。全てを一つにまとめるには政治指導が必要である。 |
原文 | 剛柔皆得、地之理也。 |
直訳 | 剛柔を皆得るは、地の理なり。 |
意訳 | 緩急を心得、地の理を心得ることが大切である。 |
原文 | 故善用兵者、攜手若使一人、不得已也。 |
直訳 | 故に、善く兵を用いる者は、手を携えるは一人を使うがごとし。やむを得ざればなり。 |
意訳 | これを踏まえた上手い戦い方とは、まるで自分の体を動かすように、前述のように軍をまとめ動かす事である。 |
原文 | 將軍之事、静以幽、正以治。能愚士卒之耳目、使之無知。 |
直訳 |
軍の将たる事は、静を以って幽(かく)し、正を以って治む。よく士卒の耳目を愚にし、これを知ることなからしむ。 |
意訳 | 将が軍を扱う際には、冷静で厳正な態度で臨むことです。兵士には作戦の全てを知らせる必要はない。 |
原文 | 易其事、革其謀、使人無識。 |
直訳 | その事を易え、その謀を革(あらた)め、人をして識ることなくなからしむ。 |
意訳 | 軍事はもちろん謀略についても同じで、兵士に知らせることなく使うべし。 |
原文 | 易其居、迂其途、使人不得慮。 |
直訳 | その居を易(か)え、その途を迂にし、人をして慮ることを得ざらしむ。 |
意訳 | また、移動や行軍についても兵士に知らせないことである。 |
原文 | 帥與之期、如登高而去其梯。帥與之深、入諸侯之地而發其機、焚舟破釜。 |
直訳 | 帥(ひき)いてこれと期すれば、高きに登りてその梯(てい)を去らしむが如し。帥いてこれと深く、諸侯之地に入り、その機を発すれば、舟を焚(や)き釜を破る。 |
意訳 | それは、任務を与えたら、高いところへ上げた後、降りるはしごを外してしまうようなものだからである。敵領内深く進めば、その機を発すべし。 |
原文 | 若驅群羊、驅而往、驅而來、莫知所之。 |
直訳 | もし群羊を駆りて、駆りて往き、駆りて来たり、その所知ることなし。 |
意訳 | 羊を追わせるようにしながらも、その羊の居所も、行動も知らせないようにするようなものである。 |
原文 | 聚三軍之衆、投之於險、此(謂)將軍之事也。 |
直訳 | 三軍の衆を聚め、これを険に投ず。これ将軍たるの事と謂(ゆ)うなり。 |
意訳 | このように全軍を窮地へ置くことが将の務めである。 |
原文 | 九地之變、屈伸之利、人情之理、不可不察也。 |
直訳 | 九地の変、屈伸の利、人情の理、察せざるべからず。 |
意訳 | 将は地形の区別、行動の判断、心の洞察について、よくよく通じていなければならない。 |
原文 | 凡爲客之道、深則專、淺則散。去國越境而師者、絶地也。 |
直訳 |
凡そ客たるの道は、深ければ則ち専(もっぱら)に、浅ければ則ち散ず。国を去り境を越えてなお師するものは、絶地なり。 |
意訳 | 敵領内、深く進攻すれば団結し、浅く進攻であれば団結は難しい。国を越えて戦うということは、孤立することである。 |
原文 | 四達者、衢地也。入深者、重地也。入淺者、輕地也。背固前隘者、圍地也。無所往者、死地也。 |
直訳 | 四達するものは衢地なり。深く入るものは重地なり。浅く入るものは軽地なり。固を背にし隘(あい)を前にするものは囲地なり。往く所なきものは死地なり。 |
意訳 | 敵領の、四方に通じている所が衢地。深部が重地。浅い所が軽地。前後ともに険しく進退困難な所が囲地。逃げ場のない所が死地である。 |
原文 | 是故散地、吾將一其志。輕地、吾將使之屬。 |
直訳 | これ故に、散地には吾まさにその志を一にせんとす。軽地には吾まさに属せしめんとす。 |
意訳 | これ故に、散地では、兵のまとめて団結する。軽地では、軍どうし連携を密にする。 |
原文 | 爭地、吾將趨其後。 |
