BPOの批判に居直るNHK--STAP細胞報道の闇

 更新日/2017.2.28日

 (れんだいこのショートメッセージ)
 ここで、「BPOの批判に居直るNHK--STAP細胞報道の闇/西岡昌紀」を転載しておく。

 2017.2.28日 れんだいこ拝


BPOの批判に居直るNHK--STAP細胞報道の闇/西岡昌紀」】
 「★阿修羅♪ > マスコミ・電通批評15 」の西岡昌紀氏の2017 年 2 月 20 付投稿「BPOの批判に居
直るNHK--STAP細胞報道の闇/西岡昌紀
http://blog.livedoor.jp/nishiokamasanori/archives/8752330.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1958749826&owner_id=6445842

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 この事件の全体の構図は極めて複雑で謎が多い。これほど謎が多い事件は日本の歴史全体を通してみても稀なのではないだろうか。

 (佐藤貴彦(著)『STAP細胞 残された謎』(パレード・2015年)197ページ)
http://www.amazon.co.jp/STAP%E7%B4%B0%E8%83%9E-%E6%AE%8B%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E8%A
C%8E-Parade-books-%E4%BD%90%E8%97%A4%E8%B2%B4%E5%BD%A6/dp/4434212273/ref=sr_1_2?ie=UTF8&
qid=1452562919&sr=8-2&keywords=%E4%BD%90%E8%97%A4%E8%B2%B4%E5%BD%A6

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 1.BPOのNHK批判

 2月10日(金)、BPO(放送倫理・番組向上機構)が、3年前にNHKが放送したNHKスペシャル『調査報道 STAP細胞 不正の深層』(2014年7月27日放送)について、「名誉棄損の人権侵害が認められる」として、NHKに対して、再発防止に努めるよう勧告を行なった。
 これは、元理化学研究所研究員・小保方晴子さんが、この番組について、人権を侵害された、と申し立てた事に対するBPOの答え(結論)である。BPOの放送人権委員会は、同日、3年前に放送されたこのNHKスペシャルの一部において、「場面転換などへの配慮を欠いたという編集上の問題があり、小保方氏が元留学生作製のES細胞を不正行為により入手して混入し、STAP細胞を作製した疑惑があると受け取られる内容になっている」とし、「名誉棄損の人権侵害が認められる」と結論ずけている。
 BPOのこの結論に対し、小保方さんは、弁護士の三木秀夫氏を通じて、次の様なコメントを出している。

 「NHKスペシャルから私が受けた名誉毀損の人権侵害や放送倫理上の問題点などを正当に認定していただいたことをBPOに感謝しております。国を代表する放送機関であるNHKから人権侵害にあたる番組を放送され、このような申し立てが必要となったことは非常に残念なことでした。本NHKスペシャルの放送が私の人生に及ぼした影響は一生消えるものではありません。(2017年2月10日 小保方 晴子)」


 一方、NHKは、これに対して、以下に述べるような「反論」を行なっている。(後述)この記事を書くにあたって、私は、本当は、BPOの発表の全文とNHKのコメントの全文を読者に紹介したいと思ったが、紙面の制約から難しいので、番組の問題部分の核心についてのみ、要約の形で論じる事をお許しいただきたい。BPOの発表とそれに対するNHKのコメントは、インターネットで全文を読めるので、是非、読者の皆さんは、自分で読んで頂きたいが、私は、そのNHKのコメント(反論)を読んで、本当に腹が立っている。その理由を、限られた誌面で、わかりやすく話そうと思う。

 2.STAP細胞は、本当にES細胞だったのか?

 まず、私は、STAP細胞作製の発表に続いて、小保方晴子さんへのバッシングが始まった後、月刊WiLLとインターネットにおいて、以下の二つを自分の立場として表明し、マスコミ報道と理研の姿勢を批判して来た。それら二つの私の立場は、要約すれば、

(1)STAP細胞が存在するかどうかはわからない。
(2)小保方晴子さんが、ありもしないSTAP細胞なるものを捏造した証拠は示されていない。

 の二つである。私は、STAP細胞が存在するかどうかと言う問題における挙証責任と小保方さんが「捏造」を行なったという主張における挙証責任は、別のものである事を指摘した。これが、この問題の基本である。ところが、それにも関わらず、マスコミが、この二つの異なる挙証責任を混同している事を強く批判した。特に、(2)における挙証責任までをも小保方さんに転嫁しようとして来た事を厳しく批判した。裁判の場合と同じく、仮に小保方さんが「(ES細胞を使って)ありもしないSTAP細胞を捏造した」と主張するなら、その挙証責任は、小保方さんにではなく、そう主張する側にある。そう主張するマスコミが、証拠を提示する責任を持つのである。ところが、マスコミは、小保方さんの側に「捏造をしなかった事を証明しろ」と求めるがごとき報道を繰り返した。私は、これを強く批判した。私のこうした立場は、今でも変わっていない。そして、2014年12月26日に理研が発表した報告も、この(2)の状況を超える物ではない事を、WiLL誌上などで指摘している。

 理研は、小保方晴子さんが、若山照彦教授や故・笹井芳樹氏らと共同で発表したSTAP細胞なる細胞は、ES細胞であった可能性が高いと結論ずけた。そして、マスコミは、理研のこの見解が、この問題の「結論」であるかのような報道を行ない、小保方さんを「犯罪者」扱いしたまま、この問題を「収束」させた。しかし、小保方さんは、引き下がらなかった。小保方さんは、『あの日』を出版し、小保方さんが「ES細胞を使ってSTAP細胞の存在をでっち上げた」ような印象を作り出した若山照彦教授や毎日新聞社の須田桃子さんらの主張に具体的な事実を挙げて詳細な反論を展開した。それに対して、若山照彦教授も、小保方さんを批判した毎日新聞社の須田桃子さんも、沈黙を守っている。

