鳩山政権史1

 (最新見直し2009.9.12日)

 (れんだいこのショートメッセージ)

 ここで、鳩山政権史を確認しておくことにする。

 2009.9.12日 れんだいこ拝




2009(平成21)年

【麻生内閣総辞職】

 2009.9.16日、麻生内閣は、首相官邸で臨時閣議を開き、「自分の足らざるところを補ってもらい、内閣としての使命を共に果たすことができた」と全閣僚に感謝の言葉を述べた後、総辞職した。その後、記者会見した麻生太郎首相は「1年という短い期間だったが、全力を尽くした」と退任の言葉を述べた。同日発足する鳩山新政権に対しては「テロや海賊(対策)など、国際情勢に的確に対応してほしい。大いに期待している」とエールを送った。

 麻生首相の在任期間は、昨年9月24日に就任して以来の358日となり、現憲法下では片山哲内閣の292日に次いで7番目の短命内閣となった。99年から続いていた自民、公明両党の連立政権にも幕が下ろされた。内閣総辞職と同時に麻生首相は自民党総裁も辞任した。


【鳩山政権誕生ドラマ考】

 2009.9.16日、衆参両院は首相指名選挙を行い、衆院本会議の首相指名選挙では、「定数480、過半数241」のところ、鳩山氏が327票、自民党の若林正俊両院議員総会長が119票、公明党の山口代表が21票、共産党の志位委員長が9票、平沼赳夫・元経済産業相が4票。参院本会議では、「定数242、過半数119」のところ、鳩山氏が124票、自民党の若林正俊両院議員総会長が84票、公明党の山口代表が21票、共産党の志位委員長が7票、白票は1。民主党の鳩山由紀夫代表が、民主連合(民主、社民、国民新各党など)の支持を得て衆参両院で過半数の票を獲得し、第93代、60人目の首相に指名された。非自民勢力による政権交代は平成5年の細川政権以来、16年ぶりとなった。  

 鳩山氏は直ちに首相官邸入りし、組閣に着手。新官房長官に決まった平野博文氏が鳩山内閣の閣僚名簿を発表した。同日夜、民主党出身で同日選出されたばかりの横路衆院議長と、江田参院議長の立ち会いの下、皇居での認証式を経て、社民、国民新党との連立政権を発足させた。

 鳩山首相は、鳩山官邸を支える政務と事務の首相秘書官計5人を決めた。事務の秘書官4人は自民党政権時代の慣行通り、財務、外務、経済産業の3省と警察庁の出身者を起用した。事務秘書官は次の通り。羽深成樹・防衛省官房審議官(81年入省、財務省出身)、山野内勘二・内閣参事官(84年入省、外務省出身)、安藤久佳・官房総務課長(83年入省、経済産業省)、吉田尚正・捜査1課長(83年入省、警察庁)。政務秘書官には旧通産省出身で、非自民政権だった細川護熙首相の秘書官を務めた佐野忠克弁護士(64)。さらに、事務の官房副長官には、鳩山氏の選挙区がある北海道出身の滝野欣弥前総務事務次官を充てた。事務の副長官は旧内務省(旧自治・厚生両省など)の事務次官経験者をあてるのが慣例で、秘書官と併せ前例踏襲型の人事となった。

 同日午後6時、鳩山首相が、官邸で初記者会見に臨み次のように述べた。

 「総理に選出をいただいた瞬間に、日本の歴史が変わるという、身震いするような感激を感じ、一方では大変重い責任を負った。この国を本当の意味での国民主権の世の中に変えていかなければならない。そのためには、いわゆる脱官僚依存の政治というものを今こそ世の中に問うて、そしてそれを実践していかなければなりません」。

(私論.私見) 「鳩山政権樹立に果たした小沢采配」考

【鳩山政権閣僚考】
 9.16日、平野博文官房長官は、首相官邸で記者会見を開き、鳩山内閣について、「民主党で中心になって活動してきたベテランを配し、全員野球の布陣を敷くのが首相の考えだ」と述べた。また、菅直人国家戦略担当相の役割については、「財務省主導の予算編成ではなく、予算の骨格を企画・起案し、財務省に指示する戦略スタッフの機能だ」と指摘した。

 鳩山内閣の顔ぶれは以下のとおり(敬称略)

 総理  鳩山由紀夫 衆院 62 民主 北海道9区 東京大学工学部
官房長官  平野博文 衆院 60 民主 大阪府11区 中央大学理工学部
幹事長 小沢一郎 衆院 67 民主 慶應義塾大学経済学部
参院議員会長 輿石東
(こしいし あずま )
参院 73 民主 山梨選挙区 都留短期大学初等教育科
副総理 菅直人 衆院 62 民主 東京都18区 東京工業大学理学部
国家戦略局担当相
経済財政相
科学技術相
行政刷新会議担当相  仙谷由人 衆院 63 民主 徳島県1区 東京大学法学部
総務相 原口一博 衆院 50 民主 佐賀県1区 東京大学文学部
法相 千葉景子 参院 61 民主 神奈川県 中央大学法学部
外相 岡田克也 衆院 56 民主 三重県3区 東京大学法学部
財務相 藤井裕久 衆院 77 民主 南関東ブロック 東京大学法学部
経済産業相 直嶋正行 参院 63 民主 比例区 神戸大学経営学部
国土交通相 前原誠司 衆院 47 民主 京都府2区 京都大学法学部
沖縄北方担当
防災海洋担当
厚生労働相 長妻昭 衆院 49 民主 東京都7区 慶應大学法学部
文部科学相 川端達夫 衆院 64 民主 滋賀県1区 京都大学工学部
農林水産相 赤松広隆 衆院 61 民主 愛知県5区 早稲田大学政経学部
環境相 小沢鋭仁 衆院 55 民主 山梨県1 東京大学法学部
郵政 亀井静香 衆院 72 国民新党 広島県6区 東京大学経済学部
金融担当相
消費者 福島瑞穂 参院 53 社会民主党 比例区 東京大学法学部
少子化担当相
男女共同参画・食品安全相
防衛相 北沢俊美 参院 71 民主 長野県 早稲田大学法学部
国家公安委員長 中井洽 衆院 67 民主 三重県1区 慶應大学経済学部
拉致問題担当

 東京大学8名、京都大学2名、慶應大学2名、早稲田大学2名、中央大学2名、東京工業大学1名、神戸大学1名。
(私論.私見) 「鳩山政権の政策」考

【各種委員会委員長人選】
 9.17日、衆院常任委員長の内定が始まった。常任委員長は18日の衆院本会議で正式に決まる。特別委員長と審査会長は同日の委員会などで互選される。内定した人事は次の通り。(敬称略)

