ひふみ(一二三)の教え

 更新日/2020(平成31→5.1栄和改元/栄和2).6.12日

 (れんだいこのショートメッセージ)
 昔からの数え歌の「ひふみよいむなやこと」を解析する。思いのほか深い哲理を思うからである。いずれも知って損の無い否むしろその理法に耳を傾けるべきと思うからである。

 2004.12.24日 れんだいこ拝


【「一二三の理」】
 古神道では、言葉は言霊である。「こと」とは「息」の古語であり、「ば」は口を開けた状態を指している。これにより「息の発露」が言葉の原義となる。そこに魂、霊が宿っているとしており、言葉が言霊となる。万葉集の中で、歌人の柿本人麻呂が次のように詠っている。
 「志貴嶋(しきしま、敷島)の倭(わ、やまと)の国は、事霊(ことだま、言霊)の佐(たす)くる国ぞ、真福(まさき)く在りこそ」。

 「ひふみよいむなやこと」は「天の数歌」、「ひふみ神歌」、「ひふみの数霊祝詞」とも呼ばれる。

【「一の理」】
 「一」は、霊叉は日、火を意味しており、全てのものの始まり、全てがこれより生ずと云う根源の意味を持つ。

 「一がちゃんと支えられている時、世の中は平和で全ての人類は幸福だ。一を支えるためには三本の脚が大切で、その長さは同じでなければ、傾いたり、ひつくり返ってしまう。その三本の脚とは、政治、経済、宗教だ。この三本の脚が揃ってしつかりしていさえすれば国は栄える」(天台座主・山田恵諦師の言葉)。

【「二の理」】
 「二」は、風、増えるの意味であり、一の対となる。全ての根源である霊が陰と陽の二つに分かれる理合いを表わしている。夫婦の意味を持つ。

【「三の理」】
 「三」は、水、身、実を意味しており、二以上のたくさんのという意味を持つ。

【「四の理」】
 「四」は、世を意味しており、四方八方の広がり、充満に繋がる。

【「五の理」】
 「五」は、命、息を意味しており、三とは叉別のたくさんのという意味を持つ。手指、足指が5本の理とも関係する。

【「六の理」】
 「六」は、産(むす)び、結びの意であり、命が発展していくさまを表わす。

【「七の理」】
 「七」は、成る、鳴るの意であり、三、五とは叉違うたくさんのという意味を持つ。七宝、七賢、七福神に使われる等聖なる数としても使われる。人の寿命の節として使われる。その最初が「七五三」、7の倍の14が元服、3倍の21が成人、4倍の28が厄、5倍の35が女厄、6倍の42が男厄、7倍の49が厄、8倍の56、9倍の63、10倍の70.11倍の77、12倍の84、13倍の91、14倍の98。15倍の105、16倍の112まで続く。

【「八の理」】
 「八」は、弥栄の意であり、発展、前進、末広がりの意味を持つ。

【「九の理」】
 「九」は、凝る、窮極の意味を持つ。

 実践的弁証法
 窮鼠猫を噛む(諺)。窮すれば通ず。窮通の理。艱難汝を玉に成す。窮すれば、即ち乱するものは、小人である。達人は窮しても通ず。生を必して戦うものは死し、死を必して戦うものは生く。背水の陣。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。活路。血路。捨て身。体当たり戦法。貧すれば貪(鈍)す。弱り目に祟り目。九死一生。百尺竿頭に立つ。七転び八起き。「死なんと戦えば生きるもの也。生きんと戦えば、死ぬるものなり」。背水の陣。大死一番。
 窮寇は迫るなかれ。死地に陥れて、而してのち生行く。死地には即ち戦え(孫子の兵法)。

 窮の語彙は、穴の中に身を入れ、屈して弓なりになっている様。弓は弾力を意味する。窮力は弾力である。窮は、究に通ずる。究とは、穴の中に身を窮して九となるを究と云う。窮中の究は、穴の中の九、穴の中の九は、糾合力究明力である。窮身は、一転して通身になり揚棄される。窮通しようと欲するものは、窮に向って弓を射ることが肝要である。窮に向って大いに弓を射るは、窮を射破る所以、窮を夷(たい)らげる所以である。夷は、大いに弓を射るの義である。(夷の字を分解すれば、大弓である)

 人は気力、迫力、弾力が無ければならぬ。屈するが為に屈するのではなく、伸びるために屈する。空気が然り。空気を圧縮すれば驚くべき力を発する。圧縮するは窮迫せしめるのである。

 九が通じて十(トオ)になる。十は十全の意である。身はミ、三である。三々五々、ばらばらの力が窮して九(キュウ)となる。三々が九は、糾合であり、求心である。山河

【「十の理」】
 「十」は、止の意味であり、十全の意味を持つ。

【「百、千、万の理」】
 「百」はモモ、「千」はチ、「万」はヨロヅ。

【十種神宝(とくさのかんだから)の「とほかみえみため」の教え】
 十種神宝(とくさのかんだから)の「とほかみえみため」の教え。
 日本語の1音1音に秘められた地球言語。 歴代の天皇が唯一唱えたということだまである「とほかみえみため」。古来から日本人は、「言葉には魂が宿る」と考えてきた。『言葉には現実を創造する力がある』ということを自覚し、世界中のどの民族より言葉を大切にしてきた。古来2000年以上に渡り歴代の天皇に一子相伝で連綿と受け継がれた、現実を創造する言霊の最終技法。






(私論.私見)