カンテラ時評1(001〜030) |
(最新見直し2007.7.12日)
(れんだいこのショートメッセージ) |
2007.3.24日 れんだいこ拝 |
れんだいこのカンテラ時評その一 | れんだいこ | 2004/12/07 20:22 |
2004.12.7日付け毎日新聞文化欄に渡辺昭夫氏の「自衛隊が軍隊と呼ばれないのはなぜか?」が掲載されている。その中に面白い話があったので引用し、れんだいこサイト集の中に収納しておこうと思う。著作権がうるさいので、れんだいこ風に整理し直す。 日本語の達者なイギリスの学者ロナルド・ドーア氏の創作落語に「やまと屋の犬」というのがある。その内容は次の通り。 やまと屋はその昔犬を飼っていた。その犬が近所に迷惑かけた。このことがやまと屋の評判を落としたので、もう二度と犬は飼いませんからと世間様にお詫びすることで許してもらった。 だがその後、近所のオソロシ屋が猛犬を数多く飼っていることもあって、仲良しのアメ屋の熱心な勧めにより、おとなしい番犬なら良かろうということで再度飼い始めた。しかし、犬は飼わないと公言した手前、うちで飼っているのはイヌではなくヌイだということにして、それに防衛太郎という名前を付けることにした。 以上の話であるが、良く出来た寓意のように思う。しかし、この寓意から何を読み取り、どう生かすかということは各人各様のように思われる。 この話を紹介した渡辺昭夫氏は、イヌをヌイと呼ぶことに無理があり、堂々とイヌと呼ぶべきであり、そのイヌを一人前に扱えるようにすることが肝心と述べている。従ってこうなる。「軍隊は軍隊だと正直に認めて、それらしく扱ってこそ、真のシビリアン・コントロールが機能するのである」。 渡辺氏は平和・安全保障研究所理事長とのことである。東大文学部卒の国際政治学者であるらしい。れんだいこは、ロナルド・ドーア氏の創作落語「やまと屋の犬」の話を教えてもらったことは感謝するが、その寓意から渡辺氏のような結論を生み出そうとは思わない。 渡辺流の受け止め方はクソ真面目というのか何と云うのか何ら面白くも真面目でもない。この時節で、「軍隊は軍隊だと正直に認めよ論」を為すのは、今や世界を牛耳るネオコン派への典型的な事大主義であり、その精神たるや安逸さのみが透けて見えてくる。 れんだいこは、この寓意の面白さは、過去に近所に迷惑掛けお詫びすることで許しを乞うた者が、またぞろ仲良しのアメ屋の熱心な勧めにより今度はオトナシヤの番犬を飼い始めたところにヤマがあるように思う。この線上で、イヌをヌイと呼び防衛太郎と名づけたという話が重なって更に面白くなっている、ように思う。 してみれば、イヌをヌイと呼ぶことに対する対処だけでなく、「仲良しのアメ屋の熱心な勧めによるオトナシヤの番犬」を飼い始めた経緯についても思案すべきであろう。ところが、この話の中から、イヌをヌイと呼ぶのはケシカラン、早くイヌと呼び戻すようにしよう、という結論だけ導き出すのでは何とも味気ない話になってしまう。 文意の把握つうのは渡辺流に為すべきだろうか。最近こういう調子の話の本当の面白おかしさを解さない自称インテリが多過ぎる。その埋め合わせでかしらん肩書きをひけらかす。大学教授の肩書きを記せばれんだいこが参ったとでも思うのだろうか。 よせやい、それでは苦節五十数年のれんだいこの生き様が無に帰してしまう。れんだいこが尋常高等学校卒だろうが、中卒だろうが、そういう風なのは関係ない。人が評されるのは、論には論、仕事には仕事の出来であるへきなのだ。そこで秤られる世の中が真っ当で、逆になればなるほど膿んでいる病んでいる。 自衛隊問題についてはこう思う。人は、防衛は権利だの国際責務だのサマワは安全だのいろいろ理屈を付けているが、一番肝心なのは国家財政とのバランスなんだ。結局、戦前もここが奇形化して海外資源の略奪やら開拓団を送り込まなければならなくなった。国内経済が疲弊すればそうなる。それを後になって道徳律で論じてみても致し方なかろうに。 目下の軍事防衛問題の本当のポイントは、国際軍事利権団のあごのしゃくりに合わせて国家財政の中から途方も無い費用が出費されていることにある。直接間接あるいは債務免除まで合わせると、この間いくら注ぎ込んでいることになるのか。今後いくら天文学的な費用の支出を促されつつあるのか、怒りを込めて考えねばならないのではないのか。誰かはっきり指摘して見て欲しい。 その傍らで増税路線が仕組まれている、しなくても良い民営化が暴力的に遂行されつつある、国民生活に極めて重要な分野の民族企業が外資の手に落ちつつある、官僚天国がますます横行しつつある、必要な事業がなおざりにされつつある等々について怒りを込めて考えねばならないのではないのか。 小泉政権が、我が国土及び人民を如何にレイプしつつあるのかについて怒りを込めて考えねばならないのではないのか。我が政界は、この段階に至ってもあまりにも仲良しクラブであり過ぎる。民主党も岡田になって以来、次第に政府与党と相和しつつある。公明党の悪乗りが止まらない。 どっかで我らの怒りを爆発させねばなるまい。天地が荒れ狂う時は昔から回天の時機ということであろうに。 2004.12.7日 れんだいこ 拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その二 | れんだいこ | 2004/12/13 20:43 |
まーしーさん、虫の息さん皆さんちわぁ。忘年会も連日の取り込みで、今日が休みで明日がもう一つ、後は年末がちょろちょっとだ。歯を痛め、腰を痛め、風を引き何や歳を感じさせられておりましたが、今日ぐらいから調子が良いや。 それはともかく、靖国神社論が議論されないのがおかしい。そこで以下のサイトを整理し直しました。 靖国神社参拝に対する中国、韓国等の対応についてdaitoasenso/sengodemocracy_yasukuni._gaikokunotaio.htm 日本軍の果たした皮肉な歴史的役回り考daitoasenso/what_hannithiundo_nihongunoyakumarico.htm なかなか意を尽くせませんがお読みあれ、ご意見あれ。自信は無いので、皆さんのご批評をいただき、どんどん書き換えたいと思います。 だいたい左派が政治事象を解析できなくなればそれはオワだな。今はその時代の気がする。そういう憤怒を込めてれんだいこがつたなくも挑んでいるんだ。その点だけ汲んでいただければ本望です。 2004.12.13日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その三 | れんだいこ | 2004/12/15 20:25 |
2004.12.14日、参院の拉致問題特別委員会で、対北朝鮮経済制裁発動議案を全会一致で採択した。何と、自民、民主、公明はともかくも共産を含む4会派共同提案であった。 議案の要旨は、「北朝鮮の対応を強く非難した上で、政府に対して『拉致問題の解決なくして国交正常化はあり得ない』との不動の立場を堅持し、北朝鮮との間で粘り強く協議を進めるとともに、拉致問題の抜本的解決の促進に遺漏なきを期すべきであるとして、効果的制裁措置の積極的発動の検討など8項目を求める」という代物である。 ここでは日共の態度を問題としたい。マスコミ各社がこれを報じているが、機関紙赤旗にはなぜだか掲載が無い。これは何を意味するのだろうか。委員長・志位のヌエ的対応は不破譲りのものであり、今回も状況が変わればどのようにでも対応できる二枚舌三枚舌を見せている。経済制裁に反対するのかしないのか要領を得ない。特別委委員の緒方靖夫氏が党中央の意向抜きに共同提案した訳ではあるまいに、志位の態度には含みを持たせている。 ならば機関紙赤旗でその辺りを報ずれば良いのに、12.15日付けの赤旗は、「北朝鮮政府の態度について」と題する志位談話を載せているが、党が対北朝鮮経済制裁発動議案を自民、民主、公明、共産の4会派共同提案で為したという所業については触れていない。 こういうヌルヌルした態度こそれんだいがもっとも忌み嫌うものである。個人生活レベルのものであれば許されても、政治においては悪質であり犯罪でもあるというべきではなかろうか。 日共のこの体質は奈辺からくるのか、これを考察しているのがれんだいこの宮顕論、不破論であるが討議されない。この討議の無さこそ日本左派運動の宿ア的体質である。自主独立路線そのものは正解であるが、党内外の真剣な議論を確保してこそ生きてくるものである。党中央がこの程度の頭脳と体制べったり化しているというのに、非常時的党中央集中制を強いたまま異論を許容しない組織論で運動していくことは悪質であり犯罪でもあるというべきではなかろうか。 考えてみよう。徳球時代をあれほど批判した連中は、宮顕−野坂というスパイグループに党中央を占拠された時代には、それがはっきりした時代にあってはもっと激しく批判すべきではないのか。 それがそうならないという不思議さよ。結局みんなまとめて左派気取りに過ぎず、はしか左派に過ぎず、運動を真面目に考えていないということではないのか。そういう作風だから今日のテイタラクの左派運動、日本になってしまっているのではないのか。 否、実際はもっとひどい。戦後政治に於いて極めて有能な政治を実践していた戦後与党主流派(ハト派)に対してこれと是々非々するのではなく、何と今日のようなタカ派全盛時代になって是々非々路線に向っている。それを咎める左派勢力が台頭しない。あぁ何たる貧困か。 もっとも、左派戦線は理論的に錯綜を極めている。それは恐らく歴史観の歪みからきているものと思われる。マルクス−エンゲルスもなぜだが、シオニズムに対して及び腰且つ親和的でまともな論及をしていない。レーニン然り。トロツキーとなるとますます親和的なように伺うことができる。これに目線を保持していたのは毛沢東だったかも知れないが、経済政策で失政し、袋小路へ追いやられ、最終的に敗北を余儀なくされた。 北朝鮮も経済政策で失政し、袋小路へ追いやられつつあるやに見受けられる。その原因は次のことに求められるのではなかろうか。史上の社会主義国は統治システムに於いて近代的ルネサンス制度を重んじておらず、為に却って君主的封建制に依拠しており、これが社会の活性化を抑圧し、廻りまわって経済的停滞社会に陥っているのではないのか。 それを思えば、戦後日本に現出した近代的ルネサンス制度は非常に価値高く、これあればこそ経済的発展を導き出したように思える。個々の民百姓の活性化を促し、そのエネルギーを労働へ転化させたのではなかろうか。その基盤上で、戦後与党主流派(ハト派)がそれなりの手綱を捌いていたのではなかろうか。民社党が露骨に、社会党が裏からの是々非々路線で後押ししていたのではなかろうか。失われてこそ見えてくるものがある。今や、そのことがはっきりした。 しかし、民社党も社会党もそれならそれの自前の確固とした政治理論を持つべきだった。それを持たぬままの事大主義的野合でしかなかった為に、ハト派政治の真骨頂を具現した角栄政治に対し、その潮目が変わった途端にあれほど批判していったのではなかろうか。 何せ目白御殿を御用提灯で包囲し、政治的手柄として未だに自慢しているというアホさ加減である。自分で自分の首を絞めた格好であるが、そのことに未だに気づいていない政治おぼこ連中である。 ところが、宮顕−不破系党中央の日共はあかん。口先ではいろいろ云うが、昔から今に至るまで本質的にタカ派と親和的な反動派である。この反動派が日共党中央を占拠し、1955年の六全協以来50年間を我が世の春政権と化している。お陰で、この党はすっかり面影を変え、大衆から支持されるのではなく嫌われ者になってしまった。裏からのタカ派体制補完政党に変質してしまった。日頃は正義道徳道理をぶって本質を隠すが、重要な局面でその正体を露にする。 しかし、にも拘らず二枚舌三枚舌にやられ続けているサヨ族が現存し、これを支えている。俗に、病膏肓と云う。この仕掛けから抜け出さない限り、日本左派運動の再生も、極債務超過国家になってしまった日本の再建も有り得ない。ポチ首相とこれを取り巻く売国奴どもによって我が日本は解体され、その国富栄養を隈なくしゃぶり尽くされるであろう。 この事態が目に見えているというのに、公務員はボーナスを上げ勝手し放題している。これが怒りを呼ばない。何もかもワヤや。 2004.12.15日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その二、三 | れんだいこ | 2004/12/16 01:43 |
まーしーさんちわぁ。 > 批評に値しない、428986にしても表面をなぞってどうなるわたしはあなたの会社の従業員ではないのでお世辞を言う必要が無い、猛獣文士氏HPへのとうこうさざなみへの古い投稿も読んだあなたにはある思い入れがあるそれをベースに構築している事を晒せ。 いつも思うことだが、まーしーさんは論の中身に食い入ることはない。いつも論の外周部分で何やら権威ありそうな人の論に依拠して当方を罵詈雑言する。ならば、お気に入りのその人の周辺に出入りすればよいのに、「批評に値しない」れんだいこの周りをうろつく。その様は、その昔、男らしいとか女々しいとか云う言葉があったが、決して前者ではない。 > さすれば反論罵倒の山となる、望むところだろう臆病者め。 まーしーさんが正常な人ならば、「臆病者め」なる言葉は使わない。なぜなら、論証抜きにこういう言葉を投げつけるのは、失礼だから。それを平気で為し得る者は単に無礼であって、あちこちから「有名人」の言説を持ってきてひけらしても精神のさもしさを証しているだけのことであろう。 > 誠意ある投稿人は文章の端々に自分の哲学を表明しているれんだいこ氏にはそれが無い、自分を安全なところにおいて批評するだけだ「木村愛二は【自分を安全地帯に置いたまま、小泉レイプという印象操作を合法的に行った】。」フン! これも詭弁の典型例に過ぎない。まず事態を反対に描いておいてそれを批判する。次に、この論に答えてみよと催促する。まったく徒労の議論にしかならないが、生真面目な者あるいは多少オツムの弱い者はこれに引っかかって反論に及ぶ。それにおちょくりの反論がなされまた生真面目に反論する。それを繰り返す。いつまでたっても、最初の設定の間違いに眼がいかないから仕掛け人は安泰という構図である。 > http://yasz.hp.infoseek.co.jp/log2/kaibunsyo.htm これを紹介してなんになる。まったく体裁上も中身も怪文書で、しかもこの場合事態を逆に描いている。まーしーさんは、こういう変態説がお気に入りなんだろうね。しからば、君たちのホロコースト論もやはり変態メガネによって見えている世界なんだろう、ということが逆に見えてくる。 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その四 | れんだいこ | 2004/12/20 18:28 |
2004.12.19日付け産経新聞記事「親中国の党首、実はスパイ オランダで元書記長が告白」は貴重な情報を漏洩している。れんだいこ風に纏めれば次のようになる。 2004.12.17日、英BBC(電子版)が17日報じたところによると、1960年代、オランダ情報当局のスパイがオランダで親中国の左派政党を結成し書記長を務めた。この間、中国から資金提供を受けつつ中国に関する内密情報を当局に報告していた。その情報がオランダを通じて米中央情報局(CIA)に伝達されていた。 元書記長は訪中した際、故毛沢東主席とも握手したことがあり、冷戦終結後の90年代に政党を解散するまで、活動資金として中国側から総額約100万ポンド(約2億円)を受け取った。 元書記長は東西冷戦、中ソ対立のさなか、中国側から米国との関係改善について相談を受け、この打診がワシントンに伝わり、1972年のニクソン米大統領の北京訪問につながった。かくて米中両国の和解となった。元書記長は「後悔したことはほとんどない。冷戦終結に貢献でき光栄に思っている」と話した、というものである。 我々は、この特ダネ記事から何を窺うべきか。れんだいこは、1・オランダ情報当局のスパイが、2・親中国派左派政党を結成し、3・書記長の地位に就き、4・中国側から活動資金を貰いつつ、、5・中国情報をオランダ情報当局に流し、6・その情報が米中央情報局(CIA)に伝達されていた、ことを重視する。 そして思う。これは、果たしてオランダだけのことであろうか。親中派党派に限りの現象だろうか、ここを思案せねばなるまい。己の属する組織を凝視せよ。 れんだいこは、この問題を次の三点から考察したい。一つは、スパイの左翼党の党中央潜入問題、二つは、党中央スパイのスパイ活動の実態問題、三つ目は、そのスパイ活動の果たした歴史的行為の評価問題。 しかし、世上の関心は違うようだ。れんだいこ的関心には向わず、「政党幹部はなぜ次々と訪中するのか? 中国へ賄賂をもらいに行く為か?」と云うところに興味を覚えているようである。続いて、このところの日本の政界の与野党首脳の中国詣でが、「中国側に籠絡される恐れ」を懸念しているようである。勿論、米国ポチ化の流れは懸念されない。 れんだいこは思う。同じ情報を前にして、なぜこう理解が違うのだろう。いろんな見方があって良いにしても、肝心のところの押さえがバラバラというのはどっちかが変調だろう。 オランダの左翼党の党首がスパイであり、親中派として立ち働き、中国詣でしてその情報を当局へ流していたという事実の告白に対して、それをそのまま取り上げて論ずることが本来の論点となるべきなのではなかろうか。なぜいきなり、日本の政党の要人の中国詣でが怪しい説に向わねばならないのか。それは、れんだいこ的関心の後の話ではなかろうか。 れんだいこ的関心の喧々諤々へ向わないまま、後の話にこそい勤しむというのはどうも解せない。早分かりが過ぎるのも良し悪しだ。 それはそうとNHKの海老沢会長の辞任騒動もいかがわしい。れんだいこによれば、相対的にではあるがNHK報道、その他番組は出来が良い。民放各社の馬鹿番組の洪水の如き垂れ流しを思えば、よう頑張っている。プロジェクト・Xは特に良い。 元々ナベツネ批判の合唱が必死の情勢局面で、俄かに海老沢問題が勃発している。意図的に海老沢批判に捻じ曲げられているキライがある。デンパのそういう手口に毎度毎度ヤラレテイル姿が嘆かわしい。 2004.12.20日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その5 | れんだいこ | 2004/12/28 20:52 |
