北一輝の「支那革命外史3」



 (最新見直し2011.04.13日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
 ここで、皇道派イデオローグとしての北一輝を確認しておく。れんだいこの北との邂逅は歴史的かもしれない。れんだいこは、2011年6月、齢60歳にして北とまみえることになった。れんだいこが求め確立しつつある史観上に北が登場したことになる。恐らく北のそれは、れんだいこのものとは違うだろうが琴線が振れていることは確かである。いざ探査せん。

 2011.6.10日再編集 れんだいこ拝


【ヨッフエ君に訓ふる公開状 (露西亞自らの承認權放棄)】
 敬重すべきヨッフエ君。君は今革命ロシアの承認とそれに附帯せる外交的折衝の為に日本に来た。病躯を担荷に横えて敵国に乗り込む信念と勇氣だけに於て已に君の歴史に悲壮なる幾頁を加へて居る。君が交渉の相手として居る後藤新平君の階級及びそれを中心として愚論を渦いて居る知識階級とに対照する時、拙者共は実に御恥かしい次第だと思って居る。

 しかしながら君が今相手として居る後藤君及び輿論は君らの政府が革命の始めに於て投獄し銃殺した地主貴族階扱と知識階級とである。君の周囲に群り接して居る彼らの心理状態を側面から觀察して居ると実に面白い。怖いやうな安堵したような接近したいような逃出したいような、丁度小供らが猛犬の耳や尾に触れる時のビクビクした又強がりを示す心持で居る。胆カも智力も分娩の時産婆に盗まれて持合せない連中ではあるが、只もう如何にしてヨッフエ閣下の逆鱗に触れまいかと云う憂慮が彼及び彼らの全部を支配して居る。君が一言ノーと吼えれば子供等はワアと逃腰になる。君が目を細くして「後藤君の顔を立てゝやる」とでも言えば、子供の一人は君の耳を引き尾を掴んで他の子供等に向って己の強がりを誇示する。これだけで君は全勝に近い程度の勝利を把握して居る。

 しかし御同類の拙者共から見る時、こんなことは君に取って何んでもない茶飯事だ。君等がロマノフの全盛時代に極度の少数者として彼らに接した時の飜弄術眩惑手段で、風霜幾十年の練磨を以てするのだ。殊に一旦権力を握るや一疋残らず噛み殺ろして猶満腹の虎舌を吐いてる君らだ。日露交渉の相手方に後藤新平君とその輿論とを選ぶなどは余りに人の惡い腕の凄さで御座る。

 ヨッフエ君。君は今日本の首都の最只中に大の字になって寝そべって居る。猫は如何なる群集と雖も鼠の中ならぱ安眠を妨げない。しかもその中の最も肥えたる一疋を捕えて前足でジヤレて居る。この猫の快さは日本にも存する多くの猫共の羨望の的である。日本の猫属は−猫属の中には虎もあり豹もありライオンもある−空腹の面前に君一人の満腹を見て喉を鳴らし舌を甜めて居る。温泉に浸り乍らの極東宣伝も、ここに至っては亦満点だ。

 依って猫が猫に物申そう。ライオンが虎に物申そうでも宜ろしい。−全体貴公は何の理由ありとして日本に承認を求めに来られたか。ロシア対列国の承認交渉に於て、非を列国に塗りつけて來た君らの言分は何年来詳知して居る。道理を踏み外づした又愚劣な言分は何年反覆しても同じく無效だ。古今を貫き東西を通ずる自然律の法則−この法則の中に革命の法則もある−に依りて君ら自身が革命の第一歩に於て、国際間に自己の承認権を放棄して居るのではないか。列国が與えないのではない。君ら自ら放棄して居るのだ。

 頭の惡い奴は鼠の中にも居るが猫の中にも沢山居る。諸君の政府は世界革命史中に於て頗る頭の宜ろしからざる分類に属する。ヨッフエ君の虎頭に事理弁別の能力あらばライオンの問題に答えよ。−承認とは何ぞや。承認を求むるとは大使の往来と云うタワけたことではあるまい。則ち前代主權者の有せし国際的諸権利を継承することを承認せよと云う義である。諸権利の中の根本的権利−前代主権者の領有せる領土継承権の承認−これが則ち承認問題の実質である。(鼠共の輿論が言う実質的承認とは意味をなさない)。

 然らばヨッフエ君。承認を要求すること、ロマノフ皇帝の領土継承権を主張することは、ソヰエト政府がロマノフ政府の延長であると云う法理の上に立つのだ。則ち君ら自身の主張を以て、革命当初の君らの革命宣言を根柢から全部抹殺する。この点は今論ずまい。拙者共の諸君に敬意を保ち得る点は、その行動の男子的なることであってその議論の出鱈目なる故ではない。殊に世界中で嘘を吐く国民は支那人とロシア人であるが故に、五六年前の世界的約束を證文に取って諸君を革命理論で攻め立てゝも牛角に蜂の無関心と信ずる。依って今日諸君の主張してるロマノフ政府の延長説を許容して、−それだから諸君自ら承認権を放棄してると云ふ根本義を講釈して上げよう。

 革命当初の如く、地球北半の地理的土地に−ロマノフ帝国の政治的城跡ではない。−社会主義国家の建設を試みるのだと云えば、これ初期の空想的社会主義者が『理想郷』なる考案を村落的区画に試みたのを大平原に試みるだけのものである。従ってレニンの『理想郷』とロマノフ帝国との間に何らの義務はない。労農組合政府はこの主張に立ちし点に於て、何百億円の義務を拒絶しようと自己を欺かざる自己の理論に立って居たのだ。この、レニンの理想郷ロマノフ帝国の義務を負わずと云う主張は、則ち、ロマノフ帝国の凡ての権利−何百億円の債務に何百倍せる価格の大領土は労農政府の継承せんと欲する所に非らずと云う結論と一個不可分のものである。依って英米佛等の債権者はロマノフ帝国なる債務者を失えるが故に、債務者の所有せし領土の上に兵力を以て強制執行に出た。当時のロシアは法理上単なる月世界である。レニン政府は無主の世界に漂着した気分を以て一切の義務を負わずと声明して村落を結んで行く。債権国等は兵力の強制執行に出でつゝしかも無主の土地を分割して居据はる高利貸の見識決断さえ無かった。要するに拙者共から見ればバカとバカの掴合いであったのだ。

 しかしながら体験は諸君のバカを一級だけ悧巧者にした。諸君は革命建国の理論を打捨てゝ別個の主張に乗り替えた。自分共は前代のロマノフ帝国と沒交渉のものではない。前代帝国の財産−ロシアでは悉く土地−はその子孫の相続すべきものである親爺も阿母も悉く叩き殺した極道者ではあるが、その家に生れた戸籍上、一切の田畑山林は息子の所有權に属すると云う主張に一変して来た。然り! 聡明にして御尤なる御変説で御座る。則ちマルクスの祖述者からピーターの相続人に宙返りして来たのだ。社会主義から大帝国主義大侵略主義に一足飛びをして来たのだ。

 かくして諸君はバカを止めた。然らば相手も亦バカを止めなければならぬ。−宜ろしい。親殺しの息子だが相続を承認しよう。君の家の親子喧嘩に割込みはしない。只親爺樣の借金は如何うなさるか。敬重すべきヨッフエ君。諸君はこれに対して何と答へて来、又答へつゝあるか。英米佛は資本主義国である。金貸である。吾々は社会主義である。プロレタリアトである。吾々が父祖の大資産を相続するのに対して父祖の負債をも相続せよと云うのは迷惑である。吾々はかかる資本主義に屈服することはできぬと。−あゝヨッフエ君。諸君は革命の後に権力を握れる者が常に墮落して天の斧鉞に亡びた史上の戒をも見ざるように逆上して居るのか。革命者の少数が警察と軍隊とを以て蔽える全天下を粉碎し得る所以は、その理論と行動が天地一貫の大自然律に則りて行くからである。諸君の栄冠を全世界が手を額にして慶賀した所以は何だ。諸君の行動に諸君自らを裏切る者がなかったからである。

