2章

更新日/2019(平成31→5.1栄和改元)年.10.30日

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 2005.3.22日、2006.7.10日再編集 れんだいこ拝


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前編六章】
 その翌々日なりき、宮は貫一に勧められて行きて医の診察を受けしに、胃病なりとて一瓶(いちびん)の水薬(すいやく)を与えられぬ。貫一は信(まこと)に胃病なるべしと思えり。患者は必ずさる事あらじと思いつつもその薬を服したり。懊悩(おうのう)として憂(うき)に堪(た)えざらんようなる彼の容体(ようたい)に幾許(いくばく)の変も見えざりけれど、その心に水と火の如きものありて相剋(あいこく)する苦痛は、益(ますます)募りて止(やま)ざるなり。貫一は彼の憎からぬ人ならずや。怪しむべし、彼はこの日頃さしも憎からぬ人を見ることを懼(おそ)れぬ。見ねばさすがに見まおしく思いながら、面を合すれば冷や汗も出づべき恐怖(おそれ)を生ずるなり。彼の情(なさけ)ある言(ことば)を聞けば、身をも斫(き)らるるように覚ゆるなり。宮は彼の優き心根(こころね)を見ることを恐れたり。宮が心地勝(すぐ)れずなりてより、彼に対する貫一の優しさはその平生(へいぜい)に一層を加えたれば、彼は死を覓(もと)むれども得ず、生を求むれども得ざらんように、悩乱してほとほとその堪(た)うべからざる限りに至りぬ。
 遂に彼はこの苦しみを両親に訴えしにやあらん、一日(あるひ)母と娘とは遽(にわか)に身支度して、忙々(いそがわし)く車に乗りて出でぬ。彼らは小(ちい)さからぬ一個(ひとつ)の旅鞄(たびかばん)を携えたり。大風凪(な)ぎたる迹(あと)に孤屋(ひとつや)の立てるが如く、侘(わび)しげに留守せる主(あるじ)の隆三はり碁盤に向いて碁経(きけい)を披(ひら)きいたり。齢(よわい)はなお六十に遠けれど、頭(かしら)は夥(おびただし)き白髪(しらが)にて、長く生いたる髯(ひげ)なども六分は白く、容(かたち)は痩(や)せたれど未(いま)だ老の衰(おとろ)えも見えず、眉目(びもく)温厚にして頗(すこぶ)る古井(こせい)波なきの風あり。
 やがて帰り来にける貫一は二人のあらざるを怪しみて主(あるじ)に訊(たず)ねぬ。彼は徐(しずか)に長き髯を撫(な)でて片笑みつつ、「二人はの、今朝新聞を見ると急に思い着いて、熱海へ出掛けたよ。何でも昨日(きのう)医者が湯治が良いと言うて切(しきり)に勧めたらしいのだ。いや、もう急の思い着きで、脚下(あしもと)から鳥の起(た)つような騒ぎをして、十二時三十分の※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)車(きしゃ)で。ああ、独りで寂しいところ、まあ茶でも淹(い)れよう」。貫一はあるべからざる事のように疑えり。「はあ、それは。何だか夢のようですな」。「はあ、私(わし)もそんな塩梅(あんばい)で」。「しかし、湯治は良いでございませう。幾日(いくか)ほど逗留(とうりゅう)のお心算(つもり)で?」。「まあどんなだか四五日と云ふので、些(ほん)の着のままで出掛けたのだが、なあに直きに飽きてしもうて、四五日も居られるものか、出(で)養生より内(うち)養生の方が楽だ。何か旨(うま)い物でも食べやうじゃいか、二人で、なう」。
 貫一は着更(か)えんとて書斎に還りぬ。宮の遺(のこ)したる筆の蹟(あと)などあらんかと思いて、求めけれども見えず。彼の居間をも尋ねけれどあらず。急ぎ出でしなればさもあるべし、明日は必ず便りあらんと思い飜(かえ)せしが、さすがに心楽しまざりき。彼の六時間学校にありて帰り来(きた)れるは、心の痩(や)するばかり美しき俤(おもかげ)に饑(う)ゑて帰り来れるなり。彼は空しく饑ゑたる心を抱(いだ)きて慰むべくもあらぬ机に向えり。「実に水臭いな。幾許(いくら)急いで出掛けたって、何とか一言(ひとこと)ぐらい言い遺(お)いて行きそうなものじゃないか。一寸(ちょっと)そこへ行ったのじゃなし、四五日でも旅だ。第一言い遺く、言い遺かないよりは、湯治に行くなら行くと、始めに話がありそうなものだ。急に思い着いた? 急に思い着いたって、急に行かなければならん所じゃあるまい。俺の帰るのを待って、話をして、明日(あした)行くと云うのが順序だらう。四五日ぐらいの離別(わかれ)には顔を見ずに行っても、あの人は平気なのかしらん。
 女と云う者は一体男よりは情が濃(こま)やかであるべきなのだ。それが濃でないとすれば、愛しておらんと考えるより外はない。豈(まさか)にあの人が愛しておらんとは考えられん。又万々そんな事はない。けれども十分に愛しておると云うほど濃ではないな。元来あの人の性質は冷淡さ。それだから所謂(いわゆる)『娘らしい』ところが余りない。自分の思うように情が濃でないのもその所為(せゐ)か知らんて。子供の時分から成る程そう云う傾向(かたむき)は有(も)っていたけれど今のように太甚(はなはだし)くはなかったように考えるがな。子供の時分にそうであったなら、今じゃ猶更(なおさら)でなければならんのだ。それを考えると疑うよ、疑わざるを得ない! それに引き替えて自分だ、自分の愛している度は実に非常なもの、殆(ほとん)ど……殆どではない、全くだ、全く溺(おぼ)れているのだ。自分でもどうしてこんなだろうと思うほど溺れている! これ程自分の思っているのに対しても、も少し情が篤(あつ)くなければならんのだ。或る時などは実に水臭い事がある。今日の事なども随分酷(ひど)い話しだ。これが互いに愛している間(なか)の仕草だらうか。深く愛しているだけにこう云う事を為(さ)れると実に憎い。
 小説的かも知れんけれど、八犬伝(はっけんでん)の浜路(はまじ)だ、信乃(しの)が明朝(あした)は立ってしまうと云うので、親の目を忍んで夜更(よふけ)に逢(あ)いに来る、あの情合(じょうあい)でなければならない。いや、妙だ! 自分の身の上も信乃に似てゐる。幼少から親に別れてこの鴫沢の世話になっていて、そこの娘と許嫁(いいなづけ)……似ている、似ている。しかし内の浜路は困る、信乃にばかり気を揉(もま)して、余り憎いな、そでない為方(しかた)だ。これから手紙を書いて思ふさま言って遣(や)ろうか。憎いは憎いけれど病気ではあるし、病人に心配させるのも可哀(かわい)そうだ。自分は又神経質に過るから、思い過ごしをするところも大きにあるのだ。それにあの人からも不断言われる、けれども自分が思い過ごしであるか、あの人が情(じょう)が薄いのかは一件(ひとつ)の疑問だ。
 時々そう思ふ事がある、あの人の水臭い仕打ちのあるのは、多少(いくら)か自分を侮(あなど)っているのではあるまいか。自分はここの厄介者、あの人は家附の娘だ。そこで自(おのず)から主(しゅう)と家来と云うような考えが始終あつて、……否(いや)、それもあの人に能(よ)く言われる事だ、それくらいなら始めから許しはしない、好いと思えばこそこう云ふ訳に、……そうだ、そうだ、それを言い出すと太(ひど)く慍(おこ)られるのだ、一番それを慍るよ。勿論そんな様子の些少(すこし)でも見えた事はない。自分の僻見(ひがみ)に過ぎんのだけれども、気が済まないから愚痴も出るのだ。しかし、もしもあの人の心にそんな根性が爪の垢(あか)ほどでもあったらば、自分は潔くこの縁は切つて了う。立派に切って見せる! 自分は愛情の俘(とりこ)とはなっても、まだ奴隷になる気はない。或るいはこの縁を切ったなら自分はあの人を忘れかねて焦がれ死(じに)に死ぬかも知れん。死なんまでも発狂するかも知れん。かまはん! どうなろうと切れて了う。切れずに措(お)くものか。
 それは自分の僻見(ひがみ)で、あの人に限つてはそんな心は微塵(みじん)もないのだ。その点は自分もく知ってゐる。けれども情が濃(こまや)かでないのは事実だ、冷淡なのは事実だ。だから、冷淡であるから情が濃やかでないのか。自分に対する愛情がその冷淡を打ち壊(こわ)すほどに熱しないのか。或るいは熱し能(あた)わざるのが冷淡の人の愛情であるのか。これが、研究すべき問題だ」。彼は意(こころ)に満たぬ事ある毎に、必ずこの問題を研究せざるなけれども、まだ曾(かっ)て解釈し得ざるなりけり。今日はや如何に解釈せんとすらん。
【前編第六章の二】
