| 八つの埃り論総合教理 |

更新日/2026(平成31.5.1栄和改元/栄和8)年1.11日
| (れんだいこのショートメッセージ) |
| ここで、「八つの埃り教理」を確認する。 2016.02.29日 れんだいこ拝 |
| 【「埃り」の話】 | |
| 「身口意を一致させること(行動と話す言葉と思っていることを一致させる)が心身ともに健康である秘訣」。これを黄金律とすれば、この黄金律から外れることにより様々なストレスが生じ、そのストレスが病気や事情の悩みを生むという因果関係があると思われる。 このことを踏まえて、お道教義では、「人間は皆々神の子」にして、「身体は借りもの、心一つが我がの理」(明治22.6.1のお指図)、「自由自在は何処にあると思うな。名々の心、常々に誠あるのが自由自在という」(明治21.12.7)、「ふと浮かぶは神ごころ、後で濁すは人ごころ」とお諭しされている。これを解釈すれば、「人がおのれのものとして使えるのは心のみ」ということになるだろうか。つまり、人は、親神の御心により身体が創造され且つそれをお借りしており、但し、心遣いに自由、自主、自律性が与えられており、その心の遣い方に個性があり、そこに味わいがあり、その成人ぶりこそ神の楽しみとされているということになる。この教えも又白眉なところであり、これを学問的に哲学的に考究するならば汲めども尽きぬ深いものがある。 |
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| この了解の下で、教祖は、人が陥り易い心遣いの間違いの諭し話として「八つの埃(ほこ)り論」を伝えた。「八つの埃り」とは、「欲しい、惜しい、可愛い、憎い、恨み、腹立ち、欲、高慢」を云う。これに「嘘と追従これあかん(嫌い)」のみ言葉を加えて、その他埃り1「嘘」、その他埃り2「追従」とする「最後の二つの埃り」があり、これを加えて「十の埃り」となる。これを仮に「十埃り説」とする。「その他の埃り」もある。本部教理はこの説を説く。 但し、異説がある。教祖中山みきは、お筆先三号96で「惜しい、欲しいと可愛いと欲と高慢」と五つの埃を説いている。「にくい、うらみ、はらだち」は入っていない。これを仮に「五埃り説」とする。「十埃り説」では「欲しい、惜しい」が「五埃り説」では「惜しい、欲しい」となっている。してみれば、「惜しい」、「欲しい」がトップ1、2で、その順番はどちらが先でも良いようである。れんだいこ教理は、1に「欲しい」、2に「惜しい」とする。次に、3「可愛い」。両説とも3を「可愛い」としている。但し、「十埃り説」では4「憎い」、5「恨み」、6「腹立ち」、7「欲」、8「高慢」となっている。「五埃り説」では4「憎い」、5「恨み」、6「腹立ち」が抜けて7「欲」が4、8「高慢」が5となっている。これをどう解するべきか。「十埃り説」の方が詳しいように思えるが、お筆先の「五埃り説」の方が簡明で、教祖的には簡明な方を重視していたのではなかろうかと拝することもできる。「五埃り」は、いわば自主的な心遣いの埃りであり、これに相手の言動に対する受け取りようの埃りである「憎い、恨み、腹立ち」が加わるとする拝し方もある。 「因縁の切り替え」は次の様に説いている。
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| 【お筆先の「埃り」の話】 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
お筆先では次のようにお記しされている。
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| 【ほこり教理】 | ||||||||||||
「埃り」について、教祖は次のようにお諭し為されている。
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明治8年11.21日、辻ます/飯降さと/桝井さめ/村田かじの「教祖直々の御言葉」。
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「陰徳を積む」参照。
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みちのとも昭和2年8月20号、布教要旨十五、春野喜一より。
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復元創刊号、梶本楢治郎「教祖の思ひ出」の「教祖のお耳」。
