カンテラ時評5(121〜150)

 (最新見直し2007.7.12日)

 (れんだいこのショートメッセージ)

 2007.3.24日 れんだいこ拝


Re:れんだいこのカンテラ時評その121 れんだいこ 2005/10/28 14:08
 【「小ネズミ的政治的サイコパス」考】

ryoさんちわぁ。こちらに振ります。サイコパスの心がどのようなものであるのかの議論になって参りましたが、れんだいこは一般的に論ずる能力はないので政治的サイコパスについて考察してみたいと思います。

 れんだいこが興味を覚えているのは「イエスの荒野問答」です。これについて再検討してみようと思います。

 概略は、イエスキリスト論(religion_christ.htm)の履歴その1(religion_christ_rireki.htm)に記しました。

 れんだいこの思いはそこで確認いただくとして、この時の「悪魔との思想問答」はかの昔から連綿と続いており、今の世でもあるのではなかろうか、と見立てております。最簡単に言うと、お前に権力とお金とその他この世の栄耀栄華を与えよう。しかし、以降は私の下僕になり言うことをきくか、という囁きにどう対処するのかというものです。要するに「但し、心を売れ。イエスかノーか」という問題だろうと思います。

 この契約にサインアップするのかしないのか。イエスはかの時、それを蹴った。こういう人は少ない。ここにイエスの凄さがある。生活レベルのことなら人は誰しも多少なりとも応法して生きているのでせうが、イエスに問われていたのは最高度の宗教的命題に対してであり、ここを曲げると全てに絡んでくることを察知したのでせう、イエスは蹴った。

 れんだいこは、イエスキリスト教の原点はここにある、と思っております。よって、イエス教徒なら余計にこの教祖のひながたを辿り、悪魔の囁きに動じない精神の自律を持つことこそが信仰の始まりではないのか、と思っております。

 いわゆるキリスト教はこの考察をしない。なぜなら、イエス教はその後キリスト教となり、国教的地位をえることにより体制化し、その限りで今度はいつしか悪魔側に廻ることになり、この問題を考察することが不都合になったからである、と考えております。こうなると、「悪魔との思想問答」は、大なり小なり組織一般につきものの普遍問答になるのかも知れません。

 問題は、サインアップした連中のその後がどうなったかです。約束通りに権力とお金と地位を与えられました。その代わりにエージェントを誓約しているからして言いなりを余儀なくされ、これに楯突こうものなら一挙に全てを失う仕掛けの中に生きることになります。実際、約束に反すればテロられたり社会的地位を一挙に失う。

 れんだいこなぞは味気ない人生だと思うけれども、権力とお金と地位こそ全てと思う人も後を絶たない。思えば、日本人が育んできた武士道とは、このあたりに於いては潔癖な倫理観を持っていたのではなかったか。今はそれが廃れているからエージェントまみれの世の中になっている。

 この状態に置かれたエージェントに心があるのか無いのか、という問題は案外難しい。小ネズミのようになんのわだかまりもなく、お陰さまで約束通り権力を掌中にさせていただきこれほと感謝することはない。今後も精力的に頑張りますので宜しく云々で嬉嬉としていられる者も居る。逆に、これ以上は悪事に手を染められないと悩み始める者も居るのではないでせうか。

 どちらにしても、ひとたびエージェント契約に応じた者達の心の中は惨めはなかろうかと思うのだけれども。そういう心理が屈折して裏表の有る隠微な行動をし始めることになるのではなかろうか。政治的サイコパスの社会的要因はここにあるのではないかと思っております。それを思えば、政治病理学なる学問を生み出し、このあたりを問うべきでせう。社会心理学が全盛ですが、政治病理学に向わないその種の学問が真っ当なものなのかどうか。

> 20世紀の中葉までは、心を売り渡すかどうかが問題でした。現代では心があるかないかが問題になっています。

 という問いかけは意味が有りそうであんまり無いとも思います。「心があるかないかが」の有る無しにも人によって微妙に差が有るのではないでせうか。そこを集団的に且つ個別具体的にも見ないといけないのではないでせうか。

 気になることは、「心を売り渡すかどうかが問題」が「心があるかないかが問題」に至るまでの定向進化の問題です。そこまで嵩じているということでせうか。れんだいこ的には少しオーバーランな気がします。

 2005.10.28日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その122 れんだいこ 2005/11/05 20:46
 【増山榮太郎氏の「角栄伝説ー番記者が見た光と影」を評すその2】

 増山榮太郎氏の「角栄伝説ー番記者が見た光と影」が市販されたようである。改めて読み直してみて値打ち物であることが分かったので、続評を書き付けておく。

 「角栄−大平連合の政治史的意義」という考察は極めて意義が高いが、れんだいこの知る限り未考察の課題である。れんだいこが観る限り、表見的なあらゆる挟雑物を取り除いたときに見えてくる角栄−大平連合の政治史的意味は、これぞ戦前・戦後を問わず日本史上初めて土着系人民大衆派が政権にたどり着いた稀有な例ではなかったか。

 敢えて云えば、体制の懐深く入り込み用心深く階段を上り詰め、「日本土着型左翼の実効的な権力形態」を創出し、土着系左派の政治能力の高さを証し続けていたのではなかろうか。この時代、日本は経済はむろん政治も文化も多方面に於いて飛躍的に成長している。

 池田―(佐藤)―田中―大平時代の日本は、史上初とも云える二十年続いた善政時代であった。民活盛んにして、官僚も又使命に燃え国家発展に有意義な長期計画を立案し、「親方日の丸」式で官民力を合わせてこれを敷設していった時代であった。あぁ思えば懐かしい。

 あぁ思えば、この時代をへなちょこ左翼で生きたれんだいこはおぼこだった。へなちょこ左翼を「若気の至りの政治的訓練」として受け止め、むしろ好ましい感性として評価し、更に練成を促す社会システムが存在していたとは。失われてこそ見えてくる。

 この観点に照らすとき、角栄−大平連合に立ち向かった守旧的官僚機構の壁の厚さよ、米米ユ特務機関の怜悧さよ、容赦なく追い詰めていった我が国の表見左翼のエセ性よ。これらが鋭く暴露されねばならない。

 特に、後者の表見左翼のエセ性という意味では、実に宮顕ー不破系日共党中央が遮二無二これに立ちはだかった史実が残されている。ここに日本左派運動の悲劇があるとれんだいこは考えている。この辺りは怒り無しには語り得ない。れんだいこが現日共党中央との和解なぞありえない、とするのはこうした認識によっている。

 さて、「角栄―大平連合」の政治的意義はなへんに求められるか、これをスケッチしたい。結論的に云えば、マクロ的意義としては、戦後日本の国家統治構造を資本主義国の有姿のそれよりも改良した、社会主義国のそれよりも実質性を担保した、史上例の無い「軽武装・産業発展型国家」として存立させようとしていた点に特質があったのでは無かろうか。

 ミクロ的意義としては、自民党史上ではハト派系列に位置し、護憲の下で戦後民主主義体制を社会に土着化するべく政治、経済、文化の領域で培養に努力していた点に特質があったのでは無かろうか。検察、警察の一定の抑制もこの時代ならではの見識に拠っていたのではなかろうか、今にして思えば。

 増山氏の「伝説の角栄」は、ソ連最後の共産党書記長ゴルバチョフの次のような言葉を紹介している。
 「世界で最も成功した社会主義国はどこか? ソ連? 二エット! 中国? 二エット! それはニッポンだ」。

 ゴルバチョフから見た戦後日本はそのように見え、事実、戦後保守主流派を形成したハト派政治主導による戦後日本はその通りではなかったか。この面からの考察が急がれているように思われる。

 増山氏は、「伝説の角栄」の中で、次のように述べている。
 概要「私は、しばらく考え込んでから、思わずハタッと思い当たった。『そうか。ゴルバチョフさんのいうのは本当だ』と。(中略)ある一時期、日本は国民みんなが『総中流』の共同幻想に酔うことができた。ゴルバチョフのいう『世界で最も成功した社会主義国ニッポン』が現出したのだった。(中略)ゴルバチョフのが羨ましがった社会主義の理想が、日本に於いて実現していたことになる。そして、この『平等社会』の実現に最も貢献したのは、田中政治だったと私は思う。(中略)我々は、ここで再び田中が目指した『国民総中流』の社会を再評価すべきではないだろうか。その意味では、田中政治は『偉大な社会主義者』といえる」。

 しかしながら、全くナンセンスな金権政治の元凶レッテルで左右両翼から司法からマスコミからの執拗な射撃で「角栄―大平連合」は葬り去られた。以来、軽佻浮薄にして無思想故に内容空疎な、これこそ真の意味での国家に寄生する利権政治家にして愛国士気取りが跋扈することになった。

 連中は、骨の髄からの親米実はネオ・シオニズム被れであり、そういう売国奴イエスマン政治家が与野党・官僚・財界を問わず政権の蜜に群がり始めている。既に十重二十重に取り巻いている。かくて、我が日本は今日の惨憺たる国家に落とし込められてしまった。

 マレーシアのマハティール首相は、クアラルンプールで2002.10.10日開かれた経済フォーラムで、次のように述べている。
 「今も日本に注目しているが、もはや目標としてではなく、失敗を繰り返さないための『反面教師』としてだ」。

 我が日本は、かように評されるザマになってしまった。この評から既に3年経過しているが、日本はまさにこの傾向を深めつつある。小ネズミは相変わらずブッシュはんのためならと打ちでの小槌を振り続けている。

 2002.10.13日、2005.11.5日再編集 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その123 れんだいこ 2005/11/08 18:43
 【歴史の裏読み考】

 我々の私生活でも意を尽くしては伝えられないように、歴史にも真相が伝わらない面があるのではなかろうか。それを思えば、教科書的知識や通説は当たり障りの無いものでしかなく、これを真に受けて口角泡を飛ばす者がいるとしたらむしろ滑稽というべきではなかろうか。政府発表や商業新聞程度の観測球を請け売りして知識ブルなど同然であろう。

 れんだいこは、歴史の裏史実の格好例としての推測を持っている。それを本邦初公開するが、それは、桶狭間の戦いで、信長軍は今川軍に奇跡の奇襲勝利を得たが、真相は先鋒隊を務めていた徳川軍と織田軍が内通呼応していたのではないか、との仮説である。信長はあの手この手で義元を油断せしめ、義元は巧妙に昼盛りの宴会に誘われたのではなかろうか。

 この観点に立った時にこそ、信長ー家康の終生変わらぬ絆の意味が見えてくる。そんな気がしてならない。これを証明する手立ては無いが、れんだいこにゆとりがあれば、この観点からの桶狭間論を書いてみたい。

 なぜかようなことを云うのか。それは、靖国神社論に関連して皇室祭神として祀られている北白川宮能久(よしひさ)親王と北白川宮永久(ながひさ)王の数奇な運命と不審死に思いが馳せられたからである。この二人が何故に靖国神社の皇室祭神として祀られているのか。皇室方の戦死者としてこの二人のみが稀有な例である故なのだろうか。れんだいこは、異説を感じ始めている。これについてはサイトアップする前にもう少し検証してみたい。

 この北白川宮能久親王は、何と明治天皇の歴史的登場に深く絡んでいるようである。これについては、太田龍・氏と竹下義朗氏が「明治天皇すり替え出自論」に言及している。れんだいこは見解を保留しているが、「歴史の裏読み」には違いない。

 れんだいこは、これらの論考に付加すべき北白川宮能久親王の履歴を知った。何と、北白川宮能久親王は当時「輪王寺の宮」と云われており、幕末内戦期に彰義隊が上野の寛永寺に立てこもった時、東武天皇として擁立されていた方である。幕府方の奥羽同盟は会津決戦で敗北し、「輪王寺の宮」は還俗させられ北白川宮能久親王となる云々。

 こういう史実は重要であるのに伏せられている。れんだいこは一応の歴史好きであるから大概の事変にはさわりぐらいは精通している。しかし、「明治天皇すり替え出自論」と「北白川宮能久親王数奇運命論」の絡みまでは知らなかった。靖国神社祭神論から見えてきた史実であるが、こういう重要なことは得てして記述されない。つまり、好奇心を以て自力で学ぶ以外に無い。

 ここまで述べれば、もう一つの重要な裏史実にも言及せねばならないであろう。れんだいこは、角栄論と宮顕論から醸成されたのだが、角栄のロッキード事件、宮顕の戦後釈放過程のいかがわしさに裏権力の意図を見てとっている。このことを踏まえれば、近現代史はネオ・シオニズム勢力にリードされているのではなかろうかという推論が成り立つ。不思議なことに、この観点で歴史を見直せば、いろんなことがつじつま合って見えてくる。

 思えば、「シオン長老の議定書」もかなり重要な文献であるように思われる。れんだいこは憚ることなくサイトアップしているが、反響は無い。それは良いのだが、「シオン長老の議定書」を偽書扱いする者は偽書を指弾することに忙しく、決して本書の中身に立ち入ろうとしないという共通点を持っている。れんだいこは、よきにせよ悪しきにせよ「シオン長老の議定書」は知っておくべき且つ学ぶべき歴史的文書ではないかと思っている。

 興味深いことに、「シオン長老の議定書」偽書派は程度の差はあるが、ヒトラーナチスのホローコースト糾弾に連衡しており、ホローコースト糾弾派は南京大虐殺糾弾派に連衡しており、南京大虐殺糾弾派は百人斬り糾弾派に連衡しており、彼らは概ね靖国神社を嫌悪しており、天皇制にも嫌悪しており、著作権主張に殊のほか執着している、という一連の繋がりが見えてくる。

 れんだいこは、「歴史の裏読みに長けないと本当の歴史が分からない」という風に考えている。日共不破の「私の戦後60年」が得々と語った「第二次世界大戦は、民主主義とファシズムとの戦いであった」論では、歴史の真相がさっぱり見えてこないと思っている。

 ちなみに、その不破は、北方領土問題では、四島返還論なぞはペテンの論で、実際には南千島でもなく全千島返還論に立つべきだなどと述べており、右翼もたじろぐ顔負けのバリバリの国家主義者の素顔を見せている。その拠って立つ論拠は、日露共々が帝政時代に合意した協約に拠るべきだ論でしかない。この御仁の変調理論を論えばキリが無いので、れんだいこの「不破哲三論」に譲る(miyamotoron/miyamotoron_hosoku17.htm)。

 もとへ。北朝鮮論も、拉致事件も、日朝共同声明も、道路公団民営化も、郵政民営化も、小ネズミのやる事為す事は特に「裏読み」が欠かせないのではなかろうか。一体、誰が仕掛けているのか。仕掛けた側にどういう利得があるのか、その結果、我が日本はどういう方向に誘導されつつあるのか等々、自前で考えてみなければならないのではなかろうか。

 これは、意識的に学ばないと得られない。何も考えないと情報洪水に流されてしまう。立花隆はつい最近は「脳の入れ替えコントロール最新研究」に妙な関心を見せている。それはどうみても悪魔学でしかないが、入れ込んでいる様が見えている。

 思えば、こういう手合いに言論が牛耳られてきたことになる。立花の非常に癖の有る政治主義を叩かねば為らない頃になってきたように思う。話しはここまで来てしまった。既に長くなったことと云い足りたので以下割愛する。

 2005.11.8日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その124 れんだいこ 2005/11/13 20:18
 【読売新聞社説に思う】

 2005.11.13日付け読売新聞社説は、「原子力空母配備、『反核』に振り回されてはならない」を掲げている(http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20051112ig90.htm)。

 それによると、神奈川県の米軍横須賀基地へ2008年より米海軍の原子力空母を配備することを「受忍せよ」とのことである。これについては、「日本やアジア太平洋地域の平和と安全という観点から考えるべき」で、「日本や地域の平和と安全に、より貢献することになる」ので翼賛すべきである、と云う。

 反対しているのは、「かつての左翼イデオロギーに基づく反米・反安保」と核アレルギーによるものであり、「いたずらに『反核』に振り回されることなく、冷静に対処すべきである」と云う。更に、「原子力空母の配備は、核兵器を対象とする非核3原則とは関係がないし、事前協議の対象になるものでもない」とまで述べている。

 驚くべき御用見解を披瀝している。60年ブントならどう対応するのだろうか。れんだいこは質したい。思うに、政治の重要な事柄に対する評論に対しては、新聞社の社会的責任の重さからして、言論人として何を云おうが勝手ではあるとはいえ、この執筆者は誰なのか言論責任の主体を明らかにせよ。云いたい放題の無責任は性質が悪すぎよう。

 この執筆者は、「米軍のしたい放題」はどこまで許される許されないのか基準を明らかにせねばならない。この御仁の論法による「日本やアジア太平洋地域の平和と安全という観点から考えるべき」を一人歩きさせれば、鬼に金棒で何でも許されるであろう。この御仁の論法によれば恐らく、「日本やアジア太平洋地域の平和と安全」を錦の御旗にすれば、自衛隊の武装派兵、直接戦闘、非勢となれば核爆弾使用、必要とならば先制攻撃、国家転覆、国内的には治安維持法も全て是とされるであろう。

 そういう恐るべき言説をしている意味で、読売新聞の言論リードには相応しくもてなさねばならないであろう。れんだいこに云わせれば、マスコミメディアが世論を誘導し、そのマスコミメディアを政府が利用し、政府及びマスコミをネオ・シオニストが操作している。つまり、根っこの大本は米英ユ同盟であり、その背後のコントロール司令塔が国際金融資本ということになる。こう視点をすえれば、問題が解ける。

 国際金融資本、これを通称「ユダヤ」と云うが、実に「ユダヤ」は近現代史に於ける戦争の策源地である。彼らは、為す事全てが許され、逆の側は法により縛られ支配される。学者は、支配される側に対しては法秩序を護れと云い、「ユダヤ」の悪行に対してはダンマリを決め込む。その癖、我々に対しては教養ぶって説教し続ける。

 れんだいこは、こういう仕組みは転覆されねばならないと考えている。人と人とがいがみ合い倒し合う世の中ではなく、基本的には助け合う世の中にせねばならないと考えている。それは理想というのではなく、我々の体の仕組みも世の中の仕組みも根本的には助け合って生きている故に、その仕組みに従うのが理に叶っていると考えている。

 それをさせない論法と論理と勢力とその策動に対して闘い続けねばならないと考えている。人はそれぞれ置かれている立場により少々異なって規制されているので、対応の差は幾万通りもあろうが、出来る範囲内で助け合いに向わねばならないと考えている。見知らぬ土地へ行っても、本来は人々は助け合い、コミュニケーションを求め歓待しあっている。国内も国外も然りである。その方が理に叶っているので自然だからしてそうなる。

 考えてみれば、日本社会は、長い歴史の中で、それなりに助け合う高度な文明を練成してきているのではなかろうか。明治維新後の日帝化、近隣諸国侵略、大東亜戦争に至った過程の方が、悠久の歴史を通じて練成されてきた日本社会に相応しからぬ異常事態であったのではなかろうか。問題は、その異常事態を誰がリードしたのかにある。誰が責任を負うべきで、誰が責任を負わされたのかにある。この辺りの検証はまだ為されていないのではなかろうか。

 はっきり云える事は、読売新聞社は、特務警察官僚正力松太郎の天下り以来、戦前も戦後も重責であると云うことである。戦後直後、読売争議が勃発し、正力派の経営責任が問われた。しかし、この告発は最終的には曖昧なままに流産させられた。そのせいでということもあろうが、後継者ナベツネが性懲りも無く今又同じ道をリードしてくれている。戦前は軍部にであったが、今は「ユダヤ」に提灯している。つまり、最強権力を見つけては擦り寄っているということだろう。

 しかし、戦前の提灯と戦後の提灯は質が違う。こたびのような提灯は明らかに日本解体、溶融化への道であり、取り返しのつかない道である。れんだいこには、己一身の権力を求める為に、ナベツネのように80歳過ぎてもなおそういう妄執に浸り続ける愚が許せない。そこまで売国奴するのか、という思いが有る。

 こたびの社説を見て、自称インテリの底の浅さが見えてくる。何のことは無い遊泳術に長けただけのボンクラが云いたい放題したい放題の言論をぶってソノヒグラシーしているように見える。いくら富をつもうとお互い寿命の有る身だと云う本質的な賢さに気づかず、栄耀栄華に耽っている愚昧さが見えてくる。

 問題は次のことにある。体制論はともかくとして、直近的には社会の現場と上層部に座る者の賢さを廻る奪権闘争こそ日々の闘いなのではなかろうか。この基準に照らす時、小ネズミとか読売のこたびの社説士なぞは極め付きのアホウに見える。受忍限度を超えているのではなかろうか。国家的損失に鑑み、そろそろ天誅せねばならないと思っている。

 2005.11.13日 れんだいこ

Re:れんだいこのカンテラ時評その125 れんだいこ 2005/11/16 20:08
 【れんだいこの天皇制論その1】

 お笑い日本共産党さんちわぁ。天皇論為になっております。願わくば、政府自民党批判に当って、日本左派サヨ運動がやってきたような公式的な通り一辺倒のものにならなければなお良いと思います。天皇制論も実は非常に高度なものであるべきだと考えております。れんだいこは丁度今、明治維新に於ける王朝交代論について足を踏み入れつつあります。大田龍・氏が云っていたことがようやく理解でき始めております。

 天皇制についてのもう一つの関心は、戦前の日本共産党運動に於ける転向例として、治安維持法の暴圧だけにやられてそうなったのではなく、天皇制問題を顧慮してこなかったツケが自己撞着し、思想検事との思想問答に於いて言い負かされ転向していった経緯があることを見据えるところから始まっております。天皇制問題は然るべき時にれんだいこなりに見解を生み出しておかねばならないと考えるに至っております。

 ここにきて、小ネズミ政権と平成天皇の皇室とがギクシャクしている様が見えております。既に識者が指摘しておりますが、鞘当に近い対立が読み取れます。9.11総選挙で、平成天皇に国会解散及び選挙告示の国事行為を依頼する訳ですが、確か相当な無礼が為されていたように思います。

 こたびの紀宮ご成婚に当って招かれていないこと、あてつけがましく当日にブッシュが来日し、京都御所で日米首脳会談をしたこと、紀宮の乗っていた車が廃車予定の旧式車種であったこと等々を思いますと解せない動きが目立ちます。

 小ネズミの性癖は下半身のみならず、政治家となり首相になるや財政をレイプし、憲法をレイプし、国会をレイプし、党内議員をレイプし、選挙をレイプし、党機関をレイプし、こたびは皇室までレイプしようとしております。今後これを真似る子供が増えるでせう。

 天皇制反対だから小ネズミの現皇室足蹴り政策を賛美するというのは、れんだいこの政治観にはありません。それは上からの反動政略で、見掛けが天皇制構造改革だから良いではないかとはみなせません。こういうところからも天皇制問題の関心が生まれつつあります。

 もとへ。昭和天皇の大東亜戦争責任論ですが、これも通史で見なければならない。少なくとも、明治天皇、大正天皇、昭和天皇の流れの中で、昭和天皇の果たした役割を見て取らねば理解が覚束ないと思います。

 一律的な天皇制批判の観点からのそれは外在的で、内在弁証法的に歴史の通史と個別具体的な動きとを複眼的に見ないと本当の総括はできないと考えております。これまでの左派サヨのそれは役に立たない。西欧的ツアーリズム批判の公式を何とかして当てはめようとして四苦八苦しているだけのように思います。

 れんだいこは、大正天皇論をサイトアップしております。左派サヨの観点と違って実に名君であったことを書きつけようとしております。その名君が「押し込め」られ、昭和天皇が摂政に就き、大正天皇逝去後昭和天皇として即位したその過程に、取り返しのつかない不正があったのではないか、と申し立てしております。

 注目されておりませんが、この辺りを解こうとしない天皇制論は空回りし続けるのではないでせうか。

 2005.11.16日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その126 れんだいこ 2005/11/30 12:30
 【日共系全学連元委員長・田熊和貴講演の愚劣考】

 「大好評! 元全学連委員長 田熊和貴氏の講演」がサイトアップされている。れんだいこがこれにコメントつけておく。「大好評!」であるらしいので、どこが「大好評!」なのか確認しておく。れんだいこは「戦後学生運動論」(sengogakuseiundo.htm)を考究しているので、この観点に照らせて解剖する。

