2008.6.23日、法務・検察当局は、八木宏幸・東京地検特捜部長(52)を福井地検検事正とし、後任に佐久間達哉・東京地検総務 部長(51)を充てる人事を内定し、7.14日付で発令した。この時、次のように評されている。
「特別捜査部の役割は,社会の公正を確保するため,その闇の部分に光を当て,腐蝕を切除することにあります。もちろん,腐蝕に巣くう人たちは狡猾であり,簡単に摘発されるような愚かな真似はしていません。捜査機関に手掛かりをつかまれないように,二重三重に防御手段を講じ,関係法令も十分検討し,処罰法規をすり抜けるようにした上で動いているのが常であり,この闇を暴き出して刑事訴追に持ち込むのは至難の連続です。 このような困難を打開して捜査を進めるのは,悪いことを悪いと感じることのできる素朴な正義感と,実直に生活している人々の生活と利益を守ることに対する熱意と法律適用を多角的に検討し駆使する能力です。「捜査してみても証拠が得られるかどうかわからない」とか,(専門的な言い回しになりますが)「事件の筋が悪い」とか,「法令の趣旨からは違法であろうが,判例がないのでどのようにしたものか」などの理由で,摘発を躊躇しがちにもなるのですが,しかし,そもそも腐蝕に利益を貪ろうという人たちは摘発されないように巧妙な仕組みを作っているのですから,多少の困難を前にして捜査をあきらめたのでは彼らの思うつぼです。額に汗して働いている人々や働こうにもリストラされて職を失っている人たち,法令を遵守して経済活動を行っている企業などが,出し抜かれ,不公正がまかり通る社会にしてはならないのです。 闇を覆っているものがどのような社会的勢力であろうと,どれほど困難な障害が立ちふさがっていようとも,ひるまず,たじろがず,あきらめず,国民のために,社会のために,この闘いに一身を投げ打ってもよいという検察官と検察事務官の団結によってのみ難局を打開して進むことができます。このような志を抱く若い人たちが,私たちの後に続いてくれることを待っています。 東京地方検察庁特別捜査部長 大鶴 基成 |
大鶴基成検事が手がけた事件を見ていくと、主な担当事件として「ゼネコン汚職事件」、「第一勧業銀行総会屋事件」、「日歯連闇献金事件」、「ライブドア事件」がある。
ここで、日歯連闇献金事件を確認しておく。日歯連闇献金事件とは、東京都内の料亭で平成研(橋本派)会長の橋本龍太郎、野中広務元自民党幹事長、青木幹雄自民党参院幹事長の3名が日本歯科医師会の臼田貞夫会長から1億円の小切手を受け取ったとされる事件で、逮捕された会計責任者の証言で、その場にいなかった村岡兼造氏が領収書を不発行とすることを主導したとして在宅起訴された事件を云う。これにより、橋本派は壊滅的打撃を蒙った。
( 参照 http://etc8.blog83.fc2.com/blog-entry-240.html)
村岡氏は、2002.3月の派閥幹部会で、日本歯科医師連盟からの献金1億円の処理を話し合った際、日歯連あての領収書を発行せず、政治資金収支報告書にも記載しないよう指示したとして起訴された。村岡氏は容疑を否認し、裁判で争うことになる。
村岡氏のブログは、この時の検察の捜査手法を批判している。村岡氏の担当検事が大鶴基成検事で、都内のホテルで初めての事情聴取を受けた時、大鶴検事から「マスコミに事情聴取のことはしゃべらないで欲しいと」念を押されたのに、ホテルの部屋を出ると既にエレベーターに記者が待っていたことがあった。翌日からは自宅に記者が20人も詰め掛けるようになっていた云々と述べ、検察-マスコミ連合による国策捜査ぶりを告発している。次のように述べている。
「朝はいなかったマスコミが昼過ぎから家の前に殺到すると、検事たちは『家宅捜査に来たことは秘密にしてください』といって、玄関にあった靴を持って裏口に回り、記者に見つからないようにこっそりと出ていったのです。ところが夕方になって、今度は朝と同じ検事がこれ見よがしにマスコミの前を通って玄関から入ってきた。捜査に入るところをカメラに撮らせるためにわざわざそんなことをしたのでしょう」。 |
その夜、村岡氏が大鶴検事に電話を入れると、こういわれたという。「明日、在宅起訴です。裁判で戦ってください」冷ややかな口調だった。次のように述べている。
「その時初めて、検察がマスコミを操作して私のことを“この男は悪いことをしている”と印象付け、生贄にしようとしているとはっきりわかった。それまでまさか起訴されると思ってなかったから、弁護士も頼んでいませんでした」。 |
村岡裁判は1審は無罪となった。検察側は当初、問題の幹部会は午前11時半から正午まで約30分間開かれたと主張していた。ところが弁護側の調べで、その日は午前11時39分まで参院本会議が開かれており、幹部会は11時50分ごろから10分程度しか開かれなかったことが判明した。裁判所は「そんな短時間で領収書の不発行を決定したというのは理解しがたい」などと検察を厳しく批判し、村岡氏に無罪を言い渡した。参院本会議の閉会時間という基礎的な事実の確認を怠った特捜部のミスだった。
この事件で検察側立証の柱となったのは「幹部会で村岡氏に指示された」という派閥の会計責任者の証言だった。だが判決は、1億円は派閥会長の橋本元首相あて献金だった疑いがある。領収書不発行など一連の献金処理は自民党の事務局長を通して行われた可能性がある・・・と指摘した上で、「会計責任者の証言は橋本元首相や自民党本部事務局長に累が及ぶのを避けるための作り話で、とうてい信用できない」と断じた。判決は、特捜部の政界捜査を根本から否定した。だが2審は有罪となり、最高裁棄却となり有罪が確定されている。
ロッキード事件以来、検察OBが政府機関のトップに次々起用されるようになった。預金保険機構理事長、公正取引委員会委員長、証券取引等監視委員会委員長、金融監督庁長官・・・検察は我が世の春を迎えた。90年代後半から、司法官僚の驕りとポピュリズムがないまぜになった国策捜査が本格化した。99年の長銀・日債銀事件も破綻銀行の法的処理を促進する金融再生法に基づく国策捜査だった。このとき刑事責任を問われた銀行幹部の多くは破綻の原因をつくったバブル時代の経営陣ではなく、その尻拭いをした後任者だった。捜査の目的は破綻の原因と責任の所在を明らかにすることではない。国民の前に”生け贄のヒツジ”を差し出すことである。皮肉にもと言うべきか、それとも当然にもというべきか、国策捜査が繰り返されるにつれ、特捜部の捜査能力は落ちていった。日歯連闇献金事件はその最たる例であろう。
こうした捜査能力の低下以上に深刻なのが検察中枢部で起きているモラルハザードである。検察の裏金づくりを内部告発した三井環大阪高検公安部長は、逆に逮捕された。容疑は、三井氏が購入したマンションの登録免許税を免れるため、住んでもいないマンションに住んでいるとした虚偽申請をした、職務上の必要がないのに暴力団関係者の前科調書を取り寄せたという、取るに足らないものだった。誰の目にも明らかな口封じ逮捕であった。
この十数年で検察組織の劣化は急激に進んだ。強大な権限を与えられているがゆえの抑制精神が失われ、検察権力を尊大化させるようになった。松尾邦弘検事総長の「我が国が規制緩和・事後救済型社会への転換を図る諸改革を推進している中で、司法の役割は益々拡大していく」発言は、これを証している。これと共に検察組織の暴走が始まった。大鶴基成・最高検検事は、この時代の花形検事の役目を務めている観がある。