三島由紀夫のヒットラー論

 (最新見直し2013.09.11日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
 ここで、「三島由紀夫のヒットラー論」を確認しておく。

 2013.08.31日 れんだいこ拝


 ヒトラーについて語る三島由紀夫
 「ところでね、彼がやったことは世界中の人が知ってる。だけど彼が本当は何者だったのか誰も知っちゃいない。 ナチの独裁者、第二次世界大戦の最大戦犯、アウシュビッツの虐殺者、悪魔...。これがいままでのヒトラーだけど、本当はそれどころじゃない。彼の本当の恐ろしさは別のところにある。それは彼がある途方もない秘密を知っていたことだ。人類が結局どうなるかっていう秘密だ。彼は未来を見通す目を持っていて、それを通じてその途方もない未来の秘密に到達しちゃった。だから五島君、もし君が10年後でも20年後でも、ヒトラーをやる機会があったら、そこのところをよく掘り下げてみることだ。もし君にいくらかでも追求能力があればとんでもないことが見つかるぜ。本当の人類の未来が見つかる。やつの見通していた世界の未来、地球と宇宙の未来、愛や死や生命の未来、生活や産業の未来、日本と日本の周辺の未来...。なにしろ『我が闘争』の中にさえ、やつは未来の日本や東アジアのことをずばり見通して書いているくらいだから。まだ30代かそこらで、やつはそれは鋭い洞察力を持っていたことになる」。

 「わが友ヒットラー」は、三島由紀夫の戯曲。「サド侯爵夫人」と対をなす作品として構想された。1968(昭和43)年、文芸雑誌「文學界」12月号に掲載され、同年12.5日に新潮社から単行本刊行された。初演は翌年の1969(昭和44).1.18日、劇団浪曼劇場第1回公演として紀伊國屋ホールで上演(作・三島由紀夫、演出・倉迫康史)。現在まで数ヶ国の言語に訳され上演され続けている。

 あらすじは次の通り。登場人物は、アドルフ・ヒトラー、エルンスト・レーム、シュトラッサー、グスタフ・クルップの実在人物の男性4人。.四人の男たちの思惑がさまざまに入り乱れる舞台劇となっている。三島は、ナチス党内で実際に起きた粛清事件「長いナイフの夜」を下敷きにヒットラーの政権物語を描いている。ベルリンの首相官邸では政権を得たばかりのヒットラーが、青春時代の革命の同志であったレーム、シュトラッサーとそれぞれ会談を持つ。かつての思い出を語りながら、ヒットラーは彼らを切り捨て、独裁への道へと踏み出す。突撃隊幕僚長・レームはあくまでヒトラーを友と信じる右翼軍人。社会主義者・シュトラッサーは教条的なナチス左派。鉄鋼会社社長・クルップはヒトラーにうまく取り入る死の商人として描かれている。

 第1幕。時は1934.6月。舞台はベルリン首相官邸の大広間。奥にバルコニーがある。前年に政権を獲得し首相となったナチス党党首・ヒットラーが聴衆を前に演説している。官邸に呼ばれた突撃隊幕僚長・レームとシュトラッサー、そして鉄鋼会社社長・クルップはそれぞれの思惑で演説の終わったヒットラーと対話する。

 第2幕。 翌朝。ベルリン首相官邸の大広間。朝食後、ヒットラーは、レームに、現大統領が死んで自分が大統領になるまで間、病気を装い長い休暇をとるように勧める。それは突撃隊活動の停止を意味している。今や正規軍を指揮する立場にあるヒットラーは、ナチスの私兵の処分を考えていた。そうとは知らないレームはヒットラーに厚い友情を抱き、「どんな時代になろうと、権力のもっとも深い実質は若者の筋肉だ。それを忘れるな。少なくともそれをお前のためにだけ保持し、お前のためにだけ使おうとしている一人の友のいることを忘れるな」と言い、その命令に同意して去る。レームとの会話を盗み聞きし、ヒットラーの意図に気づいたクルップが現れ、君の暗い額にひらめいたのは「嵐の兆そのものだった」と褒め、ヒットラーを持ち上げる。昨夜からヒットラーの心中を感づいていたシュトラッサーはレームに、二人で逆にヒットラー抜きの政権を目指す策略案を提案する。そうしないと我々はヒットラーに殺されると言う。激しい会話の応酬が交わされるが、あくまでレームは、ヒットラーを裏切るような行動に加担できないと言い、聞き入れない。