【常任委員長】
内閣 田中慶秋
総務 近藤昭一
法務 滝実
外務 鈴木宗男 新党大地代表
財務金融 玄葉光一郎
文部科学 田中真紀子 元外相、科学技術庁長官
厚生労働 藤村修
農林水産 筒井信隆
経済産業 東祥三
国土交通 川内博史
環境 樽床伸二
安全保障 安住淳
国家基本政策 大畠章宏
予算 鹿野道彦
【特別委員長】
災害対策 五十嵐文彦
政治倫理確立・公選法改正 牧野聖修
海賊対処・テロ防止 石田勝之
拉致問題 城島光力
消費者

末松義規

 【審査会】
政治倫理  中野寛成

 9.18日、衆院の常任委員長17名が本会議で選任された。特別委員長7名も各委員会の互選で選ばれる。委員長の配分は民主党14、自民党2、新党大地1。特別委員長は民主党5、自民、公明両党が各1。

 衆院議院運営委員会理事会で、自民党と公明党が、新党大地の鈴木宗男代表の外務委員長就任に対し、鈴木氏があっせん収賄罪などに問われ裁判が継続中であり、「国会の歴史で刑事被告人が役員についた例がない」(国対幹部)と批判し、委員長選任を議長指名ではなく、起立採決とするよう求めた。着席したままの全会一致が慣例の常任委員長人事のところ、鈴木氏については起立採決という異例の形となった。


【各省副大臣、政務官人選】
 2009.18日、鳩山政府は、午前の閣議で、鳩山内閣の発足に伴う副大臣22人を決定した。同日夕の皇居での認証式を経て正式に任命される。鳩山首相は、官僚主導から政治主導に刷新する具体策として閣僚と副大臣、政務官から成る「政務三役会議」を各府省に設置する方針で、各閣僚が副大臣、政務官を指名したのが特徴。連立を組む社民党から辻元清美氏、国民新党から松下忠洋氏を起用した。政務官も18日中に決定する。

 副大臣22人の顔ぶれは次の通り。(敬称略)

【内閣府】 大島敦
古川元久
大塚耕平
【総務】 渡辺周
内藤正光
【法務】 加藤公一
【外務】 武正公一
福山哲郎
【財務】 野田佳彦
峰崎直樹
【文部科学】 中川正春
鈴木寛
【厚生労働】 細川律夫
長浜博行
【農林水産】 山田正彦
郡司彰
【経済産業】 松下忠洋
増子輝彦
【国土交通】 辻元清美
馬淵澄夫
【環境】 田島一成
【防衛】 榛葉賀津也

【鳩山政権内の反小沢七奉行考】
 「七奉行の会」(「民主党七奉行」とは、衆議院副議長を務めていた渡部恒三が、2003(平成15)年に、民主党の次代を担うニューリーダーとして挙げた7人の議員と結成したところから始まる。かつて自らが名を連ねた竹下派七奉行になぞらえて命名した。「反小沢派の連合」と看做されている。構成メンバーは、世話役・渡部恒三(羽田派、福島4区)、仙谷由人(前原派、徳島1区)、岡田克也(無派閥、三重3区)、前原誠司(前原派、京都2区)、枝野幸男(前原派、埼玉5区)、野田佳彦(野田派、千葉4区)、玄葉光一郎(野田派、福島3区)、樽床伸二(野田派、大阪12区)の面々。このうち、野田、樽床、前原は松下政経塾出身。

【初期鳩山政権考】
(私論.私見) 「鳩山政権の政策」考
Re::れんだいこのカンテラ時評606 れんだいこ 2009/09/17
 【鳩山内閣をどう評するべきか、鳩山政権門出への祝辞】

 2009.9.16日、鳩山政権が誕生し、1993(平成5)年の細川政権以来の16年ぶりの非自民勢力による政権交代となった。 鳩山新首相は直ちに組閣に着手。新官房長官・平野博文氏が閣僚名簿を発表した。この顔ぶれをどう評するべきか。

 「阿修羅政治版71」で知ったが、「
田中良昭の国会探検」が「真っ当な組閣」と題して論評している。れんだいこは、久しぶりに「真っ当な評論」に出会った気がする。

 (ttp://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2009/09/post_186.html)

 うれしかったのは、次の下りである。「池田内閣で総理主席秘書官を務めた伊藤昌哉氏から聞いた話だが、昭和37年に第二次改造内閣を組閣する際、伊藤氏は池田総理から組閣案の作成を依頼された。箱根に籠もって色々考えたがどうしても収まりが悪い。1週間経っても満足な案が出来なかった。山から下りて『こんな案しか出来なかった』と総理に謝ると、池田総理は『こんな案を持って来た奴が居る』と言って1枚の紙を見せた。そこに書かれた人事案は伊藤氏を驚かせるほど見事だった。作成したのは田中角栄衆議院議員で、角栄氏はそれによって自らを最年少の大蔵大臣として入閣させた。伊藤氏は政治家としての田中氏の力量を思い知ったと言う」。

 れんだいこは、この情報は初見である。角栄を有能性に於いて評している点で、そんじょそこらのボンクラ政論とは一味違う。田中良昭氏がこの史実を教えてくださったことに感謝申し上げる。れんだいこは、伊藤昌哉は好かんタイプだが、その伊藤氏からの言質であるところが面白い。角栄再評価論が強まることを期待したい。

 鳩山内閣評について、れんだいこの所見は田中良昭氏のそれとほぼ同感であるので繰り返さない。足らずを補うとすれば、鳩山首相が手堅い人事能力を見せており、鳩山らしい八方美人ならぬ八ットー美人内閣になっているということであろう。国会の各種委員会の委員長人事まで含めて、細かいところまでは分らないが、「老、壮」のバランスが良い。次期民主党を背負う管、岡田、前原を然るべき地位に立て、若手では多士済々居る中で原口、長妻、小沢を登用し、他党の亀井、福島を似合いのところに配置した等々なかなかの味がある。総じて仕事師内閣となっており好感が持てる。

 れんだいこの危惧する民主連合政権の政策は、原子力発電の強力推進を図ろうとしている点と、景気回復の起爆剤的政策を持っていないところであるが、その他についてはマニュフェスト通りということであるから、当面は見守るしかない。どうか、三本の矢、五本の矢となり、烏合の衆にならないように望む。