皆さんちわぁ。これは誰のセリフでせう。この言辞を述べた方にれんだいこは今ぞっこんです。云っていることがとてもオシャレです。我が国の土壌にはこういうオシャレな人をよってたかって排斥する風がある。考えなければいけません。年末の挨拶はもう少ししてから、気分が乗ったところを見計らってする予定です。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 日本の共産主義運動が、今日ほど実践上にも理論上にも、低調で混迷を極めている時代はかってなかった。甚だしい無気力と沈滞が一般の傾向であり、一部には実に目を覆わしめる腐敗堕落の現象さえ続出しているのが現状である。その意味に於いて、まさに前代未聞の危機の時代といって差し支えあるまい。 これは誰しもが認めて、頭を悩まし、何とかいい打開前進の方法手段はあるまいかと、五里霧中に暗中模索しているところである。それが否めない目前の事実ではあるが、そう簡単に即効の万能薬が見出せる筈も無い。凡そ病気を治すには、病原を突き詰めてそこにメスを入れる必要のあることが常識ではないか。況やいわゆる膏肓に入っている病気を治そうとする場合においておやである。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー これで腐敗堕落の現象が起こらないとしたら、まさに奇跡であろう。一切の間違いは全て他になすりつけて、それを罵倒しさえすればいい。それで、自分の方は、いつでも責任を取る必要は無いということになる。もっとも他をののしるには、最大限にひどい毒毒しい言葉が必要だから、ハッタリ的にそういう言葉を手榴弾か火炎瓶でも放るようにポンポン投げかける練習は平素から充分に積んでおかなければいけない。そうでないと有能な働き手とはいえない。 今までは自分の頭で考える必要が無かった。いや、考えるのは却って有害でさえあったから、頭の中はからっぽでよかった。 日本労働階級の立場から自主的に、それぞれ自分の体験に基づき、自分の頭で考えての批判に至っては、ほとんど見ることができなかった。その理由が上に述べた点にあったと思うのである。だから、外国の意見を旧態依然として追い回すことに終始しているだらしなさがいつまでも続いて止まないのである。日本トロツキストのスターリン批判も、その例外ではなかった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 我々の陣営内に根深くはびこっている無責任な態度と責任のなすりつけについては、責任頬被り主義という言葉があるとおり、既に誰もが十分に気づいて、眉を潜め早く何とかしなければと心を砕いているところだが、これを是正しようとしないばかりか、却って正当化ないし鼓舞する思想やグループのつとに存在したことには、今まで余り注意されていないように思う。膏肓に入った病気を治療するためには、どうしても病源を突き止めて、そこにメスを入れる必要がある。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 大衆引き回し主義、事大主義、追随主義、無批判な権威盲従主義、出世主義 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー いやしくも左翼陣営に身を置きながら、博士号を欲しがったり、あるいは、博士号を得て、偉そうに思い得意顔の面々に接するおり、私は内心それらの人々の不見識をむしろ、憐れまずにはいられないのである。 日本の労働農民運動が、今日ほど実践上にも理論上にも、低調で混迷をきわめている時代はかってなかった。はなはだしい無気力と泥沼のような沈滞とが一般の傾向であり、一部には実に目をおおわしめる腐敗堕落の現象さえ続出しているのが現情である。その意味に於いて、まさに前代未聞の危機の時代といって差し支えあるまい。 それにはもちろん種々の原因が考えられる。しかし、その一因は、確かに、マルクス・レーニン主義と正しいプロレタリア国際主義が十字架にかけられ、それに取ってかわって、スターリン主義とその各国版とがはびこって、その暴威をほしいままにしたこと。ソ連を絶対無条件に支持するのでなければ共産主義者に非ずというスターリン主義の至上命令とそれに奴隷の如くひざまずき屈従して、二十数年来、日本の共産主義が完全にその自主性を、ー従ってまた一切の批判的革命的精神をー喪失していたことに、見出されるであろう。 このようなあいだにも、知性と良識に富み、階級的良心だけは健全に持ち続けていた分子によって、マルクス主義よよみがえれ! とマルクス主義の復活を求める叫びが、今日澎湃として起こりつつあるのが、その何よりの証拠といえよう。 このような現象というか事実の発生というか、これを大胆率直に、見、聞き、そして云おう、というために、本誌ー「マルクス主義公論」は誕生したのである。いうならば、これが本誌の自覚であり、その使命と自任するところである。 事態ここに至ってもなお、ねぼけまなこをこすって、これに、見ざる、聞かざる、言わざるの三猿主義を決め込み、権威主義、公式主義、宗派主義への愛着が断ち切れず、中途半端なスターリン主義、徳田主義批判にあぐらをかいてノホホンとしているものなどは、マルクス主義とは無縁な、いわゆる迷妄度し難い存在といわねばならぬ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー スターリン主義が決してマルクス・レーニン主義のーいわんや、本来のマルクス主義のー当然の発展ではなく、その根本的な修正であり、俗悪化に外ならぬものであった。 以上、福本和夫「革命回想」全三部作の一節より ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 概ね徳球時代を前提にして書いております。れんだいこと徳球主義に対する観点が違いますが、宮顕批判に置き換えれば丸ごと当てはまりそう。変調な事に、福本は、徳球批判に燃え尽きてしまったか、宮顕時代にはあまりのことに腰を引かせてしまったのか、舌鋒は萎える。それはおかしいでせうと思うのですが、その辺りが氏の眼力の限界だったのかも知れない。でも素敵な人には違いない。 2004.12.28日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その6 | れんだいこ | 2005/01/06 21:35 |
年末から正月休暇に掛けて神社廻りと同窓会の合間を縫うようにして福本イズム考と「日本共産主義運動史」(山本勝之助、有田満穂)を読み続けた。読み終えていないが感想を記しておく。 今日、日本左派運動は手痛い低迷の只中にある。云える事は、それも道理と云う事か。明治維新、自由民権運動の後、日本左派運動をリードしたのはアナーキズム乃至マルクス主義であったが、今日の時点でその論にいくら限界があると判明したとて、史実上担われてきた歴史に通ぜずしては暗闇を右往左往するだけのことだろう。実らないのもむべなるかな。それは徒な積み木崩しに終わるだろう。 我々は過去の歴史に対して余りにも知らなさ過ぎる。凡そ全てが不十分な総括であり、たまに部分的に為されていたとしても有害無益な方向でしかこれを為していない。学べば学ぶほど阿呆になること請け合いの筋書きしか呈示されていない。これではどうにもならん。 指が滑って書き添えておくが、その様は次の如し。なるほど野次馬はあまりかえるほどいる。しかしながら無作法極まり、凡そその精神が左派運動からかけ離れているのにいっぱしの左派をきどる手合いにまぶれている。れんだいこは、誰が指摘したか知らねどもサヨと命名している。 連中のその様はあたかも、幕下力士が横綱相撲をけなしているに似たり。ヘボ碁打ちが高段者の打ち筋を手直しせんとして無駄口叩いて居るに似たり。素人オンチがプロ歌手に指導しているに似たり。世に恥ずかしいという言葉があるが、羞恥の心無しの如くあり。この手合いに漬ける薬は無く、昔より処置無しと云う。 論より何よりそれ以前の問題で、時代はこのあたりで病んでいる。 ここまで書きこれから何か書こうとしていたのだが、お座敷からお呼びがかかった。云いたいことはほぼ云っているから投稿しておく。 2005.1.6日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その7 | れんだいこ | 2005/01/12 10:33 |
「未来2005新年号」の念頭所感が気に入ったので、れんだいこが咀嚼しながらここに掲載しておく。http://www.commirai.org/ この党派は、「もう一つの日本の道へ!」へ向かう「東アジアの平和と民衆自治の扉を開く(仮)日本列島弧自治共和連邦」を目指すという。「志ある左翼の大きな協同(協力・協働)」による「労働者運動を基盤とした労働者自身による(仮)コミュニスト新党」を闘い取ろう!という。 (れんだいこ見解) いいんでないの。 同党は、世界情勢認識として、「わたしたちは地球と人類の文明史的な臨界点の露呈という以外にない戦争による虐殺と暴力の連鎖、史上類をみない大災害などの只中」にあり、イラク戦局の泥沼化が、アメリカをヘゲモニ−国家とする現代資本主義世界システムを揺るがせている。現在の世界は「二一世紀型戦争」と「二一世紀型恐慌」との接近・重合・同時的大爆発へと避けがたく向かいつつある、という。 (れんだいこ見解) 現代世界を牛耳る米英ユ同盟による凶暴な戦争政策による世界ワンワールド化が強行的に推し進められており、今その焦点がパレスチナーイラクにあり、レジスタンスがこれに果敢に闘っているという激動の中で捉えようとしていない解析が気に食わないがまぁいいか。 同党は、国内情勢認識として、「再び侵略戦争と他民族殺戮の扉を開き、そのための第九条改憲と日米安保再改定を政治日程にのせつつあり」、これに呼応して、「拉致問題」を通じて排他的民族排外主義的煽動が強められている、という。 (れんだいこ見解) いいんでないの。欲を言えば、小泉政権のサイコパス性を明確に浮き彫りにさせ、一刻も早い打倒を呼びかける視点が欲しいとも思う。「拉致問題」については、口先の早期解決とは裏腹に世界の激動から目をそらさす格好の紛争として政治主義的に利用されている面を衝かねばならんと思うが、全部は書ききれないから仕方ないか。 同党は、現代資本主義打倒の「新しい理念・ヴィジョンと革命主体未形成の危機」を見つめ、「20世紀社会主義の破産」を超える新たな理念・ヴィジョンをプログラムに、「抑圧型の組織原理から解放型の組織原理への転換」を踏まえた主体形成に向かっている、という。 (れんだいこ見解) 云っていることは分かるが、「現代資本主義打倒」という場合における資本主義、社会主義、共産主義の概念がはっきりしていない状態では意味をなさない。革命を通じてどのような社会を創造するのかの青写真とロードマップを呈示しなければ、運動は進まない。実にここで足踏み停滞している以上、それが責務だと思うが。組織原理の転換だけでは何も言っていないのに等しい。 同党は、「わたしたちの提起したプログラムが戦闘的・先進的労働者運動と結合し、その只中からプログラムを自らの自立・自己解放として担おうとする労働者自身の「コミュニスト新党」(仮称)への自己形成過程が始まった」、「本年、これら労働者自身の「労働者宣言」と呼びかけをもって、公然とされるでしょう」という。 (れんだいこ見解) おぅおぅそれは望ましい。 同党は、「今始まった労働者運動を基盤とした只中に生まれつつある「新生事物」が、全国的階級的にその勇姿を現し奔流となり、左翼の協働・統一の先頭に立つ気概でそのイニシャチブを発揮しうるかどうか。全ては、ここにかかっています。わたしたちは、「協同の精神」に立って、喜びをもってこれに協力・協働し、下支えしていく決意です」という。 (れんだいこ見解) ホントそれが望まれている。願うらくは、俺が俺がではなく、共同戦線運動の思想と原理を常識にしたものになることを。言葉の綾のようではあるが「統一思想」はいらない。ろくなものになりやしないから。 同党は、多様性の承認のもとでの志ある諸組織・諸個人の全国的な協同・協働の道筋を、「組織計画」として確定し、「第三極」政治勢力形成へ向かう。「決して奢らず、腰を据えて、実践し、組織し組織しぬき、2005年を協同する力の「飛躍の年」としましょう!(生田あい)」で締めくくっている。 (れんだいこ見解) れんだいこ党もこれに呼応し、次のように返歌しておく。党首独断声明であるが関係者の皆様よろしく。 我が党は要するに、けなげに生きようと努力している者が報われ、飯が食える世の中を目指している。戦争に反対し平和を目指す世の中づくりに向かう。為に、これを阻む諸反動を許さず、歴史責任の自覚を持ってこれらに体を張って穏和主義でも急進主義でも街頭でも法廷でも闘う、ないしはこれを支援する。我が党は共同戦線スクラムの構築に率先邁進し、その共同テーブルづくりに向かう縁の下の力持ちとして汗を流す。 2005・1・12日 れんだいこ |
Re:れんだいこのカンテラ時評その8 | れんだいこ | 2005/01/13 20:49 |
1.11日、スマトラ沖地震とインド洋大津波被災の復興支援策を協議する支援国会議が開かれ、今後半年間に7億1700万ドル(約756億円)の拠出を確認した。日本の小泉首相は、その3分の1に当たる2億5000万ドルの負担を確約した。こうして日本は最大の支援国となった。 小泉はんは憲法精神に則り実に素晴らしい国際平和及び協調ぶりを発揮した。世界の首相、大統領のうち一番の男ぶりを発揮した。願うらくは、その金額の負担が国民の我々に向わないことを。2004年度の全国各地の被災地にも同じ精神を発揮して十分な支援策を採られんことを。 小泉はんの太っ腹芸を見ると、日本経済は大丈夫なんだなと思えてくるから不思議だ。先進国中随一の累積国家債務の過重問題などきっとたいしたことではなくて、早晩見事な采配を振るわれるのだろう。 れんだいこは、なんでも一番に走りたがる日本の官邸と官僚の競い合いに脱帽させられている。そういう訳で、他の国が真似できない国債の発行とその利息を払うための追加発行で雪だるま競争一番賞へまっしぐらという訳か。 何せ、国家予算を一世帯当たりの家計に当てはめれば、収入50万、支出50万。ローン返済と実家への仕送りに38万円、これを丸ごとサラ金かり借りて自転車操業しており、お陰で累計7000万円の借金に膨らんでいると聞かされたばかりだ。 こうなったら、いけるところまで漕ぎませうか、出来るだけ早く1億円ゴールへ向けて突っ走りませう、そら振り向いてみろ、後ろには誰も居ないぞ、もっと胸を張れ、金メダルだぞつう訳か。競輪の選手ならそれで良いのだが。怒りを忘れたカナリアは歌でも歌って気晴らししようか。 2005・1・12日 れんだいこ 拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その9 | れんだいこ | 2005/01/18 13:51 |
