2014.8月 |
(最新見直し2014.5.1日)
(れんだいこのショートメッセージ) |
ここで、2014.8月度のツイッターを整理しておく。 2014.5.1日 れんだいこ拝 |
天木 直人がブログ「石破に反撃された安倍首相の狼狽」で、石破防衛論支持の立場から安倍防衛論を批判し、「政局よりも安倍集団的自衛権の馬鹿さ加減が浮き彫りになるという意味で面白いのである」云々。れんこには天木の馬鹿さ加減が浮き彫りになり、この調子では誰も相手にしなくなるのでは思う。
安倍政権の内閣改造で石破の処遇を廻って揉めている。石破が俺様のバックにはユダ屋様がついているんだぞと威嚇して横柄な態度しているところが嫌らしい。安倍ご一統にもユダ屋様がついているんだけれども石破のバックの方の毛並みが強いらしい。そういう争いをしている訳だがやってられねぇなぁもう。
ホロコースト原義考に「take_tk」さんのフォローが入ったが全体としての反応は弱い。これはどういうことか。「ホロコースト原義考」が駄文だったということか。実は違うんだな。かなりレベルが高いプロ級の中身なんだな。それにアマがついていけないだけのこと。かく了解するれんこは不遜か。
そういう逆噴射政治構図上で何がしかまじめそうに論ずること自体が性に合わない。例えば原発撤退、真エコエネ急速転換以外に政策がないのに、原発基調のあれこれの政策論議を真剣にすることのおふざけに付き合いきれない。そういう議論ができる者が羨ましい。
今はまだ誰も指摘していないが福島原発事故対策の制御不能ぶりからして東京オリンピックなぞできる訳がない。ひょっとしてもっと最悪の事態が待ち受けている。このことがはっきりしているのに政治がやっていることは逆噴射ばかりである。福島から目をそらして急がなくても良いことに急いでばかりいる。
「なお、れんだいこは以前はまともなことも言っていましたが、最近ではユダヤ陰謀論にはまって完全にトンデモ化しています。なんと西岡昌紀(!)の否定論を真面目に信じているらしく、ここまでくるともう治療不可能と思われます」とある。これはアホウ評論の見本の謂いである。わからんやっちゃ。
れんだいこが何故にガザホロコーストに釘付けになるのか。それは、ここを正確に抑えないと戦後史が分からないからである。パレスチナ紛争史こそ戦後史の中心であるという風に捉え見守る歴史眼が要ると思う。これがない歴史家ばかりだけれども。そういう歴史家を何人寄せても役にたたん。
日々の政治、政策、声明で後世の評価に足りるものはない。そういう日本が久しく続いている。それでも国、社会が持つと云うことは、よほど平民が優秀なからだろうと思う。これだけ壊され続けているのに、あくことなく修理修復に勤しみ続けている。いっそのこと平民が権力とれば良いのにと思うのに。
8.18日、茂木経産相が九電に対し川内原発の再稼働を指示した云々。福島原発事故処理がますます混迷を深めつつある中での原発稼動指令となると誰でも分かる政治犯罪である。議会制がこういう政治家、政府を生み出す装置になっている。不正選挙問題もあり近代的議会制の終焉だな、と確認したい。
法王が従軍慰安婦問題に関心を寄せ問題化を後押ししている。これはかなりの政治主義的な動きであることを確認しよう。キモは法王のガザホロコーストに対する態度にある。特段の声明を発していない。と云うことは間接にイスラエルの蛮行を支持しているのではないのか。とんだ食わせ者であろう。
マスコミが「ローマ法王、南北朝鮮の和解呼び掛け」とかなんとかで好評しまくりしているが、ちょつと待て。ローマ法王がそれ以上の熱意でパレスチナの平和と和解を呼び掛けているのかどうか。知らんな。パレスチナ問題にダンマリでは具合が悪くて、代わりの「南北朝鮮の和解呼び掛け」ではあるまいな。
れんこは基本的にテレビを見ない。内容がばかばかしいからである。外国ニュースを見ていたが、ガザホロコーストの隠しぶりで熱が冷めてしまった。向こうでも日本ほどではないが操作されまくっているのを知った。よってますます遠ざかることになった。代わりにやっぱ囲碁が面白いな。つおくなりたいな。
それにしても韓国にはユダヤ教ナイズ化されたキリスト教徒が多いようである。日本のキリスト教徒はそれほどでもない。この差を社会学的に探求するのも面白かろう。いっそのこと日中韓台朝の比較で確認しておきたい。格好サイトがあれば教えてくだされ。
ローマカトリック教会のフランシスコ法王が韓国を訪問し、人気を得ようと得まいと、従軍慰安婦問題を取り上げようと上げまいと、世界平和を祈ろうと祈るまいと、それは自由。問題は、直近のガザホロコーストにどうコメントしているのかである。この問題にノーコメントの世界平和云々を奇妙と受け取る。