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教祖様御言葉、明治17.4.9日、山田伊八郎 所収「根のある花」。
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「おやさまのおことば」(目次topへ)。
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「おやさまのおことば」(目次topへ)。
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「天理時報」昭和30年10.16日号、井筒貞彦「日々埃りを払う道」の「埃を肥にする」より。
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みちのとも昭和38年4月号、ひながたを求めて座談会 松隈青壺氏談「ちょっとそこまで」より。
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| 明治16年頃のこと。当時二十代の高井直吉は教祖からお命を頂いて、お屋敷から南三里ほどの所へ、お助けに出させていただいた。身上患いについてお諭しをしていると、先方は、わしはな未だかって悪いことをした覚えはないのや、と剣もほろろに喰ってかかってきた。高井は、私は未だそのことについて教祖に何も聞かせた頂いておりませんので、今すぐ帰って教祖にお伺いしてまいります、と言って三里の道を走って帰って教祖にお伺いをした。すると教祖は次のように仰せられた。『それはな、どんな新建ちの家でもな。しかも中に入らんように隙間に目張りしてあってもな、十日も二十日も掃除せなんだら、畳の上に字が書けるほどの埃が積むのやで。鏡にシミあるやろ。大きな埃やたら目につくよってに掃除するやろ。小さな埃は目につかんよってに放っておくやろ。その小さな埃が沁み込んで鏡にシミが出来るのやで。その話をしておやり』、『聞いて行わないのは、その身が嘘になるで』。高井は、有り難うございました、とお礼申し上げ、すぐと三里の道のりを取って返して、先方の人に、ただ今こういうように聞かせていただきました、とお取次ぎした。すると先方は、よくわかりました。悪いこと言ってすまなんだ、と詫びを入れて、それから信心するようになり、身上の患いはすっきりと御守護いただいた。 | ||||||||||||
| 以前或る人が御教祖の処へ行って、『あなたの事を陰でこう言うている人がある』と言われたところが、『聞くやない聞くやない。埃や埃や』と仰る。ある人が陰でそんな事言うているのかいなぁと思うただけでも埃がかかる。『そんな事聞くのやない。人の中事(大和方言で、告げ口のこと)言うのやない』とこう言われて、他人の中事を一向お取り上げにならなかったことがある。 (みちのとも、昭和二年八月二十日号、春野喜市「布教要旨(15)」「人の告げ口」) |
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| 教祖は、ある日飯降伊蔵に、『伊蔵さん、山から木を一本切って来て、真っ直ぐな柱を作ってみて下され』と仰せになった。伊蔵は、早速、山から一本の木を切って来て、真っ直ぐな柱を一本作った。すると教祖は、『伊蔵さん、一度定規にあててみて下され』と仰せられ、更に続いて、『隙がありませんか』と仰せられた。伊蔵が定規にあててみると果たして隙がある。そこで、少し隙がございますとお答えすると、教祖は、『その通り、世界の人が皆な真っ直ぐやと思うている事でも、天の定規にあてたら皆な狂いがありますのやで』と、お教え下された」。(逸話篇32「天の定規」) | ||||||||||||
| これは或る先生から聞いた話で、どこからどう伝わった話か真偽のほどは分かりませんが、或る日、教祖が信者を二、三人連れて布留川の土手を歩いておられると、村方の若い者が川で大根を洗っていた。フト見ると向うから教祖が来られるので、ひとつ悪口を言ってやろうと待ち構えておったそうです。そしてそばを通られたときに、ドウチクショウ(こんちくしょうという意味)と怒鳴った。すると教祖はニコッと笑って『ちょっとそこまで』と仰ったので、相手は拍子抜けしてしまったわけですが、腹の治まらないのは、教祖についていった信者です。けしからんと、今にも駆け出そうとすると、教祖は、『あんたたちは今の若い者の言うこと、どう聞いたかえ』。ドウチクショウと言いました。『そうやないで。年寄りが通ると思って、わざわざ大根を洗う手を休めて丁寧に”ドチラへ”と言ってくれたのや』。いや、確かに”ドウチクショウ”と言いました、と言っているうちに、その信者にも、教祖のお気持ちが伝わってきて、本当にいいお話しを聞かせてもらいましたと喜んだという話なんです。この話しの信憑性はどうか知りませんが、私の印象に強く残っているお話しです。 (みちのとも、昭和三十八年四月号、座談会「『ひながた』を求めて」の座談会参加者の松隈青壺さんの御話し「村の若者と教祖」) |