NHK会長海老沢をもじってのエビジョンイル進退問題が喧しい。れんだいこには解せないことがあるので一言しておく。れんだいこは、エビジョンイルその人の政治的立ち回り史については知らないのでコメントを鋭角的に為せないが、なぜ突如エビジョンイル問題が勃発したのかにつき疑惑があるのでそれを記す。 れんだいこの知るところ、エビジョンイル問題勃発前に問われていたのはナベツネ問題であった。エビジョンイル騒動によっていつのまにかナベツネ問題が消えている。オカシイではないか。そういう風に見るべきではないのか。 ナベツネは、有価証券法違反で決定的に追い詰められようとしていた。「たかが選手発言」が怒りを呼び、氏の経歴のイカガワシサが詮索され始め、氏の金権問題にまで発展しつつあった。読売新聞の不買運動が広がり始めていた。付随して日テレ問題も再燃し始めていた。 いつのまにかそのナベツネ問題が消え、そっくりそのままエビジョンイルへすりかえられている。読売新聞の不買運動のNHK受信料不払い運動への巧みな転換ではないかとさえ思える。 よしんば、エビジョンイルの立ち回りに認められる政治権力への屈服をあげつらうにしても、ならばそれ以前のNHK会長で評価される人物は誰だったのか、明らかにして欲しい。シマゲジとエビジョンイルの間を繋いだ会長はお手本的な会長足りえていたのか。それを証明しなければお話にならない。 れんだいこが思うのは、エビジョンイル更迭それも良し。しかしながら問題は、その後釜に誰が座るのかであろう。エビジョンイルに代わって露骨な小泉ー安倍系茶坊主が登場する危険のほうが高いのではないのか。れんだいこはそう睨んでいる。 新聞、テレビがエビジョンイル体制下のNHK報道の御用性ぶりを批判するのはちゃんちゃらオカシイ。読売ー産経ー朝日ー毎日のどの一社たりともNHKよりもずっと御用性報道にたけているではないか。何のかんばせありてそのような正義づらを楽しむのか。 れんだいこはテレビを見ない。見ないし見る時間もないしというのが実際だが、それでも昔楽しみに毎回見たのはNHKの「歴史その時」であり「プロジェクトX」である。特に、「プロジェクトX」は、戦後日本にかって存在した働き者たちの地上の星たちを描き出しており、とてもよい企画だと評価している。あれはハト派系時代への郷愁であり、間接的に今のタカ派政治を風刺している。 この番組を生み出しているエビジョンイル体制のNHKに不満は無い。れんだいこは、そのエビジョンイルがなぜ退陣を迫られているのか、ということを考える。むしろ、エビジョンイル退陣運動は、「プロジェクトX」を容認しているエビジョンイルに対する責任追及として為されているのではないかと疑っている。してみれば、本質的に米英ユ同盟に拝跪するタカ派系からの指弾運動ではないかと思っている。 確かに受信料は少し高過ぎ、衛星放送まで含めると毎月が非常に高くなるのが不満だが、受信料は積極的に払おうと思っている。よって、私も受信料払ってないよと吹聴し相槌を求める左派風のお調子ノリには馴染めない。 エビジョンイルが実はナベツネの一統であり、こんなにワルだよというのであれば、その実態を教えて欲しい。れんだいこにはそうは思えない。シマゲジ問題も然りだった。中曽根ーナベツネ連合に痛めつけられた訳だが、いわばハト派系政治にシンパシーを持つマスコミの最後の大物だった。そのシマゲジを強引に引き摺り下ろし、こたびエビジョンイルも同じく更迭させようとしている訳だが、後釜の方に興味が湧かざるをえない。 以上が、エビジョンイル問題に対するれんだいこ見解である。世の見解と違うと思われるのでこの局面に一石投じておく。 2005・1・18日 れんだいこ 拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その10 | れんだいこ | 2005/01/21 16:40 |
「国債を廻る国会質疑史」cokusaico/kokkaishitugishico.htm
をサイトアップした。国債を廻るれんだいこの知識が乏しいので疑問を附すのみにしたが、この疑問が正しいとしたら由々しきことになる。 国会で質疑するのは、事態を解明し対策を練るためかと思っていたが、史実を歪め詐術するプロパガンダの機関として活用されていることになる。 一体、国債発行に罪あるのは、最初の赤字国債、建設国債発行の責を負う福田であり、赤字国債を常態化させた三木であり、鈴木政権時の抑制化の営為をご破算にした中曽根であり、そのはちゃめちゃな国債大量発行政策を受けぎ垂れ流し続けた竹下であり、村山が又その道へ突き進み始め、橋本、小渕、森、小泉と今に至っているという構図で見るべきではないのか。 その流れから福田の責任を咎めず、中曽根となると逆に描き出し財政再建貢献者として褒めそやしつつ質疑応答をするとはこれ如何に。 小泉は、総裁選当初はこの財政危機を解決すると大見得を切っていたが、「国債発行30兆円以下」の公約が破られていることを指摘されるや、「こんな公約が破られても大したことではない」と居直る始末。政策に信をおく御仁ではないことが分かる。海外へ向けて大盤振る舞いすることと軍事防衛費好きは中曽根と双璧で、これに演習好きの石原が加われば三羽烏と云えようか。 この三羽烏は憲法改正も好きみたいである。専守防衛論なぞもうはるか昔の議論となり今や、自衛隊の日米合同演習から実践武闘路線への転換が促されつつある。それにしても急ピッチ、ドラスチックに変化しつつある。それが良いほうへならともかく、ブッシュー小泉の薬物中毒同盟による幻覚幻聴ムチワールドへの誘いだとは。 それでも、この裸の王様同盟によってたかって追従しまくり、利益おこぼれに与ろうとしている者が未だに後を絶たないというのだからあきれる。そう云えば、小泉政治を好評価する細木数子、田原総一朗、猪瀬らの口調が何時変わるだろうか、それを占ってみるのも面白い。 不思議なことに今年は丁度奇しくも戦後60年。中国では辛酉の年には革命が起こるという説がある。辛酉は60年ごとにやって来る。何かが起こりそうな節目に当たっている。こんな馬鹿な世の中が続くことはなかろう。 2005・1・21日 れんだいこ 拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その11 | れんだいこ | 2005/01/23 12:59 |
ブッシュ大統領二期目の就任演説は、自由パラノイア兆候を随所に見せている。これを検討する。 曰く概要、「諸国での圧制に対抗する為に我々は永遠の正義である自由イデオロギーを掲げ、これを全世界に拡大する。我々は、米国の建国精神に則り、我々の方針を世界に押し広げ、究極の目標として世界をワンワールド化させようと思う。その為には、必要ならば武力を行使する。この偉大な目標は、数世代にもわたる作業であり、道中困難が伴うからといってこれを避ける訳にはいかない。これが我々に課せられた21世紀初頭の歴史的任務であり、我々は自由の歴史において最も偉大な成果を上げる用意がある」。 凡そ以上のように要旨を汲み取ることができるが、これは全くシオンの議定書派のシオニズム宣言の露骨な焼き直しではなかろうか。ブッシュがこれに過度に被れていることが判明する。その論理たるや、前提に於いて任意な「悪」を設定し、この「悪」退治の為に合法非合法の手段を尽くしてでも権謀術数を弄する。それこそが正義だ論をぶっている。 しかしだ。このトリックは次のところにある。前提の「悪」の認定が恣意的なものであったら全く意味をなさないのに、そこのところの詮議無く自身を正義派であると吹聴し、皆の衆この旗の下になびけとぶっている。桃太郎の鬼退治譚そのもので、要するに幼稚な屁理屈をこね回しているに過ぎない。 一体、ブッシュ派のこの間の手口を見れば明らかではないか。「米国は、我々のやり方を他国に押しつけることはしない」と付け足しでふりかけているがウソこくな。リンカーンの言葉「他者の自由を否定する者は、自由を得るに値しないし、正義の神の支配の下では、その自由を長く持ち続けることもできない」も、ブッシュが云うのはおこがましくあつかましかろう。 してみれば、ブッシュは、第二期大統領就任演説で、全世界に向けて公然と自身がパラノイアする聖戦論をぶったことになる。いやはや米国はいや我々も大変な大統領を都合8年間いただくことになったものだ。 それにしてもこうもあからさまにシオンの議定書プロパガンダを聞かされるのなら、もう一度読み直して彼らの戦略に精通しておかねばなるまい。世に偽書説も為されているが、偽書派は次の質問に答えねばならない。 偽書であろうがなかろうが現にブッシュが大統領就任演説という重要な場で同じ内容をぶっているではないか。これをどう観るのだ。 2005・1・23日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その12 | れんだいこ | 2005/01/24 13:27 |
我が国の国債問題は、「初めちょろちょろ中ぱっぱ、追ってぶくぶく」の道筋を辿ってきた。ご飯炊きならそれで一段落するが、国債問題はそうはいかぬ。今では「うなぎ上り」でうねっている。この情況認識が共有できないと以下の話が噛みあわない。 小泉首相は、政権発足当初は「国債30兆円枠縛り」を約束していた。が、その後の経過で、政権取りの為の口舌ゼスチャーに過ぎなかったことが判明した。小泉は、そのことを指摘されるや、「こんな公約破りなどたいしたことではない」と居直り、引き続き放漫財政に耽っている。 しかし、国家財政の硬直化の現実の前に何らかの対処をせねばならない。そこで造りだしたのが「三位一体」なる造語である。要するに、国家財政が窮迫化してきたので従来のように地方へ廻す金が無いことから補助金削減しようとしているのだが、何らかの合理性のある新政策体系を生み出して処しようとしている訳ではない。思いつきの行き当たりばったりをアドバルーンしながら政局運営しているに過ぎない。 不快なことは次のことである。国内的な最重要課題としての財政再建問題に何らの有効な対処を為さぬまま、ブッシュの自由イデオロギー聖戦論をそのまま真似て郵貯の民営化論を打ち出し、無理矢理抵抗勢力を拵えて不退転の闘争決意を語る。 しかして、郵貯の民営化論に何の合理性があるのか皆目はっきりしない。ただ単に遣り抜くという決意表明だけである。弁明為しえぬままとにかく遣り抜くというその姿勢は、背後勢力に教唆されている故であろう。 不快なことは次のことである。小泉首相は、中曽根の向こうを張るかのように国外向けに大盤振る舞いし続けている。軍事関連費の打ち出の小槌が際限なく振り下ろされ続けている。れんだいこには、その費用がどこから出てくるのか分からない。国会決議なしに何故許されるのかが分からない。 ブッシュの第一ポチとして愛想を振りまく痴態が次第に世界に知られつつある。世界に例の無い異常な累積国家債務の過重重圧問題を抱えているのに、それに何らの有効策を呈示しないままに、ブッシュの指図するままにスポンサー役を引き受けており、小泉にとってどうやらその際のエエ格好のみが生き甲斐らしく、その脳天気さが密かに失笑されつつある。この馬鹿はいつまで演技し続けられるのだろう。 しかし、その小泉を名宰相として叱咤激励してきた我が国の政治的貧困を如何にせん。この間のマスコミの提灯痴愚ぶりをいかんせん。2005年1月の今日に於いて、「抵抗勢力に負けるな論」を説き続ける者が居るとするなら、これをいかんせん。れんだいこは断ずる。「漬ける薬が無い。よって処置無し」。 今や日本は、国家破産の危機を迎えている。というよりも正確には、国家破産は手段であり、内実は日本が乗っ取られようとしていることにある。日本はなぜ乗っ取られるのか。それは日本に魅力があるからである。山紫水明の瑞穂の国という国土資源と相対的に有能な人的資源という環境資源が、世界史的に観て宝物であるのだろう。他にもありそうだがここでは記さない。そういう訳で、日本が狙われている。当の日本人はそのことに気づいていない。 その政策を音頭とりしているのが日本政治史上のタカ派であり、彼らは戦前にあっては軍部のお先棒を担いだ。戦後になると米英ユ同盟に売込みして、魂を売る代わりに出世権力を貰っている。タカ派というのは、イデオロギーというより何時の世でも最も強い権力になびく癖があるようである。 80年代初頭の中曽根政権の登場と共に、そういう輩が日本の支配上層部に巣食ってしまった。彼らの指導の下に、日本は史上初の国家的破産、国民的隷従を余儀なくされる道へ誘われつつある。 その経緯は、まさに絵に描いたような「シオンの議定書」のシナリオ通りであり、その成功の様はシオンの議定書派自身が驚くほどの見事さで進行しつつある。「国債発行謀略」とエージェントの送り込みがこれほど成功した例は世界史上の驚きであろう。 今や、小泉問題は、国家存亡の危急問題として突きつけられている。それを許すこと自体、許す側もまた自分で自分の首を絞めながら恍惚している痴呆であることを証しているであろう。 れんだいこが最近事情を読み解くのに次のように云える。バブル経済は崩壊した。民間レベルは否応無く新事態対応型の生活スタイルへ転換した。が、意識が引き続きバブルのままにある勢力がいる。その余韻が小泉政治を許していると評することができる。 政官業マスコミの四身一体勢力が未だその只中にある。最も遅れているこのバブル紳士達の意識はいつになったら真っ当なものに戻ることができるのだろうか。こういう連中に限って自称エリートを自認しているだけに始末が悪い。 今目前に於いて進行しつつあるこの痴態を撃つのに、改善改良策で間に合うのだろうか。れんだいこは絶望している。なぜなら、既存の利権構造に大鉈を振るわない限り、事態は解決しないと思うから。果たして、大鉈を改善改良策で導入することが出来るだろうか。れんだいこは歴史上その例を知らない。 いずれにせよ、この苦境を脱し新社会秩序を展望する為の青写真とロードマップが要る。それを生み出す力は既成の権力派にはなかろう。そういう訳で、世は革命を欲している。つまり革命主体の形成が一刻も早く望まれている。「革命は楽しからずや」、「見えてから説くのは世間並み、見えん先から見抜いて説くのや」、今ほどこの言葉を噛み締める必要があるときはなかろう。 2005.1.24日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その13 | れんだいこ | 2005/01/28 12:46 |
【れんだいこの「ロッキード事件に対する通説」批判】 れんだいこは、海老沢NHK会長追い落とし過程にアンテナが働きつつある。いずれ私見を述べようと思う。その前に、ロッキード事件を思い返しながらもう一度確認しておく。 インターネット検索でロッキード事件に関する次のような解説に出会った。「経済のこと」欄での「ロッキード事件(76年2月)」の項であるがこれを転載する。 (引用始め) アメリカ多国籍企業ロッキード社が大型旅客機トライスターの全日空への売込みをめぐり、代理店の丸紅などを通じて約26億円の対日工作資金を政府高官らにばらまいた政・官・財癒着の戦後最大の構造汚職事件。 ロッキード社は当時60年代末の軍用巨大輸送機C5Aの失敗から経営困難に陥り、業績回復のための新たに民間機の分野への進出を行い、急遽トライスターL1011を開発したが、肝心の売り込みが競争関係にあるDC10に遅れをとっていた。形勢逆転を図るため、ロッキード社は秘密コンサルタントの児玉誉士夫と政商小佐野賢治、代理店の大手商社丸紅、全日空の3つのルートから田中角栄首相・橋本登美三郎運輸相・佐藤孝行運輸次官など日本政府高官に約25億円の買収工作を行った。 また、閣議で『国産化』方針が決定し、研究開発費も予算支出されていた対潜哨警戒機(PXL)をロッキードのP3C(一機100億円)の輸入に切り替えさせる工作を行った。これらが76年2月米上院外港委員会の公聴会でのコーチャン証言を景気に発覚した。 そして、田中角栄前首相が7月に5億円の受託収賄罪で逮捕された。こうした汚職事件は、自民党の一党独裁政権の下での構造的汚職であり、日本政治の後進性を示すものである。(引用終わり) これが「ロッキード事件」に対する通説的理解のようである。しかし、れんだいこにはとても受け入れられない粗雑、歪曲、捻じ曲げ、すり替え、倒錯的解説であるように思われる。 しかしてこの理解の差を埋めるにはあまりにも道が遠過ぎるように思える。なぜなら、いくら議論を尽くしたとしても、俺はそう理解したいんだと言い張られれば議論の甲斐が無いからである。しかも、通説のほうが大勢を占めているのだからして、少数派のれんだいこ見解が聞き届けられることなぞ有り得ず、仮に有り得たとしても「針の穴にらくだを通す」困難さを伴うであろう。 しかし、述べておかねばならない。以下、解析する。 第一節「アメリカ多国籍企業ロッキード社が大型旅客機トライスターの全日空への売込みをめぐり、代理店の丸紅などを通じて約26億円の対日工作資金を政府高官らにばらまいた政・官・財癒着の戦後最大の構造汚職事件」について。 (れんだいこ見解) この捉え方には問題ない。 第二節「ロッキード社は当時60年代末の軍用巨大輸送機C5Aの失敗から経営困難に陥り、業績回復のための新たに民間機の分野への進出を行い、急遽トライスターL1011を開発したが、肝心の売り込みが競争関係にあるDC10に遅れをとっていた。形勢逆転を図るため、ロッキード社は秘密コンサルタントの児玉誉士夫と政商小佐野賢治、代理店の大手商社丸紅、全日空の3つのルートから田中角栄首相・橋本登美三郎運輸相・佐藤孝行運輸次官など日本政府高官に約25億円の買収工作を行った」。 (れんだいこ見解) ここは故意か知らずでか、後段の下りが捻じ曲げられている。1976(昭和51).2.4日の米国上院外交委員会の多国籍企業小委員会の公聴会証言で明らかにされたことは、ロッキード社が販売促進の為の工作資金として、日本の場合にはその政府高官たちに1千万ドル(当時の円換算で約30億円相当)の工作資金を流し、そのうち708万5000ドル(当時の円換算で約21億円相当)が児玉に秘密コンサルタント料として渡った」との証言である。 この時点で、児玉と実懇な間柄は中曽根ーナベツネであり、必ずしも田中角栄首相・橋本登美三郎運輸相・佐藤孝行運輸次官には結びつかない。 それを無理矢理に中曽根ラインの胡散臭さを切り捨て、角栄ラインの方へ責任追及して行ったのがいわゆるロッキード事件である。れんだいこは否定する観点を持っているが仮に角栄に5億円渡ったとして、仮に二階堂、橋本、佐藤らに云われるような数百万円が渡ったとして、ならば全体の30億円、児玉への21億円のうち残余のより巨額な方のカネはどこへ行ったのか。当然詮索されるべきであるが、ここが闇に消えてしまっている。これを解くのがもう一つの「ロッキード事件」なのであるが、これを不問したまま皮相的解説に終始している。 第三節「また、閣議で『国産化』方針が決定し、研究開発費も予算支出されていた対潜哨警戒機(PXL)をロッキードのP3C(一機100億円)の輸入に切り替えさせる工作を行った。これらが76年2月米上院外港委員会の公聴会でのコーチャン証言を景気に発覚した」。 (れんだいこ見解) P3C問題が「76年2月米上院外港委員会の公聴会でのコーチャン証言を景気(→契機)に発覚した」のが事実かどうか分からないが、問題は次のことにある。ロッキード社の大型旅客機トライスターの全日空への売込みはいわば民間取引である。P3Cは自衛隊への軍用機売込みであるからしていわば公金であり、しかもその金額も大きい。本来なら、こっちの方がより重要であり、なおかつここでも中曽根の悪事が見え隠れしている。しかして、中曽根ラインへの捜査は今に至るも行われていない。 第四節「そして、田中角栄前首相が7月に5億円の受託収賄罪で逮捕された。こうした汚職事件は、自民党の一党独裁政権の下での構造的汚職であり、日本政治の後進性を示すものである」。 (れんだいこ見解) もうれんだいこが指摘するまでもなかろう。「こうした汚職事件は、自民党の一党独裁政権の下での構造的汚職であり、日本政治の後進性を示すものである」などという結論は、凡庸過ぎてお話にならない。 なぜなら、構造的汚職は「自民党の一党独裁政権」に起因するものとは必ずしも断じ得ない。「自民党の一党独裁政権」から任意ななにがしの政権へ転じたとして、構造的汚職の無い時代を信じられるものはよほどおめでたい御仁であろうから。 「ロッキード事件が日本政治の後進性を示すものである」との理解はどうだろう。かなりピンボケした結論ではなかろうか。それが証拠に、角栄派を駆逐した現下のタカ派系ラインの政治が、池田ー角栄ー大平ー鈴木時代のハト派政治より先進的になったとは到底みなされないから。 2005.1.28日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その14 | れんだいこ | 2005/01/29 13:17 |