 これに比して自公の動きが鈍い。総裁選も魅力がなさそうだ。小泉時代の狂人政治にイエスマンばかりしたきた連中に何ができようか。且つ又いまさら小泉前時代に戻せもすまい。余りに傷が深く、政策論争しようとすれば怒号し合うしかできまい。とんでもない事態になってしまったものだ。何事も有頂天の時こそ恐いと改めて教えられる。公明党も脳震盪ショックから立ち直れまい。余りにも深く小泉政治に深入りし過ぎた。且つ同党の本質が体制保守にあり、国際金融資本の御用聞きを担う自民党と同じ穴のムジナであることを晒し過ぎた。恐らく当分党勢回復できまい。

 時代は動く。15年周期説もあるが、30年周期、60年周期で見ればより分かる。今や新しい政治が始まるのは疑いない。マスコミ、その同類どもは小沢二重権力論でビンボケ評論しているが、好きに云わせておけば良かろう。人民大衆は、どの方向が良い政治で逆は逆であることを既に見抜いている。ネットの威力を思い知るが良い。さてさて、「日本ルネサンスよ起これ、鳩山新政権に期待する」。これをれんだいこの鳩山政権門出の祝辞とする。

 2009.9.17日 れんだいこ拝

【鳩山革命論考】
 鳩山政権下の各閣僚の動きは特筆に値する。あたかも幕末志士が国家権力の各シンクタンク要塞に踏み込み、獅子奮迅の働きをしている感がある。こうなると、鳩山革命と呼ぶべきではなかろうか。問題は、この革命が首尾よく進展するのか、座礁に乗り上げのかが見どころとなる。 霞ヶ関役人たちのドタバタぶりが次々と露呈しつつある。駆け込み天下り然り。霞ヶ関が封印してきた情報の一部でしかないが表面化然り。民主党政権は、これまでの官僚がひた隠し通してきた暗部を情報公開する方針を打ち出している。自公政権に比べれば、革命に匹敵する政治システムの大改革を行おうとしている。

 民主党マニフェストの目玉、高速道路の原則無料化の帰趨も気になる。国土交通省の試算によれば、経済効果2.7兆円との予測が報道された。日本への核持込に関する対米密約も、その存在を認める発言が出てきた。更に、オバマ大統領の誕生による米国・民主党政権による国防戦略の見直しと予算の削減の一環として、米国政府が今年の4月初旬、米軍三沢基地に配備しているF16戦闘機約40機を早ければ年内から撤収させるとともに、米軍嘉手納基地のF15戦闘機50機余りの一部を削減させる構想を日本側に打診していたものの、日本側は回答を保留し、握りつぶしていたという事実が発覚した。こうした情報が出てくるのは、おそらく内部告発のタグイなのだろう。これまでの日本の政治は、官僚に行政を丸投げしてきた。明治政府以来、その歴史の繰り返しだったが、今や霞ヶ関も歴史の過渡期特有の崩壊状況が進行しているということだろう。

 核廃絶への道筋をさぐる賢人会議「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」の報告書草案作成過程において、共同議長をつとめる日本の川口順子元外相、外務省高官らが北朝鮮や中国の脅威を理由に核抑止力堅持にこだわり、オバマ大統領が表明した核の役割を低下させる新宣言の早期実現に難色を示しているという情報も漏れてきた。川口順子氏は、森喜朗の肝いりで外務大臣に抜擢された民間から来た人物だが、在任中は何事も外務省役人まかせの単なるイエスマンだった。その川口が、核廃絶を打ち出したオバマ大統領や非核三原則を提起している日本の民主党政権に敵対するような発言を堂々とやっていることになる。(「今や、明治政府以来の官僚政治崩壊の時(岡留安則)」その他参照)


【鳩山内閣の支持率】
 9.18日、国内各紙が山内閣の支持率調査を発表した。毎日新聞の鳩山内閣支持率77%、読売新聞は同75%。朝日新聞は同71%、日経新聞は同75%。共同通信社は同72・0%。発足直後の支持率としては、宮沢内閣以降で2001年4月に発足した自民党の小泉内閣の85%に続き、細川内閣の70%、安倍政権の71%を上回る歴代2位の高水準と判明した。各党支持率を調査したところでは、民主党の支持率が上昇し、過去最高の47・6%を記録したとも伝えている。新内閣は順調なスタートを切ったことになる。

Re::れんだいこのカンテラ時評607 れんだいこ 2009/09/20
 【鳩山政権の第一関門、記者クラブ制考】

 2009.9.16日の鳩山民主連合政権の登場と共に、記者クラブ制問題が浮上してきた。民主党は、政権奪取前の公約で、「記者クラブ制を開放し、他のメディアにも参加させる」方針を打ち出していた。ところが、平野官房長官が就任直後、記者クラブ開放について消極的姿勢を見せ始めたという。政権奪取後、いきなり「記者クラブ開放公約」を反古(ほご)するようでは、他の公約も同じ運命を辿ることが予見されるという意味で、この問題の持つ意味は大きい。

 他方、岡田克也外相は9.18日の記者会見で、概要「閣議後の首相官邸や国会でのぶらさがり取材は、記者クラブ所属以外のメディアが参加できておらず、これでは十分な情報発信はできない。今後は定例会見を原則週2回とし、同省記者クラブ所属の報道機関に限らず全メディアに開放する。但し、会見への参加は、危機管理上の配慮から、事前登録を前提とする」と発表し、記者クラブに所属する報道機関以外にも参列の道を開く方針を明らかにした。これにより、日本新聞協会、日本民間放送連盟、日本雑誌協会、日本インターネット報道協会、日本外国特派員協会の会員のほか、外国記者登録証保持者やフリーランスの記者が対象となり、従来の記者クラブ以外にも スポーツ紙、週刊誌、月刊誌、外国人向けメディアなどが参加できるようになる。

 鳩山政権は、記者クラブ開放を廻って早くも平野官房長官と岡田外相との間に齟齬を見せ始めていることになる。この問題を愚考する。れんだいこの解析するところ、この問題は、記者クラブ制そのものの在り方と、著作権問題の二面が絡んでいる。

 記者クラブ制とは、政府の記者会見の際、閉鎖的に選別された有力マスコミ各社の会員に絞って参席が許されている取材体制を云う。この特権的な地位をpreferred access(優先的アクセス)とかprivileged access(特権的アクセス)と呼ぶ。これにより、「政治の第一次情報が、記者クラブというフィルターを通してからでないと、国民へ到達しない」ことになっている。この制度の由来には歴史的経緯があり、それを無視しては是非判断できないにせよ、記者クラブ制が情報公開という時代の流れに反していることは間違いない。