 田熊と云えば丁度、れんだいこが学生運動していた頃の民青同系全学連の早乙女委員長の前任のようである。あの頃を振り返る意味で文面対話をしてみたい。

 田熊は、都立立川高校から1963年に東京経済大学に入学し、民青同系全学連の再建準備委員会の事務局に入り、64.10.13日の全学連の再建とともに中央執行委員になり、翌年、都学連(東京都学生自治会連合)を再建して副委員長になり、67年から3年間、全学連委員長をやったとのことである。

 67年からの3年間とは、戦後学生運動の最後のエポック期であり、燃え盛る全共闘運動に対して、外から警察が、内から日共系全学連が沈静化せしめていった経緯がある。今日の状況から振り返る時、半端な総括では済まされないのだが。

 田熊説によると、1948.9.18日に結成された全学連はその後、「50年代の末から暴力集団が中央執行委員会を私物化」したらしい。これは第一次ブントのことを指しているのだろう。

 ちなみに、日共は、当時に於いては「暴力集団」という規定よりもトロツキストなる用語で批判していた。ソ連邦崩壊に合わせてトロツキスト批判を控えざるを得なくなった不破の物言いに合わせて、田熊も倣っているようである。調法な口をしていることが分かる。

 田熊は、60.3月の第15回全学連大会に触れている。当時の執行部の「大会の非民主的運営」を指摘し、反対派を締め出した関係で定数不足のまま強行されたこの大会は無効であり、第16回大会も同様との認識を披瀝している。

 彼が何を云おうとしているのかというと、その後の日共系全学連再建運動を合理化せんとして口実を述べているに過ぎない。全学連執行部は誕生以来、武井系、玉井系を経て、最終的に第一次ブントが握り、続いて革共同全国委系に移るという変遷を見せている。この間、宮顕系党中央による日共は指導権を失っていた。為に、新たな日共系全学連を創出していくことになった。

 通常これを分派活動と云うが、日共系は自分たちが少数派の場合には許され合理化するが、ひとたび権力を掌握するや相手には断じて認めないという便利な論法を持っており、このケースがそれに当る。「手前たちはオールフリーハンド、お前たちは規約にひれ伏せ」というのは悪徳権力理論の典型であるが、宮顕系日共はこの論法を振り回してきた。これに「その通り」と従う者がいるからややこしくなるだけのことである。

 それはともかく、60年安保闘争時に全学連執行部を握った第一次ブントが「大会の非民主的運営」を行ったことは事実である。今日、この問題は批判的に検証されねばならないことは事実である。だがしかし、田熊のように宮顕系日共の露骨な全学連干渉経緯を不問にしたままこの問題を採りあげるのは卑怯であろう。これが如何に酷いものであったのか、れんだいこは、戦後学生運動考の該当箇所で検証している。

 「第15回全学連大会問題」も、60年安保を控えて急進主義的に闘う体制作りに向おうとしていた当時の全学連執行部に対して、宮顕系日共がそうはさせじとして穏和化へ向けて横槍を入れようとしていたことを見て取らねば解けない。果たして、自治会費未納という策略を始めとして全学連執行部の足を引っ張る策動に熱中していた民青系との協調が有り得たのかどうか。これも、れんだいこの「戦後学生運動考」の該当箇所で確認すれば良い。

 田熊は、60年安保闘争に言及し、宮顕、不破の口真似をして次のように述べている。「ところが、当時の全学連を名乗り続けた集団は、この国民的な運動を、『右翼的』とか『日和見』とかののしりながら、自分たちは『国会突入』などの策動を繰り返しました。その裏には、公安警察、右翼などが深く関わって、資金も提供し、国会周辺で戦術指導をしていたということも、後になって分かりました。全学連の指導部を名乗っていたメンバーが自分で喋ったこともありますし、『俺が指導したんだ』とインタビューに答えた右翼のボスもいました」。

 これについても、れんだいこは、「戦後学生運動考」の該当箇所で言及している。
 しかし、不破や田熊の云うように、暴力性がそれほど悪いのなら、日共ー民青同系が引き起こした「ハガチー事件」なぞはどうなのだ。あれもれっきとした暴力的運動ではなかったか。当時は、情況がそういう暴力性をも包摂しながら政治闘争の盛り上げに向って競合していたのではないのか。田熊は、「ハガチー事件」に対する見解を明らかにせねばならない。

 田熊は、これまた宮顕ー不破の口真似をして定番の「田中清玄の闘争資金カンパ問題」を持ち出している。れんだいこは、この問題についても「戦前共産党運動考」の該当サイトに記した。この問題の急所は、日共が清玄を右翼としてのみ触れているウソにある。

 事実は、清玄は戦前のれっきとした日共委員長であり、武装共産党時代の指導者である。この時代にこそあちこちに種を播いた業績を残している。今日の日共党史は武装共産党時代を悪し様にのみ記しているが、胡散臭い連中による記述は肝腎なところはいつも逆さま見解にしている。だから、真に受けて学べば学ぶほど馬鹿になるように仕掛けされている。この仕掛けから抜け出さないと、認識が進歩しない。

 その清玄はその後転向して、戦後は民族主義派右翼として立ち現れるに至ったが、児玉系売国右翼と敵対しており、60年安保闘争ではブントの闘いに共感した面に於いて資金提供していたというのが実際である。特段のイカガワシサがあるのではなく、日共の採りあげ方の方こそイカガワシイと受け取るべきであろう。当時実に大々的に宣伝していったが、当のブントがこれに抗弁し得なかった。お粗末というより他ない。

 田熊は、続いて次のように云う。「こうして60〜62年頃は、全学連という名前は、異様な学生集団という印象をもたれていました。当時、まともな学生自治会を担う運動をやっていた我々、みなさん方の先輩にとっても、全学連というのはあまりいい名前じゃなかったのです。いま風にいえば、『中核派』とか『革マル派』などの暴力集団と同じような響きだったのです」。

 ここも問題発言である。田熊よ、「全学連というのはあまりいい名前じゃなかったのです」と云うのはお前の主観で、あの頃の「ゼンガクレン」は世界に鳴り響く闘う組織であった。知らぬ者を誑(たぶら)かすのはエエカゲンニセンカイ。「『中核派』とか『革マル派』などの暴力集団と同じような響き」というのもお前の主観で、中核派と革マル派では随分響きが違うと受け取る者も多かろう。

 全体的に田熊の論調には、「暴力はとにかくダメ」というスタンスが見える。ならば史上の人民大衆闘争の暴力史はどう評価するのか。暴力が行使されていたならみんなダメという観点が左派のものである訳がなかろう、応えてみよ。今現在の問題で云えば、イラクレジスタンス派の抵抗暴力について言及してみよ。お前の云うように、イラクレジスタンス派は米英ユ連合の為すがままに恭順せねばならないとでも云うのか。

 次に、「全学連再建の取り組み」について述べている。宮顕系の指導通りの「自治会サービス論」に基づく活動をしたことを自慢している。再建大会時に、「一つひとつの学生自治会を、学生の願いに立って活動するまともな自治会にする」、「あらゆる学生自治会に門戸を開いて、異論を持つ学生たちも参加して、論議を経たうえで再建に至った」ことを踏まえ、この両面を今後の活動の基準にすることを申し合わせた、と云う。

 注目すべきは、「異論を持つ学生たちも参加して」とあるくだりである。しかしこれはホンマかいなぁで、正しくは「手前たちが許容できる範囲の異論の尊重」であり、「許容できぬ場合には革命的暴力を行使」してきたのが実際ではないのか。その暴力は左派に向けられた。「大学自治」に守られ警察が手出しできぬところを民青が当ったという経緯を見せている。

 このことを次のように吐露している。68〜69年当時、全国に全共闘運動の嵐が吹き荒れたが、全共闘運動を沈静化させる為に、全共闘が「全員加盟制学生自治会原理の否定」をしていたからという理由付けで、これを許さないという観点から排撃していったことを無内容なままに自慢している。続いて、全学連呼称問題に触れ、同じく手前勝手と都合の良い論法で悦に入っている。

 田熊らが目指した運動は、反暴力だとして次のように述べている。「民主主義という点でいうと、全学連の誇るべき活動の一つは、暴力に対する態度です。大学の自治や学生の自治と相容れないものとして、学生の自由と権利を脅かすことになる暴力行為に対して、一貫して非妥協的に、断固として対決して、暴力を一掃するというたたかいを歴史的にすすめてきたことは、非常に大事な誇るべき伝統と思います」。

 れんだいこに云わせれば、日共系の「暴力を一掃する闘い」は、大学内から左派的ニューマを一掃する闘いであった。お陰で、その後のキャンパスは見る影もなく左派を凋落させた。日共系が「一貫して非妥協的に、断固として対決」したのは国家権力ではなく、左派的ニューマに対してであった。自慢できる訳でもないのだが、未だに自慢し続けている御仁をここに見ることができる。お里が知れるというものだ。

 「全学連が、日本の進歩的民主的な学生運動の伝統を引き継いでいる点も、重要です」、「全員加盟制の学生自治会が、政治的な国民的テーマで積極的役割を果たしうるのかというのは大事な点です」、「こういう学生運動の伝統と特徴が、全学連に受け継がれているということが一つの特徴なのです」と述べている。これはお前たちの政治的観点であり、この観点以外のものを認めない許さないところに「黒い意図」がある。お前たちはそれをやり続けてきた。

 その全学連が、その伝統を引き継いでますます盛んなのか、衰微しているのか。衰微しているとしたらその要因はどこにあるのか。お前は、これに言及せねばなるまい。お前は衰亡の責任者であり、胸を張って説教垂れる身ではなかろうに、それができるところに胡散臭さが有る。

 「全学連の再建以降、たぶん最大の学生の統一行動は、70年安保闘争で行われた6 月23日の統一ストだと思います」と云うが、れんだいこもそれに参加したが、60年安保闘争に比べてカンパ二アだけのもので、お前が言うほど実績があったかいな。事態は何も変わりゃしなかった。れんだいこは、民青同系全学連のデモへ行って不燃焼で帰ってきたことだけは覚えている。お前たちの運動は、「歴史に於けるヒマジン的アリバイ運動」であり、歴史を創るのに何の役にも立たない。

 以下も検討しようと思ったが、愚論が饒舌されているばかりなので論評を割愛した。思ったよりも更に以下のくだらなさ過ぎる付き合いであった。 

 2005.11.30日 れんだいこ拝啓

Re:れんだいこのカンテラ時評その127 れんだいこ 2005/12/02 19:36
 【ピッポとか云う御仁とその同調者へ】

 おっちゃんちわぁ。こちらへ振ります。ピッポとか云う方の著作権侵害クレームについては相手にしておりません。言い訳は好まないのですが、最近手違いで全部転送してしまい、その拍子でアップされたものです。膨大になっておりますので見直しもままならず、まっいいか、クレームされたらその時に対処しようとそのままにしております。

 こたびの指摘に従い確認しますと、れんだいこも考察しようと思い、その際の貴重な法文サイトでしたからいずれの日にか咀嚼する為に全部転載していた「だけ」のものでした。れんだいこは、地文取り込み外式の全部転載につきましては、著作権法に従い、リンク同様に無承諾可論を確信しておりますので、まずはホッとしたのが実際です。

 ピッポとか云う御仁は、この「だけ」と事前の挨拶がないのが気に召さないようです。しかし、如何せん、この御仁は、人を説教するには遅れすぎの未熟者であることを自ら晒しております。一つには、著作権法に照らしてこういう全部転載が許されないことを主張することで、著作権法に対する無知を晒しております。ましてやこたびは判決文の(転載の)転載です。

 判決文に著作権被せるのは、新手の著作権論の登場です。手間隙と構成ぶりを根拠に著作権主張しているようですが、ちと苦しいでせう。いずれにせよ、著作権急進主義というか硬派というべきか全域著作権適用論者であることが分かります。最近こういうサヨが多過ぎる。

 もう一つは、よそ様の問答有用版にふるという失態を晒しております。既に催促しておりますが、この御仁は、事前に問答有用掲示版管理人に了解取り付けているのか、予告しているのかにつきはっきりさせる必要があります。ピッポ君、この肝腎なところにつき君の口から語りたまえ。れんだいこには、この方が悪質に思える。

 この御仁は、そのどちらにもダンマリし続けるのでせう。これも既に指摘しましたが、自分のサイトの面を自分で汚し、恥を上塗りし続けております。百人斬り事件被疑者処刑是論を唱える手合いの知の貧相さをここに認めることができます。

 このピッポ君は、自分のサイトに次のような新たな書き込みしている。それによると概要、多くの人に読んでいただき、どんどん活用して欲しいから公開したが、れんだいこのような無断転載まで許していない。判決文をWEBで公開するにはそれなりの努力や苦労を要しており、「そうしたものを、そのまま自分の仕事であるがように流用して憚らぬ、彼の "思想" には我慢がなりません。(それも活用の一種? でも根性が枉っている。)」だと。

 ピッポなる御仁のような手合いとは普通の会話は通じそうにないがいっておく。広めようとして公開したのならそれを転載されたら本望というべきではないか。それを、お前は、れんだいこがあたかも自分の仕事であるかのように転載しているから我慢ならぬとすりかえている。

 こうなると、れんだいこが、自分の労作のようにサイトアップしているのかどうかの詮議をすればよい。該当箇所はここである。daitoasenso/taigaishinryaku_nankinziken_hyakuningiri_hanketuco.htm これは永久保存しておくことにした。

 これを見て、れんだいこが、れんだいこの労作のようにサイトアップしていると思うものは、よほど頭がイカレテイル。お望み通りに世に広めているだけのものであろう。それをどうしても盗作だの盗用呼ばわりしたいこの御仁に漬ける薬は持ち合わせていないので、お好きに騒げと云っておく。

 もう十分君の面は汚れた。この先、ピッポなるハンドルネームをいつまで使うのか分からないが、この事件でかなり評判者になったことは確かである。今後はかなり根性を要すると思われる。これにつき、れんだいこに責任はない。自作自演で転んだものを援ける綱は持ち合わせていない。お調子者のお友達が居られるようなので、そういうところで憩えばよかろう。

 今頃になって次のように述べている。"窃盗" という言葉がいやなら "剽窃" でも何でもいいですよ。私は法律を楯にして著作権がどうのこうのといっているのではありません。常識や公序良俗のレベルでものをいっているのです。

 あのさぁ、広めようとしているものを広がりにくくさせようとするお前のロジックはヘンチクリンだぞ。当の本人が気づこうとしないのだから始末が悪い。それに、「私は法律を楯にして著作権がどうのこうのといっているのではありません」とは、無茶な話だと云うことさえ分からないのか。

 こういう場合に頼るべきは法であり、その法でさえ人にはまずは優しく、どうしても許せないことには断じて怒るのを通常の作法とすべしで、逆に取るに足らない事を鬼の首でも取ったかのようにわめき散らし、天下に触れまわす手前の根性にこそ「その心根、さもしさは一体何なのでしょう」と問いかけるべきであろう。まさに恐れ入りやの鬼子母神な倒錯ではないのか。

 れんだいこを何としてでも非難したい気持ちがあることは分かる。それは良く伝わる。しかしな、ひとを責めるのならもうちっと甲斐のある根拠で為さねば。弁士はここで、「お粗末」とセンスを叩くところだ。

 2005.12.2日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その128 れんだいこ 2005/12/03 18:16
 【引用、転載にサイト元の承諾が本当に居るのか考】

 れんだいこには、「引用、転載に関するれんだいこの被抗議事例」が際立って多い。これは、れんだいこが無断無承諾で、あちこちからお気に入りのサイトから文章を引用、転載する手法に起因している。これは、ブックとは又違うインターネットのメリットを追求する立場からは当然出てくる使い方である。お陰で、過去のブックやら口コミやから学ぶ手法に比して格段のスピードで知識を得ることができている。れんだいこは、これにより多いに恩恵を受けており、インターネットという文明の利器に感謝している。

 問題は、れんだいこのこの手法が、「引用、転載のルールとマナー」に反しているのかどうかである。れんだいこは、無断無承諾でも、引用元を明記し、リンク掛けを怠らずの引用、転載の場合には可と心得、「引用、転載のルールとマナー」を遵守していると考えている。しかし、サヨ連中が、その反対の立場から規制を仕掛け、それに正義の美名を被せて批判してくる。曰く、「無断、無承諾な引用、転載はご法度である」と。

 その理由は、人が手間隙掛けたものをそうは容易くは利用されたくない。然るべき挨拶があって当然であるというもののようである。しかしながら、れんだいこは考えている。実際にやれば分かるが、もし事前挨拶要す論にすると、サイトの充実に応じて引用、転載もかなりの頻度になり、その都度挨拶、了解を取り付けていくとなると、不便さの方が際立つことになる。場合によっては、挨拶、了解取り付けを送ったこちらの真意が詮索されたり、好悪で判断されたり、加えてメールを貰った方の負担も顧慮せねばならない。

 こうなるとむしろ、「すれば良し、せんでも可論」にした方が良いのではなかろうか。この方がよほど実践的である。あれこれ考えると、検索エンジンのグーグル(Google)のように、これと思うものを任意で拾えるようにすればよいのではないかと思うようになった。それはリンクだけのことであるが、文面を紹介しても同じ事と思うようになった。一々挨拶、事前了解要す論にすることの方がナンセンスではないのかと思うようになった。

 手間隙論もウソクサイ。引用、転載を互いがやり合えば、その手間隙を互いが享受することができるのではないのか。それこそ真に手間隙を生かす道ではないのか。手間隙をもったいぶる方がおかしいのではないのか。云うか云わぬかの違いで、みんなそれなりに手間隙かけており、それを楽しみでやっている。無報酬ではあるが、それでも成り立っている世界なのではなかろうか。

 それと、議論バトルのように、あるいは批判的コメントの場合など、相手側の承諾が貰いにくい場合がある。故に、引用、転載できないというのは変調である。議論とか認識の向上の為には、相手側の駁論をもよく理解する必要があり、併用掲載することによって第三者に分からすことができるのであり、誰しも論の比較と推移ができるメリットがあり、そういう意味に於いても「特段の事情無き限り引用、転載可論」でなければオカシイ。

 もとへ。れんだいこは、「著作権問題に関わるれんだいこに対する叱責考」サイトを設け、過去に批判されたやり取りのそのそれぞれを記録している。れんだいこに抗議してきたその多くが、出典元明記の作法を守っても、無断無承諾であること故に「引用、転載のルールとマナー」違反であり、心外であるとの立場から非難してきている。

 つい最近2005.11月末日、「ヒッポ事件」が起こっている(これについては、「ピッポ事件考」として採りあげていくことにした)。これは、ヒッポなるものが、そのサイトで百人斬り事件関連裁判の判決文をサイトアップしていたのに対し、れんだいこが有益資料として認め、これをノーコメントで全文転載していたことに対して盗用呼ばわりして抗議してきた事件である。

 れんだいこがどういう風に転載していたのかは、「判決考旧版」に永久保存した。daitoasenso/taigaishinryaku_nankinziken_hyakuningiri_hanketuco.htm

 これも本来は批判される云われ無き話であろう。恐らくは検索で、れんだいこの転載を知ったのであろう。己が広めようとしていたものが転載されたのだからして、怒るのではなく誉れに思うのが普通の感性であろう。れんだいこの場合はいつもそうである。有り難いことに、検索に拠れば、れんだいこ関連の記事がかなりアップされてくる。これは悦びであり怒ることではない。

 ところが、世の中には気難しい者が居る。ビッポなる者は、よせば良いのに泥棒呼ばわりし、れんだいこの謝罪を集団的に要求しようとでも策したのかご丁寧にも問答有用なる掲示板に話題を持ち込むというはしゃぎぶりを見せている。れんだいこは、あまりなその痴愚ぶりに相手せずの構えをとっている。

 まさか判決文に対して盗用問題が起こるとは夢にも考えていなかったが、サイトアップに要した手間隙と独自の構成ぶりが著作権になり、それを勝手に転載したれんだいこは泥棒である、という論法で抗議してきた。その後、実はそれなりに手を加えており、判決文だけではないのだ、私論も書き加えた著作物なのだ云々し始めている。

 この間、お調子者のとほほなる者が、れんだいこの意訳に拠れば概要「著作権には創造性など関係ない。本人が手掛けた文章でないものであっても、例え判決文でも、我が物として著作権化できる。それを勝手に転載したれんだいこは著作権違反である」などと提灯している。この御仁の立論は、その昔やり取りした時もそうだが概ね狂っている。そういう遣り取りしている問答有用掲示版管理人のおクマが止せばよいのに登場し、著作権違反でなくても「引用、転載のルールとマナー」違反であることは間違いないなどと援護している。

 これらのバカに漬ける薬は見当たらないので、本人が悔い改める以外には無い。

 それはともかく、「ヒッポ事件」は、れんだいこが欲していた格好の教材となった点で価値がある。それは、ヒッポなる者が、れんだいこの左往来人生学院掲示板に闖入し、ひとしきり抗議した後、続きは問答有用板掲示板でやろうと誘導し、問答有用板掲示板に同様の抗議文を投稿した結果、「れんだいこの盗用呼ばわり」を廻る論議が始まることになったことに発する。

 これにより、この事件に於いて誹謗された当事者であるれんだいこは、その問答有用板の遣り取りを記録しておく必要を生むことになった。れんだいこと問答有用板管理人おクマとは、過去に「無断転載お断り」を廻るやり取りがあり、論を廻ってではなく遣り取りが面倒くさいので削除した経緯がある。その他、短期ではあったがれんだいこが問答有用板に登場していた時のやり取りもあり、以来れんだいこはこの版との関わりを遮断している。そういう訳で、余程でない限り、「ヒッポ事件」を廻るやり取りで問答有用板に登場しようとは思わない。

 さて、この局面で、れんだいこが、問答有用板の遣り取りを引用、転載できないとしたら、泥棒、盗用呼ばわりされ続けているれんだいこはやられ損である。俗にこれを名誉毀損と云う。こういう場合、れんだいこは、自己防衛的にも、相手が何を主張しているのかを確認して証拠にしておく必要があり、無断、無承諾での引用、転載ができると考える。誹謗の記録を残しておかねばならないと考えている。相手が嫌がっても、れんだいこには、それらを晒す権利があると考える。

 これが、「引用、転載問題の新視角」である。今や、我々は、この問題に言及せねばならない。このケースのような場合に於いては、「無断無承諾な引用、転載」が認められるなら、いっそのこと「無断無承諾な引用、転載可論」にした方が良いのではないのか。その為のルールとマナー論に目を向けていった方が良いのではなかろうか。

 それをさせじとする「無断、無承諾での引用、転載厳禁論」があるとすれば、云い得、やり勝ちな余りにも権力側に好都合なものでしかない。そのことを云いたかった。「引用、転載問題に纏わる承諾要す論」が果たす役割は、こういうところの考察をせねば見えてこない。

 承諾論に固執するサヨ連中が究極、権力側の理論にハーモニーしつつそこにあぐらして鼓吹していることがお分かりいただけるだろうか。そういえば、最近の個人情報規制法案も構図が同じである。個人情報を保護するという建前で、権力犯罪隠蔽に資せようとしている。

 してみれば、サヨとは、口先のポーズとは別に、搦め手から権力を援護する役割を担っている連中であることが透けて見えてくる。よって、サヨの愚論に妥協することなく、その美名を剥ぎ蠢動を蟄居せしめよ、ということになる。思えば、この種の闘いは昔から続いているような気がする。

 2005.12.3日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その128 れんだいこ 2005/12/08 11:50
 zhmさん心温まるご教示ありがとうございます。一般に、著作権法は非常にややこしく難しい。しかし、これを確認していくと、一群の自称著作権法士が勝手に難しくしているようなところがあります。これを社会的正義という美名でやりますので面食らっているだけではないでせうか。

 れんだいこは相手せずの構えをとっておりますが、本気で相手するとコテンパンにのしてしまい、その結果逆恨みを買うことになるでせう。それは望むところではないので、こたびの事件についての考証及び見解表明サイトは当分格納庫にいれておくつもりです。