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| 教祖様のお耳は、人の悦ぶえゝ事話したらよく聞こえる。埃の事言うたら、『聞こえぬ』と仰った。そこでお傍に、石盤と石筆を置いて、それをお見せする。時によると『見えん』と仰った。言うても『聞こえん』と仰ると書くのであるが、書いても『見えん』と仰る事がある。埃のない事よく聞こえるお耳であるのに、埃の事が雑ざったると『聞こえん』と仰る。凡人でない。『神が入込んで居る』と仰るのがこゝや。 (「教祖様の耳」、 昭和二十一年四月天理教教義及史料集成部発行「復元」創刊号「教祖様の思ひ出」梶本楢治郎より) |
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| 御教祖が晩年に『ワシはな、生涯の内にただ一度出過ぎた事をしたのや。それはな、或る時、良人が奉公人に暇をやろうよと言われましたから、それならやった方が宜しゅう御座いましょうと、相槌を打った事があったが、これはワシの一代中のキズじゃ』と繰返して御後悔遊ばされたと聞かして頂いた~云々。 (「人に暇をやることは」、大正十二年一月五日号みちのとも「主婦としての教祖」滑川廣之より) |
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| 中山家にはお松どんと云う女中があった。常に人の仲言(なかごと。告げ口)を言い歩いたりしては、そのくせ腹立ちや不足の多い性質で、余り心行きの良くない女中であった。或る日、教祖は、このお松どんを勝手元へ連れてお出でになった。そして一杯入ってある醤油樽を指差して、『それを揺すってごらん』と仰せになった。女中は言われるままに醤油樽を動かしてみたが何らの音もしなかった。教祖はわざわざ醤油樽の醤油を片口に半分ほどもお出しになって、『もう一度これを揺すってごらん』と仰せになった。女中はまた言われるままにその醤油樽を動かしてみたが、今度はタプタプと云う音がした。そこで教祖はお松どんに向かって、『他人から揺すられて音のするような人間は、この醤油樽のように中身が半分しかないのやで』(※3)と言うてお聞かせになった」。 (「醤油樽の音」、昭和三年四月発行「教祖とその高弟逸話集」(天理教赤心社。代表は天理教大阪教務支庁・平野義太郎)より) ※天理教同志会発行「教祖のおさと志」(昭和四年四月発行)には、『人間もこれと同じことや。心に一杯理がつんであれば重いが、すきが出来ると音をたてるがな』とあり、”この話は、教祖様がまだ中山家の主婦であらせられた頃、女中や下僕にお優しく教訓なされたといふことであります。”と結んでいる。 |
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| 教祖があるとき言われたそうだ。『この世に、ほこりのない人間は生きておれんのやで』と。(昭和六十年四月発行、高野友治著「創象28」25p「ほこりのない人間は」) | ||||||||||||
| ある時、教祖は高弟たちと僅かばかりの神酒をわけ合うて飲んで居られた。そこへ高弟の山本がやってきた。そこで教祖は、『みんな、お神酒をいたゞいてますのやから、あなたも一ついたゞきなされ』と言われた。すると高弟の山本は、『いや、もう結構です』。『そう言わないで、一ついたゞきなされ』。『いえ、もう結構です』。『まあ、そう言うものやない。みんなもいたゞいているのやから、一つぐらいいたゞきなされ』。こう教祖に言われても、高弟の山本は、『いえ、結講です』と、三度辞退した。そこで、教祖は、『山本さん、遠慮気兼は之れは埃やと神様が仰りますで』(註・この神言はこの時発せられたものである)と諭されてから、『そんなに遠慮ばかりしていると、神様が結構なものを下さる時にも遠慮せにゃなりませんぜ』と言って、奨められた。それでも山本は、『いえ、もう結構です』と言って神酒を受けようとはしなかった」。 (「遠慮気がねは」、大正十一年十月発行「教祖とその教理」(天理教同志会編)148-149pより) |