 物事には是非があるとして、この観点から記者クラブ制を評すると、この制度には、参席する記者の身元素性が知れており、要人の警備上安全という利点がある。デメリットは、質疑が慣れ合いに流れ易く、ジャーナル的に急所を突く質問が排除される傾向を生む。時には格好の政府広報や単なるセレモニーの場に変質したりする。この両面の功罪を踏まえて政治的にどう打開すべきか、これが問われていることになる。

 しかしながら、れんだいこには、こうしたレベルでの評論にとどまるならば表層的であり、真の問題に踏み込んでいないように思われる。記者クラブ制問題がクローズアップされつつある裏事情には、次のような問題が宿されているのではなかろうか。即ち、現下の有力報道機関、総じてマスコミは、現代世界を牛耳る国際金融資本(以下、ネエシオニズムと仮称する)の支配下にあり、厳しく情報統制されている。彼らのメディアリテラシーに監視され、スルーした情報のみが伝達されている。逆は逆である。それは同時に長期的な愚民化政策に基づいており、世界一識字率の高い日本人民大衆の軽薄化、野番衝動化を画策している。このことを踏まえなければ事の真相の深層に迫れないのではなかろうか。

 これについて詳しく知りたければ、「シオン長老の議定書の言論機関、マスコミに関する記述一覧」で考察しているので参照されたい。れんだいこは、あらゆる兆候から、この問題を真実とみなしている。
(ttp://www.marino.ne.jp/~rendaico/judea/neozionismco/zionnogiteisyoco/
theemabetuco/theemabetuco10.htm)

 このクビキの下で、日本マスコミ界は本来のジャーナル精神を歪められ、ネオシオニズムのエージェントとして彼らを利するプロパガンダを一方的に垂れ流したり、その意を汲む政府の御用聞きに勤め、その意を汲まない政府、政治家に対する当てこすり、針少棒大批判に耽っている。しかも、近年、こういう姿勢をますます強め次第に顕在化させつつある。かのロッキード事件における稀代の有能政治家・田中角栄失脚訴追キャンペーンなど最たる例であった。ここ十年で見れば、自公政権、これを背後で操る国際金融資本のメディア戦略は、マスコミを駆使して世論誘導し、新自由主義政策という名のハゲタカ利権擁護のペンを思う存分ふるってきた。小泉政治を称揚し、狂人小泉を名宰相としてもてはやした。これに一定の距離を保とうとした安倍、福田、麻生の各政権に対しては批判の舌鋒を鋭くしてきた。ペンの正義を云うには恥ずかしい政治主義ぶりを発揮してきた。

 この間、新聞紙面が活力を失い、新聞各社が系列支配しているテレビメディアは、日常的にこれでもかというほどバカ番組を粗製乱造し、1億総白痴化を画策している。そういう事情によって、多少なりともまともな者のテレビ離れを促しつつある。他にも、中近東に於けるイスラエルの蛮行が国際的批判に遭っている時には決まって北朝鮮のテポドン、拉致問題を採り上げ、関心をそらせるという新たな機能をも露骨化させつつある。直近の例でいえば、2009総選挙、これに引き続く鳩山政権誕生前後に合わせて報道され続けた酒井法子大麻事件の執拗さは、その好例である。同事件が総選挙過程で発生し、逮捕、釈放が政局の重要な節目に合わせて演出されたのは決して偶然ではなかろう。かく共認したい。

 日本マスコミ界がネオシオニズムにコントロールされる度合いに応じて、記者クラブ制の弊害が目立ち始めた。これには以上のような相当の根拠があるとみなすべきであろう。既存メディアは役に立たないばかりか今や腐り抜いている。この認識が元になって、記者クラブ制という大手メディアのプレス特権からの開放が迫られつつあると認識すべきではなかろうか。もはや大手メディアは当てにならないのであり、彼らに代わるあるべきメディアの創出こそが真に望まれている。記者クラブ制問題をこの座標で位置づけて解く必要があろう。

 鳩山民主連合政権が、かく腐敗堕落しきっているマスコミ、その表出権力体としての五大新聞による報道管制システムと闘わず、逆にその圧力に迎合するようなことでは先行きが暗かろう。世間では、鳩山政権に於ける小沢幹事長との二重権力問題に講釈を垂れる手合いが多い。しかしながら、れんだいこの見るところ、それを咎めるならメディア権力問題の方が本ボシであり、これを切開することこそが真の政治評論であるように思われる。誰か、かく共認せんか。

 ところで、記者クラブ制には、もう一つ著作権問題が絡んでいる。現代マスコミは業界上げて著作権狂いしている。その酷さは、著作権法が開放しているところの時事報道ニュース、死亡記事に対しても、利用規制網を仕掛けているところにある。「要事前通知、要事前承諾、要対価制」という檻を設け、著作権利権に囲い込み、その圧力をますます強めつつある。「1997.11月付け日本新聞協会編集委員会のネットワーク上の著作権に関する協会見解」がその申し合わせであり、以来猛威をふるいつつある。

 これの音頭取りしたのがナベツネ派である。ナベツネ派の生息する読売新聞が記事と云う記事の末尾に「無断転載禁止」を但し書きし顰蹙を買っているのは偶然ではない。読売系は、見出しにおいても著作権を主張し、いくつかの訴訟に持ち込んで得意然としている。バカさ加減も極まれりというべきではなかろうか。いずれにせよ、ナベツネ派が画策し読売系が水先案内した結果、この風潮が全マスコミ界を汚染し、今や自縄自縛に陥っているという滑稽さを見せつつある。にも拘わらず、更に著作権狂いせんとしつつある。こうなると不治の病に陥っていると見立てるべきであろう。

 この問題は、著作権棒を振り回しながら、その実狙いは報道管制にある。この報道管制は、愚民化政策と一体となって推進されつつある。ここを見てとらねば、著作権問題の深刻さに至らない。著作権棒をもっとも強引に振り回す読売−日テレ系が殊のほかバカ番組に執心し垂れ流し続けているのは偶然ではないということになる。

 かく判ずれば、我々は、その対抗策として、既存メディアとは違う別系の政治情報に於ける人民大衆的利用を良しとするメディアを創出せねばならないことになろう。記者クラブ制は、この問題を見据えて議論していかなければ十全な解決にはならない。つまり、プレス特権による優待つきの著作権棒を振り回すような輩に特権は与えられないとする立場から、どちらかを選択させねば解決しない。特権まみれにしがみつくのか、特権を離すのか、はっきりさせねばならない。手前が特権まみれに居りながら官僚特権の舌鋒を振り回すのを茶番劇という。

