【ミラー記者収監、米国現代マスコミの実態考】 |
かって「ウォーターゲート事件」で米国ジャーナリズムを称賛した日本のマスコミは、こたびの「政府高官によるCIA工作員身元漏洩事件」については湿りがちである。しかしながら、事件の概要が判明するにつれ、重みを増しつつある。 この事件の概要は次の通り。2003.7月、ウィルソン元駐ガボン大使が、ニューヨーク・タイムズ紙にイラク戦争批判の記事を寄稿し、ブッシュ政権の開戦論の一つの根拠としてプロパガンダされていたイラクのウラン購入疑惑を否定し、ブッシュ政権に打撃を与えた。これに対して、ブッシュ政権の直接的関与は不明であるが、ホワイトハウスの政府高官が、報復としてガボン大使の妻バレリー・プレイムさんがCIA工作員であることをリークし、これを2003.7.14日、保守系コラムニストのロバート・ノバク氏が、ある政府高官筋情報としてコラムで明きらかにした。これに関連して、ニューヨーク・タイムズ紙のジュディス・ミラー記者(57歳)が記事にはしなかったものの関係者を取材して廻った。続いて、タイム誌のマシュー・クーパー記者(42歳)が報道した。 連邦地裁は、情報機関工作員の氏名は国家機密で、ジャーナリストに漏洩したのは連邦法に違反するとして告発したが、奇妙なことに、最も早く報じたノバク氏は免責され、取材したまま記事にしなかったミラー記者とノバク氏に遅れて記事にしたクーパー記者が槍玉に挙げられた。フィッツジェラルド特別検察官と連邦大陪審が、両記者に情報源を証言するよう求めたが、両記者は「取材源の秘匿原則」を理由として拒否した。 2005.6.28日、米連邦最高裁が、取材源の開示を拒否した米記者二人を有罪と判定した。同7.6日、ワシントン連邦地裁は、米中央情報局(CIA)工作員の身元をメディアにリークした政府高官の指名公表を拒否したとしてミラー記者に対し、法廷侮辱罪で収監する決定を下した。連邦地裁に出廷したミラー記者は、改めて証言を拒否した為、直ちに収監された。ミラー記者は10月末までの4ヶ月間拘束されることになる。ミラー記者は、「秘密を守る信頼がなければジャーナリズムたりえず、自由な報道はありえない」としてジャーナリズム魂を貫き、そして収監された。 一方、同じく証言を求められていたタイム誌のマシュー・クーパー記者(42歳)は、ワシントン連邦地裁の大陪審で情報源の開示を拒んでいたが、7.6日に情報源から許可が得られたとして証言に応じる意向を表明。同日の審理で、大陪審で政府高官の氏名を証言すると述べた為、収監を免れた。タイム誌はクーパー記者の取材メモを提出した。 二つのメディアが情報源秘匿について対照的な態度を見せたことになる。米国では、州法では「情報源の秘匿」が権利として認められているが、連邦法にはその規定はない。判例上も認められていない。しかし、メディアに情報源の秘匿の権利を認めないとする司法判断が議論を呼ぶことが必至だ。 「取材源の秘匿原則」は、情報提供者の利益を守り、メディア側の信頼性を確保するために必要とされてきた。これに対し、「メディア側の取材源の秘匿原則を理由とした情報源秘匿は、真実性の立証責任を免れており、不利益を蒙った側の反証の機会を奪っている。報道の自由は必ずしも情報源の秘匿を保障するものではない」との反論も為されている。 そういう法律論もさることながら、こたびの「政府高官によるCIA工作員身元漏洩事件」は、ブッシュ政権に敵対的な動きに対する権力犯罪であることにもう一つの問題性が認められる。最近明らかになったところによると、情報を漏洩したのは、ブッシュ大統領側近のカール・ローブ政治顧問兼次席補佐官であることが判明した。つまり、ブッシュ政権の中枢の要人が、国家機密漏洩の犯罪を犯した政治スキャンダルということになり、これが不問にされるとなると法治主義の原則が危うい。 マクレラン大統領報道官が2年前に補佐官の関与を明確に否定していた経緯もあり、ホワイトハウスは苦しい立場に追い込まれた。ブッシュ大統領は過去に、漏えいに関与したスタッフを解任する意思を明確にしており、捜査の進展次第で責任を免れ難いことになる。いずれにせよ、米国ジャーナリズムは息絶え絶えということになろう。 2005.7.12日 れんだいこ拝 |
(私論.私見)