直訳 | 争地には吾まさにその後ろに趨く。 |
意訳 | 争地では、相手の背後をとる。 |
原文 | 交地、吾將謹其守。 |
直訳 | 交地には吾まさにその守りを謹む。 |
意訳 | 交地では、守りを固める。 |
原文 | 衢地、吾將固其結。 |
直訳 | 衢地には吾まさにその結を固くす。 |
意訳 | 衢地では、外交を重視する。 |
原文 | 重地、吾將繼其食。 |
直訳 | 重地には吾まさにその食を継ぐ。 |
意訳 | 重地では、食糧を調達する。 |
原文 | ヒ地、吾將進其途。 |
直訳 | ひ地には吾まさにその塗を進む。 |
意訳 | ヒ地では、すみやかに通過する。 |
原文 | 圍地、吾將塞其闕。 |
直訳 | 囲地には吾まさにその闕を塞ぐ。 |
意訳 | 囲地では、自軍を窮地に置いて奮戦させる。 |
原文 | 死地、吾將示之以不活。 |
直訳 | 死地には吾まさにこれに活きざるを以って示す。 |
意訳 | 死地では、置かれている情況を兵に示す。 |
原文 | 故兵之情、圍則禦、不得已則、過則從。 |
直訳 | 故に兵の情は、囲まるれば則ち禦(ふせ)ぎ、やむを得ざれば則ち闘い、逼れば則ち従う。 |
意訳 | 故に、兵の心理は、包囲されれば抵抗を、他に手段がないと奮戦し、最終的には命令に従う。 |
原文 | 是故不知諸侯之謀者、不能豫交。 |
直訳 | この故に、諸侯の謀を知らざる者は、預(あらかじ)め交わること能わず。 |
意訳 | 諸外国の行動を把握しておかないと事前の外交方針を決定することができない。 |
原文 | 不知山林・險阻・沮澤之形者、不能行軍。 |
直訳 | 山林・険阻・沮沢の形を知らざる者は、軍を行かせること能わず。 |
意訳 | 山林、険阻、沼沢など地形を把握していなければ軍を進めることができない。 |
原文 | 不用郷導者、不能得地利。 |
直訳 | 郷導を用いざる者は、地の利を得ること能わず。 |
意訳 | 現地のモノを使わなければ地の利を得ることはできない。 |
原文 | 四五者一不知、非霸王之兵也。 |
直訳 | 四五の一を知らざる者は、覇王の兵にあらざるなり。 |
意訳 | これらのうち、どれかひとつでも欠ければ覇王の軍とはいえない。 |
原文 | 夫霸王之兵、伐大國、則其衆不得聚。威加於敵、則其交不得合。 |
直訳 | それ覇王の兵は、大国を伐(う)てば則ちその衆聚まることを得ず。威を敵に加うれば則ちその交わり合うことを得ず。 |
意訳 | それ覇王の軍が戦えば、どんな大国を相手にしても、その国は戦いを準備する間もない状態になる。 |
原文 | 是故不爭天下之交、不養天下之權、信己之私、威加於敵、故其城可拔、其國可堕。 |
直訳 | この故に、天下の交わりを争わず、天下の権を養わず、己の私を信(の)べ、威を敵に加え、故にその城を抜くべく、その国を堕るべし。 |
意訳 | 威圧をかけるだけで外交上孤立させ、外交に労を割く事なく、相手の国を圧倒し、思いのままになる。威圧をかけるだけで、城は落ち、国を破る事も可能である。 |
原文 | 施無法之賞、懸無政之令、犯三軍之衆、若使一人。 |
直訳 | 法に無き賞を施し、政に無き令を懸け、三軍の衆を犯すこと、一人を使うがごとし。 |
意訳 | 時には規定外の褒賞を与えたり、命令をしても良い。そうすれば全軍を一人の人間のように動かす事ができる。 |
原文 | 犯之以事、勿告以言。犯之以利、勿告以害。 |
直訳 | これを犯すに事を以ってし、告ぐるに言を以ってすることなかれ。これを犯すに利を以ってし、告ぐるに害を以ってすることなかれ。 |
意訳 | 兵に命令するときには、詳細説明は不要となり、害の部分をわざわざ告げることもない。 |
原文 | 投之亡地然後存、陷之死地然後生。 |
