その19−3 組織内の教育、学習活動の意義

「学習の態度に二つある。一つは、教条主義的な態度であり、我が国の状況に適用できなくても、お構いなしに手当たり次第に持ち込む。こんな態度は良くない。もう一つの態度は、学習の際、頭脳を使って考え、我が国の状況に適合したものを学ぶ。すなわち、我々に有益な経験を吸収する。我々が必要とするのは後者の態度である」(毛沢東、1957.2)。


「マルクス主義の理論に対しては、精通し、応用できねばならない。精通する目的は全く応用にある。実際問題を一つ二つ、マルクス・レーニン主義の観点を応用して説明できたとすれば、賞賛さるべきであり、いくらか成績をあげたと云える。説明されたものが多ければ多いほど、普遍的で有ればあるほど、深ければ深いほど、成績は挙がる」(毛沢東、1942.2)。


「マルクス・レーニン主義の理論と中国革命の実際を、どのようにして結びつけるのか。分かり易い言葉で云えば、『的があって矢を放つ』ということである。−−−矢を放つには的を狙うべきである。マルクス・レーニン主義と中国革命との関係は、この矢と的の関係に他ならない。ところが、一部の同士は、『的が無くて矢を放っ』て、出鱈目に射ている。このような人は、とかく革命をぶち壊しにする」(毛沢東、1942.2)。


「読書も学習であるが、応用するのも学習であり、しかも、より重要な学習である。戦争によって戦争を学ぶ−これは我々の主要な方法である。学校へ行く機会の無かった人でも、戦争を学習することが出来る。すなわた戦争の中で学習するのである。革命戦争は民衆のやることであって、概して、学び終わってから革命戦争を始めるのではなく、戦争を始めてから学習するもので、戦争をすることが学習することなのである」(毛沢東、1936.12)。


「活動経験を持つ人は、理論面に向かった学習を進め、真剣に読書する必要がある。こうしてはじめて、経験に系統性と総合性を持たせて理論にまで上昇することができ、こうしてはじめて局部的な経験を普遍的真理だと誤認せずに済み、経験主義の誤りを犯さずに済む」(毛沢東、1942.2)。


「学習の敵は自己満足である。何かを学習しようとするなら、自己満足しないことから出発しなければならない。自己に対しては、『学んで厭(あ)かず』、他人に対しては、『教えて倦(う)まず』、我々は、こういう態度を取るべきである」(毛沢東、1938.10)。


「真剣な自己批判の有無もまた、我々と他の政党とを区別する顕著な指標の一つである。我々はこう言ったものだ。家は常に掃除すべきだ、掃除しないと埃が積もる。顔は常に洗うべきだ、洗わないと、顔が埃りだらけになる、と。我々の同志の思想、我々の党の工作にも、埃がたまる。これも、掃除し洗う必要がある。『流れる水は腐らない、扉のくるるには虫がつかない』という諺は、流れる水や扉のくるるが、停止しない運動によって、微生物やその他の生物の侵食に対抗することを云っている。我々にとっては、常に活動を点検し、点検の中で民主的作風をひろめ、批判と自己批判を恐れず、『知っていることは何でもいい、いいたいことは全部云う』、『云う者は罪無く、聞く者は戒めとする』、『誤りがあれば改め、なければ更に勉める』といった有益な中国人民の格言を実行することは、まさしく、様々な政治的な埃、政治的な微生物が、我々の同志の思想と我々の党の身体を侵食することに対抗する唯一有効な方法である」(毛沢東、1945.4)。


「党内批判においては、主観的独断と批判の卑俗化を防止しなければならない。発言する際には根拠があり、批判する際には政治に留意しなければならない」(毛沢東、1929.12)。


「党内批判は、党の組織を強化し、党の戦闘力を増強するための武器である。しかし、赤軍における党内批判の若干は、そうではなくて、個人攻撃に変わっている。その結果、個人を傷つけるばかりか、党の組織をも傷つけている。これは、小ブルジョア個人主義の現れである。是正する方法は、批判の目的が党の戦闘力を増強して階級闘争の勝利を達成することにあって、批判を個人攻撃の道具として利用すべきでないと、党員に理解させることである」(毛沢東、1929.12)。


「一面性とは、思想上の絶対化であり、形而上学的に問題を見ることである。我々の活動に対する見方で、全面肯定するのも、全面否定するのも、いずれも一面的である。−−−全面肯定とは、良い面だけ見えて、悪い面が見えないことであり、賞揚は出来ても、批判はできないことである。我々の活動が何もかも順調なように云うのは、賞揚は出来ても、批判はできないことである。我々の活動が何もかも順調なように云うのは、事実に合わない。何もかも順調ではなく、まだ欠陥も誤まりもあるとはいっても、全てがまずい訳でもなく、これも事実に合わない。分析が必要なのだ。全面否定とは、分析も加えずに、事柄が全部まずいと考えることであり、社会主義建設のような偉大な事業も、幾億もの人間が進めているこの偉大な闘争も、まるで何ら語るべきところのない、目茶目茶なものだということになる。こう云う見方をする多くの人々は、かの社会主義制度に敵意を抱く人々とは同じではないにしても、その見方は非常に間違っており、有害であり、人に確信を失わせるだけだ。全面肯定の観点であれ、全面否定の観点であれ、それによって我々の活動を見るのは、どちらも間違っている」(毛沢東、1957.3)。


