世界中で猛威をふるっている新型コロナウイルスだが、1つ気になることがある。それは米疾病管理予防センター(CDC)という「世界最強の感染症対策機関」を持つ米国が、世界最大の感染国になっていることだ。4月20日現在、世界の感染者数は238万人を超え、うち米国は74万人(死者4万人)以上で世界全体の3分の1近くを占めている。なぜこんなことになっているのかと言えば、その責任の大半はトランプ大統領の失策と無能さにあると言っても過言ではない。今年1月末、中国の武漢で感染が拡大していた頃、ホワイトハウスには新型コロナについて警鐘を鳴らす報告書が情報機関などから上っていた。ところがトランプ大統領はそれを軽視し、「暖かくなる4月にはウイルスは消えてなくなる」などと、記者団に話していた。その結果、初動対応が大幅に遅れ、感染者が十分に把握できず、感染経路の追跡や感染者の隔離などを徹底できずに、感染を拡大させてしまったのである。
感染拡大のもう1つの主要因はウイルス検査の遅れだが、これもトランプ大統領の失策と無関係ではない。トランプ政権は世界保健機関(WHO)が各国に提供した検査キットを使用せず、米疾病管理予防センター(CDC)が独自に開発した検査キットを使うことを決定した。そしてCDCは2月初め、全米50州に検査キットを配布したが、試薬が不良品だったため、多くの州で検査できない状態が続き、感染拡大を招いてしまった。これらの州で検査態勢が整ったのは3月に入ってからだという。CDCは感染症対応などの分野で世界最強と言われているが、実は科学を重視しないトランプ大統領によって弱体化が進められている。
オバマ政権は感染症のパンデミック(世界的大流行)を国家安全保障上の重大な脅威と捉え、2016年にホワイトハウス内にパンデミック対策オフィス(PPO)を設立。CDCの活動を海外にも拡大し、各国の感染症発生状況をいち早く把握するために職員も派遣した。ところが、オバマ政権の副大統領を務めたジョー・バイデン氏によれば、トランプ大統領はこのPPOを廃止し、CDCの予算も大幅に削減したという。PPOは中国へも感染症の専門家を派遣していたというが、もし存続させていたら、トランプ政権は武漢で発生した新型コロナの状況をもっと早く把握し、効果的に対応できていたかもしれない。
米国内の新型コロナの感染者と死者が急増した結果、トランプ大統領が「米国史上最強」と自画自賛してきた経済はガタガタになってしまった。多くの工場が一時的に閉鎖され、労働者は解雇され、米国は前例のない経済危機に突入した。3月半ばからの約1カ月間で、失業保険の申請件数は2200万件を超えた。長く続いた強気の株式相場にも終止符が打たれ、専門家は景気後退を口にするようになった。
それまで確実視されていた再選に赤信号が灯るなか、トランプ大統領は3月28日、緊急支援法としては米国史上最大規模となる2兆ドル(約220兆円)の景気刺激法案に署名した。苦境に喘ぐ経済に大量の資金を注入し、困難に直面する企業や労働者を救済することを目的としたものだ。具体的には、中小企業への資金支援や経営の苦しい企業への融資、個人や家庭を対象とした小切手支給、失業給付の大幅な拡充、打撃を受けた病院や医療従事者への資金手当てなどである。さらに医療保険未加入者の検査・診療費補償も盛り込まれたが、これは民主党の指名候補を争っていたサンダース氏が国民皆保険制度の実現を提案していたことを意識したものと思われる。米国には医療保険に加入していない人が約3000万人いると推定され、彼らは新型コロナの感染を疑ってもなかなか検査・診療を受けられず、重症化させてしまうリスクが高いからである。
「最強の経済」はガタガタに 言動が180度変わったトランプ
トランプ大統領も再選を意識してか経済回復に躍起となり、同時にホワイトハウスの新型コロナウイルス対策チームの助言に耳を傾けるようになった。3月31日の会見ではそれまでの考えを改め、「新型コロナは季節性インフルエンザより断然リスクが高い」と述べ、「この流行で10万人から24万人もの米国人が死亡する恐れがある」と警鐘を鳴らした。それにしても「ウイルスはすぐに消えてなくなる」と言った舌の根も乾かないうちに「最大24万人の死者」とは、驚くべき変わり様である。大統領の発言や対応がこれだけコロコロ変わっては、国民は何を信じたらよいのかわからなくなってしまうだろう。最近の世論調査で、米国人の約6割が「大統領の言うことを信頼できない」と答えていることもうなずける。それからトランプ大統領は、3月30日に終了するとしていたソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の措置)や集会禁止などを4月30日まで延長するとし、また、「4月12日の復活祭までに、すべての経済活動を再開する」としていたのを、「6月1日を目標とする」と変更した。
しかし、大統領がいくら軌道修正しても、初動対応の失敗で多くの感染者と死者を出した責任を免れることはできない。11月の大統領選では、コロナ対策が最重要テーマになりそうだが、民主党の指名を確実にしているバイデン氏は、すでにトランプ大統領への批判を強めている。選挙用PRビデオのなかで、「大統領の失策や無能さによって国民の命が失われている」と述べているバイデン氏は、4月5日、ABCテレビの政治討論番組『ジス・ウィーク』でこう語った。
