和気 |
更新日/2016.9.1日
(れんだいこのショートメッセージ) |
ここで、和気氏について確認しておく。 2016.9.1日 れんだいこ拝 |
【和気氏考】 |
和気氏。垂仁天皇の皇子、鐸石別命(ヌテシワケ)を出として、金属に関連している。播磨国風土記に、讃容郡の項に、「別部の犬」が鉄を発見したとある。この「別部」が和気氏の部民と考えられる。和気氏は鉄に関わる一族であった可能性が強い。 和気清麻呂(733-799年)を輩出している。和気清麻呂を祀る和気神社は、狛犬の代わりに猪の像を据えている。和気氏と猪に関して、日本後記の道鏡事件がある。道鏡は、称徳天皇の寵愛を受け、天皇の座を狙っていた。九州の宇佐八幡宮のお告げ「道鏡が皇位につけば天下泰平となろう」のお告げの真偽を確認する為に、和気清麻呂が使者として送り込まれた。和気清麻呂は、それが嘘であると報告した。道鏡が怒り、清麻呂を大隅国に追放した。配流されることになった清麻呂は足が不自由になり、神輿で移動した。途中、清麻呂が宇佐八幡宮に参ろうと宇佐の地に参ると、300もの猪が現れた。清麻呂を囲むように道の両端に先駆けとして十里ほど案内し、山中に去って行った。参拝の日、清麻呂は自分で歩けるようになった。その後、称徳天皇が崩御すると道鏡の権勢がなくなり、清麻呂は召還され、桓武天皇の下で活躍した。 日本神話に猪が登場する例。古代、猪は山の神、あるいは山の神の使いのように考えられていた。古事記。伯キ国の手間の山で、兄弟の神々が大穴牟遅(オオナムチ)に、山にいる赤い猪を捕らえるよう命じた。兄弟の神々は、火で焼いた岩を転がし、大穴牟遅(オオナムチ)神はそれを赤い猪だと思い、受け止めて命を落とした。倭健命(ヤマトタケル)が伊吹山の神を殺しに向かう途中、牛ほどの白い猪に遭難。倭健命(ヤマトタケル)は猪を見て、下山した折に退治しようと思った。その後、伊吹山の神の祟りか、倭健命(ヤマトタケル)は体力が消耗して患ってしまつた。 |
(私論.私見)