・左翼に食べられちゃつたもの | |
三島 | ところで、我々は左翼に対してごちそうを出しすぎていますよ。みんな食べられてしまう。我々が一生懸命作った料理を出すとみんな食べられちゃうんです。カラスが窓から入ってきてみんな食っちゃう。左翼に食べられたものは、第一がナショナリズム、第二が反資本主義、第三が反体制的行動だと思うんだ。この三つを取られると困ちゃうんだ。四つ目のごちそうはまだ取られていない。『天皇制ですね』。(略) それは丸薬なんです。苦い薬なんです。だからみんななかなか飲みたがらない。それで最後に丸薬だけ取ってあるんだ。この薬をカラスは食わないですよ。食えと言ったって食わないんだ。なぜかと言うとカラスは利口だからね。この薬を食ったらカラスが鳩になるかも知れない。大変なことになる。カラスがカラスで在りたい為には、それを食わんでしょう。だから僕は丸薬をじっと持っているんです。これは味方うちも、敵もなかなか飲みたがらない苦い薬です。どうでも、こうでも。(略) |
石原 | 三島さんのやうに天皇を座標軸として持っている日本人といふのは、とても少なくなつてきちやつたんぢやないかしら。 |
三島 | 君、さう思っているだろう。だけどこれから近代化がどんどん進んでポストインダストリアリゼーションの時代がくると、最終的にそこに戻つてくるよ。 |
石原 | 戻るのはいいけれど、天皇をだれにしようかといふことに成るんじやないかな。 |
つまり、『天皇』は、日本の風土が与えた多様的なものでしかないと言うことで、風土は変わらんですよ。我々の本質的な伝統と言うものは変わらないけれど。 | |
石原 | 『天皇』と言うものは伝統の本質じゃないもの、型でしょう?。 |
三島 | だけど君―。どうして無いなんて言うの、歴史研究したか。神話を研究したか? |
石原 |
しかし、歴史と言うものの皇続性がかわつて来ているじゃないですか。(略)日本にとって、いつも海を隔てた大陸からくるメッセ―ジと言うのは (略)・例えば仏教。それを慮過することで日本文化はできてきたんでしょう。政治の形態は、そんな文化造形の前からあったが、しかし、その規制――。(略)。仏教の影響を受けた。『天皇制』が文化の全てを規定したとは思えない。いずれにしても、日本の伝統の本質的な条件が造ったものの一つでしかないと思うな『天皇』は。 |
三島 | それはもう見解の相違で、どうしょうもないな。 つまり、僕は文化と言うものの中心が『天皇』と言うもので、『天皇』と言うものは文化をサポートして、あるいは文化の一つの体現だと言うふうに考えるんだから。(*それを守らなければ、日本と言う国は亡くなってしまうということ---?) |
三島 | いやいや、そんなことはない。明治維新にはそんなことを考へたんだ。たとへば伊藤博文も外国へ行く船の中で、共和制にしようかつて本気に考へたんだ。ところが日本へ帰ってきてまた考へなほしたんだね。竹内好なんかは君と違つて、もつとずつと先を見てるよ。コンピューター時代の天皇制といふものも本性を露呈するんぢやなからうか。いまは全く西洋と同じで均一化していますね。だけどこいつを十分取り入れ、取り入れ、ぎりぎりまで取り入れていつた先に、日本に何が残つているといふと天皇が出てくる。それを竹内好は非常におそれているんですよ。非常に洞察力があると思ひますね。 |
石原 | それはさうぢやアないな。竹内好のなかに前世代的心情と風土があるだけです。 |
三島 | その風土が天皇なんだよ。 |
石原 | さうじやない。それはただ時代と共に、それが変はってきているんだな。 |
三島 | ぼくは変はつてきているとは思はない。ぼくは日本人つてそんなに変はるとは思はない。 |
石原 | 僕のいふのは、つまり天皇は日本の風土が与へた他与的な者でしかないといふことで、風土は変はらんですよ。われわれの本質的な伝統というものは変はらないけど、天皇といふものは伝統の本質ぢや無いもの。形でせう。 |
三島 | だけど君、どうしてないなんていふの。歴史、研究したか。神話を研究したか。(ふん然と怒る) |
石原 | しかし歴史といふものの骨格が変はつてきているぢやないですか。日本の歴史の特異点は、日本にとつて、いつも海を隔てた大陸から来るメッセージといふものがある。しかしそれは必ずしも系統だつていない。たとえば仏教。それを濾過することで日本文化はできたんでせう。政治の形は、そんな文化造形の前からあつたが、しかしその規制は受けた。天皇制が文化のすべてを規制したことは絶対に無い。いづれにしても日本の伝統の本質条件が付くつたものの一つでしかないと思ふな、天皇は。 |
三島 | それはもう見解の相違で、どうしやうもないな。つまりぼくは文化といふものの中心が天皇といふもので、天皇といふものは文化をサポートして、あるひは文化の一つの体現だつたといふふうに考へるんだから。 |
石原 | 文化といふのは中心があるんですか。 |
三島 | 必ずあるんだ。君、リシュリューの時代、見てごらん。 |
石原 | いや、中心はあるけど、その中心といふのはあつちへ行ったり、こつちへ行つたりするんだなあ。 |
