北一輝の「支那革命外史2」 |
(れんだいこのショートメッセージ) |
ここで、皇道派イデオローグとしての北一輝を確認しておく。れんだいこの北との邂逅は歴史的かもしれない。れんだいこは、2011年6月、齢60歳にして北とまみえることになった。れんだいこが求め確立しつつある史観上に北が登場したことになる。恐らく北のそれは、れんだいこのものとは違うだろうが琴線が振れていることは確かである。いざ探査せん。 2011.6.10日再編集 れんだいこ拝 |
【十一 対日警戒の為の北京中心 】 |
黎袁の人物批判の無用なるは朽木と糞土との比較論の如し。統一的要求の波濤中に浮沈せる孫、袁。孫が革命を起さざりし如く袁は南北を統一したるものにあらず。日支同盟の必要条件として北京を首都たらしむべからず。北京兵変は袁の謀略にあらず。東洋の獨墺同盟たるべきを理解せざる日支両国。南満洲は日本の領土にして支那の主権を認むる何らの理由なし。支那浪人学者らの国権的無自覚。南満は支那保全の万里長城なりき。南満占有の意義を志れたる日本の外交的堕落。各省独立に応じて蒙古独立の名に陰れたるロシアの蒙古侵略。日露の野心の為に北京を中心とし、終に関中に在りし袁を王たらしめしのみ。憤々として帰国せる愚人島興行団。故国の誤策を戒むる一義人を見ず。親日主義を取れる故宋らの大打撃。故友との激論を顧みて遺友断膓の涙。北京の兵変に兵を逝めたる日本の大愚呆。支那の革命に並行して日本対外策の根本的革命を要す。
希くは諸公。不肖をして聡明なる諸公の前に黎、袁らの人物批判を為さしむること勿れ。歴史の江岸に立ちて流の来る所を顧み、潮の趨く処を望まんとするもの、焉ぞ朽木と糞土の墻との差らを考較するの愚を為すべけんや。二人者共に亡国階級の支那人なる事に解釈せば、その擁立に際して悲泣せしと悲泣せざりしとは、好々爺と奸雄とを判別すべき理論とならず。黎が袁の如く最後の投降将軍なりしならば悲泣せざりしなるべく、袁が黎の如く故張振武君らの兵変に俘虜たりしならば必ず声を放て唖々として悲泣したるべきは論なし。不肖は多くの支那軽侮論者が袁を考慮する時、豹変して支那崇拜論者たるを見、実に弱者を凌ぎ強者に侫する封建的奴隷心の発現なる事を恥づ。問題は二人者の人物に非ずして俘虜と投降者の所在せし偶然の地理なり。即ち問題は袁と黎との人物にあらずして武昌と北京となり。昔者先づ関中に入るものは王たりき。排満革命中の支那は北京に在るものは、よしんば投降将軍と雖も統一の中心とせざるべからざる危機に威嚇せられたるものなり。
不肖は前に孫政府の崩壊その事が同時に袁政府の設立を意昧すと云えり。支那の危機は愛国的要求の反逆者を南京に覆えすと共に、一分時と雖も統一の中心を見出さずして安んずる能わず。愛国的覚醒統一的要求はかって武昌を中心として俘虜に集まり、次ぎて南京を中心として木偶に来り、更に投降者に中心を求めて北京に走らんとす。統一的要求が、支那の存亡により日本の思想的啓発によって覚醒せられて広く且つ深く拡汎せられたるだけ、要求の対象を把握するに却って真贋を誤らざるを得ず。飢えたる者は食を選ばず、熾烈切迫の要求は中心人物の価値を批判するの暇なし。黎と袁と而して孫君と、これを個人的に評価すればその面の各々異なる如く人格に相異あるはもとよりなり。しかも支那の統一的要求という本体に立ちて考うる時、これら個々人の起仆は一時的現象の明滅せるものに過ぎず。統一的要求の波濤が一波俘虜を上げ一濤木偶を弄びし如く、投降者を潮頭に浮揚せしめたるが故に世界の視聴を錯眩せしめたるのみ。 全支那の知識階級に革命的理解なくして、独り一孫逸仙の米国に悠遊するありて清朝を倒したりというが如き凡俗的見解は諸公に許容せられざるべし。しからば何ぞ一袁の力量によりて南北の統一を得たりとするが如き超人的説明の承認せられたりしや。革命起りたるが故に木偶と雖も首長としたるなり。統一の必要ありしが故に投降せる俗吏と雖も之を中心としたるなり。即ち孫君が革命を起したるに非ざる如く袁世凱は南北を統一したるものにあらず。換言すれば第一革命の統一者は人に非ずして『北京』なりき。来るべき革命後の首府が北京なるべきか南京又は武漢なるべきかは後章に述べるところあるべし。只不肖らが講和声中の支那に在りて見聞せし首府所在地の論究が終に北京に決したるを見て、隣邦の措置誠にその宜ろしきを得たるを慶賀せざるを得ざりき。 不肖は日支同盟の必要条件として将来首府の必ず北京たるべからざることを支那及び日本の為に確信す。しかしながら彼ら革命的年らがその拠る所の南京を捨てゝ敵将の守りとする北京を選びし大局的理解と国家本位の行動とは後世史家の必らず歎賞するところたるべし。超人的説明者は袁が南京参議院の推挙を受けて、しかも一たび南下すべきの約を果す事を好まず、密かに北京の兵変を煽して唐蔡宋ら歓迎使一行の宿旅を掠奪せしめて威嚇し、傍々以て自ら北京を去る能わざるの口実を作りしかの如く解す。かかる度すべからざる袁崇拜家はいわゆる『焼け太り』というが如きを解して、彼の商店は繁栄ならんが為に自ら求めて類燒したりというの愚呆と一般。もし黎元洪を解して彼は副大総統とならんが為に先づ密かに漢口の爆弾を破裂せしめ、自ら計りて張振武らの強迫に悲泣したりと解せば洪笑さるべきにあらずや。黎袁の差が泣きしか泣かざりしかの一点に存する朽木糞土に過ぎざるを知らば、黎に考えて笑うべき解釈を独り袁に及ぼして疑うところなしとは迷妄と云うべし。 北京に兵変ありしは同時に南京に於て兵変ありし如く、否、維新革命後、西郷南洲の第二革命乱に至るまで日本に数十回の兵変相亞ぎて絶えしことなかりし如く、革命後の一般的現象なり。袁の統一大總統に推挙せられしことは兵変以前にして、又北京が首府たるべく決せられしは袁の推挙せられざりし以前の輿論なりき。あゝ北京。彼らが涙を呑みて敵将の占拠する北京に走らざるを得ざるに至らしめし所以のものは抑々誰の責ぞ。 日本なり。アジアの自覚史に東天の曙光たるべき天啓的使命を忘れて英国の走狗たりしのみならず、更にロシアの従卒たらんとしたる日本なり。あゝ国運頽勢に向う時、上下徒らに威に驕り権に侫り国交一点正義の輝なきもの古今挙げてかくの如きか。日露戦争を戦える意義は日清戦争のそれにあらず。日清戦争は日本が天佑によりて列強の分割より免かるゝと共に、黄人諸国の盟主たるべき覇位争奪の墺普戦争なり。しかも日露戦争に至りては東洋のプロシアがアジアのイタリ―を保護せんが為にロシアの侵略を退けたるものなり。墺普戦争に於ては戦勝に醉える近眼者流が土地の割讓を主張せるに限らず、ビスマークのありて両国同盟の根基をこの間に築くことを誤まらざりき。
当時の日本に於ける伊藤公陸奥伯等がビスマークの達識と決死的胆勇ありて輿論を制御するを得たりしならば、遼東半島に三国干渉を誘致するが如き大失態を演ぜざりしなるべし。しかも既往は追うべからず。又日露戦争に支那の参加せんことを申込みしに係らず日本は之を拒絶し、支那亦日本に拒絶せられたるが故に茫然として傍観したり。これ両国の将来が同盟を以て露国の東進に対抗すべき運命に立てること、あたかもイタリアがその南下に対してドイツと共に立てる如くなることを覚醒せざりしことは遺憾なり。 しかも既往は追うべからず。兎に角日清戦争を終わるに当って二国同盟の基礎を築かざりし錯誤は日露戦争によりて償われたり。日露戦争は支那の深甚なる感謝と陰然たる援助の下に、日本一国によりて戦われたりと雖も東洋の獨墺は条文なき攻守同盟に握手したり。第一革命に亡びし清国の無策無主義なりし死児の齢を数うるは要なし。いやしくもアジア各邦の盟主を以て居らんとする者、自らその国運を賭して戦える大戦の意義を理解せざるは何ぞ。誤解すべからず。 不肖を以て南満洲を獲得したることを非議するものとなす勿れ。不肖は彼の孫黄の周囲に集まれる或る種の学者及び日本浪人らが彼らの国家的自尊心を迎えんとして、日支の親善は満洲に於ける日本の蟠踞を撤回することにありと言うが如きを聞睹して、その国家的無理解と巾幗的行動とを唾棄したるものなり。張繼君を始め隣邦の諸友凡ては不肖を以て侵略主義者に駆使せらるゝかの如き流言を信じて交情疎隔したり。とかも不肖は日本の権利と支那の保全に考えて言動一点の不義なきを確信して動かざりしものなり。 南満洲はロシアより奪いたるものにして已に清国の領有にあらざりしなり。笑うべきかな、南満洲を還附して親善を買うべしというが如き商取引によりて支那の歓心を得ざるべからざるものならば、台湾を孫逸仙陛下に献上せずんばその逆鱗に触るゝものとなるべし。中華民国の主権は清帝より讓渡せられたるものなるが故に袁は主権者にして民国の領域亦清国の者を継承すとなすが如き解釈は、有賀博士の脳細胞が下等なる物質を以って組織されたるが為のみ。同時に南方に附加し来れる寺尾、副島二博士等が前者の袁主権説を否認して後者の領域継承論を是認せんとするも讃すべき見解に非ず。革命党の愛国的覚醒は尚未だ理性的に至らず。為に、主権本来の意義『力』に説明を仰がずして妄動の鋒を日本に向わしむる事ありとも、不肖らは日本の国家的正義に訴えて南満洲領有の法理を考うるにロシアより得たる南樺太と同一なりと断ずるものなり。 −明確なる法理に基く南満洲主権の了解は今後日支両国に取りて重大なる必要なり。亡びたる満清の失えるものを新たに興らんとする漢民族が主張せんと欲せは干戈に見ゆる事を要す。従って不肖は日露戦争によりてロシアより奪える南満洲を以て日本の正義を疑うものにあらず。 只正義の発動は一張し一弛す。日本がロシアよりそれを奪いし時に緊張したる国家的正義は南満洲に占拠すると共に崩然として跡なく、支那をロシアの侵略より防護せんが為の占有にあらずして全く北満洲に拠れるそれと相携えて支那を脅かさんとする南満洲に一変したり。日露戦争中の南満洲占有は支那保全主義の為の城壁としてなりき。日露協約に至りての同一なるそれはロシアの分割政策に協力し助勢するところの前営となれり。 何たる惰弱卑屈なる盟主よ。旅順の山に遼陽の野に迷う十万の霊は、日本の保全主義を徹底せしむべく更に北満洲を奪いて支那の北境に万里延々の長城を築き、好機一閃黒龍沿海の一帯を掩有して彼が東進の根拠を覆えし、以て朝鮮と日本海とに一敵なからしめんことを祈りつゝあらずや。日露再戦の声に萎縮して勝者却ってその走狗となり、全世界に声明せる大戦の本義に裏切りて保全主義の反逆者となる。支那の排日親日は問題にあらず。不肖は歴史の批評に対して日本民族の名誉を恐るゝものなり。 聡明なる諸公。かくの如き日本の堕落せる政策に対して革命的年及び愛国的覚醒を與えられたる支那国民がつとに親善なる能わざるのみならず、居常警戒を怠らざるは当然にあらずや。彼らは南満洲の還附を期待する程に自恣自ら量らざるものにあらず。彼らは保全主義者の城廓に踞ゑられたる砲門が当然に北方の侵略に向けらるべきを期待したるに係らず。却って反対に己に向って開かるゝ不信不義に怒らざる事を得ず。日露再戦論はロシアの声なりき。日本は反響の如くその声を返して再戦三戦我れ辞する所に非ずと答うべきものなりき。ノックスの脱線的提議に狼狽して堂々至誠を披瀝して当るの義勇なく、日本の満洲に拠るは彼の再戦に備え侵略者より支那を保全すべき正義の為に必要なりと答うる能わざりしは何たる卑怯者ぞ。国交の節義は国際法の条文と外交史の素読を能事とする俗吏の解し得べきことに非ず。その拒絶の手段に於て露国と提携的行動に出づるか然らざるかは枝葉なる手続きなり。
終に米国を敵となし、感謝さるべき支那四億万民の憤恨を招き、大日本帝国立国の本義『信』を世界に疑惑さるゝの大禍を来せしもの、実に日露戦争の道徳的意義を遺却したるが為に非ずとせんや。国信無くんば立たず。アジア各邦の盟主は須らく国歩必ず天地の正道を踏むべし。己の邪徑に迷える事を省みずして却って支那の已にョらざるを背徳忘恩なるかの如く垢罵し、浦鹽斯徳の根拠を覆えす事を忘れて威嚇を北京に加うるを以て能事となすに至る。日露戦争と日露協約と、これを支那の側に立ちて看るに殆んど天使変じて悪魔となれるものゝ如し。
あゝ諸公。排満革命の声に応じて各省独立あり。各省独立の名に陰れて蒙古独立あり。豪古独立の背後にロシアあり。而して日露協約あり。これ英人の奇貨措くべしとするところにして、日露相結んで支那を瓜分せんの恐怖は彼らの煽揚と相待ちて、北京の守護に挙国一致せざるを得ざらしめたり。亡国階級の代表者たる可。面縛将軍も亦可。袁いやしくも大兵を擁して北京に在り。而してヂョルダン公使の援護あり。モリソンの奴輩上海の輿論を一変せしめて英に依りて日露の野心を逞うせしめざるべしとするに至らしめしもの、実に日本の外交的堕落がヂョンブルの掌上に飜弄されし明証に非ずや。驕眼侮視して講和政局の真相を看取するなき政府と浪人輩とは、北京の兵変より南京政府を袁の膝下に移せし革党の愚を指笑す。焉ぞ然らん更に巧慧なる英人は北京の兵変によりて周章兵を進めし日本の無策を指笑したりしなり。 日露相結びて首都の烽火急なり。孫の木偶と黎の糞土と袁の朽木と、悲痛なる愛国的叫声の前に於て何の選ぶところぞ。北京へ、北京へ。總統首都を去るべからず、政府北に移すべし、参議院北に集るべしと。これ袁の大總統たりし一切の原因なり。反省の能力麻痺せる日本の上下が妄論する如き買收の故に非ず、術策の故にあらず、又阿権附勢の事大的国民性なるが故にも非ざるなり。他を指笑することを止めよ。革党袁に致されたりするは群盲の象評なり。日露戦争に於て唯一の友邦たりし米国を驅りて敵国となし、勝者倒に敗者の馬前に走りてその掲揚せし保全主義の戦旗を蹂躙せしめて以て恥とせず。かかる日本外交の道義的堕落がその信ョ主事する同盟国の術中に陥りて、終に袁中心の南北講和を来せし所以の実相を理解せよ。あゝ他を指笑する背後に己を指笑する指の動くを見ず。咄、坤圓球上愚人島あり。名づけて日本と云う。 諸公。当時渦中の人たりし不肖は革命党領袖等の真意を了解し、又この愚人島を中傷讒誣して以てその地歩を回復せる英人及び他の欧人らの言動を見聞したるものなり。愚の甚しき者は己の愚を知らず。頭山、犬養氏等に代表せられたる数十百の日本浪人らは敢然として大丈夫の如く本国の堕弱不義なる対支外交策に抗争してこれを改めしめんと試むる者なく、只一に袁を垢罵し孫黄讓るべからずとなして、その行われざるや終に嘲笑漫罵を革党に加え憤々として帰国せり。 支那は顰蹙し欧人に抱腹して哄笑せり。あゝ列強環視の前に恥を晒して帰れる愚人島興行団の怨言憤語を聞きて、愚人島の朝野は益々その伝襲的対支軽侮観を深くせり。魔の導きによりて国歩邪路に迷い、友邦悉く飜って友たるものなし。実に三国干渉以来の国辱を蒙りつゝ真個故国の前途を憂い、憐邦の将来を悲む一義人の起って故国を戒むる者なく。廟堂と国論と互に相傷けて以て得たりなせし事のなんたる遺憾ぞや。 諸公。当時不肖は本国の上下に起れる恥づべき嘲罵の声に歎息すると共に又革党諸友の憤怨悉く日本に集まるを見て、理に於て服せざるを得ざるだけ情の激動を抑制する能わざりき。不肖の理性は日本の保全主義の動搖が英人の術策に秉ぜられたる今日となりては、南北講和の止むべからざる大勢なる事を承認したり。不肖の理性は日本浪人団の妄動によりて孫逸仙の木偶を擁立したるが為に崩壊せる南京政府が再び武昌に返る能わざる今日となりては、袁の一時的中心も抗すべからざる大勢なることを承認したり。 しかしながら革命的日本人の血を享けたる不肖の情は故宋ヘ仁君の北上に向て満腔の不快を吐かざるを得ざりき。彼は孫逸仙等の親米主義にしてかかる対日悪感の横漲せる際頗る得意なる立場に対立して親日党の代表者として認められしもの。従って日本の外交的敗亡は則ち彼の政治的輿望に対する大打撃にして彼の痛恨や名状すべからざるものありしなるべし。しかも彼は第一革命前後を通じて革命運動の実権的総理たりしが為に、内閣会議の一員として国政の決に列せずんば自ら安んずる能わざる国家的責任の負荷を閑却する能わざる者なりき。彼は憂国自ら任じて国家危急の際彼無き連立内閣は退きて傍観する能わざる盲人の道行となせり。彼は北上を阻止する不肖の千百言に対して断乎として余あらずんば国家を如何せんの答を繰り返したり。彼は再び譚人鳳を謀主として不肖の参画せる講和破壊の運動を却って或る重大なる被害に終われる失態を責めずして、言々骨を刺すが如く日本の対支外交策の根本的錯誤を痛罵したり。日本の国交的堕落は日本人たる不肖の彼よりも知悉するところなりと雖も、彼によりて指摘さるゝことは日本人たる不肖の忍ぶ能わざるところなりき。狎友対酌して終に交々激語を飛ばし、君今にして尚間島問題当時の小局見を脱する能わざるかと罵れるに対して、あゝ諸公、彼の答えし所を聴け。 −日本は驕慢の為に逆上して国策一として当を得たるものなし。日本の誤れる国策は先づ日本に禍すべく、支那のみと思うべからず。余は日本の錯誤の為に我が愛する国家を殉ぜしむる能わず。余等革命を謀りて辛酸ここに十余年、諸友多く難に倒れて今日光復の悦を分つ能わざるを悲しむ。しかも建国自彊の大任は寧ろ余輩生殘者の双肩にあり。言辞如何に紛黛して天下を欺かんとするも、日本がロシアと結び而して蒙古独立の蚕食的陰謀が日本の黙認の下に行ほるゝ当面の危機に於ては、余は一点日本の誠意を信ずる能わず。国難ここに迫る。党見相争う時にあらず。足下の云爲何ぞ彼の囂々たる浪人輩のそれと相似たるやと。あゝこれ最も大胆にして誠実なる日支同盟論者の悲憤せる声なり。而して実にこの弾劾は、廟堂に立ち輿論を指導せらるゝ諸公らの受くべき一大警告に非ざるなきか。 翌夜、彼、別れを告げんとして来る。何を恥ぢ何を怒るかの分つべからざる激情に捉われたる不肖は彼の行を埠頭に送るの礼を欠けり。あゝ在天の霊よ。七年の歳月栄辱を共にし死生を契りし爾が唯一の友は碌々尚ここにあり。爾がョらんとしてョるべからざりし日本は朝野尚醉夢酣にして、英露を討って爾の山河を保全すべき大策を悟らず。天の賜いし欧州戦乱の機を逆用して却ってその走狗となり、両国墻に[門兒]ぎて日支交渉の如き蝸牛角上の紛争を事とす。爾が生前の悲しみとし余の恥とせるところのもの、今日悉く現実せられてその極に達せり。遺去今一管の筆を揮って巷に義を叫ぶ。講和政局を論叙せんとして図らずも爾が尽くるなきの恨を想い[さんずい玄]然として涙紙上に落つるもの幾滴。 あゝ諸公。南香港に根拠して終に支那を財政的に併合せんとしつゝある英国の為の日英同盟と、北、満蒙を蚕食して分割の端を開かんとするロシアの為の日露協約と、−日本いやしくも保全主義を掲げて四億万民に臨むにこの両立すべからざる分割的二勢力の走狗たり先鋒たるは何の矛盾ぞ。英に臣従して袁擁立の自殺的斡旋に努め、露の蒙古独立を黙認して北京の兵変則ち機至れりとなし兵を進めて終に腐臭紛々たる膓を露出す。日東君子国の面皮無智無恥に塗れて泥の如し。
諸公。不肖は支那の革命を語る者なり。しかも一を聞きて二を知るの諸公は支那の革命に併行して日本対外策の根本的に革命さるるなくんば両国の親善興隆断じて望むべからざるを知らん。排袁援袁公等の欲するところに従う。只国策の根幹かくの如く動搖して定まるなくんば、現下隣邦の乱局に処するに於て再び五年前の失態を繰り返すべきは掌を指す如し。猛省特に当局に向って求む。 |
【十二 亡国借款の執達吏 】 |
南北の統一者は『北京』なりき。四国借款に反対して起れる革命が日露を加えたる六国借款に反対せずと考えうるか。財政監督。六国借款は日本の対米勝利にあらず英国投資の執達吏なり。清を亡ぼして更に六強清を迎えんとするか。譚人鳳の第一獅子吼。宋黄の反対、各省の呼応。国的官僚唐紹儀の天津逃亡。盛宣懐の運命を再びすべかりし袁世凱。一年有半の抗争終に第二革命に至る。日本は何故に米国の脱退に学ばざりしか。日本の歴代内閣を支配せる『愚呆』と『驕慢』。今後再び借款を以て革命精神を屠る勿れ。支那に対して財政監督の外なしとする者は日本自身が英国と財政監督の借款交渉ありし維新後を回顧せよ。維新前の賄賂公行、欧州列国会議の公然たる賄賂取引を回顧せよ。革党の借款拒斥論を侮る日本現代の墜落。革命期の佛国財政と亡清の財政状態を比較して示す。三族会議よりバスチールヘ、諮政院より武漢へ。国内に於ける亡国階級と興国階級の天地的相異ある思想行為。佛国革命党と等しく支那革命党は破産せる財政を整理せんとするもの。幕府は藩長に仆されたるに非ず財政破産の為の自滅なり。革命乱の為に財政破産せんと云うは因果律の顛倒なり。日支両国は昔年の英佛の如き宿怨仇讐の関係にあらず。東西文明旋転の歴史的意義に於て日本は東洋のギリシャなり。
かくの如くにして『北京』は革命を統一したり。蒙古の独立は直ちにチベットの独立を来たし、日露協約日英同盟によりてその背後に在る英露と結べる日本が最も警戒すべき豺狼なりしことを発見したるが為に、その衝に当れる『北京』は一切の者を挙国一致せしめたり。大兵を擁して独立せる各省は、支那通等の兵変相亞ぎて割亡に終るべしという予言を冷笑しつゝ、国家の名の下に恩怨を抛ちたり。革命的年らは日本の爪牙に懸りて将に第二の朝鮮たらんとする時、袁賊と雖も推戴扶翼して過なからしむべしと叫号したり。南北の統一者は『北京』なりき。−袁その人を論題として足れりとする如き短見浅慮なる支那通らの考え得べき事相にあらず。二十二行省鋭意治を図りて乗ずべき一騒乱なからしめし統一者は、日本の野心に当るべき『北京』なりき。近代支那の愛国的覚醒統一的理解は既に堕落の坂を降りつゝある日本人の察知し得べきに非ず。袁焉んぞ革命を統一せんや。排日焉んぞ袁の陰謀に始まらんや。
しかしながら諸公。列強の対支圧迫は他の形を取りて出現せり。而して無智無恥の日本は再び得々としてその走狗となれり。あゝ度すべからざるアジアの盟主よ。革命酣ならんとすると共に、爾は蒙古を食らんとするロシアと、チベットを併せんとする英国とより、南満洲割譲の餌を以て誘引せられたり。爾は『敢て公等の認知を待たず、我が権利は日露戦争に於て存す』と答えて拒否応諾堂々たる能わざりしは憐むべきものなりき。しかも爾は多年反覆声明せる保全主義に対して恥を知れるものありき。しかも明白に財政的亡国の陥穽たり彼の六国借款団に参加することを以て自ら保全主義に忠なる者の如く信ぜしは何たる無智ぞ。爾陸海軍は白人の支那に於ける投資を保護すべき執達吏として甘んぜんが為のものか。ストレートの四国借款は爾の権利を満洲に脅かせし時、爾の狼狽より先に怒号噴叫して支那人の支那を主張せしものは支那の革命的先覚者に非ざりしか。四国借款が併呑の舌を吐きて粤漢鉄道の本部支那を舐ぶるに至るや革命は勃発したり。爾は手を額にして支那の自立自彊或は望むべしとして慶賀せざりしか。
しかるに却って日露相携えて四国に加入し、以ていわゆる六国借款団なるものを作る。あゝ革命の支那が乱後整理の為に六国借款を歓迎すべきものならば、その四国なりし時に戈を執りて起たざるを得ざりし理由何處にかある。四国借款が粤漢諸省を白人の支配下に置くものとして革命的新興階級に拒絶されたる理由は、全支那の財政的独立を六国借款団の脚下に蹂躪せしめて唯々たり得べきものに非ず。
諸公。支那の革命が日本の興隆と日本思想の啓発とによりて[酉囚皿]醸せられ、而して四国借款が革命勃発の直接原因たることを理解せられしを信ず。しからば、袁よしんば如何に売国借款を計るも、我が日本の取るべき途は須らく愛国的先覚者の借款拒絶運動を援護するものなるべかりしなり。四国の鉄道投資は単なる利権の壟断なりき。少くも分割の場合に於ける仮想的用意に過ぎざりき。一呼直ちに百万の軍を動かし得べき日本の参加したる六国借款は割亡の明白なる実力的準備を具有したるもの。特に財政監督の要求を掲げて肉追したり。あゝ財政監督。驕慢にして愚呆なる日本の朝野は、支那の財政が六国財団によりて監督さるゝ事は支那人の幸福なりとのみ叫喚して、しかも白人国の投資に於ける卑むべき執達吏の職に任ぜられたる恥辱を反省する道念を失いたり。財政を監督せんとせば武力の後援を要す。当時驕慢なる執達吏は肩を聳かし揚々として曰く、我は終に東亞の強国なり、列強我の参加を拒絶する能わずして却って歓迎する事かくの如しと。而して又愚呆漢の愚直を表白して曰く、腐敗せる支那は自ら財政を整理する能わず、日本列強と共に監督せば支那国民の幸福にして又国家の保全を全うすべしと。他に監督せられたる財政がその国家或は国民に幸福を與うという財政学は悪魔の編纂したるものにして、英国はこれをエジプトとインドとに強行して自らその真理を証明したりと云う。 あゝ諸公。四国借款を忍ぶべからずとして爆発したる革命は、かかる白人の真理を支那に於て是認する能わずとなす正義に目覚めたる黄人の叫びならざるか。英や今日その財政学を東洋に強行すべき武力なし。即ち『日英同盟の誼』によりて悪魔の真理を隣邦の同族に向って代弁し執行すべき光栄を日本に與え、己れその蔭に僭みて撫髯莞爾たる者、これを六国借款加入の実相とす。グレーの舌長きこと三尺。 不肖は誇の意昧を以て書かれたるこの情報を受取るや名状すべからざる霊的嚇怒に打たれて決起したり。宋君農林總長として北上したる後、熊希齢氏財政総長を受けて尚北面招討使の幕下を去らざりし前、不肖は視えざる手の導きに引かるゝ如く譚翁を訪えり。譚や実に人中の鳳。長江一帯の盟主として年愛国党を振起鼓励して倒満革命の真個号令者たりし者。名を日本浪人らに求めず権を南京政府に争わず、風霜廿有余年の老躯躬ら三道の北伐軍を督して、流血以て禹域の積醜累悪を洗わんとして自ら『北面招討使』たりし者。治国平天下の大義何ぞ鼠輩の解すべき者ならんやとして、英人の策せる孫袁の握手を頑として首肯せざりし者。漂木浮萍流に従って去るも巨巌独り波浪の間に聳えて動かず。南北講和の大潮彼を水中に没して『中部同盟会連絡部長』の存否内外に忘らるゝに至りて愈々その不退転的重器なるを知らしめるもの。不肖は満腹の怒氣を彼に注ぎて曰く。『あゝ中華民国清を亡ぼして更に六強清を迎えんとするか』。一を聞きて十を知るの謂いは彼なり。彼は居常二三語を聞きて裁決を與うる流るゝ如し。言下答えて曰く、之を破る鄙人の一声と。即時長電獅子吼して北京に飛べり。袁いかに返報せしか不肖之を知らず。しかも故宋君は内閣会議に於て断乎大借款の無用を主張し始めたり。上海報界の輿論は翕然として起れり。各省都督諸将は交々飛電して国家の危機を叫びたり。黄興は当時尚『南京留守府』に在り、切々哀々の情を傾けて抗争し、終に全国に向っていわゆる『国民捐』を訴えたり。 不肖は猛虎一声して四山響を返すの壮観を看て微笑を禁ぜざりしと同時に、支那の愛国的覚醒が誠に徹底せるものあるを発見して、アジアモンロー主義の実現断じて遼遠ならずの確信を深くしたるものなり。全支那は悲憤の声に漲ぎれり。満洲に於ける四国借款に始めの俑を作れる米国その者が自ら脱退を声明するに至りて、六国協調将に殆んど破れんとしたり。官僚より革党へ転藉せる総理唐紹儀は亡国的吏僚の面目を露出して、列強を拒ぐ能わず国論に抗する能わずとして天津に逃亡したり。 総理無き後の連合内閣は『吾閣員たらずんば国家を奈何せん』と言える故宋の大借款拒絶論に支配されたり。袁は孫が然りし如く木偶となれり。あゝ日本。日本この時に於て白人の投資的侵略の前躯たるなくんば、今日の帝政延期勧告を待たずして、彼は当然に唐の跡を追いて盛宣懐たりしを断言せん。袁を擁立して干渉的講和を斡旋せし英国の走狗は反復責めずして可。相携えて資本的併呑に結べる白人列国の傭兵となり、講和成立より革党の失脚し終れるいわゆる第二革命に至るまでの一年有半、財政監督を強要して止まざりし日本の大罪悪に至りては不肖これを何とか云わん。一年有半、日本は鬼面して支那を嚇し、革党痛呼憤叫して之を拒ぐ者亦一年有半。終に五国借款に変じて第二革命弾圧の大軍資となり、日本的思想系の勢力一空見るべからざるに至って袁の報謝せしところのものを見よ。曰く排日の二字。愚人島に非ずして何ぞや。 諸公。一国民の身を以て故国の愚劣と罪悪とを指摘せざるを得ざる痛恨を憫察せよ。不肖は己の愚を知らずして徒らに驕慢なる愚人の成すべからざるものに我が日本を比喩する事を好まず。しかしながら米人の主謀せる四国借款が日露の加入によりて六国借款となり、更にウヰルソン政府の賞讃すべき脱退によりて英国本位の五国借款となりて交渉さるゝや、少くも愚劣なる執達吏は少なからざる驕慢に鼻を搖めかして曰く。米は終に日本の敵に非ず。日本英露と相携えて臨むや自ら築きし城を開きて献ずるかくの如しと。
諸公。全局の達観者にとりて米国本位の投資と英国本位のそれと何程の相異するところぞ。日本がよしんば政策に於て多少の愚劣ありとするも、その支那保全主義を守持する道念を失わざりしならば、革命動乱中露を引きて米を退くるの転倒事は断じて義の宜きを得たるものに非ず。又日本がよしんば支那の危機は日本の危機なりとの覚醒に達せずとも、その対支軽侮観の驕慢に盲せざりしならば、財政監督は支那共和国の主権を損傷すと言える米政府の脱退宣言は、これを己に隊する反省の警告として拜謝すべし。 英米孰れか能く支那の保全に忠実なるやは一目瞭然たり。否。不肖は日本の誠実なる保全主義を信ず。従って日本の朝野が真に支那の復興を希望し、多大の精神的援助を革命運動に傾注したる至純なる動機を信ず。しからば大借款拒斥の声が挙がりて、革命的指導者の口より叫ばるゝを見たる時、何が故に先づ同情の耳を傾けて彼らの主張いかんを聴取するの謙虚なかりしか。不肖は現時の大隈内閣を責むるものに非ず。又先の山本内閣を咎め、当時の西園寺内閣を罪せんとするものに非ず。数年来、日本の統冶者は諸公の内閣に非ずして『愚呆』と『驕慢』なりき。考察なく討究なく経綸なく、只隣邦の国難を侮弄し、白人の煽揚に意満ち気驕れる無ョ漢の如し。『愚呆』は曰く、支那は終に団匪乱当時列強の共同統治せる都統衙門を見るべし。日本が列強と共に財政を監督することは終に支那全部を都統衙門的統冶によりて平和幸福ならしむる第一歩なりと。しかも諸公は白人の分割同盟の先駆たるを期せず、支那及び他の黄人の独立自彊を保護指導すべきアジアの盟主を以て日本の天啓的使命とせるは不肖の信ずるところなり。『驕慢』は曰く、支那人を支配するものは剣と黄金なり。 革党の借款拒斥運動は下宿樓上の書生論のみ。啗はすに利を以てし圧するに威を用ゆ。対支政策の妙諦ここに存すと。しかも諸公が英国の利を啗(へつ)らいロシアの威に屈せし清朝を支那保全の為に存続せしむべからずとなし、その興国学と興国的精神とを以て数十万の革命的年を作り、革命を培養したる使命の無意識的遂行は不肖深く天の嘉称に値せし事を信ずるものなり。帝政中止勧告を一転機として、諸公の聡明を暗ます『愚呆』と誠実を惑わす『驕慢』とは将に諸公を去らんとす。しかしながら不肖は排袁後に於ける財政の革命的整理が諸公に了解されざるべきを以て、直ちに逢著すべき借款問題に対して再び革命の精神を屠るが如き過誤に陥るなきやを恐る。借款そのものは非ならず。否、支那の興隆に伴いて急速に大々的に外款を輸入せざるべからず。唯四国又は六国借款のそれに於ける如き意味に於て、すべからざる財政組織そのものに対する革命的一変の前提あり。 前提とは何ぞ。即ち古今革命の直接原因たる財政組織そのものの腐敗崩壊なり。これ最初に説述せる『革命の思想的遠因』に対照して『革命の物質的直因』たるもの。思想の堕落その極に達して政治的社会的組織の腐敗を来し、同時に併行して因となり果となり一切の財政的経済的組織の崩壊に至る。亡国これなり。革命とはこの亡国的腐敗崩壊の間より新精神の興奮して新組織を構成せんとするもの、亡国の形骸を殘存して内容は興国の精気に充実せるものなり。英人らは形骸を見て亡国なりとしたり。日本は内容を洞見する能わざるか。かってエジプトとインドとは思想的並びに物質的に腐敗し崩壊したり。当時新精神の革命を旋起する者なかりしこれらを亡国として取扱い、終に財政監督によりて併呑したる英国は二国を正当に理解したるものなりき。しかも英公使パークスは新精神の奮興によりて、新組織を構成しつゝありし維新革命の日本に対して、デビッドソンとの借款交渉に財政監督を企図し、これを亡国視したる錯誤に陥れり。
諸公。封建国としての日本のもとより亡国なりしことは、清国としての支那の亡国なりしと同樣なり。亡国清国の吏僚に賄賂公行せる如く、亡国徳川時代に於て将軍府に参朝する諸侯は、厠の所在を問うに多少の白銀を以てせずんば終日塞尿に苦しめらるゝ程の腐敗なりき。今日、市井に伝唱さるゝいわゆる御家騒動なるものゝ物語は全国三百の統治者が如何に賄賂に左右されしかを示し、賄賂を公然の收入とせる『役徳』の権利を無視されしことより起りて四十七士の復警劇を生ぜしに見よ。清朝の貴親と総督巡撫らが金帛美女を政治の動機とせしは民族性なるが故に非ず。