 翌日果して熱海より便りはありけれど、僅(わずか)に一枚の端書(はがき)をもて途中の無事と宿とを通知せるに過ぎざりき。宛名は隆三と貫一とを並べて、宮の手蹟(しゅせき)なり。貫一は読み了(おわ)ると(ひと)しく片々(きれぎれ)に引き裂きて捨ててけり。宮のあらば如何にとも言い解(と)くなるべし。彼の親しく言い解かば、如何に打ち腹立ちたりとも貫一の心の釈(と)けざることはあらじ。宮の前には常に彼は慍(いか)りをも、恨みをも、憂いをも忘るるなり。今は懐(なつか)しき顔を見る能はざる失望に加うるに、この不平に遭(あ)いて、しかも言い解く者のあらざれば、彼の慍りは野火の飽くこと知らで燎(や)くようなり。
 この夕べ隆三は彼に食後の茶を薦(すす)めぬ。一人佗(わび)しければ留(とど)めて物語らわんとてなるべし。されども貫一の屈托顔して絶えず思いの非(あら)ぬ方(かた)に馳(は)する気色(けしき)なるを、「お前どうぞ為(し)なすったか。うむ、元気がないの」。「はあ、少し胸が痛みますので」。「それは好くない。劇(ひど)く痛みでもするかな」。「いえ、なに、もう宜(よろし)いのでございます」。「それじゃ茶はいくまい」。頂戴します」。かかる浅ましきりを人に移さんは、甚(はなは)だ謂われなき事なり、と自ら制して、書斎に帰りて憖(なまじ)い心を傷めんより、人に対して姑(しばら)く憂(うさ)を忘るるに如(し)かじと思いければ、彼は努めて寛(くつろ)がんとしたれども、動(やや)もすれば心は空になりて、主(あるじ)の語(ことば)を聞き逸(そら)さんとす。
 今日文(ふみ)の来て細々(こまごま)と優しき事など書き聯(つら)ねたらば、如何に我は嬉(うれし)からん。なかなか同じ処に居て飽かず顔を見るに易(か)えて、その楽しみは深かるべきを。さては出で行(ゆ)きし恨みも忘られて、二夜三夜(ふたよみよ)は遠(とお)ざかりて、せめてその文を形見に思い続けんもをかしかるべきを。
 彼はその身の卒(にわか)に出で行(ゆ)きしを、如何本意(ほい)なく我の思うらんかはく知るべきに。それを知らば一筆(ひとふで)書きて、など我を慰めんとは為(せ)ざる。その一筆を如何に我の嬉しく思うらんかをも能く知るべきに。我を可憐(いと)しと思える人の何故(なにゆえ)にさは為(せ)ざるにやあらん。かくまでに情(なさけ)篤(あつ)からぬ恋の世にあるべきか。疑うべし、疑うべし、と貫一の胸は又乱れぬ。主の声に驚かされて、彼は忽(たちま)ちその事を忘るべき吾(われ)に復(かえ)れり。「ちと話したい事があるのだが、や、誠に妙な話で、なう」。笑うにもあらず、顰(ひそ)むにもあらず、稍(やや)自ら嘲(あざ)むに似たる隆三の顔は、燈火(ともしび)に照されて、常には見ざる異(あやし)き相を顕(あらわ)せるように、貫一は覚ゆるなりき。
 「はあ、どういう御話しですか」。彼は長き髯(ひげ)を忙(せわし)く揉(も)みては、頤(おとがい)の辺(あた)りより徐(しずか)に撫で下(おろ)して、先(ま)ず打ち出さん語(ことば)を案じたり。「お前の一身上の事に就(つ)いてだがの」。纔(わずか)にかく言いしのみにて、彼は又遅(ためら)いぬ。その髯は虻(あぶ)に苦しむ馬の尾のように揮(ふる)われつつ、「いよいよお前も今年の卒業だったの」。貫一は遽(にわか)に敬わるる心地して自ずと膝(ひざ)を正せり。「で、私(わし)もまぁ一安心したと云うもので、幾分かこれでお前の御父様(おとっさん)に対して恩返しもできたような訳、ついてはお前も益(ますます)勉強してくれんでは困るなう。まだこの先大学を卒業して、それから社会へ出て相応の地位を得るまでに仕上げなければ、私も鼻は高くないのだ。どうか洋行の一つも為(さ)せて、指折の人物に為(し)たいと考えているくらい、だまだこれから両肌(りょうはだ)を脱いで世話をしなければならんお前の体だ、なう」。
 これをける貫一は鉄繩(てつじょう)をもて縛(いまし)められたるように、身の重きに堪(た)えず、心の転(うた)た苦しきを感じたり。その恩の余りに大いなるが為に、彼はその中(うち)にありてその中にあることを忘れんとする平生(へいぜい)を省みたるなり。「はい。非常な御恩に預りまして、考えて見ますると、口では御礼の申しようもございません。愚父(おやじ)がどれ程の事を致したか知りませんが、なかなかこんな御恩返しを受けるほどの事ができるものではありません。愚父の事は措(お)きまして、私は私で、この御恩はどうか立派に御返し申したいと念(おも)っております。愚父の亡くなりましたあの時に、こちらで引き取って戴(いただ)かなかったら、私は今頃何に成っておりますか、それを思いますと、世間に私ほど幸わいなものは恐らくないでございませう」。
 彼は十五の少年の驚くまでに大人びたる己(おのれ)を見て、その着たる衣(きぬ)を見て、その坐れる※(「ころもへん+因」、第4水準2-88-18)(しとね)を見て、やがて美しき宮と共にこの家の主となるべきその身を思いて、漫(そぞろ)に涙を催せり。実(げ)に七千円の粧奩(そうれん)を随えて、百万金も購(あがな)うべからざる恋女房を得べき学士よ。彼は小買の米を風呂敷に提げて、その影の如く痩せたる犬とともに月夜を走りし少年なるをや。「お前がそう思うてくれれば私(わし)も張り合いがある。ついては改めてお前に頼みがあるのだが、聴いてくれるか」。「どういう事ですか、私でできますことならば、何なりと致します」。彼はかく潔く答うるに憚(はばか)らざりけれど、心の底には危むところなきにしもあらざりき。人のかかる言(ことば)を出(いだ)す時は、多く能わざる事を強(し)うる例(ためし)なればなり。「外でもないがの、宮の事だ、宮を嫁に遣(や)ろうかと思って」。
 見るにえざる貫一の驚愕(おどろき)をば、せめて乱さんと彼は慌忙(あわただし)く語(ことば)を次ぎぬ。「これについては私も種々(いろいろ)と考えたけれど、大きに思うところもあるで、いつそあれは遣ってしもうての、お前はもしの事だから大学を卒業して、四五年も欧羅巴(ヨーロッパ)へ留学して、全然(すっかり)仕上げたところで身を固めるとしたらどうかな」。汝の命を与えよと逼(せま)らるる事あらば、その時の人の思いは如何なるべき! 恐ろしきまでに色を失える貫一は空しく隆三の面(おもて)を打ち目戍(まも)るのみ。彼は太(いた)く困(こう)じたる(てい)にて、長き髯をば揉みに揉みたり。「お前に約束をして置いて、今更変換(へんがえ)をするのは、何とも気の毒だが、これについては私も大きに考えたところがあるので、必ずお前の為にも悪いようには計わんから、いいかい、宮は嫁に遣る事にしてくれ、なう」。待てども貫一の言(ことば)をさざれば、主(あるじ)は寡(かくな)からず惑えり。「なう、悪く取ってくれては困るよ、あれを嫁に遣るから、それで我家(うち)とお前との縁を切ってしまう云うのではない、いいかい。大した事はないがこの家は全然(そっくり)お前に譲るのだ、お前はやはり私の家督よ、なう。で、洋行もさせようと思うのだ。必ず悪く取っては困るよ。約束をした宮をの、余所(よそ)へ遣ると云えば、何かお前に不足でもあるように聞えるけれど、決してそうした訳ではないのだから、そこはお前がく承知してくれんければ困る、誤解されては困る。又お前にしても、学問を仕上げて、なう、天晴れの人物に成るのが第一の希望(のぞみ)であろう。その志をげさえすれば、宮と一所になる、ならんはどれ程の事でもないのだ。なう、そうだらう、しかしこれは理窟で、お前も不服かも知れん。不服と思うから私も頼むのだ。お前に頼みがあると言うたのはこの事だ。従来(これまで)もお前を世話した、後来(これから)も益々世話をせうからなう、そこに免じて、お前もこの頼みは聴いてくれ」。
