ロッキード事件の見方その7、元田中角栄弁護人・木村喜助かく語りき

 更新日/2017.4.10日

 (れんだいこのショートメッセージ)
 ここで、「ロッキード事件の見方その7、元田中角栄弁護人・木村喜助かく語りきをものしておく。

 2017.4.10日 れんだいこ拝


 2000.9.30日、木村喜助の自費出版として構想されていた著作「田中角栄の真実―弁護人から見たロッキード事件」(弘文堂、2000.9.30日初版)が出版された。

 目次は次の通り。
 1 ロッキード事件の概要/ 2 田中前総理との出会い/ 3 ロッキード事件と刑事訴訟法/ 4 開示記録の問題点/ 5 ロッキード裁判とマスコミ・世論/ 6 裁判の争点とその真実/ 7 五億円の授受は本当にあったのか/ 8 田中角栄無罪論

 「BOOK」データベースは次のように詳解している。

 ロッキード事件で田中元総理と榎本敏夫元秘書官の弁護人として、最初から最後まで関与した著者が、弁護人からみたロッキード事件というものを振り返り、田中元総理の人柄の一端を述べた。マスコミが喧伝したような明々白々とした事件ではなく、一、二審で有罪判決は出たものの田中は無罪であり、百歩譲っても限りなく不透明な事件で有罪にはできない事件であることを明らかにしている。

 「MARC」データベースは次のように詳解している。

 田中角栄は世上言われているような、金権政治家ではない。ロッキード事件で第1審から最高裁まで田中角栄・榎本敏夫両被告人の弁護を担当した男性が語る真実とは一体何か。

 著者の木村氏は「はじめに」で次のように書いている。
 ロッキード事件は田中元総理大臣の金権イメージを定着させるものになってしまった。しかし、本書をお読みいただき、この事件が極めてあいまいであり、有罪判決が下されるような証拠はないということ、そして、田中元総理は知・情・意を兼ね備え、日本が決して失うべきではなかった大政治家であったということをおわかりいただけると幸甚である。

 【著者紹介】

 木村喜助(きむら きすけ)
 
 1928(昭和3)年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。検察官を経て、’67(昭和42)年に弁護士となる。ロッキード事件では第1審から最高裁まで田中角栄・榎本敏夫被告人の弁護を担当。

 「田中元総理は無罪であった。田中元総理が有罪となるような公正かつ厳然たる証拠はなかった。検察官が冒頭陳述や論告において主張した『総理の犯罪』の筋書きは、密室で無理に作られた検事調書を中心とした不自然極まりないものであった。どのような不自然な筋書きでも、それが真実であれば、なるほどと腑に落ちるものがある。しかし、ロッキード事件は、不自然な部分は不自然なまま腑に落ちず、さまざまなこじつけで辻つまを合わせたものに過ぎない。裁判所はそのような検察の主張を鵜呑みにしたのである。証拠の取捨選択やその価値判断、事実認定の論理の進め方、被告人に有利な証拠の排斥の仕方、さらには嘱託尋問や内閣総理大臣の職務権限についての法律問題のとらえ方、ほとんどすべてがマスコミや検察の論理そのもの、あるいはそれ以上のものであった。すなわち刑事裁判の基本となるべき、主尋問・反対尋問を十分に行った公判証言が軽んじられ、後記のように検事調書が不当に重視された。特に重要な証拠である嘱託尋問調書に関しては、法定手続の保障(憲法三一条)、被告人の反対尋問権の保障(憲法三七条)等において裁判所は慎重な配慮をしたとは到底いえないのである」。

 2002.2月、木村喜助著作「田中角栄の真実―弁護人から見たロッキード事件」(弘文堂、2000.9.30日初版)が出版された。

 目次は次の通り。

 田中元総理の真実
 戦後最大の刑事事件―「ロッキード事件」
 違法な嘱託尋問の請求
 被疑者の逮捕
 過熱するマスコミ報道
 田中前総理ら逮捕の誤り
 田中前総理と榎本前秘書官の起訴
 田中元総理、総選挙で大量得票
 公判の開始―田中元総理は全面否認した
 動機の不存在―全日空のトライスター選定に不自然さはない〔ほか〕






(私論.私見)