【インターネット上の著作権問題における原点視角考】 1.28日付けロンドン・ロイターによる「2004年の最も偉大な英国人にWWW発案者」記事を参照する。著作権が喧しいが、他人のふんどしで相撲を取る強欲な著作権万能全域適用論者の痴愚ぶりが浮き彫りにされるであろう。 2005.1.27日、ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)の発案者として知られる英国のティム・バーナーズ・リー(Timothy John Berners-Lee )氏が、「2004年の最も偉大な英国人」に選ばれた。 「2004年の最も偉大な英国人」審査員として選考に参加した歴史家のデービッド・スターキー氏は、ロイター通信に次のように語っている。「(バーナーズ・リー氏は)自分の発明を商業的には利用しないことを選び、ほとんど頑固と言えるほどの態度でこれを公開した。もしこれを完全に利用していれば、今日ではビル・ゲイツ氏が貧困者に見えるほど(の富を得ていた)だろう」。つまり、「謙虚さと才能に加え、利他的な姿勢が評価された」ことになる。 リー氏の履歴及び「WWW」の開発経緯を見ておく。次の通りである。 1955.6.8日、ロンドンに生まれ、1976年、オックスフォード大学(クイーンズカレッジ:物理学)卒業後、Plessy Telecommunications Ltd.、Image Computer Inc.などの企業を経て、1984年からCERN(スイスのジュネーブにあるヨーロッパ粒子物理学研究所)のECP部門で働く。 スイスの研究所に在籍していたこの時、外国にいるときでも同僚同士が一緒に研究できる「グローバル・ハイパーテキスト・プロジェクト」を構想して、ハイパーテキスト文書をクモの巣(ウェブ)のようにはりめぐらしたネットワークの中で簡単かつ自動的に知識を結集させられるようにしたいとという目的からインターネットを通じてこれを行うことが出来る装置として「WWW構想」を発案し、その開発に向う。 やがてウェブブラウザーを生み、その基礎となるプロトコルを規定することになるソフトを作成した。「HTML」(ハイパーテキスト・マークアップ言語)と「http://」(ハイパーテキスト・トランスファー・プロトコル)が基礎となるプロトコルとなった。 「http://」に続けてウェブ上のアドレス「URL」(ユニフォーム・リソース・ロケーター)を書き込むことにより、誰もがホームページを持てるようになった。こうして、「URL」、「HTTP」、「HTML」などWWWの基本となるプロトコルがリー氏の設計で創られることになった。 「ウェブの生みの親が語る過去と未来(上)」http://hotwired.goo.ne.jp/news/news/culture/story/3246.html は、その意義についてのリー氏の発言を紹介している。 「新しいもののなかで一番重要だったのは、『URI』(ユニバーサル・ドキュメント・アイデンティファイアー)、つまり今のURLという概念です。これは存在するどんな情報にも名前をつけて識別できるようにするべきだという考えで、名前をつけることにより、情報を識別するだけでなく、情報を保有することもできるようになるのです。この考えが、ウェブを普遍的なものにする基本的な糸口でした。そしてこれが私がこだわった唯一の点です」。 「『URI』とは、『http://』ではじまり、何やら奇妙な長ったらしい言葉の続く、例のやつで、これは文書名を表しています。ウェブアドレスと呼ばれることも多いのですが、今ではトラックの車体から野菜に至るまで、あらゆるものの上に短く縮めた表現で書かれています。基本的には、ウェブ上に存在する特定の情報を識別するのに使われます」。 1989年、グローバル・ハイパーテキスト・プロジェクト提案。1990年、最初のハイパーテキスト・ブラウザ&エディター開発。1991.8.6日、最初のwebサイトが設立された。かくて、リー氏は、歴史に「世界最初のWWW開発者」としての地位を得ることになった。その特許を取得せず、インターネットに開放してすべての人がアクセス利用できるよう提供した。 1994年から、現在まで、MIT(マサチューセッツ工科大学)の計算機科学研究所の主任研究員であると共に、ウェブの標準化団体である「ワールド・ワイド・ウェブ・コンソーシアム」(WWWコンソーシアム、W3C)のディレクタ(理事)として活躍している。「W3C」は、1994年にマサチューセッツ工科大学に着任した直後にリー氏が創設した非営利団体機関。 このリー氏の功績が「インターネット上のページを体系化、リンク、閲覧するシステムWWWの発明を通じてインターネットの包括的かつ国際的な発展に対する貢献」として認められている。 この間、2004.6.15日、フィンランド政府が創設した「ミレニアム・テクノロジー賞」を受賞。2004.7.16日、英国のエリザベス女王から大英帝国の騎士道の2番目に位置する爵位である大英帝国上級勲爵士(Knight Commander of the British Empire:KBE)の爵位が授与され、イギリスのナイトの称号を得る。 リー氏の功績は、「ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)の世界最初の発案者」としてのみにあるのではない。それを無特許で世界に公開した事が絶大に評価されるに値する。今日、そのWWWシステムを利用しての著作権談義がうるさいが、この「元一日のいきさつ」を銘しておくべきではなかろうか。 世の著作権万能全域適用論者よ、ふんどしを締め直して、心して聞け。 リー氏は、KBEの爵位を授与された時、次のように述べている。 「私はこのような大変な栄誉に恐縮してる。Webは、私の仲間の世界中の発明家や開発者との共同研究開発を通じて実現されたもので、この栄誉はインターネットコミュニティの全ての人に与えられるべきものだ」。 「Webは、これからも全ての人に対してオープンであり、提供情報に偏りがない、普遍的なメディアであり続けるべきだ。多様な機器に対応し、技術がより強力で利用し易いものとなったことから、様々な規模の誤解を解消し、協働するためのメディアとして、如何に使いこなすかを学ぶことが求められる」。 リー氏のこうした考えは、著作「Webの創成 ― World Wide Webはいかにして生まれどこに向かうのか」(ティム・バーナーズ-リー著、 高橋徹・翻訳)、「Weaving the Web」で積極的に開陳されている。 (れんだいこ私論.私見) リー氏の無特許公開姿勢について 近時の著作権万能全域拡大論者は、これをどう受け止めるのだろうか。というより、欲ボケに汚染され過ぎて、問題を問題として認識する力さえないのかも知れない。 2005.1.29日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その15 | れんだいこ | 2005/02/02 19:16 |
【再びれんだいこの角栄論、指導者論】
砂辺功・氏の「田中角栄 怒涛の大構想」を手に入れ、「れんだいこの角栄論」を手直しした。「田中角栄と金権政治の問題」kakuei/kinnken.htm の項を大幅に手直しした。砂辺功・氏の国防論は馴染めないが、ロッキード裁判に対する氏の観点は、当時に於いては白眉のもので慧眼足りえている。 それはともかく、世の中は不思議なものだ。百年一人の逸材にして案外と潔癖な角栄が悪しザマに語られ、どうしようもない悪人が正義風に説教垂れて通じるならいがある。歴史の不思議なところかもしれない。 次のことも言い添えておく。「立花史観により『角栄と云えば金権』なるオウム返しの洗脳刷り込みが為されており、事情に疎い者はこれにコロリとやられている。しかし、この『常識』は本当だろうか。れんだいは、逆説で、『角栄ほど金権腐敗と無縁な政治家はいなかった。ヒモ付き献金を角栄ほど嫌った政治家はいない。ましてや得体の知れぬシオニズム系海外企業から胡散臭いカネを貰うことなぞ有り得る訳が無い。それは秘書軍団にも徹底されていた』と考えている」。 以上前置き。 我々はそろそろ「指導と強権の相関関係」を論じ、違いを確認しておかねばなら無い。れんだいこは次のように考える。指導には権力が伴う。その権力が指導を受けて自由自主自律的に行使される場合、善政と云うのではなかろうか。これは、与野党問わずの組織の普遍原則のように思える。 これを逆に言えば、権力が関係者の自由自主自律性を封殺し、強制的に指導に及ぶ時、これを悪政と云うのではなかろうか。これも、与野党、大小問わずの組織の普遍原則のように思える。無能な者ほど強権体制を敷く。これも、古今東西の法則である。 それだけ、指導を為す者即ち指導者が大事ということになる。 世に、左翼圏に、民主集中制原則なる論理がある。言葉の意味で正確に民主と集中が接合されることは何ら保障されていないのに、この用語は実践理論としては何ら意味が無いのに導入され常態化している。今日でも各党派がこれをお題目にしている。行き着く先が王朝体制しかもたらしていないのに、崇め奉られている。 これは何を物語るのだろうか。恐らく、左巻き人間の特徴として「言葉に酔う資質」があり、このボンクラ資質がうまく利用されて、民主集中制原則が通用して居るのではなかろうか。その行くつく先が執行部万年体制だと云うのに。そして、この万年体制が組織を腐敗させるというのに。 以上からいえることは、我々は、「言葉に酔う資質」から脱却し、物事をもっと実証的に弁証法的に見る眼を養い、不断の変化の中で鍛え鍛えられる原理を創造せねばならないということである。そういう人士を結合させる際の素敵な指導理論、権力理論を確立せねばならない、ということではなかろうか。 悪指導、強権政治と闘い、良指導、自主結合の確立に向けての身近なところからのサンプルを生み出し、そのサンプルを次第に世間へ向けて打ち出し、種々調整しつつ最終的に国家権力奪取まで向わねばならない。その後の指導も政治も、この間培ってきた手法の再創造で良く、慌てて俄仕立てで接木することはない。そういう運動体を小の時から造るべきではなかろうか。 これに相応しい用語を生み出さねばならない。「ビッグバーン・ネットワーク理論」うううーん違うか。「一粒万倍理論」うううーん違うか。「異論尊重・一手ひとつ論」うううーんちょっと良くなった。「得心分離結合論」うううーんこんな感じか。まっいずれ適語を生み出そう。 そういう風に考えると、角栄が培ってきた組織、人脈、政治、識見、哲学はどれも参考になる。まさに手本と成るひながたを歴史に残していると云える。そこでは、議論と研修がサンドイッチ的に要請されており、異論が大手を振って尊重されており、何ら不利益受けづに再結合の道が用意されている。この間、良指導の下御意の者が合従連衡し続け、組織を培養する。あぁ素晴らしい素晴らしい。 その角栄もシオニズム派とこれに呼応する売国奴勢力にヤラレタ。ということは、このシステムも万全ではないことが分かる。しかし、この原則の上に立っての工夫で対処すれば良いと思う。以上雑感を書き留めておく。 2005.2.2日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その16 | れんだいこ | 2005/02/10 21:33 |
【再びれんだいこの角栄論、ロッキード事件考】 背後事情が胡散臭いNHKの海老沢会長追い落としについては健筆振るう我がマスコミは、2005.2.9日の「武藤訴訟」の控訴審判決についてはダンマリしている。よほど触れたくないのだろうか。この訴訟をれんだいこ風に整理してみる。 2001年、ロッキード裁判の研究をしている社会福祉法人職員の武藤久資さん(東京都)が、ロッキード事件捜査過程で日米の司法当局が「取り決め」した際の裁判官会議の議事録などを開示するよう最高裁に請求した。が、開示されなかったため、これを違法として、国に130万円の損害賠償を求め提訴した。 この議事録とは、1976年、当時の検事総長と東京地検検事正が、ロッキード社元副会長らの嘱託尋問調書を米国から入手するため、元副会長の永遠の不起訴を確約する「不起訴宣明」(「検事総長の起訴しないという確約が将来にわたって順守されると宣明する」)を出し、最高裁もそれを確認する「宣明書」を出した。この時の「宣明書」を出すことを決めた最高裁の裁判官会議の議事録を指す。 この「不起訴宣明」のいかがわしさについて、れんだいこは、「田中角栄論」の「ロッキード事件考」の「嘱託尋問問題」中で解析した。角栄は、「なぜ見も知らぬ、コーチャンという男のために被告席に座らされ、何一つ抗弁を許されないまま、有罪判決を受けなければならなないのか」と憤懣を述べているが、実にそうであろう。不法にも違法にも反対尋問さえ許されずの云い得云い勝ち証言となった。この証言が振り回されていくことになり、角栄逮捕に繋がる。 ちなみに、角栄は、ロッキード事件について次のように述べている。「ロッキード事件というトラバサミにかけられた。足をとられた方が悪いのか、トラバサミを仕掛けた方が悪いのか、それは後世の学者が判断するもの。私は断じて何もしておりません」。 話を戻す。武藤さんは、1・「不起訴宣明」を決めた裁判官会議の議事録、2・最高裁職員が、米国の判事と交渉した際の記録などの開示を求めた。これに対し、国側は、1の会議録について、「会議の意思決定はその後も続いており、不開示にできる」と主張し、争った。 2001.4月、情報公開法が施行され、同法施行に合わせ、司法行政文書の開示について事務取扱要綱を設けた。但し、最高裁議事録は情報公開法の対象外ということのようである。なお、情報公開法の要綱には不服申し立ての制度がなく、最高裁の決定の不当性を問題にするには提訴するしかないという制度上の欠陥が指摘されている。 2004.6.24日、「武藤訴訟」の判決が東京地裁であった。河村吉晃裁判長は、「当時、会議が非公開だったとしても、事後も議事録を非公開とするまでの理由は見あたらない。当時の審議過程が、現在も続いているとは考えられない」と述べ、不開示を違法と認めて6万円の支払いを国に命じた。「情報公開をめぐり最高裁の不開示決定が違法とされたのは、初めて」。 一方、「その他の記録については、存在しない」として不開示にした最高裁の決定に違法はないと判断した。(れんだいこボソボソ)意味が分からない。 武藤さんは判決後、「議事録の不開示を違法としたのは評価できるが、歴史的な重要文書が存在しないずさんさを、違法としなかったのは納得できない」として上告した。 最高裁広報課は「判決文をよく読んだ上で対応を検討したい」とのコメントを出した。 2005.2.9日、「武藤訴訟」の控訴審判決が東京高裁であった。秋山寿延裁判長は、「自由に議論を行うために、議事録を開示しないこともやむを得ない」と述べ、非開示を違法として6万円の賠償を命じた1審・東京地裁判決を取り消し、請求を棄却する原告側逆転敗訴を言い渡した。 (れんだいこボソボソ)「自由に議論を行うために、議事録を開示しないこともやむを得ない」なる屁理屈が通るようでは世もお終いだろう。この判決文が問題にならないのなら、問題にしないほうの能力がそれ以下ということになる。 通常は、「自由に議論を行うために」は議事録を開示することが「避けられない、ないしはやむをえない」となるところを反対に、「開示しないこともやむを得ない」だと。この手合いの迷裁判長の類にかかると万事が逆さに表現される。よく勤まるなぁ。 まったく、「自衛隊員の活動するところがいつでもどこでも安全区域」、「人生いろいろ、私の場合は何でも許される」、「この程度の公約破りはたいしたことではない」詭弁と似ている。何回も復誦すると頭が壊れることれんだいこが請合う。 武藤さんは上告する方針。おぅおぅやってくれ。れんだいこも大いに関心がある。今や世にときめく「本田雅和記者」はどない思うておるんやろ。海老沢失脚に執念燃やすだけなんかいなぁ。こういうところに正義のペン振るわずに何してんやろ。こっちの方にはウマミがないちゅう訳か。 2005.2.10日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その17 | れんだいこ | 2005/02/17 21:05 |