三島 | それぢやリシュリューの時代の古典文化、ルイ王朝の古典文化と居ふものは秩序ですよね。そして言語表現といふものは秩序ですよ。その秩序が、言語表現の最終的な基本が、日本では宮廷だつたんです。 |
石原 | だけど、その秩序は変はつたぢやないですか。 |
三島 | いくら変はつてもその言語表現の最終的な保証はそこにしかないんですよ。どんなに変はつても・・・・。 |
石原 | そこにしかないつてどこですか。 |
三島 | 皇室にしかないんですよ。ぼくは日本の文化といふものの一番の古典主義の絶頂は「古今和歌集」だといふ考へだ。これは普通の学者の通説と違ふんだけどね。ことばが完全に秩序立てられて、文化のエッセンスがそこにあるといふ考へなんです。あそこに日本語のエッセンスが全部できて居るんです。そこから一歩も出ようとしないでせう。一つも出てないですね。あとのどんな俗語を使はうが、現代語を使はうが、あれがことばの古典的な規範なんですよ。 |
石原 | 三島さん、変な質問をしますけど、日本では共和制はありえないですか。 |
三島 | ありえないって、さうさしてはいけないでしょ。あなたが共和制を主張したら、おれはあなたを殺す。 |
石原 | いや、そんなことを言はずに。(笑ひ)もうちよつと歩み寄つて。その丸薬、ぼくには飲めない。 |
三島 | けふは幸ひ、刀も持つている。(居合い抜きの稽古の帰りで、三島氏は真剣を持参していた) |
石原 | はぐらかさないで。つまり、日本にたとへば共和制がありえたとしたら、日本の風土とか伝統といふのはなくなりますか。 |
三島 | なくならないと言つたでしょ。伝統は共産主義になつてもなくならないと言つたぢやないですか。 |
石原 | それをつくつたもつと基本的な条件はなくなりませんか。 |
三島 | なくなります。 |
石原 | ぼくはさうは思わない。 |
三島 | 絶対なくなる。 |
石原 | それはもつと土俗的なもので、土俗的といふこともちよつと?雑物が多すぎるけれど、本質的なものはなくならないと思ひますね。ぼくは何も共和制を一度だつて考へたことはないですよ。 |
三島 | そりゃまあ命が惜しいだらうからさう言うだらうけど。 |
石原 | ぼくだつて飛び道具を持つているからな。 |
三島 | そこに持つていないだろ。 |
石原 | あなたみたいにナイフなんか持ち歩かない。 |
三島 | だけど文化は、代替可能なものを基盤にした文化といふのは、西洋だよ、あるひは中国だよ。日本はもう文化が代替可能でないといふことが日本文化の本質だ、といふふうにぼくは規定するんだ。だから共和制になつたら、代替といふものがポンと出てくる。代でかはるものだよ。共和制になつたら日本の文化はない。 |
石原 | つまりシステムといふのはほんとに仮象でしかないね。 |
三島 | 仮象でいいぢやないか。だつて君、政治が第一、みんな仮象であるといふこともよくわかつているんだろ。 |
石原 | ようくわかつていますよ。だけどやはりそのなかにぼくがいるんだもの。これは、僕は実象ですよ。 |
三島 | もう半分仮象になりかかつているぢやないか。 |
石原 | そんなことはないよ。(笑ひ)さういふ言いかかりはけしからんな。(笑ひ) |
三島 | いまのは訂正しませう。しかしぼくもいこじですからね、言ひだしたらきかないです。いつまでもぐわんばるつもりです。 |
石原 | 何をぐわんばるんですか。三種の神器ですか。 |
三島 | ええ、三種の神器です。ぼくは天皇といふものをパーソナルにつくつちやつたことが一番いけないと思分です。戦後の人間天皇制が一番いかんと思ふのは、みんなが天皇をパーソナルな存在にしちやつたからです。 |
石原 | さうです。昔みたいにちつとも神秘的ぢやないもの。 |
三島 | 天皇といふのはパーソナルぢやないんですよ。それを何か間違へていまの天皇はりつぱな方だから、おかげでもつて終戦が来たんだ、と、さういうふうにして人間天皇を形成してきた。そしてヴァイニングなんてあやしげなアメリカの欲求不満女を連れてきて、あとやつたことは毎週の週刊誌を見ては、宮内庁あたりが、まあ、今週も美智子様出てをられる、と喜んでいるような天皇制にしちやつたでせう。これは天皇をパーソナルにするといふことの、天皇制に体する反逆ですよ。逆臣だと思ふ。 |
石原 | ぼくもまったくさう思ふ。 |
三島 | それで天皇制の本質と居ふものがあやまられてしまつた。だから石原さんみたいな、つまり非常にむたくではあるけれども、天皇制反対論者をつくつちゃつた。 |
石原 | ぼくは反対ぢやない、幻滅したの。 |
三島 | 幻滅論者といふのは、つまりパーソナルにしちやつたから幻滅したんですよ。 |
石原 | でもぼくは天皇を最後に守るべきものと思つていないんでね。 |
三島 | 思つていなきやしやうがない。いまに目がさめるだらう。(笑ひ) |
石原 | いやいや。やはり真剣対飛び道具になるんぢやないかしら。(笑ひ)しかしぼくは少なくとも和室のなかだつたら、僕は??で、三島さんの居合いを防ぐ自信を持つたな。 |
三島 | やりませう。和室でね。でも、君とおれと二人死んだら、さぞ世間はせいせいするだらう。(笑ひ)喜ぶ人がいっぱいいる。早く死んぢやつた這うがいい。 |
石原 | 考へただけでも死ねないな。 |