「我々は人民及び同志たちに、道は曲がりくねっていると告げねばならない。革命の道にはなお多くの障害があり、多くの困難がある。我が党の第7回代表大会は多くの困難を予想したが、我々はむしろもっと多くの困難を予想した方が良い。一部の同志はあまり困難を多い目に考えたがらない。だが困難は事実なのであって、困難のある限り困難として認め、『不承知主義』をとってはならない。我々は困難を認め、困難を分析し、困難と闘争しなければならないのだ。世界に真っ直ぐな道は無い。曲がりくねった道を歩く覚悟が必要であり、近道をしようなどと考えてはならない。ある朝突然、あらゆる反動派が一斉に自分から跪くなどと空想してはならない。要するに、前途に光明はあるが、道は曲がりくねっている。我々の眼前の困難はなお多く、それを無視してはならない。我々は全人民と団結し、共に努力するなら、必ずや、万難を排して勝利の目的を達成することができる」(毛沢東・1945.10)


「どのような新たな事物であろうと、成長する際には困難と曲折を経なければならない。社会主義事業の中で、困難や曲折を経ず、極めて大きな努力を払わなくても、順風に帆をあげ、やすやすと成功をおさめたい、といった考え方は、幻想でしかない」(毛沢東・1957.2)


「我々の同志は、困難なときには、成果を見、勇気を奮い立たせなければならない」(毛沢東・1944.9)


「仕事とは何か。仕事とは闘争である。そこには困難があり、問題があり、我々が行って解決する必要がある。我々は、困難を解決するために仕事をしにいき、闘争をしに行くのだ。困難が多いところであればあるほど、進んで行こうとする。このようであってこそ、立派な同志である」(毛沢東・1945.10)


「『民百姓』から軍人までの間には、一つの隔たりがあるが、万里の長城という訳ではなく、急速に無くすことのできるものであって、革命をやり、戦争をやることが、この隔たりを無くす方法である。学習と応用が簡単でないとは、徹底的な学習と、熟練した応用が簡単ではないという意味である。民百姓がかぐに軍人になれるというのは、入門は難しくないという意味である。この二つを総合すれば、『世の中に難しいことは無い。ただ決心次第だ』という中国の諺が当てはまる。入門が難しくない以上、深奥を究めることもできる。決心しさえすれば、学習に長じさえすれば、良いのである」(毛沢東・1936.12)


「現在、我々の多くの工作員の間に、大衆と苦楽を共にすることを嫌い、個人の名利に拘る危険な傾向が広がりつつある。これは非常に良くない。我々は、増産節約運動の中で、政府機関を簡素化し、幹部を下放し、かなり多数の幹部を生産に帰らせることを要求する。これはこの危険な傾向を克服する一つの方法である」(毛沢東・1957.2)


「どんな人であろうと、ある事物を認識したければ、その事物と接触するほかに、すなわちその事物の環境の中で実践(生活)する他に、解決する方法は無い。−−−知識をもちたければ、現実変革の実践に参加しなければならない。梨の味を知りたければ、梨を変革し、自分の口で試しに食べてみることである。−−−革命の理論と方法を知りたければ、革命に参加しなければならない。真の知識は全て直接体験にその源がある」(毛沢東・1937.7)


「ただ問題を主観的、一面的、表面的に見る人間に限って、どこへ行っても、周囲の状況も考えず、事柄の全体(事柄の歴史と全部の現状)も見ず、事柄の本質(事柄の性質及びその事柄と他の事柄との内部的関連)にも触れずに、独り善がりに号令をかけるが、こういう連中は、つまずくに決まっている」(毛沢東・1937.7)


「マルクス主義者は問題を見るに当たって、部分だけでなく、全体をも見なければならない。蛙が井戸の中にいて『空の広さは井戸と同じだ』というなら、それは間違っている。空の広さは井戸どころではないからだ。蛙がもし『空のある一部分の広さは井戸と同じだ』というのなら、それは正しい。事実に合っているからだ」(毛沢東・1935.12)


「我々は問題を全面的に見ることを習得すべきで、事物の正面だけでなく、その反面も見なくてはならない。一定の条件のもとでは、悪いものから良い結果を引き出せるし、良いものからでも悪い結果を引き出せる」(毛沢東・1957.2)





(私論.私見)