慶親王がロシアの満洲侵入を導きて数百万両の賂を受けしことは、外国奉行竹本淡路守が三百万ドルを連合国に贈りて馬関砲撃を依ョせし売国的行動と同じ。ウエストフアリア会議、又はウヰンナ会議に於て列国の使節が公々然と收賄贈賄を商量して敵国の用をなせし駭くぺき堕落時代に比すれば、亦人種的差らの問題に非ず。民族又は人種という生理的約束に一切の道義又は国家の興亡が支配さるゝかの如く妄断するは、白人の偏狭低級なる見解を迷信するものなり。 彼らはエジプトとインドとに現われたる時代的現象を異人種の永久的実相なりと誤解す。彼はかってこの誤解を挾んで、腐敗せる封建国を亡ぼし、新興的財政組織を構成し始めたる維新後の日本に向って財政監督を強いんとしたり。当時及び今日の日本を以て見れば、パークスの企図は笑うべく憎むべき空夢なるは論なし。腐敗せる清国は腐敗せる徳川が亡ぼされたる如く、新精神の奮興によって亡ぼされたり。而して維新後の日本帝国と革命後の中華民国と同一なる愛国的統一的精神によりて躍出したり。今日更に英公使ジョルダンがパークスの夢を再びして、かって日本帝国に加えんとしたるものを中華民国に用いんとす。日本は何が故に亡国的徳川より維新の興国に転進したる爾の体験を回顧することなかりしか。
−この尊き体験は、天、爾をアジアの救主に指名せんが為に賜いしもの。日本は何が故に爾の体験に照らして亡清と民国とが立つ所の精神を異にすることを諒察し、以て白人の侵迫より支那の復活を庇護するの義勇に出でざりしか。仮に徳川の崩壊せる財政組織を依持して英人顧問の下に国庫の監督せらるとせば、維新革命党の黙視せざるべきは論なし。しからば清朝時代のそれを墨守して打破建設の胆識なき反動的腐吏らが、私かに売国借款を交渉しつゝある時、何が故に発奮挺身して拒斥に努めたる支那革命党は、日本人の眼に憫笑すべき書生の空言妄動と映じたりしか。諸公。不肖は興国の正気頃ごろ鄰邦に移りて日本の上下却って一縷維新の血を伝うるものを見ずとは云わず。しかも興亡の転機に鈍感無神経なるかくの如きは、これ支那に加うる侮辱に非ずして維新建国の先輩に向って吐く唾に非ざるなきか。 諸公。更に革命期のフランスを想起して語らしめよ。これ支那に対する軽侮観が欧米崇拜と同根なる奴隷心に基くものなるが故に、或る種の愚呆にして驕慢なる日本人を啓蒙するに便利なる説明法なればなり。実にフランスの精神的腐敗が清朝の末年に比すべからざる魔界なりし如くに、その財政的組織の全然崩壊し尽くして手の加うべき途なかりし事は、革命前の支那を以て測るべからざるものなりき。即ち一国民としての物質生活の組織は悉く解体して、終に凡て国内の経済的取引を禁圧し、四鄰との国際的経済交渉を断絶せざるを得ざる程の無組織に陥れるものなりき。
実に革命酣なる『九三年』に於て革命政府は軍需品徴発の名の下に凡ての経済的資料、米麥菜果牛羊馬匹等の食料、布帛等の衣料、その他薪炭車両船舶に至るまで、悉く銀紙比価百分の一に当らざる乱発紙幣を以て掠奪し、経済生活の中枢たる銀行業、貿易業、株式取引所の如きを国賊として取扱いたり。則ちナ翁の大陸封鎖以前、已に自ら隣邦より自国を封鎖せざるを得ざる程の社会的解体そのものなりき。
一般に恐怖時代と称せらるゝ二年間の日子は中世的旧組織なく、又近代的新組織の建設されざる無組織の期間を称するもの。後の支那通らが四百余州紊乱解頽して收集の術なかるべしとせる想像の如き及ぶ処にあらず。否、恐怖時代を待たずとも革命生起の翌年、即ち王と国民議会とがあたかも支那が為せし如く妥協成立して一たび平和なるべしとせられたる九〇年に於て、一億一千万法の公債が実に三割の高率を以て募られたるに係らず、一人の応募者なかりし事実を見よ。 これ革命乱中にして已に南政京府の八分利付公債が数百万元の売れ行きあり、袁の弥縫的統一に至りて数千万元の愛国的結晶を欺き得たるに比して天地の差等ならずや。同一なる財政破産を近因とせる支那の革命は、日清戦役当時の八千九百万両の歳入を得し旧財政組織を墨守して三億数千万両の歳出を要する近代政治を支うべからずとなし、年々の欠陥を外借に仰ぐは国家の危亡なりという先見的覚醒より起れるものなりき。全国三分の二の土地を貴族と僧侶とに占取せられその残りの三分の一を耕作せる国民が、王の年收二億万円と国庫歳入の四分の一に当る王室費二千七百万円とを推持する能わざるの極に至りて現世の地獄を演ぜしフランス革命の事後的無智の企及すべからざるものなり。 一切の計算を立てる能わざる今日の支那に於て、地租の未進脱税が年々数千百万円に上るべきことも、革命五年後のフランスが滯納六億万円に達せしに比較せば驚くべきに非ず。又清帝退位の時尚内帑金千数百万両の私蔵されありしを発見せしことも、フランス王室が毎年寵幸者に投惠する無意味の年金千三百万円を計上せしに対照せば怪むべきにあらず。支那の官職売買とフランスの貴族株公売と同樣なり。支那の総督巡撫らが自己の算盤によりて徴税せしことゝ、フランスのファーマー・ゼネラルが法律に遵據するを要せざる租税掠奪と同樣なり。支那の内地釐金税とフランスの貴族らが領土至る所各々関を設けて誅求せし通過税と同樣なり。什一税なる名の下に各人の收入を迫要捜査し苟も資産ある者は挙げて奪取せられしフランス国民は、富者と雖も赤貧を粧いて僅に免かれざるを得ざりき。しからば支那人の多くが襤褸を纏い茅屋に住する事は、人類の自衛的本能に出づるものにして軽侮すべきに非ず。財政組織の崩壊より湧き出づる無数の流民乞丐は当然の産物にして、パリの劇場前に餌を叫ぶ群集の屯ろせし如く、長江の埠頭行くところ乞食の群がり天津橋上繁華の子を見ざる支那の独り顰蹙さるべき理由なし。 実に革命前のフランスは当時旅行せる対岸の英人アーサー・ヤングなる者、満目荒掠鶏犬の声を聞かず民に菜色ありて春の少婦一見五十歳の老嫗に似たりとして、救うべからざる亡国なりと断言せるほどなりしなり。諸公。革命とは亡国と興国との過渡に架する冒険なる丸木橋なり。今日、対岸の日本人にして支那の精通者を以て任ずるもの悉く皮相近眼なるヤングの旅行記的観察を事とし、以て日本の対支政策を誤らしめずんば止まず。不肖は支那に幾倍せる財政的崩壊を来せるフランスが、革命の橋を渡りて興国の彼岸に達せし歴史に照して、未だ渡橋半ばならざる隣邦の国運を妄断して亡国的取扱を強いんとせる六国借款の交渉を是認する能わざりしものなり。フランスの国王貴族僧侶が財政破産を弥縫する能わざるに至りて『三族会議』を召集せし如くに、清朝の貴親と買官的吏僚らとは『諮政院』に哀訴して歳出入表を公開したり。而して財政組織そのものが革命的一変に出でざるべからざる気運は、三族会議の討論をバスチール襲撃によりて終結せしめし如くに、諮政院の議題亦武漢の勃発を以て一括否決せられたり。不肖は興亡の転機三族会議よりバスチールへ動き諮政院より武漢を運ぐりし両国一致の同軌的進行を見る。従って独りその帰着たる財政組織の近代的建設に於て、彼の為せし所を我に能わずとする背理なる断見を認容する能わざるものなり。由来革命過渡期に於て亡国階級と興国階級と天淵を隔つる思想行為の併存するは論なし。フランスの王貴族等の亡国階級は故国を分割せんとする列強侵入軍の内応者となり、その亡命者の一隊は自ら先鋒となりて侵入軍を嚮導したり。 而してその興国階級に属する革命党及びいわゆる暴徒乱民は、内応者の首魁ルヰ王を刎ねて累卵の危きに社禝を支えたり。同一国民同一民族が興亡二途の両極に走るかくの如き事は、革命期に非ずんば見る能わざるところ。しからば南北統一後の支那に於て、袁に代表せられたる亡国階級の残骸等が全く守持すペからざる旧経済組織の下に割亡的借款を交渉しつゝあるに対立して、他方譚人鳳及び凡ての革命的年らが憂国的叫声を挙げて抗争拒斥したる事は、興亡の過渡期たる所以を古今一律に挙証するものに非ずや。フランス革命史の価値は王貴族等の亡国的行動に非ずして革命党の興国的精神に存す。清朝の破産して投げ出せる財政を如何に組織すべきやを理解し得る鍵は、六国借款を交渉せし売国奴にあらずして、それを打破せんとしたる愛国的冒険家に在り。歴史は白人と黄人とによりて流を異にするものにあらず。 勝海舟自ら徳川幕府の亡びたる所以を説きて曰く、幕府は薩長に倒されたるものに非ず、財政破産の為に自ら崩壊せるものなりと。言何ぞ清末とフランス王朝とに似たるや。清朝の財政が破産し終れるが故に民国の革命あり。支那通らの考うる如く革命乱の起れるが為に財政の破産せんとするにあらず。彼らの論理は凡て因果律を顛倒したるものにして、あたかも大雨の為に洪水ありというを、洪水の為に大雨ありというと一般、言々一顧の価値なし。破産は将来の問題にあらず。現在既定の事実なり。外款を輸入して弥縫し外人の監督によりて整理し得べき枝葉の紊乱に非ず。根幹悉く朽倒し将に革命的新精神に培養せられたる新組織の樹立を待望するもの、則ち財政組織その者に対する革命あるのみ。諸公。これら破壊と建設との道程に向って今後東洋のフランス革命が如何に展開し、而して東洋の英国が如何に處するかは実に日支両国の興隆と滅亡とを決定するもの。もし一歩を誤らば諸公に隨いて豎子一輝亦塵史の法廷に立たざるを得ず。 革命乱の支那に対して日本は昔年の英佛の如く旧怨結んで解けざるものに非ず。英の北米に占拠するを妨げ佛のエジプトを領するを奪いし如き殖民地争奪の競争者に非ず。しかも支那の割亡を結果するの外なき列強の借款同盟に自ら進んで先駆たりしは殆ど何の謂いぞ。更に革命乱を経過すべき支那の保全は日本の終に負荷する能わざる重荷なりと云うか。アジアの救主たらんが為に踏破すべき幾多の険難に萎縮して、むしろ白人の走狗たる安きに就かんと欲すと云うか。日本は地理に於て東洋の英国なり。しかも東西文明旋転の歴史的意義に依りて観ずればアジアに位するギリシャなり。ギリシャは已に日本海のサラミス海戦に於て強露波斯の侵入を撃破したり。あゝ旭日東海に昇りて、天命の指呼する所誠に歴々たり。不肖は支那の革命的覚醒が如何に徹底するものありとも、日本にして自ら外交革命の分水嶺に立てることを顧み、有史以來の大使命に大悟一番するところなくんば東亞の大局殆ど言うに足らずと断ずるものなり。白人投資の執達吏か東亞の盟主か。天これを諸公に選ばしむ。 |
【十三 財政革命と中世的代官政治 】 |
革命的指導者等の財政革命に対する主張の一二。借款は財政策と名くべからず。黄興の国民捐とネッケルの捐金法案。掠奪とは組織的に徴集せざる租税にして租税とは掠奪の法律化せるもの。ルヰよりナ翁迄の十年間は掠奪政府なりし事実。ネッケルと黄興の相異は財政革命に対する根本精神の相異なり。フランスに合理的なりし掠奪は今後の支那に於て是認せらるべし。維新革命が財産権否認たる所以。譚人鳳の官僚財産没収論とタレーランの寺領没収論。支那の官僚階級は一切の政治的罪悪、財政破産の根源なり。日本フランスの如き封建制を見ざりしは割拠を許さゞる支那の地理にあり。封建諸候の代りに支那は中世的代官政治を以て中世及び現代に一貫せり。代朝革命とは代官故治に対する国民運動の英雄化せるもの。土地没収によりて小地主国となりて富強の根基を築きし日本及びフランス。官僚に奪わされば支那は財政整理の基礎なし。
支那の官職は純然たる営業権なり。革命本来の要求は中世的代官政治の打破なり。今日迄の支那の革命は未だ序幕のみ。掠奪没収は財政整理に先だつ基礎工事なり。借款は財政整理に何らの效なし。徴税法の整理に非ず徴税者その者の顛覆。徴税者その者が財政紊乱者なりし佛国の事例。日本の五国財団に入りしは正義としても野心としても何らの意義なし。完きを譚黄等に要むる能わざるは尚ルソー西郷に求むべからざる如し。盗賊の計算書によりて収支を考えんとする吏僚学者等の迂愚。 希くは一切の対支軽侮観より脱却せよ。この支那に対する軽侮は『愚呆』と『驕慢』の間に産れたる私生児にして、数年来日本の対支外交が諸公の勇敢なる正義に支配されず、一にこの私生児の恣にするところたりき。為に終に日本その者が自ら軽侮さるべき白人の執達吏に堕せるのみ。不肖は諸公本来の面目たる聡明と誠実とに信頼して、六国借款交渉を機として発露せられたる革命的指導者の財政革命に対する主張の一二を考察せんとす。而して同一なる原因の存在は同一なる結果を来すという原則に従いて、支那革命の事誠にフランスのそれと符節を合する如きに驚かざるを得ず。
諸公。南京留守府黄興君が六国借款に反対すると共にいわゆる国民捐なるものを全国に向って提唱するや、愚呆に属する種類の日本人は革命党の政策無きことかくの如しとして嘲笑したり。しかしながら僅々二億五千万円の為に国家の財政的独立を失わんとする袁が、支那第一の能力ある政治家なりとせられたるは、白人の投資に利益なる人物の故なり。現時の支那に於て借款を一の政策と考うるは、あたかも父祖の遺産を典して濫費する遊蕩爺を財政家なりとする高利貸の賛辞と云うべし。四億万民の各人に各一元を課せんという黄君の主張は実に統一後の乱局を処理すべき一個の見識にして、当時彼はその局に当らざりしが為に之を国民の愛国心に訴うるの外なかりしのみ。
しかも、もしそれに法律的威力を具備せしめば人頭税となり、以て鹽税に外人の侵略的施設を迎うる如きこと無かりしなるべし。人頭税の可否はここに之を論ずるに非ず。遊蕩爺の入典政策よりも黄興の愛国的叫声が遙かに政策的要素を有すというのみ。バスチール爆発の翌年、王と国民との妥協成立するやネッケルは各人の收入の四分の一を義捐せんことを議会に提案したり。議会が之を拒絶したるは濫費を節約することなき王室の非愛国的不誠意を怒りたるもの。 黄興が野に在りしが為に主張の行われざりしと同一の談にあらず。不肖は、彼が袁の地位に在りしならば必ず六国借款を待たずして四億万円の人頭税を徴集したるべきを確信せんと欲す。而してその国民の自由意志による徳義に訴うる方法が所在微集者の強迫的掠奪的傾向を生じて終に彼自ら捐金の主張を抛つや、亦驕慢に分類さるべき種類の日本人は黄の薄志弱行を指笑し、支那人は自ら統治する能わざる政治的無能力の民族なりとして慢罵したり。黄君が革命家として断の一字を欠くの憾ありや否やは再び之を論ずるの要なし。しかも国民捐の徴集者が黄君の意志に反して掠奪的行動に出でし事は 不肖を以て見れば却って支那民族の統治的能力を立証するものなり。租税とは掠奪が法律の美服を着たるものなり。国家の存立のために必要なる物質的資料を徴集せんとして強要する掠奪力の最も強大なる最も組織的なるものが則ち法律なり。国家が平和に存する時租税となり、軍事行動を取る時徴発となり、物資徴集の組織を根本的に一変せんとする革命の時に於て掠奪となる。 掠奪とは組織的に徴集せざる租税にして、租税とは掠奪の法律化せるものゝみ。ルヰ王朝の倒れてナ翁の組織成らざりし前後十年間のフランスは、租税の形式を具備する能わず、一に掠奪によりて維持せられたる革命政府に非ざりしか。単なる紙片に過ぎざる零価の紙幣を以て地方農民より米穀を強徴し、全国四万八千の各市町村に設けたる『革命委員会』と『革命軍隊』なる七千の匪賊的兵士とを分遣して徴発に応ぜざる者を処刑せり。これ大規模なる掠奪に非ずや。パリ、リオン、マルセーユ等の市民は隨時家宅捜索を受け、衣食その他の生括資料を貯藏せることだけによりて投獄死刑せられ、貴族の邸宅は兵器工場に、寺院の鐘は小貸幣に金く無償を以て徴発せられ、銀行家富商の断頭台に引かるゝもの殆ど踵を接して列なり、八百万円の資財を全部義捐すべきことを迫られて拒みしが為に投獄せられたる八十四歳の老爺ありしに考えよ。 フランス全土は掠奪の共和国と称すべきものに非ずや。革命に於て財産権不可侵の卓上論を為す勿れ。皇帝の不可侵権そのものより否認し、その国家組織そのものより否認して唯新精神と強力との存在する時、その下に認知せられたる財産権の如きは已に法律上の権利に非ず。旧法律の保護するなく新組織の認知するなき財産とは唯暴露せられたる経済的物件に過ぎず。いやしくも強力ある者、その流賊たると新統治的勢力たると将た旧権力の掠奪者たると之を取得するに問うところなし。革命とは旧法律の全部に対する否認なり。しからば何が故に独りその一部に過ぎざる財産権を法律的形式を経ずして犯す能わずというか。暴露せられたる経済的物件を新法律が如何に認知するやは、新強力の絶対至上権にして、旧法律によって許容せられたる財産権を以て対抗し得べきものに非ず。法律の形式を備へて掠奪すると[骨果]体的強力を露出して徴税すると、唯新権力者の自由なり。旧財産権を主張せんとせば、それを認知せる旧権力が新権力者を駆逐したる後ならざるべからず。即ち反動が革命に打勝ちたる日に於てせざるべからず。諸公。問題の主眼点は同一なる国民捐にして、ネッケルの提義せるものと黄興の号叫せしものと根本の精神を異にすることなり。一は已に強制力を失える亡国階級に立て哀求したるもの。 これは将に新権力を得て興国的に統治せんとする新精神の湧出なり。黄君が主張を放抛したるは恐らく組織的捐金、即ち革党の権力を握りたる後に法律的に掠奪せんと欲したるが為にして、驕慢者の指笑する如き薄志弱行なるに非ず。而してその国民捐徴集者の多くが革命党及び革命的階級の人々にして、応ぜざる者に対して威嚇強迫を加えたる事は政治的能力の欠除せる民族なるが故にあらず。一に唯彼らがネッケルたらずしてダントン、ロべスピールたり得べき財政革命の無自覚的信念を有するが為なり。黄君の国民捐とその徴集者の掠奪とは、『愚呆』と『驕慢』との惡声に関せず財産権の法理が革命フランスの論証を挙げて十分に是認するを如何せん。フランスの愛国者は当時四隣の亡国階級等に笑罵せられたり。支那の革命が日本に同情せらるゝ所以は日本人の胸奥に残存潜在する興国的気魄の共鳴するものにして、国家の前途安んずべきに似たり。しかも不肖は尚彼らの革命的施設を迎うるに一種軽侮の情を以てするもの多きを見て、却って日本の堕落的傾向を反証するものならざるやを恐る。不肖はフランスに合理的なりし掠奪が今後或は支那革命の過程中に行わるゝ時諸公を昏迷せしめざることを信ぜんと欲す。その東洋民族なるが故に野蛮行為なりというが如きは卑屈なる無智なり。 実に支那の凡ての事物は革命せらるべきものにして改良し得ペきものに非ず。改良とは現存せる根本組織の健全を是認するものなるが故にその法律慣習に従いて根葉を矯正整理せんとするもの。革命は旧国家旧社会の組織そのものより否定さるべきものとして遵拠すべき一切の旧秩序を許容する能わず。清朝は已にその国家組織の根源たる主権者その者より否認せられたり。従ってその否認せられたる主権者が設定せし権利組織は、当然に且つ一律に否認せられたるものなり。諸公。維新革命は三百貴族の統治権を否定すると共に、その財政的基礎たる土地領有の権を否定して版籍奉還の名の下に数百年来の財産権を無視したるに非ずや。当時の亡国階級たる武士はその職業とせる帯刀の営業権を剥奪せられ、子々孫々世襲すべき食緑の財産権を侵害されたるに非ずや。維新革命に於ける財産権蹂躙は権利本来の原理に照らして日本に是認せられたり。しからば現下の支那革命がその展開に隨いて必ず遂行すべき亡国階級等の財産に加うる処分に就きて無智半解なる権利論を為すが如き事あるべからず。
今日の日本人にして日本は維新革命を要せず徳川の改良にて足れりとするものなし。又、諸侯及び武士の政治的権力を否定して、独りその版藉と食祿とは財産権なるが故に保持せしめて侵すべからずと云うものなし。しからば日本及び列国は大清皇帝の主権そのものを否認して建てられたる中華民国に承詔を與えながら、却って革命の斧鉞をその否認されたる旧主権者の残せる財政組織に加えんとするを妨げ、外款と外人顧問とを入れて極力倒壊を支持せんとする如き実に自家撞着にあらずして何ぞ。 諸公。あるいは維新革命が亡国階級の版籍と食祿とを奪うに当りて公債を交付したるが故に財産権蹂躙に非ずと云う者あらん。しからばフランスの貴族と僧侶とはその占有せる全国三分の二の土地を没收さるゝに、何の代償を與えられしか。統治権を奪われたるルヰ王に断頭台が酬いられ、同じき徳川氏に貴族院議長が與えられしことは、新権力者の自由意志に出でたるものにして彼らの権利に対する代償にあらず。同樣に、単純なる没収に処せられたるフランスの貴族僧侶と、公債を恵まれたる日本の諸侯武士と、共に新統治者の任意にして、彼らの財産を既得権として思考したるものにあらず。旧政治的権力が育成し維持したる旧経済的権利はその権力の覆沒と共に殉死すべし。新統治者の意志に対して何らの対抗力を有するものに非ず。即ち純理的に結論すれば革命に於ては凡ての旧権力者の手より権力の奪わるゝ如く、凡ての財産は旧財産者の所有すべき理由を失えるものなりとす。あゝ支那の革命は終にフランスが行き日本が行ける道を行かざるべからず。六国借款に反対せる首唱者として譚人鳳はその抱懐せる一端を洩らして曰く。国家に罪を有する官僚等の盗財を没収せよ、数億千万金以て焦眉の急を救うに足ると。
諸公。欧米崇拜者の対支軽侮論を避んが為に佛人をして翁の言を翻訳せしめよ。タレーラン曰く、先づ全国三分の一を領する寺院より没収せよ。国庫二十億万金、年收七千万法を得べしと。これルヰ王朝の尚主権を保持せし時にして、亡国階級等はもとより数百年来の既得権を主張して抗争したり。しかもフランスの革命的強力は議会の決議を以て之を没収したり。真理はタレーランと譚人鳳とに対して公平ならざるべからず。数百年間国民の膏血を絞りたる寺院の領地が既得権として維持すべからざるならば、国民の租納を私服し国家の公金を掠めて蓄積せること亦数百年なる官僚階級の資産は正に無償を以て没収されざるべからざるものなり。寺院の土地が国民に奪いしものを国民に返せしに過ぎざる如く、官僚等の富は国家に盗みしものを国家に還すに過ぎず。
諸公。支那の憂は官僚にあり。一切の政治的腐敗、財政的崩壊、悉く病根を官僚に発す。支那にフランスの貴族僧侶なく日本の諸侯武士なくして、しかも革命の大斧鉞を待たざるべからざる程に国家的社会的組織の腐爛壊倒せる所以は、一に官僚の階級ありて貴族諸侯らと同樣なる中世的罪悪の根源を為すものあればなり。即ち『官に封建なくして吏に封建あり』といえるもの是なり。もとより中世史のフランス及び日本は全国画一の統治を行う能わざる必要より、貴族と諸侯とが数十百の小地域に割拠して各統治者たりし時代なりき。四百余州の広大なる大陸は二国の如き封建制度の形式を採らざりし代りに、封建的全権能を有する無数の統治者を全国に分遣せざることを得ず。同一なる時代的要求は同一なる時代的制度を生む。フランスの貴族、日本の諸侯と支那の官僚とを対比せば外見甚だ異なるが如く然りと雖も、その制令する地域の人民に対する権能に於ては生殺與奪の絶対的自由を有し、軍事財政司法一切の専権を行使すること全く中世的統治者なり。只統治者の上の最高なる統治者即ち主権者に対して、日本の諸侯が徳川将軍に、フランスの貴族がルヰ王に於て多少の拘束を感ぜし程度の権利主体なりしとは異なり。 支那に於ては最高の主権者の権力強大なりしが為に、官僚は人民に対して中世的統治者なるに係らず皇帝に対しては単純なる代官なりき。即ち支那は地理的区画なきが為に封建的統治を必要とせる中世期に於て早く已に強大なる君権の確立せるあり。為に必要に応ずべく封建的統治者を君権の代官として分遣したるものなりき。而して封建時代の人民が直属せる領主よりも遠隔の所有者より派遣せられたる代官の誅求暴逆に苦しめられる各国の事例は、支那の官僚が日本の諸侯よりもより多く国民の膏血を絞り国租を私腹したるべき推定を敢てせしむ。諸侯はその領土の肥痩人民の休戚に対して、土地人民の所有者としての永遠なる利害を自己の利益の為に感ずるものなるが故に、誅求暴逆の却って自己そのものに不利なることを知る。彼らの善良聡明なる者は所有者たる権利に伴う十全の義務を負荷し、よしんば自己の利益の為に家畜を撫育するが如き意味なるにせよ、その被治者に対して父母の愛を自任したり。代官は権利を與えられて義務なし。借用者は所有者に比して器物の取扱いに不親切なり。生殺與奪の全権能を借用し、己が殺し己が奪える終局の不利益が己に帰せざるものなりとせば、これ凡ての義務より免除せられたる桀紂なり。支那の代官的官僚が誅求暴逆為さざるなかりしは当然なりとす。フランスの貴族が父祖の居城に土着して所有者たる義務を履行せし間は革命起らざりき。その悉くパリの宮殿に集まり、恐るべき中世的統治権を義務なき借用者の代官に行わしめて顧みざるに至るや、天地震撼の爆裂は都市田園を通じて一整呼応して起れり。清末の所在烽起と符節を合する如し。 実に支那は歴史の紙面に於ては古代已に封建政冶を廃したりと雖も、封建的統冶の必要は中世的制度の最悪なる『代官政冶』に変形して以て清末に及べるものなりとす。而して領主が聡明にして威力ある間、代官は君侯に対する義務の恐怖よりその統治権を悪用することなし。又支那大陸の地理的形勢が封建的割拠を許さず、従って強大なる一主権者の交る全国を統一したる歴史はこれを日佛の如き意味に於ける貴族国という能わざるは論なし。即ち代朝革命して新なる主権者が全支那の領主として立てる当初に於ては、封建的統治の為に分遺せらるゝ代官等は君主の聡明威力に対する義務の恐怖あるが故に、その統治する封建的区画内の人民に対して誅求暴逆を加うる能わず。換言すれば革命によりて王朝の更代せる当初の支那は一皇帝に統治さるゝ一国家なり。 しかも皇威漸く弛み君主の暗愚なる者相継ぐに至るや、則ち義務を負わざる代官らの生殺與奪を恣にせし『実質上の封建政治』を以て一貫したりと考えざる事を得ず。代朝革命とは君主政治が代官政治に堕落すると共に新なる君主政治を再建せんとする国民的運動なり。かの文字の素読を以て足れりとするの徒、二十二史凡てこれ君位の争奪なりと断ずる如き妄も亦甚し。代官政治下に於ける日本の佐倉宗五郎は悲劇の役者なりき。二十二史の代朝革命は代官を刎ね領主を屠り匹夫終に天下を争うに至りて宗吾装いを変じて多く英雄劇の舞台に立てるのみ。 諸公。『官僚』の字形によりて日本現時のそれと全然別個なる支那のそれを考う可らず。これ日本思想の普及が異義同語を混用する顕著なる一例とのみ見るべく、むしろ正当なる用語を当つれば中世的罪悪の根源たる本来の意義に従いて『代官』と称すべきものなり。あたかも彼の清朝の総督と民国の都督と、語甚だ相似たりと雖も、一は中世時代の代官にして一は省民の推挙せる公僕を理想とせる近代的官僚なるが如し。真理をして譚人鳳に裏書せしめよ。代官政治を顛覆したる国民的革命は数百年間蓄積せる代官階級の盗財を国家に回収すべきものなりと。 この真理と革命とを妥協せしめたるものは日本の維新なり。日本は中世的階級の財産即ち諸侯武士の版藉秩祿を徴発するに公債を惠與したり。この真理を最も大胆に最も忠実に履行したるものはフランスなり。革命政府は当時の財産階級即ち貴族と僧侶とより土地を没収するに当りて、彼らに代償として與えたるものは一の断頭台なりき。全国三分の二の土地を占有せしこれら中世的階級の富、実に驚く勿れ七十億円。彼らは惠まれたる断頭台によりてその魂を神のものとして神に返し、累世国民に奪いし宝は国民に返したり。これ幾多動乱の反覆ありしに係らずこの時に還附せられたる全国の土地はフランス国民を無数の小地主として植付け以て爾後強富の基を築きしもの。日本亦自作的小地主国として国民悉くその拠るところの経済的独立を得、政治の自由道徳の覚醒この独立の上に立ち、以て今日旭日の国運を見るに至りしなり。諸公。諸侯と武士とより政治的権力のみを奪い、しかも尚全国の土地を彼等に領有せしめて明治の財政革命を為すべしという者あらば痴人に非ずや。国土三分の二を持てる貴族僧侶等の財産権を侵さずして残余の貧民にルヰ王朝の破産を整理すべしという者あらば、佛人はこれ不可能を強ゆる者と考うべし。
経済的実力と政治的権力とは一個不可分のものなり。不可分なる一個『旧勢力』に向って粉碎の斧を揮う時革命あり。満人皇帝の退位は将に来るべき革命の単なる序幕にして、斧鉞は未だ政治的経済的旧勢力たる代官階級に向って試みられしに非ず。代官政治は支那の政治的及び経済的勢力を数百年間最悪に基きて組織したるものなり。四百余州至る所の富家豪族は現に代官たる者、かって代官たりし者、代官たりし父祖の富を相続せる者、及び代官と結托して富を作りし者、他は悉く貧民なり。貧民は雨ふれば乞丐となり旱すれば盗となり、匪徒隊となして掠むるや官支うる能わずして蓆を卷くが如く、権家富人常に兵を執りて自ら門壁を守らざるを得ず。 かかる代官政治とかかる流賊横行と、何ぞ各国中世史の貴族政治と相似たるや。而して土地人民を君主貴族らの私有せる経済的貨物と考え、統治権をその経済物に対する所有権と信ぜし中世的政治思想は終にフランス王をして貴族株を公売せしめたり。清末に至りて公々然官を鬻ぎて王家の收利としたるもの亦これのみ。中世的思想を以てすれば経済物に対する所有権の行使を或る範囲或る期間、他に貸付するとき一の商取引として利を收むるは不可思議に非ず。従って官職は今の支那に於ては王の為の臣事に非ず人民の為の公務に非ずして最も有利なる営業権なり。今尚歳計表に於て人目に触るゝ年々数百万元の売官收入はそれに倍十する数千万円の僧賄收賄の見えざる大取引を運転し、濁浪滔天殆ど想察に堪うべからず。この高価を支払いたる営業権はもとよりそれに十百倍せる租税私服と賄賂請託と誅求苛歛とを以てせざれば営業者の計算を満足せしめざるは論なし。 故に曰く、三年の仕官三代の坐食と。諸公。排満革命は爆発の宣言を異人種の支配を排除することに求めたるものに過ぎず。革命本来の要求はこの中世的代官政治に対する打破なり。フランス革命がその始めに於て君主立憲政を目的として起てるに係らず終に民主的革命に徹底せざるを得ざりし所以を見よ。一に中世的貴族制の政治経済的組織の凡てが維持すペからざるを以てなりき。康有爲等によりて変法自彊能く君主立憲政を得んとしたる支那の革進的進行が終に『十月十日』の民主的革命に到達したる所以のもの、亦実にこの国家と国民とを経済的物件として取扱える中世的代官政治の根本的一掃を要するが為なりとす。如何んぞ天下の大勢一孫輩の米国的模倣によりて動くものならんや。凡ての鍵は支那の中世的組織にあり。しかし袁や実に代官階級の代表者。岑然り、段然り、馮然り、黎然り、唐然り、今の各省都督各州縉紳悉く然り。あゝ国家組織の大綱細網悉く腐朽し尽くしたる今日、革命に非ずんば鬼神と雖も之を整理すべからず。バスチールは覚醒の曉鐘のみ。武漢は革命の入相に非ず。 −いやしくも革命支那を論ずる者、何為れぞ慢りに平凡なる序幕を可否して将に隱れたる名優の登場せんとする舞台の転回を待つの雅量なきや。勇敢なる掠奪、大胆なる徴発、一歩の仮借なき没收、かくの如くにして一切の政治的腐敗財政的紊乱を醗酵する罪悪の巣窟は顛覆せられ、ここに始めて新政治組織新財政制度を建設すべき基礎を得べし。君主政なるにせよ共和政なるにせよ、近代的政治組織はかかる代官階級の富と力とを存続せしめて期待すべきものに非ず。強固なる大建築は完全にコンクリートされたる基礎を前提とす。前代の傾倒せる腐柱壊壁を集めて一時の雨露と雖も凌ぎ得べくんば古今革命の慘なし。革命勃発の時は既に已に朽屋の倒壊し終れる後の事なり。六国借款を入れて一握の土を塗り、外人顧問なる年俸事務員らを傭いて腐柱と壊壁に笑うべき細工を加うる意味に非ず。問題は新なる建築にあり。而して当面の問題はその前提として基礎をコンクリートする事にあり。前提的基礎とは何ぞ。掠奪なり。没收なり。徴発なり。
一切の腐柱と壊壁とを除去して代官階級を一掃し以て四百余州を平坦なる基礎となして新建築を待つことにあり。即ち諸公の期待する支那の財政改革とは納税の律を上下する事に非ずして納税者その者の一変ならざるべからず。徴税法の整理に非ずして徴税者その者の顛覆なるざるべからず。否、代官的致富の階級は悉く脱税者にして、納税すべき人民は凡て免税に値する貧民なり。代官は国家の租税を徴収する者に非ずして購買せる営業権の代価を回収し、契約せる年賦支払金に対して商業道徳を守るのみの者なり。あゝ諸公。革命のフランスは貴族と僧侶より掠奪せずんば何らの財政的資源を有せざりき。維新の日本は諸侯と武士とより徴発せずんば亦一のそれを持たざりき。今の支那は全国朝野の代官階級より没收せずしては国家を維持すべき寸地片金を有せざるものなり。 −掠奪は財政整理に先だつ。天は支那に断頭台を準備せしむ。諸公。ルヰ王の財政が四十億法の国債を負いて終に破綻を国民に公開せし後、ネッケルの募りし五年間の五億三千万とカロンヌの三年間に得たる八億万とによりて些の整理を見ざりしに非ずや。しからば五国財団が二億五千万円を仮に十倍して投ずるにせよ、支那のそれを弥縫し得べしと考うるは、殆ど底なき沼を埋めんとするの愚に等し。笑うべきかな白人投資の執達吏よ。ルヰ王が年收二億数千万円を濫費し年々の厩費実に明治大皇帝の皇室費と同額なる三百万円を空費せし時、舅家オーストリアは彼奪うべしとして兵を進めしと雖も、かって巨款と顧問とを送りて財政整理を勧めたる事なし。黄河一回の氾濫に要する堤防修理費一千万両が徒に代官業者の商利となり、孔雀の舌を賞味せし古代ローマを忍ばしむる河南料理の浪費を演じつある今日、支那の保全的責任者は僅々二億五千万金の執達吏を栄としてその財政の監督を得べしとするか。 高等裁判所の判事職を営業権として売買し相続し、理由なき逮捕権を以ていやしくくも金穀あるものを監禁し、又は原被両造より贈賄の糧り上げらるゝが為に判決を延引せしフランスに於て、連年の大飢饉は洪水に原因せざりき。しからば独り准河の氾濫を防止して餓孚なからしめんと号する口舌的人道の赤十字借款が揚子江の中原に何らの経済的痕跡を残す能わざるは論なし。東洋の盟主は米国の施設かくの如きかとして益々白人投資団を結束せしめ、以て幸いに拜命せし執達吏職に精勤せざるべからずと焦心せしか。財政の整理も国民経済の発展も一に代官政治の掃蕩されし前提問題解決の後なることを要す。支那に対して何らの道義的憂惧を感ぜず単に投資すべき大陸と考うる白人等は、袁世凱なる代表的代官が鹽税徴收の営業権を外国市場に売れるが故に我之を買えるのみとするは理に於て不可なし。日本もし誠心よりその執達吏となりて支那の財政を整理し監督し得べしと考えしならば実に愚の極み。野心を包蔵せしとせば亦甚だ豆小に過ぐ。不肖は六国借款が五国借款として成立し終に一回にして行詰りに陥れる今日に至って、敢て一点先憂の当れるを誇るものにあらず。しかも神明の加護諸公の誠心を照してかかる後患を再びするならんことを祈りて止まざるものなり。
