「コーシャ認証」という加工食品に対するユダヤ教の認可がある。この認証を日本でも徐々に取得する動きが広がっている。「コーシャ認証」のルールと日本の加工食品が取得する意義について、解説する。(イスラエル国立ヘブライ大学大学院・総合商社休職中社員 徳永勇樹) |
ユダヤ教の高僧(ラビ)が審査するコーシャ認証 |
「ハロウィン仮装の人らが来はりますけど、気にせんとってください」。ユダヤ教の高僧(ラビ)を畑に招くにあたり、オーナーは「(ラビの方々には)失礼かな?」と思いつつも、あえて近所の人々の「戸惑い」を防ぐために、そう説明したという。確かに、日本人にとって「郷愁の景色」ともいえる茶畑にあって、2つの黒い山高帽は異彩を放っていた。 |
2020年10月末、京都府の茶園で行われていたのは、コーシャ認証取得の実地検査である。コーシャ認証とは、ユダヤ教の食事規定に従った加工食品に与えられる宗教上の認可だ。イスラエルの大学院でコーシャ認証をテーマに修士論文執筆中の筆者は、ラビの厚意もあって審査の場に居合わせることができた。おもむろに生の茶葉をほおばったラビの物思いの横顔と、オーナーの緊張した面持ちの間に私は立っていた。以前に執筆した『日本酒メーカーが「ユダヤ教の食品認証」を相次ぎ取得する理由、獺祭に南部美人も』では、具体的にコーシャ認証を取得した日本酒メーカーを取材したが、今回は、コーシャそのものについて深掘りしたいと思う。コーシャには主に3つのルールがある。具体的には下記のようなものだ。 |
(1)禁じられた動物を食べてはならない。
(2)肉と乳製品を一緒にしてはならない。同時に食べてはならず、食器や調理用具も肉用と乳製品用に分ける。
(3)肉はコーシャ処理(ラビが自らユダヤ教の宗教規定に従って食肉処理・解体する)をしなければならない。禁じられた動物とは、肉であれば、牛、羊、ヤギ、鶏、七面鳥以外の肉類(豚やイノシシも禁止)、魚はイカ、タコ、カニ、エビ、サメ、貝類などウロコのない魚、他にも昆虫が該当する。この他にもさまざまなルールが存在するが、それは次の機会に譲る。 |
「緑茶」の認証過程とは? 筆者が同行した例
上に書いたコーシャの定義は、一見、肉や魚に関するルールばかりで、お茶などの植物や野菜には関係ないと思われるかもしれないが、決してそうではない。ここで、筆者が実際に同行した抹茶を例に認証取得過程について記載したいと思う。なお、ここで紹介するのは、あくまでも訪問した企業の製造過程であり、あくまでも一例であることをお断りしておきたい。
1.茶葉の収穫
2.蒸熱(蒸機で生茶葉を蒸し酸化発酵をとめる)
3.撹拌(かくはん)・冷却(巨大な扇風機で茶葉を冷却する)
4.荒乾燥・本乾燥(茶葉の急速乾燥と緩慢乾燥を繰り返す)
5.選別(つる切りで茶葉の葉部と茎部を分ける)
6.再乾燥・選別(もう一度乾燥させ、さらに細かく葉部と茎部を風力で分離させる)
7.石臼挽き(茶を石臼でひいて抹茶を作る)
8.ふるい(抹茶をふるいにかけ、異物を除去する)
9.個包装(製品を個別に包装する)
そのうち、ラビが語った抹茶のコーシャ認証のためのポイントは次の4点だ。
1.ダニ・害虫の除去の徹底(虫を摂取することは宗教上禁じられているため)
2.工場設備・周辺環境の審査(衛生管理のみならず周囲の工場等の確認)
3.畑から加工場までの輸送体制の審査(異物混入を防ぐため)
4.パッケージの材質・工程における異物混入回避の徹底
虫の混入はコーシャの定義上で禁止されているが、ラビによっては化学物質の混入にも気を配る。ユダヤ教が「人を大事にする宗教」である以上、仮に禁止動物でなくとも、人間の健康に害をもたらす製品を社会に流通させるわけにはいかない。ラビが自らの足で畑や工場に出向くのにも、相応の理由があるのだ。今回訪問した茶園では、茶葉収穫から包装まで全て半径1キロメートル以内で完結していたため、比較的容易に認証を取得することができた。仮に複数の茶園の茶をブレンドさせる場合、その全ての茶園を訪問する必要があるため、当然認証のハードルが上がってしまう。
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コーシャ認証という絶対的な権威 その正統性と厳格さ
コーシャ認証が持つ影響力の源泉は、審査の厳格さにある。審査を担うラビは青少年期を通じてユダヤ教の教典を学び、専門の試験を通過した宗教エリートだ。ラビという言葉もヘブライ語で「わが師」を意味し、ユダヤの範として教えを体現し続けることを誇りとしている。ユダヤ教3300年の歴史を背負う存在として絶対的な権威を持つ存在なのである。中には、2700ページを超えるタルムード(ユダヤ教の聖典)を全て暗記している人もいるという。こうした権威あるラビが製造現場を直接訪問してコーシャを満たすかどうかを自分の目で確認している。このラビたちは食品としてのコーシャのみならず、調理器具や食器にまで神経を尖らせる。日本人家庭の台所では、エビや豚肉の調理は一般的だが、その時点で厳格なユダヤ教徒は、シンクが「穢(けが)れている」とみなし、台所に近寄ろうともしない。視察中にこんなことが起きた。茶園の客間で出された緑茶にラビたちは決して手をつけようとしない。「まだコーシャ認証が取れていない」というのが理由に思えるが、それだけではない。湯飲みや急須の洗浄方法などを確認しなければ、せっかく出されたお茶であっても飲めないのである。ラビは失礼をわび、香りだけをかいでいたが、このような「徹底した厳格性」がコーシャの正統性を担保しているともいえる。 |
コーシャ認証の今後 日本製品の輸出にも有効
コーシャ認証は、安全性・信頼性を作るブランド力になるのみならず、日本を悩ませる「ある問題への対抗策」になると期待されている。それは、近年増加する日本製コピー商品の問題だ。例えば、本来京都・奈良・滋賀・三重の4府県産のお茶しか宇治茶を名乗ってはならないが、中国で無断栽培され、世界中で販売されているという報道もある。茶園関係者は「Made
in Chinaの宇治茶が登場しつつあり、ますます日本の輸出競争力低下が進んでしまう。Made in Japanのブランド化が必要だ」と危機感をあらわにする。 コーシャマークはラビが実際に製造現場に訪問したことを意味するため、間接的に日本製であることを証明する。そのため、偽ったコピー商品など劣悪なものはもちろん、原産地の異なる食品にラベルだけを付けた商品などとも一線を画することができる。また、コーシャ認証は、原材料の国産化を促す副次的な効果もある。コーシャ認証の食品は、輸送過程での異物混入も嫌うため、管理がしやすいように近距離の原料調達が好まれる。事実、筆者が調査で訪れた日本国内12社のうち、国内生産されていないユダヤ教の儀式上の塩を輸入していた1社を除いて、全ての企業が国産原料で全ての製造を行っていた。このように、文字通りの「Made
in Japan」の高付加価値製品でできているのだ。高品質・安全性を売りにする日本製品と、それを保証するコーシャ認証は非常に親和性があるといえる。果たしてコーシャ認証は日本製品の「輸出の切り札」になるのか。今後の展開が楽しみである。 |
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