連載「認知症と生きる」第2章は「家族の思い」を取り上げた。「認知症の人と家族の会」顧問の早川一光さん(87)=京都市=は、同会の前身で1980年に京都で結成された「呆[ぼ]け老人をかかえる家族の会」の設立に尽力、医師の立場で活動を支え続けている。早川さんに認知症への理解と家族支援の重要性を聞いた。(小多崇)
−認知症に関わるきっかけは。
「私は外科医で、精神疾患は専門ではない。35年ほど前、往診を頼まれて行ってみると、家の2階に鍵が三つ付いた部屋があった。中には80歳を超え、寝間着姿の女性が汚物を垂れ流し、床に座っていた。そのような患者を診る機会がなかった私は衝撃を受け、高齢化が大きな社会問題になるだろうと予感した」
−その経験から家族支援に向かったのはなぜですか。
「当時の家族は認知症を恥と考え、隠して、親戚にも知らせないのが当たり前だった。ところが『高齢者何でも相談会』を幅広い分野でやってみると、一番相談が多いのが認知症に関してだった。隠したまま苦しんでいる家族に接し、みんなで語り合う場が必要ではないかと考えた」
「初めて開いた家族会で泣きながら語り、帰る時には笑顔になっている人を見て、やっぱり家族同士は分かり合えると確信した。参加者がホッとした気持ちになれたのは、悩み、苦しんでいるのは自分だけではない、という思いだった」
−会について「あくまで家族が主体」と強調する理由は何ですか。
「病気としての認知症に関する相談は医師や看護師らを頼っていいし、上手な介護技術を学ぶ場は別にあればいい。家族の会は、互いの話をじっくり聞く場。そして聞いた後も、その人を見つめ続け、フォローしていくところだ。経験した家族だからこそ理解し、同じ悩みの人を放ってはおけない」
−認知症をめぐる家族の姿を取材すると、それまでの人生や家族・人間関係がいろいろな面で浮かび上がってきます。
「人の死にざまは、生きざまがつくる。認知症と向き合う中で、結束する家族もあれば、バラバラになる家族もあり、同じ家族は一つもない。認知症と向き合うことは結局、人間としてどう生きるか、どうやって一人一人の命を大切にするかということ。命をテーマとした人生勉強だ。都市部だけでなく多くの地域で家族の会を設け、語り合ってほしい」
●県、電話相談を強化 家族会設立も推進
認知症の悩みを抱えながら、「どこに相談したらよいか分からない」と訴える家族は多い。窓口の一つが、県が「認知症の人と家族の会」県支部に委託する県認知症ほっとコール(県認知症コールセンター)。県は電話相談や家族支援を充実しようと本年度、強化事業に乗り出している。
電話相談が中心のコールセンターは2009年7月スタート。原則として水曜日を除く毎日午前9時〜午後6時、相談に応じている。月平均の相談件数は09年度42件、10年度44件だったが、11年度は7月末までに275件、月平均69件を受け付けた。
相談対応は、同会所属の介護家族が主に担当。県長寿社会局は強化策として、認知症に詳しい保健師らを本年度から専門相談員やアドバイザーとして配置した。
合わせて力を入れるのが、家族会の設立・運営の支援だ。同局認知症対策・地域ケア推進課によると、県内には地域包括支援センターなどが主体となった家族会や病院の患者家族会があるが、「全体の数や活動状況は把握できていないのが現状」という。実際には家族同士が交流できる機会がない地域があることから、コールセンターによる各市町村への家族会設置の働き掛けを始めた。
同課は「家族会の設立支援を進めるほか、参加しにくい人のためにも電話相談できるコールセンターをさらに周知する必要がある」と話している。
◇県認知症ほっとコールTEL096(355)1755。(熊本日日新聞 2011年9月10日朝刊掲載)