 ただ感謝していることもあり、お陰で著作権法に対する勉強をさせていただいております。こたびは次のような一文を書き上げてみました。

 著作権法での主要な論争点

3_manabu_corner_tyosakuken_ronsoten.htm

 ここで、歴史考証文を代表例として考察してみる。歴史の記述に於いて、何時、何が起こったかを記述することに著作権法を適用するのは邪道であろう。なぜなら、「何時」が判明している場合には「何時」の記述は誰が書いても一定するであろうし、「何が起こったか」も事実関係に就いては「ほぼ同様記述」にならざるを得ないであろう。著作権法に規制され、銘々が多少書き方を代えることに意味があるとは思えない。つまり、事跡考証の史実部分の解析に於いては著作権法の適用は馴染まないと心得るべきではなかろうか。

 問題は、歴史的事跡の評し方に於ける独自的見解性にどう対処すべきかであろう。これは、「創造性」の認められる分野である。故に、著作権法が適用されても良さそうだが、現にこの観点から主張している者も居るようだが、一考を要する。

 れんだいこが愚考するのに、「歴史的事跡をどう評するか」も、本来共認を求めて打ち出されている見解であり、であるなら共認化促進に向けて智恵を絞るべきであろう。事の本質上共認を求めているものを著作権法で垣根を作り、共認化阻害していくのは事の本質に於いて有り得てはならないのではなかろうか。つまり、事跡考証の評論面に於いても著作権法の適用は馴染まないと心得るべきではなかろうか。

 こうなると、歴史系論文に於いては、史実考証及び史実評価のどちらの側からも著作権には馴染まないことがお分かりいただけるだろうか。踏まえるべきは、「著作物利用に纏わるルールとマナー」であり、権利としての著作権法適用ではあるまい。このことが分からずないしは混同する自称著作権法士がたむろしている。彼らは、「著作物利用に纏わるルールとマナー」で対処すべきことに対して著作権法適用をがなりたてる法匪である。彼らは、それを社会的正義だとぬかしつつ説教し続けている。この痴愚ぶりを如何せん、ここが問われている。

 以上は、歴史考証文を素材に論じたが、同様論法で「哲学、思想、宗教、政治、評論、新聞、政党の機関紙・誌等の活字著作物」分野にも当てはまることである。

 蛇足ながら、官公庁公報、特に裁判所の判決文は著作権法ですら公認の天下往来物である。これらの「利用し合い」に於いて、少し手を加えたからという理由で著作権を主張する手合いは、せめてネット界へ出没するのは控えたほうが賢明であろう。それを弁えぬそもそもマナーとルールが悪い者が、任意な誰それを掴まえてマナーとルールで非難し罵詈雑言するなどとは正気ではなかろう。

 しかし、自称著作権法士界隈では、れんだいこのこの指摘が通用しない。どこでそういう学士が取得できるのか分からないがインチキ塾が発行しているのであろう。れんだいこはこれを囲碁に例えてみる。れんだいこの腕前が仮にアマチュア5段だとして、これを6段ないしはプロ辺りから、「ここはこう打つべきだよ」と指摘されたことに耳を傾けるのは吝(やぶさ)かではない。

 逆に、初段程度の者から「ここはこう打つべきだよ」と講釈されたり、囲碁論を聞かされることは耐え難い。それだけならまだしも、「ここはこう打たないと許されない」などと着手制限されつつ囲碁の相手をさせられるのは苦痛を通り越している。結論としては、お付き合いを避けたい、これに尽きる。

 2005.12.8日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その129 れんだいこ 2005/12/09 19:16
 【小ネズミ政権の自衛隊派兵再延長に抗議する】

 予想通り、小ネズミは、2005.12.8午後、臨時閣議で、自衛隊派兵の再延長を取り決めた。12.14日に期限が切れるイラク復興支援特別措置法に基づくイラクへの自衛隊派遣が1年間再延長され、来年12.14日までとなった。

 小ネズミは当初の目論見が崩れ、やむなく撤退条件を次のように確認した。1・政治プロセスの進展状況、2・治安状況、3・英豪軍をはじめ多国籍軍の活動状況と構成の変化、4・復興の進展状況の4項目に基づき、いよいよ撤退を日程化することになった。

 但し、仮に撤退を余儀なくされても、陸自撤退後は航空自衛隊の輸送支援活動を継続強化する方針を打ち出している。日本の傭兵化の道筋がくっきりしつつある。

 この状況で、新聞各社の社説はどれも生ぬるい。かって雁首並べフセイン討ち取れとエールを贈った経緯ゆえに、小ネズミ一人を責めるわけにはいかないのだろう。とはいえ、インターネット掲示板での議論も低調のようである。この国では政治評論も死んだのかも知れない。その間隙で、ルールとマナーに小うるさい手合いが跋扈している。

 それはともかく、れんだいこが見解を申し上げさせていただく。第一に、自衛隊派兵の延長は閣議決定で為しえるのか。かような国の重大事の決定に関して国会質疑と決議を要しないのか。この当たり前のことが指摘されていない。

 そうなら、国会なぞ要らん。他のことは官僚に任せても良いから、こういうことは国会中心で行かなくてはならん。「閣議決定で為しえる」という国会議員は自己否定しているのだからしてリストラしてしまえ。

 第二に、一体、この間、日本はイラク戦争にいくら金をつぎ込んでいるのか。自衛隊派兵の維持費、戦争分担費、イラク復興費、その他関連費の総額を発表させねばならない。恐らく巨額であり、米軍基地維持費、思いやり予算等々加えていくと一体いくらになるのだろう。

 国内の公共事業を削減し、地方交付金を削減し、あれも削りこれも削りの果実を、軍事防衛注ぎ込んでいるばかりではないのか。ブッシュの望み通りに持参金させられ過ぎているのではないのか。この当たり前のことが指摘されていない。この国の自称インテリは金目のことが分からないのだろう。

 れんだいこは、タックスペイヤー論により、「一体、この間、日本はイラクにいくら金をつぎ込んでいるのか」はっきりさせるよう要求しておく。被災地の復興は後回し、必要な公共事業計画が放棄させられた挙句のかような金の使い方は許されないのではなかろうか。

 第三に、どうみても自衛隊派兵は憲法上できない。小ネズミ派はだから憲法改正急いでいるのだろう。しかるに、違憲承知で先行的に実施している。これは法治国としては失格失態だ。この当たり前のことが指摘されていない。

 小ネズミのやる事為す事が、「高度な政治政策故に司法判断に馴染まない」的逃げの限度を超えているというべきではなかろうか。我々は、小ネズミ政権の相次ぐ違憲政策に相当の政治責任を追求すべきである。

 小ネズミの自衛隊派兵再延長論理ほど空疎なものは無い。手前の見通しが狂ったことを悪びれもせず、「ここで手を引けば、イラクに安定した民主的政府を作らせないというテロリストに味方するようなものだ」と云う。こういう論法に拠れば、自衛隊派兵は万年可能になろう。正確には、「ここで手を引けば、イラクに派兵した米英ユ戦略が崩れ、レジスタンスに敗北したことを認めることになる」と述べるところであろうが、口惜しくてそうは云えないのだろう。

 「国際社会の一員として責任を果たすことが日本の利益につながる」とも云う。既に周知となった馬鹿の一つ覚え文句である。正確には、「今や世界を支配する米英ユ同盟の一員として責任を果たすことが日本の利益につながる。それが私の権力、保身にもなる」と述べるところであろうが、さすがにそうは云えないのだろう。

 何しろ、アジア諸国会議に於いて、アジア諸国の友好をどう造りだすべきかが問われている時に、「日本は米英ユと一蓮托生する。これが日本の生きる道」論をぶつ御仁だからして、話にならない。この当たり前のことが指摘されていない。

 国内では相変わらず「大宰相」説が有力なようである。マスコミは多少言い方は違うが揃いも揃って唱和し続けている。我が国は辛辣な政治批評の無いケッタイな時代に入っている。

 れんだいこは、「小ネズミ政権を一日延ばせば一日不幸」と云いきっている。しかし、先の無茶苦茶な選挙で圧勝した為か磐石態勢に入っている。幹事長からして「私こそ一のイエスマン」と公言しているように、取り巻きが精勤を競い合いしている。他の大勢は刺客を送られるのを怖れてか直立不動なのが滑稽である。

 結論。この閉塞を抜け出す道を切り拓かねばならない。敵はここ一番でマスコミを大動員する。その仕掛けが分かった。我々は日頃より自前のメディアを創出せねばならない。個人は無論党派及び団体が率先乗り出さねばならない。メットデモ敢行も良い。とにかく共感を生み出さねばならない。礼儀作法にうるさい無礼者を跳ね除けて大通りに出ねばならない。

 2005.12.9日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その130 れんだいこ 2005/12/15 19:36
 2005年が暮れようとしている。今年一年の最大の出来事は何だったのだろうかと考え、れんだいこは、イランのアハマディネジャド大統領発言を画期的と認めたい。アハマディネジャド大統領発言は、「いわゆるユダヤ人問題」の核心に触れたものだが、一国の現役の最高責任者がかような発言を為し得るようになったことに驚きと潮の流れの変化を感じる。

 アハマディネジャド大統領は既に、10月末、「イスラエルは地図から抹消されるべきだ」と発言している。これは、イスラエル建国史を身近に見てきた者たちの腹の底からの思いのような気がする。「2005.12.8日発言」はその理由を簡潔且つ挑発的に次のように述べている。

 意訳概要「いくつかのヨーロッパ諸国は、ヒトラーが無実のユダヤ人数百万人を焼却炉で虐殺したと主張している。そして彼らは、もし誰かが何がしか反対の見解を論証しようとしたら、そういう人たちを非難し、監獄にぶち込んでいる。我々は、彼らの主張を認めないのだけれど、それが真実だと仮定した場合でさえ、我々は連中に次のように質問してみたい。ヒトラーによって無実のユダヤ人が殺されたとして、そのことが、ユダヤ人のエルサレム占領を支持する理由になるのか。もし、君たちが自分たちの論に正直であるなら、罪滅ぼしでヨーロッパの田舎のどこぞの地域をシオニストどもに与えるべきではないのかだ。例えば、ドイツ、オーストリア、その他の。シオニストどもは、ヨーロッパにこそ彼らの国家を樹立すべきだ。君たちはヨーロッパの一部を提供することを申し出よ。そしたら我々はそれを支持しよう」。

 12.14日、イランのアフマディネジャド大統領は、新たに次のように発言した。「ユダヤ人の大虐殺(ホロコースト)は作り話だ」。

 れんだいこは、この発言をなぜ重視するのか。それは、これは中近東の話に止まらないからである。この認識こそ、第二次世界大戦以来神話化され拵(こしら)えられたシオニズム型反戦平和思想及び運動を正面から狙撃しているのではないのか。反戦平和思想及び運動が今日ほど大事なことはない。しかしながら、手前勝手過ぎるシオニズム的なそれではなく、新たなる「反戦平和思想及び運動」の創造に於いてこそ必要なのであり、このことを問わず従来式のシオニズム的な「反戦平和思想及び運動」を呪文の如く唱えればよいというものではない。その時代はもう終わった。

 アフマディネジャド大統領発言は、そういう認識の転換点ののろしとなるように思える。油断と予断は許されないが、戦後60年間世界を席巻し続けたネオ・シオニストが掣肘されそうな気配を感じる。悪貨が良貨を駆逐した時代が終り、良貨が悪貨を駆逐する時代に入ったとも云えよう。

 歴史の弁証法はまことに味わい深い。ホロコースト派は相変わらずそれを強く主張すればするほど正義だと勘違いし続けるだろう。しかし、小ネズミはんとその一派はネオ・シオニストの軍門にくだり続ければ御身安泰と勘違いし続けるだろう。それが吉と出るか凶と出るか。れんだいこには既に自明だ。

 2005.12.15日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その130 れんだいこ 2005/12/15 19:45
 【アフマディネジャド大統領発言考】

 2005年が暮れようとしている。今年一年の最大の出来事は何だったのだろうかと考え、れんだいこは、イランのアハマディネジャド大統領発言を画期的と認めたい。アハマディネジャド大統領発言は、「いわゆるユダヤ人問題」の核心に触れたものだが、一国の現役の最高責任者がかような発言を為し得るようになったことに驚きと潮の流れの変化を感じる。

 アハマディネジャド大統領は既に、10月末、「イスラエルは地図から抹消されるべきだ」と発言している。これは、イスラエル建国史を身近に見てきた者たちの腹の底からの思いのような気がする。「2005.12.8日発言」はその理由を簡潔且つ挑発的に次のように述べている。

 意訳概要「いくつかのヨーロッパ諸国は、ヒトラーが無実のユダヤ人数百万人を焼却炉で虐殺したと主張している。そして彼らは、もし誰かが何がしか反対の見解を論証しようとしたら、そういう人たちを非難し、監獄にぶち込んでいる。我々は、彼らの主張を認めないのだけれど、それが真実だと仮定した場合でさえ、我々は連中に次のように質問してみたい。ヒトラーによって無実のユダヤ人が殺されたとして、そのことが、ユダヤ人のエルサレム占領を支持する理由になるのか。もし、君たちが自分たちの論に正直であるなら、罪滅ぼしでヨーロッパの田舎のどこぞの地域をシオニストどもに与えるべきではないのか。例えば、ドイツ、オーストリア、その他の。シオニストどもは、ヨーロッパにこそ彼らの国家を樹立すべきだ。君たちはヨーロッパの一部を提供することを申し出よ。そしたら我々はそれを支持しよう」。

 12.14日、イランのアフマディネジャド大統領は、新たに次のように発言した。「ユダヤ人の大虐殺(ホロコースト)は作り話だ」。

 れんだいこは、この発言をなぜ重視するのか。それは、これは中近東の話に止まらないからである。この認識こそ、第二次世界大戦以来神話化され拵(こしら)えられたシオニズム型反戦平和思想及び運動を正面から狙撃しているのではないのか。反戦平和思想及び運動が今日ほど大事なことはない。しかしながら、手前勝手過ぎるシオニズム的なそれではなく、新たなる「反戦平和思想及び運動」の創造に於いてこそ必要なのであり、このことを問わず従来式のシオニズム的な「反戦平和思想及び運動」を呪文の如く唱えればよいというものではない。その時代はもう終わった。

 アフマディネジャド大統領発言は、そういう認識の転換点ののろしとなるように思える。油断と予断は許されないが、戦後60年間世界を席巻し続けたネオ・シオニストが掣肘されそうな気配を感じる。悪貨が良貨を駆逐した時代が終り、良貨が悪貨を駆逐する時代に入ったとも云えよう。

 歴史の弁証法はまことに味わい深い。ホロコースト派は相変わらずそれを強く主張すればするほど正義だと勘違いし続けるだろう。小ネズミはんとその一派はネオ・シオニストの軍門にくだり続ければ御身安泰と勘違いし続けるだろう。それが吉と出るか凶と出るか。れんだいこには既に自明だ。

daitoasenso/taigaishinryaku_horocoosto_isramunotaioco.htm
 2005.12.15日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その131 れんだいこ 2005/12/17 20:04
 【「ロシア10月革命の限界」考】

 2005.12.8日及び14日のアハマディネジャド・イラン大統領のホロコースト史実偽造発言は、国際世論を沸騰させつつある。戦後60年通説となってきた枠組みを揺らがせる事件になる可能性があるように思われる。それはともかく以下、本題に入る。

 ロシア10月ボルシェヴィキ革命は成功した。しかし、革命政権は、マルクス主義革命を起した意義のみ歴史に遺し、社会主義政権としては値打ちを見せぬまま否負の歴史を残したまま一世紀を越えぬ間に崩壊した。

 我々はこのことをを総括せねばならぬ。少なくともロシア10月ボルシェヴィキ革命を支持する者にとっては、この建国革命の総括無きままに左派で有り続けようとすることは、歴史に対する背徳であろう。その不正が罷り通っているのが現実であるから情けない。

 ロシア10月ボルシェヴィキ革命政権は、何故に失効させられたのか。1・それはレー二ズム、トロツキズム、スターリニズムといった究極「人の問題」に帰せしめられるべきなのか。2・「マルクス主義的理論の当時の通俗的理解の問題」に帰せしめられるべきなのか。というか3・「マルクス主義的理論そのものの欠陥問題」に帰せしめられるのか。この辺りを切開し総括せねばならない。

 れんだいこは、この3点のそれぞれに考察の必要を見出す。1の「人の問題説」、3の「マルクス主義の問題説」にも相応の根拠があると思われるがここでは問わない。ここでは、2の「マルクス主義の当時の通俗的理解の問題」について言及してみることにする。

 れんだいこが思うに、ロシア10月革命を遂行した当時のポルシェヴィキのマルクス主義理解は次の重要な点で間違っていたのではないかと推定している。故に、政権樹立革命には成功したが(それがよしんばクーデターであったにせよ)、その後の建国革命に失敗したとみなしている。では、どこに間違いがあったと観るべきか、それを明らかにせねばならない。

 それは次のことに認められると思う。第一に、マルクス主義の私有財産制否定理論がいきなり国有化理論に接木飛躍し、革命政権がその国有化理論を生硬に適用し「戦時共産主義」政策を導入した結果、現実に遊離し、国政上由々しき混乱を引き起こし、建国革命は不必要に座礁せしめられた。つまり、通俗マルクス主義は現実によって裏切られた。

 トロツキーとレーニンはさすがに慧眼で、後にネップ政策で政策変更を図ったが、この頃既に党内闘争が激化しており、血で血を争った結果スターリンが後継し、そのスターリンが再度国有化政策に戻した為、以降マルクス主義と似て非なる路線がマルクス主義の名の下に敷設されていくことになった。その結果、経済成長が失速し、果てはソ連邦の解体へと繋がったという経緯を見せている。

 第二に、究極組織論の問題に帰着するが、ポルシェヴィキ革命政権がプロレタリア独裁、民主集中制論、分派禁止論、ベルト理論等々に典型的に現われた排他的統制主義的組織論を党及び国家及び社会全域に押しつけたことで、封建的機構を作り上げてしまい、その結果王朝政治を引き出し、独裁体制を生み出してしまった。これが原因で、社会に柔軟さと活性能力を失わしめ、社会的諸機能を停滞せしめたのではなかったか。これによりソ連邦崩壊の道筋を生み出したのではなかったか。

 この問題に対しては、独裁体制を生み出しやすい理論構成となっているマルクス主義そのものに理論的欠陥を認めるべきかも知れない。これについては別のところで論ずることにする。

 れんだいこは、ロシア10月革命政権は、上述の二点に於いて致命的影響を蒙ったと考えている。ならば、この二点の総括をせねばならぬところ、この二点を不問に付したままの改良主義的マルクス主義が今ものうのうとしている現実を不正と考えている。マルクス主義に限らず学問は一般に、マルクス主義ならなおのこと、問題の根本原因を明らかにしそれを俎上に乗せ有効な処方箋を導き出さねばならぬ。それができないマルクス主義者は自称マルクス主義者に過ぎないと考えている。

 ならば、れんだいこは、如何なる処方箋を用意するのか、これに答えてみる。第一の国有化問題については、今日的には市場性社会主義問題として見据えねばならないであろう。

 マルクス主義の私有財産制の否定理論は、それを国有化制にすることで解決するものではない。それは、1・資本・資産・生産の共同管理的社会主義化、2・国営と民営企業の適正な棲み分け化、3・分配の公正化として座標化させられねばならないのではなかろうか。こういう点についての考察及び理論的創造こそ学問的なのではなかろうか。既成の学問はこういう風に問題を設定しているだろうか。

 第二の組織論問題については、適当な言葉が見当たらないので仮に認めておくが、ルネサンス的気風による「自由自主自律」的機関運営主義を創造せねばならないと考えている。要するに制度と人の問題であるが、これを如何に弁証法的有機的に分離結合せしめるのかの問題であると云える。いわゆるブルジョア民主主義よりも実質的な民主主義に依拠せねばならず、逆は有り得てならない。これを踏まえた上で、平生時と非常時の理論を更に創造せねばならない。れんだいこはかく考える。

 凡その概略であるが、この方面からのマルクス主義の練りが必要なのではなかろうか。今は全く暗い。れんだいこは、この暗さ故にマルクス主義を放擲すれば良いとは考えない。それは余計に闇地に誘われるだけと考えている。

 願わくば、マルクス主義とアナーキズムと陽明学とイエス思想と中山みきの思想を接合し、各地の一揆の経験を汲み取り練り合わせた新抵抗及び革命思想を生み出さねばならないと考えている。ネオ・シオニズムの理論と権力的攻勢に太刀打ちするには、これだけのものを生み出さないと勝てないと考えている。

 現状は、通俗マルクス主義派のその又最も腐敗した手合いが各国の共産党中央のイスを占拠し、彼らはネオ・シオニズムに拝跪し、その軍門下で養豚されており、その限りでの各国各地の在地権力口先批判運動に終始し、ネオ・シオニズム迎合型権力導入の水路を開きつつあり、それがほぼ完成しつつあると見立てている。

 この構図上で、各国各地の在地権力批判の口先を強くすることで左派気取りしている手合いが多過ぎ、これをサヨと云うがサヨがカメレオン的に左派擬態しており、故にこの連中の指導によっては有効な闘いの何も組織できない。それは大いなる不正でありひたすら消耗でしかない。

 蛇足。そういうサヨが今日よほど閑なのだろう、殊のほか著作権思想を弄び、色々理屈をつけては正義ぶりつつ我々の知育形成に関所を設けつつあると見立てている。己の為していることが実践的にどういう役割を担っているのか問おうとせぬまま左派気取りすることで共通しているが、こういう自縄自縛型手合いに対して如何せん。闘いあるのみであろう。

 今年見えてきた一年の総括として、これぐらいは言わせて貰おう。

 2005.12.17日 れんだいこ拝

Re:アシュケナジー系ユダヤ人の起源 れんだいこ 2005/12/20 11:54
 木村先輩ちわぁ。ご活躍の様子を拝しております。ユダヤ人の定義問題についてのれんだいこの知識は請け売りです。むしろ先輩から学んでいる状態なので、適切な解説文の紹介ができるほど深まっておりません。今れんだいこみサイトをめくりますと、「ユダヤ教及びユダヤ人とは」(seito_palesutina_yudayaginmondai_whatco.htm)が検索できました。先輩文もかなり取り込ませていただいております。

 これを機に、当掲示板のご利用宜しくお願い申し上げます。阿修羅版は非常にためになっております。全部は読みきれず、中にはくだらないのもありますが貴重ですね。

 2005.12.20日 れんだいこ拝

Re:Re:5002著作権について れんだいこ 2005/12/21 10:49
 匿名さんちわぁ。おっしゃっていることが何となく理解できました。お礼にれんだいこの新しい気づきをお伝えさせていただきます。

 れんだいこは、同じ文字の羅列ではあるけれど、製版されたブックとインターネット空間の文章とは明らかに性質が違うと考え始めております。質が違えば対応が変えられねばなりません。ここのところが同一視されて論じられ過ぎているのではないかと考えております。

 どう違うのか。例えてみますと、インターネット空間の文章は、書いた上に何度も書き直す習字で言う練習用のおさらいのようなものではなかろうか。それに比してブックは大会に出品された出来上がったものではなかろうか。

 何度も書き換えられるものには公的責任能力が弱く、為にそれを追求するのは無意味である。むしろ、その特性を見定めた上で互いに利用しあい意見しあうのが望ましい。但し、主体としての書き手の私的責任はあるでせう。他方、出品(出版)されたものは公的責任能力が強く、為に公的論評を待つばかりとなる。

 両者のこの性質の差を著作権問題でも顧慮せねばならないのではなかろうか。インターネット空間の文章はブックのそれとは格段に責任が低いけれども、それを踏まえて速報性、議論交差、一般公開性に優れているからして、自ずとこちらの方で愛用される。この愛用のされ方に合わせたルールとマナーづくりが望まれているのではなかろうか。その際のルールとマナーは、ブックのそれほどには厳格なものであるには及ばない。

 具体的に述べますと、リンクフリーは当たり前。引用、転載も出所を明らかにしておればフリーでなければおかしい。「無通知無承諾批判」はナンセンス。但し、引用、転載時の字句の間違いの訂正、段落変えまでは許されるが、趣旨の改ざんはご法度ということになりますか。

 「無通知無承諾批判」はなぜナンセンスなのか。それは、「要通知、要承諾」にすると、対抗言論の際に取り込みにくくなるからです。相手は言いたい放題、無責任な言論を為しているのに、その言論をまな板の上にのせようとしても承諾がとれないからできないというのでは「言い得言い勝ち」を許すことになるからです。

 議論もそうですが、権力犯罪を暴く際にも同じです。小ネズミを批判しようとした際に、小ネズミの発言を取り込むのに小ネズミの了解取り付けを要するなんてことにしたら、それが了解されない場合告発できない。そういうことを考えるとネット上に晒されたものは互いに自由に使いあえるという風にしていないとおかしいのではないでせうか。

 世の中には好んで気難しく捉える連中がいる。普通の感性では、引用、転載され、それが検索で出てくることは慶びです。例え批判的に取り上げられていても正確に引用、転載されていたなら仕方がないというべきです。嫌ならサイトアップしなければよいのです。それを、検索で見つけて、「俺に黙って引用、転載しやがった。けしからん」と云う人は変人です。

 ピッポ事件のように、元文が判決文で、それを第三者がサイトアップし、それに手間隙かけただけのものを、俺の著作権を侵害したなどとわめき、お気に入りの掲示板へ誘い、そこの管理人が調子こいて煽るなどということはナンセンスなのです。著作権違反批判がマナー批判へ移行した挙句ダンマリしておりますが便利な性格です。云っている側の方がマナーが悪いのです。こう書くと連中また怒り始めるのかな。

>  インターネットの特質と云える 自由な情報受発信・友愛・ボランティア精神は相手(読者)を縛るものでないが、実生活に根ざしたものが、求められる。
>  生き馬の目を抜く様な、金銭的な対価を求める特許/発明の様なものとは異なる面がある]
> ・・・・・・と言った感じでしょうか?