直訳 | これを亡地に投じ、然る後に存し、これを死地に陥れて然る後に生かす。 |
意訳 | 兵を窮地の情況に置けばかえって生延びる事になり、絶体絶命の情況に置けばかえって成功を収められる。 |
原文 | 夫衆陷於害、然後能爲勝敗。 |
直訳 | それ衆は害に陥りて、然る後に能く勝敗を為す。 |
意訳 | |
原文 | 故爲兵之事、在順詳敵之意、并敵一向、千里殺將、是謂巧能成事。 |
直訳 | 故に、兵のなすの事は、敵の意を順詳(じゅんしょう)するに在り。敵を一向に并(あわ)せて、千里に将を殺す。これを巧みによく事を成す者と謂うなり。 |
意訳 | 戦う時、わざと相手の狙いにはまった振りをしつつ、隙をついて集中して攻撃すれば、どんな遠方に軍を送ったとしても、敵将を翻弄する事ができる。これこそ、上手い戦いかたと言えよう。 |
原文 | 是故政舉之日、夷關折符、無通其使、厲於廊廟之上、以誅其事、敵人開闔、必亟入之、先其所愛、微與之期、踐墨隨敵、以決戰事。 |
直訳 | この故に、政挙がる日は、関を夷(とど)め符を折りて、その使を通ずることなく、廊廟の上に励まし、以ってその事を誅(せ)め、敵人の開闔(かいこう)は、必ず亟(すみや)かにこれを入れる。先ずその愛する所を、微(ひそ)かにこれと期し、墨を践み敵に随い、以って決戦とす。 |
意訳 | これ故に、いざ開戦の日に至れば、関所を閉鎖して通行証を無効にし、使者の往来を禁止して、作戦を練るため軍議を開き計画を決定する。もし相手につけいる隙があれば、速やか隠密に狙いをさだめ、相手が重視する所に先制攻撃をかける。そして相手の出方に応じて作戦計画に修正を加え、もって決戦に向かう。 |
原文 | 是故始如處女、敵人開戸。後如脱兔、敵不及拒。 |
直訳 | これ故に、始めは処女の如く、敵人戸を開く。後には脱兎の如く、敵拒(ふせ)ぐに及ばず。 |
意訳 | このように、最初はそ知らぬ振りをして油断を誘い、その隙をついて攻め立てれば、相手が頑張った所で防ぐことはできない。 |
【12章、火攻篇】 | |
原文 | 孫子曰、凡火攻有五。一曰火人、二曰火積、三曰火輜、四曰火庫、五曰火隊。 |
直訳 | 孫子曰く、およそ火攻に五あり。一に曰く人を火(や)く、二に曰く積(し)を火く、三に曰く輜(し)を火く、四に曰く庫を火く、五に曰く隊を火く。 |
意訳 | 孫子曰く、。火攻めには五つある。人馬を焼く、兵糧を焼く、物資を焼く、倉庫を焼く、陣営を焼くである。 |
原文 | 行火必有因、煙火必素具。發火有時、起火有日。時者、天之燥也。日者、月在箕壁翼軫也。 |
直訳 | 火が行くには必ず因あり。火が煙るには必ず素より具(そな)う。火を発するに時あり、火を起こすに日あり。時のものは天の燥(かわ)けるなり。日のものは月の箕(き)・壁・翼・軫(しん)に在るなり。 |
意訳 | 火攻め行うにはある条件が必要である。また火や煙を炊く材料も必要である。火をつけるには適した時期がある。それは、あたりが乾燥し、月が箕壁翼軫にかかるときである。 |
原文 | 凡此四宿者、風起之日也。 |
直訳 | 凡そこの四宿は、風起るの日なり。 |
意訳 | 月がこの四つにかかるときは、風が強い時期である。 |
原文 | 凡火攻、必因五火之變而應之。火發於内、則早應之於外。火發而其兵静者、待而勿攻。極其火力、可從而從之、不可從而止。 |
直訳 | 凡そ火攻は、必ず五火の変に因りてこれに応ず。火、内に発すれば、則ち早く外にこれを応ず。火、発してもその兵静かなるものは、待ちて攻むることなかれ。その火力を極めて、従うべきはこれに従い、従うべからざるは止む。 |
