はじめに
 歴史の聴診問で次代に遺すれんだいこのブログ綴り
左往来 人生&社会学院
active thinking ! forahead Mylife and Ourlife
共生主義者の為の人民大衆的共有摩天楼万華鏡サイト

 (最新見直し2006.8.19日)

■はじめに

 このサイトをご利用の皆様は、あらかじめ次のコーナーにお目通し下さい。

おいでまぁせメッセージ
「左往来人生学院」開設の趣旨とご挨拶
「左往来人生学院」の自画自賛と私の解答の特徴について
このサイトの利用方法と検索.投稿の仕方
投稿者のマナーと要領及び確認について
れんだいこよりのSOS
れんだいこ論文自薦の弁


おいでまぁせメッセージ (ニシオノユウコ作)
 「左往来人生学院」へようこそいらっしゃいませ。 you,re welcom サイトは、私自身が生きていく上で興味を覚えた事柄と、必要であると思われる知識の備忘録にしております。大半が工事中で、これからもどんどん工事して行く予定ですので永遠に未完成になります。隠さねばならないもの、失うものは何も持ち合わせていませんので、ご自由にご散歩下さい。

 
一般に、良い本と普通の本との違いはどこにあるか。それは、良い本は何度も読み返され、普通の本以下のそれは一度目を通すと読む気がしなくなることにあります。れんだいこの「左往来人生学院」は何度も読み返されるホームページにしたい。

 当サイトの特徴として、世の中のことをノンタブーNONTABOOで考えるディスカッションサイトにしようとしており、各界のフィロソフィアン熱血士の結集を志しています。ご遠慮なくご参加下さい。但し、今のところ掲示板の準備が出来ておりません。費用とか容量とか更新期限とかが不明で目下研究中です。設置の仕方等々ご教授願えれば幸いです。
 (このたびH氏のご尽力により、表掲示板「左往来人生学院」、裏掲示板「居酒屋れんだいこ」、課題別掲示板各種が生まれました。ご利用ください)。

「左往来人生学院」宣言
一ッ  勇まんとする者よ来たれ!、きっとあなたを充足させて見せよう。
一ッ  励ましあわんとする者よ来たれ! ここが桃源郷コミュニケ広場だ!
一ッ  悩める者よ来たれ!、傷ついた魂を癒す湯治場がここにある。
一ッ  本サイトのれんだいこ文はリンク・引用・転載フリーです。ご自由にご活用ください。

 ここに本当の智恵がある。ほおばろう!気に入ったら口コミ頼むね。          



「左往来人生学院」開設の趣旨とご挨拶
 悩める民よ、我が「左往来人生学院」へ総結集せよ!

 ここでは、世の中の様々なことをノンタブーで問いかけ合うことを目的としている。そういう掲示板が欲しかったのだ私は。とうとうこうして世に出すこととなった。パソコンを使うとこういう芸当が出来るという世の中の進歩に秘かな感動を覚えている。誰かに期待しつつ日が暮れるよりは、とにかく自分で作っちゃえという思いのままにとにかく立ち上げた。出来映えに不足が有れば、どんどん不足無きよう改めるつもりだ。

 考えても見よう。現代人は、はたして昔の人に比べて、少しでも生き方上手になっているのだろうか? 確かに我々は、物資と知識と情報の豊かさを得て「頭でっかち」になってはいる。そのわりには、相変わらず下戸な生き方しかしていないのではなかろうか、なぜなの?

 私も含めて人は皆悩みを抱え、社会の諸々の欠陥に気づくことがあるものの、「ではどうすれば良いのか」となると妙案が無い。何とか人生を漕ぎ泳ぎ続けてはみるが、気づいたときには、「次は棺桶前駅―」とアナウンスされてくる声に臍(ほぞ)をかまされる。これが我らが人生ではなかろうか。飽く事無く繰り返されるこうした生の費消は全く生産的でないように思われる。

 私はずうっと考えてきた。こういうことを考えるヒマがあったらカネ儲けにいそしむべきであったかも知れない。その方が良いのかもしれん。なぜなら、この種の問いかけは解答のない世界だから。が、私は拘って生きてきた。それが私の私たる所以なのだろう。