 鳩山政権は、記者クラブ制にとどまらず現代メディアが陥っている奇形化、著作権狂いに対して踏み込む力があるだろうか。否逆に、これを更に推し進める恐れはないのだろうか。こういうところが関心にならざるをえない。れんだいこ的には、著作権、プレス特権からの楽市楽座的開放政策こそが望まれており、この方向に針路を執らなければ、初手から危ういと見立てる。旧政権のウミをださせるとは、こういう問題にも及ぶべきだと考える。

 2009.9.20日 れんだいこ拝

【民主党の議員立法原則禁止通達考】
 民主連合政権誕生の宴の裏で、どうも気になる妙な動きが始まっているので注意を喚起しておく。一連の官邸政治主導政策の一環として位置付けられるのであろうが、2009.9.18日、民主党は、政府・与党の二元的意思決定を一元化するためとの理由で、「議員立法原則禁止、法案提出は原則として政府提案に限る」ことを決め、同党所属の全国会議員に通知した。党政策調査会廃止に続く措置となる。議員立法が認められる例外として、「選挙・国会など議員の政治活動に係る、優れて政治的な問題にかかわる法案」とした。公職選挙法や政治資金規正法の改正案といった「政治とカネの問題」に関連する法案などが該当するとみられる。  

 議員立法の仕組みについては、「ウィキペディア議員立法」で解説されているので割愛する。
 (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AD%B0%E5%93%A1%E7%AB%8B%E6%B3%95)

 問題は、「民主党の議員立法原則禁止通達」をどう評すべきかにある。結論からいえば、れんだいこには拙い臭いがする。なるほど昨今の議員立法にはスケールの大きなものがなく、あるいはもっと事前に議論を深め精査して提出されるべきもの、情緒とかムード的なものによる後悔先に立たず的なものが見受けられる。議員立法になじまないもの怪しげなものが持ち込まれている場合もある。

 例えば、直近の改正臓器移植法などがそうであろう。党議拘束を外して採決し法案化されたが、臓器売買に拍車がかけられることを思うと、もっと議論を尽くしても良かったであろう。仮に今後、著作権絡みの著作権者の一方的な権利保護のみを主張する法案が提出され、あれよあれよという間に可決される危険性を思えば、今日びのような議員立法なら敢えて要らないという論拠も成り立つであろう。

 しかし、やはりオカシイものはオカシイ。これは感受する以外にない。議員立法は、議員冥利に尽きる夢の政策であり、議員能力を鍛える絶好の仕事である。議員の主体的な立法活動の機会と場を奪うことは自絞殺に等しいというべきではなかろうか。

 れんだいこは判断に迷う場合、角栄ならどう解いたのか問うことにしている。そこで、角栄の議員立法論を拝聴してみよう。れんだいこは、「角栄の議員立法」で考察している。これを要約紹介しておく。
 (kakuei/gyosekico/giinripoco/giinripoco.htm)

 角栄は初当選からの10年間に25法の議員立法を実現、42年間の議員生活を通じて33法、生涯に陽の目を見させた議員立法は72件、直接、間接に作成した法律は100件以上という空前の業績を為している。事実、後にも先にも出ない、不世出の記録保持者となっている。

 特に精力的であったのが昭和25年からである。この年6件、翌26年に7件、翌々27年に8件のこの3年間に21件の法律を成立させている。その内容は、住宅、道路、国土開発などの国民生活環境の整備や、社会的弱者に対する支援救済立法であった。「昭和20年代の田中は、議員立法に政治生命を賭けたのである」(早坂茂三「政治家 田中角栄」)。

 この一連の議員立法が後の公共事業(道路、港湾、鉄道、住宅)の法的根幹になっていく。つまり骨格作りとなった。角栄のこうした裏方的社会基盤整備に向けた国土開発は、池田首相の高度経済成長路線と相まって車の両輪の如く日本経済を発展させていくことになった。

 云うは易く行いは難しい。議員立法には、超人的な勉強と卓越した能力が必要とされる。関連法規全てを熟知し、その地平に立って新たな法律を作らなければならない。もしそれが的外れであったり、穴だらけのザルであったなら、役人達が横を向いてしまう。役人を納得させ、あたうならば協力させ、手伝わせる手腕が必要とされる。加えて責任を取る者でなければついて来ない。角栄は非常なる勉強家であったし、それらの能力を発揮したからこそ数々の議員立法が可能となった。

 角栄自身が次のように述べている。

 「戦後の政治家は行政に精通し、予算書が読めて、法律案文を修正することが政治だと錯覚に陥っている者が多い。それでもいいが、国民各層の個別的な利益を吸い上げ、それを十分にろ過した上で、国民全体の利益に統合し、自らの手で立法することにより政治や政策の方向を示すことこそ、政治家本来の仕事であることを明確にしておきたい」(「中央公論」昭和42年6月号)。
 「皆もっと勉強して議員立法をしなきゃいけないよ。わしは今までに住宅、食糧、道路など33件の議員立法をしたよ。政治家の仕事は何か。政策を作って立法化することだ。『議員立法』っていうやつだ。政策は官僚がつくるものと思っていたら時代に取り残される。政策を作れんやつは政治家を辞めたほうがいい。ワシは、これまでいくつもの議員立法をしてきた。---その為には夜寝る暇も無く勉強した。まぁ、かあちゃんと仲良くする時間はあったがな」。
 「地方のことは地方議員に任せればよい、君達は立法府の議員なのだから議員立法に取り組みなさい。そうすればうんと勉強になるし、それが何よりの選挙運動になるんだ、やり方が分からなければ、俺の持っている知恵を全部貸してやる」。
 「『いやぁ、オヤジさんは天才だからできるけど、俺達にはそんな力が無い。選挙区通いをして落選しないように運動するのが先決です』というばかりで、誰も本気で取り組もうとしていない。結局、国会議員が議員立法に取り組まなくなったことが、政治家を怠惰にし、自らも選挙屋に貶めてしまった」。

 これよりすれば、角栄が重要視し、そのことをこれほど力説した議員立法を、民主党党中央は奪おうとしていることになる。民主党党中央は何を意図しているのだろうか。臭いと云うべきだろう。れんだいこは、こたびの鳩山政変を快哉し期待している。しかしそれは、自民党政治がネオシオニズムに呑み込まれ、その御用聞き政治に堕しているからであり、鳩山政権が、そういう売国政治から決別し国民本位の政治に戻すことを公約したからである。実際に政権を取って為すことが、自民党政治とは違うが別の手法でのネオシオニズム御用聞き政治を代行するのなら話が違うことになる。これは、れんだいこの杞憂的な危惧なのだろうか。