 貫一は戦(をのの)く唇を咬緊(くいし)めつつ、故(ことさ)ら緩舒(ゆるやか)に出(いだ)せる声音(こわね)は、怪(あやし)くも常に変れり。「それじゃ翁様(おじさん)の御都合で、どうしても宮(みぃ)さんは私に下さる訳には参らんのですか」。「さあ、断(た)って遣れんと云う次第ではないが、お前の意はどうだ。私の頼みは聴かずとも、又自分の修業の邪魔になろうとも、そんな貪着(とんちゃく)はなしに、何でもかでも宮が欲しいと云うのかな」。「…………」。「そうではあるまい」。「…………」。得言はぬ貫一が胸には、理(ことわり)に似たる彼の理不尽を憤りて、責むべき事、詰(なじ)るべき事、罵(ののし)るべき、言破るべき事、辱(はぢし)むべき事の数々は沸くが如く充満(みちみ)ちたれど、彼は神にも勝(まさ)れる恩人なり。理非を問わずその言には逆うべからずと思えば、血出づるまで舌を咬みても、敢えて言わじと覚悟せるなり。彼は又思えり。恩人は恩を枷(かせ)にかくの逼(せま)れども、我はこの枷の為に屈せらるべきも、彼は如何なる斧(をの)を以てか宮の愛をば割かんとすらん。宮が情(なさけ)は我が思うままに濃(こまや)かならずとも、我を棄つるが如きさばかり薄き情にはあらざるを。彼だに我を棄てざらんには、枷も理不尽も恐るべきかは。頼むべきは宮が心なり。頼まるるも宮が心なりと、彼は憐(いとし)き宮を思いて、その父に対する慍(いか)りを和(やわら)げんと勉(つと)めたり。我は常に宮が情の濃かならざるを疑えり。あだかも好しこの理不尽ぞ彼が愛の力を試むるに足るなる。善し善し、盤根錯節(ばんこんさくせつ)に遇(あ)わずんば。
 「嫁に遣ると有仰(おっしゃ)るのは、何方(どちら)へ御遣(おつかわ)しになるのですか」。「それはまだ確(しか)とは極(きま)らんがの、下谷(したや)に富山銀行と云うのがある、それ、富山重平な、あれの息子の嫁に欲しいと云う話しがあるので」。それぞ箕輪の骨牌(カルタ)会に三百円のダイアモンドを※(「火+玄」、第3水準1-87-39)(ひけら)かせし男にあらずやと、貫一は陰(ひそか)に嘲笑(あざわら)えり。されど又余りにその人の意外なるに駭(おどろ)きて、やがて又彼は自ら笑いぬ。これ必ずしも意外ならず、苟(いやし)くも吾が宮の如く美くしきを、目あり心あるもののかは恋ひざらん。独り怪しとも怪しきは隆三の意(こころ)なる哉(かな)。我が十年の約は軽々(かろがろし)く破るべきにあらず、なお謂われなきは、一人娘を出(いだ)して嫁(か)せしめんとするなり。戯(たわむ)るるにはあらずや、心狂えるにはあらずや。貫一はむしろかく疑うをば、事の彼の真意に出でしを疑わんより邇(ちか)かるべしと信じたりき。
 彼は競争者のダイアモンドなるを聞きて、一度(ひとたび)は汚(けが)され、辱(はずかし)められたらんようにも怒りを作(な)せしかど、既に勝負は分明(ぶんめい)にして、我は手を束(つか)ねてこの弱敵の自ら僵(たう)るるを看(み)んと思えば、心稍(やや)落ちいぬ。「は、はあ、富山重平、聞いております、偉い財産家で」。この一言に隆三の面は熱くなりぬ。「これについては私(わし)も大きに考えたのだ、にしろ、お前との約束も あるものなり、又一人娘の事でもあり、しかし、お前の後来(こうらい)についても、宮の一身についてもの、又私たちは段々取る年であって見れば、その老後だの、それらの事を考えて見ると、この鴫沢の家には、お前も知っての通り、こうと云う親類もないで、何かにつけて誠に心細いわ、なう。私たちは追々年を取るばかり、お前たちは若しと云うもので、ここに頼もしい親類があれば、どれ程心丈夫だか知れんて、なう。そこで富山ならば親類に持っても愧(はずかし)からん家格(いえがら)だ。気の毒な思いをしてお前との約束を変易(へんがえ)するのも、私たちが一人娘を他(よそ)へ遣ってしまうのも、究竟(つまり)は銘々の為に行末好かれと思うより外はないのだ。
 それに、富山からは切(た)っての懇望で、無理に一人娘を貰うと云う事であれば、息子夫婦は鴫沢の子同様に、富山も鴫沢も一家のつもりで、決して鴫沢家を疎(おろそ)かにはせまい。娘が内に居なくなって不都合があるならば、どの様にもその不都合のないようには計らわろうからと、なう、それは随分事を分けた話で。決して慾ではないが、良い親類を持つと云うものは、人で謂(い)えば取りも直さず良い友達で、お前にしてもそうだろう、良い友達があれば、万事の話し合手になる、何かの力になる、なう、謂わば親類は一家の友達だ。お前がこれから世の中に出るにしても、大相(たいそう)な便宜になるというもの。それやこれや考えて見ると、内に置こうよりは、遣った方が、の為彼の為ではない。四方八方が好いのだから、私(わし)も決心して、いっそ遣らうと思うのだ。私の了簡はこう云うのだから、必ず悪く取ってくれては困るよ、なう。私だとて年効(としがい)もなく事を好んで、何為(なにし)に若いものの不為(ふため)になれと思うものかな。お前もくそこを考えて見てくれ。私もこうして頼むからは、お前の方の頼みも聴こう。今年卒業したら直に洋行でもしたいと思うなら、又そう云う事に私も一番(ひとつ)奮発しようではないか。明日にも宮と一処になって、私たちを安心さしてくれるよりは、お前も私ももしのところを辛抱して、いっその事博士(はかせ)になって喜ばしてくれんか」。
 彼はさも思いのままに説き完(おほ)せたる面色(おももち)して、寛(ゆたか)に髯(ひげ)を撫でていたり。貫一は彼の説進むに従いて、漸(ようや)くその心事の火を覩(み)るより明らかなるを得たり。彼が千言万語の舌を弄して倦(う)まざるは、畢竟(ひつきょう)利の一字を掩(おお)わんが為のみ。貧する者の盗むは世の習いながら、貧せざるもなほ盗まんとするか。我も穢(けが)れたるこの世に生れたれば、穢れたりとは自ら知らで、或るいは穢れたる念を起し、或るいは穢れたる行(おこな)いを為すことあらむ。されど自ら穢れたりと知りて自ら穢すべきや。妻を売りて博士を買ふ! これ豈(あに)穢れたるの最も大なる者ならずや。世は穢れ、人は穢れたれども、我は常に我が恩人の汚れにみざるを信じて疑わざりき。過ぐれば夢より淡き小恩をも忘れずして、貧しき孤子(みなしご)を養える志は、これを証して余りあるを。
 人の浅ましきか、我の愚なるか、恩人は酷(むご)くも我を欺きぬ。今は世を挙げて皆な穢れたるよ。悲めばとて既に穢れたる世をいかにせん。我はこの時この穢れたる世を喜ばんか。さしもこの穢れたる世に唯(ただ)一つ穢れざるものあり。喜ぶべきものあるにあらずや。貫一は憐(いとし)き宮が事を思えるなり。我の愛か、死をもて脅(おびやか)すとも得て屈すべからず。宮が愛か、某(なにがし)の帝(みかど)の冠(かんむり)を飾れると聞く世界無双の大金剛石(だいこんごうせき)をもて購(あがな)わんとすとも、争(いか)でか動し得べき。我と彼との愛こそ淤泥(おでい)の中(うち)に輝く玉の如きものなれ、我はこの一つの穢れざるを抱きて、この世の渾(すべ)て穢れたるを忘れん。
 貫一はかく自ら慰めて、さすがに彼の巧言を憎し恨(うらめ)しとは思いつつも、枉(ま)げてさあらぬ体(てい)に聴きいたるなりけり。「それで、この話は宮さんも知っているのですか」。「薄々は知っている」。「ではまだ宮さんの意見は御聞きにならんので?」。「それは、何だ、一寸(ちょっと)聞いたがの」。「宮さんはどう申しておりました」。「宮か、宮は別にどうという事はないのだ。御父様(おとっさん)や御母様(おっかさん)の宜(よろし)いようにと云うので、宮の方には異存はないのだ、あれにもすっかり訳を説いて聞かしたところが、そう云う次第ならばと、漸(ようや)く得心がいったのだ」。断じて詐(いつわ)りなるべしと思いながらも、貫一の胸は跳(おど)りぬ。「はあ、宮さんは承知をしましたので?」。「そう、異存はないのだ。で、お前も承知してくれ、なう。一寸聞けば無理のようではあるが、その実少しも無理ではないのだ。私(わし)の今話した訳はお前にも能く解ったろうが、なう」。「はい」。「その訳が解ったら、お前も快く承知してくれ、なう。なう、貫一」。「はい」。「それではお前も承知をしてくれるな。それで私も多きに安心した。悉(くわし)い事は何(いづ)れ寛緩(ゆっくり)話をしよう。そうしてお前の頼みも聴こうから、まあ能く種々(いろいろ)考えて置くがいいの」。「はい」。

前編第七章
 熱海は東京に比して温かきこと十余度なれば、今日漸(ようや)く一月の半ばを過ぎぬるに、梅林(ばいりん)の花は二千本の梢(こずえ)に咲き乱れて、日に映(うつろ)える光は玲瓏(れいろう)として人の面を照し、路(みち)を埋(うづ)むる幾斗(いくと)の清香(せいこう)は凝(こ)りて掬(むす)ぶに堪(た)えたり。梅の外(ほか)には一木(いちぼく)なく処々(ところどころ)の乱石の低く横(よこた)わるのみにて、地は坦(たいら)かに氈(せん)を鋪(し)きたるようの芝生(しばふ)の園の中(うち)をろ、玉の砕けて迸(ほとばし)り、練(ねりぎぬ)の裂けて飜(ひるがえ)る如き早瀬の流れありて横さまに貫けり。後に負える松杉の緑は麗(うららか)に霽(は)れたる空を攅(さ)してその頂(いただき)に方(あた)りて懶(ものう)げに懸(かか)れる雲はるに似たり。習(そよ)との風もあらぬに花は頻(しきり)に散りぬ。散る時に軽(かろ)く舞うを鶯(うぐいす)は争いて歌えり。
