月次祭(つきなみさい)、直会(なおらい)

 更新日/2023(平成31.5.1栄和改元/栄和5)年.6.22日

(れんだいこのショートメッセージ)
 ここで、「月次祭(つきなみさい)、直会(なおらい)」教理を確認する。

 2016.02.29日 れんだいこ拝


【月次祭】
 お道教理は、。
 御神楽歌、お筆先には次のように記されている。

 教祖は次のようにお話しなされている。

 「月次祭は命のつなぎ」。
 お指図教理は次の通り。
 「明日は月次祭と言えば、宵の日より皆勇んで働かにゃならん」(明治31年5月17日)
 「月次祭/\と言うて、皆楽しんで来る。楽しんで参る/\と言うて、所々月次祭楽しんで来るは道の土台である/\」(明治33年10月16日)
 「月次祭、これはつとめにゃならん。これ皆承知してくれて居るやろう。道は半端でどうもならん」(明治40年5月8日)

【直会(なおらい)】
 「直会(なおらい)」とは、神式の行事(神事)の最後に、神主と参列者がお供えしていた神饌(しんせん)を皆で分け合って、 お酒を飲んだり、食事をすることを云う。

 「直会について」(神道いろは108・109頁参照)
 直会とは、祭りの終了後に、神前に供えた御饌御酒みけみきを神職をはじめ参列者の方々で戴くことをいいます。古くから、お供えして神々の恩頼みたまのふゆを戴くことができると考えられてきました。この共食により神と人とが一体となることが、直会の根本的意義であるということができます。簡略化されたものとして、御酒を戴くことが一般的な儀礼となっていますが、これは御酒が神饌の中でも米から作られるものであり、また調理をせずにその場で直接戴くことができるため、象徴的におこなうものとなりました。

 神々にお供えした物を下げて戴くということは、宮中においても毎年行われる新嘗祭にいなめさいの際に、天皇陛下が親しく新穀を神々に捧げ、また御自らも召しあがるという儀礼に観ることができ、「神人共食」という祭りの根本的意義が示されています。

 直会の語源を「なおりあい」とする説もあります。神職は祭りに奉仕するにあたり、心身の清浄につとめるなどの斎戒をします。神社本庁の「斎戒に関する規程」には、「斎戒中は、潔斎して身体を清め、衣服を改め、居室を異にし、飲食を慎み、思念、言語、動作を正しくし、けがれ、不浄に触れてはならない」とあるように、通常の生活とは異なるさまざまな制約があり、祭りの準備から祭典を経て、祭典後の直会をもって全ての行事が終了し、斎戒を解く「解斎げさい」となり、もとの生活に戻ります。「なおらい」の語源は、「もとに戻る=直る」の関係を示して直会の役割を述べたものであり、直会が祭典の一部であることを指しています。

 直会が神事として一般の宴と異なるのも、こうした意義をもっておこなわれているからなのです。







(私論.私見)