中国共産党史その2、第一次国共合作考 |
「国共合作」とは、日本の明治維新の例に例えれば「薩長同盟」のようなものであり、そのスケールがもっと大きいものと考えれば良いように思われる。それは二度成立し、三度目の時には「国共雌雄対決」となり、中共が勝利する。 「第一次国共合作」とは、軍閥割拠の中で、元々ソ連との連携を保ちつつ対立していた国民党(創設者・孫文)と中共が1924年から27年に亘って成立させた同盟である。孫文死後、国民党の指導者となった蒋介石は反ソ親日的で、クーデターで共産党を弾圧した為協力関係が終わった。 「第二次国共合作」とは、1936.12月、東北軍を率いる張学良が蒋介石を監禁し、抗日体制確立のため共産党との内戦を停止するよう説得(西安事件)、蒋介石がこれを受け入れたため成立した。1937.7月、日中戦争勃発により実現した。 「第三次国共合作」とは、終戦後の1945.8月から10月にかけて当時の臨時首都だった重慶で、蒋介石と毛沢東がトップ会談し(重慶会談)、内戦回避や協力継続を再確認したが、翌年7月、内戦突入。内戦に破れた国民党は台湾に逃げ込み決着した。従って、「第三次国共合作」は史上幻のものとなっている。 2005.5.1日 れんだいこ拝 |
(私論.私見)