 第3幕。6.30日夜半。ベルリン首相官邸の大広間。レームとシュトラッサーを「長いナイフの夜」で粛清した後の眠れぬ夜、ヒットラーはクルップを呼び出す。互いに粛清を正当化しつつ、クルップが、「(椅子にゆったりと掛けて)そうだな。今やわれわれは安心して君にすべてを託することができる。アドルフ、よくやったよ。君は左を斬り、返す刀で右を斬ったのだ」と言い、ヒットラーが、「(舞台中央へ進み出て)そうです、政治は中道を行かなければなりません」と答える台詞で幕引きを迎える。

 解説は次の通り。ヒトラーが所属したナチス党は、当初は彼が党首ではなかった。またナチス党とは「国家社会主義ドイツ労働者党」の略で、この字面からわかる通り社会主義の側面を持っていた。他方でプロレタリアート独裁を党是とする共産主義を敵視し暴力で対峙していた。1934年、ナチス党は国民から大きな支持を得て国会でも第一党となりヒトラーはドイツの首相になり着々と独裁体制を固めつつあった。だが、その上の大統領にはなれないでいた。大統領になるためには、資本家やプロイセンの貴族たちからの支持が必要だった。資本家やプロイセンの貴族たちはヒットラー支持の見返りに右寄り(暴力主義)のナチス、左寄り(社会主義)のナチスからの脱却をヒトラーに求める。

 レームとシュトラッサーの悲劇が待ち受けていた。レームは闘争初期に於いてはヒットラーと盟友であったが、大統領目前のヒットラーには非正規軍の突撃隊がもはや邪魔者であった。レームは突撃隊を国軍に編入して、国軍の中核にするのが望みであった。しかし国軍を上回る軍隊に発展した突撃隊の中には、民衆に傍若無人の振る舞いをする者も現れヒットラーの評判を落とすのに一役買った。ヒットラーは突撃隊を庇ってきたが、もはや限界に来ていた。レームの理想の軍隊は、「生きた軍隊、若く、荒々しく、何ものをも怖れず、牛飲馬食、気分次第で商店の飾窓を蹴破りもすれば、虐げられた人々の味方に立って血も流す、本当の義侠義血のあばれ者の軍隊で勲章のかげで太い腹を波打たせて昼寝をしている、様子ぶったドイツ国軍の軍人」を嫌悪していた。突撃隊はノスタルジアの軍隊であった。〈三百万の兵隊は立派に政治的な集団と云えるかね。かれらの生き甲斐はなつかしい「兵隊ごっこ」にあるとは言えないかね。エルンスト。〉

 シュトラッサーもある時点まではヒットラーと同じ道を歩むが、さらなる国家社会主義を目指す。ここにきてヒットラーと亀裂を生じる。ヒットラーに幻滅したシュトラッサーはレームに革命プランを打ち明ける。〈今、即刻、君と私がしっかり手を握って、君の突撃隊の武力で、ヒットラーを国民社会主義党から追い出して、君自身が党首になるのだ。シュライヒャーはフォン・ブロンベルクを説き、ヒットラーを離れた君と和解させる。プロシア国軍が怖れているのは、実は君とヒットラーの結びつきなのだ。そして私は社会主義政策を、君の武力を後楯にして着々と実行し、フォン・パーペンを暫定的に大統領に立て、私は首相に、君は国軍の総司令官に任命される。金は心配がない。今ここで君と俺が手を握れば、その瞬間から金はもう心配がない〉 金が心配ないは、クルップが寝返りを期待してのことである。だがレームは聞き入れない。彼はどこまでもヒットラーを刎頚の友として信じていた。だが、シュトラッサーは今、ヒットラーを追い出さなければ二人とも消されるのを予感していた。レームは一蹴する。〈人間の信頼だよ。友愛、同志愛、戦友愛、それらもろもろの気高い男らしい神々の特質だ。現実を成立たたせる根本のところでつながっているんだ。おそらくあんたの卑しい頭ではわかるまい〉。悩んだ末にヒトラーが「長いナイフの夜」事件を決意する。そして親友である突撃隊の指揮者レームや、党内社会主義者のシュトラッサーらを一晩で粛正する。続いて党外の政敵も一気に一網打尽にする。その数は数百人にも及んだとされる。
 