 この指摘から発想し、思いつくまま書いてみました。「実生活に根ざしたものが、求められる」の趣旨がやや曖昧ですが、互いの能力が高まるように利用しあうべし、その為に余計な規制は控えるべし、互いに弁えるべしとする公理を掲げればよいのではないでせうか。

 長くなりましたのでこれぐらいにしますが、地文取り込みの際のルールとマナー問題というのもあります。これは少々難しく、さてどう考えるべきかということを考えております。

Re:文体の問題とはこれ如何に れんだいこ 2005/12/22 17:16
 ブックは重いさん、かもめさんちわぁ。れんだいこの新しい気づきは不評のようですね。ネット系の文章を黒板著作権と名付けましたが何せ着想しただけで、練りはこれからになります。「インターネット・サイトの著作権について」(3_manabu_corner_tyosakuken_netsite.htm)に記してみました。

> 「製版されたブック」とは、ようするにジャーナリズム一般のことなりや。

 「製版されたブック」とは読んだ通りのものです。これで意味が通しないとすれば、どういえばいいんだろう。「文章の性質の違い」が、見えない人に見えるようにするにはどうしたらいいんだろう。青空文庫その他無料公開サイトには感謝しております。「文章の性質の違い」があるでしょうや。とありますが、読みながら線を引けるのかどうか違いがあるでせうね。書く態度には違いはないでせうね。れんだいこが云っていないことに釈明はできません。

 「ブックの文章は硬質であり、ネットの文章は軟弱だなどとは、よく耳にする話です」とありますが、れんだいこは初耳です。面白そうな説ですね。これを論じているサイトがあればご紹介下さい。内容に合点できれば、「すれば良し、せぬも良し」の態度で取り込んでみようと思います。後半のお話は、著作権問題とは関係なさそうですのでノーコメントとします。

 ブックは重いさんは相手にしてもらいたいだけなんかいな。「ブックは重いから出典不記載の引用は控えねば成らんが、WEBは軽いからどうでもいい、というのが、だいこちゃんの「あたらしい気づき」だっちゅとか?」とは、酷い捻じ曲げですね。

 ここで問題になっているのは一貫して「無通知無承諾な引用、転載はマナー違反なのかどうか」ですよ。ネット利用でのリンクがけ、出所、出典元明示はマナーだとれんだいこは弁えております。時々漏れることはありますが。捻じ曲げないで下さい。あまり羽目を外すと悪質になります。

>なるほどねえ、公的責任能力が弱いものは盗んでもいい。こりゃ、便利な理屈だっちゅ。

 君は捻じ曲げ専門か。

>ところでだいこちゃんに「あんた非常識だよ」といった人たちは、「無通知無承諾批判」などしていないと思うよ。自分の文章と他人の文章の区別、自分の思考と他人の思考、自分の仕事と他人の仕事、その区別をしないから、だいこチャンは、「どろぼー」といわれちゃうの。そう思うだけっちゃ。

 連中の言い分を確かめれば分かります。「無通知無承な転載は著作権法違反もしくはマナー違反」だとはっきり述べております。ここを踏まえずに、「無通知無承諾批判」などしていないと思うよ、なんて云われると困ります。

 繰り返しますが、何とかしてとっちめたい気持ちばかりが伝わってくるので、無闇には反論しておりませんが、いずれにせよネット文だからといって軽く見ないほうが良いですよ。みんな記録に残り、誰でも閲覧できるのです。これもブックとネット文の性質の違いです。れんだいこのように一つのハンドルネームを使う者にとっては、とっても責任重いですよ。使い捨てハンドルネームの人はその点気が楽ですが、天網恢恢とも申しますからねぇ。

Re:れんだいこのカンテラ時評その132 れんだいこ 2005/12/23 20:04
 【「A級戦犯」考】

 今日明らかになることは、A級戦犯として処刑された、第一組として土肥原、松井、東條、武藤の4名、第二組として板垣、廣田、木村は、戦犯としての罪はさることながら、ネオ・シオニストから見て許し難い能力者であったということであろう。逆に云えば、彼らは、ネオ・シオニスの内通者ではなかったという身の潔白が証明されていることになる。これはむしろ誉れであろう。これは、エージェントばやりの今日なら見えてきたことである。

 ディヴィッド・バーガミニ氏は、「帝国の没落と東京軍事裁判」で次のように記している。

 「明け渡された戦場において連合国の兵隊によって為された残虐行為は、戦争の激情の産物として半ば許され得た。だが、よりいっそう言語道断な不正行為が、分別のある人たちによって考える余裕があったはずの法廷で発生した。日本の政治に対する無知と評価の不足から、マッカーサーの戦争犯罪検察官たちは、辻や三笠宮や天皇裕仁のような戦争指導者たちを入念に無視して、倫理を知らないが命令に忠実であることを知っていた軍の将校たちを熱心に審理し、中傷し、そして絞首刑にしたのであった」。

 この一文は、東京軍事裁判の問題のありかの急所を衝いている。

 2005.12.23日、 西岡昌紀(にしおかまさのり)氏は次の一文をサイトアップしている。これを転載しておく。

 天皇誕生日に「戦犯」を処刑したアメリカ(http://blogs.yahoo.co.jp/nishiokamasanori/20424140.html)

 今日は、12月23日です。12月23日は、現天皇の誕生日ですが、同時に、東京裁判で「A級戦犯」とされた人々が処刑された日でもあります。即ち、アメリカは、当時皇太子だった現天皇の誕生日に東條英機らの「A級戦犯」を処刑した訳ですが、これは果たして偶然だったのでしょうか?私は、偶然だとは思ひません。即ち、アメリカは、当時の皇太子の誕生日をわざわざ選んで「A級戦犯」たちを処刑したのだと私は思ひますが、何と言ふ陰湿な事をしたのだろうと思ふのは、私だけでしょうか。将来の日本人が、天皇誕生日の度に東京裁判を思ひ出す様にと言ふ演出だったのでしょうが、こんな陰湿な事をして、結局、尊敬を失なふのは、自分達であると言ふ事に思ひが至らなかったのか、不思議です。無実の罪で処刑された「A級戦犯」の方たちの御冥福をお祈りします。

 平成17年12月23日(金) 東條英機元首相ら「A級戦犯」達が処刑された日から57年目の日に

 つまり、12.23日という今上天皇(当時皇太子)の誕生日に合わせてA級戦犯7烈士は処刑されたということである。これを偶然とみなすべきだろうか。「ユダヤ教にとって最も聖なる日とされる過ぎ越しの祭りの日にキリストをゴルゴダの丘に磔死せしめた故事にならった文字通りの復讐裁判であった」との説もある。これが歴史の真実とすると、いかに執念深い復讐のためのあざとい裁判だったかがわかろう。

 「処刑の様子」daitoasenso/tainitisenryaku_kyokutosaiban_syokei.htm

 2005.12.23日 れんだいこ拝

Re:これは私の言っていることとはまるで違うよ⇒無通知無承諾地文取り込みは泥棒、盗用か れんだいこ 2005/12/26 00:53
 ブックは重いさんちわぁ。タイトルで「これは私の言っていることとはまるで違うよ⇒無通知無承諾地文取り込みは泥棒、盗用か」とありますが、違いますかねぇ。

> >「他人文の無通知無承諾地文取り込みは泥棒、盗用か考」
> なんてえらい肩肘張ったCMコピーは、あたいにとってはただのスリカエ、言い逃れに見えちゃうだけなんでちゅ。

 そうではないでせう。ブックは重いさんの言うところの意味をズバリ捉えると、「他人文の無通知無承諾地文取り込みは泥棒、盗用か」ということになりませう。話は急所でした方が早いと思うよ。

 余計な話をしたくないから、ならばと問題の核心での話を引き受けようとしているのです。早い話が、人の文を自分の文のごとく取り込んでいいのなら、泥棒呼ばわりされなくてもよい訳ですから。そうでせう、だからこれを考えませうよと提案し、ご意見聞かせてくださいと依頼した訳です。

> そのかわり、それを誉めるにせよ貶すにせよ、誰のどこの文章なのか明記して、読者が原文を正しく参照できるチャンスを示すことが礼儀であるばかりが、厳格なルールでもあるわけでちゅ。

 議論の場合なら丸ごと了解です。読者が正しく判断できるように関係文を漏れなく併記する必要があります。相手が拒否しても無通知無承諾で晒さねばなりません。でないと読者は判断できません。これについてのご意見お聞かせください、きっとですよ。原文についての見解はここでは保留です。この後でおのずと明らかになるでせう。

> だいこちゃんの問題は「誰のどこの文章なのか明記しない」ことであって、決して「無通知無承諾」の問題ではないのでちゅ。

 「誰のどこの文章なのか明記しない」のは、必要がある箇所でそれを無失念した場合もあるということであって、常習的だ云われたらムッとするなぁ。それはそうと、ここで分かったことは、そうか、一貫して「引用元ないしは出典元明記のルール」を云っているのか。了解です。それは漏れてたな。「引用元ないしは出典元明記のルール考」のサイトも作ってみよう。

> さきに例にあげたページは、マツオさんという人がきちんと出典明記著者名明記したサイトから、だいこちゃんは盗んだのではありまちぇんか? だいこちゃんが、「マツオさんのサイトから転載した○○さん著の『丸まる』より」、とでもひとこと書いてあれば、私は、「盗んだ」なんていいまちぇんよ。

 そういう場合があったとして、盗んだ呼ばわりは不当と考えております。ルールとマナー問題に照らして云々というのなら分かるけど。ここが違うんだな。

> あたいの名前は「ブックは重い」ですが、これはグラムのこと目方のことなの。
> ブックはWEBより偉い、なんてちっともおもってないの。だいこちゃんみたいにカッコつけるのがあたいは大嫌いなの。

 「ブックは重い」をグラムで考えるのは勝手ですが、れんだいこが「ブックはWEBより偉い」とは発言していないのにしているかのようにすりかえるのは、質が悪い。少なくともルールとマナーの悪いやっちゃと思うのには理がある。

 れんだいこは、ブックとWEBでは性質が違う。黒板おさらい著作権論まで考案してお伝えしている通りです。その違いを前提にして互いの良さを引き出そうと提案している。「ブックはWEBより偉い」という風に云う必要がないことなんだな。これについての弁明をよろしくどうぞ。

> ブックであろうとWEBであろうと、誰が書いた文章なのか、誰が指摘した事実なのか、これっていちばんだいじなことでしょう?

 尊重はするけど「これっていちばんだいじなことでしょう」とは思わない。なんでそう飛躍させるのかいなぁちみは。飛躍と思わないか。これについての弁明をよろしくどうぞ。

> だって、それがあってはじめて、かかれた事の信憑性を読んだ人が検証できるんじゃん。WEBがかる〜く成ってしまうのは、そうした、情報の「とれーさびりてぃ」を無視するヒトがおおいからじゃん。だいこちゃんもそんなんでちゅか?

 「かかれた事の信憑性を読んだ人が検証」するには、書かれた事を吟味すれば良い。そう思わないでちゅか。書いた人又はサイトの方に関心振るのはついでの話で、それは単なる確認の問題だと思うよ。これについての弁明をよろしくどうぞ。

> だいこちゃんは、情報の私物化他物化とかブツクサいうけど、「だれがよくばり」か問題にすりかえているのは、引用のジョーシキを守っていないからだと思っちゃうでちゅ。だいこちゃんは若いといっても50の半ばを過ぎているから、問題をそらそうそらそうと懸命なのかちら。

 「引用のジョーシキ」は、マナー問題では受け入れようとは思うけど、ブックは重いさん派のように人を責める道具のようには使わないでちゅ。そんなに大変なことなんかいな。中身より包装紙の方が大事つう感じの意見だな。

> ここにも盗んだ文章(=だれが書いた文章かを明記しないで自分の文章のように装う)がめっかっちゃたよ。どうする?

 これはですね。何かのいきさつで、というかあまり問題にせず地文に取り入れたのでせうね。そういう格好になっている。今現在のれんだいことしては失当と考え、早めに直そうと思う。ご指摘ありがとう。

> ====(もともとは田○○明さんの文章の転載の、だいこちゃんによる盗用の、あたいによる引用おわり)

 どうしても盗用と呼びたいようですが、ガイド文の場合仕方ない面もあるとも思う。れんだいこの最新式の手法で直そうとは思うが、盗用ゆえに直すのではない。ここは恐らく感性の差だろう。れんだいこ文がそうされたからといっても、れんだいこは腹を立てない。れんだいこの記述が的確ゆえに普及しているんだなと思う。これはょっとして少数派の感覚かも知れないので、時流と今現在の感覚には合わすけど。

 ブックは重いさん派の指摘がここ当分続いているけど、泥棒だとか盗用だとかの議論は必要なことの十分の一程度のことで、議論の内容にこそ口角泡飛ばすべきだと思う。こちらの方がめっきり弱っているんだな。

 それはともかく、「他人文の無通知無承諾地文取り込みは泥棒、盗用か」について、ブックは重いさんの見解をお聞かせください。ご指摘のところはまさに地文取り込みの格好ですね。それがいかに酷いことなのか、条理を尽くしてお聞かせください。得心行けば、そったら悪いことをしていたのかれんだいこはと公開謝罪したいと思います。どうか単なる目くじら立てただけのことだったとならないように武運をお祈り申し上げます。

Re:引用元明記、出典元明記のルールとマナー考 れんだいこ 2005/12/26 13:17
 ブックは重いさんちわぁ。無通知無承諾ではありますが、「引用元明記、出典元明記のルールとマナー考」(3_manabu_corner_tyosakuken_inyomotomeikico.htm)サイトを作ってみました。、「他人文の無通知無承諾地文取り込み」と重なるのですが、これはこれで認識したほうが良いのかもと考え作りました。ともどもご意見お聞かせ下さい。

 考えてみれば、れんだいこの場合、題号違反、無通知無承諾リンク違反、無通知無承諾引用ないしは転載違反、引用元ないしは出典元不記載違反等々の批判対応に明け暮れております。論旨批判に行き着く前での批判が多い。

 本来は内容吟味で遣り取りしたいのだけれど、これらの指摘にも一理あるのかいなァと考え、降り注ぐ泥棒呼ばわりを払い払いかきわけて進んでおります。しかし、この分野の論考は未踏であるように思え、霧中の中をはっております。

 著作権の権威と思っている方には何の疑問もないのでせうが、いざ我が身に引き受けると参考になる話が少なすぎます。ブックは重いさんのお考えをお聞かせいただきたいところです。

Re:れんだいこのカンテラ時評その133 れんだいこ 2005/12/26 20:01
 【小泉政権打倒の再々度呼びかけ】

 稀代のタワケ小泉政権が越年しそうだ。2005.12.25日のNHK日曜討論で、小泉政権評価点を65だとか85だとかの点数をつけているのにあきれてしまった。まだこういうレベルにあるんだなと思い背筋を寒くした。海老沢会長が失脚させられて以来、NHKの右傾化が更に進みつつある。

 この期に及んでなお小ネズミ政権を擁護する者は、一体子ネズミ政権になって米英ユ同盟に貢いだ天文学的数字を明らかにし、その上で擁護せねばなるまい。それは知らなかったでは済まされない。それを承知で65だとか85だとかの点数をつけ、小ネズミ構造改革にエールを贈るのなら許せない。

 実はれんだいこも知らない。しかし、この知らないは何も分からないという意味ではない。公表されていないので、直接間接の総計までは分からず故に推定する以外にないという意味での知らないである。その金額は途方もない額になっているはずである。米国債の買い支えや、これからも吸い取られる分まで組み込めば数十兆円に及んでいるはずである。否、郵貯の35兆円まで入れれば百兆円にでもなるのではなかろうか。

 これはあてずっぽうではある。これが間違いというなら、云う者は知る限りの実数を示した上で批判すべきである。小ネズミ政権が何ゆえこれほどのことができたのか。これを考えるのがこの投稿の趣意である。小ネズミ政権がネオ・シオニスト丸抱えの政権であることは間違いない。ならば、何故、小ネズミに白羽の矢が当ったのか、ここが知られねば知ったことにはならない。それはどうやら根が深く、昨日今日の野合ではないのではなかろうかと思っている。以下、その推理を示し世に問う。

 小ネズミの売国性の根は深い。それはどうやら祖祖父小泉由兵衛から始まっているのではなかろうか。由兵衛は、去る日横須賀に移住して港湾荷役手配師となり、海軍の仕事を引き受け「港湾一の請負業・小泉組」にまで隆盛させる。いわば戦争とともに成長した軍需政商である。このDNAが引き継がれていくことになる。ちなみに、由兵衛は、この時既にネオ・シオニストのエージェントになっていた可能性がある。

 祖父・小泉又次郎は、この基盤に上に代議士になり、野党系の立憲改進党から始めて民政党に移り、最後には衆議院副議長、逓信大臣、厚生大臣、内閣参議、内閣顧問、貴族院議員に勅選されるまで昇り詰めている。この背景に、ネオ・シオニストグループの後押しがあったと考えたらどうだろう。「開戦止む無し」を決議した1941(昭和16).12.1日の第4回御前会議には厚相として出席している。大東亜戦争の最中、政権中枢に食い入っていることが判明する。大東亜戦争遂行上の機密はこのルートにより筒抜けにされていたことが考えられる。

 父親・小泉純也は、又次郎の娘婿として小泉家に入り込んだ養子である。又次郎の地盤を後継し、1958年には「在日朝鮮人帰国協力会」の代表委員の一人となり「在日朝鮮人の北朝鮮送還事業」を主導している。60年安保改定の際には自民党外交調査会長として衆院本会議で与党代表質問し、賛成演説している。この時、「安保男」のニックネームが付けられている。よほど日米安保同盟推進の側に位置していたことが分かる。後、3次池田改造内閣と第1次佐藤榮作内閣の二期連続で防衛庁長官に就任している。この当時、日本の国防産業は日米交渉の主要課題になっており、その意向を受けて立ち働いたことが考えられる。

 こう考えると、小泉家の血筋は一貫してネオ・シオニストのエージェントとして軍需防衛族として立ち働いてきていることが分かる。小ネズミは、更に大蔵族としての働きも加えている。日本国首相としてなって4年有余、国家改造に精力的に取り組んでいるが、靖国参拝で愛国士の真似事を演出しつつ、その隠れ蓑の裏でろくなことをしていないのははっきりしている。

 難しく考えるのが嫌いな向きは次のことに目を光らせばよい。彼のやることは日本国のためになっているのか、エージェントとしての役割を果たしているのではないのか。軍事防衛に更なる予算をつぎ込もうとしているのではないのか、それは本予算を通じてばかりではなく裏予算を使ってもなしているのではないのか、外資よりする目ぼしい日本企業の買取りを強引に促進させているのではないのか。凡そ、云うことより為すことを見よ。

 この、タワケ、スーフリ、愉快犯の三拍子そろいの首相を据えたまま年を越し新年を迎えることになる汝臣民愚かというより哀れなり。ツケは必ず払わされる。今から覚悟しておけ。

 2005.12.26日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その134 れんだいこ 2005/12/27 19:44
 【1999年、週刊ポスト記事への圧力考】

 (れんだいこのショートメッセージ)

 れんだいこは、「小学館発行週刊誌・週刊ポスト圧力事件」の重要性に気づき始めた。そこで書き直すことにした。日本のジャーナリズムは、この事件により更に一層ネオ・シオニストに拝跪させられ、彼らは野放し状態で日本を蚕食していくことになったのではなかろうか。その挙句の果てに小ネズミ政権が登場し、悪事を加速度的に積み重ねているのではなかろうか。

 この事件のもう一つのキモは、同記事がガセネタだったのかどうかであろう。その判断は銘々がすれば良かろう。

 2005.12.27日 れんだいこ拝

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 1995年の「文芸春秋社マルコポーロ廃刊事件」に続いて、4年後の1999年「小学館発行週刊誌・週刊ポスト圧力事件」が発生している。この顛末を見ておく。

 1999.10.15日号週刊ポストは、概要「長銀血税5兆円を食うユダヤ資本人脈掴んだ!」なる見出しの記事を掲載した。「新聞が1行も書かない長銀」、ウォール街、米大統領選資金全相関図」と副題が添えられていた。(記事内容は末尾に転載する)

 これに対し、ユダヤ人人権擁護団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」(本部・米ロサンゼルス)が、「文芸春秋社マルコポーロ廃刊事件」同様に、同誌に広告を掲載している日米の企業10社に対し、広告掲載の中止を要請した。同センター副所長のアブラハム・クーパー師によると、広告掲載の中止を要請した企業は、松下電器産業、トヨタ自動車、日産自動車、本田技研工業、マツダ、サントリー、キリンビール、住友商事の各米国現地法人計8社と、マスターカード、フィリップ・モリスの米企業2社。10.14日、いっせいに手紙やファクスを送ったという。同師は、読売新聞社の取材に対し、「広告掲載企業を通じて週刊ポストに圧力をかけてもらう」と話している。

 クーパー師は、各社に送った文書の中で次のように述べている。
 概要「今回の記事内容は、『長銀買収の裏にユダヤ金融資本の陰謀があった』というものである。見出しを裏付ける具体的事実がまったく記されていない。こうした反ユダヤ主義の虚報は、ホロコースト(ユダヤ人の大虐殺)を正当化するためにヒトラーによって使われたものである。週刊ポストに広告掲載している各社に告ぐ。これ以上週刊ポストに広告掲載することは、週刊ポストの問題のある記事に、貴社が支持を示唆したことになる」。

  「サイモン・ウィーゼンタール・センター」は、週刊ポストに対しても、記事の撤回と謝罪を求める文書を送った。週刊ポスト誌は、10.11日、「記事に関する問題点を具体的に指摘するよう求める回答書」を送付した。これについてクーパー師は、「誠実な回答とは思えない」と話している。  

 週刊ポストの坂本隆・編集長は次のように述べている。
 概要「センターからの抗議に対しては、誠意ある対応をすべく、現在、代理人を通じて同センター側と折衝中である。すでに文書で誠意ある回答をしている。来週、ロサンゼルスで、クーパー師と協議する。広告に関することについては、事実関係がわからないのでコメントを控えたい。センター側の抗議内容を正しく認識し、反省すべき点については謝罪する準備がある」。