 2009.9.21日 れんだいこ拝

Re::れんだいこのカンテラ時評631 れんだいこ 2009/12/09
 【鳩山政権の「米軍普天間基地移転問題」対応考】

 「鳩山政権の『米軍普天間基地移転問題』対応」についてのれんだいこ見解を発表しておく。鳩山政権のこの問題に関する迷走ぶりは暗示的であり、先の総選挙前公約の帰趨とハーモニーしているように思われる。そこで、どう解決すべきか、れんだいこ処方箋を提起する。

 2009.12.9日、北沢俊美防衛相は米領グアムの米軍基地視察後、同行記者団に次のように語った。 概要「社民党などが求める米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)のグアム移設について日米合意から大きくはずれる。そのことを期待して何かをしようと思うと頓挫(とんざ)する。移転先の選択肢には入らない。(移設問題の年内決着を先送りする政府方針について)決着の遅れは米軍再編にかなり影響が出る。日本の責任も重い」。

 この北沢防衛相発言は、自公政権時の対応と軌を一にしており、彼の根っからのシオニスタンぶりを物語っていよう。民主党内は左右、民族派とシオニスタンの混交から成っており、北沢防衛相は右派且つシオニスタンの徒輩であることを自己暴露している。この手合いを防衛相につけたことにつき、鳩山首相の任命責任が問われよう。というか、マルチ舌を持つ鳩山首相のシオニスタン性の露呈と受け取るべきであろう。

 考えても見よ。「米軍普天間基地移転」の本質は、「基地移転問題」にあるのではない。「米軍基地の世界的再編問題」としてあり、米軍の自己必要から生まれたものである。このことは、現代世界を支配する米英ユ同盟が、これまでのように野放図に世界中に軍事基地を敷設する時代が終わり、軍事的環境が変わったということと、軍事費の重圧に苦しめられだしていることを示している。直接的理由は後者であり、これまでのように軍事費を垂れ流しできないという米英ユ同盟内の経済的ひっ迫から発生していることを示している。

 つまり、日本の立場からすれば、単純に米軍の「引き上げ」を歓迎すれば良いだけの話である。「思いやり」の発生する余地はいささかもない。しかしながら、米英ユ同盟は、これまでのユスリタカリの経験から味をしめており、日本に対する相応の移転費用負担を申しつけようとしてきた。これに、歴代の自民党政権が唯唯諾諾してきたところに、目下の「米軍普天間基地移転問題」の本質がある。それは、日米軍事同盟とこれに癒着する日米外交が「維持系思いやり予算」なるものを生み、更に「移転系思いやり予算」なるものを計上させられようとしているに過ぎない。

 ここまで述べれば結論は明らかであろう。日本経済に、そのような出費をする能力も必要もないということが。鳩山首相の採るべき態度は、「勘弁してください」で良かろう。でないと、先の事業仕訳パフォーマンスで、国内予算の執行停止に喧々諤々したものの、なんということはない国内予算を削ったもの全てが米英ユ同盟にお供えさせられるだけのものでしかないことになろう。人民大衆がこれに気づいたら、暴動を起こすべきであり、国会を占拠すべきであろう。そもそもレンボウのはしゃぎは一体何だったのか。そういえば、軍事費を削る話になると途端に腰を引かせ、「思いやり予算」のごく一部を弱弱しく突いて節約するよう哀願し始めていた。レンボウよ、君の果たした役割を弁じて見よ。

 してみれば、社民党党首の福島瑞穂消費者・少子化担当相の「キャンプ・シュワブ沿岸部への移設反対」は当然であり、「(海上埋め立て工事の)利権のために基地をつくることは許されない。党としてきちんと調査する」などは生ぬるい。お前が主張すべきことは、反戦平和の観点からの「移転などとんでもない、引き上げしかない。これを強く要請する」であろう。大阪府知事橋本の関空移転なぞ論外の提案である。こうなったら成田闘争が容赦しない。「軍事空港を廃港にせよ」が先見の明として俄然現実味を帯びてこよう。

 戦後65年、国際環境は大きく変わりつつある。軍事問題も然りである。防衛は何も軍事だけに限られるものではない。経済的文化的精神的にも相関しており、にも拘わらず軍事費増強にひたすら走るのは軍需派を喜ばすだけの利権構造によるものでしかない。米国内でも旧来の軍需派に代わる新外交派が台頭しつつあり、彼らの要請から米軍基地の再編問題が浮上していると読むべきであろう。

 日本が徒に「米英ユ奴系一蓮托生式国家百年の計外交」にのめり込むのは賢明ではない。日本の外務省トップは長らくこの手合いに牛耳られている。ところが、気がつけば米国は既に米中関係を最重要にしており、日米関係は従的役割しか果たしていない。この傾向はますます強まると読むべきだ。国際環境はゆっくりながら変化しつつある。日本が、「米英ユ奴系一蓮托生式国家百年の計外交」に専念した果てに捨てられることも考慮に入れておかねばならない。この緊張感の下でやり取りしていくのを政治と云うのでなければ、政治なんか誰でもできるだろう。

 その誰でもできる式のお粗末政治をやっているのが現代日本政治である。こういう場合に考えるべきことは、吉田茂ならどう解くか、角栄ならどう動くのか、大平なら云々である。間違っても中曽根−小泉ラインなら云々とは問わなくてよい。シオニスタン政治なら頭がいらない。名宰相と云われてはいるが、ワシントンから見た名宰相であり、日本から見た場合には極悪売国奴でしかない。その極悪シオニスタンを名宰相として今も囃すジャーナリストがいるとすれば、その連中が権勢をほしいままにしているとすれば、打倒する以外になかろう。日本版アルジャジーラ放送局、新聞社、雑誌よ、早く出でよ、これが結論となる。

 2009.12.9日 れんだいこ拝

【沖縄名護市長選で、米軍普天間飛行場の受け入れ反対派が初当選】
 2010.1.24日、米軍普天間飛行場のキャンプ・シュワブ沿岸部への移設問題が絡んで注目されていた沖縄名護市長選が行われ、反対派の民主、共産、社民、国民新など6政党推薦候補・稲嶺進(64)氏が初当選した。稲嶺氏は勝利宣言で、「この選挙結果は新しい軍キャンプの建設を許さないことを意味する。13年間の思いを市民の皆さんが選挙にぶつけてくれた。辺野古の海に新しい基地は造らせないという公約を信念を持って貫きたい。これが新しいスタートだ。皆さんにお約束してきたことを実行することで、支援に応えたい」と述べた。得票数は稲嶺氏が1万7950票、島袋氏が1万6362票だった。