 ヒットラーと突撃隊SAの幕僚長レーム。この2人の関係がおもしろい。

レーム  1921年11月、ホフブロイハウスの集会で、われわれ突撃隊が赤をやっつけたときは愉快だったなあ。赤のやつらその旗の色で、そのふやけた真蒼な顔を塗りたくる羽目になったのだ。
ヒットラー  そしてあの長靴の一件さ。アドルスト鼠の一件さ。
レーム   そうだ、長靴だ、思い出した。あのとき乱闘から引き上げて、ふと気がつくと、俺の体は何ともなくて、身代りに俺の長靴が剥がれて口をあいていた。
ヒットラー

 爪先に大きな穴があき、靴底が剥がれて口をあいていた。

レーム 俺は早速靴直しに出そうとした。すると、アドルフ、お前が反対した。

ヒットラー  何と云っても戦跡をとどめた突撃隊幕僚長の長靴ほど、われわれの神話的な闘争を記念し、隊員の士気を鼓舞するものはないと信じたからだ。そこでお前は長靴を新調し、俺は事務所の棚の上へ、恭しく磨き上げてその長靴の片方を飾った。
レーム   あれにチーズなんぞを入れた奴は誰だろう。
ヒットラー  さあ、今以て犯人はわからない。これもきっとユダヤ人にちがいない。
レーム  チーズを入れた奴がある。そこで後、俺がお前の事務所に訪ねたら、静かな事務所のどこかに怪しげなカリカリする音がしていた。そこで俺が長靴の穴から鼻を突き出した一匹の鼠を発見したというわけだ。
ヒットラー  お前は怒って鼠を殺そうとした。
レーム  それを止めたのはお前だった。
ヒットラー  そうだ、チーズの件はともあれ、お前の歴史的な長靴にすべり込んだ勇敢な鼠が、俺には何だか縁起のいいものに思われたんだな。
レーム  それから毎晩、お前がチーズを補給するようになったんだな。
ヒットラー  鼠はだんだん馴れてきた。俺とお前が2人きりで長い夜話をしていると、必ず鼠があらわれて、おそれげもなく近づいてくるようになった。そこで名前をつけてやる必要が生じた。
レーム  ある晩行くと鼠が出てきた。首に緑いろのリボンをけていた。見ると、エルンストと書いてある。俺は烈火のごとく怒ったね。(両人顔を見合せて笑う)しかしその場はそしらぬふりをして、あくる晩になって今度はお前が......
ヒットラー  今度は俺が怒ったわけだ。なにしろ、鼠が赤いリボンを首に結んでいて、それにアドルフと書いてあるんだからね。(両人笑う)俺たちはつかみ合いの喧嘩をした。10年前まで、......そうだ、あのころまで、俺たちは兵営士気の、カラッとした、とっくみ合いの喧嘩をするほど若かったのだ。......もちろん腕力ではお前にかなう筈もない。とどのつまりは、俺が妥協案を持ち出した。......そしてその晩以後、鼠は白いリボンを首につけるようになり、鼠はその名をアドルストと呼ばれることになったんだな。しかし、もうヒットラーのたどりついた場所は、こういった人間関係の延長でなにかをできる場所ではなかったのだ。
ヒットラー  冗談ではないぞ、エルンスト。事態はもう来るところまで来たんだ。俺は国防相フォン・ブロンベルクからこんな声明書をつきつけられた。これは軍部の総意と見ていいし、プロシヤ国軍の伝統が、ここへ来て大声で叫んでいると見ていいものだ。
レーム   「総理大臣アドルフ・ヒットラー閣下には、政府自体の力を以てこの政治的緊張を即座に緩和するか、もしくは大統領に戒厳令発布を奏請して陸軍に権限を移譲するか......」。
ヒットラー  その二つに一つを選べと言って来たのだ。
レーム  二つに一つを......。
ヒットラー  そうだ。それも即刻......。
レーム  これはおどしだ。恐喝だ。軍にこんな度胸が......。
レーム  何があやふやなものか。人間だから、時には動揺もしよう。心変りもしよう。しかし余人はいざ知らず、アドルフは俺の友達なのだ。

 三島由紀夫の弁によると、「レーム大尉は、歴史上の彼自身よりも、さらに愚直、さらに純粋な、永久革命論者に仕立ててある。この悲劇に、西郷隆盛と大久保利通の関係を類推して読んでもらつてもよい」という。







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