科学技術庁資料「原発事故研究」その1 |
(最新見直し2011.03.21日)
大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害額に関する試算 |
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まえがき 本報告書は、科額技術庁が日本原子力産業会議に委託した調査「大型原子炉の事故の理論的可能性及ぴ公衆損害に関する試算」の結果をとりまとめたものである。本調査の目的は、原子力平和利用に伴う災害評価についての基礎調査を行い、原子力災害補償の確立のための参考資料とすることにある。その第一段階と して本調査は大型原子炉(とくに発電用大型原子炉)を想定し、種々の条件下における各規模の事故の起る可能性および第 3 者に及ぼす物的人的損害を理論的に解析評価したものである。 諸外国においてもこの種の調査はほとんど前例がなく、わずかに米国において 1957 年に原子力委員会が行つた調査「公衆災害を伴う原子力発電所事故の研究」(原題
Theoretical Possibilities and Consequences of Major Accidentes in Large
Nuclear Power Plants,(WASH-740) があるだけであり、本調査の委託に当つてもこの米国の調査(以下 WASH と略称する)の解析方法を参考とすることが指示されていた。従つて我々は時間的経済的制約の下で本調査を行うに当つて、できるかぎり
WASH の解析方法などを利用しようとし、そのためにまず WASH の検討から手をつけた。しかし WASH の研究が行われてからすでに3年を経過していること、また我国の特殊事情などのために
WASH をそのまま流用しうる部分は少ないことが判明したので、このような観点から現在の時点において我々に課せられた範囲内でできるかぎり科学的根拠をもつた解
析をしようと試みた。 大型原子炉の運転が出じうる公衆への危険の大ぎさを全休に評価するためには、次の4つの本質的且つ非常に困難な問題をといて行かねばならない。すなわち
本報告は第1章において(1)の問題を論じており、第2章において(2)、(3)の説明すなわち損害額等の試算に当つて採用した基本的考え方と仮定を明らかにし、第3章においてその結果すなわち(4)を記述した。 この調査において取組んだ重要な要素の大部分は理論的にも実験的にも未確定のものであり、最終的にはそれそれの分野の専門家の意見をもとにして割切 つて行くという方法をとらざるをえないものである。そういう事情から、本調査全体は、重要な諸問題点を指摘確認し、それら諸問題点の現在可能な最良の評価 を行うことにあり、その複合された結果の大ざつぱな近似以上のものではない。 最 後にとくに強調したいことは、この報告書に含まれた結論は、多くの本質的で重要な条件を前提としたものであり、又大きな不確かさを伴つていること である。これらの条件や不確かさをぬきにしては本報告の結論自体全くその意味を失うといつても過言ではない。それほど本報告の結論とその前提条件・不確か さとは密接不可分のものであり、これらを―括して正しく読みとつてはじめて、おこりうる公衆損害の標準的な大きさの桁を与え、―応の限界を定めうるもので ある。本報告書を利用される方々はこの結論や結果の数字だけを濫用されることのないよう、くれぐれもおねがいしておきたい。なお、報告書とりまとめを急いだため表現の不統―などが多くなつたが、御寛恕をおねがいしておきたい。 |
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目次
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第 1 章 公衆災害を伴う大型原子炉事故の可能性
いうまでもなく、大型原子炉が万一大事故を生じた場合、敷地外の公衆に災害を与える可能性をもつ所以は大抵の大型原子炉中に大量の放射性物質が貯え られているためである。大ざつぱにいえば原子炉が停止して後約1日後において、内蔵されている放射能は熱出力1Wあたり1キュリーであるといえる。つまり ここで取扱おうとする熱出力 50 万KWの原子炉では内蔵されている放射能の全量は約 5×108キュリーになるということである。多くの核分裂生成物に対する人体の許容量がマイクロキュリー(1キュリーの100万分の1)のオーダーで測られるものであることを考えるならば、核分裂生成物から生じうる潜在的危険は非常に大きいものであることがわかるであろう。 しかし、現在建設中や運転中の原子炉が公衆災害を生ずるような大事故を起こす危険性があるかどうかということは又別の問題である。原子炉内に内蔵さ れている放射能が万一敷地外に放散されたなら公衆に大きな災害を及ぼずおそれのあることは、原子炉設計の初期から痛切に認識され、そのような事故を未然に
防ぐためのあらゆる合理的な予防措置が考案され 実施されてきた。その上大型原子炉を人口居住地域に設置する必要が生じてくるやいなや、一層厳重な事故予防措置が採用されることとなつた。そのような予防
措置には、原子炉施設自体の事故を防ぐ安全装置と、炉自体の事故発生防止装置には一応無関係に事故から公衆を防護する格納施設と大別することができよう。
国によつて原子炉の安全審査に対する考え方は若干のちがいはあるが公衆への影響という見地からすれば、米英とも大体次のような考え方によつて設置許可が発給されているようである。すなわち、