  我々の生命は、「稼動人生50年」のレールの上にあると思われる。このレールの巾と長さに限定されてうごめく我々の一生の値打ちは、はたしてどこにあるんだろう?  私が 自問自答して漸く辿り着いた結論は、人の一生の意義はお互いの人生への感化であり、人に良い影響を与えることにある!、しかない!  つまり、良きコミュニケーションの交通こそ目指せということになる。漠然としているけど、一見価値のありそうな他のものはもっと儚(はかな)く、又は目的とはならないものばかりではなかろうか。このことを強く主張したい。
 

 付言すれば、この「稼動人生50年極力充足人生」を認めたがらない輩が神秘主義に道を開き、「輪廻転生」あるいは又「生命の復活」を夢見る。私は、そういう考えを虚妄と見なす。そういう考えを受け入れる者を欲どおしいと思う。「生命の再臨」思想は、我らが頭脳が神を生み出したと同じ構造での思惟の飛躍と見なす。我らに肝心なことは、現実が少しも意のままにならず、如何に虚無的な感慨を覚えさせられようとも、あくまでここを生産的にせねばならないということであろう。つまり、彼岸思想は間違いであり、此岸思想に立たねばならないということだ。

 従って、結論はこうなる。「面白くも無きこの世をば面白く」生きんが為に各自すべからく奮闘せよ! そしてこうなる。お互い一人で出来る力は知れている。汗と叡智をリンクさせよ!

 と云う訳で、ここにコミュニケ広場を用意した。ここでは自由討論を通じての人と人との相互作用が企図されている。以上、趣旨ご理解賜りご利用頂けますれば本望この上ない。

 なお、当掲示板の管理人としてのれんだいこの立場を明らかにしておきます。れんだいこは、皆様方の投稿の交通整理役ないしは切磋琢磨役あるいは名コック役として登場しようと思っております。管理人にそれ以上の権限(スポーツにおけるアンパイヤのようなそれ)を持たせようとは思いません。身の回りに通用させる場合には許容されるものでも、広い世間に出れば自ずと尺度が違うべきだと考えます。子供が大人になるとは、このことを知る過程でもあります。インターネット世界で、更にその掲示板世界で恣意的な著作権如意棒を振り回す権限なぞ誰も持ちえてよい訳が有りません。

 ところが、自身が設置した管理人である以上煮て食おうが焼いて食おうが勝手でせう的な、「朕が天下、法律なり」の見識で規制の網を設け、これを自認する弁を得々と披瀝される場合があります。それを追認する周囲も問題ありでせうが、そうした手法は、それが趣味系のものならいざ知らず、人生を問い世の中を問う掲示板に有り得て良いわけが無いとも思う。なぜなら、世の意見を幅広く交差させ、自ずと浮上する識見こそ互いが見つめ合わねばならないからであります。

 互いの意見は、例え似たような意見であろうとも、細部まで確かめれば論拠が微妙に違う。この部分を忌憚無く意見を交差させること、この作業を通じて互いの認識を広げ深めることこそコミュニケーションの醍醐味である。ひとたび公共空間に投ぜられた掲示板は、それ自身が生き物であるべきだ、という観点が欲しい。


 更に補足。最新の動きとして、「稼動人生50年極力充足人生」を阻害する勢力として現代サヨソフィストの存在が明らかになった。この輩はフェチ的に知を弄び、知の統制主義に道を開き、「道理と教養」を説教する。私は、そういう姿勢を変態と見なす。まさに、かってソクラテスが指摘した「無知の知」に至らない知のひけらかし人が、「平和と民主主義」、「よりましな資本主義への社会改造」を呼びかける時、偽善論を積木細工しているに過ぎない、と思う。

 「道理と教養」に基づく「平和と民主主義」、「よりましな資本主義への社会改造」思想は、実践的に何らの解決策をもたらさないが故に暇人以外には用がない。我らに肝心なことは、現実が本質的にカオス状況にあることを深く洞察し、手探りで有益な思想を集積していくことではなかろうか。一人では出来かねるから共同して紡ぎださねばならない、ということなのではなかろうか。つまり、現代サヨソフィスト思想の空中楼閣に騙されること無く、今こそフィロソフィア思想に立って営為努力せねばならないということだ。このことを追伸しておく。

 2001.9.22日 れんだいこ拝
 2006.8.19日、サイト名称「左往来人生学院」を「左往来人生&社会学院」とすることにした。以下、書き換える。ちなみに、次のように変遷してきた。「人生学院」→「左往来人生学院」→「左往来人生&社会学院」 これ以上長くなるのは困るので当分これで行こうと思う。

