| 諭し論その2 | 男女隔てなし、男女助け合い、恋愛論、愛想論 |

更新日/2019(平成31→5.1栄和改元)年.10.7日
| (れんだいこのショートメッセージ) |
| ここで、「男女隔てなし、男女助け合い、恋愛論、愛想論」教理を確認する。 2016.02.29日 れんだいこ拝 |
| 【男女隔てなし、男女助け合い論】 | |||||||||||||||
| 「お道教義」に於ける「女松男松の隔てなし」の「男女隔てなし論」を確認しておく。他の宗教教義、諸思想に比して独特の且つ高度深淵な理合いが説かれている。(「2011年6月月次祭神殿講話」(教科育成部研修課長 永尾洋夫)その他参照 御神楽歌、お筆先には次のように記されている。
教祖は次のようにお諭しなされている。
お指図には次のような御言葉がある。
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| この「女松男松の隔て無し」が「お道」教義の核心である。これによると、男女の性差を認めたうえで、それが差別に繋がるようなものではなく、互いに助け合う関係としている。男女を上下や主従関係として位置づける性差別を否定しているところに特質が認められる。当然、封建的な性別役割分業観に立つ良妻賢母思想に対抗する新男女関係論を唱えていることになる。互いに助け合う関係の極致は、神楽づとめに於ける男女半々による手分けの参加方式、それぞれのつとめぶりの差異で表現されている。それは、西欧民主主義とは別のロジックで男女同権論に辿りついており、その意味でも注目されよう。 |
| 【南瓜(かぼちゃ)、茄子(なすび)の理】 | |||
ある時、教祖は、山本利八に次のように諭された。
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| 【愛想論】 |
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(私論.私見)