意訳 | 火攻めを行う時は、おかれた時期や環境に応じた行動をとる。敵陣に火の手が上がったなら、外から素早く反応して攻撃する。火が出ているのに相手が静かな場合には、様子を見て行動を判断する。火力を見て、活動できる時は活動し、活動できない場合は避ける。 |
原文 | 火可發於外、無待於内、以時發之。火發上風、無攻下風、晝風久、夜風止。 |
直訳 | 火、外に発すべきは、内に待つことなくして、時を以って発す。火、風上に発せば、風下を攻めること無し。昼は久しく、夜は風止む。 |
意訳 | 外部から火を放てる場合には、内部の活動を待つまでもなく行動する。風上で火が上がったなら、風下から攻めてはいけない。日中の風は持続するが夜の風は止みやすい。 |
原文 | 凡軍必知五火之變、以數守之。 |
直訳 | 凡そ軍は必ず五火の変のあるを知り、数を以ってこれを守る。 |
意訳 | 凡そ軍は、五火の変を熟知し、多数の力で守備すべしである。 |
原文 | 故以火佐攻者明、以水佐攻者強、水可以絶、不可以奪。 |
直訳 | 故に火を以って攻めを佐ける者は明、水を以って攻めを佐ける者は強。水は以って絶つべく、以って奪うべからず。 |
意訳 | 故に火攻めは軍事行動の助けになる。また水攻めも同じく軍事行動の助けとなる。但し、水攻めは補給線などを断つことはできるが、効果的に物資を奪取することは難しい。 |
原文 | 夫戰勝攻取、而不修其功者凶、命曰費留。 |
直訳 | それ戦に勝ち攻め取りて、その功を修めざる者は凶、命(な)ずけて費留と云う。 |
意訳 | 戦って勝利しても、利益を得る事ができなければ成功とはいえない。これでは、骨折り損のくたびれもうけでしかない。 |
原文 | 故曰、明主慮之、良將修之、非利不動、非得不用、非危不戰。 |
直訳 | 故に曰く、明主はこれを慮(おもかばか)り、良将はこれを修む。利にあらざれば動かず、得るにあらざれば用いず、危うきにあらざれば戦わず。 |
意訳 | 故に、賢い主君と将軍は慎重な態度で事に臨み、利を見出せなければ動かず、得を見出せなければ用いず、危険ならば戦わない。 |
原文 | 主不可以怒而興師、將不可以慍而致戰。合於利而動、不合於利而止。 |
直訳 | 主は怒りを以って師を興すべからず、将は慍(いきどお)りを以って戦いを致すべからず。利に合して動き、利に合っさざれば止む。 |
意訳 | 主君は怒りに任せて事を起こしてはいけない。将軍は憤慨して事を起こしてはいけない。情況を良く見て利があれば動き、利を見出せなければ動かない事が肝要である。 |
原文 | 怒可以復喜、慍可以復悅、亡國不可以復存、死者不可以復生。 |
直訳 | 怒りは以ってまた喜ぶべく、慍むは以ってまた悦ぶべきも、亡国は以ってまた存ずべからず、死者は以ってまた生くべからず。 |
意訳 | 怒っていてもやがて時が経てば喜ぶこととなる。憤慨していても時がくれば悦ぶこととなる。しかし国が滅ぶと二度と蘇らず、人の場合も同じく生き返ることはない。 |
原文 | 故明主慎之、良將警之、此安國全軍之道也。 |
直訳 | 故に名君はこれを慎み、良将はこれを警(いまし)む。これ国を安んじ軍を全うするの道なり。 |
意訳 | 故に主君は慎重な態度で事に臨み、将は警戒を怠らないことで、国の安全が保たれ、軍も維持できる。 |
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【13章、用間篇】 | |
原文 | 孫子曰、凡興師十萬、出征千里、百姓之費、公家之奉、日費千金。 |
直訳 | 孫子曰く、およそ師を興すこと十万、兵を出すこと千里なれば、百姓の費え、公家の奉り、日に千金を費やす。 |
意訳 | 孫子曰く、十万もの大軍を動かし、遠征を行えば、民も国も日に千金を負担しなければならない。 |
原文 | 内外騷動、怠於道路、不得操事者、七十萬家。 |