【再びれんだいこの角栄論、角栄の左派資質考】
国会が全く機能していない。政治の貧困時代という病んでいる段階を既に通り越し、植物人間ならぬ国会と化し、病床についているのかも知れない。そういう折だからこそ角栄を学ばねばならない。 「角栄の左派資質と傾向について」kakuei/zinnmiyaku_sahakisitu.htmに次の一文を入れた。 【「増田悦佐氏の逆さ読み角栄考」】 「株式日誌と経済展望の2004.12.17日付け『自民党の社会主義者、田中角栄は戦後日本政治の中で唯一政権奪取に成功した革命家なのだ』」は「増田悦佐『高度経済成長は復活できる』」を紹介している。れんだいこがこれにコメント付けるが、論旨が非常に屈折している為、順不同で拾い出してスッキリさせる。 れんだいこは、増田氏の「高度経済成長は復活できる」を読んでいない。従って、「株式日誌と経済展望」の該当文から学ぶ以外ない。それによると、何と「田中角栄が経済成長を敵視する社会主義革命家」であるらしい。「積極財政、拡大志向、そして利権政治の親玉として、社会主義的な思想信条とは対極に位置するように見える田中角栄」と記している。 (れんだいこボソボソ) そんな馬鹿な言い方があるだろうか。「社会主義的な思想信条とは対極に位置するように見える田中角栄」なら、社会主義者では無かろうが。「「積極財政、拡大志向、そして利権政治の親玉」という「諸悪の元凶角栄説」も陳腐だ。 増田氏は更に次のように云う。 なぜ、田中角栄の経済政策は、「積極的な国土開発」を謳いながら徹底した反成長思想に貫かれたものだったのか。なぜ田中角栄の作った政治、経済、社会をおおう諸制度が奇蹟とまで賞賛された日本経済の成長率をその後三〇年間に及ぶ長期的な衰退に導いたのか。そして、なぜ田中角栄は失脚しても、利権社会主義の弊害が延々と日本国民を苦しめつづけているのか。 田中角栄は、単なる保守党政治家ではなく、体制内革命を成就した革命家だった。佐藤内閣をできるだけ長持ちさせ、クラウンプリンス福田赴夫の首相就任を阻止しながら行われた党中党建設、派中派建設は、革共同・革マル派もうらやむ手際の良さだった。 (れんだいこボソボソ) このトゲトゲシイ批判は何なんだ。角栄を高度経済成長路線を敷き成功させたハト派の総帥とみるのではなく、「日本経済の成長率をその後三〇年間に及ぶ長期的な衰退に導いた」犯人と勝手に措定しているが、何の根拠でそったらことを云うのか。 「なぜ田中角栄は失脚しても、利権社会主義の弊害が延々と日本国民を苦しめつづけているのか」と問うているが、「利権社会主義の弊害」とは何なんだ。角栄失脚後後においてどこが社会主義なんだ。無茶苦茶なことを云う御仁だ。 その癖、次のようなところに着目している。 都会の有権者は争点次第で投票行動も違ってくるが、いったんつかんだ地方の有権者は本人が大都市圏に移住しない限りずっと支持基盤になる。ここに眼をつけた、「地方から攻め上って都市を包囲する」選挙戦略は、毛沢東もうらやむ辺境革命理論の実践だった。 一言で言えば、田中角栄は戦後日本政治の中で唯一政権奪取に成功した革命家なのだ。彼は政治手法を自民党の先輩代議士たちからではなく、三宅正一や小林進などの社会党の農民運動指導者から学んだと言われている。 「初当選のころの田中は、有権者との付き合い方を〃日農〃を指導していた当時の三宅正一社会党代議士から伝授されたと言います。"田中君、一票が欲しければまずそこの家に上がってお茶をごちそうになることだ。そのうえで、お茶代を置いてくるんだ"と。有権者とのスキンシップですね。それを、若き日の田中はそのまま実行した」 「地下タビに脚絆、昼メシどきになると握りメシを抱えて農家の縁先を借りる。"すいません。ちょっとここでメシを食わせてもらってもいいですか"。"……まア、家に入りなさい"ということになる。家に上がればしめたもので、持論を訴え、聞いてもらうことで"一票"を手にしていくことになる」(小林吉弥、『高橋是清と田中角栄-日本を救った巨人の知恵』、二〇〇二年、光文杜知恵の森文庫)。 つまり、田中角栄の政治手法は必然的に政治理念をも社会党系の急進農民運動の理念に変えて行ったのだ。そして、田中角栄は、地方の農民たちが抱いている大都市圏に対する劣等感と羨望の念、そしてその裏側にある「われわれは、もともと都会人に比べると非常に不利な立場にあるのだから、都会人に一泡吹かせるためなら、多少は汚い手を使ったとしても許されるはずだ」という意識を完全に共有していた。 しかし、田中角栄は陣笠代議士時代から議員立法を駆使して「社会的弱者」のための利権連合を着々と作り、支持基盤を拡大していった。ニクソン大統領の強硬な要求で繊維製品の対米輸出を自主規制させられた事件が、いい例だろう。佐藤内閣の通産大臣だった田中角栄は、どうころんでも憎まれ役にしかなりそうもない交渉でアメリカ側の要求をほぼ全面的に受け入れながら、独断で札束で頬をひっぱたくような巨額の補償を繊維業界にばら撒いた。結局、この交渉を通じて中小零細企業の味方のイメージを確立してしまった。 もうひとつ、田中角栄が自民党内で革命を起こそうとしていることが、なかなか周囲に感づかれなかった理由がある。自分の政権奪取能力、政策遂行能力、利害調整能力に絶大な自信を持っていた田中は、政治理念を宣伝して同志を募るという過程を省略し、たったひとりで革命[を成し遂げた。田中角栄の秘書であり越山会の統括責任者であった佐藤昭が述べているように、「毛首席には周恩来同志がいましたが、田中には周恩来さんがいなかった」(新潟日報報道部、『宰相田中角栄の真実』、一九九四年、講談社刊)のだ。 角栄政権のプラスのほうに眼を転じれば、首相在任中にやってのけた功績がふたつある。日中国交回復と、ソ連共産党書記長ブレジネフに「日ソ間には北方領土という未解決の問題が存在する」と認めさせたことだ。どちらも、社会主義政権相手の仕事だった。 世界中にたったひとりだったかもしれないが、一九七二年という早い時期から田中角栄政権誕生の本質を「革命家」による政権奪取と見抜いていた社会主義国指導者がいた。彼は、岩波書店の総合誌「世界』に掲載されたインタビューで以下のように答えている。 「日本人民の闘争が強まったために佐藤反動政府は追い出され、田中政府がこれにかわりました。これは日本人民の闘争の結果だといえます。われわれは日本人民の闘争を高く評価し、それを全面的に支持します」(坪内祐三、『一九七二-「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」』、二〇〇三年、文塾春秋刊より引用)。当時の北朝鮮国家元首、金日成だ。まさに、「英雄、英雄を知る」と言うべき洞察力だ。 (ボソボソ) 毒づいているが、それを割り引いて読み取れば、新たな角栄像が見えてくる。 「株式日誌と経済展望」管理人は、「私のコメント」で次のように述べている。「むしろ、田中角栄こそ日本における社会主義革命に成功した唯一の人物としてみる論こそ、今までになかった田中角栄論である。なぜ、アメリカの共和党政権が田中角栄を失脚させたのかは、もっぱら独自のエネルギー戦略を展開したからロックフェラーの逆鱗に触れたという説が有力ですが、むしろ田中角栄が日本で社会主義革命を成功させたからだと言うほうが、説得力があると思う」。 「自民党内にこのような大派閥を形成できたのも、日本の農家などからの支持を集めたからであり、それが大都市を包囲して一気に革命へ持ってゆく手法は毛沢東の革命戦術であり、だからこそ中国やソ連も日本こそ社会主義国家の仲間としてみる要素になったのだろう。それに対して危機感を持ったからアメリカのキッシンジャーは角栄を失脚させたのだ」。 (れんだいこボソボソ) もっと思い切って、角栄を日本史上稀有な土着左派人士と見立て、彼の業績そのものを虚心坦懐に振り返るべきだろう。昨今、市場性社会主義論が云々され始めているが、その目で見れば、戦後日本とははまさに市場性社会主義体制であったのではなかろうか。実際は、政府与党を自民党が掌握し、その自民党はハト派、タカ派の混交政党であった訳だが、池田ー佐藤ー角栄ー大平ー鈴木政権時代とは、ハト派がタカ派を上手にお守りしていた時代であったのかも知れない。失われてこそ見えてくる世界ではある。 2005.2.17日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その18 | れんだいこ | 2005/02/19 07:57 |
【再びれんだいこの角栄論、増田悦佐氏の角栄批判を批判する】 れんだいこは、「れんだいこのカンテラ時評その17」で、増田悦佐氏の著書「高度経済成長は復活できる」田中角栄観に付き「論旨が非常に屈折している」と評した。しかし、この観点では云い足りないためもう少し言及する。 増田悦佐(マスダエツサ)のプロフィールは次の通り。「経済人 1950. HSBC証券シニア・アナリスト。建設・不動産分野に強いアナリスト。ニューヨーク州立大助教授を経てアナリストに、一橋大卒」。 れんだいこと同じ年生まれの、角栄を廻ってまったく反対の観点の持主ということになる。れんだいこに云わせれば、その観点は、シオニズム受け狙いのお調子もんでしかない。まっそうだからもてはやされようとしているのだろう。「高度経済成長は復活できる」の発行元は「文春新書」である。ということは、立花二世として育成されつつあるということか。 その内容たるや、「日本経済はどこで間違ってしまったか」→「誰が高度成長経済を殺したのか」→「実行犯は田中角栄」→「「弱者」をふやしたがる「黒幕」たち」→「「弱者」のための利権連合がつくった世界」→「高度成長は復活できる」という論旨展開になっているらしい。 思うに、高度成長経済路線を好評価しつつ、角栄の日本列島改造案思想を真っ向から否定し、高度成長経済路線を殺したのは角栄なりとして、「立花流『諸悪の元凶角栄』史観」をリバイバルさせようとしている。 しかし、それは全く転倒錯綜した史観でしかなかろう。今我々が為すべきは、立花流ないしは日共流に歪められた「諸悪の元凶角栄」史観から抜け出し、「角栄の日本列島改造案思想」を再度学ぶことである。そういう意味で、下手糞ゲテモノ本を読むよりは角栄の「日本列島改造論」そのものを読み直すほうが良い。どっかの社が再販すればよい。必ずベストセラーになるだろう。「政治圧力」無しにそれができるかどうか、それが問題だ。 ところで、同書紹介の「アマゾン・コム」に載っている書評がこれまたひどい。いわゆるヤラセになっている。角栄批判、「朝日新聞をはじめとする進歩的なマスコミ」批判、官僚批判という定食メニューを書き付けている。 そしてしまいにはこうなる。「悲劇的なのは,田中社会主体革命が温存され今日も続いているという事実である.なぜ日本だけ,バブル崩壊後 13年も低成長を続けているのか? なぜ日本だけ,GNP の倍にも上る公的債務を抱え込むことになったのか? なぜ都会のサラリーマンの生活は豊かになれないのか? こうした疑問を持つ全ての読者に必読の書である」。 つまり、日本の現在の過膨張公的債務路線の敷設者が角栄であったと決め付けている。れんだいこは、れんだいこ論文集の「国債論」の中で、そのウソを暴いている。戦後初の国債の発行者は佐藤内閣時の福田蔵相であり、三木が推進し、中曽根が加速させ、以降とめどない垂れ流しのまま今日まで迎えている。 この間いわゆる真性ハト派の角栄、大平、鈴木の三代に限り赤字国債発行体質を止めさせようとして懸命に漕いだ、という史実こそが確認されねばならない。付け足せば、佐藤の前の池田時代は、国債を頑として発行していない。この時、角栄は大蔵大臣の任にあった。 それが史実なのに、なぜ逆さに描くのだろうか。立花然り、この増田然り。角栄を叩くが、角栄が地下で暗闘したタカ派、それもシオニズムに取り込まれた国際主義派=国債主義派に対しては大甘という構図になっている。それはペテンの類の論法だ。 滑稽なことに、増田史観は、角栄を叩くあまりに角栄=体制内革命推進革命家論を展開しており、こっちの方の見解が好評という皮肉なことになっている。 それにしても、「クラウンプリンス福田赴夫の首相就任を阻止しながら行われた党中党建設、派中派建設は、革共同・革マル派もうらやむ手際の良さだった」と記しているとのことだが、何でここに「革共同・革マル派」が出てくるのだろう。いかにも唐突だ。胡散臭い。 角栄と〃日農〃を指導していた当時の三宅正一社会党代議士との関わり、つまり社会党系急進農民運動との関わりを指摘している。案外知られていないがその通りである。ちなみに、角栄歿後、後援会の「越山会」票がどこに流れたのか追跡調査したところ、何と社会党へ向かっていたとのリサーチが為されている。これについては「角栄の左派資質と傾向について」kakuei/zinnmiyaku_sahakisitu.htmの 【「角栄票はどこに流れたのか」追跡調査考】に記した。 田中角栄の秘書であり越山会の統括責任者であった佐藤昭の弁「毛首席には周恩来同志がいましたが、田中には周恩来さんがいなかった」(新潟日報報道部、『宰相田中角栄の真実』、一九九四年、講談社刊)の指摘も興味深い。二階堂がその任にあったが、役不足だった。しかし、二階堂はこれまた良い政治家だった。 これは初耳だが、当時の北朝鮮国家元首・金日成が、「世界中にたったひとりだったかもしれないが、一九七二年という早い時期から田中角栄政権誕生の本質を「革命家」による政権奪取と見抜いていた社会主義国指導者がいた」との指摘は面白い。 増田氏の著書「高度経済成長は復活できる」はこういうところの記述にのみ値打ちがある。思えば、皮肉なことである。しかし、読めば読むほど頭がヤラレルこういういかがわしい観点が次から次へと量産されていることになる。これに抗する逆攻勢をかけねばならぬ。どこの出版社がやってくれるのだろうか。 2005.2.19日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その19 | れんだいこ | 2005/02/19 21:13 |
【西欧史における「ユダヤ人問題」について】 西欧史に於いて「ユダヤ人問題」は常に一級の政治課題として突きつけられている。今日では、西欧史のみならず世界史上由々しき問題になっている。しかし、これを解く素養が我々には無い。よって、感触だけ掴むことにならざるをえない。 それはそうと、木村ー西岡組の「ナチスによるユダヤ人大量虐殺ホロコースト否定ないし疑問論」に対する高橋ー山崎組の肯定論との論争が折にふれ引き合いに出され、評者によって判定がまちまちのように見える。 れんだいこは、語るべき知識が欠如していることから介入を遠慮してきた。しかしながら、山崎氏の罵倒言辞に幻惑され、木村氏の所説がいかにもいかがわしいかのような受取が一部でなされていることに我慢ならず、少しコメントしてみた。参考にしていただけたら幸いです。後半も続行させても良いのですが、他にもしたいことがあり、所詮徒労の気がしております。 「山崎カオル氏のホロコースト研究」考daitoasenso/taigaishinryaku_horocoosto_yamasakironco.htm 問題は、「どっちもどっち」ではなく、明らかに高橋ー山崎組の論法の方に問題があるということです。分が悪いから過剰罵倒言辞で誤魔化しているのがありあり見えてくる。ところが、書き付けたように過剰罵倒言辞で酔わされる者が居り、連中は肝心のところを読まずに手っ取り早く罵倒言辞だけおさらいする風がある。 こうなると気質と能力の問題であり、いかなれんだいこでも手余り。これぐらいは云わしてもらおう。 2005.2.19日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その20 | れんだいこ | 2005/02/22 12:08 |