 STAP細胞の実在性については、「再現されなかった」と言うが、再現されなかったのは、実験の後半部分である細胞からキメラを作製する段階などである。そして、このキメラ形成は、小保方さんではなく、若山照彦教授が担当した部分である。その部分について、若山教授が再現事件をしないと言うので、他の理研職員が作製を試みたがうまく行かなかったのである。一方、小保方さんは、自分が担当した実験の前半部分については、実験を再現している。それなのに、若山教授の担当した部分に再現性が得られなかった事まで小保方さんへの「疑惑」の理由にされているのである。

 更に、そのSTAP細胞が存在するかどうかについては、その後、同じ実験ではないが、解釈によっては、STAP細胞に似た細胞とも取れるiMuSCsと言う細胞の作製が、ネイチャー誌の姉妹誌であるオンライン専用媒体Nature.com SCIENTIFIC REPORTS の2015年11月号で掲載され、関心を集めている。

 科学史を振り返れば、がん遺伝子(オンコジーン)の存在も、最初の報告が為された1969年から10年後の1979年にようやく確認されている。そうした事を知れば、発表からわずか3年しか経っていない現在、若山教授の実験(キメラ作製)が再現されなかったと言う理由で、小保方さんの科学的主張を全否定する事も、ましてや小保方さんをペテン師呼ばわりする事も不当な事である事を読者は、理解されないであろうか?しかし、それでも、STAP細胞が存在するかどうかは、高度に専門的な科学上の問題である。従って、この記事においては論じない。ここでは、上述のNHKスペシャルの内容とそれに対するBPOの批判、及び、NHKのコメント(反論)についてのみ論じる事とする。

 3.Nスペ『STAP細胞 不正の深層』は何を報じたか

 繰り返して言うが、STAP細胞が存在するかどうか?と言う科学上の問題と、小保方さんが、ES細胞を使って、ありもしない細胞を捏造したのか?と言う問題は、全く別の問題である。そして、後の問題については、「小保方さんが、若山研究室が保有していたES細胞を不正に入手して、STAP細胞の代わりにした」と言う主張が、まことしやかに流布されて来た。小保方さんに対するそうした疑惑(小保方さんが、若山研究室のES細胞を不正に入手して、STAP細胞であるかのように発表した。)は、元をたどると、何と、2ちゃんねるの書き込みにたどり着く。そして、それが、結局、2014年12月26日の理研の報告にまでつながるのであるが、その2ちゃんねるの書き込みから、理研の発表に至る2014年のおよそ半年間の流れの中で、大きな役割を果たしたのが、ここで論じているNHKスペシャル『STAP細胞 不正の深層』(2014年7月27日放送)だったのである。その内容を、この問題を追い続ける佐藤貴彦氏は、こう要約している。

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 かつてネットの掲示板、2ちゃんねる(6月18日)に次のような怪文書が載せられ話題になった。

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 小保方が引越しのどさくさに若山のところから盗んだ細胞が箱ごと発見されたことも公表しろよ。丹羽のTSもたくさん出てきただろ。

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 NHKの取材は、この2ちゃんねるの怪文書の内容を裏付ける形となった。しかし、注意してほしい。ここでは、「小保方がどさくさに盗んだ」となっている。 若山研の引越しは2013年以降である。この時点では、すでにSTAP細胞作製の実験はほぼ終了している。若山氏と小保方氏がキメラマウスの作製に成功したのは2011年11月であるから、実験が終った後にES細胞を盗んでも意味がない。捏造に用いることは不可能なのである。 ただ、NHKの番組では「引越しのどさくさに盗んだ」とまでは言っていない。しかし、「小保方氏が引越しのどさくさに留学生のES細胞を盗んだ」というこの話は、この後も小保方氏が告発されるネタとして用いられている。出所が同じ話であることは間違いない。

 また、この番組では、きわめて紛らわしい編集がなされている。すなわち、この番組では、(1)STAP細胞にアクロシンGFPが組み込まれていた。(2)若山研では、アクロシンGFPを組み込んだES細胞がつくられていた。(3)留学生の作ったES細胞が小保方氏の冷凍庫から見つかった。---という話が順番に述べられている。したがって、この番組の流れからすれば、「アクロシンGFPの入ったES細胞=留学生の作製したES細胞」であるかと想像した視聴者は多かったであろうと思われる。ところが、後になってわかることだが、留学生の作製したES細胞は、STAP細胞の捏造に用いられたとされるアクロシンES細胞とは何の関係もなかたのである。

 STAP細胞にアクロシンGFPが組み込まれていたことを述べておいて、その後にアクロシンの組み込まれていないES細胞が小保方氏の冷蔵庫に見つかったことをことさら問題にするという番組の編集の仕方は、かなり不自然に感じられる。STAP細胞実験とは何の関係もないES細胞のことを追及したところで、なんら事件解決の役には立たないからである。 

 (佐藤貴彦(著)『STAP細胞 残された謎』(パレード・2015年)22~23ページ)
http://www.amazon.co.jp/STAP%E7%B4%B0%E8%83%9E-%E6%AE%8B%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E8%
AC%8E-Parade-books-%E4%BD%90%E8%97%A4%E8%B2%B4%E5%BD%A6/dp/4434212273/ref=sr_1_2?ie=UTF8
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 佐藤貴彦(さとうたかひこ)名古屋大学理学部卒 著書:『ラカンの量子力学』など

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 おわかり頂けるだろうか?これが、天下のNHKがやった「報道」である。編集によって、若山研究室に居た中国人元研究員が、小保方さんの「犯行」を裏ずける「証言」をしたかのような印象を作り出し、事件が進むさ中に、全国に放送したのである。当然と言うべきだろう。この番組のこうした手法を、BPOは、今回、次のように批判した。