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| 【お指図の埃諭し】 | |||||||||||||||||||||||||||||||
「埃り」について、お指図は次の通り。 お指図で、教祖教理が次のようにお諭しされている。
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| 【天理教教典の埃諭し】 | |
天理教教典66頁は、次のように記している。
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| 【「埃り」のお諭し諸説考】 | ||||
「埃り」について、次のように諭されている。
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八方の八柱の神様 誠と埃
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| 身の内の節と中。人間の心使いに乗って神様が働いてくださる時が「節」。人間が心使わずあるいは寝た間とか身を使わず働かぬ時にして、人間がどうせいでも神様がご守護くださっている間が「中」。例えば、食事をしている時は「節」、食後は「中」、大小便の時は「節」。指でも節のところは「節」、その間は「中」。全身皆な同じ。「中」の際には「埃」(ほこり)はできぬが、「節」の際に関係する。人間は特に身体心の自由用自在の使い方によって「埃」(ほこり)を生んだり積んだりする。 | ||||
| 「立つ物が立ち、繋がるものが繋がり、引出されるものが引き出される理が神である。この神の御働きがいわゆる御通力である。神の御心に添うからその通力が人にも備わる。これは銘々の心次第である。神も目に見えぬは、人間の心が目に見えぬのと同じである。人間の勝手が過ぎると神が御働きを止める。人間の悪が強いと神の守護ができ難くなり病が生ずる。身の内に病いの生ずるは、御住まい下さる神の御守護が薄くなる故である。神の御守護の御裾分けがて徳分である。この得分が薄くなると病になる。人間は神の御徳で立って居る。神は人体に宿っている。神の御守護は心を芯、心を台として御働き下されている。神は身の内に在る親、人間の身体は子の関係にある。悪しき心を使うては神に済まん、身の為に成らんという心が湧いて、何時も神様御用心が勤まるようになったら神に続がる。段々心が澄んで来て神の力が入ってくる。誠という理の働きは胸三寸、心一つの道である。一刻(二時間)の間、誠の心使えば一昼夜助かる。一昼夜の間、誠の心を使えば一(ひと)月助かる。一月の間、誠の心使い通せば一年助かる。遂には一年中誠の心が使える様になる。この逆に、古い諺に『百日の説法屁へ一ツ』と云う如く、百日の誠が一度の腹立ちで台なしにしてしまうことがある。ところで、八百屋に借りがあれば八百屋から催促する。呉服屋に借りがあれば呉服屋の帳面に記入する如く皆な心の間違いの埃も性質の異なる心の色合いの変る所、受持ち守護の神様の理で色々異なり現れる。八百屋は八百屋の看板が出ていると同じ。諺に看板に偽りなしというが如し。その看板は天理によって読む。御諭しは病気諭しだけで諭せるものではない。世界万物の理を諭し、相手が得心するのが基本である」。 | ||||
| 「病気諭しも、人間は一人ずつ顔の異なる如く心も同じからずによって、その人によっての見分けが肝要である。埃は八埃であるが八埃には千筋ある。一つの病にても、例えば欲しいから起るのもあれば恨みから出るもあり、高慢から出るのもあれば憎みから出るのもある。一つの埃が八ツに分れ、又同じ埃でもその人によりて事情が異なる故に、神の守護身の内の組み立ての根元たる世界万物の理を知りて臺を心に治めて、その人/\の見分けをする必要がある。諭しは枝末なり、銘々の悟りが果実なり。病の元は心、病の性質が分らん様な事では病の根は切れない。人の病の根を切るには、自分がその根を切らん事には難しい。例えば自己が罪人にて入牢の身なれば他の入牢の者を助ける事難しいが如し。人のふり見て我がふり直せの諺通り、助け一條に当ってはまず我が心の錆埃を払い、心を磨き、見るも聞くも同因縁ありとする低く素直な姿勢がなくては通じない。何でも人を助けようという心は誠故、その心なるが故、助ける者の心が成人成育する。我が心が磨けるだけ鏡となり人の心が写る。心を澄まさねば写らぬ。濁り水に物を入れても分らん如し。天理の教師とは天の定規サシガネを以って普請をする大工と同じである。サシガネが一分狂えば家全体が狂う。定規なしに物を削って居る様な事では、道は何年通っても心の普請ができん。即ち心が作れん、大きくならん。心を大きくする道を知らねば神様の普請の役に立たぬ。我が心の磨けぬ者が易や八罫見た様な事を云うて高慢したいのが凡人の常であるから、心の磨けぬ間の人助けは故却って人を迷わし害になる。例えば子供に正宗の名刀を持たせた様なもので却って我が身を傷つけ滅ぼす。名刀を使いこなすだけの腕前ができねば名刀たる切れ味が分らんと同じ。我が心を磨く道を知らざれば徳を貰う事ができぬ。低く素直な姿勢のお助けが基本である」。 | ||||