黄興の掠奪公許に導くべき国民捐と、譚人鳳の代官政治その者の顛覆を来すべき汚吏悪僚の資産没収論と、もとより一斑の露出に過ぎず。しかも革命の支那が如何に近代的政治組織と財政組織とを建設すべき気運に充実し、亦真個革命的指導者らがその気運に鞭って起たんとするの意気信念を見るべし。『革命』が日英の講和干渉によりて暫らく篁叢の間に隱れたるが故に、世人は黄の一斑譚の一斑を瞥見して未だ財政革命の全貌を見るの機に至らざるのみ。もし依然たる愚呆と驕慢とが通俗的断見を挾んで、破壊は可なりこれらの一二を以て建設を能くすべからずと言うが如きことあらば、彼ら革命党はルソーと西郷とに弁護人を得べし。ルソーは具体的成案として奢侈税と進級税との笑うべき二者を有せしのみ。
西郷は征討将軍として江戸に入りし時も尚版箱没收に対する後年の大々的掠奪を口外せざりき。しかもフランスと曰本と、革命生起後数年にして共に当然の結果たる革命本來の目的を成就したり。支那の事将に今後に存す。かかる通俗的断見を以て譚を論じ黄を評するは、支那民族がルソーの国民、西郷の国民よりも優等人種なりという笑うべき仮定の上に立つものと云わざるべからず。而して又、彼の統計的数字に基きて支那の財政を甲乙する学者吏僚の如きその実は盗賊の計算書に依りて収支を考えんとする者、その愚亦及ぶべからず。支那は財政精神の革命を要して数字を求めず。古今東西統計表を抱きて革命したる者なし。革命とは政治的方面に於て然る如く、財政的経済的一切の社会的組織に対して只一の暗中飛躍あるのみ。中世的暗黒の中一点微かなる近代的曙光を望んで飛躍する−之をフランス革命といい、維新革命といい、しかり而して現時の支那革命という。 |
【十四 支那の危機と天人許さゞる第二革命 】 |
投資国及び貿易市場として革命乱を傍観し得べきやの問題。干渉の権利は革命を援助し得べき権利。永遠の利益及び日本自身の存亡的必要の為に数十ケ月間の貿易を犠牲とせよ。英国の財政的優越権は支那に許すべからず。佛国革命が欧州の恐怖たりしを以て日本に何らの恐怖たらざる支那革命を弾圧するの理由なし。恐怖時代とは国家の発狂にして革命の常態に非ず。単なる財政革命の為の寺領没収も四隣の政ヘ一致的寺院に対する挑戦となれる佛国革命の不幸。維新革命に恐怖時代なくして佛国革命にこれありし所以は一に外国干渉の有無に存す。
支那を佛国革命たらしむるか維新革命たらしむるかは一に日本の態度如何に帰す。貿易的打算、弊政整理を云々する今の低級外交策に取りても干渉は不利。第一革命の四国借款を恐れずして第二革命の五国借款を怖れし所以を考えよ。『団匪乱』を捲きし支那が『九十三年』の狂乱を内外に加えざるの理なし。亡国階級に率ゐられたるフランスと興国階級に率ゐられたる革命フランスとが、分割同盟軍をして攻守處を倒にせる如くなるべし。愛国革命当の対日抗争決意。支那を討伐する時は日本の亡国たる時。第二革命に加えたる軍資貸付による干渉。対支外交の無智堕落は終に神霊の刑手を出さしむ。幕府を討ずるの名に包まれたる三百貴族及び武士階級の顛覆に天の戦略を見よ。今の時、段馮岑唐黎の如き亡国階級を選ばんとするのは維新後に将軍位の継承を水戸仙台に尋ぬる如し。革命の実質は『興漢』の二字。『尊王』とは中世的階級を一掃して一天子を国民的大首領としたる大統一の義。『排満』中に満人に仕えたる漢人官僚の排斥を包合するのは尚『倒幕』中に幕府を盟主とせる一切の諸侯武士の倒壊を意味せる如し −明治帝の大ナ翁たりし民主的統一的革命の理解すらなし。維新革命に於ける南朝の悲劇と排満革命に於ける明末義人のそれの感情的動力。倒幕に努めし諸侯武士が煮らるゝの走狗たりし如く排満に提携せし漢人官僚亦その功終わりて屠らるべきのみ。革命を二段に分割して興漢の本義を数年後に保留せし天意。第二革命を破りし孫文と阿部局長。宋ヘ仁暗殺の主犯は陳其美にして袁と○○○とは従犯なり。袁孫を排して黎を正式総統たらしめんとせる宋の秘策。干右任君への遺言。陳其美は下手人等を獄中に毒殺し又逃亡せしむ。第二革命とは宋を殺せる両犯が宋の死を弔うの名に藉りて兵を挙げし者。宋の亡霊と三年の退去命令。 ここに於て忽ち逢着すべき難問題あり。曰く、支那は日本及び列強の投資国にして又貿易市場なり。近代的建設はもとより望まざるに非ずと雖ども、投資せる利権の安全と貿易市場の平和とは日本及び列強の考慮せざるべからざるところなり。この重大なる利害を彼等の暗中飛躍に放任して傍観する能わずと。これ動乱の拡大又は永続の場合に於て日本その他が干渉の権利あることを主張するものにして、第一革命に於て日英両国が袁本位の講和斡旋をなせしものこれなり。而して講和後の六国借款が終に五国借款となりて違憲的に調印せられ以て第二革命を鎮圧せしもの亦これなり。
不肖はこの主張の全部を是認す。権利とは力なり。日本は支那に対して力を有す。干渉が実力を要するとき日本に非ずんば支那に対して力を有する者なし。しかしながら諸公。日本の力は日本の利益と正義との為に行使すべきものにして、列強の投資と貿易とを護衛せんとして持てるものに非ず。動乱に干渉し得る権利は、同時に動乱を傍観し−露骨に言えば、或る時は動乱を後援助力し得る権利なり。文書の上に於てのみ力ある白人列強の投資と貿易とが如何に損傷さるゝとも、換言すれば日英同盟の或る一国のそれらが大なる損害を蒙るとも、日本の永遠なる利益と立国の正義とに考えて支那の根本的に自立すべき革命的動乱が歓迎すべきものならば、日本は実力を行使し得べき唯一の強者として之を傍観し又は之を後授助力し得る権利を犯さるべからず。 −第二革命の勃発を時機に非ずとして当時極力隣邦諸友に警告せし不肖は、その失敗に憫憐を感じたるのみ。満人排斥の平凡なる序幕に意満ち気驕れる元勲先生らの醜態を看て豎子図るに足らずと断ぜし不肖は、孫黄割腹論の末節よりも彼らを殺さずして反省の鉄槌を下したる天意の深甚なるに拜跪したるものなり。支那は自ら責を負えり。不肖の遺憾は彼らにあらずして第二革命に処せし我が日本の大錯誤にあり。孫君の錦衣帰郷的渡来を待つに殆ど天使降臨を迎うるの祭典を挙行し、終に括として恥なき驕児をして今日同志の苦脳たる『精神病者』を作り上げしは市井の悪戯として可。堂々たる大帝国、ジョルダンとその買弁とに駆使されたる講和斡旋に於て尚悟るところなく、更に己の匁を以て己の肉を割くが如き五国借款を締結して、汎アジア主義の隣邦後進を残賊せしに至っては何たる遺憾ぞ。革命の継続が終に中世的代官階級の顛覆となりて英国の投資と貿易とが傷害を蒙るとも、自ら保護すべき力なき彼は東洋に於ける権利者に非ず。 日本は何が故に動乱に干渉し得る強者の権利を以て第二革命を傍観する能わざりしか。英人に学びて日本亦英に優るの貿易表を有すといわん。立国の正義と永遠の利益とは一二年間の商取引よりも軽んずべきものなりとするか。歴史の戦慄するフランスの恐怖時代と雖も、時日を算すれば鮮血の頁は僅かに九二年末より九四年までの二ケ年間のみ。
支那大陸の存亡が急転直下日本そのものの亡国史を残さんとするの危機に際して、数十ケ月間の貿易的損得が爾かく国是を左右すべき大事なるか。否、革命的破壊の後当然に躍進すべき支那の経済的発展は、日本の貿易と国富とに予見すべからざる倍加累積を来すべし。財政的独立の為に英国の利権が回復すべからざる覆没に終るべきを見て日本亦然るかの如く考うるは、外務省がグレーの飜訳局なるが故に過ぎず。日英同盟とは日露戦争を戦わんが為に東洋人の得意とする、夷を以て夷を制するの策に出でたるもの。戦時中の傭兵は戦後もとより解雇すべく、保全主義の徹底に従いて英国の対エジプト的優越権は過去のそれと雖も支那に許すペからざるものなり。然るを況んや五国借款をや。
要するに、日本の参加せる五国借款は日本の握手すべき日本的勢力を日本自らの撃破したるものなりき。即ち日本が白人らの亡国借款にその力の保障を與えざりしならば、支那の凡ての愛国的年は袁に忍びて革党の失脚を傍観するが如き事なかりしなるべし。何となれば他の四国を合せたる金力よりも日本の傍観は支那保全の唯一の保障なるが故に、彼らの愛国的憂惧心が日本野心説の流布に利用さるゝことなきを以てなり。否、憲法を無視して一メッテルニッヒの後援に二億五千万円を投じたることは明かに革命と議会と国民とを弾圧すべき意志を以て加えたる同盟干渉なりとす。 諸公。フランス革命が終に同盟四隣との戦争に至りし所以は、よしんば革命政府より挑発せる跡なきに非ざるにせよ、列強の冶者階級に取りては自己の頭上に加えらるゝ脅威なるを以てなりき。獨墺露悉く貴族と僧侶とがフランスの如く生活し統治し腐敗しつゝある時、欧州の中原に己らの階級が掠奪せられ刑戮せらるゝことは、端的に己らの人民より己らその者の覆えさるゝことなるを以てなりき。欧州は政治的神経に於て古来一国なり。欧州の一省たるフランスが先覚者として先づ武漢に爆発したる事は、獨墺露等各省に存する中世的階級らの兵を出さずして止む能わざるところなりき。支那はフランスの如く革命の先覚者に非ず。その中世的代官政冶が如何に苛烈に残虐に覆没さるゝとも、それと階級的苦痛を感ずべき封建貴族は已に日本に存在せざるなり。フランスの四隣に対する挑発は階級戦争の勝利に醉える誇と同階級の悲慘に対する情義の発露なり。 欧州より後るゝこと百年、日本より後るゝこと亦五十年なる彼が、列強に禍する如き誇に醉わざるべきは論なし。否、常に自己の悲慘に顧みて先進国の同情に感奮鳴謝し、つとに挑発的言動なきのみならず戦々兢々として列強の威に触れ以て国家を誤るなきの戒愼は寧ろ憫察に堪えずや。彼の軍起る毎に外人を犯す者は斬ると令する如き、不肖ら日本人を以て見れば先づ血祭に挙ぐべき首のこれら侵略者なるに係らず、憂国的戒心に出づるところ殆ど虎尾を踏むの態を憐むべし。あゝこの戒愼可憐なる愛国者は巨額の軍費を貸付して弾圧せざるべからざる程に、日本に取りて恐るべき影響を波及するものと考えしか。 不肖は考う。フランス革命と雖も列強の共同干渉及び分割同盟あらざりしならば、断じて驚くべき恐怖時代なしと。恐怖時代は国家の発狂にして革命の常態に非らず。個人に於て然る如く国家が絶望に封ぜられたる時は発狂するものなり。国家の痴呆狂は亡国なり。自ら起ちて革命し得たる程に精気の充実せる国家の発狂は内外に対して狂乱狼藉為さゞるところなし。彼らが王に対する忠順を失わず、寺院の土地二十億円を没收してそれを担保とせる四億の公債を発行せし当時は、あたかも黄興が国民捐を四億民に訴えしと同樣なる動機にして、その財政革命に流血を期待せざりき。しかも政治的神経に於て然る如く、欧州の宗ヘ的神経は亦一国なり。寺院の土地没收は僧侶の国外に亡命して愁訴する運動を待たず、四隣の政ヘ一致的教会をして地獄の反逆を見る如く一斉ににその鐘を鳴らさしめたり。自国の財政革命が隣国に対する挑戦宣言なりしを知らざる彼らは只列強の侵入に驚愕したり。亞で亡命貴族が分割同盟軍の陣頭に立ち、皇帝その人が内応者の元凶なるを発見したる時、フランスは終に内外に対して狂乱せざるを得ざりしのみ。
諸公。日本に貴族制打破の革命ありて恐怖時代なし。しかももし幕府の小栗一派が努力せし佛国後援運動が效を奏し、又フランスの国情が変化せず而して侵入軍に対して徳川氏が内応者たりしとせよ。日本亦將軍をギロチンに引て発狂したるべきは論なし。即ち二国の跡につきて鑑みるに、支那の代官政治打破−政治的財政的革命は必然的に恐怖時代を伴うべき約束のものに非ず。フランスが貴族僧侶より七十億円の土地を得たる如く、日本が諸侯武士より全国の土地を得たる如く、支那は代官階級の土地と財宝とを没收公売して乱後整理の数十億万金を得、以て日本の健行せる足跡を追うに足る。 −即ち支那の財政整理は外款に非ず外人顧問に非ずして、唯革命的精神をしてその位を得せしむることのみ。問題は今後の支那が日本の如く革命後の建設を健確なる順路によりて成し遂ぐるか、又フランスの如く国家の発狂に至るかの二途なり。而して諸公。この問題の答案者は支那に非ずして日本なり。支那は単なる提出者に過ぎず。列強が干渉し侵略せざるならば日本の如く、然らずんば或はフランスの如しとしてその革命を進めざるを得ず。日本とフランスと、等しく前代の破産を継承したり。しかも日本はフランスと異なり中世的階級に対して多大の金祿公債を負担して整理を始めたり。十年戦役の不換紙幣濫発の極に於てすら銀紙比価半額を下りたることなし。 しかるにフランスを見よ。干渉に対する戦争の為に余儀なき『九三年』の恐怖時代を現出し、国家を挙げて外戦内乱の一大軍営と化せしめ、為に前掲七十億円の外不換紙幣三十五億万を有し、銀紙投機を為す者を六年の禁錮に処してしかも尚紙価百分の一を保つに過ぎざるに至る。九十五年恐怖去りて一万法の紙幣の市価僅かに金五円、六人の会食費六万法を要し、翌九十六年(革命発生の一七八九年より八年後)に至りて不換紙幣百六十億円市価五百分の一なりしとは恰かも夢物語に非ずや。
実に同一なる二国の革命にしてその建設の道程にかかる雲泥の差を来せし所以のもの、日本民族の賢にして佛人の狂なるに非ず。一に唯外国干渉の有無に存す。諸公。単純なる貿易的打算を第一義とする今の低級なる対支外交策の上に於ても、支那の革命が日本維新の如く順風に帆走する事を希望すべく、国国の発狂に驅らるゝは好まざるところなるべし。斗升の顧問輩、支那の事幣政整理を先務とすとなして借款交渉屡々これを主題とするのとき、支那が恐怖時代を演じてフランスの如き革命紙幣の支払をなすと聞かば驚愕卒倒に値すべし。 不肖は断言す。支那をしてフランスたらしむるか日本たらしむるかは一に干渉の力を有する日本の態度如何に決すと。清朝のルヰ王が鉄道売国の内応者となり四国の財政的侵入軍が迫りし第一革命当時に於て、支那はフランスに学びて侵入者を扞禦すると共にルヰを刎ねし如く大清皇帝を驅逐したり。これ支那の興国的気魄が東洋に武力を用いる能わざる四国連合を眼中に置かざりしを以てなりき。しかるに日露の参加せる五国借款が中世的代官の巨頭を鹽税売国の内応者として侵迫せし第二革命の時に及んで、支那はフランスの如く発狂せず切齒忍辱以て革命の再来を待てり。 これ支那の興国的聡明が日本の武力に抗することの不可能にして不利なるを知れるを以てなりき。愚呆漢と驕慢奴とは一斉に手を拍って嘲笑して曰く、支那人の節義なきかくの如し。咋革命を叫び今袁に俯伏す、眼前の名利を事として国家百年の長計を知らずと。しかも遙かに下瞰し給う皇祖皇宗の眼は怒に燃えて云うべし。日本国交の一点節義なきこと一にここに至るか。咋保全主義を叫んで強露を挫き今敗露に従って分割の犬鷹となる。欧人の煽揚を以って足れりとし借款手数料の漁利を争いて眼前咫尺の対策だに解せずと。
あゝ諸公。十数年前一括外人を掃蕩せんとして『団匪乱』を捲起したる四億万民の大衆が深刻に国家的覚醒を来せる今日、かの佛人の発狂を日本及び他の四国に加うる精気なしとは何を以て断ずるか。支那が亡国たるべき痴呆狂の外なきものならば始めより団匪乱なし。しからば何が故に佛人と等しきバスチール襲撃を以て始まれる支那の興国的精気が、独り列強の干渉に遭遇する時『九三年』の狂乱狼藉を内外に加えざるべしと考うるか。打算主義の対支外交はボイコットの声にすら辟易す。支那が頻々たる売国代官と借款侵略者との契約を忍受する能わずとして終にその拒絶を『恐怖時代』に訴うるに至らば、経済的勢力圏と対支貿易表とは一挙抹殺せらるべし。二億五千万金の執達吏は恥づべき執行力を主張するか。これ打算外交が侵略主義に転藉する明白なる変説。又他の四国債権者が元利二億万円全部を挙げて執行費用として日本に贈呈すべきことを夢想するものなり。愛国心が四百余州至る所の絶望の谷に隱れ悲憤の森に現われて『国家危急』の鐘を乱打する時、僅々二億五千万金を以て国民的大恐怖を鎮圧し得べしと空想するは借款外交としても侵略政策としても価値なし。 ルヰ十六世とオルレアン公とを通じて見たるフランスと、ダントン、ロベスピールに現はれたるそれとが分割同盟軍をして攻守處を倒にせし前例に鑑みよ。清帝と袁世凱とのそれに加えたる暴慢を以て譚人鳳及び団匪的愛国党に号令さるべき支那に望まんは笈々乎として危うし。敢えて執達吏逃ぐべしとは云わず。しかも、支那侵略はー個師団と三隻の巡洋艦にて足るとかく言せし不肖の前文を悦びし者あらば天下第一の馬鹿者なり。近時譚人鳳故国革命のために上京し事を以て不肖に怒りて曰く。足下速にこれを大隈総理に伝えしめよ。我が国人日本の野心を恐れて常に回天の大業を中挫す。今日亦然らんとす。鄙人将に帰りて国民に告ぐべし。日本強兵ありと雖も我が国の海岸線を封鎖し得るに過ぎず。鄙人一息すれば中国一日亡びず。この翁兵を引きて内地に退守進出する事数年、日本先づ財政破産を以て亡ぶべし。日本何の恐るゝ所ぞ。日支共に亡びて黄人枕する所なし、日本之れを望むや。鄙人伯の一言を餞として去らんと。 あゝ諸公。天の加護日支両国去らずして第二革命が支那の失敗に終りしが故に可なり。もし孫にして怯ならず黄にして勇なりしならば、敵に給付せし違法なる負債は革命政府必ず義務を拒絶すべく、日本は列強と共に或は干渉して恐怖時代を東洋史に書かしめしやも知るべからず。四億万民の発狂は二十個師団全部の動員と五十万噸の船艦とを以てせば或は鎮圧し得べし。恐怖の大暗黒が借款の目的たる財政整理と全く背馳する結果なるは亦問わずして可。貿易は破壊せらる。外債の担保は已に日露戦争にて空し。譚はこれを財政破産と云う。不肖はこの時を以て浦鹽斯徳のコサックが津輕海峡に飲かい、香港のジャックが東京湾頭の砲台に歌うの日なりと断ず。爾能く備中に備えずして徒に鞭を本能寺に向って挙ぐ。日支の武力的差等を対較する如きは無用なる児戯なり。日本の恐怖は『浦鹽斯徳』と『香港』に存す。憂は英露の日本分割に存す。危機去つて遠からず維新より僅かに五十年。 実に何れの点より考蔡するも支那はフランスの如き逆流に投ずべきものにあらずして日本の順路を追わしめざるべからず。日本とフランスとの順逆別るゝ所唯一に外国干渉の有無に有せしとせば、革命をして干渉来の恐怖に襲わしむることは支那を保全し支那を指導すべき日本の為すべからざることなり。不肖はここに第二革命を顧みて軍費貸付に依る一種の干渉なりしことを恨みとす。しかも、因縁するところ実に第一革命に於ける講和斡旋が保守的勢力を維持せんとする英国の指導権に服従せし国策そのものの堕落に発足せるを如何せん。政務局長阿部それは神武皇帝の神霊が岡田満を刑手として行える死刑なり。神明上に在りて照覧す。しかも凡頭俗眼位を占めて自ら賢なりとし、国論却って神の声なるを知らず。諸公。第一革命の終属に於袁世凱を擁立したる事は、あたかも維新革命に於て依然たる封建制度を維持して徳川將軍に代うるに薩長の諸侯を以てしたるものの如し。講和成立より第二革命に至るまでの二年間日本の上下悉く一袁の人物力量に支那の治安を附托して大勢推移の流に一顧する者なく、更に昨年の日支交渉に至つて愈々迷を深くし、学者と論客と吏僚とを各々衒う所を競いて現状を前提とする帝政共和の空論に耽けるを見たり。
徳川氏に薩長の代わりしとも痴呆大名と腐敗武士とが国家組織の中堅たる間は憲法発布の如き砂上の楼閣に非ずや。自ら崩れ已に崩れ将に崩れんとする中世的代官政治の砂上に近代的政体の楼閣を築かんとする者、その君主政と共和政とを問はず空なる建築に終るべきは論なし。阿部某は天の運らせる東亞復興の計を傷けんとしたる匹夫。天一匹夫を斬て国民をして終に今日神の声を叫ばしめたり。『討袁革命』これなり。国民が神の声を挙ぐる時、吏僚学者等の端倪すべからざる超論理的の者を有す。支那は共和政体ならざるべからず。支那は君主専制にあらずんば統御する能わず。論理堂々たりしかも砂上の楼閣なるを如何。神は国民に結論を與えて説明を避く。しかも『討袁』の二字は維新に於ける『倒幕』のそれの如く中世的階級の代表者を指名したるものにして義理明快これに過ぐるなし。幕府の乱臣賊子なりし万惡を挙げて政撃の乱矢を一点に集中せしめしは天の戦略。しかも天の深意は後に代表せられたる三百貴族及び武士の一切を顛覆する事にありしは是を維新革命に見たり。
しからば今の討袁軍が中世的代官階級の誅戮に至らずんば止まざるべき天意に存するは敢て不肖輩の説明を待たざる所。何者の愚ぞ、今の時段といい馮といい岑といい唐といい黎と云い殆ど将軍位の継承を水戸に求め仙台に尋ねるが如きや。特に況んや袁に致されたるの久しきに懲りて今日の事唯袁を退位せしむれば可、その何人なるを問わず日本に誠心より信ョするものゝ出づれば足るとなす。これ諸公の近眼政策に非ずして『愚呆』が内閣を左右し、『驕慢』が国論を指導しつゝあるが為ならずとせんや。支那が国家の存立及び興隆の為に日支相携うべしとするは革命的愛国者が権力を握りての後。自己の地位の保障と安全の為に日本に臣事すべしという意味の親日主義者を求めんと欲せば、何ぞ彼の日本の統治下に鼓腹せんと公言せる肅親王を擁立して東亞の大局を定めざるや。過去の権力と握手して將來の国策を定むべしとする日本現時の大矛盾は昨夜と今朝との明暗を知らざる盲人の所行なり。諸公。不肖は前に第一革命の排滿興漢なる所以を解説したり。しかしながら是を維新革命に対照する場合に於ては、日本は異人種の征服なかりしが故に革命の実質『興漢』の二字を考察すれば足れり。もとより排滿の本義は満人の君主と及び満人に仕うる漢人官僚の排倒を意味して『排滿興漢』が則ち討袁興漢に至るべきは論なし。 日本はこれを『尊王倒幕』と云えり。諸公。薩摩長州の大名等が徳川氏に代わりて封建制を維持せしならば単なる倒幕といい得べきも、尊王の本義即ち中世的階級を一掃して一天子を国民的大首領としたる民主的大統一を見る能わざりしは論なし。『興漢』は尚『尊王』の如し。長州侯はよしんば倒幕に力ありしにせよ、尊王の本義と相納れざる中世的貴族なり。袁世凱その他の漢人が排滿運動に裏切りの勳功ありしにせよ、満人に仕え満人と共に中世的代官階級の人なる事は『興漢』の根本目的と両立せざるものなり。故に人種的感情を除却して考うる時は『排満』は自らにして満人及び満人の中世的統治権の代官たりし凡ての漢人官僚の排斥を包含すること、恰かも『倒幕』が幕府及び幕府を盟主とせる凡ての諸侯武士の倒壊を意味せる如し。而して諸公。古今凡ての革命とは説明を除きたる結論のみを天に與えられたる国民的運動なり。故に多く理論の冷頭に借らずして情熱の激浪を捲く。不肖は緒言に言明してフランス革命が百年後の今日正当に近き解釈を得、維新革命が五十年後の現時一の理解なしと云えり。実に維新革命は理解なき天の結論を人の情熱にて遂行せるものなりき。 万世一系の皇室がョ朝の中世的貴族政治より以来七百年政権圏外に駆除せられ、単に国民の信仰的中心として国民の間に存したる事が、維新の民主的革命に於て民主々義の大首領をコルシカ島より輸入せざりし天佑に保全せられたる真義は未だ埋没せらる。明治大皇帝が国民の身命と財産との所有権者に非ずして、貴族政打破の国民運動に号令し鼓舞し計画しその渇仰の中心たりし重大なる価値は未だ埋没せらる。力に訴うべき断乎たる決意と準備とを具えて中世的階級の経済的基礎を一挙にして覆えしたる時はダントン、ロベスピールを行ひ、帯刀の失業者が反動的運動を言論に求めたる時は頻々たるクーデターを決行し、終に西郷南洲を擁立したる武士階級の暴動が土佐奥州の各藩を語らいて第二革命の旗を挙ぐるや、市民と農民とに編成せられたる民主的軍隊を以て一撃に弾圧せる大ナ翁たりし深甚なる光輝は未だ埋没せらる。
『万機公論に決す』の自由主義を宣布しつゝしかも二十三年間専制を以て統一したることは、サンジュストが、『憲法を設くべからず、自由を害するものを刑戮する能わざればなり』といえる、専制によらざれば得べからざる統一的要求を自由と混同せしフランスの妄動の及ばざる所。二千五百年間縷々として滅せざりし神道の法燈が国民の興国的信仰を統一したることは、寺院を毀ちたる後に女優を擔ぎ出して礼拝しロべスピール自ら噴飯すべき法王となりて『道理』の神を祭りしフランスの狂態の及ばざるところ。民主的革命家が同時に専制統一の皇帝にして亦同時に復興せる信仰のローマ法王たりし三位一体的中心の下に行われたる破壊建設の整然たる運動は、国王が売国奴となり寺院が地獄となり自由が断頭台たりしフランスの反動と革命を幾反覆せし乱脈の及ばざるところ。 −これ等維新革命の意義及びその代表者たる明治大皇帝の英雄たる所以の本体は五十年後の今日に至りて尚未だ深く埋没せらる。しかしながら諸公。かかる理論は事後に来る説明に過ぎず。『尊王倒幕』が五十年前単なる結論として天より與えられたる時、幕府が代表せる貴族政治を倒し皇帝に代表せられたる国民的自由統一を求むる理論に走らずして、国民の革命的情熱は北條足利の乱賊と楠公父子の忠烈に激動したり。この極惡の跳梁と至善の悲劇とを対立せしめて歴史の涙を絞ぼらしめ以て維新革命の種子を七百年前に播ける遼遠なる天意は、公等これを二百数十年前の明末義人の涙痕血史に類推する能わざるか。排満興漢の理論的説明は一外人の身を以てして今の時特に早計なり。しかも明の亡びんとして残せる幾多湊川四條畷の大悲劇は、不肖これを太炎等の論議に見又維新革命に鑑みて、実に一九一一年の革命を捲起せる唯一の感情的動力なりし事を疑わず。彼ら憫むべき人類は天の戦略を知らずして唯満洲朝廷を退位せしむれば足るかのごとく奮進したり。あたかも高杉西郷等凡ての人類が徳川氏を倒せば維新の目的終れりとせしが如し。天は説明せずして戦略す。 倒幕の破壊運動の為に兵を取りし諸侯武士と雖も尊王の建設目的四民平等の終局理想に至っては終に煮らるゝの走狗たらざるを得ざりき。満人と共に排斥さるべき漢人吏僚等は戈を倒まにして排満運動に參加し雷同し降伏せり。しかも終に興漢の建設時代に入るや己れ先づギロチンに引かるべき運命なる事を解せざりき。代官階級間に有せしいわゆる『満漢の争』は彼等を迷わしめたる天の計策にして、維新に於ては関ケ原以来の宿怨旧恨を利用して然る後に両者共に倒したるそれの如し。『亡国階級』が二分して一の『満人貴親』が政権より脱退し、他の『漢人代官』等が興漢党と提携したること、これ実に第一革命の天意。唯日本の如く尊王党の権力を把握せざりし所以は前掲諸多の原因と共に、日本が英国の代官階級保守策に隨伴せし講和干渉のありしが為のみ。天茫々仰ぐべからず。もし孫の如き愚呆なる驕児が大總統の栄を窃まず、革命捲煽の盟主たりし故を以て譚人鳳を擁立せしとせば彼が如き団匪的豪雄、必ずや干渉二国を敵として既に早く恐怖時代に支那を狂せしめしや論なし。 天、愚人島談ずるに足らずとなし、革命を二段に分割して先づ排満運動を終らしめ、興漢の本義はこれを数年後に留保せし乎。しかるを彼の驕児と第一次に恥ぢざる愚人島興行団とは眼前の名利に眩してこれをいわゆる第二革命なるものに試む。豎子尾を卷いて走りしが故に可。支那をフランス革命たらしむるか維新革命たらしむるかを決すべき日本は、当時未だ日英同盟と日露協約の走狗たりしを如何せん。爾今満三年の日月、日本は買弁袁世凱を通じて行わるゝ英国の排日政策に覚醒し始めたり。又ロシアが日露再戦を夢想する能わざるべく、現下の大戦によりて打撃せられ全く爪牙なき尨大の熊となれるを発見したり。而してこの間に於て支那は依然たる亡国借款の売国階級を観察し、袁に代表せられたる中世的代官階級の顛覆によりて『興漢』の根本義を樹立すること『尊王』のそれに対するが如くならざるべからざることに徹底したり。元勲先生らの犠牲心なき汚行は全支那の愛国的年をして悉く自己の肩上に懸かれる国家の危機を自覚せしめ、奴輩再び位を僭まば須らく斬って棄つべしと憤りと共に各人各々頸血を漑ぎて国難に当らんの赤誠に熱狂せしめたり。−あゝ万人地に伏して神明の照す所を泣謝せよ。天、黄人の地獄界に在るを憐んで日支提携を急なりとし、先づ俗吏をして日本の対支外交を誤らしめ豎子をして支那の革命第二期に敗れしめ、以て両国今日の覚醒を来たさしめしもの。阿部某と孫文と、大悟一番すれば共に天の使徒。不肖は諸公に従いて夙夜黽勉精励以てこの深甚なる天意に背かざるを期せん。 遮莫、第二革命の因を爲せる故宋ヘ仁の横死は誠に悼むべく憤るべきものなりき。−あゝ天人倶に許さゞるのこの大悪業よ。亡霊の浮ぶべからざる怨として遺友三年胸奥に包みたるこの大秘密よ。袁は主犯に非ず一個の従犯なり。暗殺計画の主謀者は彼と共に轡を列べて革命に従いし陳其美にして、更に天の従犯は驚く勿れ世人の最も敬すべしとせる○○○なるぞ。−あゝ人、権勢に眩する時、万悪為さゞるなき一にここに至るか。深甚なる天意の三年後の今日に存せしことを知らざりし故宋は、譚黄らと呼応して五国借款拒斥に努むると共に、日本の大錯誤を悟らざる対支政策下に於て動乱を反覆することは故国の滅亡なりと考えたり。
彼は国民党を組織して自ら実権総理となり、上下両院に亙る三分の二の絶対多数を占めて将に選挙さるべき正式大總統の人撰を方寸に收めたり。彼は孫君が南京政府に於て為すなき木偶なるを見、更に故張振武事件を提げて肉薄せし時袁の実に與みし易き卑怯駑才なるを視たり。彼は南孫を推さず北袁を考えずして第三者−最も愚呆脆弱なる黎元洪を黙想しつゝありき。黎は孫袁等の假大總統たりし間副大總統たりし者、二人の争闘を鎮撫するに憲法上の当然的順位者を以てし、実権を革党に把握して危険なる過渡期の渦流を棹さんとしたり。北袁南孫がかかる故宋を倒すべき立場に於て握る所ありしは後に至て歴々挙証さるべきところ。諸公。譚人鳳の乾坤を一擲せんとする主戦一貫策とこの聡明なる過渡策とを三年後の今日に於て批許すペからず。彼は瀧の如く滴たる血潮を抑えて干右任君の首を抱き遺言して曰く。南北統一は余の素志なり。諸友必ず小故を以て相争い国家を誤ること勿れと。一宋の死は革党の脳髄を碎きたるものなりき。黄は棺を抱き膓を絞りて泣けり。譚は後れ来りて獅子吼したり。天下騒然。 −惡逆ここに至っては亦何をか言わん。主謀者は葬祭に奔走したり。一の従犯袁は北京より弔電を致せり。他の大なるそれは最も大なる花輪を送れり。悲しめる黄は唯進退に迷い、怒れる譚は武力解決の外なしとしたり。而して正反対の結果を見たる彼等凶徒は、北の従犯を倒すべしとして、他の大なる従犯と共に挙兵を叫び以て天下の耳目を欺きたり。北の従犯は主謀者と他の従犯との背信に怒りて寧ろそれ等を発きて自ら潔くせんが為に意外なる強硬に変じたり。革党の輿論は彼の強硬に怒り且つ北の彼を主犯者と錯認せることによって他の従犯を立てゝ真の主犯者と共に不義の軍を起さんとす。 挙兵の謀略は上海都督府より底なき樽の如く洩れたり。下手人らは租界警察より主謀者らの権力内に引渡さるると共に忽ち毒殺せられ忽ち逃亡したり。挙兵に躊躇したる黄は主犯者と従犯とより袁に結べる者なるかの如く垢罵せられ、却って彼らと結べる袁は悲痛に喪心せる黄を宋暗殺の嫌疑者として法廷に要求したり。全支那の急進愛国党は唯彼の死に激動して鼎の沸くが如く、却って彼の遺言に背馳せる北伐討袁を準備したり。あゝかくの如くにして宋を殺せる元凶両犯は宋の死を弔うの名に藉りて第二革命の陣頭に立たんとす。正義の鼓動を感ぜざる日人浮浪漢は阿付追従を事として唯々雷同したり。現世明かに見たる畜生道の巷よ。魔鬼跳梁して人心明を失える時、黄を醒まさんとして訪える不肖は却って彼より面会を謝絶せられたり。亡霊一夜まざまざと枕頭に起ちし翌る日、不肖は秘密の所在を発見したり。義を見て為ざるは勇なし。朝露五十年何の惜む所ぞ。不肖は秘密の蓋に手を掛けたり。あゝ神か魔か我が手将にそれを開かんとして忽ち打ち払われたり。−三年の退去命令。実に長くも尊き釋尊の降誕し給いし四月八日。 当時不肖は俗吏何をか為すとして領事有吉君を怒りしと雖も、三年の今にして回顧すれば氏は兇徒の殺害計画より不肖を救い出せし我が神の使なりき。老譚が氏を訪いて命令の取消を懇願し、その聴かざるや将に挙兵せんとする湖南に携え、『我兵力を以て足下を保護す、日本一北氏の為に戦を宣する能わず』と勧めたる厚意を謝して、−独り悄然として埠頭を去りし喪心の影よ。