 「本件放送は、STAP細胞の正体はES細胞である可能性が高いこと、また、そのES細胞は、若山研究室の元留学生が作製し、申立人の研究室で使われる冷蔵庫に保管されていたものであって、これを申立人が何らかの不正手段によって混入してSTAP細胞を作製した疑惑があるとする事実等を摘示するものとなっている。これについては真実性・相当性が認められず、名誉棄損の人権侵害が認められる」(BPO2017年2月10日)。

 お読みの通りである。BPOの今回のこの判断は、上に引用した佐藤貴彦氏の批判とほぼ同じ批判である。天下のNHKが、こうして、BPOの批判を受けたのである。

 4.NHKの居直り

 ところが、BPOのこの批判に対して、NHKは、次のように反駁した。
「放送人権委員会の判断の中で指摘された元留学生の作製したES細胞をめぐるシーンは、(1)小保方研究室の冷蔵庫から元留学生のES細胞が見つかったという事実、(2)小保方氏側は、保存していたES細胞について、「若山研究室から譲与された」と説明しているという事実、(3)一方、ES細胞を作製した元留学生にインタビューしたところ、小保方研究室の冷蔵庫から見つかったことに驚き、自分が渡したことはないと証言しているという事実を踏まえて、なぜこのES細胞が小保方研究室から見つかったのか、疑問に答えて欲しいとコメントしたものです。放送人権委員会が指摘しているような「小保方氏が、元留学生作製のES細胞を不正行為により入手し、STAP細胞を作製した疑惑がある」という内容にはなっていません」(NHKのコメント)。

 「開いた口が塞がらない」とは、この事である。あのような印象操作を編集によって行なっておきながら、「放送人権委員会が指摘しているような『小保方氏が、元留学生作製のES細胞を不正行為により入手し、STAP細胞を作製した疑惑がある』という内容にはなっていません。」(NHKのコメント)と言うのである。ならば、何故、あのような編集をしたのか?と言いたくなるのは、私だけだろうか?

 5.疑惑の核心

 最後に、最も重要な問題を指摘して、この記事を終えよう。問題の中国人元留学生が作製したES細胞は、小保方さんが「捏造」に利用する事のできないものであった。従って、これは、小保方さんが「ES細胞を使ってありもしないSTAP細胞を捏造した」とする主張の物証には成り得ない。しかし、それでは、その中国人元留学生が作製したES細胞が、何故、小保方さんの冷蔵庫の中から見つかったのだろうか? タブーに触れよう。誰かが、小保方さんを陥れるために、そこに置いた可能性は絶対に無いだろうか?だが、そう仮定すると、小保方さんの冷蔵庫から自分が作製したES細胞が見つかったと聞かされた中国人元留学生が、「なぜそれがそこのあったのか?」と言って驚いた事は、当然であった事がわかるのである。そして、そこで、そのES細胞が「見つかった」理由も、明確に理解できないだろうか?

 (終わり)

 (関連するサイト)

 (「週刊誌・TV野小保方叩きの異常」(月刊WiLL2014年6月号/文・西岡昌紀))
 http://archive.fo/BT1s6

 (「小保方殺し・9つの疑問」(月刊WiLL2015年2月号/文・西岡昌紀))
 http://ironna.jp/article/921

 西岡昌紀(にしおかまさのり) 1956年生まれ 内科医(神経内科)
著書に「アウシュウィッツ『ガス室』の真実/本当の悲劇は何だったのか?」(日新報道・1997年)「ムラヴィンスキー/楽屋の素顔」(リベルタ出版・2003年)「放射線を医学する/ここがヘンだよ『ホルミシス理論』」(リベルタ出版・2014年)が有る。

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 (以下資料)
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170210/k10010872201000.html

 STAP細胞 NHK番組にBPOが再発防止を勧告

 2月10日 19時19分

 NHKが3年前に放送したSTAP細胞の問題を検証した報道番組で、理化学研究所元研究員の小保方晴子氏が人権を侵害されたと申し立てたことについて、BPO=放送倫理・番組向上機構の委員会は「名誉毀損の人権侵害が認められる」として、NHKに対し、再発防止に努めるよう勧告しました。

 続きを読む

 3年前の7月に放送されたNHKスペシャル「調査報告 STAP細胞 不正の深層」について、理化学研究所元研究員の小保方晴子氏は人権を侵害されたとしてBPOに申し立てていました。

 これについて、BPOの放送人権委員会は、10日、記者会見し、番組の一部について、「場面転換などへの配慮を欠いたという編集上の問題があり、小保方氏が元留学生作製のES細胞を不正行為により入手して混入し、STAP細胞を作製した疑惑があると受け取られる内容になっている」としたうえで、「名誉毀損の人権侵害が認められる」と指摘しました。

 また、番組の放送直前に行われた小保方氏への取材について行き過ぎがあり、放送倫理上の問題があったとしました。そのうえで、NHKに対し、再発防止に努めるよう勧告しました。

 一方で9人の委員のうち2人が「人権侵害があったとまでは言えない」、「名誉毀損とするべきものではない」と、決定とは異なる意見を出しました。

 決定について小保方氏は、代理人の弁護士を通じてコメントを出し、「私が受けた名誉毀損の人権侵害や放送倫理上の問題点などを正当に認定していただいたことをBPOに感謝しております。国を代表する放送機関であるNHKから人権侵害にあたる番組を放送され、このような申し立てが必要となったことは非常に残念なことでした。NHKスペシャルの放送が私の人生に及ぼした影響は一生消えるものではありません」としています。

 一方、NHKは「BPOの決定を真摯(しんし)に受け止めますが、番組は関係者への取材を尽くし、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したもので、人権を侵害したものではないと考えます。今後、決定内容を精査したうえで、BPOにもNHKの見解を伝え、意見交換をしていきます。また、放送倫理上の問題を指摘された取材の方法については、再発防止を徹底していきます」としています。

 BPO決定の概要(全文)

