日本のトイレ文化が“激変”している。自宅でも職場でもまちの中でも洋式便器が大半を占め、和式便器を見かけることは少なくなった。トイレ設備メーカーの業界団体の調査では、伝統的な和式便器の出荷比率は昭和55年に40%を占めていたが、30年後の平成22年にはわずか2%にまで減った。一方、小中学校のトイレでは、依然として半数以上が和式で、トイレ改修が課題となっている。そんな中、大阪の街頭で、50人に洋式と和式のどちらが好きか聞いたところ、「和式」と答えたのは2人だけ。9割超の46人が「洋式」と回答した。だが、洋式が本当にいいのか。「和式が人間本来の用を足す姿勢だ」と指摘する専門家の声もある。(張英壽)
和式便器の上に乗る児童
「洋式のほうがいい。腰掛けるから楽で、リラックスできる。小中学校、高校の校舎では和式だったけど、バブルがはじけた頃に洋式が増えたのでは。今は駅のトイレに和式があるくらいで、ほとんど洋式ですね」
大阪・ミナミ(大阪市中央区)で、20〜50代の男女50人に「洋式便器と和式便器のうちどちらが好きか」と尋ねた。最初に声をかけた大阪市東住吉区の男性会社員(53)はこう答えてくれた。
大阪府和泉市の公務員(25)は「生まれたときから洋式トイレの生活。駅のトイレが和式だったら、(用を足すのを)我慢します」。京都市中京区の販売業の女性(27)は「小中学生の頃、学校では和式しかなく、いやだった」と思い出した。
若い世代では、子供の頃から自宅で洋式を使っているという回答が目立った。現代の子供たちの多くも自宅が洋式になっている。
「洋式でないとトイレに入らない」と答えた大阪市住之江区の女性(21)は、小学生の学童保育のアルバイトをしたことがあり、「入学したての1年生で、幼稚園に洋式しかなかった場合、和式の座り方を知らない児童がいる」と打ち明けた。
女性はあるとき、和式トイレに入った小1男児が個室のドアを開けて「僕座っているけど、合っている?」と聞かれた。
男児は和式便器前部の上に座っていたという。
洋式が好きと答えた人のうち、年齢に関係なく、腰掛けの姿勢が楽だという回答が多かったが、年配の人からは切実な声が聞かれた。
大阪府河内長野市の男性会社員(59)は「子供の頃、家でも学校でも和式だったが、年とともに足腰が弱くなり、洋式のほうが楽になった」と語った。
「洋式が好き」という堺市中区のツアーコンダクターの女性(49)は、古い観光地では和式がまだ残っており、シルバー世代から洋式トイレがどこにあるか聞かれるという。
このほか、洋式を選ぶ理由として、住宅設備メーカー「TOTO(トートー)」の「ウォシュレット」で有名な温水洗浄便座を使えることをあげた声も複数あった。
「洋式は便座接触がいや」との声も
一方、和式が好きと答えた2人のうち、大阪府茨木市の女性会社員(46)は「和式は脚がしびれるけど、用を足しやすい。きばれますから」と答えたが、子供3人は洋式で育ち「洋式でないと用を足せない」という。和式と答えたもう1人の大阪市住吉区の男性塾講師(45)は「外で用を足すことが多いから。洋式だと、他人が座った便座に座ることになり気持ち悪い」と語った。
洋式では便座に肌が接触する。このことを理由に挙げた人はほかにもいた。「外では和式。家では洋式」と答えた大阪府岸和田市の男性会社員(37)は「家では洋式なのですが、外では便座の接触がいや」。大阪府河内長野市の百貨店勤務の男性(53)も「洋式が楽で好きだけど、外で洋式に入るのは抵抗があり、和式を選ぶときもある」と話した。
奈良市の女性会社員(24)は「和式だと上着が床についてしまうし、ヒールをはいているとしゃがみにくい。洋式は腰掛けるので、上着は床につかない」と、女子の事情を教えてれた。
50人の街頭調査では、46人の洋式派、2人の和式派のほかに、「外では和式。家では洋式」が1人、「洋式、和式どっちでもいい」が1人という結果になった。
街頭調査で圧倒的な人気を集めた洋式便器は、国内の出荷をみても、その隆盛ぶりがわかる。
トイレの設備機器などのメーカーでつくる業界団体「日本レストルーム工業会」前身の日本衛生設備機器工業会の調査によると、国内の和式便器の出荷比率は昭和55年に40%だったが、その後減少。5年ごとの変化をみると、60年25%、平成2年17%、7年11%、12年7%、17年3%で、22年には2%にまで落ち込んでいる。
便器製造で、TOTOと並ぶ住宅設備メーカー、LIXIL(リクシル)の広報担当者によると、ここ1、2年では、和式の出荷比率は1%台まで下がっているという。
小中学校では和式過半数、便秘になる子供も
ところが、小中学校の現場では異なる。
文部科学省が全国の公立小中学校のトイレの状況(昨年4月1日時点)を初めて調査したところ、和式便器の比率は56.7%を占め、洋式便器は43.3%だった。文科省の担当者は「小中学校の校舎は老朽化が進んでいるが、耐震改修に予算を投入し、トイレ改修が遅れた。昔の和式がそのまま残っている」と説明する。
文科省が全国1799自治体の教育委員会に、トイレの整備方針を聞き取ったところ、42.5%の765自治体は90%以上の洋式化を達成していた。さらに、和式よりも洋式を多く設置する方針の自治体は1533で、85.2%にのぼった。背景には、子供たちの自宅の多くが洋式のため、保護者から洋式を望む声があるという。
NPO法人日本トイレ研究所(東京)が平成20年に東京、神奈川、千葉の3都県で小学校の保護者440人に自宅のトイレをアンケートしたところ、和式は1%しかなかった。
学校の和式便器がいやで、便が出ずに便秘になる子供もいる。同研究所が昨年、小学生と保護者を対象に行った調査では、学校で「うんちがしにくい」「ややしにくい」「とてもしにくい」とした回答は計約45%にのぼり、このうち排便しにくい理由として32.7%が「和式便器」(複数回答)をあげた。
全国20政令市で公立小中学校の洋式化率が72.6%とトップだった横浜市教委の担当者は、学校現場の状況について「休憩時間に洋式トイレの前に列ができ、チャイムが鳴っても戻ってこない」と説明し、洋式化を進める。
ただ、日本トイレ研究所の加藤篤代表理事は「使いやすいトイレは一人一人違う。便座が肌に触れるのを嫌う子供もおり、和式をゼロにせずに残し、洋式と和式を選べるようにしたほうがいい」と話す。
ちなみに、文科省の調査で、洋式化率を都道府県別でみると、1位は神奈川県の58.4%、2位は沖縄県の54.7%、3位は山梨県の54.4%で、最低は山口県の26.7%だった。首都圏で普及が進む一方、近畿や中四国、九州では低い傾向となった。