長江流れて濁波海に入ること千万里。白鴎時に叫んで靜寂死の如し。断膓の身を欄に倚せて千古の愁を包める浮雲を望み、天日の悲しむを仰ぐ。限りなき追憶は走馬燈の如く眼前に浮びては消えつゝ。−満洲の馬賊運動より帰りし彼の始めて来訪せし七年前のこと。刑吏に追尾され、時に一飯の食を分ちし窮時のこと。惡女の深情に困惑せし滑稽のこと。武昌都督府の玻璃窓に震う砲声を聞きつゝ宿志遂行の欣快に寝物語せし抱寝のこと。砲弾落下の中を漕ぎて蒼白の顔を見合せながら弾は中らずと傲語せし若さのこと。同時声を合せて生きて居たかと相抱きし南京城外の嬉しかりしこと。横死の前日議論を上下して相争いし後悔のこと。白きべットに横りし死顔のこと。主犯者が空涙を浮べつゝこれ宋先生の親友なりとして未知の吊者に不肖を事々しく紹介せし挙動の不審千万なりしこと。黄興干右任君らの腸を絞るが如き泣声の耳を離れざりしこと。蹌踉として棺車を引きし思い無量の長途なりしこと。霊前に別を告げんとして至るや、讐を報ずるの日を待てと思うと共にハラハラと落涙せし昨日のこと。−而して思いは廻りて幻の如く枕頭に立ちし亡霊の不可思議に返りつゝ。
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【十五 君主政と共和政の本義】 |
袁と孫の私心を以て対抗する第二革命以後。袁氏皇帝の『籌安会』と孫家神聖の『中華革命党』。袁に依らざる君主政と孫に依らざる共和政は共に支那に思考し得ペし。維新革命とフランス革命とは自由と統一を要むる歴史的進行に於て全く同一なり。革命前の政治的解体の意味に於ける自由。ルソーの天賦の自由とは動物の生れ乍らにして有する本能的自由の義なり。専制統一の理論なくして本質に於てそれを要めたる『革命政府』。維新革命亦本能的自由を得たるが為に起り、しかも明治大帝二十三年間の専制統一によりてかかる自由を圧伏したり。フランス革命亦始めより自由の為に統一的中心の国王を否定したるに非ず、国王に代って『革命政府』、『公安委員会』、『ナ翁』を統一的中心として終れり。革命の始めより大ナ翁を有せし維新革命は革命の直接目的、新たなる専制新たなる統一を得たり。故に支那は日佛革命の意味に於ける君主政体たり得べしと云う。近代的統一とは自由の基礎の上に立てられたる専制にして、又自由を保護すべき為の統一なり。白人の歴史を自由政治となし黄人のそれを専制政治となす迷妄極る俗見。日本及びフランスの革命論に復古的調子ありしとも近代的自由政治の建設なり。進化律は古今を流るゝ時間的のものにして東西を分つ地理的のものに非ず。革命の三年は三世紀を飛躍す。支那は武漢のバスチールより一貫的に共和主義を掲げて動かず。革命的理想を動搖せしめざりし点に於てフランスより優れる日本及び支那。支那革命の理想は五族統一の大共和主義なり。純然たる奴隷の佛人が自由政治を建設せし意味に於て今の支那は自治政治を得べし。今の支那は悉くいわゆる天賦の自由を得たり。天賦の自由すらなかりし人類物格時代のフランス及び日本。今の支那に中等階級なきが故に自由政治の基礎なしと云うは因果律の転倒なり。革命前の日本フランスに中等階級ありしか。米国は中世的掠奪者を本国に見捨てたる近代的人格の集合にして、始めより自由政治の基礎たる中産杜会なりき。米国の独立と革命とを混同する一般の俗見。古来支那に自由ありという孫君の論理的錯乱。海外貿易より生ぜる中等階級の萠芽の支那に存することは尚日本フランスにそれ等の然りし如きのみ。支那の自治政治と中等階級は官僚討伐後に来る者。自由民の支那は恐怖すべき大富強を推想せしむ。自由と統一を君主政に得たる日本、それ等を共和政に求めつゝある支那。
諸公。天人倶に許さゞるいわゆる第三革命の大罪惡は日本の大誤策によりて亡ぼされたり。天は魔を打つに魔を以てするの方便あり。而して暗黒時代の三年間に於て、支那は元勳先生等の贋造貨幣なることを発見し、日本はその後援せる袁世凱より十分に裏切られたり。日本を裏切れる魔と支那を欺ける魔とは相戦いて共に天の斧鉞に終るべき運動を知らず。袁は北京に於て孫[竹かんむり毎瓜][竹かんむり均]胡[王榮]君等の路を踏み迷える革党諸氏を集めて『籌安会』を作り自ら皇帝たらんとしたり。孫は東京に於て『中華革命党』なるものを組織し、陳其美戴天仇居正田桐の諸氏を集めて亦籌安会となし、孫逸仙神権説を主張したり。魔は終に愚。袁魔は日本が誤策より覚めて彼が英国の買弁たることを発見せしを知らず、自ら皇帝たらば隣邦の承認容易なるべしと孜々三年を努めたり。孫魔は支那が第一革命の事を破り、第二革命亦同志を死地に投じて遁竄せし彼の諸罪を断獄すべく準備せることを知らず、我れ共和を叫ばゝ隣邦の後援国を挙げて来るべしとなし、亦切々三年を努めたり。
−努めたるかな両魔よ。天日未だ輝かず魔軍相争う暗黒の今日までに於て、亦天の審判を知らざる日支両国の群小は各その従う所によりて政体論を争いたり。利を啗える吏僚政客は曰く、支那は袁世凱の力に依ってする専制の君主政体ならざるべからずと。名に飢えたる支那浪人等は曰く、支那は孫逸仙の理想に照らされたる共和政体ならざるべからずと。投降将軍と遁竄元勲と籌安会と中華革命党と、袁氏皇帝論と孫家神権説と、これ等何程の相違ぞ。二人者始めより魔の使にあらず。唯その器にあらずして外援の為にその位を窃み、一度び権勢の毒果を味いてより肝脳頽壊して魔質に変じ、以て万惡為さゞるなきに至れるのみ。諸公。支那はもとより君主政体たり得べし。何となれば建国以来の歴史が然りしを以てなり。唯袁世凱が有する中世的思想と中世的代官階扱とは已に亡びつゝある過去のものなるが故に、彼は近代的君主政体を建つべき国民的基礎を有せざるを如何せん。 支那は亦もとより共和政体たり得べし。何となれば君主建国の歴史が急激発展して然りしフランスあるを以てなり。唯孫逸仙が有する植民地的思想と米国的社会組織とは支那大陸が氷河に洗われて無人の平野となるべき大将来のことなるが故に、彼は連邦制と大總統責任制とを移住せしむべき土地を四億万民に占拠されつゝあるを如何せん。不肖は断言す。袁に依らざる君主政体と孫に導かれざる共和政体とは共に両つながら支那に於て真理なりと。而して更に断言す。真理とは実現の立証を待ちて真理たるものなるが故に君主政体と共和政体とは支那に於て両つながら交わるばる或は幸いなれば同時に行わるゝものなりと。 この逆説真理はフランス革命と維新革命とが形式及び徑路に於て悉く異なるに係らず、『自由』と『統一』との歴史的進行の本質に於て全く同一なることを看取せる者にのみ理解せらるべし。凡て革命とは古き統一即ち威圧の力を失える専制力が弛緩して、新たなる統一を求むる意味に於て強大なる権力を有する専制政治を待望するものなり。而して近代革命とはこの統一的専制的権力が自由に発表せらるる国民の政治的理解を代表するものなる観察点に於て自由政治を樹立するものなり。即ち同一なる自由にして未だ新たなる統一的権力を得ざる時期の−例えば腐朽せる旧専制政治の弛緩せる結果として生ずる、脱税し得る自由、法網を免れ得る自由、罪惡を犯して罪する力を見ざる自由、兵変暴動を起して征討されざる自由、帝力我に於て何かあらんの自由は、これ革命前の政治的解体と称すべきものにして近代的意義の自由に非ず。彼の孫君等の非論理的低脳は支那の現時にかかる社会的解体の存するを見、又旧権力を拒斥し得る各種の自由なる言論及び行動の存在するを見て、我が支那は古来自由の民なりと妄断す。しかもかくの如きは彼自身の努力する自由を得んが為の革命その事が屋上架屋の無用事なりという自殺的反撃に逢うものなり。而して亦袁の夢想する専制政冶とは専制し得る権力その者より弛緩朽腐して存在せざるが故に殆ど無より有を生ぜしめんとするもの。
彼の凡ての努力は今後永久に太揚をして地球の表面に支那の部分だけを照らすことなからしめんとする妖術の研究なり。諸公。現時の支那は或る者の主張する近代的君主政治を建つべき『統一』なく、又他の者の力説する近代的共和政冶を敷くべき『自由』なし。已に存する者ならば将に求めんとする努力を要せず。いやしくも一国の革命として全国民が存亡を賭しての大努力を考察するに於て、由来日本の朝野はこれを理解すべく心事甚だ敬虚を欠く。もとより革命に当りては古き統一的権力を批判し否定し打破し得る『思考の自由』と、その自由思考を実行し得る程度にまで旧専制力の弛頽し了われる『実行の自由』を要す。これ社会的解体の意味に於ける自由なり。従って革命とは自由を得んが為に来るものに非ずして、自由を與えられたるが故に起るものなりとも考え得べし。 あたかもフランス革命に於て彼のミラボー等の貧乏貴族が貴族政治を批判し得る思考の自由と、その思考の否定に基きてこれを打破せんとする実行の自由とが、これらに対する抑圧力を失えるまでに旧権力の弛頽せし社会的解体の結果として與えられたるが如し。これ野蛮人及び動物の生れながらに有する本能的自由にして、ルソーは天賦の自由と命名したり。しかしながらこの天賦的本能の発動はフランス革命を産めるものにして、フランス革命より産れたるものに非ず。即ち生物たる意義に於て有すと言える本能的放縦は中世組織の崩壊が産みしものなり。而してフランス革命の育成したる者はかかる自由を拘束し統制せんとする専制統一なりしことは事実の立証する所なり。『革命政府』が大殺戮を以て自己に反対する者、自己を非議する者、自己を指す者の自由を蹂躙して、暴君逆主の専制を敢行したるを見よ。これ最も露骨に革命が自由を與えず専制を求むる者なりという原理を挙示す。革命政府が革命の目的を理解せず、『国家の存立の為に我等は専制的統一を要す』と言うことの代わりに、『自由の為に他の自由の蹂躙を敢てす』という自殺論法に陷れるを以てこの原理に疑惑を生ずるものあるべし。しからば維新革命を見よ。
王覇を弁じ得る『思考の自由』と覇を倒して王を奉ずべしとする『実行の自由』とが、その階級間に齒されざるほどの最下級武士によりて現われ、而して封建制の旧権力がこれを弾圧せんとして却って白昼大臣の頭を切り取られたる程度にまで腐朽せし社会的解体なりき。いわゆる勤王無ョ漢と称せられし切取強盗の本能的自由を恣にすることを得て幕府を倒したるもの、維新革命は自由を與えられたるが故に来れるものなり。しかも明治大皇帝の革命政府は彼が如く自由の蹂躙が自由なりという論法を取らず、明白に統一的専制の必要を掲げたり。而して革命の目的は一天子の権力下に一切の統制なき本能的自由を圧伏することに在りとして、秋霜烈日の専制を二十三年間に亙りて断行したり。 −革命が自由政治を求めずして専制的統一を渇仰するは東西に符節を合する如し。同一航路を走る船なりき。日本は順風に帆走して統一の直路を取れり。フランスは逆流旋風に会する再三なりしが為に左廻右転して何處に向うものなるやの察知し難かりしのみ。見よ。バスチールの破壊さるる時と雖も、軍隊の威嚇に対してミラボーが議会の神聖を叫びし時と雖も、飢民乱入してチュレリー宮殿の階上に鮮血の鎗が閃きし時と雖も、フランス国民は帝王に対する忠順を失わざりき。彼らは古来貴族の横暴に対して抗争すべく常に王権の擁護を得たる歴史的感謝を持てるものなりき。彼らは不幸にしてルヰ十六世なる売国奴を與えられしが為に、当初の方針を持続する能わざりしのみ。ヂューリエ等の反動的将軍が『ブールボン王なきも可、フランスは一王を有せざるべからず』と渇望せし如く、議会の『七百四十九人の虐主が』大なるネロを組み立てし如く、最も空想的なる自由主義者ラフアエットその人が自由を叫んで王宮に向う乱民をその率ゐる護国兵を以て砲撃せし如く、フランス国民は革命の統一的中心を王室に仰ぎたるものなりき。 これ薩長その他各藩の革命党諸氏が京都の皇室を革命運動の中枢として奉戴すべく努力せしと異る所ありや。彼に於ては動かすべからざる国王の売国的証拠と、將に首都を陷れんとする分割侵入軍との故に終に発狂せざるを得ざりしと雖も、更に統一的権力の中心を『革命政府』に求め『公安委員会』に求め終に『ナ翁』に求めて漸く安んずるを得たり。これに反して日本の皇室は約一千年の長き貴族階級に対する痛恨の涙を呑みて被治的存続を忍びしもの。而して明治大皇帝は生れながらなるナ翁なりき。ナ翁は英艦隊擁護の下にツーロンに上陸せる宗社党を撃破したる愛国者なり。京都の皇室は馬関海峡の列強艦隊砲撃を号令せし断匪的興国魂の中心なりき。ナ翁は大濤の寄する如き暴民が護国兵と共に三万の大衆となって反動の波を挙げし時一撃に掃蕩して革命政府を擁護したり。 明治大皇帝は江戸のブールボン家が親ら海陸の大軍を率ゐて大阪城に屯ろし威嚇を以て己れに臨むを見るや、これを伏見街道に迎え撃ちて追撃席捲忽ちにして革命政府を樹立したる革命的指導者なりき。ナ翁は自由を擁護せんが為に王党の反動的爆発に先んじてクーデターを敢行したり。明治大皇帝は征韓論の名に藉れる第二革命の大臣将軍を一括して藩南に鎮圧したる強大新鋭なる統一者なりき。諸公。フランス革命がナ翁の輸入に至りて完成したりというエミ−ル・ライヒの解説に従えば、革命とはその直後目的とするところ新なる専制、新なる統一を得ることなり。しからば最初より万世一系のナ翁に指揮せられたる維新革命は革命の理想的模範たるものに非ずや。問題は解決せらる。即ち革命後の支那が強大新鋭なる統一を要する意味に於て君主政体ならざるべからずと主張する者に対しては、不肖日佛の跡に鑑みて満腔の敬意を表するものなり。唯袁世凱にて可なり宗社党を推すべしとするは、徳川氏にて可なりルヰ十七世を即位せしむべしとする亡命貴族の見解にしてこの説明に交渉なし。
しからば問はん。古今革命の直接目的が統一に在りとせば、自由を熱叫せしフランス、万機公論に決すべき宣布を以て建てられたる日本は、何の意味を以て自由政治を基礎となすやと。これ革命後の支那が共和政体ならざるべからずとの主張を考察せしむるもの。不肖は亦切実に支那に於ける自由政治の必然的可能を確信するものなり。何となれば近代的統一とは自由の基礎の上に建てられたる専制にして、又自由を保護すべき為の統一なればなり。これ中世的統一貴族的専制との相異なり。その国家組織の基礎が自由民なるか、ある所有者に属する経済的物件たる人類なるかゞ近代的統一と中世的専制とを段画するものなり。歴史は時代の流れによりて段を画すべし。 皮膚の黄白という生理的作用が政治能力という心理的事実を左右すとは不肖等の解する能わざる心理学なるは論なし。進化律の波は白人の居任する地域と黄人の生息する地球の部分とをダーダネス海峡によりて堰き止めらるゝものに非ず。即ち皮膚の生理的差別が白人の政治組織を古来自由主義ならしめしということの虚偽なる如く、黄人のそれが将来永遠に自由組織なる能わずとは大なる迷妄なり。見よ。人類が歴史的生活を始めたる最初の記録が東洋史に於て君主政なりし如く、欧州の古代史亦実に暴君と賢王との跡を残せしものに過ぎず。君権が細胞的分裂作用によりて各地に土地と人民とを所有する権力者の叢生せし欧州の中世史は貴族政治なり。同樣に皇室の王子王孫が各地に権力を樹立して桓武系の平氏清和系の源氏に封建貴族の萠芽をなし、幾変遷の後徳川氏に至るまでの間、貴族政治は日本の中世史を編纂したり。而して『自然に返れ』と叫びしルソーに復古的調子ありしともフランス革命が民主的覚醒の近代史なる如く、復古的理論を以てしたる『王政復古』の名に統一されたる維新革命は大ナ翁の指導統制の下に貴族政治を覆えしたる近代的自由主義の建設なりき。 諸公。進化律とは古今を流るる時間の波にして地埋的に東西を分つ空間の原則に非ず。従ってフランスと支那との地理的空間は政治的覚醒の拡張発展を思考すべき歴史の進化的説明に関係を有せず。もとより水の流れが巌石に障害さるゝ物理的法則はフランスを進化律に洗うこと百年前にして、支那を今日に後れしめたる時間の遲速を生ぜしむ。しかも平和なる岸を逝く百年の水は、革命の断崖を奔躍すると共に千里の江峻一日にして帰ることあり。十年前の支那通が、今日已に一事一物現下の支那を理解し得ざる如くに、代官政治を葬りたる後の支那の躍進的進化は殆ど三年を以て三世紀の道程を奔るべし。不肖等黄人の誇は三百年の鎖国的停滞を開国進取の一詔勅を以て数年間に一鞭飛躍せし維新革命に在り。 しからば維新革命を啓発したる支那が更に維新革命に啓発せられて一九一一年以来の革命を継続しつゝある時、独り四億万の黄人に於てのみ対岸同族の誇を分つ能わずというか。維新革命に於て平民的生活に近き最下級武士が階級戦争を叫び始めたる如く、中世的代官政治に対する眼前に見る官僚討伐軍は、亦実に市民農民と大差なき下級官僚の子弟によりて遂行されつゝあり。而して彼らは始めより、漢人の国家を亡ぼせる仇敵の異人種を君主とせり。為に国家の存立上斬らざるを得ざりし売国皇帝の発見に至りて、余儀なく民主政治を叫びし佛人の如くならず。武漢のバスチールより明白に直截に一貫的に共和主義を掲げたり。これ同一なる自由主義の基礎に立つ近代革命に於て、日本が革命の理想を動かすべからざる君主主義に現わせると対立して堂々たる一貫の旗幟なりとす。 −フランスが革命と反動との幾変動を経し所以は、実に革命の始に於て或は日本の如く、その半ばに於て或は支那の如く、君主政と共和政との間を彷惶して一貫不惑の理想なかりしを以てなり。指導者に理想なく国民に理想の理解なくんば、共和政府が共和主義者を断頭台に送り、民主的国民の投票が挙国一致して一外国人を皇帝に推戴せし如き矛盾を続出せしめて、国本動搖定まらざること数十年なりしは論なし。維新の民主的革命は一天子の下に赤子の統一に在りき。支那の国民的理解は共和旗の下に五族を統一する大共和主義なり。実に革命的理想を動搖せしめざる根本的価値に於て島国の黄人は佛人より聰明なりき。 大陸の同族亦実に白人の迷妄すべからざる不惑の理想を有す。諸公。問題は生理的皮膚に非ずして一に共和政治の基礎たる国民の自由に存す。曰く、今の支那人に共和政体を建つべき国民の自由ありやと。 然りと謂い得べし、−当年の佛人に共和政を建つべき国民の自由ありしと歴史のヘうるならば。実に革命前のフランス国民は自由の微光だに見ざる奴隷なりき。国民の凡ては農民に非ずして農奴なりき。土地に対する財産権を有する能わざる耕作用の生物にして法律上の主体たり得べき人格にあらざりき。夫婦の道徳的人格を有せずして領主の命のまゝに事の貞操を上納せしめ、凡ての処女は領主の弄びたる後にあらざれば婚嫁する能わざる動物なりき。 彼らの自由は唯アフリカ黒奴の如く鉄鎖に繋がれざるだけの自由なりき。諸公。かかる奴隷が十年間の流血によりて自由政治を得たるならば、中世的代官政冶に生活する今の支那国民が、假令先進国より見て憫むべく笑うべきことの多々あるにせよ、今後或る躍進的機会の三年間に於て共和政治の大本を築く能力なしと断言し得べきや。『思考の自由』と『実行の自由』とは亦等しく中世組織の崩壊せる社会的解体として支那革命党と暴民匪賊とに與えられたり。法律より免るゝ自由、盗賊横行の自由、暴動反逆の自由、一切生物として有する『天賦の自由』はかってフランスの都鄙に與えられたる如く、今や支那の各省に普及し終れり。即ち否定の自由と破壊の自由とを以てフランスが革命したる如く支那は革命しつゝあり。
−而して人類は或る時代の政治的社会的組織がその生物的本能と両立せざるに至る時は、天賦の本能的衝動に従いてそれを拘束する組織を破壊す。即ち不肖のいわゆる今の支那に共和政治を建設し得べき自由ありということは、フランスの革命哲学が天賦人権説の愚論に立てる意味に於て、即ち支那人も亦等しく天より生物的本能を賦與せられたる人類なりという意味に於て主張するものなり。人類は或る制度を破壊し、或る組織を建設し得。政冶学の根本原則はこの一あるのみ。中世史までに於ては人類は高価なる家畜にして人に非ず。 彼らは土地に附属せる牛馬として売買贈與せらる。フランスの貴族領及び日本の版籍とはこれにして家畜の生命が所有者の自由なる如く、殿樣の前に立てる武士及び武士の前に立てる農奴は御手討又は切捨てを許されたる物格なり。牛馬が土地を耕やすものにして土地の所有者に非らざる如く、中世史の人類は人としての財産所有権を持てる国民に非らず。果して然らは天賦人権説は今日に於ては愚論なりと雖も、ルソーの唱へたる家畜時代に於ては人類の近代的覚醒を報ずる暁鐘なりしことは蔽う能わず。この愚に近き平凡なる真理がドイツを覚醒せしめたるカントに取りては、人はそれ自身目的なり、手段として取扱わるべきものにあらずと叫ばざるを得ざりしほどの人類物格時代なりき。而してフランスが農奴より目覚めたるが如く、又日本が切捨御免より目覚めたるが如く、支那は明かに人類的生活の権利に覚醒したり。四億万民が各自権利の主体にして君主とその代官とのために存する物格にあらずとの覚醒は、実に中世的君主政治を排除して近代的共和政治を樹立し得べき根基にあらずして何ぞ。各人悉く権利主体たる覚醒は切取強盗の中世的権利思想に対抗して、労力の果実に対する所有権の神聖を主張せしむ。この所有権の近代思想は貴族と諸侯とが刀鎗によりて設定せし土地領有権を否認してフランス革命となり維新革命となれり。支那に於ては売買による代官職の租税掠奪を拒絶して新中産者階級の所有権神聖を主張する排滿革命となり討袁革命とならざるを得ず。愚呆と驕慢よ。
−支那には中等階級なきが故に自由政治の維持者なしと云う者あり。ヤングが旅行せし時、フランスの田園に中等階級は存在せざりき。『十三里行きて四人に会し六里歩して三戸を発見し、耕地四分の一は荒蕪なりし』という全国の土地は僧侶と貴族の領有なりしが故に、自由を主張し得べき中産者無かりしは論なし。(彼の中産階級の勃興によりて封建政治の仆されたるかに解説する白人一般の革命史観は、その提出する各種の革命的理想の基本観念より如何に非論理的なるかを示す)。路傍に土下坐せし農奴時代の日本に於て今日の衆議院を維持すべき自由の農民は一人だに存在せざりき。全国凡ての土地は三百の貴族とその武士階級に分割占有せられ、他は凡て単に耕作用の生物として生活したるが為に自由政治を樹立すべき中産階級なかりしは亦論なし。則ち近代革命とは已に自由政治を維持すべき中等階級の存在より起るものに非ず。自由の理想的覚醒が革命によりて新たなる中等階級を造るものなりとす。彼等は原因と結果とを顛倒して考うる昏迷者なり。已に有する者ならば将に求めんとする理想を生ぜず。 −孫逸仙の米国的理想が度すべからざる空夢なりとは茲に存す。もし孫君が共和政の犯すべからざる首唱者にして同時に権化なりきといえる不肖の前言を悦びしならば亦天下第一の馬鹿者なり。彼に於ては自由移住民が自己の権利として労力の果実を新開地に收めんとして所在国を建てたるもの。開墾の土地は直ちに彼等の所有権を設定したり。彼らは土着の異人種に対しては強力の中世的権利思想を以て臨みしと雖も、彼等の労働による近代的所有権を脅かすべき者を彼等の間に有せざりき。彼らが本国を見捨てたるはいわゆる個人主義云々の俗論を以て解釈さるべからざる事にして、掠奪より免れんとする人類の本能に従いて中世史を見捨てたる歴史的意味のものなり。米国独立史が近代史の卷頭に書かれ、フランス及び欧州各国の近代革命が米国の獨立に啓発されたりとはこの謂いなり。則ち米国は中世的掠奪者を本国に放棄したる近代的人類の集合にして、集合それ自身が共和政治なりき。 彼らは各人悉く財産権の主体にして近代的人格なりき。彼らは生れながらにして自由政冶の基礎なる中産社会なりしなり。従って彼らは自由政治を建設するに当りてその前提たる革命の努力を要せず。−米国の共和政治とは勤勉なる開墾事業にして破壊建設を流血に訴うるフランス及び支那の革命と何の相似たる所ぞ。彼らに取りて開墾その事が自由の建設なり。ワシントンは単なる開墾事業の大村長にして乱世を統一する英雄の事業と何の係わりありや。 革命の努力なかりし国を範として将に革命されつゝある本国の指導者たらんとせし孫君の低脳に基きて革命の支那を考うる者よ。米国が欧州各国の革命を啓発せしことは彼が欧州の移民によりて得られたる最初の近代的理想の実現なるを以てのみ。しかも移民の得たる所を本国の求むるに及んでは、移民の有せずして本国に存する中世史の破壊より始めざるべからず。ルソーとカントとは米国に無用なり。彼らは人格として耕やし人格として持てり。彼らは彼ら自身が目的にして彼らを手段として取扱う皇帝と貴族僧侶を有せず。しかも彼らの本国に於て彼らを学ばんとするには、先づ天賦人権説によりて人類としての動物的本能より覚醒せざるべからず。耕作用に馴育したる家畜の鎖を断ちて、広野に放たれたる猛獣としての人類に覚醒されざるべからず。而して中世的権力の鎖は腐朽して自ら断たれたり。家畜は檻を出でて猛獣の天賦を現わしたり。動物は食わざるを得ず。人類は財産権を求めざるを得ず。
彼らは食うべき財産権を寺院の土地に奪い貴族の領土に掠め帝王の中世的所有権に求めたり。革命とは移住民の組合組織に築かれたる自由民に起る何らの理由なし。則ち近代史が自由なき中世史より脱却せんが為に人類を獰猛なる破壊に驅る期間を名けて革命と云う。しかり。近代史が自由政治を意味せば尚未だ中世史を脱却せんとしつゝある過程中の支那に向って、自由政治の基礎たるべき中等階級なしと論ずるは、古来自由ありと答弁する孫君と伯仲すべき論理的錯乱に非ずや。革命起るまでのフランスに農奴ありて中等階級なく、維新史に至りて日本は土百姓より自由民の中農階級を生じたり。即ち二国共にその国家の中堅たる中等階級は革命によりて生まれたものにして革命の前に存在したるに非ず。もとよりフランス革命が植民地発見に係かる海外貿易の為に新たなる中等階級を都市に萠芽し、日本亦鎖国の厳法を破りて密貿易をなして富める都市の新中等階級を発生して、近代的権利が中世的それに侵されざる主張に立ちて革命の先駆たりし者はありき。あたかも今の支那に於て海外貿易の為に生ぜる中等資産者が代官的権利に奪われざる主張を持して多くの開港場に叢出し、以て近代的権利の前驅となりつゝあるは事実なり。
(例せば南洋地方及び租界居住の商売が革命先覚者に最も多くの後援を為せし如し。)しかしながら近代国家の基礎は少数者に非ずして自覚せる多数国民に存す。フランスの富国が中世的階級の土地を分有せる自作農民の財産権に基ゐする如く、日本の強兵が大名武士より奪いし農民の経済的独立に根源する如く、支那亦実に四億万民を農奴土百姓より解放して代官階級に代われる経済的自由民の天地たらしめずんば止む能わず。−支那の自由政治と中等階級は『官僚討伐』の後に来る。自由民は自由の思考と自由の実行とによりて大ナ翁を擁立して欧州征服戦を戦い、明治大皇帝を奉じて日清日露の大戦に打ち克てり。しからば来るべき四億万民の自由は終に昔年の大總統窩濶臺汗を選挙して退潮落日の白人を血蹄に蹂躙するの日なしとせんや。今日までの支那に共和政を建つべき自由なきは佛人の農奴たりし如く、日本人の土百姓たりし如く事実なり。しかも共和政の理想を実現すべき自由を得べきことはフランス革命が歴史家に抹殺さるべき虚構ならざる如く、維新革命が梧下の一夢に非らざる如く亦確実なる事実なり。
不肖をして欧米崇拜家の奴隷心を粉碎すべく一言せしめよ。自由主義の近代的革命を当初より君主政治に掲げて動かさゞりし日本は、共和政府に専制せしめたる白人より遙かに聡明なりしと。而して又当初より共和政治を唱えて惑はざる支那は、主権を外国人に世襲せしめんとせし彼より亦遠く政治的能力にて優越なりと。フランスを以て革命の金科玉條と景仰する勿れ。彼は国王の売国と列強の侵迫の為に革命的理想を動搖せしめて日本と支那との間を迷える変態化の革命のみ。自由と統一を君主政に得たる者は日本なり。同一なるこれ等を共和政に求めんとしつゝある者は支那なり。歴史は形式の衣を脱ぎて後世の治者に訓うる所多し。ここに於て疑問は百出すべし。曰く何曰く何、日く何と。 |
【十六 東洋的共和政とは何ぞや】 |
暗殺されたる故范鴻仙君の至言。支那は将に大殺戮時代を見んとす。ロべスピール、ナ翁、明治帝の觀音的夜又王。今の支那は一に英雄の出現を待望す。投票神聖論は共和政治の本義に反す。ナ翁と明治帝の自由弾圧なかりせばフランスは貴族政治に復古し日本は封建制度を維持せしなり。フランスの反動的大挙兵は支那革命成立のとき亦た同一なる反動的大暴動を推想せしむ。人を食むの自由を虎に許すべしと云う共和故治の誤訳。官僚の国外亡命を許さば終に恐く支那分割軍を導く事フランスの如くならん。明治大帝の大折伏を学ぶべし。義和団匪をウオステリッツの野に指揮する英雄の出現を推想せよ。支那の大總統は翻訳的議会より選挙さるべからず。『東洋的君主政』と『東洋的共和政』とは何ぞや。君主なき後のフランスと同一なる支那の不安。シーザーの古代共和政よりも遙かに優秀なる理想として東洋には蒙古の中世的共和政あり。白人は共和政の専有者に非ず。何人が終身大總統として支那を統一すべきの問い。議会の饒舌は英雄を沈默せしめ、民意を代表すと称する者の投票は革命の時特に天意に反す。戸籍法なきフランスの革命議会は自己選挙に依る革命指導者等の集会なりし事実。ナ翁法典の完成まで数十年間合理的選挙なかりし如く、代官階級を一掃し終るまで支那に投票選挙は法理的不合理なり。蒙古の終身大總統を皇帝と諡名せるは歴史に反す。東洋的共和政は大總統と上院にて足る。日支興亡の分れし根本原因は中世史に入りて武士制度と文士制度との相異に在り。民族と云うが如き生理的現象に非ず、興亡を分つ者悉く国民の心的傾向に帰す。支那の文弱的亡運は孔ヘにして日本の武断的興運は大乗佛に出づ。支那に魂を失いて日本の賢君名将に守持せられたる大乗佛。文士制度の最惡なる科挙の法、及び科挙の法と大差なき言論文章の大總統議員の撰出。支那は心的革命に於て佛国革命のキリスト教に加えたる如くなるべし。孔ヘと共和政の絶対的不両立。凡て革命とは国民信念の革命なり。孔ヘの害毒実に今の堕弱怯詐の支那人を作る。今の官僚階級は孔ヘ的文士制度の遺類。秦始皇を再びすペき四千年未曾有の革命を決意せよ。支那に滅亡しつゝある孔ヘ。蒙古共和軍は鬼面せる我が神の使徒。蒙古共和国と大日本帝国と何ぞ言論文章によりてその大を為さんや。米国制の自由と孔ヘの統一とは支那の要むる自由統一に非ず。
亡友范鴻仙君第二革命によりて日本に亡命す。庭を隣りて一家の如く、日夕国事を談ず。支那の急は旧組織を破壊し終りたる後、自由的覚醒を代表する少数革命家の専制的統一に在りと言いし時、彼は忻然として手を拍って曰く、足下の如きいわゆる民主社会主義者と認めらるゝ者にして尚かくの如きか。革命の時は唯強大新鋭なる専制あるのみ。自由は十年の後。余常に諸葛孔明の心を以て大總統時代のナ翁を行うべしとすと。不肖又嘗て曰く。昔者人を殺すを嗜まざる者は王たりと云えり。これ孔ヘが世界最惡の宗ヘたる所以の一にして、又実に支那千年の文弱を来せし凡ての因。革命の支那に於て統一者たるべき英豪は須らく人を殺すを嗜しむ者ならざるべからずと。而して談笑袁に及びて、彼は些々たる暗殺の卑怯事を為し得べきも堂々義を掲げて大殺戮を敢行し得る器ならずとせし者。
−君終に却てその暗殺に仆る。宋と云い君と云い前後かくの如きもの痛恨限りなしと雖も、袁が卑怯なる暗殺者にして大殺戮の義人ならざりしことはこの五年間に挙証せられたり。而して往年の君、儒生袂を投じて起ち『鉄血軍』を率ゐて不義を討じ不仁を屠るの雄姿はこれを再び見る能わざるを悲しむと雖も、君の止むを得ざる道程なりと信ぜし大殺戮時代の將に眼前に迫まれるを見て、不肖は君の霊と四億万民との為に太白を挙げて祝せずんばあるべからず。彌陀の手に利剣あり。左手、自由の經卷を展べて右手、専制の剣を揮う。不肖は今の反動的一代官に代われる真の革命的統一者が必ずや袁輩を千百倍せる一大専制家なるべきことを、予じめ非常なる確信に於て断言せんと欲す。
しかしながらこれ支那の革命がフランスと等しき血を以てする中世史の破壊なりと云うの謂ひのみ。自由の楽土は専制の流血を以て洗わずんば清淨なる能はず。キリストの愛と雖も我は平和を來す者に非ず刄を出さんが為に来れりと宜布し、佛の宇宙大に満つる大慈悲は道を妨ぐる一切の者を粉碎せずんば止まず。−観世音首を回らせば則ち夜又王。大海に溢るゝ慈悲の佛心を以て四億万民の自由を擁護扶植せんとする者、焉んぞこれ等を殘賊する暗黒時代の魔群を折伏せずして止むべけんや。ロべスピールは多恨多涙の士。死刑を宣言する能わずとして判官を辞せし程の愛を持てり。しかも国民の自由が内乱外寇に包囲さるゝに至るや、パリの断頭台に送る者一万八千人、更に全国に渡りて死刑すべき者七十万人を予算せし夜又王に一変せり。ナ翁は自由の熱狂兒。議会が反動的勢カの占拠する所となりし時、自由の為にクー・デ・ターを敢行するに自ら卒倒せし程の良心を持てり。しかも彼の史上に於ける価値は全欧州の自由の為に他の中世的勢力を幾戦場に屠りたる流血の夜又王たりしことに在り。明治大皇帝の佛心天の如きはこれを言うの要なし。
