ゾルゲ諜報団の本質及目的任務について
吾々の諜報活動はゾルゲを中心とした一団の活動でありますが、私の上海以来の経験判断からすれば、この一団はコミンテルンの特殊部門たる諜報部門とも称すべきものの日本に於ける組織である事は明瞭でありました。その理由は上海に於けるスメドレー女史の交渉から此のグループに参加するに至った事、鬼頭銀一事件の調書を入手して読んで見ると同人がコミンテンルンの命に依り活動した旨が明になっている事、吾々のグループの各人の国籍が雑多である事、米国共産党員なる宮城(与徳)が参加して居た事等から斯様に判断したのであります。その後日本に於けるゾルゲとの永い交際の結果、屡々狭義のソ連防衛の意味の諜報が要求されて居るのを知りましたので、私達の蒐集した情報はソ連政府にも直接利用せられて居るのではないかとも感じて居りました。
但し此の事は、ソ連防衛は国際共産党としては最大の任務である点から言って、私の信念とは毫も矛盾する所はなかったのであります。要するに吾々のグループはコミンテルンに属するものと今日迄考えて来ているのでありますが、コミンテルンは現在の力関係から言えば殆どソ連共産党の指導下に立ち而もソ連政府の中核を為して居るのはソ連共産党であり、結局三者は一体を為して居る関係に立つと理解して居りますので、吾々の活動はコミンテルン、ソ連共産党及びソ連政府の三者に夫々役立てられるものと考えて居りました。
吾々の機関と日本共産党との関係は直接的なものは何等ありません。私の理解では吾々の所属する如き諜報機関と各国の共産党との関係は一応分離せられ、その間には指導上下の関係はなく、只横の連繋が保たれて居る程度に過ぎず、組織的には各国に散在するこの種諜報機関はモスコーの中央に直属して居るものと考えられました。但し日本の場合に於ては党組織が破壊せられて居り、横の連繋さえ行われず全くモスコー本部との関係のみが存在していたのであろうと思います。
抑々諜報機関なるものは各国の共産党自体に直属するものもある筈ですが、吾々の如き場合に於ては之と趣を異にし直接にモスコー本部に繋がる機関と考えられ、而も諜報活動を容易にすると共に諜報組織を破壊から防衛する為には其の国の共産党とは組織的に厳格に分離せられて居るものと解せられます。此の点はゾルゲかスメドレーの何れからかに支那の共産党活動に従事するなと忠告された事に依っても明であります。(中略)
ゾルゲの身分に付ては、コミンテルンに属する外ソ連共産党ソ連政府の何れか又重複して夫等の特別部門に属するものと理解して居りましたが、同人の国籍に付ては独逸籍かソ連籍か或は二重籍ならばソ連共産党に属し且つソ連政府の内務人民委員部の保安部に属して居るのではないかとも想像して居りました。
宮城は米国共産党員でありますが同人より聞くところに依ると、此度の活動をするに付き党員たる身分を抜いて日本に来た由ですから如何なる身分になっているか判り兼ねますがモスコーの中央には登録されて居るに違いないと考えられます。
私も永い間ゾルゲと関係し而も相当有効な活動を為し寄与する所が多くゾルゲより厚い信頼を受けて来た事情にあった上に昭和十年冬、西銀座の西洋料理店「エー・ワン」でゾルゲと会った際ゾルゲより「君の事は本国でも知って居るよ」と言われた事があり、その後も私の名がモスコーの本部に通って居ると理解される様な言廻しで話された事があるので、私も本部の特殊部門の正式メンバーとして登録されて居るに違いないと信じて居ります。党籍の問題については考えた事がないので、如何様になって居るか判りませぬが事実は党員又は夫れに準ずるもの或は夫れ以上かも知れませぬ。
吾々のグループの目的任務は特にゾルゲから聞いた訳ではありませぬが、私の理解する所では広義にコミンテルンの目指す世界共産主義革命遂行の為日本に於ける革命情勢の進展と之に対する反革命の勢力関係の現実を正確に把握し得る種類の情報竝びに之に関する正確なる意見をモスコーに諜報する事にあり、狭義には世界共産主義革命遂行上最も重要にして其の支柱たるソ連を日本帝国主義より防衛する為日本の国内情勢殊に政治経済外交軍事等の諸情勢を正確且つ迅速に報道し且つ意見を申し送って、ソ連防衛の資料たらしめるに在るのであります。従って此の目的の為には凡ゆる国家の秘密をも探知しなければならないのでありまして、政治外交等に関する国家の重大な秘密を探り出す事は最も重要な任務として課せられて居るのであります。
|