http://blog.livedoor.jp/nishiokamasanori/archives/7791247.html
----------------------------------
この本における私の目的は、「はじめに」で述べた通り、「ユダヤ人絶滅計画」や「ガス室」の実在を最終的に否定することではなく、それらに疑問を投じることにそぎません。疑問を投じた後は、「ユダヤ人絶滅計画」や「ガス室」があったという人々による説明を待つばかりですが、「ホロコースト」の「定説」には、まだまだ驚くほどたくさん、不合理が含まれているのです。ですから、現状では、私個人は、こうした彼らの「教義」を信じることはできません。
最も決定的なことは、「ガス室大量殺人」に関する「定説」側の主張に、科学的に不合理な部分が多々含まれているということです。ここで言う不合理というのは、必ずしも不可能という意味ではありません。しかし、あまりにも困難である、或いは馬鹿げている、という意味だとご理解頂きたいと思います。そうした幾多の科学的不合理に「定説」を擁護する人たちは一体、どのような説明をするのでしょうか?
先ず、そうした科学的不合理の極みとも言えるのが、既にお話しした、「ディーゼル・エンジンで一酸化炭素を発生させるガス室」の話です。即ち、繰り返しになりますが、「定説」側論者は、ポーランドに作られた六つの「絶滅収容所」の内、トレブリンカ、ソビボル、ヘルムノ、ベルゼックの四か所には、「ディーゼル・エンジンで一酸化炭素を発生させるガス室」があり、そうした「ガス室」によって、多くの人々が殺された、と主張しているのです。(「定説」側があったと主張するこの「ガス室」のことを、以下「ディーゼル・ガス室」と呼びます)
これは、マーティン・ギルバートなど、多くの「定説」側歴歴史家が述べている主張ですが、既にお話しした通り、ディーゼル・エンジンは、ガソリン・エンジンとは違い、一酸化炭素は極く微量にしか排出しません。他の排気ガスはともかく、一酸化炭素の排出量が少ないことこそが、ディーゼル・エンジンの特徴なのです。ですから、仮にドイツ人たちが一酸化炭素を使うガス室などを作ろうとしたなら、はるかに多くの一酸化炭素を排出するガソリン・エンジンではなく、ディーゼル・エンジンを一酸化炭素発生法として選んだという話には、あまりにも合理性が欠けているのです。ところが、「定説」側の歴史家たちは、ドイツ人たちがそのディーゼル・エンジンで一酸化炭素を発生させるガス室を作り、「民族絶滅」の手段とした(!)と言うのです。
ディーゼル・エンジンでも、不完全燃焼をさせれば、一酸化炭素の排出は増加します。しかし、ガソリン・エンジンを使えばはるかに高濃度の一酸化炭素を得られるのに、ディーゼル・エンジンを使う必要が一体どこにあるというのか、私には全く理解できません。(「定説」側論者の説明を聞きたいところです)。その上、既にお話しした通り、その「ディーゼル・エンジンで一酸化炭素を発生させるガス室」の実物は「現存」しないのです。そして、その「ディーゼル・ガス室」で殺された死体も一体もありません。(「隠滅されたから」なのでしょうか?)これで、「ディーゼル・ガス室」の存在を信じろと言うのでしょうか?
(西岡昌紀「アウシュウィッツ『ガス室』の真実/本当の悲劇は何だったのか?」(日新報道・1997年)212~214ページより)
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%83%E
3%83%84%E3%80%8C%E3%82%AC%E3%82%B9%E5%AE%A4%E3%80%8D%E3%81%AE%E7%9C%9F%E5%AE%9F%E2%80
%95%E6%9C%AC%E5%BD%93%E3%81%AE%E6%82%B2%E5%8A%87%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%A0%E3%81%A3%
E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B-%E8%A5%BF%E5%B2%A1-%E6%98%8C%E7%B4%80/dp/4817403934/ref=sr_1_
1?ie=UTF8&s=books&qid=1251191180&sr=1-1
------------------------------
(コピペによる全文の転載、転送を歓迎します。)
|