明治27年(1894年)、香港でペスト(黒死病)が流行。欧州はこの病気に何世紀も苦しめられ、 白人の医学界は原因究明をしようとしてきたが 解決には至っていなかった。
まだ日本では流行っていなかったが、 ついにアジアでも流行したということで 日本から医療支援の一員として 北里柴三郎が赴いた。 そして、着いてなんとわずか2日後に
世界で初めてペスト菌を見つけた。 死んだネズミからも同じ菌を見つけて 香港政庁にねずみの駆除を提唱した。 その助言が功を奏して 香港ペスト禍はたったの
三ヶ月で終息した。
これを白人は好ましく思わなかった。なぜなら彼らは 「文明は白人のもの」 と考えているからである。 彼らはフランス人医学者が同じ頃 発見したことにして、
北里の栄誉をとった。 それでも彼らの怒り・嫉妬は 収まらないらしい。 半世紀以上経った1960年代には、 菌の学名に残っていた 北里の名も消した、、、 |
香港でペスト騒ぎがあった年も、 日本は清と戦争を始め、 清の独製大型戦艦を 小さな海防艦で沈めていますし、 その数年後の義和団の乱の鎮圧後には
ドイツやロシアの軍隊が略奪に走る中、 日本軍は智謀と強さを披露し、 北京市民を庇護する騎士道ぶりを見せました。 |
日本人の私たちからしたら そこまでして、自分たちの優位性を アピールしたいのか と呆れてしまいますが、 白人の彼らとしては 非常に腹立たしいことのようです。
何が腹立たしいかというと、 日本人はごく自然に「礼儀」とか「寛容」とか の振る舞いをこなしてしまうことが 何とも小面憎く見えるのだ。 と、ジャーナリストの高山正之さんは言います。
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…あなたはここまでの話を聞いて どう感じましたか? 学校やメディアでよく聞く、 「あんな無謀な戦いはすべきでなかった」 「最初から負けることは分かっていたのだから、 兵隊たちは無駄死だった」 というイメージとあまりに違いませんか?、、、 実際に当時を知る人たちの証言・事実を紐解くと、 開戦した1941年時点では、 日本の実力はアメリカやイギリスを上回っており、 連合国は日本の強さを心から怖れていた という事実がよくわかってきます… 、、、ではなぜ、私たちは戦後そのような事実を 知らされていないのか? それは日本敗戦後、占領にやってきたGHQが 「二度と強い日本を見たくない」と怖れ、 「強かった日本」という事実を 私たち国民から隠したためです… その一方で 「弱い日本が大国アメリカに無謀な戦争を仕掛けた」 と刷り込むことで、日本人が自ら戦前の日本を全否定するように 仕向けたのです… ですが、事実として、戦前の日本は とてつもなく強かったわけです… それを知らないことには 「なぜ日本は戦争に突き進んだのか?」 その実相は見えてきません… しかし、私たちは学校で「日本が強かった」ということは 全くと言っていいほど習いませんでした…一方で「大国アメリカに無謀な戦争を挑んだ」 とだけしか習っていないので、 「なぜ日本とアメリカは戦争をしたのか?」 という本質的な問題についての理解は ちぐはぐなままです… それどころか、 日本軍の戦略や体質がいかにダメであったか、 そして圧倒的物量を誇る連合軍に どのように無残に打ちのめされたか、 ということばかりが繰り返し伝えられ、挙句は 「日本が侵略戦争をした」 「アジアを植民地にした」 などという荒唐無稽のフィクション ばかりが語られています… 戦後たった70年の間に作られた狭い歴史観に縛られ、 日本を悪く言い、自らの可能性を狭めるのは もうやめにしませんか…?日本人はポテンシャルが高いのに、 自ら「能力が低い」と思い込んでいるために、 本当に衰退していってしまっているのが 今の日本です… 強く誇らしい日本を取り戻すために、まずは 「日本は強い」という事実をあなたにも知ってもらいたい… そんな想いで、戦後 GHQが発禁とさせた 7769冊のうちの1冊の書籍を復刻しました。
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白人が嫉妬!医学界から消された北里柴三郎 |