大谷翔平、渋野日向子、羽生結弦、錦織圭…前編の「天才アスリートの親たちに聞いた、子育てで「絶対にやらなかった」意外なこと」では、天才たちを育てた親たちが、その子育てで「やらかなかったこと」をお伝えしたが、そこには意外な共通点があった。天才を育てた親たちは何を意識して、子どもと接しきたのか---。引き続きお伝えする。 |
好きなことを妨げない |
親は親、子供は子供という意識のもとで、子供たちの「やりたい」という意欲を重んじ、余計な口出しはしない。この原則を、さらに突き詰めたのが、史上初の10代四冠を達成した、将棋の藤井聡太(19歳)の家庭だ。藤井の父・正史さんと母・裕子さんは、息子がなにかに集中しているときは絶対に止めないように心がけていた。普通であれば、「ご飯の時間だよ」「お風呂に入りなさい」などと、生活のリズムにあわせて中断させたくなるところだ。だが、藤井の両親は本人のなかで区切りがつくまで声をかけなかった。 |
そんな藤井が将棋と出会ったのは、5歳のとき。祖母が駒に動かし方が書いてある「スタディ将棋」を買ってきたところ、寝食を惜しんで熱中した。中学校に上がると、藤井が熱中したのは英語や数学などの「主要教科」ではなく、地理だった。「藤井さんは、他科目はそっちのけで山や川の名前ばかり熱心に覚えていたそうです。でも、ご両親は『もっと英語を勉強しなさい』とか『数学をやりなさい』ということは言わなかった」(藤井家を取材した将棋ライター)。こうした「好きなことを妨げない」姿勢は、藤井の将棋に対する人並み外れた探究心と集中力を養うことにつながった。ちなみに、負けて泣くのを止めなかったというユニークな逸話もある。「床にひっくり返るほどの泣き虫だった藤井さんを、お母さんは気が済むまで泣かせたそうです。そのうち冷静になり、自分の頭で考え始める」(将棋ライター)。 |
期待はしすぎない |
たとえ、世間的に正しいとされている「常識的な育て方」であっても、自分の子供に適しているかどうかを冷静に見極め、合わないことは取り入れないというのも特徴だ。五輪の体操で個人総合2連覇を含む7つのメダルを獲得した内村航平(32歳)の場合、両親は偏食を止めなかった。内村が強烈な「偏食家」であることはよく知られている。大好物はチョコレート菓子のブラックサンダー。食事は一日1食で、600gの肉をペロリと平らげる。ほとんどの野菜は嫌いだ。誰から見ても心配になる食生活だが、母・周子さんは、息子の好き嫌いに干渉しなかった。「内村選手は幼少時からアトピーがひどく、周子さんは『生きてさえいてくれればそれで十分』という心構えでいたそうです。だから、元気にしているかぎり、食べ物の好き嫌いを叱らなかった。本人も好きなときに好きなものを食べることで、気持ちが乗って練習に集中できたと語っています」(スポーツ紙記者)。 |
内村家の子育てにおける、もうひとつ印象的な点が、子供に親の大きな期待をかけないことだ。周子さんと対談したことのある教育評論家の尾木直樹氏が語る。「周子ママは『期待のキという文字は、息子に嫌われるのキと同じだ』と言っていました。期待するから、望んだような結果が出ないと『裏切られた』と怒ってしまう。でも、勝手に期待された子供からしたら、たまったものではありません」。東京五輪の水泳個人メドレーで2冠を達成した大橋悠依(26歳)も、期待という重圧をかけない両親のもとで育った。「水泳は、たまたま娘が選んだから応援するけれど、『やめたくなったら仕方ない』というスタンスだった。大学2年のとき、大橋が極度の貧血に陥り『水泳をやめるかもしれない』と相談したときも、ご両親はあっさりと『じゃあ、実家に戻ってくる?』と答えた。『もったいない』というプレッシャーは、一切かけなかったそうです」(スポーツライターの折山淑美氏)。子供がやめたいと言い出したら反対しないのは、超一流を育てた両親たちの大きな特徴だ。 |
日本人初の全米オープン決勝進出者・錦織圭(31歳)は、島根県のごく普通の家庭に生まれた。だが、父・清志さんは、2歳で水泳、3歳でピアノ、5歳でサッカーとテニス、小学1年生で野球と、息子が「やりたい」と言えば何でもやらせた。大体は長続きしないのだが、錦織が「やめたい」と言い出したら、叱らずスパッとやめさせた。そのなかで、唯一熱心に続けたのがテニスだった。才能の芽が出て、中学生にして奨学金でアメリカに留学する権利を手にする。義務教育の半ばで海外に留学するのは、その後の進学などに支障をきたす恐れがある。だが、清志さんは迷わなかった。「当時、お父さんは『挫折して中卒になったって、生きていく道はいくらでもある』と語っていました。もし親御さんが『絶対テニスで成功できなければダメだ』というプレッシャーをかけていたら、錦織があそこまで才能を開花できたかわかりません」(テニス協会関係者)。
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前出の尾木氏が、「とても素敵な親御さん」として名前を挙げるのが、冬季五輪で2大会連続となるフィギュアスケート金メダルを獲得した羽生結弦の父・秀利さんだ。「以前、一度だけお会いする機会があったのですが、優しく謙虚で、教育が専門の私に対しても、『息子をこうやって育てた』といった話は何もおっしゃらなかった。お母さんも同様で、メディアに出られたことがない。頑張っているのはあくまで『ゆづ』(羽生の愛称)であり、自分たちは表舞台に出ないという意識がおありなのでしょう」。実際、羽生の両親は取材を一切受けず、羽生自身も家庭環境を語ったことはない。ただ、尾木氏は「ご両親は、息子を他の子供と比べないよう育てたのではないか」と推測する。「羽生選手は誰かに勝つとか、倒すという言葉は口にしません。彼にあるのは、『4回転アクセルを完璧に成功させる』というような自分との闘いだけ。他人を意識せず、自分自身の心技体の向上に集中することができた家庭環境のおかげではないでしょうか」。 |
誰よりも信じてあげる |
プロテニス選手の杉山愛の母で、多くの両親への聞き取り調査も行ってきた一般社団法人・次世代SMILE協会代表理事の杉山芙沙子氏が言う。「大人だって、同僚や知り合いと比較され、『誰それより劣っている』と言われたら、とても嫌な気持ちになります。それなのに子供のことはつい比べてしまう。『あの家の子はスポーツもできて成績も良くてうらやましい』などと言われたら、子供の自尊心は深く傷つきます。親は、自分の子の可能性を誰よりも信じる『最後の砦』でなければならない。これは多くの『超一流』の親たちに共通しています」。兄弟やチームメイトをライバル視することで、飛躍的な成長を遂げることもある。だが、その相手はあくまで子供自身が見定めるべきなのだ。「私が取材したご両親は皆一様に『子育てが楽しかった』と語っていました。結局、自分の理想を押し付けないで、成長の過程を一緒に楽しめる親御さんこそ、子供の才能を開花させる可能性を秘めているのだと思います」(スポーツライターの吉井妙子氏)。超一流を育てた親があえてやらなかったこと。そこから学べることは少なくない。 |