 −しかるに五六年の瞬時に於て、全世界の血を甞めても自已の利益ある権利は主張し自已の損失になる義務は負わぬと頑張るのはどうしたのだ! 白耳義国に何百億円の金を貸す者はない。水呑百姓に一万円を貸すユダヤ人もない。彼の大領土を有する大地主なるが故に、フランスの農民と工夫とはその額上の汗を積んで君等の前代に預金したのだ。兄は鍬を以て弟は鋤を以てその父を撲殺した。而してその土地を占有して大地主となった。子に殺されるような親爺の借金は返す義務がない。国際債務の問題は国内に於ける争鬩、殺した子が惡いか殺された父が惡いかの問題とは別個独立のものである。大債務の継承を承認せざる者に大領土の継承権を承認すべき御用は拙者共に於て断じて罷り成らぬ所である。かかる両立すべからざる辻強盗の言掛りを社会主義國家の名に於て宣伝しつゝ来れる如きは、君らの師匠−拙者共には師匠ではない−マルクスを売る者である。師を売れるユダの子孫を以て政府の中枢を構成せるが故にユダを行うのみと言わしむる勿れ。ユダヤ人の中よりキリストが出たではないか

 ヨッフエ君。真実、諸君は今世界とその国民に対してユダたるかキリストたるかの分水嶺に立って居るぞ。依って諸君の革命行路を公明と安全の一路に導かんが為に、諸君の隣国、支那が如何にしてその革命の時列強の爪牙を免かれて承認を得たるかを御聞かせ申そう。革命は諸君が元祖でもなければ特権者でもない。承認問題に於て支那の諸君は君等よりも非常に複雜な険呑な列強関係に絡まって居たに係らず、一滴の流血もなく極めて滑かに之れを処理した。君らは承認問題よりも先に君ら自身から捲き起した国際債務不承認問題に依りて国境の全線に幾年の国際戦争を招いた。支那は弱国なり吾々は強国なりと云うまいぞ。弱国として常に列強の侵害に悩まされて居たればこそ、支那の諸君は革命の時にも自ら守るべき国際的公義を忘るる如き驕慢専恣に走らなかったのである。諸君は全世界を脅威しつゝあつた大帝国の臣民として国際的苦労の如きは薬にしたくも味うことがなかった。国際生活に於ては権門の驕児である。大低の暴逆は隣家の父老に加ても咎められない習慣に養われて来た。

 −この幸運が革命決行の壮氣沖天の機に際して国際的交渉の時不運に齎らし現われたのである。殊更に不承認を声明せずとも事足れる正当の国際債務を蹂み躪りて、ロマノフ帝国の大戦敗に加算すべき天命の如く内乱外戦の幾十満人を殺した。殺人の多きは革命の徹底だなど云う迷信で自己弁護は許されない。革命家に過誤なしと云う無反省は、ローマ法王に過誤なしと云うと同一なる中世史の福音である。諸君の革命行程に於ける国際戦争は悉くこれ諸君の自己迷信より発したる大過誤に原因する者である。但し古来ロシア民族ほど国際戦を戦った民族はないが故に自分共も親譲りの遺伝梅毒だと申さるゝならば亦何をか云わんやである。

 革命支那の承認に返らう。支那の革命は漢民族の土地を征服して君臨せる異民族に対する追放戦の理論と運動であった。革命の烽火は異民族の首府北京方面から擧がらず、漢民族の中心地方より起った。彼は異民族の大清帝國に対峙せる交戦団体として中華民国と号した。革命の始より別個の国家、二個の国家である。處が革命の進展と共に国際間に彼ラの占有すべき領土問題に面接したのである。異民族の帝国と全然沒交渉なる別個の民族が他の領土に共和国を建る時は、異民族の所有せる帝国発祥の領土南北満洲を放棄しなけれはならぬ法理に落ちて来る。又蒙古民族の住する内外蒙古、西藏民族の住するチベットの領土を占有すべき法理的根拠を失うことになるのだ。支那の諸君は茲に於て全国一齋に革命理論を根底より転換した。曰く大清皇帝の退位と同時に民族革命は終結した。

 今後は支那に存する五族を統一して、大清皇帝の領土全部を継承するのであると。彼らは理論及び行動の全部的一変と同時に其の革命旗をも一変した。民族革命と社会革命とを併べ掲げた孫逸仙考案の国旗を棄てゝ、五民族統一の国家を表わす今の五彩旗にしたのは是故である。理論が大事か革命が大事かと云う問題は、馬が大事か騎手が大事かと云う問題である。ロシア諸君の如き騎手は百頭の名馬を以てするも償う能わざる英雄漢と信ずるが故に、その理論として乗れる馬を捨つること支那の諸君の如くすべきであったのだ。

 −則ち社会革命はロマノフ皇室を倒すまでの理論であった。今ロマノフは倒れた。吾々はロマノフを継承した。吾々の馬は正に大帝国主義、大軍国主義であると。(これは失敬! 又社会主義より帝国主義への御変説を御勧め申した)。

 しかし、国際的に承認を求めると云う以上は、承認の実質則ち前代主権者の領土継承を承認せよと云うことの外にはない。馬に騎して野を渉り山を越えて來た。今ゴビの大沙漠に来た時に馬を駱駝に代えて旅することが革命行程に於て何の恥辱であり得る。ヨッフエ君らは支那の諸君が敢然その理論と行動を一変した如く、地球北半の大領土の相続人たらんが為に「ソヰエト政府は前代侵略者の奪略せる所を把持するを主義とする大侵略主義に一変せり」と声明すべし。これに何らの恥はない。
 ヨッフエ君は満足を以てこの変節の忠言を首肯するであらう。その通り恥辱どころか其故に日本をシベリアより欺き追い、更に北樺太からも欺き追わんとして来たので御座ると。誠に善い度胸である。しからばロマノフ帝国の負える義務、凡ての国債は帝国主義の継承者たる理論に於て−−ロマノフ帝国の延長はロマノフその者たる常識に於て、之れを拒絶し得る主張は全然消え失せるのだ。権利は樺太の半片でも主張する。義務は一切御免を蒙る。これが社会主義原理だ。−余り馬鹿を言うものではない。
 諸君の国際債務とは何ぞや。諸君が今相続継承の承認を求めつゝある領土に投下された大資金ではないか。シベリアの大鉄道も各所の大鉱山大農原もそれ等の大資本に依りて今在る如くあるのだ。この鉄道鉱山農原を継承すべき権利の承認を相手方の債権者その者に要請しつゝ、しかもそれ等の上に負える債務の承認を拒むに社会主義を盗み用ふるとは何だ。これ諸君の屠殺した天主ヘの坊主共がその盗犯的欲望を他の財物妻女の上に遂げんとする時、善惡共に神の名を用ひたと同じき墮地獄の沙汰である。
 更に別種の債務がある。それは諸君の過去の延長である前代がドイツとの戦争に負えるものだ。諸君の経済学説は相場に負けた時は銀行に尻を捲くるべしと云う愕くべき菅理に築かれて居る。今回の世界大戦の最初且つ最大の元兇はドイツの前代と諸君の前代である。その責罰としてドイツは彼らの革命を以て諸君は諸君の革命を以て、各々そのカイゼルとツアールに課する所があった。自分の一家内の喧嘩に血迷って、隣家から向岸まで暴ばれ込む革命家樣は近所合壁の鼻摘み者である。由来諸君は革命位したことを英雄の事業の如く逆ぼせ上って居るのが火傷の本だ。革命と云うものは火災に風向の惡くなった位のものに過ぎない。火事に気が狂れるような奴は小人匹夫と相場が定ってる。カイゼルとツアールに課して足れる所のものを、隣家フランスの農民工夫の貯蓄に加うる発狂漢は世界革命史中の恥辱である。しかもこの恥辱をマルクスの理論に塗り附けて恬として省みざるを見る時、−終に諸君はユダを産める者の裔、蝮の裔である。
 ライオンは徒らに虎を弄殺して楽しむものではない。諸君の為に助舟を下ろして、国際債務否認に至る迄の諸君の行動を合理化して上げよう。しかり。諸君が債務承認を拒否して來たのは決して社会主義の理論からではないのだ。ヨッフエ君等がブレスト・リトウスクに於ける降伏条約に調印してドイツ帝国との提携を公けにするに至るまで、諸君は国内に倒すべき抗争者を持って居た。則ち英米佛を後援とするケレンスキーと云う色男の一派だ。諸君はこれ等を倒す為にドイツ皇帝政府の援助を受けた。国内の争闘は諸君の全勝に帰した。(これ拙者共の同慶とする所である)。