 ポスト側代理人が、電話で同センター副所長のアブラハム・クーパー師に次のように伝えた。  「週刊ポスト」坂本隆編集長と同社の取締役を同センターの米国ロサンゼルスの本部に派遣し、記事の内容について遺憾の意を表したい。訂正記事の掲載方法についても協議したい。


 クーパー師は、読売新聞の取材に対し次のように述べている。

 概要「我々が求めているのは、読者が問題の記事の誤りに気付くような、明確な撤回と謝罪である。前向きの解決が図られる可能性がある」。

 同センターは4年前、文芸春秋の月刊誌「マルコポーロ」を廃刊に追い込んだ上、社長を辞任させており、今回も日本政府やイスラエル政府への働きかけている。さて、この結末はどうなったか。 

 れんだいこが確認しておく。週刊ポストはマルコポーロのように廃刊にはならなかった。特段の処分が為されたのかどうかも分からない。幸いである。この対応こそ賢明と読むべきか。以降、同社は、「サイモン・ウィーゼンタール・センター」の逆鱗に触れるような記事の掲載を固く戒めることになった。この対応こそ賢明と読むべきか。この一罰百戒効果で得した者ないしその勢力が在るとしたら、彼らは幸いである。幸いの幸いは我らの不幸である。 

daitoasenso/taigaishinryaku_horocoosto_postzikenco.htm
 2005.12.27日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その135 れんだいこ 2005/12/28 15:27
 【「若狭得治逝去考」】

 2005.12.27日、戦後運輸行政の大立役者若狭得治氏が逝去した(享年91歳)。若狭氏も又ロッキード事件の犠牲者であった。被告にされ最高裁まで争ったが有罪の汚名を被せられた。口惜しいことであったと思う。

 マスコミは判決に先立って罪を被せ続けた己の悪行を正視できず、お茶濁しの記事しか書いていないので、れんだいこがその生涯履歴を寸評しておく。

 新聞各社の情報を取り寄せ、アンサンブルした。当然無通知無承諾、出所元無記載で引用している。著作権法違反だと云われるのならその責めを受ける容易がある。ブックは重い氏は腰が重くなっているのであるか、見解を聞かせたもれ。

 富山県出身。1938年、東京帝国大法学部を卒業し逓信省(旧運輸省の前身)に入る。海運局長時代の1963年、主要外航海運会社を6グループにする海運集約化で業界の体質強化に尽力した。事務次官を経て、1967.3月、退任。

 1969(昭和44)年、若狭氏の能力が買われ、全日空に顧問として入社。副社長を経て翌70.6月、社長に就任した。航空分野の規制行政で、86年まで締め出されていた全日空の国際定期路線進出に取り組む。遂に、同社の念願だった国際線進出を果たした。企業体質強化のためジェット化の推進やホテル事業などにも取り組み、経営基盤作りに尽力した。日航と肩を並べる航空会社に育て上げたことにより、「全日空中興の祖」と云われる。「航空界のドン」との異名をも取った。

 その絶頂期の若狭氏に悲運が襲う。1976年、戦後最大の疑獄に仕立てられたロッキード事件が勃発。田中角栄元首相らが逮捕された。若狭氏は、社長在任中の1976年、新型ジェット機「トライスター」の選定を廻る贈収賄容疑が問われ、橋本登美三郎元運輸相らに対する贈賄側の中心とされた。これを全日空ルートと云う。

 若狭氏は、贈賄罪容疑に就いては時効でもあり起訴を免れた。ところが、1976.7月、東京地検は、国会証言偽証による議院証言法違反と、トライスター採用を廻るロッキード社からの裏金受領による為替法違反の疑いで逮捕、起訴した。同12月、若狭氏は、代表権のない取締役会長就任した。

 若狭氏の真骨頂は一貫して容疑を否認し続けたことにある。田中角栄と同じく最後までこの姿勢を貫いた。1982.11月、一審判決で懲役3年、執行猶予5年の有罪判決を受けた。直ちに控訴したが二審も控訴を棄却。最高裁へ上告したが、1992.9月、最高裁も懲役3年、執行猶予5年の有罪判決を宣告した。これにより刑が確定した。1996年、恩赦法の適用を申請し、執行猶予期間が約1年2ヶ月短縮され、同7月、刑の執行猶予期間を終えた。

 若狭氏は、被告の立場ではあったが社内の信望に支えられ会長で在り続けた。1991年、名誉会長になった後も取締役を務め第一線で活躍し続けた。1997.5月、日本航空協会会長就任して、ロッキード事件後初めて公職に復帰した。この間影響力を持ち続けた。

 1997年、若狭氏は、普勝清治社長と後継役員人事をめぐって対立、社内抗争が始まった。社内外から強い批判を浴び、相打ちの形で取締役を退任し相談役に就任した。1998.4月、相談役の廃止に伴い、常勤顧問となった。

 れんだいこは、何故に若狭得治に注目するのか。ロッキード事件の虚構を暴き続けた氏の姿勢に対する評価は無論であるが、戦後運輸行政の大能力者が葬られていく過程に注目するからでもある。

 戦後日本は、この頃までは有能な者が登用されるシステムがあった。ロッキード事件を境に潮の目が変わった。ロッキード事件にはそういう史的意味がある。今や日本は、若狭氏のみならず有能者ほど煙たがられる排斥される時代に入った。ネオ・シオニズム被れのイエスマンばかりが登用されるようになった。アメリカ帰りの要職者は皆この手合いだと思えば良い。

 郵政民営化委員会の委員長に経済評論家の田中直毅が抜擢された。余りに露骨で却って滑稽ではある。こいつは、つい先だっての12.25日のNHKの日曜討論で、小ネズミの首相能力と実績に85点つけていた御仁である。その間云っていることは、ネオ・シオニストの論法と青写真ばかりであった。こういう連中が登用されるという格好見本だろう。いよいよ本気でやるということかも知れない。

 2005.12.28日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その136 れんだいこ 2005/12/31 17:32
 【2005年の目からうろこ考】

 不意に思い立ち、れんだいこの認識変遷史をメモしておこうと思った。まず学生時代の正義感からくるところの諸々の思念及び行動、革命的民主主義レベルの諸々の思念及び行動、マルクス主義レベルの諸々の思念及び行動、中山みき的たすけ合いレベルの諸々の思念及び行動、陽明学、イエス思想、アナーキズム、古神道といろいろ雑穀してきている訳であるが、れんだいこから見れば皆内的必然があり、傍から見れば訳が分からないという流れに在るようである。この先どう流れるのかれんだいこにも分からない。

 それはともかく、そういう流れを縦とすれば、横の流れに於ける認識の変遷もある。今年は、遅ればせながらトロツキーの「我が生涯」を読み、トロツキズムの史的位置を確かめた点で画期的であった。これによれば、スターリニズム以降のマルクス主義運動は、本来のそれとは似ても似つかぬエセのものであり、この系譜でマルクス主義者然として教説する者は、如何に賢こぶろうと馬鹿丸出しということになる。トロツキズムのそれが十全なという訳ではないが、スターリン以降のイズムと比べれば瞭然としている。そういう事を感覚的に漠然として受け止めるのではなく、一応史実に沿って確認しえた事は収穫であった。宮地健一氏その他諸氏の論考に謝す。

 幕末維新考に於ける「孝明天皇以降の変調後継史」も目からうろこであった。早くより識者が指摘していたことであるが、何のことやら分からなかった。その一応の確認ができ、歴史は深いと改めて感慨させられた。既に、「大正天皇押し込め」は見てきているが、どちらも重要な政変であるように思う。しかし、公認史書はこういうところを書かないので、下手に学べば学ぶほど馬鹿になる。太田龍・氏その他諸氏の慧眼に謝す。

 これは今年の「目からうろこ」ではないが、「9.11事件」の虚構も論議が深められ、資料が揃い始めたようである。まさかそったらことと考えるのが普通であるが、ネオ・シオニストどもにはあの程度の陰謀事件は朝飯前なのかも知れない。事件直後より疑惑を衝き続けている木村愛二氏の功労は評されねばならない。

 論点が次第に「現代版ユダヤ人問題」に移りそうな気配がある。年末のアハマディネジャド大統領の「ホロコーストはウソだ」も衝撃的であった。れんだいこは、これについては「目からうろこ」ではないが、大方の者にはそうではなかろうか。そう受け取らないようだと共に語るに値しない。よほどの根拠が無い限りこういう発言はできず、それをイランと云う一国の現役大統領が発言したことの重みはそれとして受け止めるべきだろう。今後ますます余震が続き、否再爆発するかも知れない。いずれにせよ議論を尽さねばならない。

 そういえば、小ネズミの「9.11総選挙結果」も「目からうろこ」であった。開票に不正があったとしての究明まではできないが、今後に於いては一層選挙管理委員会の動きに目を光らせねばならない。投票者数よりも投票数が多いという事態はその原因を徹底究明せねばならない。「9.11総選挙結果」はその種の選挙の不正によりもたらされたと結論することは不当早計であろうが、すっきりしない面も残った。恐らくこちらが本筋の有権者行動が「目からうろこ」であった。ヤングが批判的という通念は壊され、マスコミ操作により大いに利用される団塊に過ぎないという認識をせねばならないことになった。「左」右両翼からの長年の愚民教育の賜物効果であろう。

 その他、小ネズミのコソドロ式靖国神社参拝問題、イラクへの自衛隊武装派兵再々延長、国家財政の赤字体質下の引き続きの軍事防衛関連大盤振る舞い等々いろいろあった。れんだいこが得心するような処方箋は何一つ提起されなかった。ネオ・シオニストによる日本占領は既に「目からうろこ」ではないので記さない。蠢く御仁が際立って見えてきた。来年はもっとしゃしゃり出てくるのだろう。

 そうだ最後にあれを記しておかねばならない。著作権という厄介な如意棒が振り回され、手間隙著作権という新概念が登場してきた。これによると、今後は自分の著作であれ人のものであれ公的文書であれ、少し手を加えれば自分の著作権支配下になり、無通知無承諾転載はご法度ということになるらしい。著作権法に当らなければルールとマナー問題になり、それも怪しいとなればジャカマシィ、俺が不快だったから不快に責任とらせるのだ何か文句があるかと云う論法で詰問できるらしい。サヨ圏の論法が丸出しにされていた。れんだいこは、この手合いには触らぬ神に祟りなしと一層自重自戒することにした。

 それはともかく新年はどうなるか。お陰のありそうなところを見つけてお参りしながら考えてみよう。左往来人生学院に福がありますように。ご来場の皆様にも良き事が多かりますように。この一年お付き合い、皆様有難うございました謝謝。

 2005.12.31日 れんだいこ拝

謹賀新年 れんだいこ 2006/01/01 01:21
 呼んでも呼ばなくても暦は廻る。2006年が明けた。さて今年はどんな一年になりませうや。自律自存をテーマに奮闘努力してみたい。せめてネットの分野に於いては思いのたけの発信受信してみたい。値打ちサイトとしての評価を賜れるよう粉骨砕身してみたい。知っておくべきにして分からないテーマに対して突貫小僧してみたい。

 というような抱負を述べて初夢を見に向います。皆様今年もここで憩え。そうだ、投稿5000越したのでそろそろ新板を作らねばいかん。いろいろ去年から積み残してきたものがある。何とか早期に解決しよう。

 というような挨拶で皆様この一年も引き続き宜しくご愛顧をばお願い申し上げます。

 2006.1.1日元旦 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その137 れんだいこ 2006/01/05 18:56
 【佐藤昭子女史の「田中角栄ー私が最後に伝えたい」考】

 2006正月は、佐藤昭子女史の「田中角栄ー私が最後に伝えたい」を読み納めにした。昨年はもう一つ、増山榮太郎氏の「角栄伝説」が出版されている。どちらも有益本で、必須文献である。

 こういう良書が出版されているのだが、新聞各社の書評欄ではどうなっているのだろうか。無視されているのか好意的に扱われているのか、批判的に扱われているのか。知りたいが分からない。

 思うに、これから角栄見直しブームが始まる。小ネズミのバカさ加減に対する食傷度に応じて衝動が強まると見る。それにしても、小ネズミ政権の5年間は酷すぎる茶番劇であった。今日まだ戦後随一の名宰相として持ち上げる向きの者が居るが、どうやったらそうではないことを分からせることができるのだろうか。

 その対極に位置している角栄を知らずんば、恐らく比較ができないから判断留保がオチになるのではなかろうか。そういう意味でも角栄はもっと知られねばならない。ああいう政治が恋しく訪ねられねばならない。

 こう書くと、日共系のサヨ族がしかめっつらする姿が見えてきた。あの連中とは、一から十まで何を語っても話が合わない。れんだいこは相手せずの構えで、新人材との交流のの旅に出る。それにしても、角栄訴追に狂奔した連中には相応の責任取らせたい。段々むらむらしてきたのでこれでお終いにする。

 2006.1.5日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その138 れんだいこ 2006/01/09 20:29
 【俵孝太郎氏の警鐘について】

 俵孝太郎氏は、著書「田中裁判ーもう一つの視点」(1984.11.25日初版、時評社)の中で、「操作される世論の危険」に言及している。れんだいこはこの言を認め、但し「操作される大衆」ではなく「操作されるマスコミと大衆」という視点で捉え直し、次のように発言しておくことにする。俵孝太郎氏の立論から離れ、れんだいこ節になったかも知れない。

 「世論は操作される。今日ではまずマスコミが操作される。その操作されたマスコミによって世論が操作される。この操作が始動するとバランスを失ったままひとりでに暴走し始める。こうした暴走は、えてして滑稽な反動を伴うものだと云っておきたい。

 操作されたマスコミによって世論が影響され、大衆が操作されるにしても、大衆の判断は一定の長期間で捉えてみれば概ね妥当なところに落ち着く。そこには不思議なほどの摂理が働く。大衆は刹那刹那で捉えてみれば往々にして、没理性的でまことに振幅が激しく、到底信ずるに足りない軽挙に陥るにしても。

 マスコミ操作とそれによる世論操作と、操作される側の関係を捉えて、人は、あるいはそれは操作する権力が悪いのであって、操作される側には罪は無いと云うかも知れない。しかし私は、必ずしもそうは思わない。権力がマスコミを、世論を、大衆を操作しようとするのは権力の常套手法であって、立場からすればいわば当然であるとみなすべきだろう。そういうことをしない権力なぞ無いと云うべきだろう。

 だからといって、マスコミ、世論、大衆なりが操作されるのは仕方が無いと云ってしまっては何も解決しない、と思う。換言すれば、詐欺師は当然人を騙そうとするに決まっているが、だからといって騙されるのは止むを得ないとは云えない。

 操作されたり、騙されたりするのは、いわゆる被害者の側にも応分の責任があると、ひとたびはみなすべきではなかろうか。無知とか、未熟とか、欲とか、打算とかがあるからであって、その辺りを安易に無視して、ただ、被害者に罪は無いと糖衣錠理論で宥(なだ)めるだけでは、事象から教訓を生み出すことにはならない。権力側に操作される仕掛けの解明に向い、それを防ぐ手立てを講ずることが肝要である。流布されている糖衣錠理論の危険性がここにある。

 『大衆は常に神の如きものだ。大衆から学べ』と云う言葉も安易に真に受けてはいけない。私は、世論、大衆の判断は常に正しいものだという風には理解しない。大衆はしばしば操作されるし、容易く間違う。日本人のように、熱しやすく冷めやすい民族、集団としての思考や行動に馴染み、東洋的専制主義の政治の下にあったことが久しい国民では、尚更のことだろう。

 しかし、世論や大衆を弄ぶものは、いつか必ず痛烈なしっぺ返しを受け、返り血にまみれる。その作用を通じて、大衆は『神の如きもの』になりうるのだ、それが東西古今の歴史なのだと、私は思う」。

 2006.1.9日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その139 れんだいこ 2006/01/11 21:17
 【小泉の後ろでちらちらしている松野頼三について】

 小泉政権の陰で松野頼三の姿がちらちらしている。これに不快を覚える者がいるとしたらかなり政治通である。何も感慨覚えないとしたらよほど鈍感というべきである。れんだいこは、戦前戦後の軍事防衛に小泉ー松野ラインの陰を見て取ることができる。両家はよほど昔から米英ユ同盟のエージェントしてきた系譜であることが分かる。しかし、この方面の研究をする者が居ない。危険なのかもしれない。

 松野頼三と云えば、ロッキード事件の際に三木内閣の政調会長としてロッキード事件徹底追求、角栄逮捕を人一倍熱心に煽った史実を残している。当時、中曽根が幹事長で、この二人は呼吸を合わせて角栄の政界追放に立ち働いた。これを思えば、福田はかっての昭電工事件で逮捕された覚えがあり、角栄に同情的であった。この二人は君子の争いをした。

 日共の宮顕ー不破が「左」から角栄追討を促進させたという史実を残している。児玉ー中曽根ーナベツネー松野ラインは胡散臭い。宮顕ー不破ラインも胡散臭い。胡散臭い連中が左右から呼吸合わせたのがロッキード事件徹底解明であった。これは偶然だろうか、そう問いかける者が少な過ぎる。

 ロッキード事件徹底解明それ自体はよろしい。角栄派もそれを願っていたわけだから。ちなみに角栄は5億円授受事件とは無縁であった。よって角栄逮捕から始まる一連の公判闘争は冤罪を晴らすためのものであった。これがロッキード事件に対するれんだいこ見解である。角栄支持派でさえ大方の向きは有罪としてその能力を惜しむ弁をしているが、それは生ぬるい擁護論でしかない。

 ロッキード事件徹底解明は、角栄逮捕とその後の公判ハリツケにのみ意義があった。ハト派の総帥角栄を身動き取れなくさせることにより、60年安保闘争以降封じ込まれていたタカ派が息を吹き返し、その間隙を縫うようにして紆余曲折しながらではあるが中曽根ー小泉へと政権をバトンタッチさせてきた。そして現在に至る。

 生み出されたのは極めつけの米英ユ同盟エージェント派による日本解体政治であった。それは、角栄の日本列島改造計画に対することごとくアンチであり、その指針を否定し続けている。近時の民営化の流れもそのシナリオに沿っている。お陰で日本の国庫が空っぽにされつつある。今年の雪害に対しても政府の動きは鈍い。ブッシュの意向には素早く応ずる割には。

 元サンケイ新聞政治部記者にして政治評論家として健筆を奮っている俵孝太郎氏の「田中裁判ーもう一つの視点」は貴重な告発をしている。それを書き記しておく。俵氏によれば、当時の捜査当局には、ロッキード事件に併行してグラマン事件の贈収賄資料があった。しかし、グラマン事件の19億円贈収賄が隠され、ロッキード事件の5億円贈収の方へ捜査の舵が切られた。当局奥の院の政治的指令がそうさせたに違いない。検察ー裁判所がこれに応じ、マスコミが加勢し、世論をつくっていった。ちなみに、警察は、グラマン事件の方の解明に向おうとしたが封殺された。思えば、土田警視総監ピース缶殺傷事件には裏がありそうである。

 これにより、今日では自明な能力があり真の意味での愛国愛民族派が蟄居せしめられ、能力の低い売国エージェント派が台頭していくことになった。その分水嶺がロッキード事件の喧騒であり、してみればロッキード事件は今に至る政治の貧困の端緒を為しており政治史的意味が大きい。この時宿された種がの中にあらゆる不正を見て取ることができる。

 もとへ。俵氏は、松野について次のように述べている。 「5億円の賄賂が、『例を見ない』どころか、グラマンー日商岩井ー松野頼三氏というルートでロッキード事件以前の42年から46年にかけて流れていたことは、松野氏自身が54年に衆議院の特別委員会で証人として認めた事実であり、法廷外の出来事とはいえ、まさか裁判官も知らないはずはないと思われるからである。国民衆知のこの事実をなぜ裁判は見落とし、検察主張に沿って認定した田中角栄被告への5億円を『例を見ない』と強調したのか」(「アカハタが批判した角栄裁判」1984.11月号文芸春秋)。

 そういういかがわしい経歴を持つ松野が自分の不祥事に頬かむりしつつ角栄訴追に動いていたことになる。ロッキード事件に対する腹立たしさはこういうところにもある。なお、ここでは松野のみが取り上げられているが、グラマン事件には、児玉ー中曽根ーナベツネの影が見て取れる。

 その後の歴史は、この時の真の意味での巨悪中曽根ーナベツネー松野ラインを押し上げていくことになったことを示している。冒頭で述べたように、松野は小泉の裏で今も蠢いている。軍事防衛面で暗躍していることが推定される。今後数兆円のミサイル防衛網整備、その他軍事技術開発費日本側負担の按分等に於いて立ち働いていることが想定される。この不義を許せようか。

 2006.1.11日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その140 れんだいこ 2006/01/18 20:35
 【愛宕北山史学について】

 れんだいこは今、「愛宕北山史学考」をれんだいこ論文集の中に入れ格闘している。内容が濃すぎる分迷路に誘われそうである。れんだいこが習ってきた歴史観なぞ何の役にも立ちそうに無い。そうか、日独伊枢軸には新旧帝国主義の世界覇権抗争とばかりはみなせられない裏意味があったのか、と教えられている。その分斬新である。

 今からそういう新しい史観を汲み取っていくのは難儀なことではある。既に獲得しているものの見方で世の中を理解していく方が楽である。それが役立たずであろうとも、分かったような物言いでお茶を濁していければそれも結構かと思う。

 しかしいけない。れんだいこの性分がそれを許さない。既成のものの残薄さが分かった以上、よしんば到達点は低くなろうとも新しい観点から練り直して行かねばならない。「寿命ある身の者が持つべき、拠ることのできそうなれんだいこ的歴史観、処世観」の形成に向けて歩まねばならない。

 この観点からすれば、巷にあるものがどの程度有益か無益か見えてくる。ネット検索したとして、知りたいと思うことの情報は案外とお粗末なような気がしてならない。この天文学的情報洪水時代に於いてそうなのだ。人が如何に適当に生きているかが分かる。れんだいこも適当人間だからおあいこだけれども。

 とまぁ以上述べておく。

 れんだいこは、マスコミの中立公正さを端から信じない。だから中立公正城に篭るべきとする正論には与しない。企業がマスコミにヨイショ記事書かすことがいけないとは思わない。多かれ少なかれそういう操作は為されていると見るから。今の時代に於いて、中立公正を声高にすることは却って危険と見る。諸氏百家争鳴に向けて幕を開けさせることの方が意味があると思っている。

 「愛宕北山史学」はこれについても言及している。れんだいこが語るには及ばない。願うらくは、「愛宕北山史学」議論の起らんことを。れんだいこが転載した「愛宕北山論文」のダウンロードをして各自が学ばれんことを。著作権屋が登場してくる前に各員が取り込みされんことを。

 2006.1.18日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その141 れんだいこ 2006/01/21 19:59
 【日露戦争の陰にロスチャイルド有り】

 日露戦争に於けるロスチャイルドに象徴される国際ユダヤの陰を見て取らない歴史観は空疎である。そういう空疎な歴史物が横行しているので、読んでも読んでみただけのことにしかならない。以下、れんだいこの気づきを書き付けておく。

 明治維新の富国強兵策、日露以降から大東亜戦争までの経緯から学ぶべきは、1・日本が戦争の世紀へ容易に引きずりこまれたこと。2・結果的に国家財政を圧迫し、養豚政策で太らせ似れた挙句はロスチャイルド派に召し取られてしまった、ことではなかろうか。

 戦後の廃墟から奇跡の復興、高度経済成長、日本列島改造、そして今日までの経緯から学ぶべきは、1・戦後日本は、非武装国際協調経済主義路線を敷くことにより、それを主導した政府自民党ハト派の英明政策により世界史上稀に見る平和的発展を具現したこと。

 2・それを危惧したロスチャイルドに象徴される国際ユダヤが、ロッキード事件を転機としてハト派掣肘に動き始め、その間隙をぬって中曽根に代表される売国タカ派系が政府自民党の新主流派としてたち現われ、この系譜の政府自民党により、痴呆のままに最後の宴に入っており、目下はより露骨にエージェント丸出ししている小泉派が狂い咲きしているのではなかろうか。