直訳 | 内外騒動し、道路に怠り、事を操るを得ざる者、七十万家。 |
意訳 | そして国中が騒がしくなり、交通が不便になり、多くの家の人手が減る事になる。 |
原文 | 相守數年、以爭一日之勝、而愛爵祿百金、不知敵之情者、不仁之至也、非人之將也、非主之佐也、非勝之主也。 |
直訳 | 相守ること数年、以って一日の勝ちを争う。しかも爵(しゃく)・禄・百金を愛(おし)みて、敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり、人の将にあらずなり、主の佐けにあらずなり、勝ちの主にあらずなり。 |
意訳 | このような苦しい状態が何年も続いても、最後の決戦はたった一日で決まる。なのに地位や金銭を惜しみ、相手の情況を探るのを怠るのは無能の証となる行動である。このような意識の低い行動では、将として、補佐として良い働きは期待できない。 |
原文 | 故明君賢將、所以動而勝人、成功出於衆者、先知也。 |
直訳 | 故に名君・賢将は、動を以って人に勝ち、成功し衆に出ずるものは、先に知ればなり。 |
意訳 | 故に名君や賢将は、戦って必ず勝ち、はなばなしい成功を収められるのは、先に相手を把握する故である。 |
原文 | 先知者、不可取於鬼神、不可象於事、不可驗於度、必取於人、知敵之情者也。 |
直訳 | 先を知る者は鬼神に取るべからず、事に象(かたど)るべからず、度に験(けみ)すべからず。必ず人に取り、敵の情を知る者なり。 |
意訳 | 先に知ると云うのは、鬼神に頼らず゜、事態を妄想せず、根拠のない占いに頼る事なく、人を使って敵の内情をさぐることを云う。 |
原文 | 故用間有五。有因間、有内間、有反間、有死間、有生間。 |
直訳 | 故に間を用いるに五あり。因間あり、内間あり、反間あり、死間あり、生間あり。 |
意訳 | 人を使って探る用間には、郷間、内間、反間、死間、生間の五つがある。 |
原文 | 五間倶起、莫知其道、是謂神紀、人君之寶也。 |
直訳 | 五間倶に起して、その道を知ることなし、これを神紀と謂う。人君の宝なり。 |
意訳 | 五つの用間を誰にも気取られないように用いる事は神技であり宝である。 |
原文 | 因間者、因其郷人而用之。 |
直訳 | 因間とは、その郷人によりてこれを用いるなり。 |
意訳 | 郷間とは、相手の領民を使って探る方法である。 |
原文 | 内間者、因其官人而用之。 |
直訳 | 内間とは、その官人によりてこれを用いるなり。 |
意訳 | 内間とは、相手の役人を買収して探る方法である。 |
原文 | 反間者、因其敵間而用之。 |
直訳 | 反間とは、その敵間を用いるなり。 |
意訳 | 反間とは、相手の間者を手なづけて逆用する方法である。 |
原文 | 死間者、爲誑事於外、令吾間知之、而傳於敵間也。 |
直訳 | 死間とは、誑事(きょうじ)を外になし、わが間をしてこれを知らしめて、敵間に伝えるなり。 |
意訳 | 死間とは、命を投げ打って相手に被害を与える方法である。 |
原文 | 生間者、反報也。 |
直訳 | 生間とは、反(かえ)り報ずるなり。 |
意訳 | 生間とは、相手領内から生還して情報をもたらす方法である。 |
原文 | 故三軍之事、親莫親於間、賞莫厚於間、事莫密於間。 |
直訳 | 故に、三軍の事は、交わりは間より親なるはなく、賞は間より厚きはなく、事は間より密はなし。 |
意訳 | 用間を任せる人物は、全軍の中でも信頼できる者を選び、厚い待遇を与えなければなりません。またその行動は誰に対しても極秘にします。 |
原文 | 非聖智不能用間、非仁義不能使間、非微妙不能得間之實。 |
直訳 | 聖知にあらずんば間を用うること能わず。仁義にあらずんば間を使うこと能わず。微妙にあらずんば間の実を得ること能わず。 |