 諸君はこの勝利を国内に得たが、国外のドイツに対しては全然の降伏者となった。−敬重するヨッフエ君。君はこの条約の時、ドイツの将軍等の前に直立不動の姿勢を取り一列横隊をなして最敬礼をして居たさ。何でも知ってるだらう。その時君らの醜体無恥を憤って自殺した諸君側の軍事委員スカロン将軍もある。−降伏者は凡ての命令に服従せねばならぬ。征服者の命令する所の者を敵として戦うことをも辞することができぬ。諸君はドイツ皇帝陛下より今日までの戦友を敵として戦うべきことを命令され、然してそれに悦んで服従した。敢て悦んで連合国を敵としたと断言する。何となれば、連合国は諸君の命懸けの政敵を支持して居た根本の敵であったからである。加うるにドイツの旗風は全世界にはためいて居た時だ。ドイツの後援に依りて本国の主権を奪取した甘味に加えて、更にドイツの著しき優勢が誘惑する。御恩と御利益との並び備われるかに見えたドイツと同盟的提携に出たことは、降伏者の義務以上に諸君をドイツ皇帝の犬馬たらしめた所以である。諸君は御恩と御利益の命令者の前営たらんことを欲した。しかも如何せん敗戦の為に軍隊は潰滅状態に在るし、且つ戦争中止を題目としての革命であり降伏であり露獨提携であったが故に、軍隊の出動を以て英米佛や日本に対することはできなかった。

 よって諸君は別個平凡なる対敵行動に訴えて來た。英米佛伊ら一切連合国の債権全部を踏み蹂って喧嘩を売って出た。曰く連合国に負える債務は返金罷りならぬ。乃公に於て沒收して遣わす。欲くば腕で来いと。当時ドイツ軍の優勢に悩まされて居た英米佛諸国は、露国の敵国への降伏に愕き、更に降伏者の対敵行動の凄まじいのに泡を吹いた。自国内に於て敵国の大使を捕縛するよりも容易に、(今君を東京に於て捕縛するよりも容易に)、自国内に貸付けた敵国の財産を押収して了った。開戦の時に敵国の財産でも生命でも奪い易き所に在る者を奪うのに何の遠慮はない。ヨッフエ君の政府は交戦状態に於ける政府者として一点恥づる所がないのだ。しかり。これに対して連合各国亦諸君の土地を差押えんが為に遠征の軍を動かした。腕を出して恥とせざる者に臑を出したからとて亦恥ではない。社会主義対資本主義で胡魔化してはいけないよ。諸君が敵国の財産をフンダクる時に社会主義呼ばわりすることの狼藉は、米国がメキシコの石油を狙うに正義人道の名を用うると等しき喧嘩の原則である。喧嘩の原則をマルクスの経済学説に結びつけて、社会主義国家は借金を踏み倒して可なりとは獸類の脳髄に於て構成さるゝ論法である。
 凡てこの通りだ。只その行動に於てのみ男子的なる諸君は、債務不承認の主張を社会主義の名に求める卑怯未練があってはならぬ。腕の奴と臑の奴と講和のできぬことはない。承認の要求これ喧嘩中止の提言ではないか。承認が、その実質ロマノフ帝国の領土継承権の承認に進展せんとする時、諸君は先づ断乎として債務不承詔の腕を引かなければならぬ。殊に況んや諸君の債務不承認は、露獨同盟の為に連合各国に宣戦を布告したゝめのものであるのだ。同盟国として盟主として選んだドイツが存外に早く脆かりし諸君の意外事は、ウヰルソンその人と雖も十四箇条の公約をメチヤメチヤにした意外事である。諸君自らが意外のドプ溜に落ちて無用なる敵軍を四境に招いた後悔は当然に諸君自らが国民と世界に負うペき大責任である。マルクスに尻を持ち込むなど不心得の限りではないか。

 −−ヨッフエ君。変説位は何んでもないことだ。論点は明瞭になった。国際債務の拒否は社会主義と何の関係がない。債権国に対する対敵行為は兜を脱ぐから止めに致します。ドイツと道連れになりかけたのは一生の不覚で御座った。何百億円の債務は前代の帝国が負担して居た通りに自分共に於て負担します。故にロマノフ帝国の領土継承権の承認を求むと。−何のことだ。タダの戦争からタダの平和に行くだけのことだい。(混雜してはなりませぬぞ。以上は君らの「承認」すべき者に対して他の與うべき「承詔」に過ぎない。ドイツとの攻守同盟から売った喧嘩に対する開戦責任、則ち各国の賠償を求むべき戦費如何、土地の割譲如何等は全部別個に残されてあることを特に強く注意しておく)。
 敬重から侮笑すべき者に移れるヨッフエ君。君らは常に言う。社会主義国家建設の為に至急数十憶金が欲しい。返す談判よりも貸す相談を先きにして貰おうと。これは貸した金の可愛さに迷う高利貸共を釣る無ョ漢の論法である。社会主義国家の建設だろうが、エデンの花園の庭作りだろうが入用の者は第一第二第三共に金だ。金故に諸君のような夢を喰う貘の如き社会主義者が帝国主義者ともなり、開戦行為の財産沒收にマルクスの経済学説を盗用したりするのだ。これ人生その者に絡み附いた悲慘なる運命である。皇帝もその女房子供も叩き殺して来た諸君に今更の泣言は鬼眼涕涙の妙ありとも言えまい。−要するに諸君の政府は獣類の論法から人類の言論に移ることを急とする。則ちタダの開戦からタダの講和談判に進行する道に出て、押收したる国際債務を英米佛等に返却することが第一。社会主義村落の建設は不可能にして不利益なるを見たるが故に、ロマノフ帝国の相続者として大帝国主義を持することを声明し、以て從前のタワケた出鱈目宣伝を止むることが第二。しかり而してドイツの同盟国に裏返りした開戦責任者として第二のヴェルサイユ会議に引出さるゝことが第三。−しからざれば日本が今占有しつゝある北樺太の如き、否、一度び誤りて軍を撤去せるシベリアの如き、諸君の領土継承権を承認せざる理論の上に立ちて、而して今日もとより戦闘状態を継続しつゝある現実の日露関係に立ちて、如何なる民族の如何なる国旗を飜えすやは敢て保せざる所である。
 ヨッフエ君。諸君は諸君の虐殺せる皇帝等の祖先に拜謝を忘れてはならぬ。全世界の上に鷲旗を蔽えるロマノフ帝国の大領土と大軍隊ありしが故に、諸君は支那の革命政府の如き国際的苦労艱難がなかったのである。支那の革命の時はロシアは蒙古滿洲より英国は香港の海上と西藏の山脈より、ドイツは山東の咽喉より全領土を四分五裂する所であつた。彼等の国際債務は君等の如き富源開発と弱国併呑に用いた者でなく一に只分割を目的としたる侵略債権であるのだ。その上に租界地条約と云って国土の心臓肺肝の要所々々悉く九十九年ならざるものはない。冶外法権と云う国際義務もある。彼らが中華民国の承認を求むる時、これ等前代の国際義務は悉く承認すべきが故に、大清帝国の領土継承権を承認せよと云うことであった。ロマノフ帝国は世界の恐怖であり大清帝国は世界の軽侮であったが故に、同一なる革命政府に権門の驕兒と貧家の有道とを別つに至ったのだ。

 労農ロシアには租界地条約もなく治外法権もなく侵略借款もない。只履き違えたる社会主義と形勢の打算を誤れる対敵行動との為に、領土拡張と富源開発に投下した債務を蹂躪し、以て無名の戦禍幾年自己の同胞と四隣の子弟とを屠ったものに過ぎないのだ。円滑平和に国防義務を負うと共に領土継承権を承認された革命支那の前例に照らす時、革命ロシアを中心として継続せる幾年の屍山血河は諸君等指導者の無智暴逆が負うべきものである。世界大戦を原因せるカイゼルの暴逆とツアールの無智とは天斧の許さゞる所であった。しからば同一程度の無智と暴逆から地球北半の大地域を血の池地獄にした元兇等に天斧はその執行を猶豫するであろうか。ルヰ十六世を殺したダントンとロべスピールは後からからとルヰの断頭台に上った。レニン君と来遊せるヨッフエ君とは拙者共の健在を祈る丈夫兒である。しかも人類の歴史に於て英雄を断腸せしむる者は、神の導きに於て殺活せざる革命者の末路である。
 ヨッフエ君は世界と日本との歴史的交渉に蒙古來襲戰のありしことを想起する必要がある。蒙古大帝国は欧洲大陸の殆ど凡てを征服し諸君のロシアを属邦たらしむる亦二百有余年の強者であった。しかもこの粟大の群島に来襲して撃破されたことに依って彼の大帝国の破滅を原因した。歴山大帝よりもナ翁皇帝よりも遙かに雄大なる世界征服者が、実に一日本島の逆撃に依りて致命傷を蒙ったのである。後世の詩人これを歌って曰く。趙家の老寡婦を嚇し得て、これを以て来り擬す男子の国と。君の今交渉して居る後藤新平君とその輿論とは年老いた寡婦と同じき女性
的人物なのだ。君等の嚇かし得る趙家の女房共だ。日本に人無しとして帰る勿れ。相模太郎膽甕の如し。この一書簡に依りて諸君の政府が五六年間、全世界の資本主義者を脅威し無産階級に君臨拜跪せしめて來た革命理論、−従って理論を宿す貴公の首を−喝ツ! 今由井ケ濱に斫り落したのである。
 日露の交渉を論題とせずして露国対各国交渉を論述した。日本の国際的行動は則ち古今不変の国際的法則の外に逸することが出来ないからである。日本の債権三億金を計算する要はない。−日本はシベリアを計算する時があろう。佛人英米人の被害幾百億なるを思考し、佛国の律義者は露国債券の紙片を藏して飢えて居る者すらあることを忘却してはならぬ。明かにヨッフエ君に告ぐ。苟も睾丸を股間に垂れてる者はできない相談はサラリと見切りを附けることである。山紫水明の養痾。これ君のためにする日本の禮遇である。もし君の病、及びレニン君の病が医学の範囲を超出した者であることに気附くならば、これ革命幾十年の血漢辛酸とその勳功に依りて神の手が君の為に天国の門を開かんとする者である。御囘答は必ずしも待つに非ず又待たざるにも非ず。 