 宮は母親と連れ立ちて入り来(きた)りぬ。彼らは橋を渡りて、船板の牀几(しょうぎ)を据ゑたる木(こ)の下(もと)を指して緩(ゆる)く歩めり。彼の病はいまだ快からぬにや、薄仮粧したる顔色も散りたる葩(はなびら)のように衰えて、足の運びも怠(たゆ)げに、動(とも)すれば頭(かしら)の低(た)るるを、思い出しては努めて梢を眺むるなりけり。彼の常として物案じすれば必ず唇を咬(か)むなり。彼は今頻(しきり)に唇を咬みたりしが、「御母(おっか)さん、どうしませうねぇ」。いと好く咲きたる枝を飽かず見上げし母の目は、この時漸く娘に転(うつ)りぬ。「どうせうたって、お前の心一つじゃないか。初発(はじめ)にお前が適(い)きたいというから、こう云う話にしたのじゃないかね。それを今更……」。「それはそうだけれど、どうも貫一(かんいつ)さんの事が気になつて。御父(おとっ)さんはもう貫一さんに話を為すったろうか、ねぇ御母さん」。「ああ、もう為すったろうとも」。宮は又唇を咬みぬ。「私は、御母さん、貫一さんに顔が合されないわね。だからもし適(ゆ)くのなら、もうわずに直(ずっ)と行って了(しま)いたいのだから、そう云う都合にして下さいな。私はもう逢わずに行くわ」。声は低くなりて、美しき目は湿(うるほ)えり。彼は忘れざるべし、その涙を拭(ぬぐ)えるハンカチイフは再び逢わざらんとする人の形見なるを。「お前がそれ程に思うのなら、何で自分から適(い)きたいとお言いなのだえ。そう何時(いつ)までも気が迷っていては困るじゃないか。一日経(た)てば一日だけ話が運ぶのだから、本当にどうとも確然(しっかり)極(き)めなくてはいけないよ。お前が厭(いや)なものを無理にお出(いで)というのじゃないのだから、断るものなら早く断らなければ、だけれど、今になって断ると云ったって……」。「いいわ。私は適くことは適くのだけれど、貫一さんの事を考へると情けなくなって……」。
 貫一が事は母の寝覚にも苦むところなれば、娘のその名を言う度(たび)に、犯せる罪をも歌はるる心地して、この良縁の喜ぶべきを思いつつも、さすがに胸を開きて喜ぶを得ざるなり。彼は強(し)いて宮を慰めんと試みつ。兼ねては自ら慰むるなるべし。「お父(とっ)さんからお話しがあつて、貫一さんもそれで得心がいけば、済む事だし、又お前が彼方(あちら)へ適(っ)て、末々まで貫一さんの力になれば、お互いの仕合(しあわせ)と云うものだから、そこを考えれば、貫一さんだつて……、それに男と云うものは思い切りが好いから、お前が心配しているようなものではないよ。これなり遇(あ)わずに行くなんて、それはお前却って善くないから、矢張(やっぱり)逢って、丁(ちゃん)と話をして、そうして清く別れるのさ。この後とも末長く兄弟で往来(ゆきかよい)をしなければならないのだもの。いずれ今日か明日(あした)には御音信(おたより)があって、様子が解ろうから、そうしたら還って、早く支度に掛らなければ」。
 宮は牀几(しょうぎ)に倚(よ)りて、半ばは聴き、半は思いつつ、に散り来る葩(はなびら)を拾いては、おのれの唇に代えて連(しき)りに咬み砕(くだ)きぬ。鶯(うぐいす)の声の絶え間を流るるの音は咽(むせ)びて止まず。宮は何心なく面を挙(あぐ)るとともに稍(やや)隔てたる間(このま)隠(がく)れに男の漫行(そぞろあるき)する姿を認めたり。彼は忽(たちま)ち眼(まなこ)を着けて、木立は垣の如く、花は幕の如くに遮(さえぎ)る隙(ひま)を縫いつつ、姑(しばら)くその影を逐(お)いたりしが、をや見い出しけん。慌忙(あわただし)く母親に※(「口+耳」、第3水準1-14-94)(ささや)けり。彼は急に牀几を離れて五六歩(いつあしむあし)進行(すすみいき)しが、彼方(あなた)よりも見つけて、逸早(いちはや)く呼びぬ。「そこに御出(おいで)でしたか」。その声は静かなる林を動して響きぬ。宮は聞くと斉(ひとし)く、恐れたる風情(ふぜい)にて牀几の端(はし)に竦(すくま)りつ。「はい、唯今(ただいま)し方(がた)参ったばかりでございます。好くお出掛でございましたこと」。母はかく挨拶しつつ彼を迎えて立てり。宮はそなたを見向きもやらで、彼の急ぎ足に近(ちかづ)く音を聞けり。
 母子(おやこ)の前に顕(あらわ)れたる若き紳士は、その誰なるやを説かずもあらなん。目覚(めざま)しく大いなるダイアモンドの指環を輝かせるよ。柄(にぎり)には緑色の玉(ぎょく)を獅子頭(ししがしら)に(きざ)みて、象牙(ぞうげ)の如く瑩潤(つややか)に白き杖(つえ)を携えたるが、その尾(さき)をもて低き梢の花を打ち落し打ち落し、「今お留守へ行きまして、ここだというのを聞いて追懸(おっかけ)て来た訳です。熱いじゃないですか」。宮はようよう面を向けて、さて淑(しとやか)に起ちて、恭(うやうや)しく礼するを、唯継は世にも嬉しげなる目して受けながら、なほ飽くまでも倨(おご)り高(たかぶ)るを忘れざりき。その張りたる腮(あぎと、上あごのこと)と、への字に結べる薄唇(うすくちびる)と、尤異(けやけ)き金縁(きんぶち)の目鏡(メガネ)とは彼が尊大の風に尠(すくな)からざる光彩を添うるや疑いなし。「おや、さようでございましたか、それはまあ。余り好い御天気でございますから、ぶらぶらと出掛けて見ました。真(ほん)に今日(こんにち)はおお熱いくらいでございます。まあこれへお掛け遊ばして」。母は牀几を払えば、宮は路(みち)を開きて傍(かたわら)に佇(たたず)めり。貴方(あなた)がたもお掛けなさいましな。今朝です、東京から手紙で、急用があるから早速帰るように――と云うのは、今度私が一寸した会社を建てるのです。外国へこちらの塗物を売込む会社。これは去年中からの計画で、いよいよこの三四月頃には立派にでき上る訳でありますから、私も今は随分忙(せわし)い体(からだ)、なにしろなにしろ社長ですからな。それで私が行かなければ解らん事があるので、呼びに来た。で、翌(あす)の朝立たなければならんのであります」。「おや、それは急な事で」。「貴方がたも一所(いっしょ)にお立ちなさらんか」。
 彼は宮の顔を偸視(ぬすみみ)つ。宮は物言わん気色(けしき)もなくて又母の答えぬ。「はい、難有(ありがと)う存じます」。「それともまだ御在(おいで)ですか。宿屋に居るのも不自由で、面白くもないじゃありませんか。来年あたりは一つ別荘でも建てませう。何の難(わけ)はない事です。地面を広く取つてその中に風流な田舎家(いなかや)を造るです。食物などは東京から取り寄せて、それでなくては実は保養には成らん。家ができてから寛緩(ゆっくり)遊びに来るです」。「結構でございますね」。「お宮さんは、何ですか、かう云う田舎の静かな所が御好きなの?」。宮は笑みを含みて言わざるを、母は傍(かたわら)より、「これはもう遊ぶ事なら嫌いはございませんので」。「はははははは誰もそうです。それでは以後(これから)盛んにお遊(あそ)びなさい。どうせ毎日用はないのだから、田舎でも、東京でも西京(さいきょう)でも、好きな所へ行って遊ぶのです。船は御嫌いですか、ははぁ。船が平気だと、支那(しな)から亜米利加(あめりか)の方を見物がてら今度旅行をして来るのも面白いけれど。日本の内じゃ遊山(ゆさん)に行(ある)いたところで知れたもの。どんなに贅沢(ぜいたく)をしたからと云って」。「御帰りになったら一日赤坂の別荘の方へ遊びにお出で下さい、ねぇ。梅が好いのであります。それは大きな梅林があって、一本々々種の違ふのを集めて二百本もあるが、皆な老木ばかり。この梅などは全(まる)で為方(しかた)がない! こんな若い野梅(のうめ)、薪(まき)のようなもので、庭に植ゑられる花じゃない。これで熱海の梅林も凄(すさまじ)い。是非内のをお目に懸けたいでありますね、一日遊びに来て下さい。御馳走(ごちそう)をしますよ。お宮さんは何が好きですか、ええ、一番好きなものは?」。彼は陰(ひそか)に宮と語らんことを望めるなり、宮はなお言わずして(はずか)しげに打ち笑(ゑ)めり。「で、何日(いつ)御帰りでありますか。明朝(あした)一所に御発足(おたち)にはなりませんか。こっちにそう長く居なければならんと云う次第ではないのでせう、そんなら一所にお立ちなすったらどうであります」。「はい、難有(ありがと)うございますが、少々宅の方の都合がございまして、二三日内(うち)には音信(たより)がございます筈(はず)で、その音信を待ちまして、実は帰ることに致してございますものですから、折角の仰せですが、はい」。「ははあ、それじゃどうもな」。