 NHK(日本放送協会)は2014年7月27日、大型企画番組『NHKスペシャル』で、英科学誌ネイチャーに掲載された小保方晴子氏、若山照彦氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した特集「調査報告STAP細胞不正の深層」を放送した。この放送に対し小保方氏は、「ES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などと訴え、委員会に申立書を提出した。これに対しNHKは、「『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと反論した。委員会は、申立てを受けて審理し決定に至った。委員会決定の概要は以下の通りである。

 STAP研究に関する事実関係をめぐっては見解の対立があるが、これについて委員会が立ち入った判断を行うことはできない。委員会の判断対象は本件放送による人権侵害及びこれらに係る放送倫理上の問題の有無であり、検討対象となる事実関係もこれらの判断に必要な範囲のものに限定される。

 本件放送は、STAP細胞の正体はES細胞である可能性が高いこと、また、そのES細胞は、若山研究室の元留学生が作製し、申立人の研究室で使われる冷凍庫に保管されていたものであって、これを申立人が何らかの不正行為により入手し混入してSTAP細胞を作製した疑惑があるとする事実等を摘示するものとなっている。これについては真実性・相当性が認められず、名誉毀損の人権侵害が認められる。

 こうした判断に至った主な原因は、本件放送には場面転換のわかりやすさや場面ごとの趣旨の明確化などへの配慮を欠いたという編集上の問題があったことである。そのような編集の結果、一般視聴者に対して、単なるES細胞混入疑惑の指摘を超えて、元留学生作製の細胞を申立人が何らかの不正行為により入手し、これを混入してSTAP細胞を作製した疑惑があると指摘したと受け取られる内容となってしまっている。

 申立人と笹井芳樹氏との間の電子メールでのやりとりの放送によるプライバシー侵害の主張については、科学報道番組としての品位を欠く表現方法であったとは言えるが、メールの内容があいさつや論文作成上の一般的な助言に関するものにすぎず、秘匿性は高くないことなどから、プライバシーの侵害に当たるとか、放送倫理上問題があったとまでは言えない。

 本件放送が放送される直前に行われたホテルのロビーでの取材については、取材を拒否する申立人を追跡し、エスカレーターの乗り口と降り口とから挟み撃ちにするようにしたなどの行為には放送倫理上の問題があった。

 その他、若山氏と申立人との間での取扱いの違いが公平性を欠くのではないか、ナレーションや演出が申立人に不正があることを殊更に強調するものとなっているのではないか、未公表の実験ノートの公表は許されないのではないか等の点については、いずれも、人権侵害または放送倫理上の問題があったとまでは言えない。

 本件放送の問題点の背景には、STAP研究の公表以来、若き女性研究者として注目されたのが申立人であり、不正疑惑の浮上後も、申立人が世間の注目を集めていたという点に引きずられ、科学的な真実の追求にとどまらず、申立人を不正の犯人として追及するというような姿勢があったのではないか。委員会は、NHKに対し、本決定を真摯に受け止めた上で、本決定の主旨を放送するとともに、過熱した報道がなされている事例における取材・報道のあり方について局内で検討し、再発防止に努めるよう勧告する。

 NHKのコメント

 本日のBPO放送人権委員会決定についてのコメントは以下のとおりです。

 小保方晴子氏が平成26年1月に発表した「STAP細胞」については、同年4月に理化学研究所が研究不正を認定しました。その後、理化学研究所が、本格的な調査を進める中、「STAP細胞はあるのか」「小保方氏の研究はどうなっていたのか」という疑問に世界的な関心が集まっていました。この番組は、その最中の同年7月、社会の関心に応えようと100人を超える研究者・関係者に取材を尽くし、2000ページを超える資料を分析して客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作・放送しました。番組の中の事実関係に誤りはありません。

 STAP細胞については、理化学研究所による小保方氏の検証実験でも一度も作製に成功せず、世界的な話題となったネイチャー誌の論文も取り下げられました。番組の中では、遺伝子解析の結果として、STAP細胞は実際にはES細胞だった可能性を指摘しました。また、小保方氏の研究室の冷凍庫から元留学生が作製したES細胞が見つかった事実を放送しました。番組放送後の同年12月、理化学研究所が公表した調査報告書は、小保方氏が「STAP細胞」だとした細胞は、調べた限りすべてES細胞だったことも明らかにしています。

 放送人権委員会の判断の中で指摘された元留学生の作製したES細胞をめぐるシーンは、(1)小保方研究室の冷凍庫から元留学生のES細胞が見つかったという事実、(2)小保方氏側は、保存していたES細胞について、「若山研究室から譲与された」と説明しているという事実、(3)一方、ES細胞を作製した元留学生本人にインタビューしたところ、小保方研究室の冷凍庫から見つかったことに驚き、自分が渡したことはないと証言しているという事実を踏まえて、なぜこのES細胞が小保方研究室から見つかったのか、疑問に答えて欲しいとコメントしたものです。放送人権委員会が指摘しているような「小保方氏が、元留学生作製のES細胞を不正行為により入手し、STAP細胞を作製した疑惑がある」という内容にはなっていません。

 他の細胞の混入を防ぐことが極めて重要な細胞研究の現場で、本当に由来がわからない細胞が混入するのを防ぐ研究環境が確保されていたのか、そこにあるはずのないES細胞がなぜあったのか、国民の高い関心が集まる中、報道機関として当事者に説明を求めたものです。このシーンの前では、小保方氏がES細胞の混入を否定し、混入が起こりえない状況を確保していたと記者会見で述べたという事実についても伝えています。今回の決定では、この番組の中で、「小保方氏が、元留学生作製のES細胞を不正行為により入手し、STAP細胞を作製した疑惑がある」と放送したとして人権侵害を認めています。しかし、今回の番組では、STAP細胞は、ES細胞の可能性があることと、小保方氏の冷凍庫から元留学生のES細胞が見つかった事実を放送したもので、決定が指摘するような内容は、放送しておらず、人権侵害にあたるという今回の判断とNHKの見解は異なります。また今回の決定では、委員会のメンバーのうち、2人の委員長代行がいずれも、少数意見として、名誉毀損による人権侵害にはあたらないという見解を述べています。今回の番組は、STAP細胞への関心が高まる中、関係者への取材を尽くし、客観的事実を積み上げ、表現にも配慮しながら、制作したもので、人権を侵害したものではないと考えます。