【「稀代のアンポンタン首相小泉はん」について】 虫の息さんちわぁ。久しぶりにレスつけます。小泉政権下の日朝国交正常化交渉、共同宣言、その後の経緯についてお尋ねのようですので、れんだいこなりの私見を述べます。 稀代のアンポンタン首相小泉は、時勢の要請に随い日朝国交正常化交渉に出向きました。元来ならば外務省担当者のレクチャーを用意周到に受け、小泉政権の態度を謀議せねばならぬところ、直前までワシントンに缶詰されていたことは周知のところです。 思えば、1972年の日中首脳(角栄・大平ー毛・周)による日中国交回復交渉の経緯は、米国の疑心暗鬼を招きました。それは、明らかに日米同盟の枠組逸脱行為であり、故にキッシンジャーの怒りを呼びました。小泉首相のワシントン監禁は、その二の舞を防ぐワシントン側の狡知でした。 こうして小泉はんはピョンヤンへ飛びました。ところが、日朝首脳会談で北朝鮮の最高指導者金正日自らによる拉致事件謝罪という歴史的アクシデントに接して、小泉はんはいたく感動し、一気に金正日と胸襟を開き、日朝共同声明署名に至りました。その文案もよく練られた名文になっております。 ワシントンは慌てました。事前にあれほどレクチャーして言い聞かせていたのに、何の効果も無かった。金正日に見事に手玉に取られた。ワシントンは、小泉はんのアンポンタンぶりを再確認し、しかしこのアンポンタンを捨てるのではなく、もっとうまく利用する戦略を講じることになりました。 日朝共同声明によると、日朝両国は、拉致事件の政治的解決を促しつつ経済交流に向う手はずになっております。が、ワシントンはそれを許さず更に堅固にガンジガラメする手立てを講じました。六者会談は、その延長線上で生み出された、日本外交掣肘戦略でせう。 こうなると、小泉はんは、国家間の正式文書である日朝共同声明を実効させねばならず、ワシントンの意向を聞かねばならずのジレンマに陥ることになります。しかしながら、アンポンタン小泉はアンポンタン故に何の拘りも無くワシントンの方へ身を寄せ、対イラク戦争での自衛隊の初の武装派兵ぎ、外資の日本企業乗っ取り促進、米国債の買い支え等々のポイント稼ぎでポチとしての忠勤ぶりを発揮し、再度信頼を勝ち取りました。 これが今日に至る日米朝の相関図だと分析しております。ということは、今や世界が、戦後日本の末期に相応しい稀代のアンポンタン首相登場を見据え、これを如何に上手に利用せんかと、虎視眈々小泉はんの取り込み争奪戦を開始している、というのが実相ではないでせうか。 この先日本が国家としてはどうなろうと、人的物的技術的のいわゆる環境資源に大いに魅力があり、それを米・英・仏、露・中・北朝・韓国が注視しているのではないでせうか。日本としては、アンポンタン小泉の首を代えても同じようなアンポンタンしか出ず、ならば小泉はんで良いではないかというところで事態が進展しているように見えます。 それというのもこれというのも、我が政界から戦後憲法秩序を基調としつつ政治的経済的技術的文化的立国を目指すという真性ハト派が一掃されているため、対抗馬が出ないのです。いわゆるシオニズムに拝跪する右顧左眄型のタカ派しか居らぬための政治的貧困現象が生まれております。 昨今の橋本派解体は、ねじれハト派さえ棲息を許さないというワシントンの意向によるものでせう。その意向をマスコミが受けプロパガンダリードしております。日共がお調子もんとしてうまく利用されております。今や世界中に、そうしたマスコミ、共産党の特殊な役割を見て取ることができます。事実、れんだいこは、マスコミ、日共が、シオニズム派御用政治家を叩いた例を知らない。 このご時世で、歴史を再検証しようとしない自称インテリが居るとすれば、奇態に眉唾できないアンポンタンであり、小泉はんと相似系であります。つまり、同類の輩であるからして、故に批判するにはするがそれはおざなりなものにしかならず、その舌鋒は萎え、何の役にも立たないのも理法であります。 2005.2.22日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その21 | れんだいこ | 2005/02/26 09:28 |
【「戦後教育論、日教組論」】 うちはだいこさんちわぁ、おひさですねぇお元気でしたか。レスつけます。 >> 団塊の世代が日本をダメにしたと言ってもよいだろう。 > 日本をだめにしたということは具体的には?経済的な関係でいえば、民活路線の中曽根新自由主義経済路線がバブル経済と投機経済に集中しバブル経済は破綻したわけです。 学生運動や社会党が悪いのではなく、むしろ自民党圧勝後の経済運営の瓦解だったといえる。 うちわだいこさんが、諸悪の元凶を中曽根に見ようとする観点は、れんだいこのそれと近い。ところが、自称インテリ世界では角栄に求めたがる。れんだいこは、逆立ちしていると思う。 > 教育問題でいうと、日教組は縮小していることとと、凶悪事件の頻発は関連しない。 この指摘も正しいと思う。日教組の戦後民主主義擁護運動は必要なそれであり、もっと活性化させ、裾野を広げるべきものだった。政治的には、基本的に甘えの構造を持っていた衰退基調の社会党と一蓮托生したことも含め、右からも、政府与党権力からも、宮顕・不破系日共の分裂指導によっても攻撃され、孤立化し、この間自律的運動を形成しえなかったことに咎が認められるように思います。 学校で、文部省による管理統制教育を強制され、「自由、自主、自律教育」を失い、それが習い性になったことで荒廃し、迷走しているように思います。処方箋としては、文部省の手綱を緩め、何を規制しせざるべきかを明確にし、よほどのことが無い限り教師の個性教育、政治活動をも認めていく方向に活路を見出すべきではないでせうか。そうすれば追って教師の能力も高まりませう。 > むしろ戦後民主主義的な限界をつつきながら保守側が巻き返しをしたいがための意見でしかない。戦後民主主義側が権力を支配してきたわけではない。 「保守側の巻き返し」というより、「政府与党権力側の過度介入」とみなすべきではないでせうか。保守、革新論は不毛です。社共が革新というのは虚妄です。 > > 学生運動だかなんだか知らないけど、ちゃらちゃら「革命ごっこ」を学生時代に引き起こし、ブームが去ったらこれまで批判していた立場にあっというまに変身。 > それは転向した人になげつけるべき。 あーあ氏の「学生運動だかなんだか知らないけど」、「ちゃらちゃら革命ごっこ」観は、氏の政治的立場を吐露している。れんだいこは、角栄の次のような観点を買います。 「日本の将来を背負う若者達だ。経験が浅くて、視野は狭いが、まじめに祖国の先行きを考え、心配している。若者は、あれでいい。マージャンに耽り、女の尻を追い掛け回す連中よりも信頼できる。彼等彼女たちは、間もなく社会に出て働き、結婚して所帯を持ち、人生が一筋縄でいかないことを経験的に知れば、物事を判断する重心が低くなる。私は心配していない」。 うちわだいこさんの「それは転向した人になげつけるべき」は扁平に感じます。安易に転向だ、変節だなどと相手になげつけるべきではない。思想混迷の時代であり、人は紆余曲折試行錯誤しながら練られていく途上の身にあると思うからです。だいたい、人を転向呼ばわりする人にろくなもんがいない。手前はどうなんだよ、どこが非転向なんだよと言い返せば、とたんに権力的になって居直ったり口ごもる手合いがよく使う。 > > こいつらがいなかったらもっと日本はよい国だったろうなあ。 > 空想するのは自由だが、あなたのいうよい国ってなんですか?さらにいうと、世界的に資本主義体制国はそれぞれ問題をだしている。 「こいつらがいなかったらもっと日本はよい国」という発想は衛生思想で幼稚ですねぇ。テロリストがいなければ世界は平和というブッシュはんの発想と近接しております。こういう人に権力握らせたら学芸会政治やるでせうね。 れんだいこ的には、こいつらがいてあいつらがいて我々はこういう風に権力創出しようとしている。互いに切磋琢磨で行きませう、必要なルールは互いに守りませう、で良いのではないかと考えとります。 2005.2.26日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その22 | れんだいこ | 2005/03/02 09:26 |
【「回天運動としての百姓一揆、打ちこわし、ええじゃないか運動論」】 明治維新の偉業には、「上からの革命」としての倒幕運動を支える「下からの革命」運動があった、それは「百姓一揆、打ちこわし、ええじゃないか運動」であり、更に「黒住、金光、天理」に代表される神道系民衆宗教が重なっている。それらを支える大衆的裏方の義侠、財政庇護者が存在した。財政庇護者には、後の新興ブルジョアジーの他に国際金融資本も列なっていた。つまり、いろんな要素が絡んでいたことになる。 れんだいこは、明治維新の偉業をそのような史観で捉えている。これを一つの文章で書きつくすことはできないので、各項目ごとに検証しようとしている。ここでは、「百姓一揆、打ちこわし、ええじゃないか運動」を取り上げる。概要は、幕末の民衆闘争史(minsyushi.htm)に書き付けた。 大塩八平氏の2004.12.5日付け「SENKI、1163号3面」の「今年は秩父困民党蜂起から120年、けっこう『お上』に強かった日本の民衆、百姓一揆は組織された異議申し立てだった」(http://www.bund.org/opinion/20041205-1.htm)に刺激を受け、これを参照し、取り込んだ。大塩八平氏は恐らく著作権云々云わないだろうと思い、地文に取り込んだ。読み直し、どんどん書き直すつもりです。 思えば、白土三平氏の劇画「カムイ伝」が百姓一揆の生態を伝えていた。確か、1960年代後半の時期であり、それは全共闘運動の昂揚期と重なっている。そういえば、バロン吉本氏の「柔侠伝」も面白かったなぁ。云える事は、運動の昂揚にはそれを支える詩、音楽、絵、書があるということか。今はそれがない。テレビの洗脳ジャーナルが花盛りで、「文芸空間」を侵食しきっているように思われる。 これに代わる「インターネット空間」を創造せねばならない。新聞よりもテレビよりも為になり情報も論評も的確な文芸戦線を構築せねばならない。れんだいこは今のところ「阿修羅」に見出している。全部は読みきれないので、お気に入りのところを読ませていただいている。この種のネット新聞でも出れば面白いと考えている。朝起きたらそこから入るようなものが欲しい。今の俗悪テレビは害が多すぎる。 話を戻す。幕末の夜明け前がその後どう転変していったのか、させられたのか、それこそが明治維新論となるべきではなかろうか。ならば、その転変を解き明かすためにも、明治維新前の上からと下からの革命の息吹と構図を確認しておかねばなるまい。この辺りの考察が弱いのではなかろうか。 最近のヒットは、何とレーニンが、日本の幕末回天運動に見せた日本人の能力を注視し、高く評価していることを知ったことである。メリニチェンコ(伊集院俊隆訳)氏の「レーニンと日本」がそれを教えており、れんだいこは、「レーニンの日本及び日本人論、明治維新論」(marxismco/marxism_lenin_nihonron.htm)に書き付けた。 今日レーニン主義の偏りが明らかにされつつあるが、それはそれとして、レーニンの革命軍略家としての功績は評価せねばならないと思う。毛沢東然りであろう。金日成の主体思想の意義も分からないわけではない。ただ云える事は、経済の舵取りで一様に失敗している。それはなぜなのかを問うことも面白いが、それは別稿でしてみたい。 皆中途半端になっているが、皆様方のお力添えも賜りそのうち有益なものにしたいと思う。 2005.3.2日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その23 | れんだいこ | 2005/03/05 19:26 |
【「ホロコースト、逆ホロコースト考」】 「ホロコースト、逆ホロコースト考」(daitoasenso/taigaishinryaku_horocoosto.htm)で、れんだいこの知見が定かでないことについて少し調べてみた。「歴史再検証論(主義)考」上どうしても避けられないからである。 れんだこが目を通すネットサイト「阿修羅」に「ホロコースト版」が出来、戦争版から分離することの良し悪しは有ろうが、それなりの集中的な遣り取りになっているので結構ためになっている。 その中に、「アンネの日記」の捏造説を廻る議論がある。れんだいこは、知らなかったため、「アンネの日記検証」サイト(daitoasenso/taigaishinryaku_horocoosto_annnenonikki.htm)を設け検証してみた。判明することは、ガス室論争もさることながら、アンネの日記よお前もか、の感がある。 「ゲッペルス日記」を廻ってもとやかくされているので、これも「ゲッペルス日記検証」サイト(gepperusuco/top.htm)を設け検証してみた。判明することは、ガス室論争もさることながら、アンネの日記もさることながら、ゲッべルス日記よお前もか、の感がある。 「山崎カオル氏のホロコースト研究」についても、「山崎カオル氏のホロコースト研究考」(daitoasenso/taigaishinryaku_horocoosto_yamasakironco.htm)で検討した。「三鷹板吉氏のホロコースト研究」も推奨されているので読み進めてみた。これも間もなくサイトアップしようと思う。 れんだいこに云わせれば、山崎流罵倒言辞と「まともな相手ではないので議論しない論」の方こそ一目歴然で卑怯な言辞であることが判明する。三鷹氏の「アカデミズム定説万歳論」、「否定論者悪徳商法論」にも辟易させられる。一体人は、こったら愚論珍見のどこが良くて賛辞するのだろう。 悪いことはいわない。今からでも遅くない。日本左派運動はこういうゲテモノ論考と決別して、自前の反戦平和運動論を構築しなおすべきである。悪しき論拠と論法に依拠して現代最強権力に擦り寄る親シオニズムプロパガンダに追随しても、人民大衆運動的に見て得るところは何も無かろう。 以上一言コメントしておく。この指摘の衝撃が分かって貰えるだろうか。 2005.3.5日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その24 | れんだいこ | 2005/03/06 20:07 |
【「ポピー・フィッシャー問題考」】 2005.3.5日付毎日新聞は、「チェス元世界王者:脱税容疑、米国に収監の可能性も」を報道している。この記事は、報道されぬよりはましなという意味のこもった貴重報道である。これだけでは判然としないので、れんだいこのインターネット畏兄・木村愛二氏が、「阿修羅戦争67」の2005.3.5日付投稿「チェス元世界王者の反ユダヤ主義を報じない 毎日新聞は腰抜けじゃ」(http://www.asyura2.com/0502/war67/msg/1062.html)で補足している。これに更にれんだいこコメント付けて概要をはっきりさせることにする。判明することは次のことである。 ボビー・フィッシャー氏(61)は、かって、アメリカンヒーローだった。1956年、フィッシャー氏は史上最年少の13歳で全米チェス王者になった。1972年、アイスランドで開催された世界大会で、それまでのチェス世界王者であったソ連のボリス・スパスキーと「世紀の冷戦対局」し、フィッシャーが見事勝利した。 フィッシャーは、米国人初の世界王者になり国家の英雄となった。 米国でチェスブームの火付け役となった。いわば、米国の誇るべき頭脳の一人であることを証した。 その後、フィッシャーはトーナメント出場をしなくなった。その理由については様々な憶測を呼んでいるが、フィッシャー対スパスキー対局のテレビ放映を企画したシェルビー・ライマン氏は、アトランティック・マンスリー紙の記事で次のように語っている。「負けず嫌いなのと、伝説を壊すことが、フィッシャーが二度と対局しない理由の大部分を占めていた」。真相は不明であるが、以来フィッシャーは長らく表舞台に出ることが無かった。 1972年の闘いから20年後の1992年、フィッシャー氏は、経済制裁下のユーゴスラビアでスパスキーと再戦し、又もや勝利しそのニュースが世界に配信された。賞金365万ドルを手にした。 こうして、フィッシャーはチェス競技界の神話の人となった。今日でも、「フィッシャーは偉大な対局者でした。彼の対局は世界を感動させた」、「今でもフィッシャーのことを現存する最高ランクのチェス名人であると信じている(前世界チャンピオンでゲイリー・カスパロフも含めて)」、「フィッシャーはチェス界のベートーベンか、ミケランジェロだ。彼の対局は永遠に残るだろう」と評価されている。 この米国の頭脳の一人であるフィッシャーには「癖」があるようで、現米国大統領小ブッシュの父ブッシュが嫌った。ユーゴでのチェス対局で賞金を手にしたのは、経済制裁下の相手国と経済活動をしてはいけないというブッシュ大統領及び政府による通商禁止令違反なる容疑をこじつけて、フィッシャー迫害政策を指示した。これにより、FBIが、フィッシャー氏を告発起訴した。「フィッシャーは対局に勝利したが、FBIによって告訴される立場に陥ってしまった」。 その時からフィッシャーは亡命者となった。フィッシャー氏が帰国して有罪となれば最高10年の懲役、25万ドルの罰金となるため、一度も帰国していない。ハンガリー、ホンコン、フィリピン(妻子が居るとされる)に渡り住むことを余儀なくされる身となっている。 なぜ、フィッシャーは迫害されるのか。それを解くのは、「フィッシャーの癖」にある。その「癖」を解くのは、「ボビー・フィッシャーは、そのアメリカ合衆国に対する攻撃と反ユダヤ主義的発言により、社会の除け者にされてしまった」がキーワードであろう。フィッシャーはどうやら反ユダヤ主義で、その限りで今やユダヤに乗っ取られている米国に対する反米主義になっているらしい。 これを裏付ける情報は次の通りである。1999年から、アイスランド、ハンガリー、フィリピンのラジオ局による一連のインタビューで、フィッシャーは次のように語っている。「アメリカ合衆国は“おぞましき”ユダヤ人たちによって支配されており、自分は世界中のユダヤ民族から迫害を受けている」。 フィッシャーはまた、カリフォルニアにある貯蔵庫に収蔵していた合法的な個人財産が騙し取られ、違法に売り払われたとも主張している。他にも、「アメリカはこれ以上長く存続できないと思う」、「米国があまりにも早く崩壊し、過去の遺物へと成り果てるということに皆さんも驚くことになるだろう」なる予言を吐いている。 フィッシャー氏は、合衆国当局から追われる身になって以来、隠遁者となっており、第三国への政治亡命を希望している。 そのフィッシャーは今、日本に居る。なぜ日本なのか? その理由について、フィッシャー氏は次のように述べている。概要「日本は大丈夫だ。日本政府は私を困らせるようなことはしない。日本の当局者は他国ほど厳格じゃない」。れんだいこが解するところ、その意味するところは、日本政府当局者の対応は、かってはと云うべきか政治的ノンポリであった。