 憲法改正が政局浮上しつつあるが、これを国防問題として議論しようとするのは、そのように論議されているけれどもマヤカシであり、要するにますますの国家財政の悪化と傭兵的派兵の二本立て要請により、今度こそは日本及び日本民族を再起不能なまでに徹底解体せしめる政策として導かれようとしているのではないのか。それは日露から始まっていると見立てたい。

 そういう意味で、「日露戦争の陰にロスチャイルド有り」をサイト化した。seito_palesutina_yudayaginmondai_roschaild_shifco.htm

 ロスチャイルドに文句云うつもりはない。そのシナリオに無痛で乗るボンクラを批判し、はしゃぎ廻る手合いを懲らしめたいと思う故にである。その昔「右も左も真っ暗闇ではございませんか」というセリフが流行った。今は、「右も左も奈落ではございませんか」と云ってみたい。

 2006.1.21日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その142 れんだいこ 2006/01/24 21:12
 【中山みきの「泥海こうき」考】

 中山みきと云えば天理教開祖として知られているが、天理教団に囲い込みされるべき御方ではないと思っている。れんだいこは、彼女の史的高みは絶賛されても足りることはないほどに高いと見ている。その白眉は「泥海こうき」である。れんだいこは、この教理がどのようにして形成されたのか形成過程にこそ興味があるが分からない。

 その「泥海こうき」は案外なほど知られていない。最近メールで遣り取りがあったのを機にこたび書き直した。まだまだ不満足であるが少しは出来映えがよくなったと自負している。「元の理」(mikiron/omitinoriron_motonori.htm)に書き付けている。

 何が素晴らしいのかに一言しておく。現代社会に於いてはその昔はパリサイ派の今はネオコンの悪魔教理が支配的であり、米英ユ同盟が世界を恣にしているが、れんだいこは、そのどこがオカシイのか社会事象的な面ばかりではなく思想の原点に於いても批判されるべきであると考えている。でないと批判しきれないと思っている。

 こうした時、大いに参考になるのがイエスの行状であろう。れんだいこは、「イエスキリスト論」(religion_christ.htmでこれを確認した。イエスの弁論こそはパリサイ派のそれはそれで理屈に合っている但し悪魔の狡知にほかならないその思想及び行状に対する人智を超えた神の域からの批判であった。れんだいこは、イエスの史的高みはここにあると考えている。

 れんだいこ史観に拠れば、ここに中山みきが絡んでくる。みきも又悪魔的狡知に対する人智を超えた神の域からの批判をしている点で評価されるべきだろう。「泥海こうき」はその集大成であるが、イエスの教えとも通底しつつ又一味違う教理を述べている。甲乙付け難い。というか男性と女性の差、西欧と東洋の差から来るものかも知れない。

 イエス、みきの教えに耳を傾ければ、マルクスの教説の尻の青さが見えてくる。そのマルクスの教説を手前勝手にアレンジした挙句似ても似つかぬものにしている最近のサヨ思想及びその運動となると論ずること事態が馬鹿げており、そういうこともあってここのところ批判をやめている。

 願わくば、それぞれの教えの本当の話を確認し、それから是非の論議をしてみたい。今は、当人の教えと全くかけ離れた像が一人歩きしており、その像を掴まえて手前勝手な賛辞と批判が横行している。どちらにしても詰まらない。

 れんだいこは、至らないながらも至ろうとしてそれぞれのテーマを見つけ検証している。トピックもあれば息の長いものもある。息の長いものの最たるものはみき研究ではないかと思う。価値観混迷の現代に於いて、みき教理がもっと議論されることを希望する。目下、れんだいこは、みきの前にあってはただただ頭を垂れる以外に術が無い。他の何に対してもそうではないだろうと云う癖を持っているにも拘わらず。こういう人物は居るものではなかろう。

 その昔、何の因果か関わりを持ったが、今はただ感謝している。

 2006.1.24日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その143 れんだいこ 2006/01/25 19:15
 【国策操作全盛時代を憂う】

 久しぶりに国会中継を聞いたが全くくだらない。野党質問は迫力が無く、せいぜい国会の演壇で質問していること自体が議員履歴に箔をつける晴れ舞台とでも考えているのだろう、単にそれだけのものでしかない遣り取りをしている。首相答弁は原稿の棒読みで、何度も同じ原稿を読み聞かせていた。こういう国会は要らないなぁ、改めてそう思った。いずれ参院廃止問題が起るだろう、そういう予感を抱いた。

 それはともかく、小ネズミの靖国神社参拝論のペテン性に対し、どの党も誰もウソを突けていない。これは政治の貧困というより知の貧困ではなかろうか。れんだいこは、エエカゲンニセンカイと怒鳴りつけたい。これでは議論にならんではないか。

 小ネズミ曰く、意訳概要「中韓が何を云おうと靖国神社参拝を止めない。私の靖国神社参拝は心の問題である。心の問題は憲法でも保障されている。私は、他の誰をも誘うことなく一人で参拝している。一国の総理大臣たる私が個人として、こたびはひそやかに参拝している。とやかく云われることはない」云々というような答弁をしていた。

 れんだいこには明らかにドアホー見解であるが、これを質問した日共の市田には歯向かうオツムは無い。なぜなら、こういう詭弁は宮顕ー不破以来耳タコになるほど聞かされ慣らされているからであろう。「心の問題は憲法でも保障されている」と聞かされたら、むしろ拍手でもしたかったのではなかろうか、この御仁は恐らく。現代サヨ運動の低脳には漬ける薬が無いのでこれ以上批判しない。

 れんだいこは、この論法のどこがオカシイのかすぐ分かる。思えば、小ネズミ論法は期せずしてそうなるのか意図的なのかは別にして全て逆さま論法を得意にしている。へなちょこ批判はこれで萎えされている。自民党をぶっ潰すも然り。ぶっ潰したい相手の胸元に入っているので、そうだそうだしっかりやれというような事になる。

 構造改革も然り。もっとやれということになる。自衛隊派兵問題も然り。私は平和を愛する。故に自衛隊を派兵するのだと云う。この肯定から入ってくる論法は批判しにくい。云っていることとやっていねことが逆ではないかと衝かない限り批判し得ない。ところが、いっていることの解釈論議に巻き込まれてしまう。

 小ネズミの靖国詭弁のどこがオカシイのか分からない者もいるようだから解説しておく。前段の心の下りは肯定論法なので軽く受け止めればよい。問題は、後半の「一国の総理大臣たる私が個人として参拝している」にある。ここに全ての詭弁が凝縮している。「一国の総理大臣たる私という個人」なぞ有り得ない。小泉純一郎は私的個人では有るが、一国の総理大臣ともなると最高の政治責任が付いて廻る。

 この段階では、私的個人の心の問題として靖国を参拝しても、総理大臣の靖国参拝となり責任が問われるのは当たり前のことである。これが普通の受け止め方であり、正式と云うべきだろう。ならば、先の大戦に於ける史観が問われる。そういう意味で、小ネズミは先の大戦の史観を開陳せねばならない。野党はここを問わねばならない。中韓もそこを問題にしている。一度為されたが、驚くほどシオニズムの論理に沿っていた。日共のそれも似たものである。こいつらは同じ教本で繋がっている可能性がある。

 小ネズミが、靖国神社参拝を個人の心の問題としてのみ捉え、靖国神社を参拝するなら、それは靖国神社にとって有り難い話ではない。むしろ、甚だしい軽視である。先だってのコソドロ式参拝なぞは首相の靖国神社参拝史を前代未聞に汚した訳であり、常識的には有り得てならない。

 ところが、サヨというのは、靖国神社を否定しているから、それを強く批判すればするほど左派的という発想で捉えるだけのその他左派も同じであるからして、小ネズミのコソドロ式参拝が許せるようである。あれならいいやと。そういう認識に基づくから、小ネズミの靖国参拝心の問題論に丸め込まれてしまう。

 れんだいこは、小ネズミが靖国神社参拝を固執する裏には、ブッシュ戦略に基づくアジアの不和化の策動があると見立てている。北朝鮮との共同声明以降のチグハグもブッシュ戦略に基づくアジアの不和化に基づいており、中国、韓国との不和化も然りと見立てている。つまり、小ネズミは身も心もブッシュに預けており、独断で出来ることは何も無いと見立てている。

 とはいえ如何せん、日本のメディアは今もなお小ネズミを名宰相として囃している。よしんば今後提灯を下ろしたとしても、今までの言に就いては頬かむりして遣り過ごせるのだろう。そしていつも相変わらず何食わぬ顔して正義のペンを振るい続けるのだろう。羨ましい気楽稼業で、世にも珍しい無責任ペンには違いない。

 総じて、批判の矛先が鈍っている。というか挿(す)げ替えられている。姉歯事件然り。この事件は本当は小ネズミの側近官僚の腐敗が暴かれ、官邸に責任が及ぶ事件である。ライブドア事件然り。この事件は、ヒューザーの小嶋が国会証言という決定的な日の前日から起こされているだけでも既に臭い。ホリエモンがやられるなら、楽天、村上ファンドの方はどうなんだ。なぜ、ホリエモンがやられたのか、この方を詮索せねばなるまい。

 マスコミの正義取材と報道が縷々始まっているが、肝腎の急所をいつも外している。そういう風にしか企画できないのだろうが、それにしてもつまらなさ過ぎる。この萎えた時代を生き抜く力が欲しい。もっと本当の話がしたい(長渕調)。

 2006.1.25日 れんだいこ拝

Re:中近東問題は現代政治の一級課題 れんだいこ 2006/01/26 11:16
 お笑い日本共産党さんちわぁ。

> 中東のことについては、僕はあまり詳しくはありません。世間の人もあまり詳しくはないのでは?なんだか、どこか遠くで部族紛争でもしているのかなあという感じです。

 れんだいこもその程度の感覚で参りましたがやはりおかしいというのが最新の気づきです。今は否応無く世界が連動しており、その際の震源地はイスラエルの動向であり、ここを見つめないと現代史の流れが解けないと思っております。現に自衛隊が派兵されているのもこの地域であり、今後益々のめりこむようにされております。イラクは現に進行中で、イランもきな臭くなりつつあります。知らないでは済まされない訳です。

 問題は、そういう重要なドラマを演じつつある中近東の動きを報道するメディアが存在しないというところにあります。遠隔地ではありますが、次第に身近になりつつある訳で、もはや遠いという訳にはいかないと思います。その代わりに飽きるほど報道されているのが北朝鮮問題です。北朝鮮問題が重要ではないとは申しませんが、中近東の動きと並列で扱われるべきと考えています。

 最新のれんだいこ史観によりますと、どうやら世界史(中近東から西欧史)は、はるか昔からユダヤ問題で揺れてきたようです。キリスト教国家の出現も対ユダヤ問題から生まれている気配があります。中世の停滞的千年間は、ユダヤのゲットー化により棲み分けして参りましたが、近世以来次第に連中の公的進出が始まり、様々な軋轢が生まれつつその傾向は不可逆的になりました。

 この間シオニズムが生まれ、聖地エルサレムの奪還が始まり、第二次世界大戦後イスラエル建国へと辿り着きました。このイスラエル建国過程がまさにユダヤ的手法で行われたことにより、中近東の紛争の火種となり今日まで至っております。一見すると、イスラエル支持グループはますます権勢を強め、世界を席巻しつつあります。否もうほぼ世界支配が完成しているのかも知れません。

 但し、何事にも反動が生まれます。作用が強まれば反作用も生まれるのが法理です。米英ユ同盟グループの世界支配が容易く実現することはないでせう。彼らからするゴイム(犬畜生並の下等種人間)は案外したたかで、能力的にも別に劣っている訳ではありません。自由競争すれば全ての分野で対等でせう。それが実際だと思います。なのに、ユダヤの民は、我々こそが唯一神に選ばれた民であるという自意識を生み、これに依拠して民族的紐帯を作り上げております。究極この辺りを遠因として様々な軋轢、陰謀、政治的テロが仕掛けられてきた面が有り過ぎるように思います。

 もとへ。中近東こそ明日は我が身の問題になることが間違いありません。故に何が起っているのか、事態がどのように推移しているのか必要な程度には知らねばなりません。その情報が閉塞されていること事態が異常であることを知らねばならないと思います。この異常の上に成り立っている現代メディアに何がしかの公正さを期待しようとは思っておりません。

 ライブドア事件も臭い。裏がありそうです。重要な事件の裏には必ず仕掛けがあり、検察庁が自主的な正義に駆られて捜査している訳ではない、常に政治的動きをしていることを見て取らねばならないと思います。ロッキード事件が典型例ですが、あの陰謀的国策傾向がますます強まっていることを感じつつあります。れんだいこは、事件の経緯を注視しております。「役員の沖縄での自殺」もはや臭いですね。

Re:「マルクス著ユダヤ人問題について」考 れんだいこ 2006/01/29 11:52
 シマンドロスさんちわぁ。れんだいこの「マルクス著ユダヤ人問題について」の理解は心もとないのですが、一応次のように理解しております。バウワーは、当時のユダヤ人がゲットシーから抜け出し公民化しつつあり、社会的に同化進出しようとしていることに対して、それも良し但し我々と共同歩調とるならその前に君たちの選民主義の教義を捨てよ、タルムードの呪縛から逃れよ、それをせずに同化しようとしているのはええとこ取りの不義である、として批判したのではないでせうか。

 これにどう応えたのかがマルクスの主義の立脚点になります。これを機会にもう一度読み直してみようと思いますが、れんだいこ理解に拠ると、バウワー見解は政治と宗教を同じ土俵で捉えており、政治的運動に当って宗教的問題を障害にするのはナンセンスである。全ては政治的問題であり、政治の解決によってのみ他の問題も解決される。ユダヤ人の偏狭な主義も自ずと解決されるのだ。という見地からのバウワー見解批判だったのではないでせうか。

 一見マルクス見解のほうが正しいように思えます。その後のマルクス主義はこの立論によって「ユダヤ人問題」を視野から消しました。しかし、理論の是非はその時不分明でも、その後の歴史の進行で検証することが出来ます。今日的なネオ・シオニズムの席巻に出くわすと、バウワー見解の鋭さの方に軍配を挙げたくなります。

 となると、現代マルクス主義者は、マルクスの「ユダヤ人問題について」の批判的読み直しから入らねばならないのではなかろうか。そういう課題が突きつけられているところ、これを放置しているところに問題ありと認識しております。

 ちなみに、『シオンの議定書』を偽書と見るか史書と見るかですが、内容を吟味すれば、ネオ・シオニズム秘密結社のユダヤ人長老のある秘密会議での三日間に亙る講義録と受け取るべきではないでせうか。その内容は批判されるべきものばかりではなく思想的にも深い、故に孫子学に則って通暁すべしと考えております。

 内容吟味せずにあれこれの根拠を持ち出して偽書論を説き、『シオンの議定書』を吟味しそれとして位置づけようとする者に陰謀論者批判のレッテル貼りが為されておりますが、ホロコーストと同じ構図で臭い。『シオンの議定書』にせよ、ホロコーストにせよ、疑問があれば中に立ち入るべきです。立ち入り禁止札を立てて、入り口のところで論者追放を叫ぶのはいつの世でも当局派の遣り方です。サヨがこれをしきりにやっているのは、サヨの当局派性を示しています。サヨというのは実にケシカラン。正義ぶるだけ余計にたちが悪い卑怯者です。

Re:れんだいこのカンテラ時評その144 れんだいこ 2006/02/05 21:47
 【毎日新聞が「ロッキード事件30年」を特集の企画は良いけれど】

 2006.2.5日、毎日新聞が「ロッキード事件30年」を特集している。こういう取り上げをしないよりはした方が良いので批判を割り引くが、それでもその論調は許しがたい。他の新聞社にしても似たり寄ったりのものであろうから、右代表として批判しておく。

 一体、「ロッキード事件」とは何だったか。今日でははっきりしている。現代世界を牛耳る国際金融資本即ちネオ・シオニズム勢力が、戦後奇跡の復興を遂げ、なお且つ「軽武装、国際協調路線」の下で理想的に未曾有の経済的発展を遂げ国富を蓄積しつつある戦後日本に対して、これ以上の成長は御せなくなると考え、再コントロールせんが為に、邪魔者であった民族系の政府自民党内ハト派の総帥田中角栄を叩き、更に政界追放することによって一罰百戒し、代わりにいつでも言う事を聞く御用聞きのタカ派系に政権を握らせるに至った一大政治的謀略事件であった。この場合に於けるタカ派系とは、戦前の鬼畜米英式の国粋主義派とは全く違う、表見的にはそれを演出し口走ってもその実はネオ・シオニズムに身も心も掴まれた売国派エージェントのことを云う。

 「ロッキード事件」以降の中曽根政権誕生から今日の小泉政権に至る過程は、ますますこの流れを強め、今日では単に政界のみならず「政財官学報」の国家中枢五機関の全てが連中に支配され、もはや如何ともし難い流れに有るように見える。先の郵政民営化は、日本の国庫秘金を狙うもので、日本コントロールの最後の総仕上げであった感がある。

 この時代にあって、毎日新聞の「ロッキード事件30年」特集はこの流れを是認する見地から、「検察の正義」を褒めそやしている。「ロッキード事件」以前以後のマスコミの在り方の際立った違いをここに認めることができる。以前は、まがりにも「司法の冤罪」を追及するのがジャーナリズムの精神であった。れんだいこは、それまではかの読売新聞にさえそういう記事を目にしたものだった。以降は、「司法の正義」を提灯し、その摘発にエールを贈る痴態を晒し続けている。今や、現代マスコミは、「お上の瓦版」とでも云うべきだろう。

 「ロッキード事件」とは、戦後政界の傑物、恐らく日本史上に於いても世界史上に於いてもその名を残し続けると思われる偉才鬼才であった田中角栄を政界から葬る為に、用意周到に仕掛けられた事件である。ここを踏まえなければこの事件の闇は解けない。1976.2.4日の米国議会で、ロッキード社の世界各国に於ける政府高官への贈賄事件が勃発した。以来、特に日本で喧騒が激しく、捜査の綱は無理矢理に角栄へと絞られていった。金額的にも質的にもより重大であった児玉ー中曽根ーナベツネー松野ラインの自衛隊航空機商戦を廻る贈収賄事件の捜査は見送られ、あったかどうか今も分からない5億円授受に繋がる全日空旅客機商戦の方へと的が絞られていった。

 時の三木政権は、これを逆指揮権発動で押し進め、米国側の証拠情報と機略に全面的に乗りかかりながら、ひたすら角栄逮捕へとはしゃいでいった。丸紅、全日空ら全日空旅客機商戦関係者の国会喚問を皮切りに、二階堂、橋本ら5名の政府高官逮捕へ地均ししながら、これら雑魚から一挙に大魚を釣り上げた。これが角栄だったという次第である。時の首相を別件の外為法違反で逮捕するという前代未聞の不祥事がここに刻印された。翌日からの取り調べて、サンケイ新聞が「角栄自供」との大見出しのニセ新聞を作り、検察の捜査に協力するという異常な事件も起っている。

 この間、立花隆なる胡散臭いネオ・シオニスタン御用評論家がラッパを吹き続け、これに唱和するかの如くタカ派系右翼、社共、労組、マスコミが歩調を揃えながら角栄包囲網を形成していった。中でも日共宮顕ー不破ラインの角栄訴追運動は激しく、怨念をぶつけるかのように「諸悪の元凶角栄史観」なるものを「左」から喧伝していった。マスコミのはしゃぎぶりも異常であった。角栄には人権は許されず、本来なら美談でさえ角栄叩きに仕立てられていった。

 この連中が今日に於いてそのやり過ぎを自己批判するのならまだしも分かる。だがどうだ、毎日新聞の「ロッキード事件30年」特集は、当時の捜査と報道のコンビネーションを自画自賛しまくっているではないか。当時の東京地検特捜部検事堀田力、当時の政治部取材班キャップ岩見隆夫、当時の社会部司法クラブキャップ山本祐司の三者対談の事件回顧談は、ネオ・シオニズムの日本政治席巻に無自覚なままに事件を追い続け、角栄逮捕に溜飲を下げた馬鹿馬鹿しさをさらけだしている。思えば、こういう弱脳手合いが世にはびこるのが世の中かも知れない。こういう弱脳手合いでなければ出世も権力も手に出来ないという意味での世の中のカラクリというものを改めて知る良い機会かも知れない。

 れんだいこの怒りはおさまらないが、ここで銘々の発言の重要な部分を確認しておく。堀田は相も変わらず「諸悪の元凶角栄史観」を披瀝し、その風潮を断ち切ったところに検察の役割があったと、凡そ検察としては越権的な総括に酔いしれており、痴愚振りを披瀝している。但し、重要な新証言をしている。三木首相がロサンゼルスに直接電話してきて「どれくらいでケリがつくか教えてくれ」と、首相が捜査に直々に関与しようとしていたことを明らかにしている。岩見も堀田も「やり過ぎ」と述べているが、そういう問題ではなかろう。三権分立を犯す直々の首相犯罪ではないか。これこそ相当な事件である。こういう秘話が今日漏洩されても後の祭りであるが、そういう異常さがロッキード事件には付き纏っている。
 
 山本もこれまたお目出度い発言をしている。布施検事総長の「すべての責任は私がとるから思う存分捜査して欲しい」発言に対し、「現場を感激させた。下からの信望が厚かったですからね」と提灯している。山本よ、ジャーナリストの仕事はそういう揉み手をすることではなかろう。なぜ、検察は、この時不退転の捜査強行に踏み切ったのか、それを後押しする要因は何だったのか、を問うことこそ責務とすべきではないのか。その上で、公正な記事を書くことを旨とすべしではないのか。このバカには云っても分からないかも知れない。

 堀田は、今日の時点に於いてなお、当時検察と最高裁結託で証拠採用した日本の法律に無い異例の嘱託尋問制に対して次のように述べている。「日本には嘱託とか免責について直接規定する法律はないが、日本の検察庁は起訴しない権限を持っている。米国では免責しないと供述を得られないということになれば、日本の起訴しない権限を使って免責するのは当たり前の話。そうでなければ外国との捜査協力はありえない」。

 しかし、この法律感覚はおかし過ぎよう。やせてもかれても司法の番人として身を置く者なら、法律に規定されていないことはできないとして、拒否するのがスジであろう。その問題をひとたびは立法機関で審議し解決した後、その後押しをへてするのならまだしも、この時点では出来ないとするのが相当であり嗜みであろう。門外漢の意見ならともかくも、司法の番人が為す見解ではなかろう。ましてや、対談では触れていないが、その米国でさえ、嘱託尋問制に対しては、不利益を受ける側からの反対尋問をセットにしている。ロッキード事件では、その反対尋問を許さず、いわば云いたい放題の供述を一方的に証拠採用していったのではないのか。それらを思えば、得手勝手な物言いするのはエエカゲンにせねばならない。

 堀田は云う。「最高裁は日本の法律を形式的に解して、証拠能力を否定した。最高裁も時々間違いをするが、今までの中で最大の間違いだと思うね。時の最高裁長官の責任は重い。そんなかたくなな解釈をしている先進国はないですよ」。堀田は、最高裁が、角栄死亡後、さすがに当時の嘱託尋問制採用はいろんな意味で問題であったと自己批判したことを逆批判していることになる。そうまで云うなら堀田は、反対尋問無き嘱託尋問制採用可論を弁証してみせねばなるまい。述べれば述べるほど司法人としては骨の髄まで腐った失格者であることを晒すであろう。

 岩見が、「謀略説」に関して、中曽根の「強引な資源外交がアメリカの怒りを買った」説を引き合いに出している。が、中曽根について述べるなら、問うべきは中曽根の事件当事者性であろう。児玉に渡った収賄の過半は中曽根ーナベツネー松野ラインの方が臭く、捜査するならこちらの方が本星であったはずである。中曽根にそれを問わず、中曽根の種々含みのある政治的発言を引き合いに出すのは見識不足と云うものだろう。

