アイヌ人は最初から地球が丸いと思っていたらしい。常に宇宙は丸で描かれる。
・・・美しい娘は孤独を感じ、小屋の中を見つめ、それから小屋の外を見渡した。彼女はそれから外に出てまた見た。雲はアイヌの国の地平線上に美しく輝き、うねっていた。そう、それが彼女が見たものであった。そして小屋に戻り、針仕事を始めた・・・
アイヌの英雄、オキミクルが恋をして、その仲介をセキレイがする伝説の一節である。セキレイは「オキミクルの思いが通らずに、彼がいなくなったらアイヌの国も無くなる」と娘を説得する。
どの民族の伝説もそうだが、そこで語られる話は美しく素朴だ。
冥界もあったし、天上も存在した。神様も悪魔も、そしてその周りに天使もハッキリと意識されていた。
アイヌ人には無神論者はいなかっただろうと言われている。この世のすべてのことは神がお作りになり、人間は感謝しながらその一部として生きる。仕方のないものは仕方が無く、できないことは出来ない。
川は上流と下流に分けられる。上流は神の住むところであり、人間は下流だけしか利用できない。この神聖な掟はおそらく「自然との共存」の為のものであり、人間の活動を制限することによって、持続的な共存関係を築くものだったに違いない。
もし人間が川の上流までさかのぼってそこのものを取るようになれば、彼らは永続的な資源の供給源を失うだろう。
さまざまな掟は生活を縛り、それだけ自らの生活の自由をも奪った。でもそれは自然の中で生きる人間というものの自制心だったように感じられる。
川自体もそうだが、川辺に茂る木々の一本一本もまた「俺は木曽川と共にいるのだ」と自慢しているようだ。
自然のものはデザインしなくても美しい。アイヌ人が住んでいたコタン(集落)、それは常に美しいところにある。自然と共に生活をし、神が与えてくれた範囲で生きていた彼らの人生は豊かだった。武田邦彦