 唯継は例の倨(おご)りて天を睨(にら)むように打ち仰ぎて、杖の獅子頭(ししがしら)を撫で廻しつつ、少時(しばらく)思案する体(てい)なりしが、やおら白羽二重(しろはぶたえ)のハンカチイフを取り出(いだ)して、片手に一揮(ひとふり)揮(ふ)るよと見れば拭(ぬぐ)えり。菫花(ヴァイオレット)の香り咽(むせ)ばさるるばかりに薫(くん)じ遍(わた)りぬ。宮も母もその鋭き匂いに驚けるなり。「ああと、私これから少し散歩しようと思うのであります。これから出て、流れに沿(つ)いて、田圃(たんぼ)の方を。私まだ知らんけれども、余程景色が好いそう。御一所にと云うのだが、大分跡程(みち)があるから、貴方(あなた)は御迷惑でありませう。二時間ばかりお宮さんを御貸し下さいな。私一人で歩いてもつまらない。お宮さんは胃が不良(わるい)のだから散歩は極(きわ)めて薬、これから行って見ませう、ねえ」。彼は杖を取直してはや立たんとす。「はい。難有うございます。お前お供をお為(し)かい」。宮の遅(ためら)うを見て、唯継は故(ことさら)に座を起(た)てり。
 「さあ行って見ませう、ええ、胃病の薬です。そう因循(いんじゅん)していてはいけない」。つと寄りて軽(かろ)く宮の肩を拊(う)ちぬ。宮は忽ち面を紅(あか)めて、如何にともせん術(すべ)を知らざらんように立ち惑いていたり。母の前をも憚(はばか)らぬ男の馴々(なれなれ)しさを、憎しとにはあらねど、己(おのれ)の仂(はした)なきように慙(は)づるなりけり。得も謂(い)われぬその仇無(あどな)さの身に浸み遍(わた)るに堪(た)えざる思いは、漫(そぞろ)に唯継の目の中(うち)に顕(あらわ)れて異(あやし)き独り笑みとなりぬ。この仇無(あどな)き※(「女+兌」、第4水準2-5-59)(いと)しらしき、美くしき娘の柔(やわら)かき手を携えて、人なき野道の長閑(のどか)なるを語らいつつ行かば、如何ばかり楽しからんよと、彼ははや心もになりて、「さあ、行って見ませう。御母(おっか)さんから御許しが出たからよいではありませんか、ねえ、貴方(あなた)、宜しいでありませう」。母は宮の猶(なお)羞(は)づるを見て、「お前お出(いで)かい、どうおしだえ」。「貴方、お出かいなどと有仰(おっゃ)っちゃいけません。お出なさいと命令をなすって下さい」。宮も母も思はず笑えり。唯継も後(おく)れじと笑えり。
 又人の入り来る気勢(けはい)なるを宮は心着きて窺(うかが)いしに、姿は見えずして靴の音のみを聞けり。梅見る人か、あらぬか、用ありげに忙(せわし)く踏み立つる足音なりき。「ではお前(まい)お供をおしな」。「さあ、行きませう。直(じき)そこまででありますよ」。宮は小(ちいさ)声して、「御母(おっか)さんも一処に御出(おいで)なさいな」。「私かい、まあお前お供をおしな」。母親を伴ひては大いに風流ならず、頗(すこぶ)る妙ならずと思えば、唯継は飽くまでこれを防がんと、「いや、御母さんには却って御迷惑です。道が良くないから御母さんにはとてもいけますまい。実際貴方には切(たっ)てお勧め申されない。御迷惑は知れている。何も遠方へ行くのではないのだから、御母さんが一処でなくてもいいじゃありませんか、ねえ。私折角思立ったものでありますから、それでは一寸そこまででいいから附き合って下さい。貴女が厭だったら直(すぐ)に帰りますよ、ねえ。それはなかなか好い景色だから、まあ私に(だま)されたと思って来て御覧なさいな、ねえ」。
 この時忙(せわ)しげに聞えし靴音ははや止(や)みたり。人は出で去りしにあらで、七八間彼方(あなた)なる木蔭に足を停(とど)めて、忍びやかに様子を窺うなるを、此方(こなた)の三人(みたり)はも知らず。彳(たたず)める人は高等中学の制服の上に焦茶の外套(オーバーコート)を着て、肩には古りたる象皮の学校鞄(かばん)を掛けたり。彼は間貫一にあらずや。再び靴音は高く響きぬ。その驟(にわか)なると近きとに驚きて、三人は始めて音する方(かた)を見遣(みや)りつ。花の散りかかる中を進み来つつ学生は帽を取りて、「姨(おば)さん、参りましたよ」。母子(おやこ)は動顛(どうてん)して殆(ほとん)ど人心地(ひとここち)を失いぬ。母親は物を見るべき力もあらず呆(あき)れ果てたる目をば空しく※(「目+登」、第3水準1-88-91)(みは)りて、少時(しばし)は石の如く動かず。宮は、あわれ生きてあらんより忽ち消えてこの土と成り了(おわ)らんことの、せめて心易(やす)さを思いつつ、その淡白(うすじろ)き唇を啖裂(くいさ)かんとすばかりに咬(か)みて咬みて止(や)まざりき。
 想ふに彼らの驚愕(おどろき)と恐怖(おそれ)とはその殺せし人の計らずも今生きて来(きた)れるに会へるが如きものならん。気も不覚(そぞろ)なれば母は譫語(うわごと)のように言い出(いだ)せり。「おや、お出(いで)なの」。宮は些少(わずか)なりともおのれの姿の多く彼の目に触れざらんようにと冀(ねが)える如く、木蔭(こかげ)に身を側(そば)めて、打ち過(はず)む呼吸(いき)を人に聞かれじとハンカチイフに口元を掩(おお)いて、見るは苦しけれども、見ざるも辛(つら)き貫一の顔を、俯(ふ)したる額越(ひたいごし)に窺(うかが)いては、又唯継の気色(けしき)をも気遣(きづか)えり。唯継は彼らの心々にさばかりの大波瀾(だいはらん)ありとは知らざれば、聞及びたる鴫沢の食客(しょっきゃく)の来(きた)れるよと、例のダイアモンドの手を見よがしに杖を立てて、誇りかに梢を仰ぐ腮(あぎと)を張れり。
 貫一は今回(こたび)の事も知れり、彼の唯継なる事も知れり、既にこの場の様子をも知らざるにはあらねど、言うべき事は後にぞ犇(ひし)と言わん、今は姑(しばら)く色にも出さじと、裂けもしぬべき無念の胸をようよう鎮(しづ)めて、苦しき笑顔を作りてゐたり。「宮さんの病気はどうでございます」。宮は耐(たま)りかねて窃(ひそか)にハンカチイフを咬緊(かみし)めたり。「ああ、大きに良いので、もう二三日内(うち)には帰ろうと思ってね。お前さんく来られましたね。学校の方は?」。「教場の普請をするところがあるので、今日半日と明日(あす)明後日(あさって)と休課(やすみ)になったものですから」。「おや、そうかい」。
 唯継と貫一とを左右に受けたる母親の絶体絶命は、過(あやま)ちて野中の古井(ふるゐ)に落ちたる人の、沈みも果てず、上(あが)りも得為(えせ)ず、命の綱と危(あやふ)くも取り縋(すが)りたる草の根を、鼠(ねずみ)の来(きた)りて噛(か)むに遭(あ)うと云える比喩(たとえ)に最(いと)能(よ)く似たり。如何にすべきかと或るいは懼(おそ)れ、或るいは惑いたりしが、終(つい)にその免(まぬが)るまじきを知りて、彼はようよう胸を定めつ。「丁度宅から人が参りましてございますから、甚(はなはだ)勝手がましうございますが、私等(ども)はこれから宿へ帰りますでございますから、いづれ後程伺ひに出ますでございますが……」。「ははあ、それでは何でありますか、明朝(あす)は御一所に帰れるような都合になりますな」。「はい、話の模様に因(よ)りましては、さよう願われるかも知れませんので、いづれ後程には是非伺ひまして、……」。「成る程、それでは残念ですが、私も散歩は罷(や)めます。散歩は罷めてこれから帰ります。帰ってお待ち申していますから、後に是非お出(いで)下さいよ。宜しいですか、お宮さん、それでは後にきっとお出なさいよ。誠に今日は残念でありますな」。
 彼は行かんとして、更に宮の傍(そば)近く寄り来て、「貴方(あなた)、きっと後(のち)にお出なさいよ、ええ」。貫一は瞬(まばたき)もせで視(み)ていたり。宮は窮して彼に会釈さへしかねつ。娘気の羞(はづかしさ)にかくあるとのみ思える唯継は、益(ますます)寄り添ひつつ、舌怠(したたる)きまでに語(ことば)を和(やわら)げて、宜しいですか、来なくてはいけませんよ。私待っていますから」。貫一の眼(まなこ)は燃ゆるが如き色を作(な)して、宮の横顔を睨着(ねめつ)けたり。彼は懼(おそ)れて傍目(わきめ)をも転(ふ)らざりけれど、必ずさあるべきを想いて独り心を慄(おのの)かせしが、猶(なお)唯継の如何なることを言出でんも知られずと思えば、とにもかくにもその場を繕いぬ。母子の為には幾許(いかばかり)の幸いなりけん。彼は貫一に就いて半点の疑いをも容(い)れず、※(「厭/(餮-殄)」、第4水準2-92-73)(あ)くまでも※(「女+兌」、第4水準2-5-59)(いとし)き宮に心を遺(のこ)して行けり。