 岩見の凡庸さは次の発言に見て取れる。「この30年間、日本の政治は田中的なものを引きずってきたが、ようやく薄れてきたという思いがする。元首相を引き継いだ集団は、今では自民党の中で非常に影が薄くなった。ああいう体質の政治ではやっていけなくなったという変わり目の時期に来ている感じがします」。このバカは、角栄派の凋落をさも良かったかのように述べている。代わりに今日中曽根的なるもの、小泉的なるものの時代に入っている訳であるが、それを痛苦に受け止める姿勢が微塵も無い。そういう訳で、今やシオニスタンがいたるところに跋扈している。この現状を好評価している訳で、いわゆる典型的な曲学阿世の徒ぶりを見せていることになる。

 岩見は、次のようにも述べている。「田中さんの時に口利きを金に換えるシステムが確立した。それが自民党全体に広がり、政治家の資金源になっていった」。いわゆる「諸悪の元凶角栄史観」を開陳しているが、薄っぺらなそういう論法のウソを考えてみるのがジャーナリストの仕事ではないのか。金権は、角栄の前にも最中にも後にもあったしある。つまり、金権は、資本主義制下での普通選挙式代議員制がもたらす功罪相半ばする難しい問題であって、角栄が元祖になったりどうこうできるものではなかろう。角栄はその構造を機能的に駆使したのは事実であるが、角栄が元凶であろうはずがなかろう。「諸悪の元凶角栄史観」は角栄叩きの為に拵えられたプロパガンダ造語であり、安易に乗りかかるべきではないとするのか知識人としての素養であるべきではないのか。

 2006.2.5日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その144 れんだいこ 2006/02/05 21:49
 【毎日新聞が「ロッキード事件30年」を特集の企画は良いけれどその2】

 別立てで、評論家立花隆の「闇夜の核心突けず」を掲載している。この御仁の物言いにも論評しておく。冒頭、立花は貴重証言している。それによると、立花は、三木首相が亡くなる数年前に二度ほど対談したという。その時、三木は、二度とも開口一番「きみィ、あのロッキード事件というのは、いったい何だったのかね?」と見述べた、と云う。対談の途中に於いても同様発言を繰り返した、と云う。この発言は貴重であるように思われる。策士三木だからして何か機略が込められているのかも知れないが、普通に読み取れば、田中角栄を政界追放した事の良し悪しについて、三木自身が自嘲気味に語っていることになる。れんだいこが読み取れば、ネオ・シオニストの意向のままに操られた己の不見識を恥じており、お前はどうなんだと同じようにはしゃいだ立花に問うているように思える。

 立花は、中段で、ロッキード事件を次のように総括している。「ロッキード事件の丸紅ルートは、結局、政・財・官が癒着して、政治を利権化して賄賂を懐にして恥じぬ政治家と、政治家に賄賂を贈って、国家を食い物にする政商などがからんで、政治をとことん腐敗させていった、いわゆる田中型政治の典型のような事件だった」。ここに見られる観点は、角栄の5億円授受を寸分疑わない真っ黒説である。他方、角栄は最後まで否認し続け、法廷で争った。立花は、角栄が「認めたら負け」との立場から抵抗し続けたのであるとでも勝手に了解し受け流しているのだろうが、れんだいこには全くの冤罪のように思える。どちらが正しいのか今も真相は藪の中である。

 その立花は、田中政治を木っ端微塵にし続ける小泉式政治改革がお気に入りのようである。後半のくだりでは次のように検察正義論をぶっており、馬脚を表わしている。概要「今ライブドア事件が発生しているが、この事件をトップで指揮している検事総長が、かってロッキード事件で伊藤専務を落とした松尾検事である。松尾検事総長は、現代犯罪の最も悪質な部分(最も大きな社会悪)は、経済犯罪にあると見て、このライブドア事件に手をつけたといわれる。そして、検事百人体制というロッキード事件以来の規模で捜査に当っている」。

 なんとまぁ滑稽なほどの検察正義論ではないか。いわゆる司法が三権分立制にも拘わらず常に政治的な立ち回りをする癖を持つのを勘ぐるのがジャーナリストの使命であろうに、あからさまに松尾検事総長を正義の使徒として描き出している。伊藤調書の犯罪的な役割を知るれんだいこは、そういう悪事に手を染めた故に松尾検事がその後出世街道を驀進したことを知るだけのことであるのに、立花は何と月光仮面のように見立てていることが分かる。立花とれんだいことどちらの見方が正確を射ているであろうか。

 立花は、2.3日付の毎日新聞にも小論を寄稿している。その中で、妙なウソを書いている。「30年前の2月4日、ロッキード事件の第一報が、夕刊の小さな記事で始まった」としているが、それが仮に事実としても、翌日各社一斉に紙面を躍らせたことを書くべきところだろうに。これを書かず、最初は何気ない記事であったとのみ語っている。それは大いなる不正であろう。つまり、ロッキード事件が「翌日各社一斉に紙面を躍らせた」奇異な誘導から始まっていることを隠そうとしていることになる。

 児玉誉士夫についても妙なウソを書いている。「正直いって、信じられなかった。児玉が何でロッキード社の秘密代理人なのか、どうしてもげせなかった」と述べているが、児玉ならさもありなんと得心する方が不通だろうに。その癖、「角栄は田中派の議員を集めて『潔白宣言』を出したりしたが、信じる人は少なかった」とも云う。児玉の場合には解せずの態度を見せ、角栄の場合にはウソこくなと頭から決め付けている様子が分かる。末尾で、「あれから三十年、ロッキード事件で“若武者”と言われた三十代の松尾邦弘検事がいまや検事総長になり、『総理大臣の座なんか金で買える』とITバブル時代の角栄的言辞を弄していたホリエモンと対峙している」と述べている。ここでも、松尾検事総長を持ち上げている。よほど、ロッキード事件の功労者がその後出世階段を上り詰めているのがうれしいらしい。

 そして、ここでもウソをついている。角栄があたかも首相の座を金で買えるとでもいっていたかのような詐術言辞を弄している。角栄は、首相の座の重さと歴史的責任を弁えていた人物である。福田と首相の座を争ったのも政策の違いを踏まえて政権取りに向ったものであり、両者が金を使った挙句の座であった。首相の座を金で買ったとか単純化できるものではなかろう。これは普通に考えて分かることである。

 以上、ざっと見てきたが、この程度が日本の頭脳としたらおぞましい。この国では政治家も三流になったが歩調を合わせて取り巻きも四流以下になっていることが分かる。この連中が、憲法改正に手を染めようとしている。自衛隊は急ピッチで日米軍事演習に入っている。最後は世界から総スカン喰ってこの大和の地が異邦人に取って変わられる可能性さえある。あるいは日本人はインディアンの如く囲まれた地域でのみ生息するようになるかも知れない。杞憂で無ければよいが危ないこと極まりない。

 れんだいこは思う。角栄ー大平ラインの戦後政治史は幕末維新以来の快挙であった。これをそう受け取らずに極力悪しく言えば言うほど正義ぶる手合いは、当人の主観的意志とは別に左翼ではない。右翼でもない。総じてシオニスタンという新人種であろう。最近そう思うようになった。この造語をここで披瀝しておく。

 2006.2.5日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その145 れんだいこ 2006/02/18 20:10
 【小ネズミ政権の死臭】

 小泉政権は既にゾンビ状態に陥っている。その延命は、日本政治史の面汚しでしかない。れんだいこは、真紀子外相罷免時の逆裁定手際を見て、あの時点からこりゃあかんと断を下したが、日本政治の貧困を物語るかのようにその後ますます名宰相論者が台頭してきた。昨年の2005.9.11違法総選挙で大勝利したものの、以降は5年有余にわたる小泉政治の腐敗を死臭的に物語る事件の連続である。もう見飽き果てた。

 全てに共通するものは社会的負託に対する公的意識の欠如である。どれもこれもが共通して私物化の自縄自縛に陥っている。トップがそうだからそうなるということだろう。思えば、小泉政治とは、自民党レイプから始まり国会、法令、公団、靖国、外交レイプへ至り最後に皇室典範レイプで壁にぶち当たった。

 この間の政治手法の特質に、レイプ手法のみならずお騒がせ愉快犯的要素が加味されており、小泉名宰相論者の多くは過去事例の無いこの要素に幻惑され阿諛追従してきた面が有るように思われる。首相にあるまじき見識と用語と詭弁をでまかせに多用しているが、それを評価するこの国の自称インテリの質が分かろうというものである。ダメなものがダメと云えないああでもないこうでもないと論が行きつ戻りつする、うつけ論者特有の痴態であろう。

 れんだいこは、政治の貧困に出くわすたびに角栄ならどうしただろうかと考える。角栄は実に三百年一人の傑物であったように思われる。戦後政治の中から、角栄が手掛けた諸政策を差引くとあまりにも背筋が寒くなる。これを逆から云えば、角栄はあまりにも多くの国策的貢献をしてきたことになる。

 最近、公共事業削減を云えば正義であるかのような論が目立つが、バカも休み休み云いたまえと思う。いったん公共事業の循環を止めてしまえば、これを再起動することは難しい。必要な事業を精査し、必要な事業のみ特注していく姿勢が肝腎なところ、公共事業全般の削減をもって胸を張る首長、政党人が多過ぎる。追ってそのツケが自己撞着し首絞めることになろう。

 さて、ここでは、その恋しや角栄の名誉挽回の為に次のことを云っておきたい。かのロッキード事件に於いて、角栄5億円授受説は真に冤罪だったのではなかろうかという問いを再度投げかけておきたい。

 このところ、三浦康之氏の「頂に立て!田中角栄とニクソン上・下」、木村喜助氏の「田中角栄の真実」、青木直人氏の「田中角栄と毛沢東」、小山健一氏の「私だけが知っている田中角栄無罪論」、辻和子氏の「熱情ー田中角栄をとりこにした芸者」、増山榮太郎氏の「角栄伝説」、佐藤昭子氏の「田中角栄ー私が最後に伝えたいこと」等々矢継ぎ早に角栄物が出版されている。新聞書評論ではさほど評判を呼んでいないが、おかしなことである。己の過去の行状を見つめることを忌避してそういう変調行為に陥っているのだろう。いつまでこの姿勢にこだわり続けるつもりだろうか。

 ここで、ロッキード事件の真相に迫る新説を登場させておこうと思う。実は、新説ではないのだが、これがはっきり提示されたものは見当たらないので、新説としておく。佐藤昭子氏の「田中角栄ー私が最後に伝えないこと」は、角栄のロッキード裁判観を次のように記している。

 「田中は終生疑惑を否定した。『一銭も貰っていない』と。長期裁判も覚悟の上、元総理の名誉に於いて『5億円授受否認』を争ったのである。田中は誇りの高い党人政治家であり、外国のエージェントからカネを貰うことなど絶対に有り得なく、田中の言葉にこそ真実がある、と私は考えている」。

 これによると、角栄は、ロッキード事件に於ける5億円収賄は冤罪であると明瞭に語り、故に徹底的に闘うとしていたことになる。今日に於いても諸説あるところであるが、れんだいこは、本人のこの観点に立って解析することが真相に迫る道筋であると思っている。冤罪的刑事事件の場合にその全てを被疑者の側から見ることが正しいという保証はないが、ロッキード事件の場合には被疑者角栄の側から見るほうが正しく見えると思っている。

 続いて、佐藤昭子氏は更に次のような見解を披瀝している。
 概要「当時はロッキードよりも対潜哨戒機P3Cの商戦が激しかった。P3Cは(金額的に見て)トライスターの10倍にも当る商戦だったが、途中で捜査が打ち切られている。(当初より)P3Cと中曽根氏との関係が取り沙汰されていた。(しかしながら)幹事長がやられたら三木内閣が窮地に陥る。だから、中曽根さんに対しては指揮権発動で免責し、田中に対しては逆指揮権発動で逮捕させるという構図だったという人も居る」。

 佐藤昭子氏ははっきりとは述べていないが、「ロッキード事件とは、その真相は、児玉ー中曽根ー松野ラインによるP3C贈収賄事件を角栄にすりかえたものである」という観点に立っているように思える。それを三木内閣の延命策として画策したと理解しようとしているが、そこはわざとかどうかとぼけているようにも見える。

 云いにくいようだから、れんだいこが代わりに云っておく。時のキッシンジャー国務長官を首謀者とするネオ・シオニストの断乎たる意志で、意図的に児玉ー中曽根ー松野ラインの犯罪を角栄にすり替え、角栄打倒を画策した、それがロッキード事件である、と受け止めるべきではなかろうか。この観点からの言及は無論、捜査も行われていないが、それこそ国策捜査の何たるかの如実性を示して余りあるというべきではなかろうか。

 ところで、奇妙なことに、実は奇妙でも何でもないことだが、ナベツネー中曽根ー松野ラインの影が小ネズミ政権中枢から時々姿を現わしている。これは何を物語っているのだろうか。れんだいこには自明である。魑魅魍魎のシオニスタンが見え隠れしているだけのことである。シオンの議定書にはそういう仕掛けがちゃんと書いてある。

 国政上のシオニスタンを排斥するためには、今やシオンの議定書は必読本のように思える。参照サイト「ロッキード事件の見方(kakuei/rokiido_zikennomikata.htm)」

 いわゆる左派がシオンの議定書の史実性に異議を唱えるなら、れんだいこは、それはサヨ理論であることを論証してみようと思う。このところの一連の研究で、この観点は誤り無いと思っている。諸賢の見解を問いたい。併せて、角栄の復権を今こそ主張したい。政治が面白く無さ過ぎよう。

 2006.2.19日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その146 れんだいこ 2006/02/20 21:27
 【れんだいこのA級戦犯考】

 A級戦犯につき、妙なことが気にかかり始めたのでこれを記しておく。戦犯とは字義通りに読めば戦争犯罪人の略であるが、この際の基準はどこに置かれていたのあろうか。今確実に読みとれるのは、戦前に於いてユダヤ人問題を集中的に論及していた国際政経学会の関与者が妙に多いということである。

 処刑者7名のうち、板垣征四郎がこれに当る。無期懲役刑の白鳥敏夫、小磯国昭がこれに当る。はっきりするのがこの3名で、残りの者のうち何人かは表には出ないが何らかの形で反ユダヤ主義的立場であったことが推定される。白鳥敏夫、小磯国昭の両名はいずれも服役中に死亡している。こうなると、裁判中に死亡した永野修身、松岡洋右の二名もこの面からの変死が考えられるのではなかろうか。

 国際政経学会の主導者にしてシオンの議定書の和訳本出版者・四王天延孝陸軍中将は逮捕されたもののA級戦犯として起訴する証拠がなく、証拠を捏っち上げることも出来なかった為不起訴となった。A級戦犯の死刑判決が執行されたあと釈放された、とのことである。

 いずれにせよ、A級戦犯のこの面からの考察に出くわしていない。現在、我が政界与野党に於いては先の大東亜戦争の仕掛け人ないしは責任者としてA級戦犯に罪をなすりつける愚が見せ付けられているが、誉れ高きA級戦犯士は罪を他の者になすりつけるような愚を一部例外を除きしなかったようである。

 児玉とか正力とかはその後シオニスタンになる誓約により命拾いしその後権勢を得て黒幕化し、戦後政治史上ろくでもないことばかりに手を染めている。こういう人物に対する非難は特段に為されていない。れんだいこは、こういうところの歴史の悲哀が分かる者になりたいと思う。

 2006.2.20日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その147 れんだいこ 2006/02/28 19:44
 【学問考から始まって話は著作権論へ、更に現代シオニスタン政治批判へ】

 理系学問の場合、良くは分からないが少なくとも文系のそれに比べて学問が積み立て式になっているのではなかろうか。いや実は、理系学問も奥に入れば同じことですという指摘も有り得そうだが、門外漢なので良く分からない。

 文系学問の場合は断言できる。政治、宗教、哲学系の領域に於いては特に際立って、理系ほどには積み立て式にはなっていない。共認共有できるものは読み書き水準と基礎知識ぐらいまでで、それから先の更なる知識、観点、史観ともなると相互に対立するものが乱立している。それらが互いに精査されていないので、どれが真実なのか分からない。銘々がそれらの中から各自が任意にお気に入りのものを抽出し、論を組み立てる以外に無い。

 お山の大将式に論証抜きに言及されたものが商品の如くに陳列されており、良し悪しを支えるものが権威のみであり、その権威を頼りに思想や観点が買われるという作法が通用しているように思える。れんだいこの見立てるところ、生意気なようだが、ろくなものがありゃしない。

 これらの場合、同じ文字、文章を読むというのに、同じ資料を前提にしているというのに、それを解析する打った手の初手から違う事例も多い。当然、解釈ないし結論が正反対から記述されることになる。これに応じて学閥なるものが形成されている。

 例を挙げてみれば、邪馬台国所在地論争がその筆頭であろう。九州説、大和説、その他説の三系が議論を逞しくしてきた。ロッキードー事件も代表的事例である。前首相・田中角栄有罪説、無罪説、冤罪説の三系が議論を逞しくしてきた。他にも多々有りすぎるのでこれ以上列挙しない。

 こうなると、学問するといっても、新参入者は何をどう学ぶのか大いに困惑を余儀なくされる。この際に疑問を沸かすことなく学べる者は幸いである。れんだいこもあやかりたいが、性分が邪魔してそうはならない。付言すれば、諸説もその奥行きを深めていけば、どこかで更に分岐する三系に分かれ、そういう岐路が延々と続く。その選択の仕方で個性が出てくる。最初から最後まで一貫して説が同じというのは有り得ない。これが、れんだいこの掴んだ学び感覚である。

 れんだいこは、折にふれ書を読むが、殆どの場合、上述の理由から情報的資料価値をいただくだけのことが多い。折角良い資料を披瀝しているというのに、その解釈的なことになると合点できないケースが多いからである。あるところまでは納得するが、途中から辟易させられることが多い。

 この場合、れんだいこが受け入れられない解釈的な箇所を削除し、史的に実と認められる資料のみ抽出することにしている。その上で、れんだいこ推理による判断を生み出し、提示されている解釈との対話を経てれんだいこ文章を生み出す。こうしないと却ってれんだいこの理解が纏まらないからである。そういう作業無しに学べる者は幸いである。れんだいこもあやかりたいがそうはならない。

 誰かがこれと同じような作業をして新たな文章を書く。れんだいこはそれで良いと思っている。考察とはかくあるべきだと思っている。この方法こそが試論が試論を呼び、次第に高次になる弁証法的対話著作術ではないかと思っている。学問が字義通り「学び」と「問い」を中心的二要素にしているなら、この方法こそが学問的なのではなかろうか。

 誰が、この当然の学び方を掣肘せしめるのだろうか。これにつき疑惑せねばなるまい。「党中央の云う事はその通り」などと云う学び方など有り得て良いことだろうか。それは、カラスが白いと親分が云えば黒いものが白くなる式のイエスマン方式とどこが違うのだろう。

 この構図の上で、これが絶対正しいとか真理だ真実だなどと大仰に叫べば叫ぶほど忠義とでも思ってか、パフォーマンス士が徘徊し始めるが、れんだいこは群れない。そういう門徒にはなりたくない。自分が精査した上で通暁したことに命を賭けることにはやぶさかではないけれども。

 厄介なことは、最近の著作権である。最新式の全方位全域著作権論は、弁証法的対話著作術手法の壁となって立ちはだかっている。断り無しに引用、転載は罷りならぬと。中にはリンクまで了承要すとする手合いも居る。これを学問の世界に身を置く者に率先してやられたら堪らない。恐らく彼は、社会的負託というものが分かっていない。普通、これを子供と云う。そういう子供学者が増えてきている。この子供染みた手法が蔓延しているということは、我々が気づかないうちにそれだけ大人の知の背丈が低くなったのかも知れない。

 滑稽なことは、元来、自身が作成した文章でもない例えば判例のようなものがサイトアップされておるからして、それを見つけて後日の学習材料にしようとして転載していたものでさえ、盗用呼ばわりされお叱りを受けることである。若干のコメントをしているらしいが、それを頼りに批判するのは俗に云う難癖であろう。

 インターネットを通じて情報を取捨選択した場合、例えば或る人が他の人の文章を引用転載していたものを見つけ、れんだいこがこれは使えそうな文章だからして取り込んだとする。この場合、本来の作者でもないのにその指弾者は次のように云う。それをサイトアップした際の手間隙とか編集の著作権があるので、勝手な利用罷りならぬ。

 この論は更に次のように進みそうな気配である。俺が或る著作物を発掘して俺流に組み合わせている以上、俺には発掘著作権とでも呼べるようなものがあるのだ。俺の文章ではないが、俺が見つけた文章だから俺にも著作権が発生しているのだ。その俺のサイトから無断転載した以上、俺の発掘著作権を侵害していることになる。故に、謝罪を要請する云々。こうなるともはや、あの手この手で他人文に著作権を被せることがいとも簡単にできることになる。

 れんだいこは馬鹿げていると思うのだが、学が変に付き過ぎると、それを強度に主張するようになるらしい。その種の指弾者の言い分の方が受けが良く、マナー遵守者として合点されるようである。こうして互いに互いを窮屈にさせるマナー論が横行し始めている。

 れんだいこに云わせれば、互いに手間隙をかけ編集したものをあるいは苦労して発掘収録したものでも互いが利用しあえばお相子(あいこ)で、それで良いではないか。流通為さぬよりはより流通し易く促進せしめた方が互いに有益ではなかろうか。論というものは、誰がよりも、何がに重きを置いて評されるべきではなかろうか。と思うのだけれども、「飛んでいる矢は止まっている」式の論法でいろいろ難癖をつけてくる。

 そういう御仁であるからして、否滑稽なことだがそういう御仁に限ってと云った方がより正確か、当人が思っているほどの価値の高い文章を創造できないとしたものだ。その腹いせかどうかそれともよほど閑なのだろうか、著作権防御壁を廻らす事に熱中する。普通、ネット検索で、自身のサイトが喧伝されているのを見るのは楽しいことなのに、よくも俺の文章をパクりやがったとばかりに盗用呼ばわりしてあちこちに喧伝して廻る。れんだいこは、この手合いとは口を利かない。なぜなら、反論することで、その反論が切れ味よければよいほど逆恨みでもされたら堪らないから。故に、何を云われようと相手にしないことにしている。

 考えてみればよかろう。文字そのものが無著作権で利用されているのだろうが。長い歴史の中で人類が無著作権的に獲得したものでありませうが。更に、我々の学びの時代に於いて、我々は、無著作権時代の数多くの著作のお蔭を受けて知識素養を深めてきたのであろうが。例えて云えば親の無償の恩であり、その慈愛を受けて育ってきたのだろうが。そうして一人前の物書きになれた途端に、俺は貰ってきたが人にはやらぬという理屈が通用するだろうか。狭隘な精神のみが透けて見えてくる話ではないか。

 れんだいこは思う。何でも商売の種にすれば良いというものではなかろう。商売の種にしてはいけないある種の分野だとかある種の限度とかの弁えがあってしかるべきではないのか。そういう識別の出来ない野蛮人が、あたかも文明人かのような口ぶりをこねつつ野蛮な作法を押し広げつつあるのではないのか。いわば、まじめな顔して黒の作業を白のそれだと云い含めているだけのことではないのか。そういう連中が道徳、倫理の説教をとりわけ好むので始末に終えない。

 これを左派を自称する側が促進するから、れんだいこはめまいを覚えている。一体、左派精神というのはどういうものなのだろうか、原点に於いて考える必要がありはしないか。控えめに見ても、最新式の全方位全域著作権論はブルジョア的権利の最たるものではないか。それも、歴史的に見れば、これまでのブルジョアジーが抑制してきた文の分野のブルジョア権利化に向おうとしている。

 思うに、未開だから開拓しようとしているのだろうが、聡明なる抑制で未開にされてきたものであるという分別ができないみたいである。左派が、そのようなものを振り回したからといって何の益するものがあろうぞ。一言で云って偏狭に過ぎる。そういう訳で、れんだいこは、この種の手合いをサヨと名付けている。

 このサヨ族が大手を振って闊歩しつつある。我々は故に、サヨが左翼的仮面を付けて「左」から攪拌する悪作用と闘わねばならない。誰しも正面の敵とは闘いやすいが、背後や横腹からの敵には無警戒な分足元をすくわれやすい。