 BPOは、独立した第三者の立場から放送への苦情や放送倫理上の問題に対応し、正確な放送と放送倫理の高揚に寄与することを目的に、NHKと民放連が設立した組織であり、NHKとしてその勧告を真摯に受け止めるのは当然のことと考えます。今後、決定内容を精査した上で、BPOにNHKの見解を伝え、意見交換をしていきます。また、放送人権委員会が指摘した取材上の問題については、平成26年に番組が放送される前に、安全面での配慮に欠ける点があったとして小保方氏側に謝罪しましたが、今回の決定の中で改めて指摘されたことを重く受け止め、再発防止を徹底していきます。


 WiLL 5月7日(水)21時5分配信 (有料記事) 「週刊誌・テレビの小保方叩きは異常だ!」。
 小保方さんは犯罪者か

 理研とマスコミによる小保方晴子さんへの攻撃が目に余る。STAP細胞発見の発表直後には、あれだけ小保方晴子さんを持ち上げた同じマスコミが、小保方さんを犯罪者のように扱っている。私はこの一文を、再生医学の世界的権威、笹井芳樹氏が東京で記者会見を開いた平成二十六年四月十六日の夜に書いている。小保方さんとSTAP細胞を巡る状況は、変化が激しい。この一文が掲載されたとして、発売時点では何か全く新しい事実が知られているかもしれない。思いも寄らないことが起きているかもしれない。だからこの一文を、四月十六日の時点で明らかになっていることを前提にして書くことにする。

 はじめに言うが、STAP細胞が本当に存在するのかしないのかは、科学の問題である。新聞やテレビの記者たちが決めることではない。あるいは、文部科学省や理研上層部が判断することでもない。そして言うまでもなく、私などにももちろん、分からない。 STAP細胞が本当に存在するのかどうかを決めるのは、この分野の実験科学者たちが、これから同じ試みを重ねて、それが成功するかどうかである。世界中で、多くの同分野の研究者が実験の再現を繰り返すこと。それ以外の方法では答えは分からない。そして、私がこの原稿を書いている時点では、そうした報告はまだ報じられていない。そんなSTAP細胞の存否をここで論じ、断定するつもりはもちろんない。ただし、四月十六日の笹井芳樹氏の記者会見での説明を聞いて、STAP細胞が存在する可能性は相当あるのではないか? と思ったことは正直に述べておく。そのうえで、私がここで取り上げたいのは、一月のSTAP細胞発見の発表のあと、小保方さんを巡って展開されてきた理研の一方的発表と、マスコミの報道のあまりのひどさである。本文:7,514文字

 「『月刊 WiLL』 2015年3月号」の「「小保方殺し」九つの疑問」。
 西岡昌紀(内科医〔神経内科〕)

 1956年、東京生まれ。神経内科医。主な著書に『アウシュヴィッツ「ガス室」の真実/本当の悲劇は何だったのか?』(日新報道・1997年)、『ムラヴィンスキー・楽屋の素顔』(リベルタ出版・2003年)、『放射線を医学する』(リベルタ出版)がある。

 理研最終報告の疑問

 昨年12月26日、理研は一連のSTAP細胞問題について、ひとつの「結論」を出した。要約すれば、数カ月間の検証実験の結果、小保方晴子さんらがNature誌に発表した論文で報告したような現象全体を再現することはできなかった。そして、STAP細胞として小保方晴子さんや若山照彦教授らが報告した細胞はES細胞であった可能性が極めて高く、それも故意にES細胞を混入してSTAP細胞なる細胞を捏造した疑いが濃厚である、というのが、その要旨である。
 この発表を受けて、新聞、テレビは「STAP細胞はES細胞を使って捏造された物である」という見方をほぼ確実な結論であるかのように報じた。一方、小保方晴子さんは、筆者がこの原稿を書いている2015年1月15日の段階では、沈黙を続けている。小保方さんが理研を退職し、理研の処分に対して異議を唱えていないことから、「小保方さんは捏造を認めた」と受け止める人々も多い。だが、待ってほしい。これが「結論」なのだろうか?
 私は昨年4月、月刊『WiLL』6月号に寄稿した記事で二つのことを指摘した。
 (1)STAP細胞が存在するかどうかは分からない。
 (2)小保方晴子さんがSTAP細胞の存在を捏造した証拠は示されていない。

 この(1)(2)は、挙証責任の所在が違うのに挙証責任が混同され、(2)についてまで小保方さんに挙証責任が求められていることの誤りを指摘した。そして、小保方晴子さんを犯罪者のように扱うマスコミの報道は魔女狩りのようだ、と批判した。それから時間が経ち、12月26日の発表となった。
 では、現在はどうか? この間に、笹井芳樹氏の自死という悲劇と、監視カメラ下での検証実験の終了という大きな二つの出来事があった。そしてさらに、マスコミやインターネット上で様々な議論が重ねられた。当然、当時と状況は違う。
 しかし、この二つの異なる問題、
 (1)STAP細胞は存在するか?
 (2)小保方晴子さんは、存在しないSTAP細胞を不正な方法によって捏造したのか
 に対する私の判断は、いまも同じである。即ち、どちらについても挙証責任は果たされていない、と私は考える。その理由は以下の本文で述べるが、私が述べるのはあくまでも「疑問」だけである。
 私は、STAP細胞が存在するかしないかというような高度に専門的な科学上の問題については、昨年の本誌6月号の記事と同様、いまも判断を下すことはできない。これは科学の問題であり、研究者たちが実験を繰り返すことによってしか検証し得ない問題だからである。
 これから述べるのは、「小保方晴子さんがES細胞を使ってSTAP細胞なる物を捏造した」とする見方に対する私の疑問である。
 疑問1 ES細胞でSTAP細胞を捏造できるのか?