 大正十二年五月九日

【対外国策ニ関スル建白書 】
 恭恐頓首 一書寧呈し仕り候 薄徳菲才を顧みず敢て尊厳を冒す所以のもの誠に対外国策の重大事黙過傍観に堪えざるが故に御座候。希くは篤と御熱議の上、干障万難を排して御断行有たく伏して奉切願い候。直言すれば近時十数年間、我が帝国の対外策に於て、その根幹たり眼目たり精神たるものなく、為に歴代政府の対外策悉く只その日暮しその時の風次第と云う状態の継続に御座候。これ閣下等も偽りなき御心事に於て御肯定の事と存じ上げ候。かの満洲事変以来、国際連盟の一顰一笑を以て如何に帝国朝野の一喜一憂とせしか。一ニこれ対外根本策の皆無空虚の故に政府自ら信ぜず国民亦安にぜざるより来る所と存じ上げ候。不肖自身亦率直に告白して政府を信ずる能わず国民と共に安んずる能わざる者なりと申上げざるを得ず候。
 然らば如何すべきか。これに対し多くは日米戦争あるのみと申し候。しかしながら日露戦争又は独仏戦争と云うが如き日米二国間に限定せられたる戦争を思考する如きは現代世界に於て有り得べからざる事に御座候。日米戦争を考慮する時は、則ち日米二国を戦争開始国としたる世界第二大戦以外思考すべからざるは論なし。則ち米国及び米国側に参加すべき国家とその国力を考慮せずしては、経国済民の責に任ずる者の断じて与する能わざる所と存じ上げ候。不肖かって海軍の責任者に問う。対米七割の主張は良し。もし米国海軍に英国の海軍を加え来る時、将軍等は能く帝国海軍を以て英米ニ国のそれを撃破し得るかと。答て曰く、不可能なり。一死以て君国に殉ぜんのみと。不肖歎じて独語すらく、君国は死を以て海軍に殉ずる能わざるを如何にせんと。
 これ切に閣下等の御熟慮を請わんとする点に御座候。日米戦争に際して英国は或る場合に於て開戦当初より米国の側に参加すべし。或る他の場合に於ては日本に悪意ある中立を持しつ、米国の軍器軍需に巨利を博したる後米国側に立ちて参加すべし。これ過ぐる大戦に於て米国が英国に参加したるよりも容易且つ必然なる可能に御座候(日英同盟の廃棄事情、その後の英米対日関係及び支那並に英領アジアに於ける関係等)。しからば現状のままに於ける日米開戦論者は日本対英米戦争論者として、最も警戒を要する論議又は行動なりと見做さざるを得ずと存じ上げ候。
 
 更に別個の一敵国あり。ソビエツトロシアは日米開戦の翌日を以て断じて日本の内外に向って全力を挙げて攻撃を開始すべし。これソピエツトロシアの大方針にして、日米戦争則ち世界第二大戦を捲き起して以て彼のアジア攪乱並びに世界攪乱の大目的を達成せんとするは言う迄もなき事に御座候。彼はこれを世界革命と申し居り候。不肖は彼と今の支那との関係に就き特に深甚なる御注意を喚起せられたく存じ候。実に日本は国際連盟を以て支那に対する認識不足と申し候へども、日本自身が今の支那政府とソビエツトロシアとの関係につきて至重至大なる根本点を認識せざることを驚き入る者に御座候。
 則ち世界大戦終了後突如[風炎]風の如く起りたる支那の排日熱、排日政策は何故の者に御座候哉。勿論日本が大戦参加の唯一の戦利品たる青島が米国の恫喝によりて何の苦もなく支那に奪取せられたる軽侮より生起したる事は事実に御座候。支那は以来日本を以て米国の一喝によりて何等為す能わざる弱小国として、その軽侮を年々に増加し、日本又米国の前に自ら軽侮を重ねて支那の軽侮に値する事を進んで立証し来り候。この点に於て支那の排日政策が米国の支持援助を基調として進展し遂行せられたることは論ずるの要なき儀に候。しかしながら、この形勢を看破し以て乗ずべき国策を確立したる者はソビエツトロシアに御座候。彼は当時近東及びインドに向け来れる世界攪乱の鉾を転じて排日の支那にその指導と援助とを注集仕候。

 生前の孫文及び死後彼の精神と党国とはその全部を挙げてソビエツトロシアの成功に随喜し、その革命理論と組織とを輸入継承致し候。認識の要点は大正八年に御座候。而して彼我の往来密かに繁く終に幾百万金の援助によりて広東の一角に蟠居し、長江に出で、ボロヂン等を迎へ更に北伐の完成を告ぐるや、ソビエツト政府そのままの党国政府なるものを形成して今日に至り候。則ち国民性による唯物主義事大主義の彼等は革命前期に於て米国を倣いて大総統制と共和制を試みたることを一抛して、今や議会も共和政をも廃止して一党団を以て国家を掌握する今の党国政府なるものを作り上げ候。
 共産主義が支那に行われ居らざることは尚ソピエツトロシアに行われ居らざるに等し。ロシアと支那に実現せられたるものは只一つ党国を以て国家を掌握して放たざる奇怪なる制度これのみに御座候。今の新支那の政府がその南京のものと広東のものとを間わずかくしてその呱々の誕生より北伐統一の現時まで凡ての指導と援助とを蒙りしとせば、その対日本方針に於て亦当然ソピエツトロシアの忠実なる遵奉者なるべきは論なき議に御座候。否。支那自ら已に米国の支持を青島奪取の現実に見て以来、勇敢に日本排撃を国策とし来れるに於ては、ロシアはその期待せる日米戦争を排日の支那より導火せんと試むることは当然に候。

 支那は終に米国の日本攻撃を期待して皇軍の兵馬を自家の南北に迎えたり。日米は未だ僅に一戦を免れつつあるのみ。ソビエツトロシアたる者自らの大計画の奏功したる日米開戦を見ん時、支那の対日抗争を千倍せしめ日本内地の共産党と共に日本に攻撃を開始せんことは一点の疑問だになし。実に大戦終了大正八年以来の支那の排日政策が一面米国ニ交渉を有する外に、その根本に於てソビエツトロシアの日米戦争を爆発せしめんとせる長久深甚なる計画によりて行われたるものなることを御承知有りたく候。認識は凡て皮相又は枝葉末節に亙るまじく候。日本対英米大戦の場合に於てソビエツトロシアが日本に対して頑固執拗なる敵国たるべきは明自なりと言わんよりも、ポルセビーキの魔手支那を導火線として日米両国を爆破せんとするに存すと考ふることの方却て至当なるかに存じ候(日本が米国ひの他の列強に対しこの根本点の理解を与えざりしことを遺憾と存じ候)。要するに米露何れが主たり従たるにせよ、日米戦争の場合に於ては英米二国の海軍力に対抗すると共に支那及びロシアとの大陸戦争を同時に且つ最後まで戦わざるべからざるものと存じ候。米国と英国とが日本に屈せざる以前に於て露支両国の無抵抗的に処理せらるべきを言ふ者の如きは頗る危険なる児童輩と存じ候。
 しかリ。いわゆる日米戦争は英米露支対日本の戦争なりとせば、我が帝国はこの災禍より免かれんとするの外なきか。閣下。これを免かれんとする対外策は大正八年より昭和六年秋に至る迄の日本歴代政府の方針−無方針の方針なりと存じ。仮に名づけてこれを衰亡政策と云うべく、一挙日本を破減せしめんとする恐怖より優れりとして歴代政府の墨守し来れる所のものに御座候。ヴヱルサイユ会議よりワシントン会議を経てロンドン会議に至る迄の対外策を見よ。凡て米国と及びその背後の英国とに恐怖したる衰亡政策に御座候。支那に続出したる百千の不祥事に対して如何に無恥無慙なる忍従を事としたるかを見よ。衰亡政策の墨守に御座候。