しかも国家の統一の為には最高の功臣大西郷が過ちて錦旗に放ちし一羽翦を假借せざりしほどの利剣を持てる彌陀如来なりき。諸公。佛と魔との相異は小我私心に立脚すると宇宙大に滿つる慈悲心より迸発するとの差なり。ロべスビールとナ翁とが後年権勢に狎れて魔界に落ちし事はもとより然り。しかも或る期間迄の彼等は国民の自由を擁護せんが為の殺戮者なりし事を否む能わず。不肖はここに利剣を持てる彌陀如來が支那に降下すべきや否やを予言せず。袁と○君と、小我私心に基く暗殺を行いて心事行跡凡て魔鬼。実に今の支那が鬼類魔群の世界なる事は論なし。しかしながら天地循環の理によりて夜の終ると共に曉を見、中世史の暗黒時代に亞ぎて近代国家の白日を仰ぎたる事実は、独り将に暗黒時代を終わらんとする支那に類推する能はずと云うや。日本の中世史が封建の暗黒に堪えずして自由と統一の中枢を二千五百年来の法灯に渇仰するに至るや、如來は終に明治大皇帝に権化して救済の為の折伏を賜えり。支那の万人口を揃へて曰く、今の吾人は唯英雄の出現を待望する耳と。英雄の文字を現代の墮落せる解説によらず、如來の使なりという本義に於て理解し、少くもカーライルの神人を意味するものとせよ。今の支那は明かに救済の為の折伏を渇仰する者に非ずや。何者の愚ぞ君主政と共和政の可否如何の如き物質文明者流の翻訳を事とするか。 愚昧なる翻訳的知識よ。如何なる議員の投票も悉く神聖にして国民の如何なる自由意志を表白する者も共政和体なりと云はゞ、執政官ナ翁をしてクー・デ・ターを為さしめず大多数王党の投票によりて中世的反動を再硯せしめばこれ共和政治の本義なりと考うるか。他の執政官三名は悉く王党なり。三百余名の議員中三分の二以上亦凡て王党貴族党なり。僅に三種を除ける全国七十種の新聞紙は悉く新建設に反抗して中世紀を謳歌したり。投票則神聖論の共和主義者に從へばかかる場合反動者の自由を尊重して封建貴族を再建し、現在及び将来の自由政治を破壊せざるべからざる論理的自殺に陷るべし。一人専制の君主政亦必ずしも自由主義と両立せざる者にあらず。もし明治大皇帝の専制的施設を許さずして、幕府の倒るゝと共に全国に議員を選集せしめしとせよ。 支那フランスと同一なりし奴隷民は代表者を送るべき覚醒なきが故に、武士階級の中世的意志を表白する機関たりしことは明白なり。彼らは自由政治の名によりて版籍掠奪に反対すべし。国民の権利に藉口して食祿沒収に反対すべし。帯刀の自由を主張して国民皆兵の民主的建国に反対すべし。凡ての神聖を投票に求めて恐くは徳川氏の復活を主張し或は水戸加賀等の買收運動によりて将軍選挙を論争せしやも知るべからず。しからば国民永遠の自由を殘賊せんとするかかる階級に自由を與へざりし大帝は全く自由の擁護者にして、自己の権威の為に権力を私する意味の専制君主に非らざりしことは疑なし。
諸公。日本及びフランスのこの事実−則ち国民に自由の覚醒完からざる間、革命の或る期間に於て反動的勢力が必ず議会と輿論とに拠りて復活を死力的に抗争すべしとの事実は−討袁革命遂行の後、今の代官階級の朝野に充滿せる勢力が凡ての力を尽くして議会と輿論と而して暴動とに訴えて革命を反撃すべしとの推断に至らしむ。彼等の数十万人は四億万の国民に比して知識を有し金力を有す。土地を領有する事によりて農奴の上に権力を有し、国民の覚醒せざるが為に却って国民その者より指導者として遇せらる。官界金界の首腦、各省各県各村に群がる父老縉紳、而して所在暴動を為し得べき軍隊を持てる都督諸將軍。−天日禹域を照さんと欲せば大總統に彌陀の利剣を與へよ。(混同すべからず。袁が議会を解散したる事はナ翁のターデターに非ず。 又議会が解散されたる所以は、当時の北京の軍隊に革命的情熱が普及せずしてフランスの国民議会が軍隊に護られたる如くならざりしを以てのみ。)議会に拠らんとする反動は恐らくは即時來らざるべし。しかもパリの中央政府及び革命議会が中世的権利の凡てを否認するや、リオン、ボルドー、ツーロン、マルセーユ、ラバンデその他の各地一齋に兵を挙げて反乱せり。これ等の地はこれ漢口、南京、上海、天津に比すべく、支那の各所軍を動かして民主的建設に抗するの日あるべきを推想せしむ。日本の彌陀如來は折伏の剣を揮って十年間に殆ど百回に近き大小の兵変暴動を弾圧し終に西南役に於て全国の帶刀的遺類を一掃したり。これ今後の大總統及び革命政府が將來永遠なる自由と統一との為に幾十万の中世的魔群を屠殺せざるべからざる義務を天地の大道に向つて負うことを示すものなり。 猛虎あり人を噛まんとす。虎は美食の自由を叫び人は生存の自由を訴ふ。『殺すを嗜む』ものに非ずんば惡を求むるの自由を斬って正義の自由なる発現を擁護扶植する能わず。惡の求むる所は栄華と権勢なり。数十万の代官階級は数百年來のこれ等を一朝にして奪はるべからずとなし、以て四億万民の生存と四百余州の独立とを喰らわんとす。
共和政治を誤訳して殆んど人を食むの自由を虎に許すべしとする論理は隣邦国士の耳を傾けざる所なるべし。革命は速にギロチンを準備せざるべからず。彼等をして国外に亡命せしめば愚人島の亡国階級等と相結びて日本と共に支那に禍いせん。彼は已に宗社党を扶けて復位君臨せしむべしと考えしこと、あたかもルヰの遺子をツーロンに掩護して十七世に即位せしめたる英国の顰に傚はんとするもの。フランスの列強侵入軍は実に国外亡命者の導げる者なりし事を鑑みざるべからず。凡ての文武百官を網羅する権力階級がプロシアに逃れオーストリアに走りて愁訴誘導せしが為に、奴隷の暴動何程の事ぞと誤認して二十年前のポーランド分割の甘味を想起せしに過ぎず。実に同盟侵入軍は同盟三国のポーランド分割をフランスに再びせんとしたる者。代官階級等の交遊と金力とは優に愚人島の亡国階級を煽動し惑乱せしめ得べし。袁が某博士に托せし前後五十万円と及び某大佐に委ねし百数十万円は、もとよりその大部分は尊敬すべき人々の私嚢を肥せしとは言え、現に日本の国民道徳が許すべからずとせる簒奪の企図をすら日本皇帝の名に於て是認せしめんとし、政局の紛爭を利用して堂々たる大帝国の内閣が一たび動搖したるにあらずや。
維新革命が諸侯と武士とを断頭台に送らざるを得たる天佑の一はもとより明治大皇帝に存す。しかも亦実に鎖国時代の日本の地理が海洋に封鎖せられて国外逃亡を禁圧する必要なかりしを以てのみ。かの支那は日本の仁政の下に鼓腹せんと欲すと言える肅親王の鳴号が如何に愚呆と驕慢とに快よく響きしかを見よ。鳴號愈々大にして響音益々耳に快よきに至らば、愚呆と驕慢とは諸公に代はりて日本を統治し以て同族相食むの醜を万世に殘すべし。あゝ天の命若し支那を救はんと欲せば希くは彼らをして日本に亡命せしむること勿れ。日本とフランスとが革命の道程に於て順逆難易殆ど天地の相異ありし所以のものは、実に亡国階級等の国外逃亡の有無に存す。国際戦争に於て尊とき数百万の屍を砂上に横ふることも、国家の独立に避くべからず。しからば革命の支那は亦等しく国家の存立の為に許容すべからざる犠牲の数十万人を吝むものにあらず。断陽の涙を呑みて勳功第一の忠臣を討伐せざるを得ざりし明治大皇帝に顧みて魔界の殘類を屠りて蒼生を塗炭に救はんとする新統一者の折伏を妨ぐること勿れ。あるいは身命と財産とを外国租借地に運び保護を白人の国旗に求むる者あるべし。これかってフランスの貴族が為せしところ。 日本はイタリ―に学びて彼等の惡を擁護せんが為に兵を進むるの不義を為すべからず。あるいは東洋に実カを及ぼす能わざる空虚なる租界地の権利なるものを無視すべし。千里の遠き本国に在る兵艦を指して威嚇する保護者を衝き飛ばして国権の発動を自由ならしむべし。而して更に万惡爲さゞるなき袁大總統を庇護し使嗾せる○○○○○のポケツを捜らずして止まんや。−全地球の義人をして怒髪冠を衝かしむる大罪惡を秘めたるポケツよ。日本は日英同盟の誼によりて再び三たびそのインド巡査となり団匪乱に兵を派せし如く、白人侵略者の生命財産を保護すべく同胞の血税を不義に絞らんとする如きことあるべからず。彼等はもとより官僚討伐の中道に於て列強と事を構うることを好むものにあらず。外人の横暴に対しては或は暫くの間涙を呑みて忍辱することあるべきも、恐らくは維新革命後の拜跪屈從の如きものあらざらん。 しかも中世的階級等が外国の国旗に保護を求むること絶えず、又列強これを倖ひとしこれを與みし易しとせば、必ずやフランスの発狂に一変すべし。義和団匪の敗は尚ほ馬關の団匪が連合艦隊に降伏せしが如きのみ。しかも馬關団匪ありて日露大戦ありしならば、彼等がフランス的発狂に驅らるゝとき、小ボナパート将軍の出でて義和団匪をウオーステリッツの野に指揮することなしとせんや。日本は英国にあらず。日本を亡ぼさんとする者は神武帝の神霊ありて処分すべし。−日本の天啓的使命は一に唯支那をしてフランス革命の狂乱に驅らざる事にありとせずや。
諸公。支那の革命が維新革命の跡を迫い、而して維新革命と等しき中心人物をその指導者と国民とが渇望しつゝあるならば、焉ぞ利剣を持てる如來の降下せざるを保するものぞ。而して更に諸公。かかる意味の中華民国大總統とはいわゆる投票神聖論者の期待する如き翻訳的議会より選挙さるゝものにあらず。即ち王党の議員と武士の投票によりて進退推貶さるゝものにあらずして、天の使命を享け国民の渇仰によりて立てるものなるは論なし。故范君はこれを称して諸葛孔明の心を以てするナ翁の行と云へり。總統一人の責に於てすると將た少数革命家の団集に任を分つと形式は問うの要なし。支那の共和政が其の大總統を白人の如き選挙運動と議員の投票に求めずして天命と民意の上に立たしむることは、不肖これを彼と区別せんが為に『東洋的共和政』と名けざるを得ず。『東洋的君主政』は二千五百年の信仰を統一して国民の自由を擁護扶植せし明治大皇帝あり。『東洋的共和政』とは神前に戈を列ねて集まれる諸汗より選挙されし窩濶臺汗が明白に終身大總統たりし如く、天の命を享けし元首に統冶せらるゝ共和政体なりとす。 近代支那と近代日本との相異は終身皇帝と万世大總統との差のみ。連綿の系統なき支那は日本に学びて皇帝を尋ぬる事を要せず。ナ翁魔界に落ちてその豎子に主權を私有せしめんとせし覆轍は、後の統一的英豪に於て深く戒むべき所。革命生起以前の一文に於て孔子の子孫を仰いで国家の中心たらしめんと言へる章太炎の戲れは、ルヰを失へる後のフランスが適帰する所なかりしと同じき無組織時代の不安に過ぎず。欧米の共和政治がギリシャの古代に理想の回顧を有せしとせば、黄人の共和国は更に近き中世史蒙古の建国に模範を持てり。実に成吉思汗と云い、窩濶臺汗と云い、忽必烈汗と云い、君位を世襲繼承せし君主に非ずして「クリルタイ」と名くる大会議によりて選挙されしシーザーなり。而してシーザーのローマよりも遙かに自由に遙かに統一し更に遙かに多く征服したり。翻訳より脱せよ。
黄人の大總統は米国の如き開墾事業の大村長の意義にあらず。不肖等蒙古人の有せし大共和国はシーザーの如き凡俗の雄なる者に非ず。常に神を視神に接し神と語りて、今の欧州列強に向つて数百年間の大征服を行い、以て彼等の暗黒時代を覚破せし如來の使なりき。白人は共和政の専有者に非ず。君主政的中世史の暗黒なりしが為に古代のそれを回顧したるのみ。革命の支那は自由と統一との覚醒によりて将に最も光輝ありし共和政的中世史のそれを探りて窩濶臺汗を求めんとす。明治大皇帝と窩濶臺汗と、これ実に君主政と共和政の本質。由来白人の知識は獨り自らのみ有すと独断する二種の政体その者を理解せず。
ここに於て問う者あらん。曰く、何人か能く終身大總統として国民と統御し得べき窩濶臺汗なるやと。しかしながら諸公。これ賣卜者に向って発すべき問いにして不肖のもとより答え得る限りのものにあらず。唯試みにナ翁をして答弁せしめよ。革命とは地震によりて地下層の金鑛を地上に搖り出すものなりと。支那の地下層に統一的英豪の潜むことは天と国民の渇望とが証明すべし。之を人目に触れしむることは地震の後なり。今の革命が山を崩づし地を裂くの震動に至りて始めて光輝を放つ人のあらば、即ちそれなりとす。議会は或は選挙すべし、或はせざるべし。天の使命は必ずしも言論の機関を借りて降る者に非ず。救済の佛心と折伏の利剣とを以て、内各省の亂離を統一し、外英露の侵迫を撃攘し、以て天を畏れ民を安んずるの心を失わざる者あらば、これ天の命じ四億万民の推戴する窩濶臺汗に非ずして何ぞ。敢て全く衆議の府を要せずと云うに非ず。
しかも議会の饒舌は英雄を沈默せしめ、民意を代表すと称するものゝ投票は革命の時に於て特に天意に叛逆す。もとより日本が白人に学ぶ所ありし如く彼の長にして我の短なるものは補いて以て制度とすべし。唯中華民国の大總統は刄に衂りて得べく、又衂れる刄を提げて保たざるべからず。大統領ナ翁然り、明治大皇帝然り。これ革命後に於ては統一者その人のみが国民の自由を代表し、而して議会又は輿論に拠るものゝ多くが反動的意志を表白する者なればなり。もとより大總統は革命の元勳等によりて補佐せらるべし。しかも彼等は投票の覚醒なき国民の法理的無效なる投票によりて議会に来る者に非ず。旧権力階級を打破せる勳功と力とによりて自身が自身を選出すべき者。断じて世のいわゆる人民の選挙に非ず。即ち適切に言えば、彼等は新国家の新統治階級を組織すべき『上院』の人なり。真に国民の自由意志を代表する『下院』は、下院を組織すべき国民を隱蔽せる今の中世的階級を一掃屠殺したる後ならざるべからず。故范君の自由は十年後と言へる者明かにこれなり。彼の戸籍法すらなき今の支那に議院政治を望むは不可能なりというものゝ如き、等しく戸籍法なき時代のフランスの国民議会と革命議会が又実に自己選挙に依る指導者等の集会なるを解せざる者。フランスのそれが自由の確立せる今日の文明国に見る議会と基礎に於て全く別個なる如く、支那の上院は革命元勳者の集会にして、不可能不合理なる国民の投票によりて来れる者に非ず。 −今次の革命によりて立つペき大總統と上院とは大汗と諸汗との蒙古共和国に範を求むべし。断じて投票万能のドグマに立脚する非科学的非実行的なる白人共和政の輸入に禍さるゝ勿かれ。自覚ある公乎なる国民の選挙がナ翁法典の完成するまで数十年間フランスに不可能なりし真理は、代官階級を一掃し終はるまで支那に於て亦不可能なることを断言せしむ。不可能とは不合理の謂いなり。ラフアエット等が米国の開墾的政治を以て革命を律せんとせし不合理の如何にフランスの革命的進行に価値なかりしかを鑑みよ。不合理に基く不可能事を東洋的共和政に輸入せしむべからず。維新革命は白人の革命を取捨採択して自ら有する東洋的君主政を建てたり。支那の革命は又彼等の長短を批判して黄人独自の合理的にして可能なる東洋的共和政を樹立せざるべからず。孔ヘの害毒は事物の真を蔽いて常に形式に走り、太祖皇帝太宗皇帝と諡名して蒙古共和国の大理想を隱蔽す。しかも剣を横えて神前に集まれる数百の諸汗が大總統を選出して、これを大汗となす者、古代ローマに比すべからざる大共和国にあらずや。支那に於ては不合理にして不可能なる衆議院は今後約十年明かに不用なり。 東洋的共和政は大總統と上院にて足れり。而して上院議員は幾嶮艱を踏みて中世史を打破し、更に近代的自由を擁護せんとする鮮血の勳功を帯びたる諸汗たるべし。投票と空論と虚名とによりて来るべからず。終身大總統はこれ等諸汗議員の推挙を受けもしくは承認を求め得るほどに、存亡の過渡期を双肩に荷いて打破建設の凡てを統御し、以て割亡を協商し同盟する外敵を撃攘せる護国救民の一大恩主たるべし。軽浮なる吏僚と名利に飢えたる支那浪人に理解され得る如き驕兒と肉食者流とは與からず。『何人が然るか』の問いはナ翁の答弁にて足る。不肖は『何をか東洋的共和政と云う』の根本義を提げて諸公の雄大なる心胸を叩かんと欲す。
あゝ蒙古大汗を意昧する大總統と上院の諸汗よ。かかる大理想に生れたる中華民国は内に対して武断政策を取ると共に外に向ての国是は軍国主義ならざる可らず。これナ翁大汗の共和政にして、武断と軍国とは自由に反すと云うが如き愚論家あらば、將にロべスピールによりて自由の名の下に断頭台に行かざる可らず。同一なる中世史にして支那の代官的中世史と日本の封建的中世史との相違は、日本の武士制度なりしに反して彼は文士制度の邪路を踏みし事の一に存す。一毫千里の差とは実にこの謂い。今の知識界は凡て白人の惡影響を受けて萬般の事人種民族と云ふが如き生理的物質的解釋に求む。しかも六千年の歴史は国家の興亡が実に国民の多数に抱るゝ心的傾向によりてのみ決する事実を挙証せざるはなし。日本が已に早く旭日の興運を迎へたるに係らず、支那の今日尚亡国の淵を渡らざるを得ざる所以は、一に文武の二途に別れたる国民の心的傾向に存す。皮膚と瞳睛とが国運を決する者ならば白人に古來亡国史なく、近時日本海に欧州の恐怖が覆沒せざるべく、獨帝ハインリッヒ二世と王妃アンナの血髑髏が蒙古共和軍の馬腹を飾らざりしなるべし。日本と支那とが同種なると異族なると亦問題に非ず。従って二国の興亡は生理的現象に考ふる皮相なる物質的知識を翻訳しては察すべからざる者なり。則ち一に中世史に入りて千里の差を生じたる両国民の心的傾向の考察に存す。支那の文弱による亡運は孔ヘに在り。日本の武断至らざるなきの興運は佛の大乗に出づ。夷狄の迫る者ある時民を率ゐて避くの孔ヘは恰もモーゼの羊群と共に浪々たりし惰弱なるキリストヘの如く、慈悲の爲の折伏をヘうる佛の大乗はコーランと剣を持てる回ヘも亦及ばざる遠し。
日本は二者共に彼を経て彼に受けたり。しかも彼は興国ヘの大乗佛を日本中世の明君賢将に殘して、自らは亡国ヘの孔孟に捉われつゝ一千年の暗黒に蠢爾たりしとは何たる遺憾ぞ。もとより時代の交迭期に至りて、ヘ理の守持者が墮落すると共にヘ理が他の代われる階級に守持せらるゝ事は事実なり。即ち支那の文士制度は治国平天下の論策を職業となし、行政的能力なき者が官を売買するに至りて亡びたり。同樣に、日本の武士制度は亦その道徳的基礎たる忠君を家伝の売薬と等しき一家糊口の營業となし、終に據つて立つ所の軍事的能力を失うに至りて亡びたり。しかしながらこれ守持者の滅亡にしてヘ理の滅亡に非ず。慈悲と折伏の妙法蓮華經八卷は明治大皇帝の手に守持せられ、武断政策と軍国主義の心的傾向は自由民の全部に普及して日露大戦となれり。支那は如何。彼等は已に科挙の法と名くる文士制度の最も墮落せるものを捨てたり。君臣の義を立国の基礎とする孔ヘは共和政治によって抛たれんとす。孔孟は章太炎の爬羅剔抉によりて完膚なし。しかも孔ヘに発せる文士制の害毒は中世的文士の亡ぶると共に今や却て革命的階級の或る部分と国民との心的傾向に宿りて、−見よ一たび言論文章の徒に大總統と參議院を委ねたり。これ答案を英文又は日本文に求めたる形式の変更に過ぎずして依然たる科挙法の精神を継承する者。空虚なる言論を崇敬する文弱なる心的傾向なくんば、誤謬の知識を伝ふるに過ぎざる英語の達人を大總統に迎うるの理あらんや。 参議院議員の多くは血を浴びて来れるものに非ずして文名を估りて建国の功を窃まんとせるものなり。彼らは大勢に浮流する塵埃にして大勢を捲煽する原動力に非ず。支那はこの心的革命に於てフランスと等しき恐るべき断崖に立つ。彼に於てはキリストヘが惡魔の寺院に拠り僧侶が神の名の下に王貴族と共に罪惡階級を作れる時、『革命』は僧侶を追ひ寺院を毀ち終に神を否定し耶蘇暦を廃するに至れり。孔ヘと共和政の絶対的不両立は明に革命支那にフランス革命を要む。堯舜の禅譲と云う酋長的生活時代の伝説を民意に依る交迭に牽強附会し、又人民主権説を一夫紂論に捜査する勿れ。君臣の義を人倫の大本となし政道の根軸とするヘ義は、その枝葉と雖も共和国に公許すべからざる異端邪説となれり。平和なる無抵抗主義の信条は、支那の山河が天下の凡てなりと考えし時代にすら多くの価値なきものなり。 武断政策によりて各省を統一し、軍国主義を掲げて外敵を撃攘すべき救世済民の英雄を弾劾する結論に導くに至っては、寸言の存在をも許す能わず。−凡ての革命は国民信念の革命なり。形式のみの墮落は寺院を毀ち僧侶を逐ひて足れり。ヘ理その者に対する革命家は支那に於ては太古唯一人の秦始皇帝ありしのみ。『書を焚き儒を坑に』せしと伝えらるゝ者、後の反動はこれを別個の説明に求めざるべからずと雖も、要するに孔孟の文士ヘを以てしては禹域の統一断じて望むべからざるを洞見せしが故なり。維新革命亦信仰を洗練し復興したり。しかも日本建国の神道その者が剣のヘたる点に於て、明治大皇帝に守持せられたる大乗佛は八百万神の守護の下に一切のヘ義信條の上に君臨したり。 支那は日本に與えたる慈悲と折伏の經典を失へること一千年。孔ヘの貧弱暗愚はトルストイズムよりも甚しく、勇猛なる霊的動物を殘賊して今の支那人を作れり。彼らは仁を口にして仁ならず、義を書して義ならざるは輕侮觀者の言う所に偽りなし。信ずる者を要せずと訓えたる因果応報は孔ヘの上に報いて孔ヘその者を信ずる者なし。衣冠束帯の形式的扮飾は孔ヘの文明なる所以にあらず。霊的動物が勇猛精進の心を失える場合に於て露はるゝ繁文褥禮のみ。
礼儀三千威儀三百とは亡国期の宮廷生冶に於て列国然らざる者なし。華麗なる文字を列ねて一躍富貴に居り万言の封册を奉りて名聞一世を空しうするの国に於て、如何んぞ無言の死を以て国に殉ずるの仁、一諾の誓に勇んで火中に投ずるの義を求むべけんや。神の姿を見ず神の声を聞かず神と與に謀ることなき孔ヘは断じて国民の信念を支配するヘ義に非ず。孔孟の徒は稍々大なる文士。その語録を点検すれば単に口舌を以て仕官を遊説せし断片的政談のみ。あゝかかるヘ義を金科玉条として文士制度を一貫せし支那は禍なるかな。政談を以て国家の理想とし文士獵官の文字を拜して治者の信條とせば、巧言誑詐射利漁色の国風を為して救うべからざるに至りしは論なし。彼の異人種の征服者が一たび支那に移住するや、その文明に征服を報復せらると論ずる者、これその文化高きが故に非ずして孔ヘの毒惡觸るゝ者の凡てを頽廢せしめずんば止まざるの謂いのみ。何ぞ支那文明の優秀を証する所以ならんや。
又何ぞ滿人と民国とを問わんや。−諸公。支那は四千年未曾有の革命を爲さゞるべからず。彼は全部か然らずんば皆無かの断崖に立てり。彼は武断政策を取りて中世的代官を一掃し各省の亂離を統一せざるべからず。これ流血を戒めたる孔ヘに反す。彼は軍国主義を取りて露の北夷を討ち、英の南蛮を破らずんば自己の生存を失わんとす。これ非戦を義とし無柢抗を仁とする孔ヘに反す。彼は中世史の蒙古共和国を理想とすともフランスの共和政が古代ローマのそれと異れる近代的建設なる如く、四億万民の自由の上に築かるゝ近代的民主政を求む。これ忠孝を以て人倫の基本とし、君主政を以て唯一の政道とする孔ヘと反す。而して凡て国家の統一と国民の自由の為に將に屠殺さるべき中世的代官等は実に孔孟の文士ヘを信仰する文士制度の遺類なり。−窩濶臺汗と上院の諸汗とは書を焚き儒を坑にすべき大使命の下に立てる者ならざるべからず。或は難事なりと云うものあらん。否、易々掌を飜えす如きのみ。必要は万事の母。国家と国民とはその独立生存の前には為さゞる所なし。 第一革命に於て共和政を樹立したることその事が已に孔ヘの否認なり。官僚討伐その事が文士階級の一掃なることに於て亦孔ヘの終焉なり。内武断政策の外なく、外軍国主義を以て防がざるべからざる必要の母は将に新なる国民的信念を孕みたり。全世界の春秋戰国たる現時に於て不義不仁なる孔ヘの存在し得べからざることは、そのヘ祖等が生れし時代に容れられざりし如くに国民の心胸より拒斥されたり。 実に孔ヘによりて建てられたる凡ての旧制度が些の抵抗力なくして破壊されしことは、そのヘ義それ自身が已に国民的信念より消滅せし事を示すものにあらずや。フランス国民は神の名によりて行う惡魔の跳梁に堪えざるに至るや、彼等は神その者より否定して常に異ヘ徒なりとせるギリシャローマの古代に政体と信仰とを求めたり。漢民族が蒙古共和国に亡ぼされし所以は断じて民族性と誤称さるゝが如き生理的約束にあらず。一に貧弱暗愚なる孔ヘが支那国民の心的根本を腐爛せしめたるが故に、神意に依りて揮う折伏の剣に当る能わざりしが故のみ。 彼等は鬼面せる我が神の使徒なりき。−東洋的共和政は佛人が為せし如く黄人自らの有する政体と信仰の回顧より始めざるべからず。同一なる革命前に至るまでの暗黒時代に於て日本が武士制度を採りて今日興隆の因を播き、支那が文士制度に誤られて今尚衰弱の果を拾いつゝある根本を洞察せよ。実に非戦無抵抗の政談と慈悲折伏の大乗佛との心的傾向に淵源す。往年の蒙古大共和国と今の大日本帝国と、何ぞ言論文章によりてその大を為さんや。
諸公。不肖等が危きを踏み険を冒かして隣邦諸友を鼓舞指導する所以の者、実に今の支那が数千年の凡てを否定して或る何等かの者を求めつゝあるを以てなり。求めよ、然らば與えられん。彼らは自由のパンを求めて孫逸仙より米国制の石を與えられたり。彼らは再び統一を求めて袁世凱より孔子尊崇の亡国ヘを與えられたり。求めて止まざる者は終に得べし。−窩濶臺汗の大共和国の慈悲折伏の妙法蓮華經と、何ぞ豪古民族と明治大皇帝の専有ならんや。この推論は支那の覚醒が世界の恐怖たるべし云う黄禍論に裏書きするものなり。大に然り。粟小日本群島の覚醒にして已に然り。況んや四百余州四億万民の戈を提げて起つに於てをや。 |
【十七 武斷的統一と日英戰爭】 |
各省の武断的統一。行政的区画の各省を統一することは日本フランスの独立国的侯国を統一せるに比して実に易々。メキシコの動乱止まさる所以は米制に禍されたる各州の独立的権力に在るを鑑みよ。馬上を以て取らざる天下は孫文の如く、馬上を以て治めざる天下は尚蓑世凱の如し。支那はビスマークの鉄血的統一を要す。支那の革命は今の生ける日本人より何らの指導さるゝ所なし。革命支那は軍国主義に築かれたる一大陸軍国たるべし。制度に對する自己破壊は国民信念に對する自己否定なり。佛国革命以後のキリストヘはキリストも亦多神中の一神として許容さるゝ者。支那が孔ヘの文士制度文弱文明を棄てゝ一躍中世史蒙古の一大軍国に急転し得へき可能的推論。凡ての国家民族の興亡は国民信念の盛衰に根源す。支那軍隊よりも怯懦なりし佛国陸軍が自由的覚醒の市民農民の烏合を以て同盟侵入軍に対抗せし理論を革命支那の陸軍に推論せよ。自由的覚醒なかりし時代の獨乙陸軍の怯懦。自由的覚醒なかりし幕府軍亦支那の如かりき。今の支那を以て革命支那の陸軍を推想する重大なる論理的錯誤。支那の危機と統一及び自由に対する覚醒はカルノーを出現せしめん。スイス庸兵の如き支那浪人の思議し得る所にあらず。今の支那の軍隊は訓練すべき者に非ずして解散か屠殺すべきもの。自由的国家的覚醒は近代国家の凡てを作りたるもの。近代革命がカルノーを生み、山縣公を生みしならば四億万民皆兵制度の革命は支那の黄禍を信ぜしむ。革命支那の軍国的組織は英露との衝突を意味す。財政革命に於て支那は先づ英国の財政的保護権と両立せず。英国の長髪賊討伐なかりせば支那革命は日本より五十年を後れざりしなり。佛領安南の介在によりて揚子江流域がインドの接壌的英領たることを免かれし天祐。インドより安南緬甸に通じ揚子江流域に至る英国の南アジア併呑策。香港は支那本部經略の策源地。第一革命の天意は支那が英国のインドたる能わずと云う深奥なる根柢より出づ。前後の虎狼たる英露に対する日本の以夷制夷策時代。革命支那が英国の債権を蹂躙せる時を如何する。香港は英人のみならず凡ての白人の東洋經略の足溜なリ。ドイツは支那保全の爲めの唯一の同盟国たるべきものなりき。山座公使の遺策を追想す。今の日本に一の相模太郎を見ず。
雖然、支那の革命が終に黄禍の恐怖たるべしの結論に到達すべく尚幾多の疑問に妨げらる。曰く如何にして各省の乱離を統一して富強なるを得るや。曰くそのいわゆる英露を討つて独立を保全するの途は如何。兵備は如何。財政は如何。外交の関係は如何等。
不肖は固く信ず。窩濶臺汗と上院の諸汗とは其の武断政策を以て各省を打って一丸となし以て唐代の郡県制度を近代化せる大統一を敢行すべしと。これ真の革命的覚醒者に取りては容易なる可能事にして且つ必然に断行せざるべからざる急務なり。孫逸仙の翻訳的連邦制が米国開墾事業の模倣に過ぎざることは先きに解説せり。しかしながら或る種の顧問学者と精神的薄弱の為に困難の予想に辟易する革命的系統とは、現時の政治的解体が各省に放縦なる自由を與え、革命の挙兵又『独立』の語を用いしを見て終に今日の二十二行省は支那に利益なる永遠的制度なるかの如く思惟せざるはなし。
もとより各省各々多少の言語風俗を異にし、特に歴史的情操を引きて数国対立せし回顧を有す。彼の揚子江の上流と下流と対話に官話を要し、南人と北人と風紀性格の甚しく相異せる如きを地理的阻隔の例証とし、又洪秀全の乱に於てその廣東的勢力を打破したるものが、曾国藩の湖南的勢力なりし如きを歴史的阻隔の例證とする如きこれなり。しかしながらこれ支那民族の特有物にあらざるは勿論なり。薩長藩士と森藩士との講和談判に謠曲の音曲的古語を以てしたることは彼等の間に相通ぜざる時に筆談すると異ることなし。各省に歴史的回顧を有することは各藩にそれを有するが如く、薩州が会津藩と連盟して皇室を擁立せんとしたる長州年を京都より撃攘したることは革命の数年前なりき。維新前の各藩は理論上その統一の困難に於て各々異なれる統治者の下に截然たる政治組織と区画とを有して対立したり。支那は已に強力なる一主権者の下に対立的関係を一掃されて今の二十二行省となれるもの。独立的各省の困難とは日本に見たるも支那の統一に於て云う能わず。或は日本と異なれる困難として異民族の雜住を挙ぐべし。 しからばフランスを見よ。ノルマン、プレトン、ガスコン族の頑強なる抗爭をなし、特に侵略によりて得たる領土なりしが為に、無数の大小侯国は司法、行政、税法の凡てに於て全然異なれる独立的対立を為せしにあらずや。彼は革命起りたる後と雖も直接選擧制を取る能はずして間接法に拠らざるべからざる程の地方的分立を持てり。彼等の間に些の一国的理解の聯絡なかりしことは、地方の騒擾を都市は不關焉となし、パリに革命起りしことを農民は数ケ月間聞知せざりしを以つて想察すべし。一石の投下が全局に呼応する如き支那現時の覚一的覚醒と此すべからず。 しかも革命政府の勇敢なる統一は八十三県五百四十七郡の一個フランス共和国を組織したり。かくの如く日本の封建的分立、フランスの大小侯国の独立を統一せし革命的建設に比せよ。已に一主権者の下に統一せられたる跡を継ぐに過ぎざる支那の郡県的統一はその難易殆ど同一の談にあらず。否、支那が日佛の如くその中世史に於て封建君主の独立的統治を見ざりし所以の者、一に山岳湖沼の天然的区画なき地理に原因するを察せよ。しからば黄河と揚子江の大平野を眺めたる旅行者は、何が故にナイル河を渉りてエジプトの中央集権なるべきを看破せしナ翁の如くならざるや。米国植民地を翻訳せる虚名空言のラファエットは故国に帰りて二十三の小共和国の連邦を夢想して断頭台に引かれたり。これ相似たる孫君が將に相似たる運命に趨りつゝあるに対照すれば足る。メキシコの動乱絶えざる所以は米制に禍されたる各州の独立的権力に在り。 彼の各州は支那の各省都督制の如し。第一革命を序幕にて閉ぢたる所以、第二革命に国民の加担せざりし所以は実に各省の独立的権力による武力的抗争が支那の存立の為に許すべからざる危險なるを覚醒したるに基く。しからば各省を打破して盛唐の郡県制に統一せんとする中央集權的大總統は国家と国民の讃歎して止まざる所なるべきは論なし。而して中世的代官階級は或は都督となり縉紳となりて諸省に殘存すべきが故に、自己等を掃滅せんとする新権力者に対して極力抗爭し、恐くは外国の後援を引きて対立を計ることフランス貴族等の如くなるべし。−解決は文士の空論に非ずして兵馬の間に現はる。始皇帝の儒ヘ撲滅政策に反動して勝てる漢皇に向て彼の文士空言を為して曰く。沛公馬上を以て天下を取れり、しかも馬上を以て天下を治むべからずと。何たる愚ヘぞ。古今東西天下を治むるに馬上を以てせざる者なし。現時のいわゆる武装的平和と名くる者明かに武力を以てせずんば平和を保つ能わざることを実証するもの。 馬上を以て取らざる天下は孫文の如く、馬上を以て治めざる天下は尚袁世凱の如し。見よ、今のドイツは馬上によりて起り、馬上によりて統一し、馬上によりて富強となりつゝある生ける証拠にあらずや。彼が統一されざる分立時代の醜態を見よ、殆ど袁世凱の支那の如し。フランスの侵入軍に対して先を争いて降り数十騎の召喚によりて堡壘の陥落せることは清末の如く、首都に入れるフランス国民軍に媚を献ずるは朝鮮人よりも醜くかりき。イエナの敗戦に至ては旧都ケーニヒスベルヒに蒙塵して償金一億三千万法を支払い国土の半ば以上を割譲し、実に僅々四万二千以上の常備軍を養う能わざる条約に調印せしめられたり。シルレルの愛国的叫号なくビスマークの鉄血政策なくんば、今のドイツは五十年前に地図面より抹消されたるものなり。支那がメキシコたるかドイツたるかの決論は叛逆すべき各省を討伐して遺類なからしめんとする武断的大總統の有無に存す。当年のフランスが二十三の共和国にて隣強の分割同盟より免かれしと言はゞ可。今の日本が三百諸侯を独立せしめたる連邦国にてロシアと戦い得べしと言わゞ可。−フランスと等しき分割の危機に面してしかも対露一を断行せざるべからざる今の支那を観察するに、各省の自治連邦を言う者の如きは断じて学者の見識に非ず、顧問の市価をだに有せず。支那の革命は維新革命に多くの啓発を受けたり。今の生ける日本人より何者をも指導さるゝにあらず。かって故宋君法制院総裁たりし時[口耳]きて曰く、余は知識材料を供給する助手としての日本人の学者を顧問に求むるのみと。維新革命その者を理解せざる如き現時の卓上観察と書斎的断見とによりて支那革命の進展を褒貶するが如き現時の日本を見て、不肖はつとに隣国の不幸のみならざるを恐る。(故に曰く、顧問の押売りの如きは深く顧みることを要すと。) この武断政策に依る郡県的統一は当然に中華民国を軍国主義の上に築くものなり。即ち不肖は革命の支那が一大陸軍国たるべき可能的目的に向って躍進すべしと推断せんと欲す。愚呆と驕慢とは一斉に嘲笑して云わん。足下の議論は自家撞着にして且つ一種の楽天的空想なり。足下の言うが如く支那が文士ヘに毒されし理由は一大陸軍国たるべき推論を許さゞるものなり。十年間に廿五万里の鉄道と五百万の兵を得べしと放言せる孫逸仙は足下の空想家なりとする所以の一に非ずやと。しかり、自家撞着なるが故に革命は真理なり。不肖は孫君の空想を是認し保証するものなり。諸公。革命とは数百年の自己を放棄せんとする努力なり。制度に対する自己破壊は即ち国民的信念に対する自己否定なり。