そういう意味では住み易い、ということのようである。 フィッシャー氏は日本は何度も訪れ、2000年以来、日本チェス協会事務局長の渡井美代子さん(59)と日本で同居している。 2001.9.11日、米国内同時多発テロが発生したが、その数時間後、興奮したフィッシャーはフィリピンの バギオにあるラジオ・ボンポ局に急行し、パブロ・マルカド氏のインタビューを受けた際に概要次のように発言している。 「素晴らしいニュースだ。奴等のクソッタレな頭を蹴り飛ばす時だ。アメリカの息の根を止める時だ。(テロ行為を)私は賞賛する。アメリカとイスラエルは何年にもわたりパレスティナ人を虐殺してきたのに、誰も気にもしなかったんだ。そのツケがアメリカにやってきたんだ。クソッタレのアメリカに。アメリカが全滅するのを見てみたいもんだ」。 この「フィッシャー発言」は、ニュースで世界中を駆け巡った。2002.2月、「公共の場での嘆かわしい発言」を理由に、アメリカ合衆国チェス連盟はフィッシャーを除名した。 その後、フィッシャー氏は再々来日している。2003.1月付けで朝日新聞が報じたところによれば、2002.12月、フィッシャーは日本チェス協会に赴き、壁に飾られたチェス対局の絵に目を留めた。「私の対局だ」協会の事務員に告げると、フィッシャーは絵に署名した。後日、その絵は壁から降ろされ、ハリー・ポッターのポスターに交換されたという。 しかし、日本チェス協会は、連絡窓口となることで、フィッシャーをサポートしているようだ。同協会の渡井美代子会長代行は、「協会はコメントしません。彼はジャーナリストとの接触を嫌っています」とも述べている。 フィッシャー氏は、2004.4月に来日し今日まで滞在している。木村氏は、「東京の場末の蒲田にいる世界一の元米英雄チェス選手は反米・反イスラエルなのである」と補足している。 フィッシャー氏は、日本への政治亡命を願っている模様であるが、ブッシュのご機嫌伺いに忙しい小泉及びその政府は首を縦に振らない。そうこうするうちに、フィッシャー氏が米国人初の世界王者になった記念すべき対局を行ったアイスランド政府が、フィッシャー氏の受け入れを表明した。フィッシャー氏もアイスランド行きを希望し旅券も発給さた。大統領令は犯罪人引き渡し条約の対象ではないため、フィッシャー氏は自費出国を申請し、支援者は航空券も購入した。 2004.7.14日、フィッシャー氏が成田空港からフィリピンへ出国しようとしたところ、東京入管成田空港支局に拘束され収容された。日本の法務省が、フィッシャー氏のアイスランドへの出国を許可しなかったということになる。フィッシャー氏の保持する米国旅券(パスポート)が期限切れの無効容疑で拘束されたと云う。実際にはパスポートの有効期限は2007年まであったとの情報もある。 つまりは、米国側の要請に応じて日本の入管局が足止めさせたというのが室際であろう。「チェス元王者を収容 成田で入管難民法違反容疑」というニュースが配信され、海外でもちょっとした話題になった。 法務省はすぐさま米国に強制送還しようとしたが、フィッシャー氏が退去強制処分取り消し訴訟を起こし、現在も係争中。法務省は口頭弁論で、米国以外への送還を拒否することを明らかにしており、米国の要請があれば、強制送還で引き渡すのは必至の模様となっている。 フィッシャー氏は現在、入管法違反容疑(不法入国)で東日本入国管理センター(茨城県牛久市)に収容されている。同居している渡井さんは昨夏の収容以来、150回以上フィッシャー氏と面会している。フィッシャー氏の代理人の鈴木雅子弁護士は「第三国が受け入れを表明し、本人も希望しているのに許可しないのは過去に例がなく、極めて異常だ」と法務省の対応を批判している。 最新情報で、フィッシャー氏は、脱税容疑で米裁判所の大陪審の審判を受けることになった。米フィラデルフィアの破産裁判所によると、日本の国税庁にあたる米内国歳入庁が告発するフィッシャー氏の脱税容疑は5件あり、大陪審で起訴されるかどうかが決まるが、本人が「米国に税金は払っていない」と過去に発言していることから、起訴されるのは間違いないとみられる。関係者によると、大陪審は4月5日に開かれる。 起訴され、米国からの引き渡し請求があれば、日本側は法相が日米犯罪人引き渡し条約などに基づいて判断し、引き渡すべきだとなれば東京高検が身柄拘束するとともに東京高裁に引き渡し審査を請求する。同高裁は身柄拘束から2カ月以内に引き渡しの可否を決定する。かくて、フィッシャー氏は、米国に収監される可能性がある。 この「チェス王者フィッシャー引渡し事件」をどう窺うべきだろうか。マスコミは、北朝鮮拉致事件については連日連夜、何かことあるごとにキャンペーンを張っている。その正義が、パレスチナ、イラクには向わない。それは異国のこと故かと思っていたらそうでもない。「チェス王者フィッシャー引渡し事件」はれっきとした日本が当事国の問題である。これに及び腰な理由を立花はん辺りに説明させたら素敵なコメントが聞けそうなのに、なぜだか今のところでてこないのは滑稽なことだ。 それはそうと、れんだいこにはもう一つ踏まえておきたいポイントがある。「米国の頭脳の一人フィッシャー」の反ユダヤ主義の観点をもう少し聞きたい。彼の頭脳に映じている現代世界観、人類史観を聞きたい。恐らく、目を洗われハッとする指摘の満載なのではなかろうか。ならば、れんだいこは、「フィッシャーのアイスランドもしくは日本定住運動」を起こし、彼の頭脳を擁護してみたいと思う。 れんだいこは、歴史的ユダヤ主義の頭脳にたった一人で立ち向かっているフィッシャー頭脳の狂気に侠気を感じる。 一般に、スポーツ界が政治権力に翻弄される愚はもうよしこにしたい。昨年はナベツネ権力に野球界が振り回された。この時の対応の悪さで、今セイブの堤がメッコ入れられている。歯向かうとこうなるぞというみせしめだろう。ライブドアのホリエモンの今後は如何に。彼は、経済で政治をこじあけようとしているが、その帰趨はいずれはっきりするだろう。鬼門筋に手を染めていることだけは確かで、じっくり見させてもらうつもりだ。 2005.3.6日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その25 | れんだいこ | 2005/03/10 20:42 |
【「ジアド・ハサウネ氏の言行録考」】 2005.3.10日付新聞情報。エジプト、フランス、米国などの弁護士約20名からなるフセイン弁護団の中心的人物ジアド・ハサウネ氏が、市民団体の招請に応じ来日し、各地で講演や記者会見している。 ジアド・ハサウネ氏は、ヨルダン出身の55歳。フセイン元大統領の弁護を引き受けたのは、たとえ圧政があったとしても現在の米、英、イスラエルの中東政策の理不尽さに強い怒りを感じる故にとのこと。元大統領の弁護にとどまらず、イラク戦争の真相究明まで視野に入れた活動をしている。 ジアド・ハサウネ氏は、次のように述べている。その言説がとても鋭く興味深い。 「アラブ世界では、自衛隊が米英の不当な侵略戦争の手助けをしているだけだと思っている人が多い。放射能汚染もある。早く帰国した方が良い」。 (れんだいこパチパチ) そうだよね。ハト派系時代なら考えられないことが起きている。その時の親善外交成果を、タカ派政治が台無しにしている。自衛隊員の放射能汚染が事実なら、この政策実行者を相手に訴訟すべきだろう。れんだいこは勝てると思う。なお、自衛隊員には派兵出動拒否権が何の不利益為しに与えられるべきだろう。現役自衛隊員の誰か裁判で問え。 「非戦を誓った日本が、なぜ美しい平和憲法を無視するのか。原爆投下という悲劇を経験した日本が、自衛隊を海外派遣していることは理解し難い」。 (れんだいこパチパチ) そうなんだ。戦後日本の憲法の平和主義は時代の先取りであり、英明な条文だ。それを何しに改憲せねばならんのだ。憲法9条に基づく戦後外交は見事に成果を挙げており、もっと強めれば強めるだけポイントを増すだろう。米英ユ同盟から見て不都合だからといって変えねば成らんとは。タカ派の正体見たり、枯れ尾花。 「米国はその時々の国益で多くの国を破壊してきた。今イラクで起きていることは将来す日本でも起こりえることを認識すべきだ。アラブの声もきちんと聞いて欲しい」。 (れんだいこパチパチ) そう実際その通り。日本の最悪のシナリオは、米英ユ同盟の下働きさせられた挙句世界から忌み嫌われ、その世界の総意で山紫水明瑞穂のこの土地から追い出され、「その昔、ここには大和という民族がおったげな」と回顧される事態になることだろう。確率10%ぐらいある、とれんだいこは見立てる。 タカ派という名のシオニズム追従勢力に政治を任すとこんな按配にさせられてしまう。雪だるま国債然り、海外派兵然り、強権支配然り、教育荒廃然り、基幹産業の民営化という名の外資への門戸開放、重点企業の外資売り然り等々。あぁやってられない見てられない。 この危機感を共有できるだろうか。杞憂だろうか。 2005.3.10日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その26 | れんだいこ | 2005/03/12 18:40 |
【「本田記者考」】 本田記者の全体像は分からないが、本田記者の秀逸記事を指摘しておこうと思う。れんだいこのサイトに目を通しているうちに偶然「原水禁運動分裂経過に対する赤旗論文の詐術考」に行き当たり、「2002.9.8日付け赤旗の原水爆禁止運動に偏見を持ち込む『朝日』の特異な立場」論文で批判されている朝日新聞記事の筆者が「社会部・本田雅和、北川学」であることを思い出した。 件(くだん)の記事は、赤旗論文の批判にも拘わらず、朝日新聞記事の方に正当性があり、その指摘が「スッキリさわやか」である点で、れんだいこが格別評価しているものである。これを確認しておく。れんだいこは、「朝日新聞記事」の原文を知らないので、赤旗論文の記述に従い推理していくことになる。 2002.9.2日付の朝日新聞記事「分裂続く原水禁・原水協 反核運動結集なるか」(社会部・本田雅和、北川学)は、「日本の原水禁運動は分裂したままであり、いまこそ運動の構造改革と力の結集が必要だ、運動を広げるためにも共産党はまず一歩下がることを考えるべきではないか」と意見している。 これに対して、赤旗は、「この記事は、原水爆禁止運動と世界大会についてゆがめて報じるだけでなく、日本共産党を名指しして非難する異常なものです」と批判している。 どこが史実歪曲で、異常批判なのかというと曰く、概要「原水協運動において一貫して正しかったのは日共系原水協であるのにそこを評価せず、原水禁運動との野合的共同集会を呼びかけているのがけしからん」という論調となっている。では、日共系原水協運動のどこが正しかったのかというと、「核兵器廃絶を緊急の課題として正面にかかげ、一致点で共同するという二つの原理、原則を守ってきた」のが原水協である、と云う。 更に、概要「対話・交流・共同のよびかけには答えず、対話さえも拒んでいるのが原水禁であり、セクト的対応に終始している」、と云う。 興味深いことは、2000.8.9日付朝日記事が、「今回と同じ記者自身が、二年前にはこうした事実を無視できず、「原水協は二年前から、何回か原水禁側に共同行動を呼びかけている。だが、原水禁側は『激しい排斥と攻撃を加えたのはどちらか』と過去にこだわる」と報じているのを逆手に取り、原水禁のセクト的対応については朝日新聞記事が認めていることではないか、とレトリックしていることである。 結論として、「朝日記者のこうしたやり方による記事は、事実に目をふさぐ、まさに自作自演の報道といわなければなりません。もちろん、朝日記者が個人としてどのような考えを持とうと自由です。しかし、いやしくも新聞記者として取材し、記事を書こうとするなら、色眼鏡でなく、公平な目でみることが、最低限の責任です。(I・S) 」と書き付けている。 事情の疎いものは、例によって赤旗論文の詐術に乗せられてしまう。あたかも知らさないからこういう芸当が出来るとして、平素より愚民教育している観がある。れんだいこが赤旗論文のウソを暴き、本田雅和、北川学記者の見識の秀逸さを称えてみたい。 まず、原水禁に対し、末尾の「(注)」で、「原水禁とは、原水爆禁止日本国民会議の略称。社会党、総評の特定の見解が受け入れられなかったからとして一緒にやってきた世界大会から分裂し、一九六五年に結成されました」と書き付けているウソの告発から始めたい。 原水禁が、「社会党、総評の特定の見解が受け入れられなかったからとして一緒にやってきた世界大会から分裂したのかどうか」。このウソを暴くために、「原水禁運動考」(gensuikinnundoco.htm)、「理論的対立の検証(4)原水協の分裂考」で解析した。 要するに、戦後原水禁運動の反戦平和の願いを、党派的な観点から「資本主義の核は悪い、社会主義の核は良い」とする党派的立場から分裂を持ち込んだのが宮顕系日共であり、その独善主義に閉口して分裂を余儀なくされていったのが原水禁運動であるという構図で見るほうがまだしも正しい。 ここでは触れられていないが、回りくどい言い方で「如何なる核実験にも反対」の原則的立場を堅持してきたのが原水協である、と受け止めがちな詐術さえしていることである。史実は、社会党系の「いかなる核実験にも反対」に反対してきたのであり、この経過には一大政治ドラマがある。 今現在日共が「いかなる核実験にも反対」するのは結構なことであるが、自己批判抜きに転換し得るような生易しいものではない。それを厚顔無恥にやり遂げる宮顕ー不破系日共党中央の詭弁にはあきれ果ててしまう。 なお、原水禁運動の分裂事態を悲しみ、原水協、原水禁の双方から何とかして共同集会へ漕ぎつけようと努力する経緯があった。それを壊したのが日共党中央であり、幾度も試みられ幾度も壊してきたのが日共党中央である。この史実も「原水禁運動考」に記した。これらを踏まえれば、赤旗論文執筆者の「色眼鏡でなく、公平な目でみることが、最低限の責任」は手前の方にこそ投げ返される言葉であろうに。 以上を踏まえて、話を戻す。2002.9.2日付の朝日新聞記事「分裂続く原水禁・原水協 反核運動結集なるか」(社会部・本田雅和、北川学)の「日本の原水禁運動は分裂したままであり、いまこそ運動の構造改革と力の結集が必要だ、運動を広げるためにも共産党はまず一歩下がることを考えるべきではないか」との意見は、「原水禁運動考」するものなら誰しも辿り着く見解であり、それを本田雅和、北川学記者が書き付けた意義は大きい。 れんだいこは、本田記者の卓見記事の一つではないかと評している。もっとも、こたびの「2005NHKと朝日の面子泥試合」の発端記事の評価とは別だ。れんだいこは、本田記者の安上がりの正義が海老沢会長追い落としに上手に利用されたのではないかと推理している。 2005.3.12日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その27 | れんだいこ | 2005/03/14 16:18 |
【「千葉県知事選挙考」】 2005.3.13日の千葉県知事選で、現職・民主系の堂本暁子(72)氏が再選された。大接戦となり、結果的に約6000票差の辛勝で、自民系森田氏に競り勝った。投票率は43.28%(前回36.88%)。 堂本 暁子(民主系・現職) 960,125票 森田 健作(自民系・元衆院議員)954,039票 山田安太郎(共産系・弁護士) 162,684票 注目すべきは次のことである。堂本氏は今回、民主党、社民党、市民ネットワークの他、公明党の支援を得ていた。結果的に、公明党票の行方が勝利に繋がったと思える。 それが云いたいのではない。もし、堂本氏が負けていたなら、共産党系山田氏へ向った16万票の政治的意味について考えねばならない。こたびの僅差はその必要を訴えている。 日共の議会闘争はそれ自体は良かろう。むしろ、他の左派系諸党派が議会闘争に背を向け続けてきた事情に裏から補完され、一人舞台を演じてきた。当初は、革新自治体を生み出し、民主連合政府樹立を呼びかけ、社会党と並ぶ護憲勢力足りえてきた一応は。 しかし、このところの迷走ぶりは、不破式人民的議会主義運動の虚構を満天下に晒している。議員獲得運動が至上課題であり、議会闘争的なものは皆無であること。時に激しく戦うかと思うと、部落解放運動に対する批判であったり、旧社会党との党利党略戦であったり、政府自民党内のハト派対タカ派抗争におけるタカ派支援にしかならないハト派攻撃であったり、護憲内容のとめどない形骸化であったりする。 初期の登壇過程では創価学会ー公明党と競り合い、部分的には優勢に事を進めてきた。しかし今や、比べるまでもなく劣敗し続けている。となると、党中央の責任問題に発展するのが常識のところ、方針に間違いはないとの居直りで党中央の新陳代謝に敵対している。果ては、それだけは云ってはおしまいよの「公明党を見習え」なる論を恥ずかしげも無く開陳している。 その日共党中央の役割は、こたびの選挙戦でも危うく証明されかかったように、敵の敵を利する、つまり自民党系の政権固めに手を貸している。それほどまでに自民党に手を貸すのなら、国会闘争で民主党と連携せねば良いのに反政府で共同歩調を常習化している。その癖、法案議決時になると議場に現われ、儀式的な反対投票を為す事で形式を全うさせ法案を無傷で通過させている。 もうわやくちゃ、というのがれんだいこの感想である。日共党中央に陣取ったこのグループを一掃せずんば日本左派運動の再生は無い。あるいは、日共は不治の病に冒されていると見限り、新党派を創出せずんば再生は無い。あるいは既成党派のどこかが我々の不満を吸収し急速に台頭せずんば再生は無い。 この当たり前のことができない現実を如何せん。小泉が史実の恥晒しというのはもう立証されすぎている。問題は、政権与党のこの腐敗痴愚ぶりを咎められない側も又その責めを負うべきではないのか、少なくとも戦前よりは合法活動の認められているこの時代に於いてをや、ということになろう。 無気力はれんだいこの性に合わない。今日も秘策を錬っている。 2005.3.14日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その28 | れんだいこ | 2005/03/16 12:23 |