 2006.8.19日 れんだいこ拝


「左往来人生学院」の自賛と私の解答の特徴について
ニシオノユウコ作
 当サイトはディスカッションを目指しています。あるテーマを起点にして次第に論議の深化と論点を明確にしていき、今後の叩き台としての資料を整えていくことに意味を見出しています。なお、主宰者の私も一投稿者になる予定です。もし、論議が進み次第に論点がずれてくる等整理が必要になった箇所については、掲示板上においてあるいはメールでご通知下さい。私の能力と時間の許される範囲ではありますが仕分けさせて頂きます。

 私自身楽しみながらこのサイトを活用していくつもりです。エヘン。皆様方は私の投稿の一つ一つに値打ちがあることに気づくことになるでしょう。なぜなら、議論の一つ一つが先ほど述べたような問題意識を人一倍強く持って娑婆生きしてきた私の人生の経験から生み出される結晶だからです。不充分な面.も多々あると思われますがキラリと輝くものもある筈です。凡庸なものではないことに自信が有ります。もっとも私の議論内容こそが当たり前なのですけどね。

 どこがどう白眉なのかをあらかじめお伝えしておきましょう。一つは、私は悩みの根源に人間そのものの存在にまつわる不可知性を見ており、だからありきたりには応答しないつもりです。議論の中に悩みを共にした私自身がいることがおわかりいただけるでしょう。

 一つは、私は社会制度上の不如意に関心を払っており、当然そういう観点からの回答が為される筈です。通常為されるこの種の議論には社会との関連付けが意識的に遮断されており、いろんな事情があるにせよ私を満足させるものでは有りません。

 一つは、私は思想を重視しています。人が通常思っている以上に思想は大事と思っているからです。思想という表現を難しく受止める方は、あなたが処世的に採用している論理と考えてください。例えば、自分だけの幸せを求めるのか、みんなと共々の幸せのほうが良いのか、その際の公私の割合をどの程度と踏んで処世していくのか、というあなたの了解の仕方のことです。意識するにせよ無意識にせよ、人はみなこの論理を、交通信号のような意味での導きとして生きているように思います。

 私は、そうした処世的な論理の体系化されたものを思想と了解しています。この思想は余程大事と考えています。但し、思想に絶対性を持ちこむことは致しません。私は、思想も又個々人の気質に深く関わっており、十人十色の志操に従って受容されているとみなしているからです。

 一つは、ノンカーテン・ノンタブーで回答することを決意しています。よくある奥歯にものがはさまった状態のままにコミニケーションすることを忌避致します。当たりさわりのない穏和無内容よりは腹の足しになる議論の展開を試みようと思っています。その理由は、単に腹蔵なく話し合う方が私の性に合うからです。これを独り善がりの精神と捉えられては私の思いが届きません。私の性に合うことは他の人にも合う蓋然性が高いか、又は、他にも同じような気持ちの人がいるという普遍性に裏打ちされているものと私は確信しているのです。

 このことは流行歌で裏付けられるように思います。私だけに良い歌などと云うものはめったになく、私が良いと思ったその時代の歌は他の方にもそうであるが故に一世風靡するという構造になっているように思われるからです。これを、情緒.思想の伝播的本質性とみなすことが出来るように思います。

 従って、当サイトでは、不偏不党とか中立的、妥協的、折衷的発言は意味を持ちません。むしろ、当り障りのある課題を見つけ、議論を展開したいと思います。議論の流れについてはこう考える。各自の主張は、究極的には各々のパラダイムというこうとになるかと思われるので、白黒明らかにするというより、パラダイム差を前提にしつつもより精確な認識を求めて議論を取り交わすことを良しとしたいと思っています。

 一つは、今私は、情報洪水の中で取捨選択の必要を痛感させられています。考えようによっては、今日の大衆社会には意識的な情報操作が仕掛けられているとも考えています。ゆえに今肝心なことは、現在の私たちを取り囲む状況をできるだけ正確にキャッチすること、事実と真実に対して被せられているヴェールを剥ぎ取ること、最新最良の学問的成果を披瀝し合い、吸収し合い、これらを基にして諸事を認識しなおすことが必要ではないか、と考えています。甘いだけの話や庇い合いを避け、歯に衣きせず、あらゆる欺瞞的虚構と真相隠蔽に闘いを挑むことは、この意味で必要なのです。このことが非常に大事な局面にあると考えています。

 このHP「人生学院大討議場」は以上の観点より回答が為されていくことに特徴があります。未だ不充分なままの謗りを覚悟しつつ、私の畢生の気づきをここに伝言させていただこうと思います。宜しくご利用賜り共々に盛り上げて下されましたら本望です。