 疑問の第一は、ES細胞を使ってSTAP細胞を捏造することがそもそも可能なのか? という疑問である。復習すると、ES細胞は受精した受精卵が細胞分裂を行い、増えた細胞のなかから得られる細胞である。それは、受精卵の細胞分裂で生じた初期胚の一部である。それ(ES細胞)を他の個体の受精卵に混入すると、その受精卵の細胞と混在する形で、胎児の体を形成する過程に加わることが起こりえる。しかしES細胞は、胎児と母体を繋ぐ胎盤の形成には加わらない。ES細胞は、他の受精卵から生じた胎児の体の一部になっていくことはあっても、胎盤の一部にはならないのである。
 これは、発生生物学の常識である。この「常識」に異論を唱える専門家は事実上、いない。ところが、小保方さんや若山教授が『Nature』に発表した論文によれば、小保方さんがマウスから得てSTAP細胞と呼んだ細胞は、若山教授による処理を経てマウスの受精卵から生じた初期胚にそれを注入したところ、マウスの胎児のみならず、その胎児と母体を繋ぐ胎盤をも形成したとされた。

 これが本当ならば、小保方さんが作製したSTAP細胞から若山教授が作製した細胞を、小保方さんや若山教授がES細胞ではない別の新しい万能細胞(多能性幹細胞)だと考えるのは当然だろう。だからこそ、当初、小保方さんや若山教授は「胎盤が光った」と言って喜んだのである。
  しかし、今回の理研の発表は、その「胎盤」に見えた細胞の塊は実は胎盤ではなかったのだろう、と述べている。小保方さんがSTAP細胞と呼んだ細胞は、当初発表されたように胎盤を形成してはおらず、胎盤でない細胞塊を若山教授を含む著者たちが胎盤と見誤ったものだというのが、理研の「結論」である。 しかし、理研のこの「結論」には根拠がない。たしかに、若山教授らが胎盤でない細胞塊を胎盤と見誤った可能性はあり得るが、若山教授が実際にそうした見誤りをしたことの証明は、理研の発表のなかにはない。この分野の世界的権威である若山教授がそのような見間違いをしたとする理研側の主張には、何も根拠がないのである。したがって、若山教授らが見た細胞塊が、真実、胎盤であった可能性は依然、否定されていない。
 これは科学上の問題である。したがって、他の自然科学の問題と同様、多くの違う研究者が同じ実験を繰り返して胎盤が形成されるかどうかを観察する以外に結論の出しようがない問題なのである。それなのに、今回の発表をもって「あれは胎盤ではなかった」と結論づけることは、およそ科学の姿勢ではない。仮に、小保方さんや若山教授がマウスの胎盤だと判断した細胞塊が胎盤であったのなら、STAP細胞はES細胞ではない。胎盤の問題は、それほど決定的な論点である。それにもかかわらず、根拠を示さないまま「あれは胎盤ではなかった」と理研が主張する理由を私は理解できない。
 疑問2 小保方さんは、胎盤形成を予想したのか?

 疑問1は科学上の疑問であるが、これに加えて、「小保方さんがES細胞をSTAP細胞と偽って渡し、マウスの初期胚に混入させた」という仮説には不合理がある。先ず先述したように、「ES細胞は胎盤を作らない」というのは発生生物学の常識である。当然、小保方さんも若山教授もその認識は共有していたはずである。それを前提に考えると、次のような疑問が生じる。

 仮に、小保方さんがES細胞をSTAP細胞だと偽って若山研究室に渡したとする。その場合、小保方さんは、渡したES細胞がマウスの受精卵に注入されたあと、その細胞はES細胞なのだから、胎盤は形成しないことを予想しているはずである。しかし事実として、若山教授は小保方さんから受け取った細胞を処理してマウスの受精卵に注入したあと、小保方さんから渡された細胞が胎盤を形成したと判断した。この意味を考えてほしい。
 小保方さんが、ES細胞をSTAP細胞と偽って若山教授に渡したのであれば、小保方さんは渡した細胞が胎盤を形成するとは予想していなかったはずである。しかし、若山教授は胎盤が形成されたと判断した。その結果、小保方さんがマウスから作製し、若山教授に渡した細胞は胎盤をも形成する新しい万能細胞だと判断されたのである。小保方さんが期待もしなかったことが若山教授の研究室で起こり、その結果、小保方さんは偶然(!)、胎盤をも形成する新しい万能細胞を作製したという名誉を得たことになる。こんな「成功」が偶然に起きたのだろうか? 
 疑問3 小保方さんはES細胞を混入する必要があったか? 
 疑問2に対して予想される反論はこうだ。 「小保方さんは、胎盤形成までは狙っていなかった。仮に胎盤形成は起こらず、胎児の形成だけが起こっても、遺伝子操作をせずに、酸処理だけでES細胞のような万能細胞を作るのに成功したことを若山教授に認めさせることができれば、それだけで大きな栄誉と地位を得られる研究成果になった。だから、若山教授が胎盤でない細胞塊を胎盤と見誤ったのは単なる幸運だった」とする仮説である。
 しかし、これもおかしい。なぜならこの仮説は、小保方さんがSTAP細胞が存在しないと思っていることを前提にしているからである。考えても見てほしい。STAP細胞が本当に存在するかしないかは別として、小保方さんはSTAP細胞が存在すると思ったから実験に取り組んできたのではないだろうか? 科学上の真実が何であるかはともかくとして、小保方さんはそう信じてきたのではないだろうか?