 その後影(うしろかげ)を透(とお)すばかりに目戍(まも)れる貫一は我を忘れて姑(しばら)く佇(たたず)めり。両個(ふたり)はその心を測りかねて、言(ことば)も出(いで)ず、息をさへ凝して、空しく早瀬の音の聒(かしまし)きを聴くのみなりけり。やがて此方(こなた)を向きたる貫一は、尋常(ただ)ならず激して血の色を失える面上(おもて)に、多からんとすれども能(あた)わずと見ゆる微少(わづか)の笑(えみ)を漏して、「宮(みぃ)さん、今の奴(やつ)はこの間のカルタに来てゐたダイアモンドだね」。宮は俯(うつむ)きて唇を咬みぬ。母は聞かざる為(まね)して、折しも啼(な)ける鶯(うぐいす)の間(このま)を窺えり。貫一はこの体(てい)を見て更に嗤笑(あざわら)いつ。「夜見たらそれ程でもなかったが、昼間見ると実に気障(きざ)な奴だね、そうしてどうだ、あの高慢ちきの面(つら)は!」。「貫一さん」。母は卒(にわか)に呼びかけたり。「はい」。「お前さん翁(おじ)さんから話はお聞きでせうね、今度の話は」。「はい」。「ああ、そんならよいけれど。不断のお前さんにも似合はない、そんな人の悪口(あっこう)などを言うものじゃありませんよ」。「はい」。「さあ、もう帰りませう。お前さんもお草臥(くたびれ)だろうからお湯にでも入って、そうしてまだ御午餐(おひる)前なのでせう」。「いえ、※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)車(きしゃ)の中で鮨(すし)を食べました」。三人(みたり)は倶(とも)に歩み始めぬ。貫一は外套(オーバーコート)の肩を払われて、後(うしろ)を捻向(ねじむ)けば宮と面(おもて)を合せたり。「そこに花が粘(つ)いていたから取ったのよ」。「それは難有(ありがと)う!※(感嘆符二つ、1-8-75)」。

前編第八章
 打ち霞(かすみ)たる空ながら、月の色の匂い滴(こぼ)るるようにして、微白(ほのじろ)き海は縹渺(ひょうびょう)として限を知らず、譬(たと)えば無邪気なる夢を敷けるに似たり。寄せては返す波の音も眠げに怠りて、吹き来る風は人を酔わしめんとす。打ち連れてこの浜辺を逍遙せるは貫一と宮となりけり。「僕は唯(ただ)胸が一杯で、何も言うことができない」。五歩六歩(いつあしむあし)行きし後、宮はようよう言い出でつ。「堪忍して下さい」。「何も今更謝ることはないよ。一体今度の事は翁(おじ)さん姨(おば)さんの意から出たのか、又はお前さんも得心であるのか、それを聞けば可(い)いのだから」。「…………」。「こっちへ来るまでは、僕は十分信じておった。お前さんに限ってそんな了簡(りょうけん)のあるべき筈(はず)はないと。実は信じるも信じないもありはしない、夫婦の間(なか)で、知れきった話だ。昨夜(ゆうべ)翁さんから悉(くわし)く話しがあって、その上に頼むという御言(おことば)だ」。差し含(ぐ)む涙に彼の声は顫(ふる)いぬ。「大恩を受けている翁さん姨さんの事だから、頼むと言われた日には、僕の体(からだ)は火水(ひみづ)の中へでも飛込まなければならないのだ。翁さん姨さんの頼みなら、無論僕は火水の中へでも飛込む精神だ。火水の中へなら飛込むがこの頼みばかりは僕も聴くことはできないと思った。火水の中へ飛び込めと云うよりは、もっと無理な、余り無理な頼みではないかと、僕は済まないけれど翁さんを恨んでいる。そうして、言ふ事もあろうに、この頼みを聴いてくれれば洋行さして遣(や)るとお言いのだ。い……い……いかに貫一は乞食士族の孤児(みなしご)でも、女房を売った銭で洋行せうとは思わん!」。
 貫一は蹈(ふみ)留(とどま)りて海に向ひて泣けり。宮はこの時始めて彼に寄り添いて、気遣(きづかわ)しげにその顔を差し覗(のぞ)きぬ。「堪忍して下さいよ、皆(みんな)私が……どうぞ堪忍して下さい」。貫一の手に縋(すが)りて、忽ちその肩に面を推し当つると見れば、彼も泣音(なくね)を洩(もら)すなりけり。波は漾々(ようよう)として遠く烟(けむ)り、月は朧(おぼろ)に一湾の真砂(まさご)を照して、空も汀(みぎわ)も淡白(うすじろ)き中に、立ち尽せる二人の姿は墨の滴(したた)りたるようの影を作れり。「それで僕は考えたのだ、これは一方には翁さんが僕を説いて、お前さんの方は姨さんが説得しようと云うので、無理にここへ連れ出したに違いない。翁さん姨さんの頼みとあって見れば、僕は不承知を言うことのできない身分だから、唯々(はいはい)と言って聞いていたけれど、宮(みぃ)さんは幾多(いくら)でも剛情を張って差し支えないのだ。どうあってもだとお前さんさえ言い通せば、この縁談はそれで破れて了(しま)うのだ。僕が傍(そば)に居ると智慧をつけて邪魔をすると思うものだから、遠くへ連れ出して無理往生に納得させる計(はかりごと)だなと考え着くと、さあ心配で心配で僕は昨夜(ゆうべ)は夜一夜(よっぴて)はしない、そんな事は万々(ばんばん)あるまいけれど、種々(いろいろ)言われる為に厭と言われない義理になって、もしや承諾するような事があっては大変だと思つて、家(うち)は学校へ出る積(つもり)で、僕はわざわざ様子を見に来たのだ。馬鹿な、馬鹿な! 貫一ほどの大馬鹿者が世界中を捜して何処(どこ)にある※(感嘆符二つ、1-8-75) 僕はこれ程自分が大馬鹿とは、二十五歳の今日まで……知……知らなかった」。
 宮は悲しさと懼(おそろ)しさに襲われて少しく声さえ立てて泣きぬ。憤(いかり)を抑うる貫一の呼吸は漸(ようや)く乱れたり。「宮さん、お前は好くも僕を欺いたね」。宮は覚えず慄(おのの)けり。「病気と云ってここへ来たのは、富山と逢ふ為だらう」。「まあ、そればっかりは……」。「おおそればっかりは?」。「余(あんま)り邪推が過ぎるわ、余り酷(ひど)いわ。何ぼ何でも余り酷い事を」。泣き入る宮を尻目に挂(か)けて、「お前でも酷いと云う事を知っているのかい、宮さん。これが酷いと云って泣く程なら、大馬鹿者にされた貫一は……貫一は……貫一は血の涙を流しても足りはせんよ。お前が得心せんものなら、ここへ来るについて僕に一言(いちごん)も言わんと云う法はなかろう。家を出るのが突然で、その暇がなかったなら、後から手紙を寄来(よこ)すがよいじゃないか。出し抜いて家を出るばかりか、何の便りもせんところを見れば、始めから富山と出会う手筈(てはず)になっていたのだ。或るいは一所に来たのか知れはしない。宮さん、お前は奸婦(かんぷ)だよ。姦通したも同じだよ」。「そんな酷いことを、貫一さん、余(あんま)りだわ、余りだわ」。彼は正体もなく泣き頽(くづ)れつつ、寄らんとするを貫一は突き退(の)けて、を破れば奸婦じゃあるまいか」。「何時(いつ)私が操を破って?」。「幾許(いくら)大馬鹿者の貫一でも、おのれの妻(さい)が操を破る傍(そば)について見ているものかい!貫一と云ふ歴(れき)とした夫を持ちながら、その夫を出し抜いて、余所(よそ)の男と湯治に来ていたら、姦通していないという証拠が何処(どこ)にある?」。「そう言われて了うと、私は何とも言えないけれど、富山さんと逢うの、約束してあったのと云うのは、それは全く貫一さんの邪推よ。私等(わたしたち)がこっちに来ているのを聞いて、富山さんが後から尋ねて来たのだわ」。
 「何で富山が後から尋ねて来たのだ」。宮はその唇に打たれたるように再び言(ことば)は出でざりき。貫一は、かく詰責せる間に彼の必ず過(あやまち)を悔い、罪をびて、その身は未(おろ)か命までも己の欲するままならんことを誓うべしと信じたりしなり。よし信ぜざりけんも、心陰(ひそ)かに望みたりしならん。如何にぞや、彼は露ばかりもさせる気色(けしき)はなくて、引けども朝顔の垣を離るまじき一図の心変わりを、貫一はなかなか信(まこと)しからず覚ゆるまでに呆(あき)れたり。