 普天間移設を争点にした過去3度の市長選では、移設と引き換えの地域振興に期待を寄せてきた名護市民は、4度目の審判で初めて「移設ノー」を意思表示したことになる。辺野古移設を条件付きで容認した現職の島袋吉和さん(63)の陣営は、「思ってもみない結果。私の不徳の致すところで申し訳ない」と険しい表情で支持者に頭を下げた。宜野湾市の伊波洋一市長は稲嶺氏の選挙事務所で「稲嶺市長に喜んで協力していく。稲嶺市長の誕生が仲井真県政にも影響を与えると思う。これで辺野古移設の現行案になることはあり得ないと思っている」と語った。


Re::れんだいこのカンテラ時評658 れんだいこ 2010/01/30
 【鳩山施政方針演説批判で見えてきた鳩山見識と、批判派のノ―タリンぶり考】

 2010.1.29日、鳩山首相は、施政方針演説で「新日本の舵取り」を声明した。しかしながら、その内容を吟味するよりも、片言隻句の「労働なき富」を廻って揶揄するしかない批判組のノ―タリンぶりが見えてきた。れんだいこがからかっておく。

 鳩山首相が、「非暴力・不服従運動」で知られるインド独立の父、マハトマ・ガンジーの「七つの社会的大罪」を引用して発言した際、「労働なき富」を廻って、野党側が一斉に「おまえのことじゃないか」、「税金払え」などとやじを飛ばし衆参両院本会議場は騒然となったと云う。この文言を盛り込むことに「母親からの月1500万円もの贈与を想起させる」と閣僚からも官邸内からも反対の声が出たとも云う。これが事実なら、れんだいこが告げておく。君たちのノ―タリンにもほどがあるぞ。

 鳩山首相はエライ。敢えて演説に盛り込んだと云う。それはそうだろう。言葉の意味の次元が違う。れんだいこは、こたびの鳩山演説を美化するつもりはない。施政方針演説と云うよりは文学青年調の書生論を聞かされた気がしないでもない。有言実行のために何をなすべきかが聞かされたが、それを阻害するものにどう闘うかが示されていない。そういう意味で、政治願望を語っただけの誹りを受けねばなるまい。

 但し、鳩山首相が「ガンジーの七つの社会的大罪」をわざわざ持ち出したことはエライと思う。これを揶揄しようなどとは微塵も思わない。批判を浴びせる者はノ―タリンを自己暴露していると思う。そういう意味で、小沢パッシング、鳩山パッシング、小沢パッシングと続くこの間の喧騒に於いて、パッシング組のオツムがこの程度のものであることを確認する良い機会になったと云えようか。

 鳩山首相が「ガンジーの七つの社会的大罪」をわざわざ持ち出したことは実は意味が深い。鳩山首相がこれを自らの意思で引用したのか、誰か知恵者が居るのか分からないが、この一事に於いて、こたびの鳩山首相施政方針演説は歴史に刻まれるに値する。かく評すべきである。

 「ガンジーの七つの社会的大罪」とは、「理念なき政治」、「労働なき富」、「良心なき快楽」、「人格なき教育」、「道徳なき商業」、「人間性なき科学」、「犠牲なき宗教」を指す。鳩山首相は、この大罪からの転換こそ文明的課題とした。「人間が人間らしく幸福に生きていくために、どのような経済、政治、社会、教育が望ましいのか。今、その理念、哲学が問われている」と提起した上で、自らの政治理念や政策を訴えた。

 れんだいこに云わせれば、「ガンジーの七つの社会的大罪」とは、植民地インドの国際金融資本支配からの解放を思念しての対抗理念であることに本質的な値打ちがある。「理念なき政治」とは、シオニスタン政治に明け暮れる当時のインド政界への批判、「労働なき富」とは国際金融資本のあくどい収奪と搾取に対する批判、「良心なき快楽」とは、権勢を恣にする国際金融資本派の道徳的退廃を揶揄している。「人格なき教育」とはシオニスタン教育に明け暮れる当時のインド教育界への批判、「道徳なき商業」とは国際金融資本の悪辣な資本増殖主義、「人間性なき科学」も同様に科学の利用の仕方の悪辣さを批判している。「犠牲なき宗教」とは宗教紛争の迷蒙からの脱却を指針している。

 ガンジーが掲げたこれらの指針はいずれも、国際金融資本の不当な支配からの脱却を企図しているものである。ガンジーの指導者としての英明さは、運動の未来への展望に於いて、単なる抵抗、暴動、武装によって徒な弾圧で消耗させられるのではなく、敵の内腑を衝く思念を勝ち取ることにより、長期的持続的対峙的に闘争を発展させ、且つ国際情勢を巧みに利用して遂にはインドの独立を勝ち取ろうと云う長征戦略に基づいていた。

 鳩山首相が、ガンジーをそのように捉え称えたのかどうかまでは分からない。はっきりしていることは、そういう奥行きの深さを持つ「ガンジーの七つの社会的大罪」を施政方針演説に採りいれたことである。これは、戦後日本の歴史の転換シグナルだったとして後年評価されることになるのではなかろうか。

 これが受け取りようとなるべきところ、ノ―タリン組はどう批判したか。マミーマネーは「労働なき富」そのものではないかと嘲笑した。自民と日共はよほどウマが合うのだろう。同様の反応を示しているのがお笑いである。世間では自民と日共は相容れず対立していると云う。れんだいこは、ロッキード事件然り、小沢キード事件然り、ここ一番の肝心な時の対応を見よ。見事に連携しているではないかと云う。

 ここで、もう一度確認しておく。れんだいこは、ガンジーの「労働なき富」の指摘は、国際金融資本の搾取に対する批判の言辞だったと云う。自民と日共は、マミーマネーのような貰いカネを「労働なき富」の典型だと云う。お望みなら、どちらの理解が是でどちらの理解がノ―タリンか白黒つけようか。

 もとへ。鳩山首相は、「宇宙が生成して137億年」、「地球が誕生して46億年」、「人間圏ができて1万年」と畳みかけ、今や「約3千万とも言われる地球上の生物種のうち、現在年間約4万種が絶滅していると推測されている」危機の時代を迎えているとして、「私たちの叡智を総動員し、地球と云うシステムと調和した人間圏の在り方」を問い、これに応えるのが政治だと述べている。この論法、論理は至極真っ当であろう。問題は、ならば具体的にどう政策対処するのかということになるが、ここら辺りになると鳩山首相は急きょ八方美人型に転じて軟弱ぶりを発揮する。