 支那を攪乱し朝鮮を煽動し更に大帝国の君主国体と国家組織の破壊顛覆を日本の本国に試みたる共産党検挙に於て、その指揮命令計画及び資金の凡てがソビエツトロシアより出でたることの明白なる証拠堆積せるに拘らず、今尚その公表を禁じ未だ一片の抗議問責の挙に出でざるを見よ。万世一系の帝位帝権をすら冒さるヽに忍び得べくんば、何の帝国か衰へ而して亡びざるを得んや。上下悉く一日の安を貧って大帝国衰亡の道に迷あこと正に十有余年。皇天の加護、終に三千年の国魂未だ滅せずして秋天一夜満洲の天地を震憾して躍出したり。日本は昭和六年九月十八日を以て明かにルビコンを渡り候。江南の大軍未だ屯して帰らずと雖も衰亡政策の道は閉じて再び返る能わず前路大光明と大危機に直面したるものに御座候。
 閣下。然らば汝は汝の恐れ戒しむる所の英米露支対日本の大戦を提唱する者に非ずやと。もとより然り。以下の建白特に秘事に属する者に有之、文書の記載に躊躇致し候えども大要を略述仕り候。
 
 不肖は始めに歴代政府の対外策に於て根幹たり眼目たり精神たるものなきことを以て一切の禍根なりと申し上げ候。四境悉く敵国たるべき形勢に置かれてしかもそれ等を牽制し又は攻撃し得べき同盟国を考慮せざる外交なるもの世に有之候や。かって考慮し計画したるときは笑うべき日英同盟の継続運動とその恥づべき失敗に候。大戦後米国が日本及びアジアに脅威を感ぜしむるまでの勢力となりしが故に或る他の同盟国を必要とするに於て、之を英国に求めたりとは何たる無智昏迷の沙汰に候や。米国を顧慮して日本と攻防を共にする能わざる同盟国が日本に何の必要ありとするか。日英同盟は英国側よりその継続を拒絶せられたる通りに対米関係に於て当初より日本の思考だもすべき性質のものに非ず候。(今尚日米戦争論者中英国の好意又はその米国との利害不一致を打算する者無之とせず沙汰の限りに御座候)。由来日本朝野の対外的頭脳は中学生徒が外国語則英語と考ふる如く、英米二国以外の大陸諸国を考慮し能わざるよう伝統化し鉱物化したるに非ざるかと存じ候。
 死児の齢を数ふるは詮なき事なるも死児の齢を数へんとするは人の情に御座候。過去の歴代当局が英米以外の大陸諸国を考慮する識見雄才ありしならば、世界大戦参加の第一歩に於て当時の独乙を深甚に注意すべき筈なりしは今日となりて之を言う者の通りに御座候。為に日本は何者をも得ず一青島をも得ず、得たる所は支那の排日と俄かに強大化したる米国の日本に加ふる脅威のみに御座候。何ぞ死児の齢ならんや。一昨年のロンドン会議の醜態に見よ。自己と利害行動を共にすべきフランスを見捨て、独り英米の膝下に媚を呈し、却って前きに速かに脱退せるフランスが遙かに優勢なる比率を以てその潜水艦を維持せるは如何。閣下。世界大戦前に於てドイツを慮すべかりしよりも深甚に重大に、今の日本帝国にとりて興亡を決するものはフランス共和国に御座候。不肖はロンドン会議を覆轍の戒として今次のヂユネーヴ軍縮会譲に出席したる諸氏にこの事を切言し来れるものに候。咋春五六月の交より要所枢機の諸氏に向って口耳密かに語る所のものは一ニ唯日仏同盟の一事に有之候。爾来奉天の事変あり上海の兵伐あり日米の間将に戦雲低迷せんとするに至て痛切に不肖の提言を是認考慮するもの多きを加へ、他面日仏の懽交天の意ありて然るかの如き甘密を増長せる風を見聞仕り候こと恐らく終に時期到来を示すものの如く存じ候。
 
 平和を愛する者は米国貴婦人と米国々務卿とのみに限らず日本国民の最も然る所に御座候。只米国が今の強大を以てその背後に英国の海軍力を恃み得ることが彼の側より何時にても平和を破り得る恐怖に有之候。日本対米国に限られたる戦争ならば聊も日本の怖るる所に非ざるが故に米国の側より平和を破ることも有之まじく、太平洋は必ず太平の海なるべくを確信仕り度り候。日本に対する英米二国の海軍力を仮定するが故に、ワシントン会議に日本を辱かしめて足らず、ロンドン会議に繰返して足らず、奉天の事上海の事一々を挙げて平和を破るの口実を見出さんとするものと被存候。フランスとの同盟は米国が日本に対して平和を破り得ざるよう英国を牽制し得る為の者に御座候。英国の艦隊を加算せずして米国が日本に攻撃を加ふるが如気はその貴婦人と国務卿の敢てせざる冒険と存じ。フランスは世界大戦の反覆を防止するが為に、真に日本の提言を世界絶対平和の保証として受取るべきは十分に推想し得べしと存じ候。
 日本が根本国策を有せざる通りに、大戦以後世界列強の何れもが国策の根本たるものを把握せずして盲動しつつあることが事実に御座候。米国の日本に対する事々物々の暴慢無礼も亦根本策なきよりの盲動に有之候。特にフランスに至りては日本と同等なる四顧暗澹たるものと存じ候。自己と不倶戴天のドイツを復興せしめんとして努力止まざる英米両国に対し、彼は痛切に生死栄枯を共にし得べき真の友邦を求め来れる者に御座候。大戦後の英仏関係は大戦前の英独関係なるは申すまでもなし。英国が米国を率いて仏国に加ふる時彼の受くる孤立的脅威は今の日本帝国と符合する所のものに御座候。日本が米国に対して平和保障の牽制力を有することは、欧洲に於て英仏間の平和を保障せしむるものに御座候。
 
 しからば日仏同盟は今の無用有害なる国際聯盟に代りて全世界の平和を保証するものと可相成り候。古今の史上来るべき戦争の前に於て必ず各種各様の会議協商等行われ、為に会合を重ぬるに従いて利害感情等の不一致衝突等を重ね却って以て戦争勃発の動因を作るものに有之候。ワシントン会議、ロンドン会議等が如何に日本を憤恨せしめ、米国亦日本の憤恨が己れに出で、己れに返へするものなることを忘れて日本に戒め、終に今日見る如き日米間に不祥なる感情を醍醸せしめたる如し。国際聯盟亦甚しく然り。君子は危きに近づかずの通りに日本はフランスと共に世界の平和を荷いて禍因重畳せる聯盟又は軍縮会議等の危地に遊ばざるを可しと存じ上げ候。日仏同盟成立の日は日本はフランスと共に百ダースの国際蓮盟よりも世界の平和と正義と人道とに奮進すべき重大事を有し居り候。
 則チポルセビーキ国家の根本的処分に御座候。排日の支那を導火線として日米両国を爆破せんとする陰謀は前述の通りに候。前年欧洲の秩序が如何に彼によりて脅かされたるかを考ふる時、日本及びアジアの蒙る脅威はその体験によりて同情する所なるべしと存じ候。否、フランスはドイツより受くる償金よりも遙かに正当なる債権をロシアに対して有する筈の者に候。強盗に奪われたる財宝が時劫によりて強盗の所有権を認定せらるる如くに、フランスは己の債権を奪取せる強盗を承認したりとは何事ぞ。日本の軽率無理解なる承認が彼を余儀なくせしめたりとは然るべし。しかも日本が「衰亡政策」を取りしが故に我亦衰亡を政策とせざるべからずとはフランスの朝野亦憐むべしと云う外なく候。正義と人道と平和の為に日本はソピエツトロシアに対する限り最早忍ぶ能わざるに立ち至り候。北満鉄道の爆破は天 日の本の神々に凶悪残虐なる偽国家の誅伐を命じ給ふものに御座候。中村大尉の虐殺と同一意味に於て凱旋将士の無惨なる横死は天、日本の対露誅伐を促して茲に至りし儀と存じ候。日本は全世界の平和と秩序を攪乱し鬼畜に非ざれば敢てせざる残虐凶悪の偽政府を地球上に存在せしむる能わざる者に御座候。只前年のシベリア出師に非ずと雖も、彼の盲動の米国亦之を妨ぐるの恐れなしとせず。則ちこの儀欧洲よりフランスの積極的攻撃と相応じて速に地獄の恐怖より全地球の平和安寧を擁護せざるべからず候。
 実に為政者政柄を誤りてソビエツトロシアを承認せし以来、日本国内の共産者の蔓延ペストコレラのそれよりも甚しきを承知仕り候。国家の恥にして且つ国民に伝染することを怖るるが故に多くこれを秘するを以て施策とすと雖も、もし日本の共産党を露国の指揮援助の下に放置すること更に一二年ならしめば国家と万世一系の安泰誰が保証し得べき。支那を撹乱し朝鮮を撹乱し天子の赤子をしてその父に叛かしむる悪魔を隣国に居らしめて交を結ぶことは何ぞ。帝国の尊厳と安泰とを来り脅かす者を伐つに何の国か之を妨ぐるを許るさんや。昔時熊襲の叛乱に悩まさるるやその背後に存する三韓を降して帝国の平和を恢復したる事有の候。修交国民を使嗾指揮して不断の危害をその国家と元首とに加ふる者の存する時、今の世界は之に対して義憤を発するものなき迄に功利化し了れるかと存じ候。日本は自己の正当なる防衛を為すと共に、全世界の為に正義の師を動かし以て打算を超越したる天地の大道を行かざるべからずと存じ候。勿論フランスが欧露に於て自由なる行動を為し得る如く、三韓の領土は神功皇后の治下に併合せらるべきは言う迄もなき儀に御座候。
 