| 八つの埃 人間に病と云うてなけれども心違いの道があるゆえ病を貰う。この道は凡夫心に八つあり。ほしい、おしい、かわい、にくいと。うらめし、はらだち、よく、こうまん、とこれが八つの心違いや。この埃が積り重なるゆえに病悩みも愁い災難も起る。何もかも身の内守護の神様の心直しの意見、立腹である。これらの埃さえ速やかあろうた事なれば病の根は切れてしもうで。これ迄にどんな理も聞かしてある。どんな差図もしてあるよう、思案して見よ。神が云う事にうそはあるまい、神が云う事がうそなら六十二年以前よりのこの道今日迄続きはせまい。今迄云うた事に何違うた事はない。皆な見えてある。よう思案してみようか/\きょろ/\してはいられようまい。早く誠を定めて真実の理を納めてくれにゃならん。もうどうでこうせは云わんで。六十二年前よりの道の事如何なる道も通りたであろう、如何なる理も分りたであろう。なれどたしか分りた者はない思案する者もない。もうどうせいこうせいの指図はせんで。これからは心次第。云うてもあかんで。サァ銘々の心次第や。六十年前より聞かした理、心に誠と云う理の思案があろう、実と云う所の理があろう。心の事情分かりあるのかないのかよく思案して早く心を定めてくれにゃならん。この道は胸次第心次第の道であるから心の得心できる迄は尋ね返すがよい。心一ツの道であるから理の働きがなうてはどうもならん。誠と云う理の働きさえあれば天の親よりも実があるで。実と云うは分ろうまい。火水風と云うこの恩理が分れば一切の恩理が知れる。これ知れば衣食住の三点は火水風の賜物と云う理が知れる。この理が分れば神の守護と云う理が知れる。この理が治まれば神の誠と云う理が明らか知れる。なれど教えの理を取り違えると云うは、これ迄の心の理が忘れられんから目に見えたものに惜しみをかけて身上の大敵と云う事を知らず欲しい惜しいの心の理が離れられんから真実と云う理が治まらん。早く思案をしてくれ、世上の難はどういう所から身に受けるは八ツのヶ條を何と思うて諭して居る。(中略 )八つの埃は八方八柱の神様の御心から出るなれど人間の心から見ては中々その有無区域が分らん。天理から見ねば分らん。深く心の底に立ち入って見ねば如何なるものが真に我が身可愛いというものであるから高慢というものなるか欲と云うものであるかと云う事が容易に分らん」。(Page Top) |
| 着目されるべきは、「埃り教理」の由来であろう。教祖は、古神道的「祓い清め」思想から「埃り教理」を生みだしているのではなかろうかと思われる。教祖は、「人の自己責任的自由は心のみ」による心遣いの間違いが「埃り」になるのであって、それが積み重なって悪因縁となる、逆は徳積みになると諭している。 この理を、仏教説話的な「業」とか「因縁」、あるいはユダヤ-キリスト教的な「罪」とか「罰」として捉えるものではないとしている。それらはあくまで「埃り」であり、ともすれば積もりやすく、油断をすれば積もり重なりシミとなり取り除きにくくなるものであるが、早めに拭えば洗われて元のキレイなものになるという程度において捉えるものであり、拭いきれない「業」とか「因縁」とか「罰」とか「罪」とか「絶対悪」として重過失的に捉えるものではないという戒めで諭している。お道教義のこういう古神道以来の教理の明るさ、拘りのない軽みの面が踏まえられる必要がある。ちなみに、ユダヤ教的な「罪」とか「罰」論に徹底抗戦したイエスの御教えの「悔い改めよ」は、お道の「埃り」教理と近く、通底しているように思われる。 もうひとつ。「埃り教理」は仏教説話的な業論、因縁論、あるいはユダヤ-キリスト教的な「罪」とか「罰」論のように難しく説かれていないことも注目に値する。この観点からの「埃り教理論」の深堀も必要ではなかろうか。 「難儀さそう、不自由させようと云う神はないで」とも述べられている。 |
| 【れんだいこ流教理「八つの埃り」考】 |
| (「八つの埃」、「八つのほこり(信者の栞)」その他参照) |