このサイトの利用方法と検索.投稿の仕方
ニシオノユウコ作

☆ このHPの利用方法は次のようにシステムアップされています。

☆ ご利用料は無料ですのでご安心下さい。
☆ カンパについては有り難く頂くべく「賽銭箱投げ銭方式コーナー」を設けております。ご参照下さい。
☆ 有志による「会員コーナー」も有ります。

 (―只今思案中、出来ておりません―)

利用方法(一)クリック到達方法

大見出しコーナー  まず、あなたはトップページ左フレームの中から■大見出しコーナーをクリックして下さい。ここで全体の仕組みが閲覧できます。任意なコーナーをクリックすれば■大項目コーナーに入ります。
大項目コーナー  あなたが選択した通りのそれぞれのコーナーに入ります。更に任意なコーナーをクリックすれば■中項目コーナーに入ります。
各項目検索  ここで、■中項目→■小項目→■確定項目へと、あなたのお探しの項目の最終地点まで更にクリックして下さい。次第にあなたの目的地へと辿り着くことができます。
投稿文管理一覧  ■確定項目のコーナーには過去の投稿文のうち採用された投稿文の■既投稿文管理一覧表が整理されています。あなたは任意の■投稿文をクリックすることで閲覧することが出来ます。
RE投稿文コーナー  ■既投稿文に対してあなたの意見を述べることが出来ます。■RE投稿ボタンをクリックして下さい。■RE投稿はツリー化していくことになります。
新規投稿文  あなたが別の視点から投稿しようと思った時は、トップページ又は■既投稿文コーナーに用意されている■新規投稿ボタンをクリックして下さい。あなたの投稿文が基点のスレッドになります。

 順次この繰り返しとなります。



 利用方法(二)いきなり到達方法

管理コードqナち込み

 掲載された投稿文には■管理コードbェ付けられています。トップページに頭出しコーナーを設置しています。ここにお気に入りの■管理コードb打ち込んでおきますと、クリックするだけで、いきなり該当投稿欄に到達することができます。ご活用ください。とても便利な筈です。とはいえ只今工事中です。 

 只今工事中です。悪しからず(ニシオノユウコ作)    


 利用方法(三)既投稿文管理一覧表活用

最新投稿文50掲示板 あなたの投稿文は■最新投稿文50掲示板に掲載されます。規定オーバーしますとお蔵入りとなり保存されます。
投稿文管理一覧表 あなたの投稿文の内容が新規有効な視点を持っていると認められた場合には■管理コードbェ付けられ所定ヶ所に収納されます。但し、管理人が忙しくなった場合放置されることもあり、その節は催促してください。


投稿者のKのマナーについて ニシオノユウコ作
2001.8.28日に投稿者の方へコーナーを設け、重ねて表示し説明しました。是非目を通して下さい。


れんだいこよりのSOS ニシオノユウコ作

 2000年3月15日 作成

 急遽一念発起して、慣れない手つきで、HP開設に取り組んでいるものの判らないことだらけです。どなたかアシストをお願いいたします。とりわけて、次のことに智恵を分けて下さい。
 当サイトに相応しい掲示板、アンケート板の作成の仕方が判りません。素敵なオリジナルものを作りたいのですが、ご指導願えませんか。とりあえずEメールで電信下されば幸いです。
→只今H氏よりご提案頂きました。これを使いこなしてみます。ご協力有難うございます。
 その他お気づきの工夫点をご指摘して下さい。その際提案まで頂けましたら有り難いです。
 このサイトは、私の畢生の遺言のようなものにしたいと考えています。同じように遺言化したい同士の方がおられましたら、どうぞ編集部まで御結集して下さいませ。


 自己悦楽的に構想してみたもののサイトが膨大なものになりそうな気配です。果たして容量とか記録年限とかはどうなるのだろうかという不安もあります。ママよやってみなはれというココロです。悪しからず。 


【「れんだいこ論文集」について】
 2003.6..14日現在、本サイトの「れんだいこ論文集」はbR5を数えるようになっている。今後ますます増える気配がある。この辺りで、「れんだいこ論文集」の観点と意義、今後の方向性を明示させておこうと思う。