 帝国の前途大光明と大危機とあり。カイゼルは四境を敵として帝冠を失ひ申し候。明治大帝陛下は臥薪甞胆して秘かに同盟攻守の交を結びて一挙世界の大恐怖を撃破仕候。衰亡政策は固より論外なりと雖も、カイゼルの跡を追わんとするは戒しめざるべからざる儀に候。天の加護によりて日米相屠ることは僅かに免かれつつあり。今の時最も速かに日仏同盟の一事を成就し以て明治大帝陛下の範に従うべき者に非るか。米国に対してと雖も戦わずして勝つを得ば勝の上乗なる者と存じ候。日仏の攻守相結はば対米の事対露の事而して更に対英の事和戦その何れなるにせよ敢て一喜一憂を要せざるべしと存じ上げ候。
 閣下。言うは易く行うは難し。不肖一輝輩の言うは易くして之を日仏の間に行う閣下等の難事なるは千万奉諒察候。
 三千年の帝国将に興亡を分たんとする時切に御熟慮御断行の程懇望に堪えず。
 野人礼を知らず直言虎威を犯す。
                                        泣訴百拝頓首々々。
   昭和七年四月十七日

【日米合同対支財団ノ提議 】
 粛啓。内外稀有の難局に面し閣下等の御心労御対策等に対し衷心より深甚なる敬意を表し奉り候。陳者本書建言申し上げ候儀は聰明なる閣下等の御所見と大差なかるべきを信じ候へども、微小なる一国民の至誠なる陳述として一応の御考察を御願申し上げ候。勿論煩鎖なる論述の如きを除きたる結論的、個条列挙的のものに御座候。
 一。支那を問題として日米間に戦争を勃発せしめたること再三に有りし、幸にして今日までこれを免かれ候へども、今後尚このままに放置致し候ては近き将来に於て必ず両国の戦争則ち両国を破滅的深淵に投ずる不祥事を到来せしむるは言うまでも無しの儀に御座候。
 二。勿論日本帝国の道義的使命、その権威又はその存立が脅かさるる場合に於ては国家を粉砕して太平洋の底に沈め、一人の生くる者なきを期すべきは論ずるまでも無しの候。只日米両国が支那を間題として太平洋上に死闘すること仮に一二ケ年ならしめばその結果する所は如何。太平洋の覇権も、問題とせる支那そのものの権益も、その一二ケ年の期間に於て悉く大英帝国の掌中に握らるるは天日を指す如く明かなるを忘れまじく候。
 三。太平洋が日米両国のみの争覇場なるかに考ふるは無智の児童輩に候。太平洋を周ぐりて英国の領土は南方濠洲、シンガポールあり。支那に沿いて香港等あり。米国に隣りてカナダあり−則ち太平洋上に雄を争い得る者は日英米三国にして断じて日米両国のみに非ず。然るを日米両国のみの勝敗によりてその焉れかに覇権を帰するかに速断するは何ぞ。誠に不心得千万なる痴言妄行と申す外なく候。
 四。特に英国の伝統策なんどと称して英国は自己の安全の為に常に独仏の不和争鬩の止まざるを望むとは彼の児童輩も申すに非ずや。しからばインドを有し香港、シンガポールを有しカナダを有する同じき英国が、日米両国を常に不和争鬧の状態に置き以て日米開戦の好機を鶴首待望すべきは至当なる政策と考うべきに非ずや。英国が本国の安全の為に独仏を戦はしむるを政策とせるならば、その太平洋及び支那に有する領土又は権益の為に日米を相戦はしむること亦その政策ならざるを得ざる理に御座候。
 五。右の根本点に気付きたるが故に、先年国際連盟脱退後、日本全権石井菊次郎氏が米国に上陸するや大統領ルーズベルト氏は握手と同時に何と申し候哉。ざっくばらんの話に御座候。どうだ石井君、日米を戦争させて英国始め一と儲けしようとしている、拙者はやっと気がついたが君の国の方はどうじゃと。支那の一部たりし満洲が日本によりて独立国となり、上海が日本によりて砲撃され、日本帝国が国際連盟より閉め出されたる時、日本上下の怒は悉く米国に向はしめられ居り候。勇敢にして時に思慮を失し易きさむらいの国日本は米国の三目入道に向いて一剣を加えんと致し居り候。しかもルーズベルト氏自ら拙者も軽率で三目入道の役は致したが古狸は英国で御座ると堂々日本全権その人に向いて宣明したる以上、日本亦背後の古狸を顧みるの要あるに非ずや。否、連盟囂々の当時、已に日本の外務陸海軍の当局の聰明克く状勢の根源を洞察して一切の妖怪変化悉く彼の古狸の為す所なるを看破し始めたる慶賀に堪えず存じ候。
 六。満洲蒙古一帯がロシアに属すべからざる支那に属すべからず日本に帰属すべき理論は条約の文字以上の大事実に基くものに御座候。しかる所、その帰属の不安定なりしが故に、露支両国の陰密なる結托となりて世界大戦後支那の日本に対する反抗ほとんど膏肓に入りしは持に支那の為に(多少日本の為にも)不幸なる十数年を送り来り候。蒋介石氏等革命児の精神は貫徹して当時日本政府の或る者等が故張作霖等を支持せるに拘らず北伐を完成し以て自己の一党を以て支那を掌握致し候。しかも禍福は糾へる繩の如し。数年間ロシア共産政府の支援後給によりて北伐を完成し革命を徹底したるは可なり。しかも同時にロシア共産政府の目的、支那をして日本排撃を極度に到らしめ日支戦争延て日米戦争、第二世界大戦を極東の一角より点火せんとするに在りしが為に、北伐完成後支那に於ける日本排斥日本侮辱は実に日本の忍ぶべからざるまでに到達致し候。禍福の繩は神国日本の手によりて幸福のみを選ばしめ候。虎父作霖の生める者に豚児学良あり、蒋介石政府亦日本の為すべきを侮りて−(要するに年少気鋭の致す所のみ)終に、満洲国を支那の主権外に放棄して日本帝国の保護に置き、上海神兵の天譴如何に日本の親しむべく狎るべからざるかの教訓に接して一大団円を結び候。
 七。実に日露戦争以後、日本が支那保全の為に大ロシア帝国を撃退せるに拘らず却って日支間に衷心誠実なる親善の成立せざりし所以は、偏に只満蒙一帯の帰属安定せざりし故のみに有りし候。云わば日支間の疎隔の為に埋蔵せられたる地雷火とも云うべく、該地方に対して日本が或る事をなし支那が或る事をなし又は第三国が或る他の事をなすとも直に日支両国に暗雲を捲き全世界に轟々の鳴動を響かしむる所なりしものに御座候。しかるに地雷火は完全に掘り出されて捨てられ候。日支間は第三国に禍さるる以外両国間に於て今後一点の親善和合を妨ぐる禍源たるべへきもの、存在を見ざるに至り申し候。これ偏に至尊陛下の御稜威に出ると共に閣下等尽忠報国の賜、不肖等国民の感謝感激に不堪ところに御座候。
 八。只気の毒にも禍の繩は今尚蒋介石氏等の足に絡み付居り候。氏等革命児の一団は当時革命を完成する事を主たる目的とせしに反し、支持者たりしロシア共産政府に於ては支那の排日侮日を以て日支間の兵火より大戦乱を招来せしめんとせし目的の基本的相違に御座候。蒋介石政府が滿洲の独立を以て日支間の禍根摘抉なりと云う探甚の意義を大悟し、上海の砲火を以て日支相鬧を戒しむる天の啓示なりと大覚したりとせば、これロシア政府にとりては極東撹乱の大政策を千仭一簣に於て破却せしめられたるものに御座候。即ち日本排撃を徹底し得ず、日本の武力に屈従する如きは我が大政策に書あるも益なしとするは当然の沙汰に候。支那に於てロシアを背景とせる共産軍が俄然重大なる勢力となりて、或は将に蒋氏政権の覆没を宣伝せしむる等。凡て満洲事変以後上海事変以後の支那の状勢を洞察可被遊候。則ちロシアにとりては支那に必要なる勢力は日本と相争い相戦わんとする勢力にして、蒋氏が排日策を転向せしめ又はせしめんとする今日に於ては寧ろ明かにその存立を許さざらんとするは明白の儀に御座候。