| 教祖は、思召(おぼしめし)に添わない心づかいを「埃り」に例えてお諭しして下さっている。埃りは罪や罰のように消えない又は消えにくいものではない。むしろ吹けば飛ぶような軽く、元々は些細なものなのに、油断をしているといつの間にか積もり重なり、遂にはちょっとやそっとでは拭えない、きれいにならないものとして捉えている。人は銘々に心遣いしており、“我がの理”として許されてはいるが、親神様の思召に適(かな)わない自分中心の勝手な心を使っていると、やがて心が曇り濁(にご)り、親神様の思召を悟れなくなり、十分なご守護も頂けなくなってしまう。これが、「身上(みじょう)の障(さわ)り」、「事情のもつれ」となって現れて来ると諭している。 埃りの心遣いの主なものとして「八つの埃り」(欲しい、惜しい、可愛い、欲、高慢、憎い、恨み、腹立ち)がある。さらに「嘘と追従(ついしょ)これきらい」と「嘘、追従」を添える。仔細にみるとさらに「ねたみ、そねみ」その他にがある。れんだいこ教理では「八つの埃り/二つの埃り/その他の埃り」と合点している。「八つのほこり」は順番も大事で、「欲しい、惜しい、憎い、可愛い、恨み、腹立ち、欲、高慢」の順に了解している。 この「八つの埃り」の心というは、日々に知らず/\の間(あいだ)に使うもので、積もり重なり易きもの故に「埃り」とお聞かせ下されている。 教えの理を聞き分け、心の定規(じょうぎ)として心づかいを改めるならば、心はすきやかとなり、身も鮮やかに治まるとして、これ故に「神が箒(ほうき)」と仰せられている。 埃りの道は幾重にもある。埃りの心や、埃りの行いは、幾千筋あるともわからない。さればその幾千筋とも限られぬ埃りの心、行いを一々申し述べることはできない。とはいえ、埃りでない事を埃りと思い違えたり、埃りのことを埃りでないと考え違えてはいけないので、その角目(かどめ)を確認しておく。 「八つの埃り」を主とする色々様々の心の濁(にご)り、心得違いが、日々身の行いに表れることになるので、元々は結構な楽しい世界が、ねたみ合いや、そねみ合い、喧嘩や口論、罪つくりなどによって、おもしろくない世となってしまう。又その心得違いが積もり重なり、銘々の天の理に迫って、身上の煩いや、憂い、災難となって、苦しむことになる。よってお互いに、このお道の理を聞かして頂いて、信心さして頂く上は、すべての心得違いを改め、心の濁りを澄まし、あざやか、誠の心を、日々に働かしていくならば、「おいおいと誠の理が積もり重なれば、天の理として難儀、不自由はできやせん。やもうと言うてもやまれやせん」と聞かせられている。これによってなんでも誠一つを日々に行わして頂かねばなりません。 |
| 【増野鼓雪の埃り教理】 | |
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「”ほこり”が出ても」。
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| 【諸井政一氏のほこり教理】 | |
諸井政一集後篇、御講話傍聴録六の「ほこりの提灯持ち」より。
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諸井政一著「正文遺韻抄」(道友社発行)152p)「台所へ出ると埃がつく」、 「ごろつきもの」。
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諸井政一集前篇162p「逸話集」より。
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諸井政一著「正文遺韻」171-173p「御はなし草稿 八埃の理」。
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諸井政一著「正文遺韻抄」(道友社発行)254-255pの「八つの埃をとるのは」。
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諸井政一著「正文遺韻抄」(道友社)259p「ごろつきもの」。
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| 【黒住教の御諭し】 | ||||||||||
「黒住教の日々家内心得の事御七カ条」は次の通り。
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「よりよく生きるための“五つの誠”」は次の通り。
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(私論.私見)