意訳 | 用間を任せる人物は、機転の利く知恵と、裏切らない人格を備える者でなければ、良い働きは期待できず、使いこなすこともできない。 |
原文 | 微哉微哉、無所不用間也。 |
直訳 | 微なるかな微なるかな、間を用いざる所なきなり。 |
意訳 | 間者の行動は微妙な行動でも気を配る必要があります。 |
原文 | 間事未發而先聞者、間與所告者皆死。 |
直訳 | 間いまだ発せずして先に聞かば、聞く者と告げる所の者とは皆死す。 |
意訳 | 間者が極秘情報を流すなどした場合は、本人のみならず情報提供を受けた者も、死刑にされるべきである。 |
原文 | 凡軍之所欲撃、城之所欲攻、人之所欲殺、必先知其守將、左右・謁者・門者・舍人之姓名、令吾間必索知之。 |
直訳 | 凡そ軍の撃たんと欲する所、城の攻めんと欲する所、人の殺さんと欲する所、必ずまずその守将・左右・謁者(えっしゃ)・門者・舎人の姓名を知り、吾が間をして必ずこれを索知せしむ。 |
意訳 | 相手に攻撃を加える時、城を攻めようとする時、兵を討とうとする時は、間者に相手の軍の指揮官や、側近、取次ぎ、門番、従者などの詳細を調べ上げさせ、それを把握する事である。 |
原文 | 必索敵間之來間我者、因而利之、導而舍之、故反間可得而使也。 |
直訳 | 必ず敵人の間来りて我を間する者を索(もと)めて、因りてこれを利し、導きてこれを舎す。故に、反間を得て用うべきなり。 |
意訳 | 相手の間者が忍び込んできた時には、探し出して買収し、反間として逆用する事です。 |
原文 | 因是而知之、故郷間・内間可得而使也。 |
直訳 | これに因りてこれを知る、故に郷間・内間を得て用うべきなり。 |
意訳 | この反間の行動により、相手の者を抱きこみ、郷間、内間を得て、そのうえで死間を送り込んで行動させれば、生間として、また生間も計画どおり任務を果たせる。 |
原文 | 因是而知之、故死間爲誑事、可使告敵。 |
直訳 | これに因りてこれを知る、故に死間を誑(たぶらか)す事を為して、敵に告げるに使うべし。 |
意訳 | こういうことを踏まえれば、故に死間をを使って誑(たぶらか)す為に敵方に告げさせることもできる。 |
原文 | 因是而知之、故生間可使如期。 |
直訳 | これに因りてこれを知る、故に生間、期(き)の如く使うべし。 |
意訳 | これらの間者の使い方をよくよく心得ておく事が肝要である。 |
原文 | 五間之事、主必知之、知之必在於反間、故反間不可不厚也。 |
直訳 | 五間の事、主必ずこれを知る。これを知るは必ず反間に在り。故に、反間は厚くせざるべからずなり。 |
意訳 | 五間につき、主となる者は熟知しておかねばならない。なかでも反間は重要であり、故に反間の待遇を最も厚くする必要がある。 |
原文 | 昔殷之興也、伊摯在夏。周之興也、呂牙在殷。 |
直訳 | 昔、殷の興るや、伊摯(いし)夏に在り。周の興るや、呂牙(りょが)殷に在り。 |
意訳 | その昔、殷王朝が夏王朝を倒したとき、夏王朝の事情に通じていた伊尹を宰相に起用して成功を収めたと云う。また、周王朝が殷王朝を倒したとき、殷王朝の事情に通じていた呂尚を宰相に起用して成功を収めたと云う。 |
原文 | 故明君賢將、能以上智爲間者、必成大功。 |
直訳 | 故に、名君賢将の、よく上智を以って間を為す者は、必ず大功を成す。 |
直訳 | このように、優れた主君や将が、すぐれた能力の間者を起用して大きな成功を収める。 |
原文 | 此兵之要、三軍之所恃而動也。 |
直訳 | これ兵の要、三軍の恃(たの)みて動く所なり。 |
意訳 | この用間の行動は戦争の要であり、全軍の行動が、この用間の働きに左右されるといっても過言ではない。 |
(私論.私見)