史書は多々あれど「戦前否定、戦後肯定」の観点からのものばかり。たまに「戦前肯定、戦後否定」のものがあるが皇国史観からのものである。共に役に立たない。「戦前否定、戦後否定」の第三観点史書を生み出したいと思う。擁護すべき歴史の琴線を持っているから否定できる。ここが私の立ち位置である。
昨日の69回目の終戦記念日8.15を経て思った。目下の好戦化は論外として従来の不戦の誓いでは弱いのではなかろうか。先の大戦の内実を精査し敗戦以来蒙っている国家的損傷を見つめ自立自存の日本をどう取り戻すべきかも問わねばならないのではなかろうか。英霊の義死を活かす不戦の誓いでないと。
理研上層部の野依が変調過ぎるので調査を要する。野依は「STAP細胞研究プロジェクト」解体を請け負っているリモコンのように見える。野依批判の論調の中に、「STAP細胞研究プロジェクト」解体策動の生ぬるさを指摘する側からのものがある。こうなると無茶だわな。同じ野依批判でもマ逆だわな。
理研の笹井氏の死亡は事実だが、まずは変死として受け止め、その後の調査により自殺、他殺、変死とすべきではなかろうか。中川(親)、中川(子)、松岡農相などの場合も含め、いきなり自殺として受け止めるべきだろうか。理研上層部の「痛恨の極み」は何を痛恨としているのか、本音が分からない。
2014ガザホロコーストが一段落した模様である。ネット情報で実態が漏洩された。それにより国際ユダ屋のなんとも徹底した残虐的攻撃性が露わにされた。連中は被虐宣伝はうまいが手前たちが為した惨劇については口チャックする。これが悲劇の民の正体なんだな。何度も通用させてなるものか。
いったいパレスチナ難民に何の罪があるのだ。数千年来住んで来た地を、ここは俺たちの土地だと云って追い出され抗う者はなぶり殺しされ、追い出しは今日まで続いている。この追い出し理由と手法にユダ屋特有の癖がある。日本政府は角栄の時を唯一例外としてユダ屋に加担している。角栄は偉かったな。
ガザの国連運営避難所となっている学校がイスラエル軍の攻撃を受け、これが三度目だと云う。電気水道ガスのライフラインが意図的に破壊されている。病院も然り。こういう攻撃をする連中がユダ屋以外にいるだろうか。悲劇の人道の民として宣伝することだけはうまいが連中の正体を知る良い機会であろう。
ガザホロコーストへの関心から衛星放送海外ニュースを見るが、日本のテレビ局の隠蔽よりはマシなものの少し触れる程度でマレーシア航空機撃墜事件やウクライナ騒動その他に時間を割いている。してみれば何も日本だけではなく世界的に情報統制されているんだな。ガザホロコーストで改めて分からされた。
「ガザの避難者は20万人を超えた」はUNRWA(国連パレスチナ難民救済機関)の施設に避難している人たちの数であり、実際はこの倍以上である。東京23区の半分の面積しかないガザに爆弾が雨あられと降り注ぐ。安全な場所なぞない云々。この「ガザホロコースト」が許される不思議。
結局、日本のジャーナルは国内的な一等級の政治課題である原発問題に背を向け、国際的な一等級の政治課題であるガザホロコーストに背を向け、政治までも芸能ニュース化させて明け暮れているんだな。小さなことに目クジラ、大きなことにほお被り。上から下まで飼い慣らされて繋がれているんだな。
日本では罰が当るとか、お天とうさんが見ているとか、天網恢恢疎にして漏らさずとか、因果応報とかの教えにより、報復にもやり過ぎを戒めて手加減するのが普通だが、国際ユダ屋は逆で、ヤルかヤラレルかヤルなら相手の足腰が立たないよう徹底してヤルのが良いとしておりマ逆だな。呪われるべきだろう。
イスラエルによるガザホロコーストにつき、焼き殺すなりのわざわざむごたらしい殺し方をしているが、これにはどういう理由があるのですかと問うジャーナリストはいないみたいだな。国際ユダ屋は殺し方、遺体の捨て方にも等級をつけているようで、可能な限りなぶり殺しにせぬと気がすまんことが分かる。
ガザホロコースト史が刻まれている。ナチスホロコーストはどこまでが真実か分からないがガザホロコーストは今現に起っていることである。それにしてもわざわざに残忍過ぎる虫けら扱いの殺し方である。ナチスホロコーストでの同情の民こそが実は正真正銘のホロコースト犯であることを歴史に晒しつつある
日本のさる昔の敗戦が、こういう風に戦勝国側のエージェント活動する政財官界をつくり競って奉仕活動するようになるんだな。これが後遺症であり副作用である。考えてみれば敗戦が単なる敗戦で終わる訳がないわな。この構図を見ずにと云うか踏まえずに戦後民主主義論であれこれ論評できる者は幸せだな