見よ、フランスの建国より中世史迄はその信念と制度とを凡てキリストヘの帝王神權説によりて立てたり。従って近代革命は帝王の神聖を打破すると共に当然キリストヘに対する信念の否定となれり。神の代わりに女優を祭り、愛の代りに『道理』を拜し、旧ヘの寺院に亞ぎて新ヘの僧侶に奪い、キリストの禁ぜし凡ての背徳乱倫を為さずんば王党の嫌疑を蒙むり、『道徳家なるが故に』ギロチンに引かれざるを得ざりき。建国以來フランスの凡てがキリストヘによる生活なるに係らず、彼等はキリスト以前のギリシャローマの『異ヘ的文明』に信仰と制度とを求めたり。従って今の彼に存するヘ会は単なる形式の残骸にして、一点の信仰に非ざることは政ヘ分離によって証明せらる。統治的階級の信念となり、国民大多数の心的傾向に信仰せらるゝならば、反対的信念の存在を認容せざる国ヘの強迫に至るべきは人性と歴史に鑑みて明白のことなり。ナ翁の後一種のリヴァイバル的現象を呈せしはキリストヘ的信仰の洗練されて復活したりというも可。しかも徹底的に理解すればローマ文明の万神ヘによりて−キリストも亦多神中の一神として−許容さるゝに過ぎず。絶対多数の欧米人の信念はローマの現世ヘの如く、裸体美を讃美して乱倫淫蕩至らざるなき肉欲ヘなり。即ちキリストヘ的信念はフランス革命に於て制度と共に亡びたるものなり。−革命の自己否定が一国民をして建国精神をなせる文明より一転せしむる事概ねかくの如し。しからば革命の支那が孔ヘの文士制度と共にその文弱文明を否定して豪古共和国の軍国主義に急転し得べき事は、実に革命なるが故の真理なりとす。革命なるが故の真理が欧米人を一朝に全然異なれる古代文明の民主的制度と肉欲的信念とに改造せしめたり。 しからば中世史蒙古の尚武的一大陸軍国に支那の制度と信念の革命さるべきは推想し得べし。諸公、翻訳的低脳児の口を藉るが故に孫君の五百万強兵説は空想家の空言なり。彼は革命の根本義が伝襲的文明の一変、国民の心的改造に存する事を理解せず。一に白人を以て先進国なるかの如く崇拜するの余り、その皮相を模倣して足れりとするに過ぎず。根拠なき言論の空想なるべきは論なし。同一なる民族が同一なる信念と同一なる制度に改造せられたるならば、略々同一なる結果を推想し得べしとする不肖の根拠は、彼徒のそれと自ら選を異にする者なりと信ず。実に凡ての国家と民族の興亡は信念の盛衰に根源す。ローマが或る信念によりて興り或る信念によりて亡び、ポーランドが或る信念によりて興り或る信念によりて亡び、フランスが或る信念によりて興り、ドイツが或る信念によりて亡びんとし、而して或る信念によりて蒙古人の彼が如く偉大なりしものゝ或る信念によりて今の如く貧弱なる、−これ古今東西興亡の真髄なり。亡国ヘの為に常に異人種の侵迫に悩みし支那が、或る偉大なる他の者の把握によって却って倒まに征服の鉄鞭を挙ぐる一大陸軍国に至り得べきは一に唯革命なるが故の真理なり。凡ての鍵は国民の心的傾向なり。亡国階級に率ゐられたる当時のフランス軍隊と革命政府の下に集まれる無訓練烏合の国民兵との差等を一顧せよ。将校の凡てが貴族に占有されしことあたかも維新前の武士が護国の権利を独占せし如くなりしが為に長剣肥馬の美は至れり。 しかもイタリア一国の交戦に用いし時一兵を見ざるに営を棄てゝ逃がれ一弾を放たずして走れること殆ど満洲旗人に等し。フランス革命が欧州を征服したることはナ翁の軍略與からざるに非ずと雖も、帰する所国民の自由的覚醒に依る国家的信念に存す。見よ、ナ翁の現われざる以前トルコを撃破して来れる新勝の獨墺同盟軍に対戦せしものは、実に貴族の亡命したるが為に指揮官を失える五万の補充兵と九万五千の市民農夫の烏合なりしに非ずや。彼らは自由の覚醒によりて国家が王貴族の私有財産に非ずして彼等自身の責任に存する信念に赤熱したり。彼らはその権力階級の逃亡によりて些の防御力なき裸体の国家を負える者なりき。彼らは侵入軍がセダンに陣しロングビーを陷れヴェルダンを砲撃しつゝある絶望的亡国を守らざるを得ざるに加えて、かって己らの支配者たりし人々が敵の嚮導をなし、王その人の売国奴を処置せざるべからざる未曾有の内憂を持てり。彼らは更に英艦隊に擁護せられたるルヰ十七世のツーロンに挙兵せるを防がざるべからず。これを支那に取りて説明すれば、英露の分割同盟軍に日本の參加し今の各省都督諸将軍らがその嚮導をなすに対して、年少なる革命政府と擾々たる農民とが護国軍を組織せりと云うことなり。 諸公。同一同時代なる佛人にして亡国階級に率ゐられし時は今の支那軍隊よりも怯懦に、自由的覚醒による国家的信念に立てる時は三国同盟軍を撃退してナ翁に些の邁憾を感ぜしめざりしに非ずや。自由意志に基く信念覚醒なき時代のドイツがフランスの自由的国民軍に降伏せし時間は一週日半を要せざりき。その卑怯無氣力にして非愛国的なりしことは宗社党の公達も及ぶべからざる醜態なりき。しかも自由と統一を得たる後の彼等はビスマークの指揮の下にルヰ・ナポレオン皇帝と、將軍六十六人と士官六千人と卒十七万人とをセダンに捕虜とせるに非ずや。否、七百年の中世史を武士専制を以て一貫したる戒厳令政治の日本と雖も、幕府の亡ぶるに当っては如何。単なる砲撃に駑きて三百年の主権者は将軍旗を大阪城に忘却せるほどの狼狽を以て遁走したり。而して更に驚くべきことは数万の武士階級中一人の立ち帰りてこれを取らんとする勇者なく、市井の匪徒新門辰五郎を煩はして漸く全きを得たるほどなりき。これ黄興の逃亡せる後に年少何海鳴を指揮者として堅守せる南京軍よりも怯懦なる大和魂に非ずや。 諸公。革命されざる今の支那を以て革命されたる將來の支那を断ずるはルヰの佛人を以てナ翁のそれを推し、徳川氏の大阪城を以て乃木将軍の旅順攻撃を考えんとする如き重大なる論理的錯誤なり。革命とは軍隊腐敗して革命勃発すら防御し得ざるを以て起るもの。即ち革命の起れる事その事が軍隊の価値なきことを立証するものなり。この論理的錯誤に気附かざる混迷者を指してこれを支那通と云う。焉ぞ知らん、ペルリ、ハルリス等が『虚言人種なり』と書き殘し『亡国のみ』として立策せる我が日本の軍隊が後年大ロシアを撃破せし事実の如くに、革命の支那は混迷者の妄評を無視して黄禍の濁浪を卷くの甚だ遠からざるを。スイスの傭兵によりて漸く秩序を維持せし如き軍隊の腐敗よりナ翁の用い得べき強兵を作りしは何の故ぞ。国民の自由的覚醒による愛国的信念とフランスの絶望的危機がカルノーをして将校を賤民農奴たりし階級より拔擢せしめ、強制徴集を断行し、弊風情実を打破し、王党の嫌疑を恐るゝより良家の子弟挙りて自衛的に入隊せし如き軍政の一大革命を為さしめしを以てなり。 支那の同樣なる危機と、統一及自由に対する国民的覚醒とは、カルノーの出現を思考し得ざるか。スイス備兵を以て見れば当時の佛国軍隊は 齒牙に掛くるに足らざる者と映じたるは論なし。同樣に、孫黄輩に雇傭さるゝを栄とする傭兵者流は、亦帰りて朝野に報ずるに支那の軍事語るに足らずとしたり。−軍政の根本革命の事、革命家その人を外にして傭兵的浪人等の思議し得べき所ならんや。支那の軍国主義は今の軍隊を保持して単に軍事的ヘ練を加うるに過ぎざるヘ官顧問の招致によりて得べき者に非ず。即ちカルノーの問題なり。否、国民の軍事的精神そのものを一変すべき信念と制度に対する根本的革命なり。諸公。貴族と武士に国防の権義を世襲的職業とせしめたる事がフランスと日本の墮落時代なりき。しからばそれ等に砲術を伝授してヘ練することは問題にあらずして、それ等の一掃を先決的急務とせざるべからず。袁冶下の支那は同じく世襲的營業とせる八旗兵は除かれたりと雖も、代官政治の精神によりて今の軍隊は最も廉価なる惡種の浮浪漢を購買して組織せるものなり。−諸公。支那の凡ては打破則ち建設にして彌縫を考うる余地を存せず。
盗賊となる代はりに軍隊に傭はるゝ者、匪徒の団集が協商して代官の用に買收せられたる者に、堂々たる帝国軍人と称する者何の面皮を以て徒労なるヘ官を勤むるや。彼らはフランスと日本の為せし如く悉く解散せしむるか屠殺すべき者にして、五国借款を以て養うが如きは言語に絶する沙汰なり。日本は帶刀を奪いて解散せしめ、聴かざる者は西南役に於て屠りたり。フランスは始めより断頭台を用いその多くは逃亡したり。支那の軍隊処分策亦国民軍と百姓兵を以てすべし。今の彼らを養わゞ国を挙げて食うも足らず。彼らが討伐を要するほどの流賊、数省を連ねたる叛徒となる事は国民軍の実戦的訓練の為に却って望ましきことに非ずや。ナ翁曰く、余は泥土の中より将軍を作れりと。一大陸軍国たる支那の将軍は革命的年と四億万民の泥土中より出づべし。自由的覚醒による国家的信念は近代国家の凡てを作りたるものにして、今の列強の将卒亦実にこの覚醒されたる信念の産物なり。真理は独り支那に不公平なるべからず。自由の覚醒を得ると殆ど同時にフランスの農奴は全欧州を蹂躙したり。明治五年に常備軍三万〇六百八十人を有せし日本は、土百姓に国家的信念の普及すると共にロシアを撃破したり。四億万民の国家的信念を自由政治によりて覚醒せんとしつゝある中華民国は亦必然に一大陸軍国として黄禍の恐怖たるべし。 −これを楽天的空想なりと云わゞ維新革命は悉く虚偽ならずや。山縣公等の歴史的価値は東洋のカルノーとしてなり。全国の武士階級が指笑する百姓兵を指揮して偉大なる西郷に指揮されたる亡国的軍隊を打破し、以て国民自身の自由的覚醒による国家的信念を全国皆兵の現時に拡張せしめたる事に存す。從て大西郷の征韓論を後年の理想に抑止したる天意は、亡国階級を率ゐては外戦し得べからずと云う事にあり。国家的信念を得たる後の国民軍が日清戦争に打勝ちしとは根本を異にす。近代革命がカルノーを生み山縣公を生みしならば、国民的信念の覚醒によりて起れる支那の革命が、四億万民皆兵制度を樹立して蒙古共和国を近代史に現出せしめざる理なし。山縣公は『泥土の中より作られたる将軍』の一なり。日清戰爭に戦える者、日露戦争に戦える者、悉く中世的軍隊より出でたる者に非ずして、土百姓及びそれに近き階級に生れたる将軍なる事尚ナ翁の諸將の然るが如し。第一革命に現われたる人々が巳に悉く支那通等の意表に出でたる泥土中の将軍なりしを見よ。何ぞ現下の革命に於て窩濶臺汗と其諸汗とが『地下層より搖り上げら』るゝを推想し得ざるや。 諸公。革命の支那が武断政策によりて国内を統一し軍国主義に立ちて外邦に當るべしとの以上の推定は、即ち支那と英露との衝突避くべからざるを断決せしむるものなりとす。支那が財政的独立を得ることは、直ちにエジプトの如くそれを侵しつゝある英国の驅逐を意味す。已に海関税を奪い将に鹽税を奪わんとする彼は、支那の財政革命と同時にもしくは前提として先づ第一に革命政府の許容する能わざる侵略者なり。エジプトが英国の主権の下に於て財政の独立を得べしと云う愚論なし。支那の革命政府は中世的代官階級の維持に腐心しその維持によりてのみ自己の利権を保持せんとする英国の逐を先決問題の一とせざるべからず。天意の測るべからざる事彼と中世的階級との悪因縁は長髪賊の昔時に存す。洪秀全がキリストヘを奉じたるの可否は秦始皇帝が道ヘを国ヘとせんとしたる如く疑問なるは論なし。しかも文士ヘと中世的文士階級に対する根本的革命を掲げて殆ど将に征服を終らんとせし時、英国はゴルドン将軍を派して保守的ヘ義と階級を維持したり。−あゝ英国なかりせは支那は日本の維新革命より五十年を後れざりしなり。現時又袁を後援する昔年の如く、終に五年の歳月を遲延せしめ、日本を煽揚して四億万民を暗黒時代に封鎖せずんば止まざらんとす。天幸いに尚支那に憐みを有して安南一帯が英国と抗争せしフランスの旗下に置かれしが故に可なり。(地図を展べて佛領安南が英国の支那併呑に対して極南の万里長城として横われる天佑を見よ)。
侵迫盗掠爲さゞるなきジョン・プルの併合する所たりしならば、インドよりの一圓揚子江流域の中原に至る沃野と蒼生とは已に悉く彼の植民史に編入されしものなり。−恐るべき揚子江流域の優越権よ。保全主義を掲げたる日英同盟はかかる優越権を尊重せざるべからざるものなるか。インドを同盟條項に加えたる意義に於て、日本は支那分割の時揚子江流域を第二インドたらしめんと考うるか。フランスの領土安南が英領印度と南支那の間に障壁を築きしことは彼が欧州の覇權を失わざりし昔に於ては支那保全の保証なりき。しかも現下の大戦に見るフランスを以てしては、英国の領土的接続を妨ぐる能わざるは明かなり。英国は国交に一点の正義なきを却って外交的能力なるかの如く誇りとす。 大戦の終局と支那の革命によりて破らるる列国の新なるバランスに処するに当って、飜然フランスと日本を売りてインドより安南緬甸に通じ、揚子江流域に達すべき南アジアの大經營を策するなきを保するか。ピーター大帝のロシアが北アジアの侵略を国策とする如く、英国殖民史の精神を一貫する南アジアの経営は勢の及ぶところ支那の恐怖時代となり、直下急転日本の亡国史を書かんとする未曾有の危機を感知せざるか。彼れの占據せるシンガポールは佛領印度の咽喉を扼する者。而して実に香港は支那本部の心臓に刄を擬する一切の策源地なるを見よ。英国が植民史の精神を棄つる能わざるは尚ロシアがピーターの遺勅に背く能わざるが如し。彼は佛領印度と揚子江流域とをインドに接続したる英領南アジアに彩色するを得ば、如何なる敵国とも握手せんは尋常茶飯事のみ。英国にシンガポールと香港とに拠れる経路を放棄せんことを望むは、尚ロシアにシベリア鉄道の割讓を求むる如き不可能事にして、−即ち国家の存亡を賭して争わざれば能わざる事にして、獨帝の発作的外交より島に來れるそれの比にあらず。
換言すれば、支那と英国とは一がインドとなるか、他が日沒無き誇を失うかの決勝的対立に面するものなり。あゝ諸公。一九一一年の革命が利権回収論の爆発なる所以は、経済的打算にあらずして、支那が英国のインドたる能わずという天意を宣布せる民の憤なり。英国亦事々にこれ等を傷けて妨碍至らざるなき所以の者、実に南アジア経営の為に袁世凱と及び共の階級の存続を必要とする国是に基くものなり。存亡と国是の衝突は干戈にあらずんば決せず。彼の日支交渉に処せし英国の態度を見よ。彼は満蒙に日本の来ることを以て保全主義に抵触せずとしたり。何となれば是を以て彼は或る場合に於ける自家の揚子江流域を併合すべき自家の保全なりと考えたるを以てなり。しかも自家の併合区域内のもの、及び支那の覚醒を来して支那が自ら保全し得るの将来を来すべき開発的条項に至っては断々乎として両国に干渉したり。これ何の保全主義ぞ。
ロシアの北アジア侵略は前門の虎にして、英国の南アジア経営は後門の狼なり。前門の虎を退けんとして後門の狼を進めたる日英同盟は、支那が中世的暗黒なりし間、日本の採るべき唯一の以夷制夷策なりき。支那は曙ならんとす。彼は掠奪沒收徴発によりて財政精神より革命すべきが故に、英国のエジプト的権利を打破すべし。不換紙幣の天下たるべきが故に英国資本の利払いを拒絶すべし。主権は絶対なりの原則に従いて必要の場合彼の資本その者を收得すべし。提携すべき国の債権には金銀の山を送ると共に、英国の投資に対しては砲弾を支払うべし。 諸公。現下紛々たる日英同盟可否の空論は窩濶臺汗とその諸汗との断行によりて討論終決となるべし。あゝ我が日の本に神々の加護あれ。国策如何に属僚政冶によりて誤らるゝも、義に死するの建国精神を失うものに非ず。千百の岡田滿は出づべし。『日英同盟の誼』によりて英国の印度兵に雇はるゝか、立国の正義と永遠の利益の為に第二の日露戦争を英国に向って戦うべきかは日比谷原頭に挙がる神の声によりて決すべし。 南支那海の防備が日本の国防的必要の為に福建省の不割讓を要求して、何人にも割讓すべからずとする保全主義と矛盾するよりも、−些の軍事的価値なき島を奪いて来るべき恐怖を沿岸不割讓宣言によりて隱蔽するの児戯に出づるよりも、−最も完備せる軍港、つとに英人のみならず、白人凡てが東洋経略の足溜となす軍港は手を額にして東郷二世の占領を待てるに非ずや。香港これなり。天已に香港太守を狂乱せしめて日章旗に発砲せしめ、以てその必ず奪うべきを指示せし事を見よ。あゝ山座公使。公が生前ドイツと結んで英国のアジア経略を覆えさんとせし大策は、朝野の無智無恥の為に英の傭兵に甘んじて却って日獨戦争となりて現われたり。彼らは日本の対英露策に取りてドイツが支那保全主義の為に唯一同盟国たるべき事を思考だもせず。依然たるグレーの翻訳局、臣事隷從至らざるなき殆んどインド兵の如くにしてしかも唾辱蹴弄却ってかくの如し。大秘密の死に蔽われたる公及水野參事官の綿々たる恨は高祖高宗の知るあり。英国本位の外交は公等を犬の如く葬れりと雖も、義に死するの国民は革命的對外策の犠牲者なりしことを痛哭感謝するの日を見ずして止まんや。空しく公等の屍と共に土に帰せしかの如く見えし日英開戦の大策は、今や将に支那革命の展開に伴へる必然の運命となれり。
三年の長き、日本は公等の恨を知らずして却って英国に隷従し、公等世に存せば天與の好機とすべき欧州大戦に会して倒まにドイツを敵とす。戦局遅滯英獨或は和を結んで香港に拠らば国運累々たること恰ど元寇襲来の昔時に似たり。完備せる香港あり。沿岸不割讓宣言は何の価ぞ。敵とすべからざるものに戦を挑める天の責罰は愈々益々英にョらざるを得ざらしめ、同盟の鉄鎖は日本の行歩を繋ぎて蹌踉奴隷の行くが如し。退て英に従う能わず進んで獨に結ぶの面皮なく、その繋がれたる鎖を断つの自由をすら失えりとは是れを何とか言わん。上下呆顔喪心して一の相模太郎を見ざる時、不肖らは終に公等の遺志を支那の動乱に望まざるを得ず。あゝ天、諸公が殉国の丹心を憐んで現下隣邦の革命を捲き、以て日本を存亡の窮谷より救わんとして然るか。荘嚴なる犠牲よ。駑才不肖のごとくにして尚公等の恨を三世諸佛に祈りて止まず。支那の革命何ぞ獨り支那をのみ救うふものならんや。更に窩濶臺汗共和国の対露一戦に就きて語らしめよ。 |
【十八 露支戦爭と日本の領土擴張】 |
英国と日本とはスエズ以東の覇權に於て両立せず。支那とロシアとは両国歴史ありて以来の相互的恐怖なり。第一革命終局と同時に挙がれる対露一戦の声に興国的風湖を察せよ。日露協約を以て支那に臨むの謂いに非ず。国際間に於ける親善又は同盟とは存立的必要の一致を云う。同文同種相争う欧州各国を見て何ぞ日支の同文同種を云うや。支那の排日は日英同盟と日露協約の日本を排するのみ。アンウエルスのフランス分割会義。蒙古一角の喪失は全支那の割亡を結果す。滿蒙囘藏を放棄して十八省の統一を策せよと云うは尚琉球をペルリに北海道をロシアに割きて維新後の統一を爲すべしと云うと一般なり。日本は日支親善を云うの面皮なし。支那は分割すべき列強の相殺戮しつゝある大戦によりて日本と等しき天佑を受けんとす。革命フランスが天佑に救われしと同じき支那の天佑。英露に苦しめる支那が英露と戦えるドイツに対して親獨主義なるは論なし。日本自身が英露分割より免かれしは明治四年に勃興せるドイツが英露に後顧の憂たりしことにあり。大隈首相に山座氏の志を成さすことを切望す。太平洋の英国は大西洋の英国の遺産相続人たるべし。日本が支那を喰わずして支那の敵を喰うに至りて日支の同盟をうるべし。維新革命中の日本が欧米の紛爭の為に亡国を免かれし事実の列挙。ロシアが三国干渉の外交的全盛時代に於て朝鮮に進出せば日露大戦の敗なし。北露南英に奪うは只今の時を然りとす。宗社党を利用せんとする武弁政客の誤謬。今のロシアは支那新興の一撃にて足る。 実に支那の英国を驅逐すべきことは、唯日本と英国との覇権争奪に於て日本を覚醒せしめ後援すれば足れり。英国がスヱズ以東に威権を振ふことが東洋の英国を自負する日本と両立すべからざる覇権の衝突なることは明白なり。支那は唯天地を貫くの至誠と鬼神も避くべき断行とを以て、日本を日英同盟の穽より救い出せば足れり。日本がその錯誤せる外交より覚醒して『将来の孤立』に戦慄せば、即ち同一なる外交的失策の為に『現在の孤立』に苦悩せるドイツとの同盟に至るべきは自然の数。日獨の海軍は大西洋と太平洋に彼の海軍を分割せしめ、本国の降伏はドイツによりて、本国その者に値するインドの独立は日本によりて実現せらるべし。かくして異人種迫害の罪惡史は英帝国の分割によりて終末を告ぐべきにあらずや。則ち南アジアより英国を驅逐せんとする日英戰爭は支那の如何に関せず、今の『小日本』が『大日本』として覇権を確立すべき領土を英国の持てる者に奪わずんば行く所なきを以てなり。
中華民国の対露一戦に至りては然らず。支那の分割か保全かを端的に決定する者一に唯窩濶臺汗とその諸汗とがロシアを撃破し得るや否やに存す。実に支那とロシアとは兩国歴史ありて以来の敵国にして、露が支那に加えずんば支那が露に加うべき運命に立てり。支那の盛時とは凡て露を制したる時にして、清朝の盛衰亦実にロシアとの勝敗によりて定まれる眼前の事例の如し。彼のクロパトキン将軍が絶叫して黄禍を説きシベリアの防備を論ずる所以の者、これを彼の側に立ちて見る、実に蒙古共和国の馬蹄下に在りし三百年間の中世史を回想し、更に清朝の盛時に戒しめ以て彼に加えずんば我加えらるべしとする憂心[こざとへん中]々の声なりとす。何ぞ軽佻暴慢なる日本浪人の如く支那を軽侮しての侵略主義ならんや。
しからは諸公。同一なる立場に立てる支那が第一革命の終局と同時に、対露一戦の声に鼎沸せし興国的運命を洞察せよ。不肖は先に第一革命が序幕にて閉ぢたる原因を述べてロシアの侵略を前驅する蒙古の独立が重大なる理由なりしことを論じ、袁中心の忍ぷべからざる講和を忍びし革命党の愛国的行動と大局的理解とを賞讃したり。而して又第二革命に国民の加担せざりし原因が、日本の顛倒的大誤策の為に将にロシアと携えて支那の動乱に乗ぜんとしたる危機に警戒したるに依ることを論じ、三年間の日本の不安が亦実に支那の革命と共に革命さるべき外交方針の分水嶺に立てるが為なることを説明したり。
諸公。支那の存立の爲めに避くべからざる必然に属する対露一戦は、必ずしも日本が露の走狗たる故を以て止むものに非ず。成敗は別問題なり。日本がロシアとの協約に盲従して今の支那を討つならばこれ露支戦争に非ず日清戦争による支那の再敗と云い得べし。建設の基礎だに成らざる彼は唯恐怖時代を演ずるに過ぎざるは論なし。これ三万〇六百八十人の常備軍を有せし明治五年の日本に向って (例えば大西郷の征韓論に基きて)当時猶勝海舟等の畏敬せし如き強大なりし清国を破らんことを要め、四万二千人以上の常備軍を養う能わざる降伏条約に従いしドイツに向ってモルトケ将軍のパリ入城を望む如し。不肖はかの愚呆と驕慢に学びて壮丁の長兄が三歳の幼弟に力を誇る如き日支国力の対較をなして喜ぶものに非ず。不肖は日露提携せる圧迫が支那に破らるべしと言わざることは、支那が恐怖時代を演ずべしとなす前述の説明に明かなり。不肖は英国の南アジア経営と、ロシアの北アジア侵略とが、恐怖時代の支那と共に財政破産の日本を一括割亡すべしとは言えり。 −不肖のここに論ずる露支戦争とは日本が日露戦争の正義に復活して支那自らの支那保全に同情し後援し、且つ日本自身が朝鮮と日本海の防備の為にバイカル以東黒龍沿海の諸州を領有すべき運命に覚醒せる基礎に立ちて言うものなり。国際間に存する親善又は同盟とはかかる存立的必要の一致を意味する者にして、何ぞ同文と同種とに係わりあらんや。同文なるが故に親善なるべくんば英米の間は日支の文脈語義相通ぜざるの比にあらず。しかも独立戦争あり亞で英米戦争あり、仲裁条約は成らずして今日獨米の却って親和なるは何ぞ。同種なるが故に同盟し得べくんばポーランド人は露獨に別れて戦わず、イタリアはフランスに抗する三国同盟に加入せざりしなるべく、皇帝の叔甥的血族の英獨相屠りつゝあるは何ぞ。支那が同文同種の誼に背きて排日を叫んで止まざる所以は、民族的性格にあらず。国家の存立上日英同盟の日本を排し日露協約の日本を排するもの。断じて自己等の盟主としての日本を排する所以にあらず。即ち支那民族の道徳的墮落にあらずしてむしろ国家に対する道徳的覚醒なり。政策的に言えば支那政府の誤策にあらずして、日本政府が両国親善なるべき所以の道を理解せざる外交方針の根本的顛倒事に因す。諸公。獨墺に導かれたる英国がフランスの分割をアンウエルス会議に議決したる時、革命フランスが英国との唇齒輔車を提唱せざりしはラテン民族の不徳と革命政府の誤策に帰すべきものか。蒙古そのものは支那の大を以てすれば数うるに足らざる如し。しかも蒙古にロシアの北的侵略を導く事は直ちにチベットに英国の南的経営を迎え、佛の雲南貴州を求むるあれば英は更に場子江流域を呑まんとし、露獨亦協定して山西陜西の森と山東の海より呼応し、対岸の島国は狼狽して亦ツーロンに上陸すべし。蒙古一角の喪失は則ち全支那の割亡を結果す。即ち蒙古チベットは淺薄なる支那学者等の考うる如き中世史の外藩にあらずして、英露の経路に対抗して支那の存立を決する有機的一部なり。彼の五族統一は不可能なりとして一国の国旗を侮辱し、須らく満蒙囘藏を放棄して十八省本部の治を図るペしと云うが如き一顧の値なき愚論が日本の朝野に敬重せらるゝ如くにして如何ぞ日支の親善を望むべけんや。これ四肢を切断して口腹の生存を続けよと云うもの。唇亡びて齒寒しの論法に従えば四肢なきの肉塊は鳥雀の啄ばむ所とならんのみ。
維新革命の時ペルリの門戸開放に従いて琉球と小笠原島とを讓渡し、露国軍艦の対島に租借せしを追逐する以夷制夷策なかりしとせよ。英は九州を掩有すべく、露は従いて北海道に占拠し、米佛亦各々欲する所を要めて日本の所在何處に在るかを見るべからず。今の支那学者支那浪人等は日本の本州のみにて可、維新革命者等の痛心外交笑うべしと云うか。列強対峙に至らざる中世史に於て蒙古チベット等が多くの要なき外藩なりしことは事実なり。これ猶ほ維新前に於て琉球が日清両国に事え、北海道が蝦夷の地として重視されざりしが如し。彼らは林子平の国禁を犯せる国防的絶叫を先覚者なりとして賞す。しからば、何が故に求むべき名利を顧みずして革命先覚の呉崑君が『蒙藏旅行団』を率ゐて不毛に入らんとせし企図を讃美せざるや。支那の革命を機として蒙藏を窺う英露は尚フランスの動乱に乗じて分割を同盟せる墺普の如し。而して日本亦当年の英国を学びて、日英同盟と日露協約を遵守し、終に故桂公を露都に派して『アンウエルスの分割会議』に列せしむ。何の面皮か能く日支親善を言うや。 諸公。不肖は支那の革命がフランスに似たる困難に面する事を見ると共に、又日本の如き天佑を蒙らんとするを考えざる能わず。プロシアとオーストリアとロシアとはポーランドを分剖したる革命動乱中の甘味を二十年後のフランスに推及して直ちに兵を進めたり。これあたかも英露が默契せるものゝ如く北と南とより支那に殺到しつゝあるに比すべし。彼らは東洋民族を経略し来れる甘味に醉えるものなればなり。而して墺普同盟軍がパリの四十里に迫りながら突如退却せし理由は、フランス国民の愛国的死闘よりも二国の背後に在るロシアの反覆に警戒したるが為なり。相似たる形は、ロシアをかって三国干渉によりて支那分割に煽動し、英国に媚びて露佛同盟に当りつゝありしドイツが、今日意外にも英露と相闘い、以て背後より革命の支那を保全する事あたかもフランス革命に於ける露の如くなれる事なりとす。
−当時のフランスがロシアに救われし理由によりて支那の親獨主義を山座公使の霊に感謝せよ。名誉なる孤立にせよ不名誉なる孤立にせよ、今の国際政局に於て孤立を許さゞる事情は支那をして英露を牽制するにドイツと結び日本を制扼するに米国と握手せしめたり。聡明なる以夷制夷策よ。これ山座公使の進退を賭して本国に訴へんとせし一大外交政策に非ずや。愚呆と驕慢とは山座公使の堂々雄大なる大局的眼光を理解するの明なく、一に支那を侮弄して夷を以て夷を制するは春秋戦国の弊を継ぐものなりとす。個人と国家とはその生存の為に境遇に適応する形を取る事はダーウヰンに学べり。しからば支那の春秋時代に於て原則たりし外交策が、日本戦国の賢君名將によりて悉く夷を以て夷を制するの戦略となり、更に全地球の春秋戦国に於て露を討つに英を引き、更に英を破るに獨を迎うるの策に出でんとせし山座氏は支那人と等しく軽侮さるべき器なりしか。存亡の危機より発する本能的叫び声は多く誤なきものなり。 支那が英露のアジア経路の為に将に亡びんとして救いを獨米に求めたるは一種の本能的生存欲より出でたるもの。日本は何が故に獨米に結んで侵略者を挫くの任侠的国風を発揮せざりしか。英国が墺普同盟に加わりしは英佛の歴史的宿怨に原因す。日本が英露に対して往年支那たらんとし、一歩或は再び支那たらんとする日支の存立的一致とは全く異れるものなり。日本は明治四年に勃興せるドイツによりて英露の分割より救われし回顧を、同一なる今の支那に推想する能わざる程に墮落せしか。あゝ支那の不徳なる誤策なりとのみ自任して将に宗祖の国家を九仭に投ぜんとしつゝある己の根本的顛倒事を省みるものなく、荘厳なる犠牲者をして三年の長き墓標のほとりを迷わしむる者は抑々誰ぞ。 −その身維新革命の生ける歴史として、その位将に支那革命を支配し得べき空前の雄大なる舞台に立てる大隈老伯よ。第二革命が英国の全勝と日本の全敗とを以て消失するや、公は『日本の知識と英国の資本を以て日英経済同盟とすべし』と声言せり。英人の挙措に怒骨髄に徹する不肖は彼等の冷酷なる嘲笑を想ふよりも日本外交の悲慘時代なりとして慟哭したり。加藤前外相の価値は如何に日英両国の両立し得べからざるものなるかを日支交渉によりて立証せんが為に世に出でたる阿部局長と等しき我か神の方便なり。陸軍と海軍と国民と、悉く前代未聞の不安を公の統治に抱きてしかも公に非ずんばこの難局に当る能わずとする絶対の信ョを掛くるの矛盾は、これ何の意味なるかを知るや。不安は革命期の不安なり。信ョは革命者たりしが故の信ョなり。即ち公の内閣の前期に於て行き詰れる英露同伴の外交策が、将に後期に入りて獨米提携のそれに転化せんとする国策動搖の不安と信ョに非ざるなきか。 齢八十の老雄七首爆弾の間を馳驅して国事に労するは高祖高宗の嘉称に堪えざる所。しかも伯爵の形骸ありて八太郎の壮心なくんばこれを如何せん。支那の革命に非ず、二千五百年存亡の大事なり。ョ山陽をして高歌膽甕の如しと詠ぜしむるも公。皇天公に冥助せし加護を変じて岡田満を用うるも亦公。断じて斗屑の吏僚輩を集めたる対支会議を開きて決し得べき外交の危機に非ず。萬籟靜なるの一夜、希くは山座公使の墓前に座して冥目ヘを受けよ。−痛憤胸を衝きて起るものあるべし。外交革命の転機とは即ちそれなり。不肖乏しと雖も公の導きを為さん、噫。 諸公。かくの如きフランスと相似たる分割の危機に臨める支那は、今日將にフランスの露に於ける如く、欧州に於けるドイツと英露との孚覇関係によりて救われたり。而して更に維新革命に於ける日本と同じき天佑は現下の欧州大戦を機として日本の外交革命と共に降下せんとす。もとより日本が英露の為に支那を討ぜば正にフランスと異るなき危機なるは論なし。窩濶臺汗の共和軍が英人を驅逐し蒙古討伐を名として対露一戦を断行するの時、日本は北の方浦港より黒龍沿海の諸州に進出し、南の方香港を掠し、シンガポールを奪い、−あゝ佛領印度を領してインド救済の
立脚地を築き、−更に長鞭一揮赤道を跨ぎて黄金の大陸濠洲を占め以て英国の東洋経路を覆へすべきは論なし。
