449―1272 | 「日韓条約」締結を廻って |
「日韓条約」を廻って、戦後日本左派運動はこれに激しく反対した。然るべき理由もあろうが、2005年現在から見えてくるのは、日韓両国が自主的にこの協定を締結しえた誉れの方ではなかろうか。「日朝交渉」が「六カ国協議」の場でしか進められない主権喪失外交事態を思えば、その感慨を湧かす方が正解ではなかろうか。 2005.3.28日 れんだいこ拝 |
「南北朝鮮の分断を固定化する」との反対意見。
1965.6.22日「日韓条約」署名調印。北朝鮮は「売国的日韓条約を認めず、賠償金請求権保有」と声明。
新聞は、「戦後日本外交の重要懸案の一つが解決をみた」(毎日)、「対等の隣国として、善隣友好の関係をひらくべき手はずを整えたわけである」(朝日)と好意的、中立的姿勢を見せた。
(私論.私見)