【れんだいこ訳サミエル・ウルマンの『青春』の詩】 青春とは人生のひと時を云うのではない。心の状態を云うのだ。旺盛な意欲、豊かな創造力、瑞々しい情緒、臆病を却ける勇猛心、安逸を斥ける好奇心、こういう心を持ち続けることを青春と云う。 人は、年を重ねただけで老いるのではない。理想を失う時に初めて老いる。歳月は皮膚のしわを増す。が、情熱を失う時に精神がしぼのだ。 苦悶や、猜疑、不信、恐怖、失望、こう云うものに長年月捉われることが、頭脳をくたびれさせ、若々しい精神を芥に帰せしめてしまう。 人は70歳であろうと16歳であろうと須(すべか)らく、学ぶことを愛し、星や、その輝きにも似たる事物や思想に寄せるときめき、事に処する不退転の挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と堪能、これらがその胸中に抱かれているものだ。 人は信念と共に若く、猜疑と共に老ゆる。 自信と共に若く、脅えと共に老ゆる。 希望ある限り若く、失望と共に老い朽ちる。 人はその心が、大地より、人より、神より、美と喜悦、勇気と壮大、威厳と霊感の囁(ささやき)を受ける限り、いつまでも若さを失わない。 心の緊張の糸が萎(な)え、人の心がすっかり悲歎の白雪と皮肉の氷に蔽いつくされた時に、人は真に老いて神の憐れみを乞う他なくなる。 (れんだいこ解説) れんだいこは、この詩が、戦後進駐軍の総帥マッカーサー将軍の執務室に掲示されていたことに滅法興味を覚える。思えばあの頃、日本左派運動は反米親ソ親中路線で運動を組織していた。今になって、それはある意味で正しくある意味で間違っていたように思える。 マッカーサー政策は、初期の頃と後期の頃によって内実が違う。その識別をせずに反マッカーサー論をのべつくまなく述べるのが左派というのは非弁証法的ではなかろうか。れんだいこは、マッカーサー政策は概ね史上稀なる善政を敷いたのではないかと思っている。 だから、徳球系日共の最初期における解放軍規定を責めようとは思わない。その後いつまでもこの規定にしがみついた所が貧脳で、それは多分に野坂理論の影響に拠ったと思っている。その野坂とタッグを組んだのが宮顕であり、その宮顕に引き上げられたのが上耕・不破兄弟であり、その系列で志位が出てきて、もはや戦前戦後それなりの活動をしていた日共の面影は微塵も無い。その様は、当局側の思惑が貫徹し過ぎて却って困惑しているのではなかろうか。 それはともかく、マッカーサーの特質は、非シオニズム主義つまり敬虔なキリスト教徒側に位置していた次期大統領候補であり、日本占領政策を首尾よく遂行したことを手みやげに凱旋しようとしていたのではなかろうか。しかし、帰国したマッカーサーを待ち受けていたのは、むしろ冷ややかさであった。それはなぜか云々、という仮説を持っている。 思えば、同じ米帝と云っても、その内実は刻々変化してきており、今やネオコン一派が占領する好戦的聖戦国へと辿り着いている。キーワードは自由だと。その「自由」獲得のために、世界の鬼退治に向うのだと云う。それには犬や猿やキジのお供が必要だ。それも多ければ多いほど良いのだろう。あちこちで行列が出来ている。その実、何かで脅されムチで叩かれているに過ぎないのかも知れない。 そういう状況の中で、時にはマジで鬼退治聖戦論の正しさをぶつものがいるので、れんだいこはたまげてしまう。頭が良いとされている学者になればなるほどこの手合いが増えてくる。マスコミは昔からいつもお調子乗りだから敢えて批判しない。 滑稽なことは、今日びの政策当局者及び御用評論家は、かって新左翼運動華やかりし頃あれほど口を酸っぱくして言っていた「仮に目的が正しくても法を守れ。手続き民主主義が大事なのだ」という説教を自らかなぐり捨てて、「正義のためには何でも許される教」になっていることだ。当時の説法を標本にして確認すれば面白かろう。 しかし、歴史は必ず素体を露にさせる。アメリカの変質ー今年はこれがキーワードになるのかも知れない。ブッシュがこれから先更に酩酊すればするほどそのことが誰にでも否が応でも分かってくるだろう。 2005.3.14日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その29 | れんだいこ | 2005/03/19 18:42 |
【アナーキズムの悲劇考】 (れんだいこのショートメッセージ) れんだいこはアナーキズムに憧憬する。その思想と運動の全貌を解析していないので結論を下しえないが、近世ルネサンス運動の正統系譜では無かろうか、と思い始めている。マルクス主義はこの点で、歴史の重要な流れに無自覚すぎるのではないのか、そう思い始めている。 不幸なことに、そのアナーキズムは、方や当局官憲、こなたマルクス主義派により排斥されていった。マルクス主義派の統一思想癖招いた事態と云えよう。 れんだいこは、本サイトで、果してマルクス主義派のアナーキズム排撃は正しかったのか、を問おうと思う。これはあまり為されていない未踏の分野の考究になる(と思う)。故に、諸賢のお力添えを願う。 2005.3.18日 れんだいこ拝 -------------------------------------------------------------------------------- アナーキズムをどう評するべきか。れんだいこは、その座標軸を近世イタリアに発したルネサンスに置き、そこから説き起こさねばならないと考える。ルネサンス論そのものは「ルネサンスの研究」に譲り、ここではそのルネサンス精神の承継ぶりをその後の諸思想の中に追跡してみたい。 とまぁ書いたがこれはとても大変なことで、れんだいこの手に余る。しかし、課題をそのように設定したこと自体にれんだいこの功績がある。とりあえず自尊しておく。 ルネサンスの意義を、体制的束縛から逃れて自主自律的な自由を求める運動であったと仮定する。すると、アナーキズムこそはそのイズムの最も忠実な継承左派運動ではなかったか。その点で、マルクス主義派は、どこでどう思考回路を間違えたのか、理論としてのプロレタリア独裁論はまだしも、その具体的実践となると一様に、命令に対する服従運動へと辿り着いてしまった。 これは明らかな封建手法であり、後にいずこの国でも王朝体制化させたのも理の当然であろう。アナーキズムとマルクス主義は本来は共に、反体制、抵抗権、革命権を歴史的なものとして是認しているのだが、その手法が対比的に違うことに驚かされる。 しかし、仔細に照合していくと、アナーキズムとマルクス主義は案外と接合可能なように思えてならない。今からでも遅くは無い。気づいた時から試みられるべきだろう。 というのは、アナーキズムがマルクス主義の革命権力創出観点を是認し、その運動の実践においてアナーキズム的な自主自律的な自由規律を結社化させる方向で担った場合、却ってその方がより上手く機能するのではないのか、という考察が待たれているように思われるからである。史上のマルクス主義運動は党内を抑圧型にした故にことごとく失政せしめているのではないか、ということに思い至るからである。 1917年のロシア10月革命及びその余韻燻(くすぶ)る時代にあっては、マルクス主義派から見れば、アナーキズムの自主自律的な自由規律的組織論、運動論は革命戦略戦術上あまりにも温(ぬる)い見解のように思えたとしても仕方ない面がある。 しかしだ、間もなくロシア10月革命100周年になろうとしており、既にその革命権力は潰(つい)えている。あれほど鳴り物入りで唱えられた先進国革命なぞ、もはやどの国に於いても上の空の絵物語に貶(おとし)められている。 あまりにも象徴的なこの事態に際して考えることは、マルクス主義運動の上意下達式欠陥を素直に認めるべきだろう。それは革命を少しも手繰り寄せないばかりか有害無益な代物ではなかったか。つまり、アナーキズム的な自主自律的な自由規律運動が再脚光浴びる所以のものがあると云うべきだろう。 人は、マルクス主義の史上経験をマルクス主義理論の誤りとして、マルクス主義を排撃する見地から唱える。れんだいこに云わせれば、それは何も語っていないに等しい。なぜなら、そのような見地からマルクス主義を判判したところで、マルクス主義が向おうとした世界の改変の必要は相変わらず課せられているからである。むしろ、革命を必要とする現実が剥き出しにされているのが昨今では無かろうか。 つまり、マルクス主義を批判するのなら、それに変わる世界改変思想と組織と運動に関する新たなものを生み出す必要がある。それを語ることによって初めて有効なマルクス主義批判足りえるのではないのか。この違いを踏まえず、安逸なマルクス主義批判に興じる転向派が後を絶たない。今や、その程度の批判なら誰でも為しえるというのに。 丁度おりしも、「阿修羅政治版8」で、「愚民党」氏が2005.3.19日の「20世紀社会主義の実験は失敗、研究者はそこから学べる 岩田昌征」で、東京国際大学経済学部教授・岩田昌征氏の次のような発言を紹介している。元版は、2005.3.25日発行「SENK」1173号4面の「社会主義とは何だったのか 岩田昌征さんに聞く(上)」のようである。 (引用始め) ところで、「社会主義的デザイン主義がダメだった」という人たちの弱点は、もう社会主義については研究しないとなってしまいがちなところです。せっかくの「社会主義の世界史的な大実験」だったのですから、失敗であれ、社会認識の重要な材料・素材として有効に使うべきです。社会主義は失敗したからもう忘れていいというものではありません。自然科学の実験だったら当然そうですね。ところが社会科学の場合、自分たちも歴史的責任も問われる可能性があると、逃げる研究者がいます。それは知的に誠実でないと思います。 だけど私は別に「幻想」なんて持たなくても、過去に対して誠実になれるはずだと思う。東大法学部の塩川伸明さんたちのように、清算主義に陥らず客観的なソビエト史研究を一生懸命やっている人たちもいます。しかし、そういう人は非常に少ない。 マルクス主義に対する「幻想」をもって将来を見るのではなく、社会主義の実験は失敗したと認める。その上で、やはり現代資本主義に対してなにがしかの批判的な立場を持っている人たちが、「社会主義の実験の失敗」を客観的に、誠実に総括していくことが必要なのです。それは忘れないでいただきたい。 ところが、マルクス・レーニン主義は、歴史と社会をトータルにデザインしようとしたわけです。様々なデザインがせめぎあって、結果として「より好ましい、よりリアリティのある全体」が生み出されるということにはならなかった。あったのは唯一の、単一の全社会的・全歴史的デザインだけでした。その点は、ロシアの集権的社会主義も、デザイン内容ははるかに良質であっても、ユーゴの自主管理社会主義も同じです。そうしたデザイン主義的党社会主義の無理が今や明らかになったわけです。 動物は幻想がなくても生きられるけれども、仮に人間は幻想がなければ生きられないとするならば、幻想をもつのもいいでしょう。私は受動的認識者ですから、幻想が無くても認識できるように努力しますがね。しかし、能動的に運動したり、社会的にアクティブに行動するためには、ある種の幻想が必要なのでしょう。右翼ナショナリストであれ、左翼コミュニストであれ、その幻想に従って、社会を自分の思う方向に持っていきたいと思うわけですね。 マルクス・レーニン主義の失敗は、そうした諸々の理念や様々な幻想をすべて超越した造物主的「ウルトラ理念像」に基づいて社会経済トータルを創造しようとしたことに根拠があるのではないか。それが「20世紀社会主義の大実験の失敗」を省察した私のひとまずの結論なのです。 (引用終わり) いずれの言及も、マルクス主義の復権を目指すのではなく、その欠陥を認めつつ何がしかの新しい思想形成へ向うための地盤整備の必要を指摘しているように思われる。れんだいこは、もう少し生硬にマルクス主義の史的高みを見ようとしているが、この提言に文句は無い。というか、この問題意識でもって右へと靡くのか左からこじ開けようとするのか、が問われているように思っている。世の右風潮は物足りない。 そういう意味で、現代は新思想を必要としている。その際、アナーキズムとマルクス主義の徒な鞘当ては無意味である。むしろ接合の方が有意義であろう。あぁ、誰かこの観点から考究を為さないか。 れんだいこは、そこに更に陽明学理論、中山みき理論、イエス・キリスト論をも加えたいと思っている。あるいは日本の伝統的百姓一揆史の経験をも織り込んでみたい。 一言で言えば、人は1・寿命の幅で、2・何を営為すべきか、3・世代間にどう繋ぐべきか云々理論というものを生み出したいと思っている。百年かかっても良いぼちぼちでんな革命論とでも云えようか。 今や、そのような論ないしは主義ないしはイデオロギーを生み出すことこそ肝要で、ここに至らない理知主義とその理知主義を叩く為の批判の為の批判論は空疎な趣味でしかなかろう、そう思っている。 とりあえず筆の進むままに書き付けておく。 2005.3.18日 れんだいこ拝 |
Re:れんだいこのカンテラ時評その30 | れんだいこ | 2005/03/21 15:45 |
【著作物引用の際の「趣旨不改変原則」について】 著作物引用の際に、「趣旨不改変原則」があることは知られている。世の多くはこれを著作権問題と考えているようである。れんだいこは、単に「ルールとマナー問題」と受け止めている。 但し、権利に昇格させない「ルールとマナー問題」であるとしたからとて、エエカゲンに扱われる代物であって良いということを意味しない。自由・自主・自律的精神及び能力に基づく責任体系に関わるもので極めて重要、と理解している。 突然、何故この問題を取り上げたのか。それは、当「左往来人生学院掲示板」のbS526、まーしー氏の「 Re2:れんだいこのカンテラ時評その29」投稿文の次の引用に不審を抱いたからである。 それによると次のように引用されている。 >れんだいこはアナーキズムに憧憬する。これはあまり為されていない未踏の分野の考究になる(と思う)。 これは、れんだいこのbS525投稿文「 Re:れんだいこのカンテラ時評その29」の次の一文を引用したものである。 れんだいこはアナーキズムに憧憬する。その思想と運動の全貌を解析していないので結論を下しえないが、近世ルネサンス運動の正統系譜では無かろうか、と思い始めている。マルクス主義はこの点で、歴史の重要な流れに無自覚すぎるのではないのか、そう思い始めている。 不幸なことに、そのアナーキズムは、方や当局官憲、こなたマルクス主義派により排斥されていった。マルクス主義派の統一思想癖招いた事態と云えよう。 れんだいこは、本サイトで、果してマルクス主義派のアナーキズム排撃は正しかったのか、を問おうと思う。これはあまり為されていない未踏の分野の考究になる(と思う)。(引用以上) 判明することは、まーしー氏は、最初と最後の一文を括った引用をしていることである。それならそう表記すればまだしも、これを一続きの文章にしている。しかし、それは趣旨不改変の原則に違背していないだろうか。 まーしー氏の引用文「れんだいこはアナーキズムに憧憬する。これはあまり為されていない未踏の分野の考究になる(と思う)」は、れんだいこがアナーキズムに憧憬し、その研究を薦めていることになる。 しかし、れんだいこの趣旨は違う。単純に冒頭としまいを結びつけ短絡させてはいけない。れんだいこの趣旨の真意は、アナーキズムの再評価と、マルクス主義派のアナーキズム排撃の是非を問い、この方面の研究が未踏であると指摘しているところにある。「れんだいこはアナーキズムに憧憬する。これはあまり為されていない未踏の分野の考究になる」と云っている訳ではない。 つまり、明らかに趣旨を変えた引用をしていることにある。この場合、まーしー氏は、れんだいこを落とし込めようとしている訳ではない。むしろ、「初めてこのサイトを訪れたときと同じくらい感動しました、29にしてカンテラは激しく輝いた」とまで賛辞している。よって、悪意あるネジ曲げではないことが分かる。 しかしながら指摘せねばならない。議論に当たって、相手の主張を改変して賛辞すること、あるいは悪意でもって歪曲してこれを叩くことは共に良くないことである。世の議論の多くはこの悪習に染まっている。それは良い議論にならない。 そういうことを確認しておく意味もあってこの投稿文を送信する。同時に、れんだいこの著作権問題考の中の「引用、転載について」を書き換えた。3_manabu_corner_tyosakuken_inyotensaico.htm その契機になったことは感謝する。 一般に議論こそはというべきか、かなり能力が問われることである。故に、ある程度の脱線は仕方ないと思っている。しかし、「趣旨不改変の原則」はこれが守られないと議論が成り立たないほど重要なこととして受け止める必要があろう。 特に、話法詐術士によるこの手の歪曲が甚だしい昨今である。それを思い、今後のこともあるので敢えてれんだいこ見解を披瀝しておく。 2005.3.21日 れんだいこ拝 |
(私論.私見)