太平洋の英国は大西洋のそれを相続せざる可らず。支那は先づ存立せんが為に、日本は小日本より大日本に転ぜんが為に、古今両国一致の安危を感ずる斯ぐの如き者あらんや。これを日本の利益より云えば、支那は膨脹的日本の前躯を為すものなり。支那の利益より云えば貧弱なる己を喰はずして豊富なる己の敵を喰い双腕己を抱きて保全を図るものなり。−かくの如くにして日支の同盟を云うべく、両国の親善は将に天人狂舞すペきのみ。これ維新革命と同じき天佑に際会せるものにあらずや。実に日本の維新も亦欧州の戦乱によりて独立を得たる革命運動なりき。対島の租借権を主張して動かざりし露艦、長崎に入りて威嚇至らざるなかりし露艦が上海に入るやクリミヤ戦争の爆発によりて英佛艦隊と抗敵せざるを得ざりし天佑ありき。これ五国借款の分割同盟が現下の大戦によりて自ら解体せし天佑と何ぞ相似たるや。ぺルリの公文に残存せる如く、米国の日本侵略が突如として交迭せる反対党の政策によりて平和主義に豹変せし天佑ありき。これ、蒙古の煽動的反乱を機として直に進出せんとしシベリアの駐屯軍が、露本国の危急の為に一空召還せられし天佑と何ぞ相似たるや。これを思うに、日本の独立は明治大皇帝が常に自己の功に居らずして言々必ず天佑に保全せられたる感謝を彼の神々に捧ぐるを忘れざりし如く、全く欧米の動乱によりて分割を免れたる天佑の日本保全なり。見よ、今の袁世凱の支那を見る如き中世階級の腐爛頽廃せる時代は、欧州は革命動乱に燃えつゝありし時なり。 フランスの第三革命は一八四八年にして全欧州は地震の如く崩壊したり。クリミヤ戦後の新均勢の為に列強は同盟協商に沒頭して他を観る暇なく、五八年より五九年に亙りてイタリア独立に係はる佛墺の戦争あり。更に普国勃興のバランス破壊と、六四年の丁抹戦争に亞ぎて六六年の墺普戦争あり。最も日本に危険なりしルヰ・ナポレオンは維新後に至りて普佛戦争に亡びたり。而して東の方或はペルリに見る如き恐れありし米国はメキシコの保護権問題によりてフランスと兵火将に見えんとし、六一年より六五年に亙りし南北戦争と乱後の財政的破壊は日本に加るの余暇を與えざりき。−これ日本がフランス革命の如き恐怖時代を見ざりし原因の一切なりとす。 しからば則ち現下の欧州大戦は日本に亞ぎて四億万民を救援せんが為の天の冥佑にして、かって天佑に保全せられたる日本は支那革命に処するに於て天意に背く事ある可らず。国際的事実として、一国が他の内乱に乗じ得べき権利を有するはもとよりなり。しかも天地の公道を踏むべき日本は、天意の保全せんとする所を犯す可らず。将に天の責罰しつゝあるより大なる獲物に向って一大奮躍を敢行すべき天與の幸福を把握すべし。天の賜を取らざれば天の罰あり。ロシアが三国干渉の外交的全盛時代に於て断乎朝鮮に進出せしならば後年日本に撃退されし日露大戦の悔なかりき。今の時に於て日本亦天意を奉じて北露南英に奪わずんば敗露の侮を再びするも詮なし。国家の興亡実に間一髭。況んやカイゼル四面の楚歌に疲れて或は楚項の運命を追はんとするの時、若し彼を失はば欧州のバランス破壊は奔流の如く英露黙契の日支分割に至らずんば止まず。而して対等の講和は英獨巧提携に至らしめて亦日支の亡。 朝野の諸公何する者ぞ、己を滅ぼすの敵に走りて己を護るべき朋を攻むるの狂乱事を為すや。夷を以て夷を制するは古今東西、外交の原則。ロシアの全敗に終らざる事が欧州の均勢たる露佛同盟と東亞の日本駕御策とに必要なるが故に英のポーツマスに施せる跡を見よ。山座公使死し水野参事官仆れて駐支獨逸公使との密謀を伝うる者なかりしにせよ、諸公の至誠愛国を以てしてこの一目瞭然なる興亡の岐路を踏み迷えりとは之を何をか云わん。国家は天に対して義務を有するのみ。獨軍がポーランドに入りし時、浦港の砲台を占領する能わざる義務は日露協約の条項に明記せられざる所なり。今五月旭日旗に向って過ち放てりという香港太守の砲撃は彼より日英同盟を破棄せんと欲する布告なき開戦の宣言。近海に遊戈せし東郷二世等は何が故に屠腹の決意を以て本国政府の命を待たざる一発を酬いざりしか。脆弱露の如くんば同盟の値なく横暴英に至つては是を懲すの外途なし。一指弾驚倒の軽薄児、如何にグレーの翻訳を事とするも日本は天と国民との為に存在する者なり。あゝ長剣濶歩の八太郎今何處にある。支那の保全者を以て任ずる日本は今や却って支那の飛躍によりて彼より保全されざるべからざるか。不肖は天佑支那の革命に降下せりというよりも、かくの如き日本に対して猶ほ天の冥護去らざる所以を泣謝恐懼して止まざるものなり。
或は言はん、(十行側除*)。而して南満洲は日本の血を以てロシアより得たる所。未解決のまゝに二個の主権を存立せしむることは断じて兩国親善の所以に非ず。北満に至っては英の妨ぐるなくんば日露戦争の当時已に獲得すべかりしもの。大戦の意義に照して終にロシアより奪わずんば止まず。−これ支那の為に絶対的保全の城廓を築くものに非ずや。南北満洲と黒龍沿海の諸州と浦鹽斯徳と。かくの如くにして朝鮮と日本海とは始めて泰山の安きを得べし。而してこれ実に清朝発祥の地。彼の武弁政を談ずるの士、至誠余りありて却て策を知らず、宗社党如きを擁して蒙古独立の顰に倣わんとす。蒙古は独立せる民族の独立地なるに反して宗社の貴親等は枕する所なきもの。日本は北に一国を建つるの基礎なく又その要なし。これ等一円、古代韃靼の領土は明治大皇帝と十万の霊を祭るべく、亡びたる清朝の跡を享くるものは有賀博士の主権讓渡論に基く中華民国に非ずして支那ならざるべからざるは論なし。日露戦争以来正に十年、天意歴々たり。日本の財政を覆すべき日露再戦を唱えし彼は、今日爪牙なき熊となれり。これを倒す支那新興の一撃を以て足る。日露戦争に支那を參加せしめざりしが為に、彼をして独り恣に露支戦争を戦わしめよ。日本が支那の領土保全の為に戦いし感謝を表せしむべく、彼をして日本の領土拡張の為に戦わしめよ。あゝ諸公。日支相食みて終に二千五百年の国家を英露に委せんとするか。四億万民を救済すると共に南北に大日本を築きて黄人のローマ帝国を後の史家に歎賞せしめんとするか。茫々歴史ありて以来諸公の如き重大なる使命を受けしものを見ず。
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支那の対露一戦は可なり、而も日支交渉に於ける内蒙古の権利を如何せんと。卓上論も極まれるかな。日本国民は加藤前外柏を祖述し注釈せんが為に生れたるものに非ず。外交革命とは天意に基きて彼徒の誤策を一掃することなり。晩年の桂公より彼徒に継承せられたる露国同伴政策より脱出して日露戦争の天命に帰ることなり。天何ぞ無用の惡を為さん。彼に依りて播かれたる内蒙古の権利は露支戦争を援助すべき一条件として『滿蒙交換』の協定によりて対露日支同盟の条件たるべし。支那は外蒙古と共に内蒙古を得べし。日本は南満洲と共に北満洲を得べし。内外蒙古は支那存立の絶対的必要なり。彼が日本の後援によりて内外豪古を得ることはチベットを維持し支那全部を保全し得る保障を得るものにして南満の一角と較量し得べきものに非らず。
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【十九 日支同盟と日米経濟同盟 】 |
国内の革命的諸問題は只対外一戦の機を以て解決し得べし。五族統一旗に表れたる革命的理想はその二族を割取せんとする英露との衝突を意味す。日本分割に代りて人身御供となる支那。日本存亡の危機は挙国一致を要求して三百諸侯の否定となる。革命フランスの如き対外軍資の必要によりてのみ革命支那は官僚階級より没收するを得べし。千百のカルノーよりも首都四十里前の敵騎。中世的軍匪に代れる覚醒的農民の支那護国軍。支那護国軍の弊衣破帽とナ翁のイタリア遠征軍。武器供給による日本の援助。支那に統一の大器なしというよりも日本に一ビスマークなきを歎息す。今の四面楚歌に至らしめたる日本自身の驕慢を怖る。何ぞ日支交渉を要せん。山座公使の遺策たる日支官民の一大軍器製造会社。蒙古共和軍の欧州征服を再びするを得ん。革命されたる日本の対支策によりて援助さるゝ支那統一者の幸福。米国の排日熟は日本の対支誤策と対獨誤策に原因す。米国を英国の分家視する俗見を打破してむしろ獨乙系の米国と考えよ。日本移民を米国の拒絶し得るは尚支那苦力を日本の拒絶し得るが如し。移民拒絶が日米開戦の理由たり得るならは何故に日英開戦を同しき理由に叫ばざるか。
米国の支那投資は日本の武力的保証なくしては安全なる能わざる両国の対支利害の一致。亡国階級の支那に借款亡国論なりしもの革命後の支那に於ては借款興国策となるべし。墨銀三百万弗を送りて馬関砲撃を依頼せる竹本淡路守。呉廷芳唐紹儀等のいわゆる親米主義とは銅臭主義にして興国精神の借款策に非ず。怖るべき露国の南下を導かんとせる唐袁孫等の白耳義借款に亡国的腐腸を見よ。日本の五国財団加入は自家防衛上臨機の応策として是認さるペし。支那を割亡せんとせし六国の協調は欧州大戦にして破了したり。横溢せる米国の資本を支那に導くべき支那及び日本の急務。北滿を得て日露戦爭の完全なる解決。支那は英佛白等の鉄道を無償にして没收すべし。支那は鉄道分割によりて亡ぶとなす支那論者の錯乱せる推論。鉄道統一は分割的原因を根本より一掃す。英佛露と戦うことによって得べき日本及び支那の一致的利益。老譚の団匪的傲語は支那の愛国革命党を代弁せる者。鉄道切売り政策をポーリング会社に試みし孫文は政策に於ても新支那を代表せず。鉄道院の独立会計は財政監督に非ず。六国財団の財政投資を鉄道統一の投資に奪取するを得べかりし孫文の鉄道總弁。英人の結べる袁孫の握手は悉く東亜の大局を破らんとす。フランス革命に示されたる審判の手を陳其美の暗殺によりて革命の支那に見んとす。米国の投資を以てする支那の鉄道網。軍隊輸送本位の敷設。革命期の富民策として鉄道急設はナ翁の運河開鑒の如し。鉄道なき支那の小国なることは尚ロシアの獨乙より小国なるが如し。支那の統一者は『鉄道』なり。陸海軍將校の増加に苦しむ日本は天極東露領と南洋英領の占有を指示するもの。米国はカナダの領有の為に比利賓を讓渡すべし。日米の離間は英国の秘策なるを警告す。天道に反せば日本自身と雖も天の罰を受けん。天匹夫一輝をして言はしむるのみ。 これによりて之を観れば、支那の革命は天佑に於て日本と同じき欧州戦乱を惠まれたり。而して一面亦日本と異り、革命と同時に対外戦争を敢行せざるべからざる点に於て終に東洋のフランスたる運命を負えるものなり。日本が日清の墺普戦争に至る迄の約三十年間専心国基の培養を努めたるに反して、支那は現下大戦の機を捉えて乾坤一擲存乎亡乎を天意に任じて飛躍せざるべからず。しかしながらこれ必ずしも日本より天佑の乏しき謂いに非ず。天佑は唯天の使命を理解せるものに於てのみ天佑なり。不肖は確信す。支那は対露一戦を以て山積せる革命的諸案を一挙に解決し得べし。代官階級の一掃も。財政革命も。軍政改革も。郡県的統一も。尚武的軍国的精神の樹立も。而して日支同盟による両国共通の大々的兵器製造所も。全欧州の資本が横溢せる米国の投資に依る五十万里鉄道急設の有機的近代国家の実現も。
この説明は単純にフランス革命を回顧せば足るものなり。フランス革命の理想、自由平等は即ち不自由不平等組織の隣邦と両立せざる対墺普戦争を意味せり。これ支那の五族統一の国旗に現はれたる革命的理想が、直ちにその中の二族を分割して蒙藏に占拠せんとする英露との衝突を意味せると等し。維新革命に於ては白人東進の欲望を飽満ならしめんが為にあたかも支那が身代わりとなれるかの如く、フランスに安南を與え洪秀全の乱、阿片戦爭等を捲きて白人相互間の戦闘を生ずる時代まで日本の人身御供を努めたり。故に日本に於ては大西郷の冒険的外戦論が容れられずして谷干城等の悲哀なる亡国的警告に戒しめたり。龍渓先生の『経国美談』、柴四朗氏の『佳人の奇遇』の如きに見る亡国を恐れ亡国を警しむる累々たる長年月を送り、列強亦悉く日本の亡国を確信して唯支那の美膳を喰い終われる後の残飯として一に前後の問題なりき。
しかしながら中世史を一掃する廃藩置県の近代的統一はよしんば警戒に終りしと雖もこの存亡に面せざれば不可能なりしに非ずや。蒸氣と電気とが海濤の封鎖を破りて特に日本分割を現示するなくんば、歴史は或は薩長幕府の連邦的或は戦国的中世史を楯環せしやも知るべからず。存亡の危機は挙国一致を要求し、拳国一致は三百貴族の否定を意味す。維新革命は唯内乱外寇一時に來れるフランス革命を内外二期に分ちて日清戦爭まで引き延ばせしものに過ぎず。フランス亦墺普の侵入なくんば中世的貴族政を覆沒する能わざりしは察すべきなり。彼らはチュレリー宮殿が万惡の源泉なることを知る。しかも皇帝を売国奴としたる分割同盟軍を見るに至らざれば斧鉞を加うる能わざりしなり。 ルソーが僧侶貴族等の富を奪わずんば国民に自由なしと言わざりしことは章太炎と差なし。しかも同盟軍の侵入に抗戦すべき軍費の必要は断々として没收政策を行わしめたり。彼は意識せずして国民自由の経済的根拠たり又財政革命の前提的基礎たるものをこれによりて惠まれたり。寺院貴族より奪える土地の七十億円。公債三分の二の沒却。年收八百円以上の者に三億四千万円の軍費徴発。中世的致富に非ざる正当なる新富豪より八千八百万円の掠奪。支那と同樣に革命とは無税なりと信ぜし国民にルヰの惡税を窓戸に二倍し車に十倍せし誅求苛歛。更に今の墨其古が靴一足百弗を唱うる如き不換紙幣の百五十億法。かかる形容弁も見当らざるが如き大英断が単純なる革命の理想を説き政治財政の改革を論じて国民に承認さるゝものならんや。一に唯『国危し』の警鐘乱打によりて行われたるのみ。しからば支那の代官階級の一掃と財政革命の基礎とが口舌的借款亡国論に望むべからざるは論なし。 −不肖は固く信ず、対露一戦の軍費は代官階級の富を没收徴発することによりて得べく、政治的財政的革命亦対露一戦に依りてのみ始めて望むべしと。四万々民の存亡を叫んで軍資徴発を代官階級に要めば秩序整然として三十億円を徴発するに数ケ月を要せざるべく、蒙古の戦場もし国民軍苦闘に陷らば更に頗る可、一年百億何ぞ難とせん。軍政改革亦然り。ビスマークが一戦して分立的侯国を統一せし原則は、則ち公安委員会がパリの城門を閉ぢ獄裏の貴族を屠殺してナ翁の統一的フランスを準備せし原則。腐敗墮落して国内の革命的暴動をすら鎮圧する能わざりし都督将軍等の代官階級は逃亡して『泥土の将軍』と『地下層の金鑛』とがゴビ沙漠の陣頭に立つべし。千百のカルノーありと雖も首都の四十里前に敵騎を見ずんば一躍徴兵制度を強行する能わず、国民亦死を決して來り加わるものなし。あたかも日本のそれが数百年の制度に対する急変を緩和せんとする条件付にして、しかも戸籍を偽る徴兵忌避の養子を流行せしめ、血税の文字を誤り血液を絞りて電柱に塗布すとして所在噴飯すべき竹槍蓆旗を演じたるが如し。フランスと同一なる支那の危機は、日本の如き気楽なる旅行を許さずして、四億万民その者の休戚を決する護国軍となりて出現すべし。代官に購買せられたる『最惡なる人民』の中世的軍隊は四散して、『国家の為の国民』に覚醒せる至純なる農民の組織せる愛国軍を見るべし。即ち高杉晋作等に率ゐられたる馬関砲撃の如き団匪乱を捲ける国民が一躍大山乃木に指揮さるゝ国民軍として戦線に立つべしということなり。或はフランスの如く毎月一億万の不換紙幣を乱発する如きことは今の時無かるべし。しかも彼が如く巡警剣を典して口を糊し將士馬を売りて饑を凌ぐの窮に陷ることなしとせず。革命とは賽を投ずる事なり。支那は一九一一年に於て已にルビコンを渡れり。戦わずんば亡。戦えば亡中興の険路あり。ナ翁は支那に見るが如き年少なる革命将校なりき。 イタリア遠征の途に上らんとしてその軍に諭して曰く、フランスは諸子に負う所大なり。しかも国庫空うして諸子に報ずる能わず。諸子の衣は裂け靴は破る。願くは死を共にし又栄を與にするの日を見んと。対露一戦は日本の憲政擁護者流の神輿となりて得意に狂する如き浮華輕佻の孫文輩を見て推論し得べき支那の将来に非ず。窩濶臺汗と其諸汗とが大風起って雲飛揚するの時、馬背に立ちて鳴鞭憤叫国家の存亡を訴うるならは何ぞ国民軍の弊衣破靴を憂えんや。我は則ち飽食暖衣して泡沫の空名に甘んじ徒に万言を列ねて国民捐を鳴号する如くんば黄興と雖もその任に堪えず。昔者亡国ヘの文士歌ひて曰く、古来征戦幾人還と。何ぞ然らんや、明治大皇帝の日本と窩濶臺汗の中華民国とは征戦勝って還りしものに非ずんば今の時特に統治の任に当る能わず。不幸屍を馬革に包みて終らば護国の鬼。徹底的革命後の大總統は断じて露支戦争の凱旋将軍ならざるべからず。兵は四億万の組織さるべき国民軍あり。資は亡さるべき代官階級の富数十億万の山積せるあり。而して各省乱離の統一、財政基礎の革命、一大陸軍国の根柱、自らにして成る。大ナ翁は神に非ず唯この平凡事を成せるのみ。あゝ爪牙なき熊を屠りて窩濶臺汗の蒙古大共和国を築くものは誰ぞ。況んや精鋭なる兵器を供給すべき日本を背後に有するに於てをや。 以上の論述を点検さるゝことによりて、諸公は日支両国が全く獨墺同盟と等しき存亡的一致に立てることを首肯せらるべし。実に今の日本に必要なる人物は近眼軽佻なる俗論を鎮圧すると共に、充実せる興国の正気を向うべき所に向わしむる一個のビスマークのみ。彼は墺普戦争によりて一握の土を求めず、戦勝に醉える軍将の要求を排し、一見支那の如き割亡に終るべをオーストリアとの同盟を策するに自殺の決心を以てしたり。−何ぞ日本朝野の対支策と相距る甚しきや。彼は曰く、イタリアの旧屋は或は瓦解すべし。しかもドイツは彼のセメントなり。否瓦解すと雖もドイツは煉瓦の一片を求むるものに非ずと。清末よりの支那は正しく解体したる箍なき大なる桶なりき。日本が真に保全主義を唱うるならば北露と南英との領土を奪いて四百余州を抱く雄大なる箍を外交方針とすべかりしなり。軍人と国論とが侵略主義を高調するは興国の正氣にして妄りに抑圧すべきものに非ず。要は向うべき所に放つにあり。
ビスマークは墺に向わしめずして当時強大を極めたる佛に放ち、以って一挙欧州の覇位を争えり。戦時中なるが故の耐忍に得々として我は日英同盟の主位なりと誇り、露は終に我に抗する能わずとして苟安に送るが如き日本現時の覇位はビスマークの與みせざる所。あたかも儼父不在の留守居を幸いとして乱舞する頑童の行いなり。帰来鉄拳の戒は鏡にかけて見るが如し。而して一瓦片をだに求むべからざるイタリアに対して第二革命の個人的加担者が数人死傷せりとしては則ち艦隊を派して威嚇し、英の妨害によりて日支交渉の頓挫するや鋒を彼の強大に向けずして却って涕泣合掌の弱者に加えんとす。 不肖は日本歴代の内閣を一貫するかかる醜態を見て、『現下支那に統一の大器なし』と歎息する公等よりも寧ろ『日本に一ビスマークありや』を憂惧せざるを得ず。否、諸公何ぞビスマークに劣らん。唯彼は国歩艱難の時挙手投足己を制して過なきを努め、諸公は強露を破って心自ら驕り終に下等人種の煽揚を事とする英の術中に落ちて最も『不名誉なる孤立』に至りしのみ。獨を敵とし延いて米と相警しめ、露と和するが如くにして英と交々含み、対岸の四億万民亦皆を決して酬いるの時を待つ。四面楚歌の声とは真にこの事。−希くは諸公の活眼達識能く一転獨米と結んで英露を撃破し以て抑塞せる国力の向う所を南北に分ちて恣に放たしむるなきか。 雄略かくの如くんば古今を空しうする者、何ぞ一ビスマークの企及すべき所ならんや。日支親善は是に於て実に獨墺刎頸の交となるべし。彼の恥づべき恫[こざと曷]と譎詐とを鬪はしめたる日支交渉案の如き、北、滿蒙は日露大戦の正義に返える事によりて解決すべく、南、漢冶萍の鉄はつとに日本の軍器独立に必要なるのみならず支那の存亡の為に支那の進んで共同経営を求むべきは論なし。日本第一の噴飯すべき外交家加藤氏の如く英国に致されて『第五項案』を保留するに及ばず。又或る種の陸軍系政客の如く漢冶萍解決の為に周特使を迎えて逆臣の簒奪を日本皇帝の名に於て承認せんとする国民道徳の指弾を受くるにも及ばず。−漢冶萍その他の鉄炭を基礎とせる大々的クルップ会社を組織し、三分してその一を支那政府に、他の一を日本政府に、余の一を日支両国民の民有とせば両国軍事同盟の礎石茲に於て動かず。−故山座公使はこの点に就きて具体的成案を有したりき。白人の担保流れを企画する高利貸政策を学びて僅々数千万円を貸付し以て日夜他の侵すなからんことを恐る。対支外交一として児戯に非ざるものなし。
獨米を連ねたる日支の軍事同盟に依る軍器の共通は支那の側より進んで漢冶萍の解決を求めざるを得ず。何ぞ日支交渉と周特使とを要せん。しかるに英露に隨いてアンエルスの分割会議に列する外交方針の下にその合弁を求む。これ合弁にあらずして明白なる侵略なり。袁世凱ならば皇帝の金冠と国家独立の鉄山とを換うべし。日本に必要なる如く支那の軍器製造に必要なる漢冶萍は、日本が英露隨伴の国歩を一転せざる限り断じて革命政府の死力堅守する所なるべきは論なし。天意人心日支両国の同盟を熱望するかくの如くにしてしかも阻隔茲に至る所以のもの、一に諸公がビスマークたらざるに存す。あゝ日支両国を永遠に結合する日支官民の一大軍器製造会社よ。営利は不肖の知る所に非ず。唯軍器の製造は国権の拡張を意味す。不肖はこの壮観より史上の回顧を恣にする時、かのシベリア平原の風雪を蹴り立てゝ中央アジアの惠まれたる諸大国を攻め、以て露都を衝きポーランドを降だし、オーストリア匈牙利を屠り、ドイツ・ヴァールスタッドの戦場に於てハィンリッヒ二世と王妃アンナを討ち取りし蒙古共和軍の光景に肉躍骨鳴せざるを得ず。何ぞ疲弊せる我がカイゼルをして再びアンナ礼拜堂の壁画より黄禍の図案を書かしめんや。僅かにアジア人のアジアの為に。
諸公。大ナ翁が軍事外交と同時に運河を穿ち国道を開き法典を編纂せし多忙の如く、支那の窩濶臺汗は日英戦爭に参加し露支戦爭に出陣し、財政革命を為し軍政改革を図り郡県的統一を遂げ、日支同盟の軍器製造会社を組織すべし。而して更に米国の資本を輸入して四百余州を有機的一体たらしむるピーター大帝の働きを為さゞるべからず。
ナ翁は革命の破壊的部分がダントン、ロべスピールの死力によりて終結せし後に来れり。支那の大總統に於ては建設とともに破壊を断行せざるべからざるは明治大皇帝の如くにして、しかも日本のごとき三十年の歳月を許されざるものなり。−唯だ彼の唯一の幸福は革命されたる外交によりて日本の後援の下に断行を恣にするを得る一事なりとす。即ち孫君のいわゆる二十五万里の鉄道敷設が同盟国日本の保証の下に米国の資本を奔流の如く導く事によりて急設せらるゝ如き最も大なる後援の一なり。
諸公。米国の資本を支那に導くべしとの提唱に駑く勿れ。由來米国と日本とは何の宿怨あり、何の利害衝突ありて今日の如く相警むるや。彼に排日熱あるはあたかも支那に『敢て物言はずして怒る』ところの排日熱あるが如く、日本の支那に対する顛倒的誤策より生ぜし反響に過ぎざるにあらずや。又支那に於て日本に一の敵意なきドイツを日本の攻撃したることによりて、米国に在るドイツ系統の愛国的憤怒に過ぎざるに非ずや。米国に帰化せるドイツ人シーフは日露戦爭の時−露獨抗爭の国家的道念をも加えて−専ら日本の外債を担任し自ら日米会長たりし程の親日主義者なりき。しかも日本の島攻撃と同時に一切を辞して最も熾烈なる排日論者となりし一例に鑑みよ。俗見の多くは今の米国を以て英人の分家なるかの如き了解の上に外交の論議を苟くもす。これ日英同盟すれば米国従って同情するかの如き幻想を生ずる所以なり。しかも今の米国は全欧州の米国にして或る一国のそれに非ざるは何人も知る所に非ずや。否、建国の最初より欧州各国民の各洲に殖民せし者。一たび英国の優越權下に落ちしと雖も、忽ち欧州各国の合力によりて英国を排除したる歴史が明示するにあらずや。 而して特に今日に於ては欧州に最も優越なるドイツ人が同時に米国の財界政界の主力を把握して寧ろドイツ系の支配に属する米国なるに非ずや。則ち今の米国に於ける排日熱は尚支那のそれの如きものにして、日獨の提携と同時に実力の後援を得べきョ母しき親日論に一変すべきものなり。何者の計ぞ日米戦争の如き惡魔の声を挙げて日本の朝野を混迷せしめ、支那に事あれば先づ米に備うるの用意を艦隊司令官に命ずる如き狂的政策に奔らしむるや。或は日本移民の拒絶を理由とする者あらん。一国が有害なる移民を拒絶し得べきことは日本が支那の苦力を拒絶し英国殖民地の濠洲が絶対に日本人の入国を拒絶しつゝあるが如し。自国に敵意ある日本人を排斥する米国は国家の自衛的権利を行使せるもの。日本がその包藏する敵意を放棄するか又は英領を奪いて自国の黄金郷に走るかによりて決する単純なる問題なり。移民拒絶が日米開戦の理由たり得るならば日本は已に早く日英戦争を実行したるべき論理ならずや。
−際限なき英国の奴隷よ。これ英国が日本をして己れの拘束より離れざらしめんが為に却って巧みに煽動するところのものに非ざるなきか。諸公。米国は玖馬墨其古に対しては債権の設定より侵略に出でたりと雖も、支那の投資に対して兵力を用いることは長鞭馬腹に及ばざるものなり。從って彼の対支政策が列強の分割によりて支那の閉鎖さるゝことを恐れて完き意義の領土保全主義−開放されたる市場としての支那を主張しつゝあることは彼としてこれ以外の途なきを以てなり。これ彼がロシアの併呑策に対して保全主義を提げて起てる十年前の日本に強大の後援を吝まざりし所以。從って露支戦爭及び日本のシベリア侵略に対して再び有力なる同盟的立場に立ち得べき所以なり。彼の弱点は支那の投資に於て日本の保証なくんば元利一切の不安なることにして、日本の弱点は彼の投資によりて支那の開発さるゝなくば日本の富強なる能わざる利害の一致に存す。 −隈伯何ぞ『支那に於ける日米経済同盟』を提唱せざる。米国が支那に投資すること、一億より十億に進み百億に達せば、日本の市場が数十倍の貿易表を示すときなるとともに米国は愈々その投資の保障を日本の実力ある保全主義に繋がざることを得ず。別言すれば、日米経済同盟とは米国をして日本に叛く能はざらしむべく、米国より保証金を日本の兵力下に供託せしむることなりとす。フランスの資本に於けるロシアの陸軍と云ふ関係が露佛同盟なり。即ち米の対支投資は支那保全主義に對して日米間を不可分的同盟たらしむるものなり。米国がもし第二の英国を学びて支那の経済的併呑を策することあらば、日本は支那と共にその兵力を以て供託せる保証金を沒收すれば足る。戦費賠償金の前渡しを以てするならば不肖等何ぞ日米開戦説に與みせざらんや。五国借款の執達吏と黄白両大陸国の支配と、一に唯外交革命の一転機によりて分る。清末と袁世凱との時代に於て借款亡国論たりしものは窩濶臺汗の共和国に至て借款興国策に一変すべし。 これ鎖港攘夷論が徳川氏の亡国組織に於て皇帝及び革命的年によりて唱えられしに係らず、革命政府成立と同時に開国進取の宣言に一変せしと同樣なり。開鎖の論は末なり。墨銀三百万弗を贈りて馬関攻撃を依頓せる竹本淡路守の心を以てする開港と、連合艦隊に敗られて対等の休戰を頑守せし高杉晋作の心を以てするのそれとは興亡の精神を異にす。しからば同一なる外国借款が中世的代官階級の時代に行わるゝ時亡国論となり、団匪的正大氣に充実せる革命政府の利権回収論的精神に施さるゝ時興国策の一となるに何の疑いなし。故に曰く、借款は唯日獨米を聯ねたる英露撃攘の大策に立ちて親ら馬を蒙古チベットに驅るの英雄に非ずんば為す能わずと。誤解する勿れ、故にこれいわゆる親米主義に非ず。呉延芳の如く日本は貧国なり米は富家翁なりとして銅臭紛々たる代官根性を以て行うべき政策に非ず。彼徒凡ては米国投資が日本の保證の下に非ずんば支那に入る能わざる経済学の原則−資本の安全性−を理解せざる程の亡国的吏僚なればなり。海外投資はこの原則によりて武力の後援を要す。彼の唐紹儀と袁世凱孫逸仙とが共に計りて南北講和後の急需に白耳義シンジケートを借れる如き無智淺見の凡俗をして当らしむべきものにあらず。 彼らはその外形を見て侵略的性質を帯びざる小国の資本なりと誤解し、現下の大戦に暴露されたる如き露佛同盟の羊皮せるものなるを察せずして愕くべき露国の鉄道を導かんとしたり。不肖をして日本の五国借款加入を弁護せしめよ。その当時かって一言の反対だにせざりし孫逸仙が第二革命に臨んで怯懦なる犬の如き五国ボイコットなんどの吠聲を挙げし事あり。しかも孫と袁世凱と唐紹儀との責任に出づる露国の侵入を導ける白耳義借款は当面に日露の均勢を破り、終に日露再戦の場合に於て日本を不利に陷るる者。日本に取ては孫黄の八百ダースよりも露国のそれに代れる滿蒙五鉄道が必要なりしなり。則ち日本の五国借款加入はその前渡金を以つて孫唐等の禍根を植ゑんとせし白耳義借款の償還を条件としたるを以てなりとす。同一なる借款にして国を亡ぼし国を興す事かくの如く、同一なる親米主義にして団匪的興国魂より迸発せる者と代官的慣習の腐腸より露出せる者と、天淵亦かくの如し。而して我日本たる者嘗て『皇国の存亡この一挙に在り』し時後援し、更に現下の戦慄すべき存亡に臨んで再び最も有效に後援せんとする米国を敵視するとは狂乱の沙汰と云うべし。前きに支那を割亡せんとせし六国の協調は欧州大戦に破れて四国の富は悉く他の一国に横溢せり。溢るゝ者は流れざる可らず。日本依然として米資の支那に入るを防がは平和克復の後−資本水準の理法に依りて−再び欧州に逆流せしめ以て国力の囘復を促進し白人東侵の勢を倍加して鞭撻するに至らんは必せり。先んずれば人を制す。夷を以て夷を制するの外交的原則は世界春秋の現時特にこれを捨つ可らず。伯や須らく日米経済同盟を策せん。 諸公。日米経済同盟による支那の鉄道急設は当然に他の四国英獨露佛の鉄道敷設権及び借款権と両立せざる者なるは論なし。ドイツは英露を挾撃すべき我が攻守同盟国としてその有する津浦鉄道の北段(三九一哩)は、輸入せる米資を以て償還し彼の為に現下切迫の軍資に供せしむべし。露国の東清鉄道(一、〇六七哩)はその北満洲と共に日本の南満鉄道に接続したる昔時に返りて日本の領有に帰すべし。これ日露戦爭の完全なる解決なり。ロシアは他に未設線の権利を有すと雖も分割乎保全乎を問題とさるべき彼はこれによりて支那に何ものをも殘さず。英国の有する鉄道は最も大なり。京奉鉄道及支線(六〇六哩)、津浦鉄道南段(二三二哩)、滬寧鉄道(一九三哩)、[さんずい松]滬(一二哩)、廣九(二三哩)、滬杭甫鉄道(一〇四哩)合計一千百七十哩の既設鉄道は支那の無償を以て沒收すべきものなり。
諸公。不肖を以て暴論を恣にする者となす勿れ。国家の主権は絶対なり。理由は如何樣にも発見し得べし。日本がドイツに最後通牒を発する時三国干渉の旧怨を引き出せし論法を以てすれば阿片を以て中国を毒せしことより数へて千百を得べし。屠殺さるべき在支英人の埋葬費と云うも可。欧州洲大戦又は日英戦爭に參加せる戦費賠償金の前渡しなりと称するも可。恣まに国旗を樹てゝ占領と名け租借と号せし彼らに比すれば戦時行為としてかくの如きも猶人道的なるに過ぐ。恐くは日獨のインドと本国とに加うる挾撃によりて英国の歴史は卷末となるべきが故に、支那は単に放棄されたる債權を收得するものとなるべし。フランス亦然り。[さんずい眞]越鉄道(二九六哩)。白耳義同じく亦然り、海蘭鉄道(一三六哩)。
−あゝ諸公。いわゆる今の連合軍側と称せらるゝ英佛白露の以上諸鉄道を沒牧することによりて支那が分割の危機より脱することを得とせば、一国の権利に於てドイツに加担して戦うことは罪惡なる無策なりと云うか。止めよ支那悲觀論者。支那の分割は経済的分割に在り、経済的分割は鉄道分割に始まると為すもの、支那地図の東西南北に彼等の未設線路又は予定線路を彩どりて分割將に茲に至るとなす。−由来支那亡国論者は論理的矛盾を極む。清国の亡国なりし事は論者の言の如く革命によりて亡ぼされたることを以て証明されたり。彼等の論理はこの点まで正当にして且つ已に終結したるものなり。彼らは自己の所論が一九一一年に終結せることを気付かず、清国を亡ぼしたる跡に興らんとする他の理想と制度と外交関係とを有する別個将来の国家に演繹せんとするは何ぞ。 亡ぷべき材料と事実とに基く『如何にして清国が亡びしや』既定的解説と、新たに興らんとする風雲の機を今古興亡の機微に考えて『如何に民国が興らんとするか』の可能的努力と、これ実に錯誤すべからざる全然別個の二者に非ずや。則ち既定的解説は所謂支那通と称せらるゝ事情の精通者に求むべし。一大革命によりて興らんとする民国の將來に至っては斗屑彼等の容喙すべからざる権域外の別事なり。−これ一大経世家の思考すべき事項。ナ翁のフランスがアーサー・ヤングの旅行記によりては想察されず、明治大皇帝の日本が『虚言人種唯強圧政策あるのみ』とせしバークスによりては推知されざりしが如し。不肖は断言す。支那の興亡は二十二史と数年の支那旅行によりて考うべきものに非ずしてこれを決定する唯一の者は−日本の外交革命と英佛白三国の鉄道沒收に存するのみと。即ち少数なる支那人と及び諸公とによりて決せらるゝ方寸の如何なりというの謂いなり。歴史ありて以來諸公の如き重大なる使命を負いしものを見ずと云える不肖の前言を形容弁たらしむる勿れ。 諸公。もし革命を断行せし少数なる支那人なかりせば、清末の鉄道切売り政策は前掲既設線に加えて列強利権の分野となり、図上一面に紅黄紫緑を縦横して経済的勢力圏より一転政治的分割に終りしは論なし。即ち唯彼等の断行ありしが故に支那亡国論は討論終結したるなり。しからば諸公。公等の外交革命を断行する事によりて、更に彼等をして英佛白三国の既設線路を收得せしむるならばこれ一切の分割的原因を根本より一掃するものにあらずや。−繰り返して断言せしめよ。支那の興亡は千百の無用有害なる支那通、支那学者、支那浪人の放言妄動にあらずして一に諸公の方寸に在りと。日露戦争の本義茲に於て貫徹すべし。保全主義の公道ここに至りて徹底すべし。あゝ雄圖古今を空しうする日支同盟よ。日本が英国より香港を奪い、シンガポールを奪い、南洋諸島を奪い、濠洲大陸を奪い、更に国庫を破産せしめんとする債務を奪うことに対して、支那に一千百七十里の鉄道と債務とを奪わしめよ。日本がフランスより嘗て支那の領土たりし安南一帯を奪うに対して二九六里のそれと債務とを奪はしめよ、日本がロシアより東清鉄道の一〇六七里と北滿洲を奪いて支那に何ものをも與えざるに対して、彼に露佛同盟の前躯をなせる白耳義の一三六里を奪わしめよ。 かくの如くにして大日本ならざるなく、保全されざる支那無し矣。譚人鳳かって不肖に語りて曰く。袁孫の徒国を洋夷に競売す。鄙人無きの後中国或は亡びん。しかもこれ尚可。洋夷数十百億の資を投じて中国民を富強ならしむればこれ中国を独立せしむるもの。一挙団匪を起して彼等を追はんこと必せり。彼らは鉄道と鉱山を荷ひて逃走する能わずと。諸公。彼の翁が不肖の如き明確なる組織的理論を有するや否やを知らず。しかれども故宋君といい、故范君といい、現時不肖の交遊聞知せる人々の殆ど凡てが悉く譚的団匪ならざるなきは、帰納的に不肖をしていわゆる北袁と南孫とに基きて妄論する者と見解を異にするかくの如きに至れるのみ。袁孫共に過渡期の贋造貨幣。世界の眼を欺きて革命の支那を蔽うと雖も、現下の革命乱によりて所在『地下層より搖り上げらるゝ』無数の譚的団匪は必ずや欧州大戦の機を捉えて支那自身の根本的保全を策すべく一点の疑なし。鹽税徴集權を競売せし袁と、全国鉄道総弁となりて依然たる切売政策をボーリング会社に試みし孫とによりて今後の支那を思考すべからず。何人が任に当るべき天命を享くるやはナ翁の答弁を反覆するの外なし。又時機到来の如何を洞察して、施策自ら形勢の宜ろしきに応ずべきも論なし。しかも日本の動かすべからざる対支根本政策は彼等の分割的基準を一掃せんとする冒険を援助して保全主義を徹底せしむることなり。一挙艨艟を英に放ち貔貅を露に驅りて太平洋を庭池としたる大ローマ帝国を基くことなり。何ぞ支那の三国より奪える『煉瓦の一片』を欲するものならんや。