 九。以上、要するに満洲国が独立し日支間の地雷火かせ掘り捨てられたる今日、日支間を敵国関係に置かんとする者はロシア共産政府に御座候。又支那を問題として日米間に戦争又は現在見る如き戦争直前の状態に対立せしめんとする者は、自己の伝統政策よりする英国のみに御座候。然らば今後の事日支両国は只親善なるより外なく、親善を妨ぐる者(共産ロシアの如き)を除去するより外なく、而して日支の親善を以て支那を保全開発せしむるが故に、支那の保全開発を国是と主張する米国を参加せしめて日支親善を躍進完成せしむるより外途なし。−日米合同投資団はこの根基を築く者に御座候。
 十。日米合同財団の捏議に対して直に首肯し兼ぬる考察としては現在有名無実の存在たる四国投資の約束に御座候。しかしながらこの列強均等の投資を意味する現在の日英米仏の約束は勿論規約に基きて廃棄通告の手続をとれば不可なく候。只、問題の重点は列強均等の投資が日本にとりて又支那その者にとりて果して納受すべき者なるや否やの根本に候。大清帝国の末期以来各国の支那に対する投資が支那分割の権域設定の為の者なりしが故に、それに対して別個支那を列強の共同統治下又は共同管理下に於ていわゆる保全せんとしたるものが列強財団結成の原因なりしは周知の所に御座候。則ち大清帝国の末年日本及び当時のロシア帝国を除外したる四国、英米独仏の四国が北支那に於ける日露の武力的抗争が支那の分割を将来すべきを見て、四国共同して支那を四国の管理下に於て保全せんとしたるもの、いわゆるストレートの四国借款団なる者にして実に二十四五年前に始まれる者に御座候。しかしながらこれ支那自身にとりて全然自己の独立を喪失するに至るべき亡国借款なるは何人も察知し得べき所、終に該問題を切掛として武漢革命の勃発となり、大清皇帝の退位となりたる次第に御座候。しかるを四国財団の当事者は是の国民の根本的要求の奈辺に存するやを察せず更に袁世凱政府を通じて始めに除外したる日露両国を加えたる六国倍款の交渉と相成り申し候。

 支那の新興勢力は当然四国のそれに対すると同一なる反対に努め、米国亦支那国民の要求に非ざるを悟りて財団を脱退し英仏独露日の五国財団として成立致し候。該財団は袁世凱に政治借款として若干の金額を給付し借款反対者は第二革命に破れて国外に亡命致し候。而して袁世凱政府が新興勢力の第三革命に依りて倒れたる時は則ち世界大戦の時にして列強悉くその財資を戦場に蕩尽して対支投資の如きもとより顧みるを得ざる有様に立ち到り申し候。かく列強共同財団の足跡を一瞥して今の四国財団を見よ。今の有名無実の存在たる四国財団なる者は戦後革命ロシアと革命ドイツを除きたる日英米仏の約束にして最初の四国財団とも後の五国財団とも同じからず日本にとりては特に恥づべき拘束の者に有之候。則ち大戦中は日本一国のみ自由奔放に対支投資を恣にせしが為に、戦後日本を拘束する目的を以て伝統の共同投資の約束を仮用し復活せしめたる者に御座候。当時日米両国の外に英仏両国の如きが支那に投資する能カと閑暇なかなりしは説明の要も無し、日米両国共に遺恨なる失策と存じ候。
 十一。以上見らるる如く支那にとりて分割的侵略的投資が歓迎せられざると同時に、支那を共同統治又は共同管理に結果せしむる列強の共同投資は支那の納受する能わざる所のものに御座候。支那の好まざる所は日本の好まざる国是にして、支那の革命に訴へても拒否せんとする所は日本の兵馬を動かしても拒否すべき国策に可有りし候。大アジアの盟主を帝国の道義的使命として自覚したる今日支那の完全無欠なる保全は日本の使命に於て第一義的なるべく、従って或る一国の分割的投資も共同統治を将来すべき列国共同の投資も、支那と同一なる利害情熱を以て日本の拒否すべきもの者たるは明かなる儀と存じ。−則ち現時空文として存する四国財団の約束は支那の保全独立とその保全独立を擁護すべき日本帝国の使命に於て当然且つ至急これを廃棄すべき者に御座候。
 十二。しからば何故に日本一国の対支投資を捏唱せずして日米両国の合同財団を考慮するやと。答は極めて簡単に候。この地球は日本と支那のみの存在に無之候。又日本のみが唯一最大の強国には無之候。日本と幾年に亙りて互角なる戦争に堪ふる強国も有之、又二国連合して日本を撃破し得る強国も可有之候。近時屈辱外交の後を受けて勃興せる自主独往の精神的自覚は誠に慶賀すべきは勿論に候。しかも、その局に当る者の一挙手一投足が如何に帝国の栄辱に結果し、或は時に百年の興亡にも係わるべき大事を惹起するかは常に戒慎を忘るまじき事と存じ候。

 満洲国の成立は該地域がロシア帝国の極東進出によりて日露戦争以前より已に支那の領有に非ざるものなりしが故に、全世界の囂々に対しても敢て怖るる所なく日本の使命を遂行し以て天佑を享受したるものに御座候。しかも曩にこの事ありしが故に支那に対して如何なる事を加ふるも可なりと考ふる者あらば実に至尊陛下の聖徳を汚し近き将来に於ける世界的洪図を破り帝国を列強の四面楚歌に投ずる者に御座候。則ち支那は日本一国のみのカを以て保全し又は開発し得べき者に非ず日本の対支国是と一致したる強国との同能盟的捏携を欠くべからざる必要とすと申すことに御座候。善き意味に於てにせよ支那の保全開発を日本一国に於て独占せんとするは、太平洋の平和を米国一己の力に依りて支配せんとすると等しき野郎自大の沙汰に候。

