翻訳者より
フラウィアン・ブレーニエの著書の訳本を読者に提供するに当って、余はユダヤ人問題に興味を有する諸君に一応著者を紹介する義務がある。尤も現代に於て、この問題に興味を有しない者は恐らく多くはなかろう。この問題は、これを如何なる角度から視てもその重大性を否む事はできない。世界のあらゆる国家に普及しつつあるユダヤ排斥の傾向は安定性を失った世界の情勢に最も深刻な脅威を与えている。今や誰もがユダヤ問題を話題に上している。そして誰もがこれを種々に論議している。しかし、この問題の本質は何であるか、かくまで皆から嫌悪されているユダヤ人は、そもそも何者であるかを知っている者は多くなからう。惟うに、ユダヤ人をしらんとせば、先づ概要なりともその歴史とその世界とを知らねばならぬ。そしてこの要求を充たし得るものは本書である。本書はバビロン幽囚以後に於けるユダヤ人の歴史の本質を最も正確なる資料によって簡潔に叙説し、且つユダヤ人の世界観の本質を、そのバイブル読書に基いて概論している。翻訳文を、余は、1919年にボリシェヴィキの為に悶死せしめられたるレフ・リウォウィチ・キスロフスキー氏の、輝かしき記念にささぐ。伯爵 デ・グラッベ
発行者より
余の敬愛する親友、故ドウミトリィ・ミハイウィチ・グラッペ伯の翻訳にかかる、ユダヤの『タルムード』の好著を発行するに当り、余は深き痛恨を禁じ得ざるものである。国家多事にして而かも人材の乏しい我らの時代に際し、ドゥミドリィ・ミハイロウィチの如き人物の逝去せしことは、特に余らをして悲痛な哀惜を感ぜしめるものである。何ごとにも極めて敏感で、推進力の鋭敏であった伯は、マッソン結社とユダヤ人の危険を直ちに看破して、その生涯の最終数年を、この怖るべき妖禍に対する抗戦に貢献したのである。余は、伯の崇高なる文化的工作を継続する機会に恵まれたことを欣幸(きんこう)とするものである。公爵 エム・ゴルチャコフ