実に支那に横溢せざるを得ざる大資本を抱ける米国が、今日に至るまで一の利権的立脚地を支那に有せざることは、日米経済同盟の可能をして更に大可能ならしむる者なり。もとより両国の投資は中世的組織の維持に用ひらるべきものにあらざることは論なし。蒙古的共和国の大總統は対露一戦の期に於て、維新革命よりも急激に、フランス革命よりも秩序的にこれ等を一掃し、以て新たなる建設を奮励すべし。彼は恐らく『鉄道院』の計画と会計を独立せしめん。
日本と米国とは自由にその段資の安全を注意するを得べく、一切の代官的人物を存在せしめざるが故に、支那は進んでその公開を欣ぶべし。これ財政監督にあらず。普通に行わるゝ事業の経営方法なり。行政費の欠陥を補わんとしてその費途に容喙し、回収の不安なるが為に徴税権の行使に參與せんとする者は財政監督なり。事業の経営に於て計画を有效にし会計を公明にすることは、外資たると内資たるとを問わず国営と民業とを論ぜず一般の通則なり。 民国元年、不肖は六国借款の交渉さるゝ時隣国の諸友に力説して曰く。何ぞ六国の款を用ひて独立せる鉄道経営を団行し、以て各国の経済的分割圏を抹除して経済的保全に一転せしめざるや。六国を一団とせる鉄道院の会計と計画の下に列強の既設鉄道を買收し一切の未設線を取消さばこれ彼等をして自ら保全に努めしむるものなり。津浦鉄道の南段と北段とに見る如く北支那と南支那とを英獨に協定せしむることは鉄道による支那分割の亡清的遺策なり。 ノックスの鉄道中立案は日露の滿洲に企てられたるが故に夢想に終りしと雖も、彼が先づ英佛白等の支那本部に在るそれと、今後の敷設さるべき凡てとを列強の投資による中立とせば日露亦悦んで參加すべかりしなり。今は則ちその時に非ずやと。実に当時孫袁の−言うべからざる提携−固き私利的握手なくんば、革命頭は亡国階級の維持に浪費されたる六国借款を鉄道に導きて列強と支那の前途とを平和の間に解決して保全的基礎を築きしやも知るべからず。もとより形勢の変化に応ぜんとする今の開戦による鉄道沒收が英雄に非ずんば為す能わざる如く、この『六国資本の鐵道統一に依る経済的保全策』が袁政府の交通部と孫文輩の鉄道總弁を以てしてはいわゆる虎を描いて狗に類すべきは明かなり。しかしながら孫にして寸分の経済的識見ありしならば袁を倒す上に於ても行政費に消ゆべくして監督の可否の論爭さるゝものに投資すべきや、收利の明かにして材料の供給に利し会計の明白なるものに投資すべきやを資本の安全性に訴ふべき筈なりしなり。六国財団が袁政府を棄てゝ孫總弁に走るべきは論なく、則ち孫の恢復にして袁の失脚に非ずや。 −今にして顧る、実に英公使ヂョルダンの旨を受けたる一英醫モリソンの結べる孫袁の握手が東亞の大局を浮ぶべからざる深淵に投ぜんとせし事殆ど粟膚戰慄に堪へず。しかしながら諸公。見えざる偉いなる者は終に正義を顯はし東亞諸邦を救わんとす。この文字を草しつゝある中に宋を上海に暗殺せる陳其美は実に同じき上海に於て天の暗殺を受けたり。第二革命の因を為せる宋が敵味方に悼惜されたるに反して、第三革命の妨げを為せし彼は敵味方に欣ばれつゝ終れり。而して早く已に籌安會を解散せし袁が終に刑戮に至るベき如く、近時中華革命党を解散したる孫も相前後してギロチンに上らんとす。−あゝエべールの霊が己れを殺せしダントンを同じき獄房に招き、ダントンの霊が亦同じく己れを殺せしロベスビールを同じき獄房に招き、ローラン夫人の為に仇を復せし少女コルデーの室が実にローラン夫人の室なりしはフランス革命の審判なりき。同じき我が神の審判は今や明かに支那に現われつゝ始まれり。南北に現われたる亡国的代表者の一掃さるゝかくの如くにして、天は四国の資本を米国に横溢せしめ、日本を戦争圏外に置けり。 −天意鏡に掛けて見るが如し。これ天窩濶臺汗と其諸汗とをして英佛白より沒收せしむると共に、日米両国に命じて経済同盟を固くし四百余州を鉄道によりて有機的一体たらしめんとするに在り。孫文に於て夢なりし者を倍加して十年正しく五十万里。これ全欧州より注集せる大資本を以て嘗て西大陸に鉄道網を縱横せし経験を東大陸に復習せしむるに過ぎず。米国の当らばその容易知るべきのみ。日本は彼と共に経営者の位置を求むべきか將た支那の側に立ちて裏書人たるかは不肖敢て言はず。唯窩濶臺汗の希望の一を充たさしむれば足る。−即ち従来の分割的将来より書かれたる各国の予定線を一抹して軍隊輸送を基本とせる設計を取る事なり。実に支那の統一者は袁孫に非ず譚黄に非ずして一に唯鉄道なり。支那の郡権制度は鉄道によりて統一せられ、支那の『産業革命』は鉄道によりて中世的経済生活を近代に飛躍せしむべし。 鉄道は支那の主権者なり。代官階級の富が露支戦争に消費さるゝ一面に於て、敷設費の半ば以上は四億万民に落ちてフランスの如き恐怖時代の再演なからしめむ。これナ翁が戦争の禍害を防がんとして国民の労働的利益の為に一面運河の開鑿、道路の通達を急ぎし所以。而して又日本が革命乱より蒙る貿易的災禍を空前の幸福に一転せしむる焦眉の対応策となるべし。
−支那革命期に対する対支貿易の維持策は唯一にこれあるのみ。インド三億万民の統治は三万数千人の英人に在りという。これ鉄道を有する三万人と有せざる三億人との強弱なり。鉄道なき時代の日本は各地に鎭台を置きて内地の反乱に備ふる兵カを徒費せり。四百余州の郡県に連れる蒙古西藏が軍隊輸送本位の鉄道に統一さるゝに至りて、支那は内地の為の軍隊浪費を要せざるべし。これ日支軍器製造会社と共に支那が統一的有機的一国たる根本基礎にあらずや。ロシアは単に図上の色彩に過ぎざるシベリアを有して鉄道を有せず。別言すればドイツより小国なるが故に破られたりと言い得べし。今の支那は鉄道の通ぜる地域だけの小国にして地図の面積に係わりなし。不肖は確信す。五族統一の中華民国は一に唯日米経済同盟に依る鉄道急設を以て実現すべしと。 陸軍当局が処置に苦しんで師団増設を唱うる将校の増殖はシベリアを支配し得べき国力の充実と、支配せざるべからざる運命を指示するものなり。海軍当局亦案配に悩んで海軍拡張を叫ぶ将校の増殖は、大西洋の英国に代わるべき太平洋のそれの実力と運命を指示するものなり。二個の物体は同時に同一地位を占むる能わず。一の英国は他の英国を除去してその領土を有せざるべからず。而して年々歳々増殖限りなき壮丁は日本の国籍を脱し日本人として死せずんば米国に入る能わず。国力の横溢はかかる效果なき死者を惜まず。しからば何ぞ彼らを北満の野に死せしめし意義に於て英露撃攘戦に於ける護国の鬼たらしめざるか。正貸準備を英蘭銀行に監督さるゝこと袁世凱が五国銀行団に於ける如くなるよりも、日露戦争の戦費賠償金を得る能わざらしめし陰謀家に償金を課することは独立国の威嚴を持する正義にあらざるか。支那の如く凡ての收入を担保とせる二十億の外借を帳消しとせば、如何なる凡物も大藏大臣の局に当りて陸海両省の国力横溢に答うるを得べし。償金前渡しの開戦なり。而も足らずんば米に求むべし。
彼は居ながらにしてカナダを獲得すべき大報酬あり。彼はカナダの為には比利賓群島の讓渡をも辞せざる者なり。 あゝ日章旗を欺かざる太陽の公平を以て米支両国を照し、更に兩半球の凡てを照すべき大日本帝国よ。近時袁の背後に米資あるが故に日米開戦を避くべからざるかに迷うか。何ぞ更に米の背後に島攻撃を恨めるドイツと、国難に乗じて主位を奪わるゝことを含む英国外交の潜むことを想わざるや。太陽に向って矢を番う者は日本その者と雖も天の許さゞるところなり。日本は天地の正義に従いて始めて太陽旗に守護せらるべきのみ。いわゆる獨探は処罰せらる。その位に在りて日獨戦争に陷れたる露探と、更に再び日米開戦に至らしめんとする英探とは、明治大皇帝の神霊がその改悛を待たんが為に暫く刑の執行を猶豫し給うことに三省せざるか。言う所の者は匹夫一輝なり。彼奴をして言わしむる所の者は天なり。天、日章旗を指さし、大日本帝国の名に於て諸公の厳粛なる国際的正義に依る外交革命を要む。(大正五年四月未より五月末稿印刷配布)
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【二十 英獨の元寇襲來 】 |
何ぞ支那の革命と云い日本の外交革命と云わんや。宇宙の大道一ありて二なし。太陽の照らす如く大に、太陽の行く如く正しかれば足る。道を『明』かにして民を『治』めたるは『明治』の準備時代なりき。天地の正道を踏んで雄大なる慈悲折伏の歴史を開くことは『大正』の現時ならざるべからず。『大正』とは『正』に立ちて『大』なるの義。遼遠なる古へに於て釋尊の予言し給える日出づるの国の太陽旗は今や将に全世界の暗を照らさんとす。諸公何ぞその旗手たらざる。
支那に対して慈悲あらしめよ。窩濶臺汗の共和国は一年にしてその基を築き十年に至らずして日本に代りて日本を保全し得べし。ドイツに対して平和あらしめよ。彼は宿昔の半亡国より学術と勤勉とを以て刻苦富強なりし者。小弱国を貪食して大なりし露の如く、未開人を屠戮して冨を積みし英に非らず。彼は日本と同一なる外交的錯誤の為に窮谷に陷り日本と共に相救われん事を望めり。彼はトルコ以東に来らざる約束に於て英佛の持てるアフリカ全部を経営するを得べし。日本はフランスのアジアに持てるインドシナを占有して、英領インド三億の民に自由あらしむべし。
これ英領インドにドイツの来らざる約束の保障として絶対に占拠せざるべからざる地域なり。インドはドイツによりて独立すべきものに非ずして、日本の佛領占拠によりて後援せらるべき独立なり。佛領インドに拠らずしてインド独立を言うは處士の横議のみ。米合衆国をして建国以来の国家合衆策を已に事実上米領化せるカナダに許容せしめよ。これ日本が濠洲及び南洋の英領諸島を併合する為の公平なる正道なり。支那をして蒙古を確保せしめよ。日本は南北満州黒龍沿海の韃靼領を統治すべし。英国は東ローマが亡びたる如くポーランドが亡びたる如く今後の歴史に無用なる遺物なり。彼はユダヤ人の如くその誇るべき功利主義を以て世界に居住するを得べし。而して支那とインドとトルコとがアジアの近代的自覚史を書き始むべし。−欧州大戦はかくの如く終結せざるべからず。呆うけたる顔を列べて遠き火を望むかの如く勝敗如何を待ち講和会議の参列を争い経済同盟会議の出席を停車場に見送る国賊に近き者よ。彼らを決せしむる者は彼らに非らずして一に日本なり。如何に講和せしむべきかを指示して会議を召集するもの亦従って日本なり。会議の地はスイスに非らず。山紫水明なる蓬来島なり。即ち世界列強の治乱興亡は僅かに東京に於ける諸公の方寸に懸かるものとす。一塊掌上の地球儀何ぞ滑かにして小さきや。 あゝ古今の興亡間一髪とは今の日本を言いしものか。ドイツあるが故に北アジア侵略の浦鹽斯徳を南アジア経営の香港とが日本の存亡を問わず。しかるにドイツを打撃して、却って英露の為に後顧の憂を除かんとするは日本全国の発狂に非らずや。ドイツの敗戦は直ちに日本の勢力失墜となりて英は同盟を要せずとすべく、露は放胆なる再戦を求むべし。これ則ちドイツ勃興以前の維新時代の英露東侵に帰るもの、日本の亡国は支那を分割し終る数年後に来らん。或はドイツの勝利に一縷の望を繋ぐか。これ亦等しく己れが敵の己れに勝たんことを祈る狂気の沙汰。ドイツ六分の勝ちに終らば佛領インドは必ずカイゼルの足場となるべく英獨妥協の東亞殺到は鏡に掛けて見る如し。ドイツの東洋に来るべきを警戒せる沿岸不割譲の宣言は佛領インドを包括したるものにあらず、又英国をして香港にドイツ艦隊の碇泊を許さゞるべしとするの謂いにあらず。何者の痴漢ぞ、茫々乎手を拱きて勝敗何れにせよ我が日本の利益なりと嘯くや。
限りなき狂乱は更にこの機会を以て米と一戦を欲すと云う。米は全欧州そのものなり。各種の白人種が欧州に於てはギリシャの如く小邦分立し、米大陸に於てはローマの如く一国を成せるもの。彼に対する挑戦は戦乱に疲れたるギリシャ諸国の講和の機会を與えて戦慄すべき対日同盟軍を見ん。日本はこれに不義の戦を挑まんとするか。更に支那大陸は白人の侵迫より覚醒せる意味に於て日本従来の凌辱を理解せり。支那の革命乱を統一するものは終に日本なりとし、好機一閃直ちに兵を進めて強圧すべしとなす。日本は彼に対してかかる不仁の兵を用いんとするか。
あゝ支那に不仁の兵を用いるの時は米の正義を求むるに対して不義の戦を挑むの時。而して日米開戦に至らば白人の対日同盟軍と支那の恐怖的死力によりて日本の滅亡は朞年を出でず。呆顔喪心支那の革命に於て策の建つる所なく、徒らに欧州大戦の決を待たは或は英露東侵の維新前に帰り或は終に英獨提携の元寇襲來を見ん。故山座公使と駐支ドイツ公使との提携が日本に通ぜざりし事を知らずして日本必ず英露を挾撃すべしと過信せしカイゼルの外交的不謹愼はもとより然り。しかも日本に估られたるの怒は対等的講和の時、彼のキング・ジョージに要求すべき一条件を為すべし。カイゼルは曰はん、英帝国とドイツとは積年の希望の如く妥協すべきものなり。かかる無意義なる同族相殺の争いを事として黄禍を招かばこれを如何せん。英国はインドを失わざりし幸福を永久に享有せよ。 ドイツはフランス本国の占領地を還附して彼に無用なるインドシナを得べし。英獨相和して兩インドを有せば、先年協商せる支那南北の分割は日本討伐によりて完成せん。彼は已に我が北方の権利を侵したり。願くは香港を借るの便宜を得ん。英国は宿望の揚子江流域を得べし。各々本国に要なき艦隊を両インドに回航せしめば日本は三国干渉の屈従を再びすべきのみと。これ英国の国是とドイツのそれとの一致なり。而して敗露亦唯々として参加すべく、三国干渉よりも恐るべき三国の支那分割なり。日本能く夜郎自大なりと雖も、カイゼルの指揮の下に英露の裏切るに会せば一戦の勇だになかるべきは論なし。 あゝ上下苟安を貪りて権に驕り利に趨り、一点奉公の至誠を以て政に当るものを見ず。終に国策を倒まにして興国の天機を亡運の呪いに変ぜしめ、以て建国以來未曾有の国難に導く。諸公の招きたる英獨の襲來は元寇の国難と責任を異にす。昔者日蓮上人辻説法の迫害を蒙りつゝ『立正安国論』を草して執政者を戒む。しかも上下悉く信ずる者なき今の日本の如し。あゝ三世十万の諸佛猶日本を棄てず。諸公何ぞ支那の革命が伊勢大廟の神風なることを悟らざるや。
世界列強の興亡に最後の判決を與ふる大にして正なる『大正日本』たるか。英獨の元寇襲来によりて消失すペき亡国史を書くか。一に支那革命の神風を賜いし天籠を拜謝して外交革命を断行することにあり。不肖何をか隱さん亦妙法蓮華經の一使徒。ヘ兄日蓮慈悲折伏のコーランを説きて未だ刄を出さず。世界一ヘを説きて猶支那インドに至らず。成敗唯釋尊の照覧し給うところ。経卷を抱いて神風渦中に投ずる数旬を出でざらん。一卷『大正安国論』を諸公に献じて去る、生死もとより佛意にあり。唯諸公にして猶神風の天恩を解せず再び処すべき所以の途を誤らば、二千五百年は諸公の亡ぼすところなるを断言す。支那革命の犠牲−宋ヘ仁君及び范鴻仙君。日本外交革命の犠牲−山座公使及び水野書記官。
あゝ日支両国を救わんとして三年の先きに今日の因を播きし護国の神神よ。佛光東亞を照らさんと欲せば希くは公等の怨に燃ゆるものゝ魔血に我が経卷を浸さしめよ。不肖は窩濶臺汗たるべき英雄を尋ねて鮮血のコーランを授けん。宇宙の大道。妙法蓮華經に非らずんば支那は永遠の暗黒なり。インド終に独立せず。日本亦滅亡せん。国家の正邪を賞罰するものは妙法蓮華經八卷なり。 法衣劍を枚いて末法の世誰か釋尊を証明するものぞ。(大正五年五月二十二日稿了)
(支那革命及日本外交革命終)
有 藷 無 智 人 惡 口 罵 詈 等
及 加 刀 杖 者 我 等 皆 當 忍
我 不 愛 身 命 但 惜 無 上 道
如 日 月 光 明 能 除 諸 幽 冥
斯 人 行 世 間 能 滅 衆 生 闇
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【補 ヴェルサイユ會議に對する最高判決 】 |
大戦満五年目の調印当日たる六月廿八日。講和会議第一の失敗者ウヰルソンを成功者の如く見るは非常なる幻惑だ。権威を持して断言す。米国自身の戦争目的『海洋の自由』を志却した『憲政の神樣』。『海洋自由』の一点張で押せば日佛伊を味方として英を挫き得た筈だ。日本を敵にした彼と、彼に結び得ざりし日本の無策。凡ての講和会議を決定する勢力の原則。舌切雀の欲張婆の如く選び取った三目小僧の箱。海洋の自由なき国際連盟ありや。大馬鹿者を笑殺せよ。日本こそ米国の不併土不賠償の主張を支持すべきであった。英一国の獨領占有を阻止すべき日米一致の利害。国際連盟は不併土不賠償の変形である。米国をして国際連盟か獨領アフリカかを選ばしめよ。米国の東進は英領植民地に失望するより起る。米国が失敗に氣づく時を期待するの外なし。ウヰルソンの九天落下を明言す。ドイツの調印は日本の天佑にして条約はカイゼルとレニンの約束だ。ヴェルサイユその者の革命に包まるゝ日。国際連盟を今の時代に云うウヰルソンは未来の意味に於ける時代錯誤だ。日米の将来を日本より米国に向って宣伝せよ。英帝国分割の時代。米藉を有する一千万のドイツ人が米国の国是を一変するの日を見よ。米国の排日言動に神経を刺激さるゝは英人の術中に陷るのみ。支那の革命は資本労働の者と全然別個なる中世的革命だ。旧著の立証さるゝにつけて益々断乎国策の革命的一変を要す。
拜啓。過日の書簡を広く示され誠に感謝します。支那の事終に実行時代に入りましたので、今後は鮮血の筆が小生の拙文に代て御報告申すであらうと信じます。今月今日は大戦滿五年目を以て調印する筈の日でありますから、欧州講和会議に対する『最高の判決』を君に向て書きます。この事は世上の見る所と大に異て居りますが、四年前の旧著が一歩一歩立証さるゝ点よりしても、小生の所述を納受さるゝ方々に御伝えを願いたい。そして明確に各方面の根柱たるべき方々に慎重なる熱慮と泰山の決意を促して下さい。
小生が力を極めて断言せんとすることは、講和会議に於ける失敗者は日本であることはもとよりであるが、その第一の失敗者はウヰルソンその人なりと云うことです。彼と日本委員との個人的軽重を比較して、彼を以て講和会議に於ける成功者の如く考うるは非常なる幻惑であって、実に彼の失敗を正当に理解する事は、将来の対支政策、対米政策、否凡てを包括する日本の国策の樹立に於て、最も必要欠く可らざることである。則ちこれによりて日本が如何にして失敗したかの根本的了解を得ることも出来、従って日本の方針を将来如何にすべきかの事も自ら結論さるゝこととなるのです。小生はパリに於ける人々よりも法華經の前に安座してこの断言に権威を持ちます。
それはウヰルソンなる男はその本国が何故に大戦に參加したかと云う『戦争目的』を忘却して、鐘太鼓に浮かれ廻った事に在る。申すまでもなく米国参戦の理由は『海上の自由』と云うことにあった。海上の自由が公海に於ける英国の捕獲臨検に脅かされたる当時英国に向て起たんとしたと同じ理由によりて、海上のそれがドイツの潜航艇に脅かされたが故に、一転してドイツに向って起った開戦当時の事情を回顧すれば明白です。正義人道はツァールの言うのもカイゼルの言うのもウヰルソンの言うのも同じ事で眼中に置くに足りない。米国を考うるには只海洋自由の一事にて充分であったのだ。もしウヰルソンにて『憲政の神樣』と等しき御調子者で無かったならば彼は英、佛、伊が風説さるゝ同盟を結んでウヰルソンの来るのを待った時に、彼はこの三国を引裂くに『海洋自由』の一点張りで押すべきであった筈だ。
米国のこの要求に対して苦痛を感ずるものは一英国のみであって、佛国の如きイタリアの如き、将た日本の如きは、海上に於ける自由を求むる点に於て米国と利害一致するものである。しからば彼は一のこれによりて英佛伊同盟を引裂き、日英同盟を搖撼し、以て全勝将軍たる英国を脚下に屈服せしむることが出来たのである。獨立戦争後戦われたる英米戦争なるものは実に『海洋自由』の為ではなかったか。米国は大戦參加の目的上よりして且つこの歴史上の回顧よりして、彼に絶大なる後援をなし、一時両国を危機に置くかの如き形勢を現ずるとも彼を支持したであらう。小生の実に洪歎に堪えざりしは、何故に日本が率先して先づ彼の主張を助けなかったかと云う大眼目である。彼にしても少しく歴史的価値を有する如き人物ならしめば、何故に日本を敵に驅りて自ら基穴を掘るが如きことをしたかを反省して宜しい。講和会議の勝敗を決する者は戦争に尽力したる功労ある国にあらずして、戦争終了の時に有する兵力財力に在りと云う原則に依りて、日米両国の完全なる提契あらば、疲弊せる英佛伊を屈服せしむる易々たるものであったのだ。況んや佛も伊もこの点に於て英と利害を異にせるをや。 彼は舌切雀の慾張婆の如く大小二個の箱を提示された。一は小さき宝物を滿たした『海洋自由』の箱であって、一は百足や蛇や三目小僧の出て來る『国際連盟』と云う大きな箱である。一個口舌の雄にして乾坤を呑吐する大器に非ざる彼は、小さき宝物の箱を日本の手を借りて開くことを忘れたるのみならず、柄にも無き世界改造という大望に逆上して化物の箱を背負ったものである。この二つの箱が両立する性質のものでない如くに、米国の立場より見る時、海洋の自由なき国際連盟が成立するものでないことは小学児童でも承知のことだ。彼の反対党が彼の極力主張せし連盟と講和條約との合本を分册にせよというのは、これ将に三目小僧が飛出さんとしてゐる者である。日本の輿論は何故にこの大馬鹿者を笑殺しないのか。実に小生の見る所では、非難のある西園寺よりも牧野よりも、彼が如きその愚劣さの程度に於て三文錢の価なき凡骨である。
もとより小生は日本の失敗を非難することに於て異論を挾むものではない。それは日本委員なる個々氏の成敗に非ずして、日本の朝野凡ての負担すべき国策の樹立せざるより生じたる失敗である。則ち米国が海洋自由に於て日本に握手を求めざりし失敗と同じく、日本が米国の『不併土不賠償』の主張を極力支持せなかった事である。戦争すれば必ず鼻糞ほどの土地でも取らなければならぬと云う伝統的思想が先づこの事に累してをる。これは金を貸せば必ず利子を取らねばならぬという質屋の禿頭の考であって大建国者の大策でない。現にビスマークは來るべき普佛戰爭の目的準備のためにイタリアから何者をも割取しなかったではないか。大正五年六月に小生がドイツとの提携を言説した当時とは異なって、近時日本国民の親獨的傾向は殆ど輿論の如くなって居たにも拘らず、依然たる猫の割前を争いて他に独り獅子の満腹するを恣にしたとは何事である。戦後の対獨策は今日となっては別問題だ。講和会議に於ける問題は、獅子の貪食を阻止する事が日本及び米国の熟慮すべき事ではなかったか。米国はこの点に注意したるが故に『不併土不賠償』を高調した。彼としては英国独り獨領を併合すべきを看たのであるからして、少くもこの点に於ては日本よりも高眼大處の国策と云うべきものだ。
小生の思考では『国際連盟』とはこの不併土不賠償の主張がドイツの対抗力なき全敗と云う意外なる結果によりて表皮を着せ替えたものに過ぎない。ドイツが彼の十四ケ條の宣言せられたる当時の如き形勢で講和する者であったならば、彼は国際連盟を云わずして不併土不賠償を固守したことは勿論である。只ウヰルソンは形勢の激変に応ずるに足る妙境に達した達人でないだけに、御面が外れたら胴を打つと云うことを知らぬ。彼は正義人道屋の看板に対し遁辭を設けて、凡ての敵国領は国際連盟の領有とすべしと脱線して来た。滿川君。日本は何故に彼の本心が何を求めてるかを見破らなかったか。彼が英国の独占を阻止せんとして、品のよい大学ヘ授の昔を出して旧式な非科学的な政治学講義を始めたといふことが分からなかったのか。国際連盟が不併土の変形であると知ったならば、日本は二段の計画を胸に壘んで言下に賛意を表し、日本亦獨領を得んと欲するものにあらず、島の如き、マーシャル、カロリンの如きドイツに還附すべしの意を示すべきであった。日本と米国とは講和会議に於ける唯二国のみの強者であるが故に、英佛伊三国を十二分に威嚇することが出来る。而して三国の中佛国の如きイタリアの如きは各々存立上讓歩すべからざるアルサス、ローレンの如きフユメ港の如き領土併合上の欲求を有する。故に、英国に裏切っても日本と米国とに不併土不賠償の主張の緩和を求めて來る。その時である。 日本と米国とは国家存立上必要とする佛伊の要求のみを聴き入れて、単なる強慾なる英国の獨領々有を打ち破るべき裏切者として味方せしむる事が出来るのだ。米国と日本との戰時中の功労、及び戦後に有しつゝある実力より考えても、広大なる獨領を一英国にのみ恣にせしむペき理由が何處に在るか。
日本は米国に向ってアフリカの獨領占有を約束し、米国は日本に向って赤道以南の南洋獨領を約束する。しからば島争奪の醜態なく、マーシャル、カロリンの尠少なる獲物に非ざるのみならず、欧州の舞台に於て真個の強国たる認識を得るのであった。或は米国が承知すまいかと云うものあらん国際連盟かアフリカ獨領かと云う二つを提出した時、ウヰルソンと雖も後者を取るは自明の理である。米国の侵略を東洋に招来する根本原因は、彼をして英国の植民地に絶望せしむるから起る事でありますぞ。要するに国家が一時連合して共同の敵を仆したる時は、その刹那に於て打勝ちたる国家間に於ける戦争を決意せずしては断じて講和会議に臨むことは出來ぬ。米国のかかる不用意に加えて、日本は出席前何れを敵とし何れを味方とするかの大略方針すら決定して居なかったとは、実に情けないにも程がある。昨年小生が書簡にて『今後日本の方針は如何にして英米を引裂くことに成功すべきかに在り』と申上げしに、御返事にその書旨に御同意の方々が多かったとありました。しかも今にして見ると日本政府も在野の国柱諸氏も、未だこの事に具体的政策を有して居らなかったであらうか。
小生は只茲に一つの期待を持つ。それは米国がウヰルソンの箱を開いて見て百足や蛇や三目小僧を発見し、以て絶大なる国力を有して史上未曾有の失敗をした講和全権であったと気の付日の遠かるまいと云事を。日本は自らのなせる失敗を正当に受入れて内外に示すと共に、−米国民にその失放を理解せしめ、−以て両国の将来を如何せんと云ふ同病相憐むの情を湧起せしむるの外はない。これ英米相食むの第一歩である。英米相和する時パリに於て日本全権の被告扱となり、支那に於ては全部に亙る排日熱の昂騰となる。ウヰルソンが米国に於て逆起ちの曲芸を演じて九天落下するの日は、支那に於ける親米的妄動の閉息する時である。
要するに今日の調印は日本の天佑である。もしドイツが調印せずして日本も米国も從前の行きがかりに引摺られて、出発の第一歩より誤れる連合軍参加を続くならば、或は国家を底無し沼に投じたかも知れぬ。もとよりこの調印はカイゼルとレニンとのそれである。小生は近き将来に於てドイツが社会革命の大風潮を煽って一片の反故紙となすことを確信し且一の権威を以て予言する。日本は速かに彼の使節等を帰朝せしめて、ヴェルサイユそのものが革命に包まるゝ日を望見して準備しなければならぬ。
もとより国際連盟の如きは大馬鹿者の喜劇として殘さるゝに過ぎぬ。由来国際連盟とは我々社会革命的思想家が各その国を支配したる将来の問題である。西園寺、牧野等が岩倉卿もどきに、ちよん髷を載せてパリの見世物となりしことが時代錯誤なる如く、ウヰルソンは『未来の意味に於ける時代錯誤』である。資本家の番頭等によりて組織さるゝ今の米国政府の一員の分際としては誠に大外れた野望である。カイゼルが世界征服を夢みて天の斧鉞に仆れた如く、世界改造を旧式なる政治学講義の舌先で言上する彼が如きを、如何なる天か之を怒らざるべきぞ。小生は
日本先覚の力を以て日米両国を誤るかかる『憲政の神樣』を米本国より葬らしむべく希望する。則ち米国に向って日米將來の根本方針の了解を宣伝する如きその一の方法なりと信じます。
約言すれは今日の講和條約が故紙となる時に起る問題は、英帝国の分割に在る。今の英国は軍艦の數のみ多くを有して居る点に於て外見に驚倒する田舎者には強国と見えるだらうが、満五ケ年の大戰によりて疲弊し尽したること、全く講和前のドイツと同一程度の弱国と打算して掛かれば宜しい。日本が米国の野心を支那より外に転ぜしむるには、彼に向て英国が今日有するアフリカの英領及新たなる獨領(委任されたという占領地)を以てすることである。日本は則ち赤道以南の獨領たりし植民地及び濠洲を領有する。濠洲の日本に対する恐怖は明かに日本の来襲を予覚したる叫である。
勿論日本はドイツを中心としたる従来の敵国側を味方に引入るゝ準備をも要するが、これ等は日本の決心如何によりて容易なことで論ずるまでもない。而して米藉を有する一千万の獨人が米国参戦の無意味なりしことを覚醒し始むると同時に米国内に於て米国の国論を一転せしむべく、ここに始めて日獨米提携の英帝国分割という歴史的大段画を見るであらう。日本の朝野は日露戦争前に日英同盟を準傭したる如く、英国を分割すべき共同目的の為に、米国を正道に導くべく竪忍力説して中挫してはなりません。機会はもとより天の與うる所。要するにこれが日本の大方針たるべきもので、これ以外今の小日本が名実伴える大日本たる日は断じて有りとは信じませぬ。講和会議に於ける英米の提携、−現時の支那に於ける英米提携の排日運動−を大きくする時は、−英米同盟の日本叩き潰しという元寇来の恐怖を推論することができます。小生はパリと支那とに於ける米人の排日的行動に感情を刺激せられて、しかもこの間に漁夫の利を占めつゝある英国を忘れんとする日本の現状を見て深甚なる憂惧を抱く者です。神功皇后は熊襲を討するにその後援をなす三韓の根本を衝きて後世の経国者に英米の関係を指示して居るではないか。
序でながら芳書に支那の過激化という点を論ぜられ、又内地の新聞にも然樣に見えますがこの俗称がもし徹底的革命と云う意味ならば勿論左樣です。しかし資本対労働の争が現われたる露獨の如きそれであるとするとろ、それは大間違いです。産業の勃興した結果の社会革命を要求するドイツのもの、及びドイツの理論とドイツ人の移住とによりて社会主義が培養されたロシアのものは近代的の革命であって、支那の徹底的革命は拙文に『中世的代官階級』と称して置いた中世的遺物が政治則掠奪をやって居るのである。從って獨露の社会革命党の云う資本則掠奪というのとは全く政治組織も社会組織も異なって居るのです。只新人物中にウヰルソンが出れば直ちにそれを崇拜し依ョするという風に妙に事大的流行的の者があって、今回の排日運動がバタ臭い理由で過激化とは申されません。 凡て支那の事は近き将来の事実が説明します。只一事承知すべきことは現時支那を掩有せんとしつゝある英米的勢力を打破する者は支那本來の徹底的革命家の一団であって、日本が真個生死栄辱を共にするに足る新興支那の国柱的人物である。 小生はもとより文筆の士に非ず。と従って前書の旧説を固持する次第でありませんが、事実は満三年後の今日支那革命に於ても、列強の向背に於ても着々として卑見を証明して来始めました。大戦參加の第一歩より国歩を反対方面に導きて、今日の四面楚歌の危磯に投じたことを悟った以上は、大勇猛心を揮って国策を樹て直さなければなりません。芳書には日本の外交革命に絶望したかの如く見えますが大丈夫です。数十人の国柱的同志あらば天下の事大抵は成るものと御決意下さい。 今日講和会議の帰途に在る永井柳太郎君に逢いました。氏と懇談の暇がありませんでしたからこの書簡を氏にも示して下さい。又同じく講和会議に於ける日本委員の不始末を国民に警告せられた中野正剛氏にもョみます。更に拙文を読まれた小笠原海軍中将にも願います。(大正八年六月二十八日於上海滿川龜太郎君宛書簡)
支那革命外史終
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