 鳩山政治の矛盾は恐らく、沖縄の米軍普天間基地移転問題で頂点に達する。期限は5月末までとされている。鳩山首相が人類の危機、日本の危機を云うのなら、戦争経済、軍事力学的な国際関係論との毅然とした決別を打ち出さなければならないのだが、この観点から渡りあえるだろうか。相手はオバマではない。国際金融資本の世界支配戦略である。これに立ち向かう胆力があるだろうか。

 この胆力のないままに「命を大事にする政治」を百万言唱えても、小泉型の狂人政治の愚よりはましであることは論をまたないとはいえ、空疎とならざるをえまい。

 鳩山が本気なら、就任早々着手すべきは高速道の無料化ないしは一律大幅値下げであっただろうが、未だにああでもないこうでもないと無駄な時日を浪費している。担当大臣の前原は、意の一番に手掛けねばならないこの施策から逃げ出し、ダムがどうだの道路がどうだの空港がどうだので何ら実を結ばない愚策でパフォーマンスばかりしている。

 まぁここまでは良しとしよう。これからが正念場だろう。それともう一つ、検察の出方によっては、担当検事を国会喚問せねばなるまい。題して「政治資金法特捜の意義と限界」としようか。検察万能を防ぐチェックアンドバランス策を講ぜねばなるまい。一事万事、生起した事案に正面から取り組み、より良い基準を作りだす。こういうことをするのが仕事と云うのではなかろうか。

 2010.1.30日 れんだいこ拝

Re::れんだいこのカンテラ時評685 れんだいこ 2010/03/16
 【鳩山政権六ヵ月考】

 2010.3.16日、鳩山政権は発足後六か月を経過した。当初の期待感が薄れ、次第に失望が広がりつつある。マスコミは、支持率低下の要因に「政治とカネの問題」を挙げ、「小沢降ろし」のネタにし続けている。れんだいこは違うと考えている。鳩山政権は確かに人心離れを起こしつつあるが、その理由は、政権交代論の中で打ち上げた数々の公約に対する裏切りが原因だと考えている。試しに、これをネットゴングして見れば良い。どちらに軍配が上がるだろうか。

 民主党内の「親小沢対反小沢、非小沢の対立」を論(あげつら)うのは良い。確かにこの問題が存在する。しかれども、反小沢にシフトして小沢パッシングを煽るマスコミ論調は凡庸の極みだと考えている。反小沢グループの筆頭は前原国交相であるが、この御仁を持ちあげ、返す刀で小沢をパッシングし続けるのは為にするもので、外資派の策略プロパガンダだと思っている。

 この連中は今、憲法改正、消費税第二次値上げ、自衛隊の海外派兵、米軍基地に対する更なる思いやり予算の計上、国家枢要事業の民営化、民族資本系優良企業の乗っ取り、地検特捜部の暗躍、著作権漬け等々を策し続けている。国際金融資本帝国主義の仰せのままに御用聞きすることで、権力の甘い蜜を吸い続けている。「この連中の政治とカネの問題」が問われることはない。問われるのはいつも内資派のそれである。

 鳩山政権は、この問題に対する全く無能な対応に終始している。国民の失望は、これと共に生まれており、鳩山政権支持率低下の真の要因となっている。その意味で、鳩山政権の真価が問われようとしている。鳩山首相は、政権内の「親小沢対反小沢、非小沢の対立」をどう御すのだろうか。ここが見どころとなっていると考える。

 鳩山首相は、昨年11月、オバマ米大統領との首脳会談で「プリーズ・トラスト・ミー(私を信頼してほしい)」と発している。その真意を廻って様々な憶測が生まれている。直接的には、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題に関しての「プリーズ・トラスト・ミー」であるが、オバマ政権との蜜月的な「プリーズ・トラスト・ミー」であるように思える。この鳩山首相に、日本国民に向けて「プリーズ・トラスト・ミー」と言わさねば政権交代の意味はない。鳩山首相は、いつになったら我々に「プリーズ・トラスト・ミー」と胸を張ってくれるのだろうか。

 鳩山政治は優柔不断の八方美人タイプと云うより得体の知れないヌエ的なところがある。愚昧な評論家は、鳩山に小沢を切るよう具申して悦に浸っているが、云うべきは逆であろう。れんだいこは、鳩山に前原切りを具申したい。ところが、系譜的に見て鳩山は前原に近い。その鳩山が前原を切る訳がなかろう。となると、鳩山が、前原の外資派政策をどこまでいつまで野放しにするのかというところに興味が移ることになる。その度合いに応じて鳩山政権は人心から離れ、小沢側にシフトする度合いに応じて期待値を増すことになるだろう。

 早い話が、れんだいこは既に何度も発信しているが、高速道路の無料化マニュフェストの骨抜きを許してはならない。前原政策に従うと、元々経済振興策として打ち出された高速道路の無料化が最も経済効果が薄い形で施行されることになる。こういう風に捻じ曲げられ施行されると、他のマニュフェストに対する期待然りで大いなる失望を与え、政権交代の値打ちそのものを取り返しのつかない形で毀損してしまうであろう。

 万人一律の育児手当が施行されそうな動きを見せている。これもオカシイ。大盤振る舞いの結果は、消費税第二次値上げの呼び水になるだろう。れんだいこは早くより、奨学資金制に準じた申請制にせよと提案している。何事も無償給付ほど高くつくものはない。必要な者に国家が貸付け、ある時払いの催促なしにすれば良い。厳として貸し付けにすべきだと思う。こうすれば予算も現行予算より大幅に節約できるだろう。

 こういうことは普通に考えられることである。それなのに敢えて混乱を持ち込む鳩山政権の真意を疑惑せねばなるまい。れんだいこには、この国を破綻させるシナリオに基づく迎合政策としか映らない。これらの総決算としてまもなく米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題が期限を迎える。鳩山首相は、国家財政逼迫の折柄、米軍基地移転費用を賄う余裕はないとする立場から米軍再編を見守る政策を打ち出せるだろうか。既定方針の名護市海上案ないしは内陸案に決めて数兆円もの出費をするとしたら、そういう内閣は即刻打倒せねばならないだろう。

 社民党もオカシイ。なんで反戦平和の社民党が基地移転のあちこち世話取りまでせねばならんのか。全く狂っているとしか言いようがない。恐らく何でも反対はダメ、対案を示せ要請の結果の動きと思われる。それはその通りであるが世の中には例外もある。対案を示さなくても良い場合がある。そういう場合に対案に奔走し、対案を示さねばならない時に万年野党式反対の裏取引専門に耽るのを本末転倒ずっこけと云う。

 こういう関心をもって今しばらく見守ることにする。

 2010.03.16日 れんだいこ拝





(私論.私見)