 西方の国土より日本を指して光は東方よりと言い得べき如く、日本の東岸に立ちて米国を眺むる時光は東方の米国よりとも言い得べし。個人に於て無反省なる自己是認がその一生を破滅せしむる如く、国家に於ては特に現実を離れたる自己礼讃は実に怖るべき国難又はそれ以上の事を将来せしむる者に御座候。−則ち日本の現在及び近き将来の実力を見るに、日本一国のみの資本を以て支那を開発する能わず、日本一国のみの武力を以て英米又は該二国以上の武力を撃破して支那を彼等の分割又は共同統治より保全する能わざるは明白なる現に御座候。しからば当然に提起さるべき問題として、日本は支那の保全及び開発の為に如何なる強国を抗争者とし如何なる強国を協同者とすべきかに深甚周到なる考察討察討究を要すべきに非ずやと存じ候。
 十三。この事は直に欧洲大戦の列強の留守中日本一国のみの対支投資に対して平和後直に英米仏の聯合を以て日本を四国財団に封じ込めし前例を見るも明かに御座候。支那の事に関して英米両国を同一戦線に立たしむる如くんば日本の対外策は皆無と申すも過言なるまじと存じ候。時に英米二国を敵とするも何ぞ恐れんやと云うが如きを聞き候へども、かくの如きは豆絞りの鉢巻にて市井の勇士が束になって来いと申す者単に査公到来までの戯的光景に過ぎすど存じ候。日本の対支策は常に或る強国との提携を原則と致し候。明治時代に於ては日英同盟を以て支那を保全し得たり。日本の国力充実躍進して日英米の三大強国の一となれる今日、支那を単に保全せしのみならず積極的に大々的に開発せんとする今日に至りては必ず日米経済同盟の財資に依るの外なしと存じ候。対支投資に於ける日米経済同盟は支那及び太平洋の平和を維持すべき日米の武力的提携たるべし。
 十四。日米財団の投資目的につき申上げ候。則ち支那本部の今の首都を中心として東西南北に縦横無尽なる鉄道を布設することに御座候。例えば百億としてその中の十億又は二十億を以て先ず主要本幹を布設せば交通に依る支那の政治的統一は実に堅確不動のものと相成るべく候。然して断じて政治的借款に流用し得ざるよう鉄道の会計を独せしむる等忘るべかららざる注意と存じ候。又日米何れも該財団より武器給付等の事を避け堂々たる名分支那の経済開発のみを任とせしむること亦忘るべからざる注意と存じ候。米国の資本が支那に入る能わざる多くの理由は日本の武力的執行力を欠如せるが故のものに御座候。資本の安全性は日本の武カによりて何の疑なく支那に流入すべく、支那その者の利益を躍進せしめ米国のそれを豊富なからしむると共に日本の受くる所投資の多大に応じて多大なるべきは申すまでも無之候。飛行機を某国に求め銃砲を某々国に購うが如き何程の事かあらん。
 十五。特に御考慮を請わんとするは支那政府その者が国内の不安反対等に悩まざる親切に御座候。如何に日支提携に目覚めしとは申せ幾十年間に亙る日支紛争重畳し最近特に満洲独立の事あり、日本一国との経済的捏携の如きは(小規模の者は兎に角)彼等をして殆とその存立をも危うからしむる恐れなしとせず候。持に日本の外に置かれたる米国を始めとし英国はもとより仏伊等に至るまで悉く国内の反政府勢力に策動すべく、則ち日本自身の過誤より支那に於ける日本的勢力を覆没せしむる結果と可相成り候。米国と合同し混和したる日米財団なる時は反政府的勢力排日的勢力と雖も一切の疑惑猜疑なく一に只謳歌万歳を叫ぶのみと存じ候。特に排日的勢力の期待する所は日米戦争によりて日本が敗戦するか甚しき弱小国に墮するかに依りて日本の支那に加ふる所を免かるべしと云う目的の下に言動する者に有之、日米の基本的提携を眼前に見るに於てはその排日的理論も目的も雲散霧消すべきは御推想可遊ばされ候。則ち支那の親日的勢力は何等後顧又は脚下の憂なくして日本との根本的捏携に猛進し得べく、その親米的に走りし者も亦自ら日本の傘下に来り投ずべく、説明の要なき自明のことに御座候。
 十六。或は狐疑して日本に対し殆ど仮装敵国として用意怠りなき米国その者を日本の力を以て支那に導くは禍根を樹うるものに非ずや等。一応も二応も道理あることに御座候へども、今日の国際関係は純然たる元亀天正時代にして、その妻妾に寝首を掻かるることもあるべく、実子より夜討せらるることも可有之候。これが恐ろしく候ては東京市中の散歩もなるまじく、不良ありギヤングあるが故に一室に閉じ籠りて品行方正を堅持せんと云う御令嬢方の論法に御座候。日本の対外策が品行方正なりし時代は満洲事変上海事変以前の御令嬢方を以て終りと致し候。御壮齢成さんとして成す能わざるなき 聖天子を奉じて元亀天正の国際渦中に突入したる今日、日米婚嫁修交して四海波静カなるや否やを疑うは何ぞ。聰明果断なる閣下等はかかる巾幗者流に非ざるを信じ申し候。
 十七。要するに凡ては議論にても建策にても無之、只閣下等の聰明周到なる実現の情意手段に御座候。而して凡ての事の根本は日米提携の対支策以外如何なる第三者をも許容せざる泰山富岳の大決心を固むる事に御座候。この大決心は亦もとより支那の執政者に於て微動だもせざるを根本と致し候。然らば当然来るべき英国の干渉横鎗の如き真に鎧袖一触にして拒斥し得べし。
 附言。四年前日仏同盟に関する建自書奉呈仕候。以後フランスの現状はヒットラーーの出現に狼狽して共産ロシアと結ぶ等の次第にして暫く冷静にその推移を見るの外なく候。只日仏同盟の目的は実に英帝国の海軍力を東西に二分すべき大事に有之、支那に於て日米合同財団よりフランスを除外せるが為に、日仏の間に著しき疎隔を来すまじきは目的の別個に在る点より御了承なさるべしと存じ上げ候。現在の世界状勢及びその推移を大処達観する時、大日本帝国は太平洋に於て米国、大西洋に於てフランスと契盟する外なく、又運命必ず然るべきを確信罷在じ候。第二世界大戦を極東に於て点火せしむる勿れ。しかも欧洲の天地再び戦雲に蔽わるるなきは何人がこれを保せん。日仏の事、日米の事、閣下等に於て誠に誠に最大最重の儀と奉じ存じ候。終りに臨みて閣下等の御健勝御清栄を祈り上げ候。
 
   昭和十年六月三十日
 
                                             頓首再拝 
           
 一研究を得ざるに考うれば、辛うじて革命の第一歩を踏みしばかりなる支那のそれを今の時に於て議論せんとするは超人的偉人と雖も企つべからざる早計事なりとす。従って不肖の言が後年の卓越せる研究者に点検さるゝ時、亦等しく無理解なる渦中の人の云爲として取扱わるべきことを予想し慚愧する者なり。
 しかしながら不肖は当面の切迫せる必要の為に敢て後世の笑を顧慮せざらんと欲す。革命に何の理解なき日本政府は列強を連ねて、袁氏皇帝たらば動乱起らざるやの警告を為したり。しかも袁氏皇帝たらざれば動乱起らざるべしとする反対証明を所持せず。国論の傾向は或は孫黄を代らしめて日支の親善を策すべしとす。しかもその親善なるべき所以につきて未だ合理的説明を與えず。彼のエドマンドバークすら近代欧州の源泉たりというフランス革命を対岸に見て暴徒の暴動のみと放言したり。日本の多くの識者は同樣なる対岸のそれを視るに軽侮と憎惡の眼を以てして、未だ近代アジア史が将に如何に編纂されんとしつゝあるかに想到せず。これ早計なる不肖の言説と共に等しく後世の笑を招くものに非ざるなきか。後年の批判は恐懼する所なりと雖もかかる日本の現状に鑑みて隣国革命党の概略と革命を要求する隣国の真相とを説明するは今の時必ずしも僭越ならざるに似たり。

 言は則ち微少なる不肖が自ら有する概念を諸公に頒たんとするに過ぎず。而も該党の秘密結社時代よりその指導的実行的首脳等に密接して奔労する実に十年。他の数名の日人同志が多く豪傑の士なりしが為にその交はる所視る所行う所を異にし、従って自ら別樣の見解に傾ける者あり。十年の歳月は敢て長からずと雖も彼らの自覚的結合より現今に至るまでの時日の凡てにして、特に不肖の拠る所は書斎の智見に非ず街頭の説話に非ずして、悉く身親ら実際に視、実際に聴き、実際に関わり、屡々刑辟に触れんとし、或は鋒鏑の間を出入して得たる実知識実議論なりとす。これ少くも諸公に取りて支那革命党及び革命の支那に関する根拠ある説明を為し得べき資格ある者として多少の傾聴に値すべし。もとよりこれを以て一論究にだに接せざる朝野の渇望に応ぜんとするに非ず。只この冒険を試むるに於て不肖の特殊なる立場は大過なき批判を下し得べきを信ずるが故に、自ら量らず敢てこの撰に当らんとするものなり。而して更にもしこの小著によりて革命党の真相と革命されつゝある支那とが殆ど全く日本の朝野に理解されざる憾を一掃し、無告の彼等に代わりて諸公の了解を得同感を博さば実に望外の懽喜にして丈夫十年の血盟に孤負せざるものと言うべし。昔者文章は経国の大業なりき。今は一文廟議を動かし国論を旋転せしめし事を聞かず。言の当否は採捨唯諸公に在り。希あ所は仲々の赤心諸公が憂国の情弦を搖がし、一は以て国家存亡の岐路に仆るゝ隣邦国士の屍に一滴の挾涙を垂るゝに至らんことをのみ。敢て日本の為と言わず又支那の為と言わず。














(私論.私見)