 この観点は、左派圏を更に分裂させようとして為に指摘しているのではない。始発の公理である「人民大衆の利益尊重擁護」を踏まえることなく、個人のブルジョア的権利を上に置こうとする精神を持つ者を左派とは認めない、という基準を敷くことの必要を述べているに過ぎない。最低限ここを踏まえないと左派運動そのものが成り立たないではないか。

 と思うのだが、この自明なことに於いてさえ諸説流儀が混交しているのが実情で、だから何事も首尾よく進まない。れんだいこは、この当たり前のことに合意が形成されていない状況を寒いと感じる。

 これを読む者がいたら、特に政党人の場合、その政党が著作権をどのように主張しているのか検証されたし。その愚昧さ加減を確認されれば宜しい。そういう政党は決まって、党史を晒さず、その他重要な決議を隠匿し、反論等でどうしても公開せざるを得ない場面では、歪曲、欺瞞、すり替えて平然として居直っている場合が多い。そこには事情を知らない者を誑かす流儀が見える。

 最近もこの種の詭弁に出くわしたので書き付けておく。民主党はこたび「ライブドア社長ホリエモンによる武部幹事長の息子への3000万円振り込み指示メール事件騒動」でつまずいた。許せないほど稚拙な証拠調べであったようだが、更に酷いのはその後の方である。民主党執行部は、自らの責任を棚に上げ、汚名挽回、失地回復こそ真の責任の取り方である云々の言辞を弄している。

 この論こそうんざりするほど臭い話ではないか。民主党よ、お前もかとなじりたい。この論をかざせば、執行部はどんな事態をも切り抜けられよう。無責任論、免責論の極みとでも云うべき重宝な理屈であろう。そういう御仁で固められた政党が何ゆえ体制腐敗批判できようぞ。最近この種の弁解にちょくちょく出くわす。嫌な時代だ。

 れんだいこは思う。「3000万円振り込みメール騒動」経緯の真の罪は、結果的に小ネズミ政権の窮状を助け起こしたことにある。小ネズミ政権は、姉歯事件、米国産牛肉輸入解禁、皇室典範改正、ホリエモン逮捕、憲法改正、外交不良等々で行き詰まり、政権末期の死臭を漂わせ始めていた。それが、「3000万円振り込みメール騒動」で台風一過された感がある。ならば、「3000万円振り込みメール騒動」の仕掛け人を詮索するのが普通の感性だろう。

 民主党執行部は疑似餌を掴まされたのではないのか。前原執行部は、疑似餌騒動に意図的に加担したのではないのか。若手有望株の一人であった永井議員に小ネズミ首相の贈収賄事件を問わせたのならともかくも、小ネズミにとっていつでも切れる痛くもかゆくもない武部幹事長のそれを突いたところからして解せない。これにより永井議員の将来の芽をも潰した。これらは果たして偶然か。れんだいこは、臭いと見立てている。今のところこのように見立てる論にお目にかからないが、何故なのか分からない。

 最後に述べておく。3000万円振り込み指示の真実ががどうであろうが、そういうことを問題にするのなら、3000万円の千万倍も多額の数十兆円のムダガネをイラク戦争につぎ込み費消させた小ネズミ政権の責任を問うのが本筋ではないのか。これが問題にならない政治が理解できない。

 民主党は、神学論争無意味論で憲法違反承知でイラクへ自衛隊を武装派兵させ、その撤退が議題に上り始めた今こそ、小ネズミ政権の失政責任を問わねばならない立場にある。ところが、最新情報に拠ると、自衛隊が新たな悪策動に使われようとしていると云う。この緊急の政治的事件が取り上げられねばならないところ、民主党前原執行部は小ネズミ政権との阿吽の呼吸で目をそらさせようとしている。これが、「3000万円振り込みメール騒動」の罪である。それを思えば、元々から邪悪な企みを持って企画された騒動かも知れない。

 結論。この国では政治が全く機能していない。政界上層部は与野党問わずシオニスタンに御されている。連中は何もしないと手持ち無沙汰になるから重箱の隅をつつくような話で空気抜きさせようとしている。その裏で悪巧みが進行しつつある。我々がそれを許すなら、今や一億寝たきりの痴呆の時代というべきであろう。

 2006.2.28日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その148 れんだいこ 2006/03/05 18:55
 【国会質疑削除考】

 「ライブドア社長ホリエモンの送金指示メール偽造事件」をめぐって腹立たしいことがあるので、備忘録的に書き付けておくことにする。全ては永田議員の勇み足的処理で、永田議員及び国対委員長・野田議員の責任を問う形で決着したが、果たして永田議員の単独プレイであったのだろうか。民主党若手ホープの永田議員をして爆弾発言させるシナリオに巻き込まれた可能性は無いのか。

永田議員は、党を挙げて全面支援するとの言質により質問に臨んだのではないのか。前原代表の強烈な後押しなしにはなし得なかったのではないのか。永田議員はかくて、党執行部の後押しを得て質問に立ったが、民主党執行部は、小ネズミ首相の即座のガセネタ指摘により腰砕けになった。

永田議員は梯子を外され、病院へ隔離させられた挙句、議員辞職を余儀なくされようとしている。しまいには、前原ー鳩山ー永田は、わざわざテレビ映り仕掛けの衆人環視の中でお詫び珍芸する始末となった。れんだいこは、全てが臭いと思う。


民主党が真に反省せねばならぬのは、かような執行部を生み出したことに対する責任ではあるまいか。民主党はこのところ、鳩山ー岡田ー前原という党内右派系列に執行部を占めさせてきているが、それが次第に反感と失望を生み出しているのではないのか。小ネズミと前原は臭いが似すぎていやしないか。どうやって闘うというのだ。

この連中の憲法改正及び自衛隊の武装海外派兵感覚は、自民党若手に比して何ら遜色のない「構造改革革新派」である。本来なら、自民党内で活動すればよいものを、ポスト制限によりあぶれたことにより民主党に鞍替えしてきた連中ではないのか。あるいはシオニスタンではないのか。そういう系譜の者どもによる二大政党制はつまらなさ過ぎる。我々は、こういうことを確認すべきではなかろうか。

 それはともかく、「国会質疑の議事録削除」について考察する。民主党は、「自民党からの公開質問状に対する回答」として、様々に陳謝した挙句、「衆議院予算委員会及び国家基本政策委員会の議事録については、ご要求通り該当個所の削除に応じます」と回答している。

 れんだいこは、たかが飲酒とタバコぐらいのことで、しかも卒業式の二次会という宴席の場でのことで、駒大苫小牧高校野球部の春の選抜甲子園大会出場辞退を余儀なくされる風潮にも不快を感じているが、「国会質疑の議事録削除」にはもっと不快を感じている。

 誰も問題にしていないようだが、「国会質疑の議事録削除」とは何ぞ。国会議員が国会という場で為した発言は永久に取り消しが出来ないことこそ政治信頼の第一歩ではないのか。発言の訂正及び陳謝は有り得て良い。それらは全て付帯されるべきだろう。発言が消されて良いことにはなりはしない。

 だがしかし、何の理由で、実際に為された発言を議事録から削除せねばならぬのか。これこそ国民を愚弄する臭い話ではないのか。自民党が要求し、民主党も何の違和感も無く応じているようだが、社民党、共産党も特段の抗議をしていないようだが、一体どういうことなんだ。

 みんなもなぜ問題にしないのか。マスコミは相変わらず、駒大苫小牧高校野球部の選抜大会出場辞退当然論的立場から関係者を批判しているが、バカも休み休み言いたまえ。現役選手の重度の不祥事ならともかくも、オービーの素行にまでなぜ責任を被らねばならないのか。あるいは選手登録されなかった部員の不祥事でも同様の辞退が強制されているようだが、そういう一蓮托生制は行き過ぎではないのか。社会的マナーは、相互の「自由、自主、自律」により獲得形成すべきもので、相互監視制度から強制されるものでは無かろうに。この行き過ぎが咎められないのはなぜなんだ。

 マスコミは、逆から批判するのを得意技にしており、「国会質疑の議事録削除」についても然りのようである。故に、どの社も問題にしていないように見える。れんだいこはこの際確認しておきたい。一体、「国会質疑の議事録削除」は戦前の帝国議会でも常用されていたのであるのか。戦後の国会ではいつ頃から始まったのか。諸外国でも同様の措置を採っているのか。諸外国に事例があろうが無かろうがオカシイものオカシイのだが。これらの点に付き、どなたかご教示賜りたい。

 参考までにお伝えすれば、れんだいこの知る限りでは、1988.2.7日の衆院予算委員会での浜田幸一委員長の「宮顕の戦前のリンチ事件疑惑発言」の取り消しが初見である。この時、日共の宮顕ー不破は、ハマコー発言を議事録から削除することに成功している。そういう経緯があるので、日共は、こたびの永田議員の発言削除に対しても何の発言も出来ないのは理屈である。むしろ、そういう前例を作った党である故に、「国会質疑の議事録削除」を不審がる資格さえない。これについては、「問事件/補足・ハマコー(浜田幸一元自民党代議士)の貴重な事件分析」(miyamotoron/miyamotoron_5_2.htm)に記している。

 それはともかく、「国会質疑の議事録削除」は、これが度重なれば歴史の偽造になりはすまいか。どういう法益があってさようなことをするのか、れんだいこにはどうしても解せない。れんだいこは他にも、引用、転載に承諾要す著作権論にも疑問を持っている。れんだいこ解釈の誤りを指摘してもらいたい。

 最近気づくことに、市井の会話の中に「意味が分からん」というぼやきのようなフレーズが流行っている。世相は時代を敏感に反映している。確かに、諸事万事が精査されぬままに美名の掛け声だけでゴリ押しされており、マスコミが囃している。鵜呑みにせず考えをめぐらせば「意味が分からん」時代になっているのではなかろうか。この後どこへ行き着くのだろう。

 2006.2.5日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その149 れんだいこ 2006/03/14 19:32
 【現代日本政治不作の元凶考】

 太田龍・氏の「時事寸評」(http://www.pavc.ne.jp/~ryu/cgi-bin/jiji.cgi)は咀嚼できぬこともあるが、その発信力が素晴らしい。全編「ユダヤ禍」に対する指摘であり、様々な角度からこれを説き明かそうとしている。れんだいこは、何のことか分からなかったことが次第に得心するようになっている。

 その太田氏の田中角栄及びロッキード事件についての見識を知らなかったところ、「ユダヤ世界定刻の日本侵攻戦略」(日本文芸社、1992.7.1日初版)を読む機会を得て、こたび対話することになった。

 れんだいこは大筋で合点する内容であった。れんだいこ的戦後政治史独特のハト派とタカ派の抗争史観的なものはないが、太田氏の説く民族派とユダヤの抗争史観はこれとダブるので何ら齟齬しない。以下、れんだいこが所見を述べる。


 「日本人はユダヤを余りにも知らない。他方、ユダヤは日本を知り尽くしている。彼らは、『敵を知り、己を知り、己を敵に知らしめない』高等策略で世界を篭絡してきた。このことを指摘する者が既に居る中で、その言に耳を傾けないとしたら知的とはいえまい。この先如何なる事態が待ち受けようとも、自業自得ということになろう」(れんだいこ)。

 歴史を正しく観る為には「ユダヤの歴史的DNA」をそれとして捉えることが必要である。仮に、これを単に「ユダヤ」と云い為すことにする。彼らは他の民族がしているような共生が出来ない。彼らには、支配するかされるかしかない。実際そのように歴史を経過させてきている。彼らが互いに協働できる共生民ならば、独特の選民思想に凝り固まろうとも特段に問題にならない。

 ところが、彼らは、選民主義の対概念としてゴイム思想を抱き合わせしている。ゴイムとは、ユダヤ人より数等も劣るとされる非ユダヤ人のことを云い、ゴイム思想とは、そういうゴイム故に彼らは神に選ばれたユダヤの民の使用人として家畜並に取り扱われるべきである、とする思想である。

 彼らは、選民主義とゴイム思想を接合させることにより、陰謀も謀略も暗殺もテロルも戦争も辞さずとするサタン思想に被れている。己の悪行を他に転嫁して濡れ衣着せてこれを批判して得意がるという倒錯説法を得意としているので、不勉強の者は容易に騙される。

 他の民族間であれば助け合いは美徳であるが、彼らは恩を仇で返すことを良しとする。既に述べたように、騙すか騙されるか、やるかやられるかしかない。騙されたりやられる方が責めを負うべきであるとする独特の教育を受けてきている。こうなると、世上の仁義感覚は通用しまい。

 それ故に、彼らの関わるところ至る所で抗争が生まれる。彼らは、常に悪知恵を働かせており、隙あらば寝首をかき、権力に食い込み、相互の闘争と戦争に導く。西欧史はその連綿史であり、今日では彼らが世界をままにすることにより世界中がかき回されている。彼らはこの先、その思想を変えることができるだろうか。

 かって、日本史上の戦国期に、ユダヤ的教条を色濃く持つイエズス会宣教師がキリスト教の衣を被って日本に潜入してきた。多くのキリシタンが生まれ、大名まで篭絡され、あわや日本の乗っ取りを仕掛けた。この仕掛けは世界のあちこちで成功し、その都度植民地化させてきたものであったが、かの時の日本を支配していた織田ー豊臣ー徳川政権は賢くもその策謀を見抜き、最終的に撃退した。これは日本史の誉れとなる史実であろう。

 三百年後の幕末時、ユダヤは再び来襲してきた。浦賀沖に停泊したペリー艦隊の中にユダヤのラビが居り、凄まじい呪文をかけていたことが報告されている。この時、徳川幕府は既に長期政権の惰性に陥っており対応能力を持たなかった。為に、諸藩の志士活動が激化し、回天運動が高まり、これまた日本史が世界に誇る名誉となる明治維新を成し遂げた。この間、ユダヤの日本侵入が成功した。以降、彼らは国内に勢力を扶植し続けていくことになった。

 明治新政府は封建体制から脱却する近代化の道を急ぎ、ここから近代日本が始まった。目指すは富国強兵であった。しかし、富国強兵をどのように使うべきかで、明治政府内に非和解的対立が始まった。民族独立派とも云うべき西郷派は、アジアの自立自存共同に向おうとした。ユダヤ拝跪派とも云うべき岩倉ー大久保派は、西欧の番犬としてのアジアに於ける盟主化に向おうとした。いわゆる不平士族の反乱、最後の大戦争西南の役はこの決着をつける内戦であり、民族独立派が敗北した。このことは、ユダヤの裏支配が勝利したことを意味する。

 以降、明治政府は伊藤ー井上路線の下で、「西欧の番犬としてのアジアに於ける盟主化」路線を定め、軍国化及び日本帝国主義化の道へ踏み込んでいくことになった。「大正天皇押し込め」による昭和の御世が強制的に始まった。この間、ユダヤに操られながら否応無く国際政治に巻き込まれ、益々好戦性を煽られ、豚の子養豚政策の果てに大東亜戦争を仕掛けられるに至る。

 しかし歴史は微妙なるかな。日本軍国主義は、この過程で「ユダヤ渦」問題を認識するようになり、第二次世界大戦という名の「ユダヤ対反ユダヤの最終戦争」に反ユダヤの立場で参戦することになった。この間、国内のユダヤ及びそのエージェントであるシオニスタンは排撃された。

 第二次世界大戦はユダヤが勝利した。日独伊の枢軸同盟帝国主義は完膚なきまでに敗北させられた。日本の場合にも、GHQの占領と共に戦前権力は解体させられ、関係者は戦犯として責任追及され、その他当局側の者は蟄居を余儀なくさせられた。

 戦後権力は、ユダヤの支配下に入った。とはいえ、ユダヤ支配は隠然と貫徹させられたことにより、政治の表舞台は日本人自身が取り仕切った。その構図の下で、戦後型の新支配層が形成された。この過程は群雄割拠となった。

 この群雄割拠エネルギーと、不戦を誓約した戦後憲法秩序が僥倖となり、戦後日本の奇跡の復興を導いた。戦後日本はその後、世界史上稀なる高度経済成長に向った。「軽武装、経済成長、国際協調」総路線の下で、社会基盤が整備され、世界一の流通性能国家が生み出されようとするまでになった。この過程は、ユダヤ支配と群雄割拠エネルギーが相克する世界史上稀なる時代であった。

 この相克過程で、ユダヤが手なずけなかった稀有の傑物政治家が台頭してきた。平民出身の彼は次第に政治権力中枢に辿り着き、あれよあれよというまに第一派閥を形成し、首相となった。彼は、ユダヤと何の関わりを持たない、否関わりを極力避けつつ台頭してきた異能の政治家であった。首相となった彼は、日中を盟主とするアジア同盟を構想し、石油、ウランの自力調達を試み、パレスチナ紛争に於いても反イスラエル、親イスラムの姿勢を打ち出した。

 こうなると、ユダヤが怒るまいことか。彼らの地下世界政府が断を下し、ユダヤの万力攻めが始まった。金脈追求による政権瓦解が第一弾、ロッキード事件による政界からの永久追放が第二弾、彼に列なる同調者に対する恫喝と分裂策動が第三弾という三点セット戦略が始まった。与野党問わずは無論のこと、右翼から左翼まで、マスコミから検察、裁判所まで巻き込んでのエージェントが蠢動し、排撃包囲網を形成した。日本政治史上の椿事であった。

 ユダヤの狙いはまんまと成功し、待望のシオニスタン首相を誕生させた。以来、ユダヤのワンサイド支配が確立した。とはいえ残存する勢力からの反撃が為され、数次の政界変動を経て、ユダヤ支配は次第に露骨になり、新世紀と共に子飼い首相、大臣、側近、ブレーンより構成される内閣及び官僚よりなる政権を生み出すに至った。通常、これを傀儡(かいらい)政権というが、その傀儡振りが絶賛される時代を迎えるまでになった。

 この間ユダヤは、戦後日本の国是である非又は軽武装政策を転換させ、国際協調路線を廃棄させ、ひたすらユダヤの御用聞き国家に変造させてきた。構造改革、国際化、民営化というロジックにより煙に巻きつつ日本の更なるユダヤ化、資産分捕り管理を完了しつつある。政財官学報の五者機関がこれにエールを贈りつつエージェント活動に勤しんでいる。この間、未曾有の国債発行残高を累積させてきている。

 かくして、さる日に狙われた日本はまんまと篭絡された。日本が誰の眼にも分かる形で最終的にユダヤの軍門に下る日は近い。悠久の歴史を持つ日本よ、大和人よ、お前たちはこれを受け入れるしか術を持たない。そこまで追い詰められている。日本よ、大和人よ、お前たちはこの先どこへ向うのか。それさえ問うことなきままさまよいつつある。

 ここにパレスチナ情勢が絡む。日本の国家破産が絡む。れんだいこの杞憂ならよいけれども、近未来の想定として、日本人は瑞穂の日本列島から所払いされる可能性がある。居残るも良し但しほそぼそと。移民も良し但し亡国の民として。まさかと思われるこの想定図が視野に入ってきた。シオニスタンがこれを扇動し先導している。性根の腐ったこの売国奴どもが、毎夜宴会にうつつを抜かしている。既に国会はその延長の茶番劇する舞台でしかない。

 彼らがままにすればするほど、日本崩壊の道が早くなる。れんだいこには次第に駆け足で向かいつつあるように見える。小ネズミを評する唯一の視点は、彼の度外れたはしゃぎが日本の近未来を予見させたことにあるように思われる。態を為さない明日の国家の姿を逸早く見せしめているところにあるように思われる。このこと故に小ネズミは評されるべきである。が、小ネズミの太鼓もちまで評するつもりはない。何としようぞ。

 続きは、「ロッキード事件の見方その2ー太田龍かく語りきー」(kakuei/rokiido_zikennomikata2.htm)に記す。

 2006.3.14日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その150 れんだいこ 2006/03/16 19:12
 【戦後政治家の役割の変化考その2、経済戦争の実態】

2006(平成18).3.16日、毎日新聞12版の「苦戦の仏、歓喜の英」は、れんだいこの「戦後は本質的に軍事から経済戦争へ転換した」観点を補強している。記事の要旨を確認し、れんだいこ見解を述べる。

 世界最大の産油国サウジアラビアは、このところの石油値上がりによる収益増で国防に向かいつつあり、為に戦闘機等の兵器売り込み商戦が加熱している。米国、英国、仏国が国家の威信を賭けて兵器売り込みに注力している。サウジは、これまで米国一辺倒であったところ、昨2005.7月に英国のブレア首相とリード国防相が相次いで訪サウジし、戦闘機売却の覚書を交わした。

 2006.3.4-6日、仏国のシラク大統領が、国防相や主要軍事企業のトップを引き連れて訪サウジし、「航空、軍事、エネルギー、石油分野でサウジと協力したい」と売り込んだが、契約調印無しの帰国を強いられる結果となった。「シラク大統領がサウジでの商談に失敗」と報ぜられている。

 れんだいこが注目するのは、国家の最高指導者たる大統領や首相自らが率先して企業の販促活動を公然露骨に担っていることである。この事象をどう受け止めるべきであろうか。これを違憲違法となじるのは余りにも道徳的過ぎよう。むしろ、戦後の世界構造が、経済戦争を廻って抗争しているという観点から、その実態を見て取るべきではなかろうか。

 これを思えば、戦後の一時期まで保守本流を形成した政府自民党のハト派の朝野挙げての経済重視、国際的インフラ整備援助路線は、特に他の諸国が軍事的競争にかまけている間のその政策は、英明な政策ではなかったか。この時期、日本は、石油産出国のサウジ、イラン、イラクに対する非イデオロギー的援助をしており、親日的国家関係を生み出してきた。韓国、中国との関係に於いても然りであった。この政策は、1970年代に田中派-大平派連合により最盛期を迎え、その後の国家的隆盛を導いた。

 ところが、ロッキード事件を奇禍として、次第に田中派-大平派連合が解体蟄居させられ、代わりにそれまで脇役に甘んじてきたタカ派の福田-中曽根連合が登壇してきた。このグループは、世界最強権力である国際金融資本の御用聞きとして言い成り政治をし続け、1980年代から今日までの20数年間で戦後日本が蓄積してきた国富をすっかりはたいてしまった。

 この状況下で、国債の更なる累積過重化、軍事予算出費化、憲法改正による自衛隊の海外派兵合法化を策しつつある。これを評する側が、国際情勢の緊迫を論拠にしてエールを贈り続けている。しかしながら、戦後日本の国防は、さる日の敗戦により米英ユ軍の指揮下に置かれて育成されておるからして、どんなに国防力を増しても日本の真の国防にはならない、むしろ危険と災禍を招くのが関の山だというのに。

 れんだいこは思う。そういう実態を承知で国防費の増加、憲法改正による自衛隊の海外派兵合法化は、国内優良企業の外資売り渡し、国家資産ないし資金ないし技術の民営化という名の外資化とあいまって売国奴政策以外の何物でもなかろう。これを押し進めるものを仮にシオニスタンと命名すれば、今や国家上層部はシオニスタンばかりである。情け無いことになってしまった。

 ポスト小ネズミ問題が何故に注目されないかその理由は明らかであろう、誰がなってもシオニスタンではないか。民主党が何故に色褪せてきたのかその理由はあきらかであろう、党首-幹事長以下若手のその多くはこれまたシオニスタンではないか。ジャーナリズムの政治論調が何故に面白くないのかその理由は明らかであろう、どの社もますます競ってシオニスタンぶりを露骨にしているからではないのか。

 れんだいこ今、サイトのトップページにイエズス会考を掲げている(nihonchristokyoshico/top.htm)。興味深いことは、戦国時代末期、キリスト教を装ってシオニスト系イエズス会宣教師がやってきたが、織田-豊臣-徳川の三政権は賢くも彼らの胡散臭さを見抜き、他の諸国の被植民地化を尻目に堂々と撃退したことである。思想的にも武力的にも策謀に於いても負けなかったということである。

 我々は今この元一日に思いを馳せるべきではなかろうか。

 第二次世界大戦直後の世界新秩序「戦後冷戦体制」考(daitoasenso/sengodemocracy_reisentaisei.htm)
 
 2006.3.16日 れんだいこ拝




(私論.私見)