 小保方さんは、マウスの脾臓から得た細胞を酸で処理すると、細胞の初期化が起こった際に活性化し、細胞を緑色に発光させるOct4─GFPという遺伝子が活性化し、細胞が緑色に発光するのを確認した(彼女が記者会見で言った「STAP細胞作製に200回ほど成功している」という発言は、この細胞の発光を200回確認した、という意味であろうと私は推察する)。
 この標識遺伝子によって細胞が緑色に発光したからといって、必ずしも細胞が初期化されているわけではない。細胞が死んでいく際にもこの発光現象は起きることがある。酸処理で死んでいく細胞を見ただけかもしれないことは、STAP細胞の発表直後から散々指摘されてきたとおりである。
 そうした緑色に発行した細胞が初期化された細胞、つまり万能細胞なのか、それとも単なる死んでいく細胞なのかは、最終的にはその細胞を他のマウスの初期胚に注入してどうなるかを見なければ分からないのである。だからこそ、緑色に発光したそれらの細胞を一定の処理のあと、他のマウスの受精卵に注入する実験を小保方さんは若山教授に託したのである。
 注入された細胞がマウスの胎児や胎盤を作り上げればそれは万能細胞だし、作り上げなければ万能細胞ではないことになる。そのプロセスは高度の技術を求めるので、この分野の権威である若山教授が小保方さんの要請を受けた形で、それを試したのである。
 すると、小保方さんが若山教授に渡したそれらの細胞は、別のマウスの受精卵の細胞と混じり合って増殖し、その受精卵を胎児に成長させた(これがキメラである)。それどころか、その混じり合った細胞の集まりはマウスの胎盤まで形成した、と若山教授は判断した。
 このプロセスがES細胞を使った捏造だというのであれば、小保方さんの行動は全く不合理なものとなる。小保方さんは、自らがマウスから得たあの緑色に光る細胞をSTAP細胞だと思ったのではないだろうか? 
 それならば、そう思っているのに彼女がその細胞ではなく(!)、あえてES細胞か、あるいはES細胞を混入した細胞を若山教授に渡した理由は一体、何なのだろうか?

 不眠不休の実験を重ねながら、自分が得た細胞はSTAP細胞などというものではないと思ったのだろうか? 自分が作製した細胞はSTAP細胞などではないと認識したから小保方さんはES細胞を渡したか、あるいはES細胞を混入した細胞を若山教授に渡した、というのだろうか?
 一体なぜ、やってみなければわからないキメラ形成の実験において、初めからSTAPが存在しないと思っているのでなければ意味を持たないES細胞混入をする必要があったのだろうか?
 私のこの問いに対して、「何度やってもうまくいかなかったが、論文発表の期限が迫っていた。それでES細胞を混入させたのだろう」という仮説を言った人がいる。しかし、昨年春の騒動のなかで論文撤回に最後まで抵抗し、理研上層部に従おうとしなかった小保方さんのその後の行動を思い出すと、彼女がそのような組織の要請に応じて自分の実験を放棄するとは考えにくい。
 疑問4 FACSは役に立たなかったのか? 
 これは非常に専門的な問題である。小保方さんが、Oct4─GFP陽性細胞というあの緑に光る細胞を作製した際、亡くなった笹井氏が記者会見で強調したように、理研の研究者たちはもちろん、それを直ちにSTAP細胞という万能細胞であるとは認識しなかった。死んでいく細胞も同じように緑色に発光することがあるからである。

 そこで、理研の研究者たちがその点を確かめるために行った実験の一つが、FACSと呼ばれる実験である。これは、浮遊した細胞を機械で識別する光学的な装置で、こうした細胞を鑑別する際、広く利用される方法である。
 笹井氏はこのFACSを使って、小保方さんが作製した緑色に光る細胞が「死んでいく細胞ではないと確認した」と述べていた。笹井氏のこの指摘は間違っていたのだろうか? FACSは死んでいく細胞と万能細胞を見分けるうえで、そんなに無力だったのだろうか? 「捏造」を唱える専門家のなかにも、FACSの信頼性そのものを疑う人は、私がいままで議論した人々のなかにはいなかった。
 疑問5 ES細胞を若山教授の培養条件で生存させることができたのか? 
 これも、高度に専門的な論点である。正直に言って、私の能力を超えた問題である。だが、これも重要な論点なので、疑問の存在だけは指摘しておく。
 小保方さんがマウスから得た細胞はSTAP細胞と名付けられはしたが、小保方さんがマウスから得た段階では増殖能力をもたない細胞であった。それを培養して増殖能力のある細胞に誘導したのは、若山教授とその研究室スタッフである。
 仮に、小保方さんが若山研究室に渡した細胞がES細胞であったとすると、若山研究室はそのことを知らずに、つまり受け取った細胞の正体がES細胞であるとは知らずにその細胞を培養したことになる。

 ところがその際、若山研究室で培養に用いられた培養液ではES細胞は死滅してしまうという指摘が、理研幹部の一人、丹羽氏から出されている。
 つまり、仮に小保方さんが若山教授に渡した細胞がES細胞であったのなら、若山教授はそれらの細胞を培養すること自体ができなかったはずだ、ということになる。
 しかし、若山教授は小保方さんから渡された細胞を培養することに成功した。そして、それらの培養した細胞からマウスの胎児を形成することに成功している。
 ということは、小保方さんが若山研究室に渡した細胞は、少なくともES細胞ではなかったのではないか? ということになる。
 これは、STAP細胞がES細胞だとする主張に対する決定的な反駁のようにも思われる。ただし、この培養液の問題については、ES細胞を問題の培養液で培養することは不可能ではないとする主張もあり、現時点では私の能力を超えた論点である。しかし結論は出されていないので、これも検証されるべき疑問の一つである。
 疑問6 小保方さんはどのようにしてES細胞を入手したのか?  
 次に、仮に小保方さんがES細胞を使ってSTAP細胞を捏造したというのであれば、小保方さんはどこからどうやって、そのES細胞を入手したのだろうか。
 そのES細胞は若山研究室で管理されていた。ところが、それが小保方さんの研究室の冷蔵庫にあった、とNHKスペシャル(7月27日放送)は伝えた。NHKスペシャルでは、若山研究室にいたことのある元留学生を匿名で電話に登場させ、その留学生に「なぜ、あの細胞がそこ(小保方さんの研究室)にあるのか分からない」という趣旨の発言をさせている。
 NHKのこの番組を見た人たちの多くは、この留学生への電話取材を見て、小保方さんが捏造目的でES細胞を若山研究室から持ち出したような印象を持ったのではないだろうか。ES細胞は若山研究室の厳重な管理下にあったはずであるのに、それを小保方さんが持ち出すことができたのか? このことについては逆に、報道する側に何らかの作為があったのではないか? つまり、「捏造」を捏造したのではないか、という可能性を指摘する声がインターネット上で見られる。「小保方さんがES細胞を使ってSTAP細胞を捏造した」という主張に対する大きな疑問点となっている。
 疑問7 「遺伝子解析」は妥当だったのか?