 宮は我を棄てたるよ。我は我が妻を人に奪はれたるよ。我が命にも換えて最愛(いとおし)みし人は芥(あくた)の如く我を悪(にく)めるよ。恨みは彼の骨に徹し、憤(いか)りは彼の胸を劈(つんざ)きて、ほとほと身も世も忘れたる貫一は、あわれ奸婦の肉を啖(くら)いて、この熱膓(ねっちょう)を冷(さま)さんとも思えり。忽ち彼は頭脳の裂けんとするを覚えて、苦痛に得堪(えた)えずして尻居に僵(たお)れたり。宮は見るより驚く遑(いとま)もあらす、諸共に砂に塗(まび)れて掻き抱けば、閉じたる眼(まなこ)より乱落(ほうりお)つる涙に浸れる灰色の頬を、月の光は悲しげに彷徨(さまよ)いて、迫れる息は凄(すさまじ)く波打つ胸の響きを伝ふ。宮は彼の背後(うしろ)より取り縋(すが)り、抱緊(いだきし)め、撼動(ゆりうごか)して、戦(おのの)く声を励せば、励す声は更に戦きぬ。「どうして、貫一さん、どうしたのよう!」。貫一は力なげに宮の手を執れり。宮は涙に汚れたる男の顔をいと懇(ねんごろ)に拭(ぬぐ)いたり。
 「吁(あぁ)、宮さん、こうして二人が一処に居るのも今夜ぎりだ。お前が僕の介抱をしてくれるのも今夜ぎり、僕がお前に物を言うのも今夜ぎりだよ。一月の十七日、宮さん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、貫一は何処でこの月を見るのだか! 再来年(さらいねん)の今月今夜……十年後(のち)の今月今夜……一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ! よいか、宮さん、一月の十七日だ。来年の今月今夜になったならば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、月が……月が……月が……曇ったらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のように泣いていると思ってくれ」。
 宮は挫(ひし)ぐばかりに貫一に取り着きて、物狂(ものぐるわしゅ)う咽(むせ)び入りぬ。「そんな悲しい事をいわずに、ねえ貫一さん、私も考えた事があるのだから、それは腹も立とうけれど、どうぞ堪忍して、少し辛抱していて下さいな。私はお肚(なか)の中には言いたい事が沢山あるのだけれど、余(あんま)り言い難(にく)い事ばかりだから、口へは出さないけれど、唯一言(たったひとこと)いいたいのは、私は貴方の事は忘れはしないわ――私は生涯忘れはしないわ」。「聞きたくない! 忘れんくらいなら何故見棄てた」。「だから、私は決して見棄てはしないわ」。「何、見棄てない? 見棄てないものが嫁に帰(く)かい、馬鹿な! 二人の夫が有てるかい」。「だから、私は考えている事があるのだから、もし辛抱してそれを――私の心を見て下さいな。きっと貴方の事を忘れない証拠を私は見せるわ」。「ええ、狼狽(うろた)えてくだらんことを言うな。食うに窮(こま)って身を売らなければならんのじゃなし、何を苦んで嫁に帰(ゆ)くのだ。内には七千円も財産があって、お前はそこの一人娘じゃないか、そうして婿まで極(きま)っているのじゃないか。その婿も四、五年の後には学士になると、末の見込も着いているのだ。しかもお前はその婿を生涯忘れないほどに思っていると云うじゃないか。それに何の不足があって、無理にも嫁に帰(ゆ)かなければならんのだ。天下にこれくらい理(わけ)の解らん話があろうか。どう考えても、嫁に帰(ゆ)くべき必用のないものが、無理に算段をして嫁に帰こうとするには、必ず何ぞ事情がなければならない。婿が不足なのか、金持と縁を組みたいのか、主意は決してこの二件(ふたつ)の外にはあるまい。言って聞かしてくれ。遠慮は要(い)らない。さあ、さあ、宮さん、遠慮することはないよ。一旦夫に定めたものを振り捨てるくらいの無遠慮なものが、こんな事に遠慮も何も要るものか」。
 「私が悪いのだから堪忍して下さい」。「それじゃ婿が不足なのだね」。「貫一さん、それは余(あんま)りだわ。そんなに疑うのなら、私はどんな事でもして、そうして証拠を見せるわ」。「婿に不足はない? それじゃ富山が財(かね)があるからか、して見るとこの結婚は慾からだね、僕の離縁も慾からだね。で、この結婚はお前も承知をしたのだね、ええ? 翁(おじ)さん姨(おば)さんに迫られて、余義なくお前も承知をしたのならば、僕の考えで破談にする方(ほう)は幾許(いくら)もある。僕一人が悪者になれば、翁さん姨さんを始めお前の迷惑にもならずに打壊(ぶちこわ)して了うことはできる。だからお前の心持ちを聞いた上で手段があるのだが、お前も適(い)って見る気はあるのかい」。貫一の眼(まなこ)はその全身の力を聚(あつ)めて、思い悩める宮が顔を鋭く打ち目戍(まも)れり。五歩行き、七歩行き、十歩を行けども、彼の答はあらざりき。貫一は空を仰ぎて太息(ためいき)したり。
 「宜(よろし)い、もう宜い。お前の心は能く解った」。今ははや言うも益なければ、重ねて口を開かざらんかと打ち按(あん)じつつも、彼は乱るる胸を寛(ゆる)うせんが為に、強(し)いて目を放ちて海の方(かた)を眺めたりしが、なお得堪えずやありけん、又言わんとして顧れば、宮は傍(かたわら)にあらずして、六七間後(あと)なる波打際(なみうちぎわ)に面(おもて)を掩(おお)いて泣けるなり。悩ましげなる姿の月に照され、風に吹かれて、あわれ消えもしぬべく立ち迷えるに、※(「水/(水+水)」、第3水準1-86-86)々(びょうびょう)たる海の端(はし)の白く頽(くづ)れて波と打ち寄せたる、艶(えん)に哀(あわれ)を尽せる風情(ふぜい)に、貫一は憤(いか)りをも恨みをも忘れて、少時(しばし)は画を看(み)る如き心地もしつ。更に、この美くしき人も今は我が物ならずと思えば、なかなか夢かとも疑えり。「夢だ夢だ、長い夢を見たのだ!」。
 彼は頭(かしら)を低(た)れて足の向うままに汀(みぎわ)の方(かた)へ進行きしが、泣く泣く歩み来たれる宮と互いに知らで行き合いたり。「宮さん、何を泣くのだ。お前は些(ちっと)も泣くことはないじゃないか。空涙!」。「どうせそうよ」。殆(ほとん)ど聞得べからざるまでにその声は涙に乱れたり。「宮さん、お前に限ってはそう云う了簡はなかろうと、僕は自分を信じるほどに信じていたが、それじゃやっぱりお前の心は慾だね、財(かね)なのだね。如何に何でも余り情ない、宮さん、お前はそれで自分に愛相(あいそう)は尽きないかい。好(い)い出世をして、さぞ栄耀(えよう)もできて、お前はそれでよかろうけれど、財(かね)に見換えられて棄てられた僕の身になって見るがよい。無念と謂(い)おうか、口惜(くちおし)いと謂おうか、宮さん、僕はお前を刺し殺して――驚くことはない! ――いっそ死んで了いたいのだ。それを怺(こら)えてお前を人に奪(とら)れるのを手出しも為(せ)ずに見ている僕の心地(こころもち)は、どんなだと思う、どんなだと思うよ! 自分さえ好ければ他(ひと)はどうなろうともお前はかまわんのかい。一体貫一はお前の何だよ。何だと思うのだよ。鴫沢の家には厄介者の居候(いそうろう)でも、お前の為には夫じゃないかい。僕はお前の男妾(おとこめかけ)になった覚(おぼえ)はないよ、宮さん、お前は貫一を玩弄物(なぐさみもの)にしたのだね。平生(へいぜい)お前の仕打ちが水臭い水臭いと思ったも道理だ、始めから僕を一時の玩弄物の意(つもり)で、本当の愛情はなかったのだ。そうとは知らずに僕は自分の身よりもお前を愛していた。お前の外には何のしみもないほどにお前の事を思っていた。それ程までに思っている貫一を、宮さん、お前はどうしても棄てる気かい。それは無論金力の点では、僕と富山とは比較(くらべもの)にはならない。あっちは屈指の財産家、僕は固(もと)より一介の書生だ。
 けれども善く宮さん考えて御覧、ねえ、人間の幸福ばかりは決して財(かね)で買えるものじゃないよ。幸福と財とは全く別物だよ。人の幸福の第一は家内の平和だ。家内の平和は何か、夫婦が互いに深く愛すると云ふ外はない。お前を深く愛する点では、富山如きが百人寄っても到底僕の十分の一だけでも愛することはできまい。富山が財産で誇るなら、僕は彼らの夢想することもできんこの愛情で争って見せる。夫婦の幸福は全くこの愛情の力、愛情がなければ既に夫婦はないのだ。己(おのれ)の身に換えてお前を思っている程の愛情を有(も)っている貫一を棄てて、夫婦間の幸福には何の益もない、むしろ害になり易(やす)い、その財産を目的に結婚をするのは、宮さん、どういう心得なのだ。