「私が言い続けているのは、トランプ大統領の行動が遅すぎるということです。ウイルス自体は大統領の失敗ではありませんが、ウイルス対策は大統領の責任です。大統領がやれることがいくつかあります。すぐに国防生産法の内容を実行してほしい。多くの人がそれを求めていますが、まだ準備中、検討中とのことです。手袋、マスクなど医療関係者に必要なものについて実行してほしいです。 それから、銀行の国防生産法も必要です。中小企業への融資が行き渡るようにしなければなりません。我々は雇用を守り、人々のビジネスを守らなければならない。そしてウイルスの検査体制も整えるべきです。400万件の検査が可能になるという話も出ていますが、それはどこでどうなっているのでしょうか……」。 |
オバマ政権時代に感染症対策に携わった経験を持つバイデン氏はこのような危機にどう対応すべきかをよく心得ているようで、話しぶりから自信と安定感が感じられる。一方、トランプ大統領は、「自分はタフで優れたリーダーだ」とずっと主張してきたが、コロナ対策ではそれを行動で示すことができていない。
「戦時下の大統領」発言で 支持率はわかずかに上昇したが……
トランプ氏は3月18日、「自分は戦時下の大統領である」と宣言し、パンデミックとの闘いに勝利するまで、国民に来るべき苦難に耐え、団結するように呼びかけた。しかし、国内の分断を散々煽ってきたトランプ大統領が団結を訴えてもまったく説得力はないが、これも選挙を意識してのことだろう。つまり、米国民は国が戦争のような非常事態に直面したとき、大統領を強く支持する傾向があるので、それを利用しようとしたのではないかということだ。その思惑通り、トランプ大統領の支持率は3月22日のギャラップ調査で49%となり、その1週間前(3月15日)より5ポイントほど上昇した。しかし、同じように戦時下の大統領となったブッシュ大統領(ジュニア)の支持率が2001年9月11日の同時多発テロの後、35ポイントも上昇したのに比べると、はるかに少ない。結局、トランプ大統領の上昇幅はもともとの支持層のなかに留まっていて、新たな支持者はほとんど増えていないように思える。トランプ氏の支持率は就任以来ずっと49%以下という低水準にとどまり、50%以上になったことは一度もない(ギャラップ調査では)。それは国家が危機に直面しても変わっていないということだ。トランプ大統領はこれまで多くの専門家から、「大統領として不適格だ」と批判されてきたが、今回の危機ではそれが決定的となったようだ。
ワシントンDCにあるシンクタンク「ブルッキングス研究所」の上級研究員、エレイン・カマーク氏は大統領を痛烈に批判している。
「彼はイディオット(バカ)です。この重大な危機にひどい対応をしました。非常に困難な状況に陥ったとき、人々は自信と能力を感じさせる指導者を望みますが、トランプにはそのような資質はありません。この3年間、私たちは信じられないくらい幸運でした。普通の人々の生活に重大な影響を与えるようなことは、起こりませんでしたから。でも、今は違います」(ガーディアン紙、2020年3月19日) |
感染症対策をないがしろに 危機に対応できない大統領
トランプ氏はツイッターで政敵やメディア関係者など人間の敵を攻撃するのは得意だが、目に見えないウイルスとの闘いでは完全に無能さを露呈している。情報機関は昨年、「米国は次のパンデミックに対して脆弱な状態にある」と警告したが、トランプ大統領はそれに耳を貸さず、何の対策も取らなかった。11月の大統領選に向けて、野党民主党は攻勢を強めている。民主党の選挙支援団体はトランプ大統領の失策を批判するテレビ広告を作成し、3月末から中西部の激戦州などを中心に流し始めた。その内容の一部を紹介しよう。
「すべての大統領に危機は訪れます。それは彼らの責任ではありません。重要なのは、それにどう対応するかです。ドナルド・トランプは新型コロナウイルスを生み出したわけではありませんが。彼はそれを“新しいデマ”と呼び、パンデミック対策チームを廃止し、米国中に感染拡大を招きました。すべての大統領に危機は訪れますが、この大統領はその対応に失敗しました……」。 |
トランプ大統領は、「これは民主党による新たなでっち上げだ」と主張し、訴訟をちらつかせながら、テレビ局に対して放送しないように求めた。しかし、「トランプ大統領の応援団」と言われているFOXテレビ以外の主要テレビ局は、この広告を流しているという。
じわじわと支持率上げるバイデン トランプは再選どころか惨敗も
コロナ危機をきっかけに、米国人の多くが大統領の危機対応能力の重要性について改めて考えさせられるようになった。そして、危機のときに国民に安心感と安全を与えてくれる大統領(候補)として、バイデン氏が存在感を増しているように思える。それは共和党員のなかにも広がっているようだ。共和党全国委員会のマイケル・スティール元委員長はこう述べている。
「過去24時間に聞いた最も落ち着きがあり、安心できる大統領らしい声は、ジョー・バイデンでした。共和党員としてこういうことを言うのは難しいが、それは本当です」(ガーディアン紙、2020年3月19日) |
また、バイデン氏の元上級顧問のモエ・ヴェラ氏は言う。
「彼(トランプ氏)は思いやりと共感性を示すことができません。この2つの価値観を持ち合わせていないのでしょう。コロナ危機は彼がずっと言い続けてきた“タフな指導者である”ことを示すチャンスでしたが、結局、何をしましたか? 見事に失敗しました」(同上)。 |
トランプ氏の失策に加え、大統領選で重要な鍵となるのは経済の動向だが、専門家からは景気後退の可能性が指摘されている。もしそうなれば、コロナ危機で大打撃を受けた米国経済が11月までに回復基調に向かうのは難しいだろう。
米国政治と選挙予測を専門とするエモリー大学政治学部のアラン・アブラモウィッツ教授は、次のように予測する。
「トランプ大統領の支持率の低さと相まって景気後退となれば、再選は非常に難しくなるでしょう。特に大不況ともなれば、大統領の支持率はさらに低下し、民主党候補が地滑り的な勝利を収める可能性もあります」。 |