 まず観点について。れんだいこは、本論文を思想の陶冶の為に提供せんとしている。それが権力からであろうが右、左からであろうが、公式主義的統制主義的恭順説法的な話が巷に溢れすぎており、その傾向を拒否しようと思うからである。つまり、「思考、思惟、思想のルネサンス」の培養土とならんとしている。

 次に意義について。れんだいこは今現在50有余才、この間気ままな雑学を楽しんできたが、有用な知っておくべき知識については情報洪水の割には案外と流布されていないことに気づいている。そこで、れんだいこ自身が勉学を兼ねて有益有用な知識を明示しておき、その共有を目指そうと思う。つまり、「知識及び経験の人民大衆的共有」の培養土とならんとしている。

 最後に今後の方向性について。れんだいこは、ますます意気盛んに「れんだいこ論文集」の充実を目指そうと思う。その際、それぞれが独立しつつ且つ関連しあうようなものにしていきたいと思う。つまり、「摩天楼万華鏡サイト」たらんと欲している。
 2003.6..14日れんだいこ拝
 もう一つ気づいた。世界的版画家・棟方志功が版画空間に見出したように、れんだいこもこのインターネットサイトを版画に見立てて、彫り刻み着色し日夜作品創造に向いたい。違いが有るとすれば、その出来栄えを版画のように飾ることは出来ないということか。それは仕方ないにせよ、棟方志功的偉業に向いたい。

 2003.8.24日 れんだいこ拝
【「れんだいこ論文集」の構成について】
 れんだいこ論文の体裁がほほせ確定した模様なのでここで説明させていただきます。

 まず、トップページで対象名とそのコード(但し、コードは今現在既に不整合になっておりますので特段の意味はありません)を明示します。内容が多岐にわたる場合には目次を設けて更に中項目で必要枠をつくっております。中項目は更に小項目へと向かう場合も多々あります。

 最終サイトで、れんだいこ論文を書きつけております。れんだいこ見解を明記する場合には、
(私論.私見)で述べようと思います。既に書き上げている文章の場合必ずしもそうなっておりませんが、今後においてはこの形式で明示しようと思います。

 末尾は以下のような体裁で括ります。




(私論.私見)

 この下に、任意に引用及び転載したものを貼り付け、次回の見直しの際に読み直し、咀嚼できるところは咀嚼して取り込もうと思います。但し、この部分に付き「無断転載批判」をいただくこともあり、そういう手合いの方のサイトからは極力取り込まないようにしたいと考えております。それでも転載しておきたい文章に対しては、引用元明記とリンク掛けを怠らないようにしたいと思います。

 従って、「リンク、引用・転載むしろ歓迎フリーサイト」の同道人を求めながらの行脚に向かう事になります。

 2004.2.11日 れんだいこ拝



「リンク、引用・転載むしろ歓迎フリーサイト」表記の訂正について】
 れんだいこは、我が「左往来人生学院」サイトを「共生主義者の為の人民大衆的共有、当り障りのある重口摩天楼万華鏡サイト」と銘打ち、この観点を受け継ぐ形で「リンク、引用・転載むしろ歓迎フリーサイト。同道人求む」と表記してきた。

 ところが、jijiji氏より2004.3.5日付け投稿をもって「転載むしろ歓迎」表記を改めるよう要請されるところとなった。氏曰く、「無断転載禁止」としているにも拘らず氏のサイトがれんだいこに転載されており、それも含めた形での「転載むしろ歓迎」とはこれ如何に、という批判であった。れんだいこは、その該当箇所を指摘すれば適正に判断して対応する旨返答したが、「自己責任において探し出し訂正せよ」なる回答であった。

 れんだいこは生産性無き押し問答は無用と考えるので、これに対し次のように措置する事にした。
 「リンク、引用・転載むしろ歓迎フリーサイト」の表記を次のように訂正する。「リンク、引用むしろ歓迎フリーサイト、同志求む」、「れんだいこ地文につき転載むしろ歓迎激励サイト」という二段構え表記することにした。
 既取り込みの転載文に対し、引用元明記、リンク掛けに失念なきよう探索することを開始する。
 「インターネット上のリンク、引用、転載」に付き考究を深め、今後の指針作りに向かう事を自らに課した。

 
jijiji氏との遣り取りの教訓を上記3か条方向で生産的に処理する事にした。

 2004.3.18日 れんだいこ拝
 「れんだいこ地文につき転載むしろ歓迎激励サイト」を「れんだいこ地文につき転載歓迎むしろ頼むのこころ」と表記替えした。

 2004.3.21日 れんだいこ拝




(私論.私見)