日の丸、君が代、元号、菊の御紋考 |
更新日/2020(平成31→5.1栄和改元/栄和2).4.12日
(れんだいこのショートメッセージ) |
ここで、「日の丸、君が代、元号、菊の御紋考」をものしておく。今はスケッチ段階であるが追々精緻にして行くことにする。
2015.9.26日再編集 れんだいこ拝 |
【日の丸、君が代、元号、菊の御紋考】 |
「書評/井上和彦著、撃墜王は生きている」で、れんだいこは、当時の陸海軍の精鋭パイロットや特攻隊の散華に対し、落涙し、激賞し、且つその死を惜しむと云う相で捉えた見解を発表した。しかしどうもそれが共感を生まない。これを無視しても良いのだが、その共感を呼ばない理由を崩さない限り、いつまでたっても平行線の感想戦になるので、ここは創価学会式釈伏を挑み、通じない相手の蒙を拓かそうと思う。 戦前の身命賭した精鋭パイロットや特攻隊の散華に共感を生まないのは何故なのか。れんだいこが見つめているのは、祖国民族主義、日本の場合にはその結実としての天皇制に対する壁である。それは、戦後教育来のものであり、更に云えば決して正しくなかった戦前の皇国史観に基づく天皇主義制来のものでもある。今ここで、これを正しい認識に戻す為の私論を発表し、共感を呼ばない連中の色眼鏡を外させようと思う。しかしそれはとても高度なことなので、いきなり言及するのは避け、こたびは「日の丸、君が代、元号、菊の御紋考」でお茶を濁そうと思う。これでさえ数名の者を目からうろこさせるであろう。 |
(私論.私見)