 昨年の「捏造」疑惑報道のなかでたびたび」登場した言葉の一つは、「遺伝子解析」であった。そして若山教授の側から、「STAP細胞とされた細胞は、若山研究室から小保方さんに渡したマウスとは遺伝子が異なる」という指摘がなされた時には、私自身、「もしかすると、小保方さんは本当に捏造をしたのか?」と疑ったことを告白する。
 ところが昨年7月上旬、小保方さんがNature論文の撤回に同意した直後の報道に私は驚かされた。その「遺伝子解析」は「間違いだったかもしれない」と、若山教授の側が前言を撤回したからである。小保方さんが論文撤回に同意したら、「偽造の証拠」(?)として持ちだされた「遺伝子解析」は「間違いだったかもしれない」と話が変わったのである。一体、この「遺伝子解析」は何だったのだろうか?
 これだけではない。「STAP細胞には、ES細胞に多くみられるトリソミーが見られる」という指摘も、いつの間にか曖昧にされている。このように、小保方さんが捏造をしたと主張する側の主張は、特に「遺伝子解析」を巡ってくるくる変わっているのである。
 このように主張が二転三転したことをまずかったと思ったのだろうか。12月26日の理研の発表では、もう少し踏み込んだ「遺伝子解析」が発表された。要約すると、STAP細胞とされた細胞は、細胞の遺伝子であるDNAを比較、検討した結果、保存されていたES細胞とDNAが酷似しており、ES細胞そのものであろうと判断される、という「解析」である。

  一見、決定的な証拠のように思う人もいるだろう。しかし、この「遺伝子解析」には落とし穴がある。そのSTAP細胞とされた細胞も、保存されていたES細胞も、元をただせばともにマウスから得られた細胞である。その元のマウスが血統上、極めて近いマウスであったとしたら、DNAが似ているのは当たり前である。この点について、12月26日の理研の発表は十分な説明を加えていない。したがって、「遺伝子解析でSTAP細胞はES細胞であることが判明した」とは言えないのである。この点について、理研はどう説明するのだろうか?
 疑問8 検証実験は本当に失敗したのか? 

 8番目の疑問は、今回の検証実験が本当に全面的な失敗だったのか?という疑問である。新聞やテレビの報道だけに接していると、一般の人々は今回の検証実験は失敗だった、と思って疑わないだろう。しかし今回の理研の発表によれば、たしかにキメラの作製には成功しなかったが、小保方さんがスクリーンの前で指さして見せたあの緑色に発光した細胞(Oct4─GFP陽性細胞)自体は、45回試みたうち40回、作製に成功しているというのである。
 その先のキメラ形成に成功しなければ、当初、小保方さんらが『Nature』で発表した実験結果の完全な再現にはならないことはいうまでもない。だが、『Nature』の論文で小保方さんが担当したのは、基本的にはマウスから得た細胞を酸処理したところ、Oct4─GFPが活性化し、緑色に光る細胞が見られたという実験の前半部分である。その後のキメラ形成は、若山教授らが分担した実験である。

 つまり、小保方さんは自分が担当した部分については、45回中40回、再現することに成功しているのである。それにもかかわらず、彼女が『Nature』で発表した実験結果が何一つ再現できなかったようなイメージが形成されているのは、あまりにも公平を欠いていないだろうか?
 疑問9 TCR再構成に関するゲルの加工は小保方さんの意向だったのか? 

 私は、小保方さんとその共著者らに、何も批判されるべき点がないと言っているわけではない。すでに昨年の月刊『WiLL』6月号でも批判しているが、リンパ球の遺伝子(DNA)とSTAP細胞とされる細胞の遺伝子(DNA)を比較するために行った電気泳動の画像処理は強く批判されて当然の加工であり、この点に限って言えば「不正」と言われても仕方がない。
 この電気泳動の結果は、STAP細胞とされた細胞が、一旦成熟したリンパ球に分化の逆行を起こさせたことを示す証拠として『Nature』の論文に掲載されたものであったが、その重要な個所でゲルの加工があったことは、最大級の批判を受けても仕方がない。
 しかしこのゲルの加工は一体、誰の意向で行われたものだったのだろうか?
 また、このリンパ球の遺伝子とSTAP細胞とされる細胞の遺伝子を比較したこの部分(TCR再構成という現象の有無を確認した作業)にこうした加工があった以上、STAP細胞とされた細胞が、リンパ球を初期化(逆分化)させた細胞である証拠はないことになる。それは指摘、批判されているとおりであり、私もその指摘に異論はない。

 しかしそれでも、たとえリンパ球由来である証拠はなかったとしても、小保方さんがマウスの脾臓から得た細胞のなかに、何らかの新しい万能細胞(多機能性幹細胞)が存在した可能性は依然残る。
 TCR再構成を巡る小保方さんらの失態をもってSTAP細胞が存在する可能性そのものを全否定することは正しくない、と私は考える。








(私論.私見)