 しかし財(かね)というものは人の心を迷わすもので、智者の学者の豪傑のと、千万人に勝(すぐ)れた立派な立派な男子さえ、財の為には随分甚(ひど)い事もするのだ。それを考えれば、お前が偶然(ふっと)気の変ったのも、或るいは無理もないのだろう。からして僕はそれは咎(とが)めない。但(ただ)もう一遍、宮さん善く考えて御覧な、その財が――富山の財産がお前の夫婦間にどれ程の効力があるのかと謂(い)うことを。雀が米を食うのは僅(わづ)か十粒(とつぶ)か二十粒だ。俵で置いてあったって、一度に一俵食えるものじゃない。僕は鴫沢の財産を譲ってもらわんでも、十粒か二十粒の米に事を欠いて、お前に餒(ひもじ)い思いをさせるような、そんな意気地のない男でもない。もし間違って、その十粒か二十粒の工面ができなかったら、僕は自分は食わんでも、決してお前に不自由はさせん。宮さん、僕はこれ……これ程までにお前の事を思っている!」。
 貫一は雫(しづく)する涙を払いて、「お前が富山へ嫁(ゆ)く、それは立派な生活をして、栄耀(えよう)もできようし、楽もできよう、けれどもあれだけの財産は決して息子の嫁の為に費そうとて作られた財産ではない、と云う事をお前考えなければならんよ。愛情のない夫婦の間に、立派な生活が何だ! 栄耀が何だ! 世間には、馬車に乗って心配そうな青い顔をして、夜会へ招(よば)れて行く人もあれば、自分の妻子(つまこ)を車に載せて、それを自分が挽(ひ)いて花見に出掛ける車夫もある。富山へ嫁(ゆ)けば、家内も多ければ人出入りも、劇(はげ)しし、従って気兼ねも苦労も一通の事じゃなかろう。その中へ入って、気を傷(いた)めながら愛してもおらん夫を持って、それでお前は何を楽しみに生きているのだ。そうして勤めていれば、末にはあの財産がお前の物になるのかい、富山の奥様と云えば立派かも知れんけれど、食うところは今の雀の十粒か二十粒に過ぎんのじゃないか。よしんばあの財産がお前の自由になるとしたところで、女の身に何十万と云う金がどうなる、何十万の金を女の身で面白く費(つか)えるかい。雀に一俵の米を一度に食えと云うようなものじゃないか。男を持たなければ女の身は立てないものなら、一生の苦楽他人に頼(よ)るで、女の宝とするのはその夫ではないか。何百万の財(かね)があろうと、その夫が宝とするに足らんものであったら、女の心細さは、なかなか車に載せて花見に連れられる車夫の女房には及ばんじゃあるまいか。
 聞けばあの富山の父と云うものは、内に二人外(おもて)に三人も妾を置いていると云う話だ。財のある者は大方そんな真似(まね)をして、妻は些(ほん)の床の置物にされて、謂(い)わば棄てられているのだ。棄てられていながらその愛されている妾よりは、責任も重く、苦労も多く、苦しみばかりで楽しみはないと謂ってよい。お前の嫁(ゆ)く唯継だって、固(もと)より所望(のぞみ)でお前を迎(もら)うのだから、当座は随分愛しもするだろうが、それが長く続くものか、財があるから好きな真似もできる、他(ほか)の楽しみに気が移って、直(じき)におまえの恋は冷(さま)されて了うのは判っている。その時になって、お前の心地(こころもち)を考えて御覧、あの富山の財産がその苦しみを拯(すく)うかい。
 家に沢山の財があれば、夫に棄てられて床の置物になっていても、お前はそれで楽しみかい、満足かい。僕が人にお前を奪(と)られる無念は謂(い)うまでもないけれど、三年の後のお前の後悔が目に見えて、心変わりをした憎いお前じゃあるけれど、やっぱり可哀(かわい)そうでならんから、僕は真実で言うのだ。僕に飽きて富山に惚れてお前が嫁くのなら、僕は未練らしく何も言わんけれど、宮さん、お前は唯立派なところへ嫁くというそればかりに迷わされているのだから、それは過(あやま)っている、それは実に過っている、愛情のない結婚は究竟(つまり)自他の後悔だよ。
 今夜この場のお前の分別一つで、お前の一生の苦楽は定まるのだから、宮さん、お前も自分の身が大事と思うなら、又貫一が不便(ふびん)だと思って、頼む! 頼むから、もう一度分別を為直(しなお)してくれないか。七千円の財産と貫一が学士とは、二人の幸福を保つには十分だよ。今でさえも随分二人は幸福ではないか。男の僕でさえ、お前があれば富山の財産などを羨(うらやまし)いとは更に思わんのに、宮さん、お前はどうしたのだ! 僕を忘れたのかい、僕を可愛(かわゆ)くは思わんのかい」。彼は危(あやう)きを拯(すく)わんとする如く犇(ひし)と宮に取り着きて匂い滴(こぼ)るる頸元(えりもと)に沸(に)ゆる涙を濺(そそ)ぎつつ、蘆(あし)の枯葉の風に揉(もま)るるように身を顫(ふるわ)せり。宮も離れじと抱緊(いだきし)めて諸共(もろとも)に顫ひつつ、貫一が臂(ひぢ)を咬(か)みて咽(むせ)び泣きにけり。
 「嗚呼(あぁ)、私はどうしたらよからう! もし私が彼方(あっち)へ嫁(い)ったら、貫一さんはどうするの、それを聞かして下さいな」。木を裂く如く貫一は宮を突放して、「それじゃ断然(いよいよ)お前は嫁く気だね! これまでに僕が言っても聴いてくれんのだね。ちえぇ、膓(はらわた)の腐った女! 姦婦(かんぷ)※(感嘆符二つ、1-8-75)」。その声とともに貫一は脚(あし)を挙げて宮の弱腰をはたと※(「足へん+易」、第4水準2-89-38)(け)たり。地響きして横様(よこさま)に転(まろ)びしが、なかなか声をも立てず苦痛を忍びて、彼はそのまま砂の上に泣き伏したり。
 貫一は猛獣などを撃ちたるように、彼の身動も得為(えせ)ず弱々(よわよわ)と僵(たお)れたるを、なお憎さげに見遣(みや)りつつ、「宮、おのれ、おのれ姦婦、やい! 貴様のな、心変をしたばかりに間貫一の男一匹(いっぴき)はな、失望の極発狂して、大事の一生を誤って了うのだ。学問も何ももう廃(やめ)だ。この恨みの為に貫一は生きながら悪魔になって、貴様のような畜生の肉を啖(くら)って遣る覚悟だ。富山の令……令夫……令夫人! もう一生お目には掛らんから、その顔を挙げて、真人間で居る内の貫一の面(つら)を好く見ておかないかい。長々の御恩に預った翁(おじ)さん姨(おば)さんには一目会って段々の御礼を申上げなければ済まんのでありますけれど、仔細あって貫一はこのまま長の御暇(おいとま)を致しますから、随分お達者で御機嫌よろしう……さん、お前から好くそう言っておくれ、よ、もし貫一はどうしたとお訊(たづ)ねなすったら、あの大馬鹿者は一月十七日の晩に気が違って、熱海の浜辺から行方(ゆくえ)知れずになつて了ったと……」。
 宮はやにはに蹶起(はねお)きて、立たんとすれば脚の痛みに脆(もろ)くも倒れて効無(かいな)きを、漸(ようや)く這(は)い寄りて貫一の脚に縋(すが)り付き、声と涙とを争いて、「貫一さん、ま……ま……待って下さい。貴方これから何(ど)……何処(どこ)へ行くのよ」。貫一はさすがに驚けり、宮が衣(きぬ)の披(はだ)けて羞(はづかし)く露(あらわ)せる膝頭(ひざがしら)は、夥(おびただし)く血に染みて顫うなりき。「や、怪我(けが)をしたか」。寄らんとするを宮は支えて、「ええ、こんな事はかまわないから、貴方はどこへ行くのよ、話があるから今夜は一所に帰つて下さい、よう、貫一さん、後生だから」。「話があればここで聞こう」。「ここじゃ私は厭よ」。「ええ、何の話があるものか。さあここを放さないか」。「私は放さない」。「剛情張ると蹴飛(けとば)すぞ」。「蹴られてもよいわ」。貫一は力を極(きわ)めて振り断(ちぎ)れば、宮は無残に伏し転(まろ)びぬ。「貫一さん」。「貫一ははや幾間を急ぎ行(き)たり。宮は見るより必死と起上りて、脚の傷(いたみ)に幾度(いくたび)か仆(たお)れんとしつつも後を慕いて、「貫一さん、それじゃもう留めないから、もう一度、もう一度……私は言い遺(のこ)した事がある」。

 遂
に倒れし宮は再び
起(た)つべき力も失せて、唯声を頼みに彼の名を呼ぶのみ。漸(ようや)く朧(おぼろ)になれる貫一の影が一散に岡を登るが見えぬ。宮は身悶(もだえ)して猶(なお)呼び続けつ。やがてその黒き影の岡の頂(いただき)に立てるは、こなたを目戍(まも)れるならんと、宮は声の限りに呼べば、男の声も遙(はるか)に来りぬ。「(みぃ)さん!」。「あ、あ、あ、貫一さん!」。首を延べて※(「目+旬」、第3水準1-88-80)(みまわ)せども、目を※(「目+登」、第3水準1-88-91)(みは)りて眺むれども、声せし後(のち)は黒き影の掻き消す如く(う)せて、それかと思いし木立の寂しげに動かず、波は悲き音を寄せて、一月十七日の月は白く愁いぬ。宮は再び恋しき貫一の名を呼びたりき。[#改ページ]




(私論.私見)