この考え方はわが国においても―応踏襲されており、日本原子力発電株式会社が英国から導入する発電炉についていえば、200キュリーの放射能が数時 間にわたつて放散される事故が Maximum Credible Accident(以下 MCA と略称する)であるとされ、適当な措置をとれば、そのときにも敷地外の公衆にほ殆んど危険を与えないと判定された。 ここで米英の例についてそれぞれ MCA と考えているものを概観してみよう。 MCA のうち直接の原因か炉自体に由来するものとしては、反応度事故と冷却能力喪失事故とが考えられる。制御捧の引抜事故などによつて反応度の急上昇がおこれ ば、出カが上昇しいわゆる暴走をおこして大事故に到るおそれがある。しかし普通の発電炉では炉自体に自己制御性をもたせたり、制御捧の引抜に制限装置を附 したりすることにより反応度が異常に上ることを防止するほか、万―或る程度以上の上昇がおこれば種々のスクラムによつて原子炉を急停止するようになつてい ることを考慮して、 MCA では殆んどの場合反応度事故は取上げられていない。一方、何らかの原因で冷却材で失われたり滅少したりしたときは、燃料温度が上昇し、燃料或いはその被服 が溶融するおそれがある。多くの場合、 MCA では燃料溶融がおきる場合について解析を行なつているが、ガス冷却炉ではもともと冷却材の冷却能力が低く出力密度も低いので、冷却ガスがなくなつても原子 炉が停止されるかぎりでは燃料がとけるまでに何時間かの余裕があるという理由から英国や前述の原電の場合には MCA としては燃料溶融は考えられていない。 以上の2つは事故の原因と考えられるものであるか、さらにもしそのような原因で事故が発生して温度上昇、燃料溶融がおこつたとき、それをさらに重大 化し拡大化するおそれのある要素として、炉材料の化学反応がある。たとえは温度上昇した炉内に空気が侵入すればジルコニウム、ウラン、ウラン合金などの急 激な酸化反応が、水が侵入すればジルコニウム、或る種のウラン合金、ナトリウム等と急激な化学反応がおきる可能性があり、また有機材のような特殊なもので は、それ自体が燃焼性が高いということもある。このような化学反応に関しても、目下研究実験が行われている段階であり、事故の際の効果はまだ明らかになつ ていないので、現在のところ MCA では、化学反応は何らかの原因で事故が生じたときに放出放射能が増加する要素として取扱われている。 以上を要約していえば、多くの場合 MCA では、(1)何らかの原因で冷却材喪失がおきたとし、炉自体の性質や種々の安全装置の作動によつて原子炉は停止されるものとするが、(2)燃料体中の放射 能熱により燃料が溶融したり、溶融しなくとも燃料被覆のピンホールから空気が侵入し燃料を酸化とすることによつて、或る量の放射能が燃料から放出され、 (3)コンテナがついている場合はそれからの漏洩、またはコンテナーの破損によつて、前記の放射能の一部又は全部が大気中に放散されるものとしている。原 子炉が暴走事故に到る場合をも MCA として考察の対象としているものもなくはないが、多くの場合以上のような MCA の考え方が取られているようである。 MCA の結果として大気中に放散される放射線量としては200キュリーから約104キュリーという大きな幅にわたつているが、普通104キュリー程度が短時間(事故の際に内圧上昇や内部からの飛弾によつてコンテナーが破損)又はかなり長時間(燃料酸化の場合、或いはコンテナーから1日0.1%―1%の割で漏洩する場合)にわたつて大気中に放散されるものとしている。 以上のように、同じ MCA でもその考え方と放散量にはこれほど大きな相違がある。これは、部分的にはたしかに原子炉型式の相違や安全設計の相違に起因するものもあるが、それよりも 個々の原子炉の設計者または許可者がどの程度の事故をcredible(起こると信じうる)のものと考えるかという、多少とも主観的な要素に左右されてい ることは事実であろう。※
以上のことによつて、 MCA を問題にするかぎりにおいては巨大な公衆災害を生ずることはありえないことになる。しかし果して大型原子炉は公衆に災害をもたらす可能性が”絶対的”にな いといえるであろうか.ここにおいて問題となることは、 MCA の評価に主観性が伴うという事実である。そして、その一つの岐かれ目は、原子炉の暴走を生ずるような事故を MCA と考えるか否かであり、もう一つは燃料熔融を考えるか否かの点にある。 MCA でも公衆災害をほとんど生じないどいうのは、設置者や許可者の慎重に仮定した原因と経過に従つて事故がおきるという保証があるときに限られるということが できるであろう。このような保証が技術の進歩によつて漸次確かめられつつあることも確実であろう。しかし一方今日までにおきた事故―それはウインズケール をのぞき全く小規模のもので多くは研究室内に止まるものである―の経緯を検討してみると(附録(A)表2を参照)そのすべてが人為的な錯誤に起因してい る。多くの場合は全くの過失であり、又他の場合は知識の不完全性のため全く予期しなかつた現象が生じたことによるということができる。(※※) したがつて我々は公衆災害を考察するに当つては、質的にも量的にも MCA 以上の事故を考察しなければならないと考える。と同時に米英等においても、―方で原子炉が公衆災害を生じるとは信じられない(non-credible) という立場で原子炉の設置運転許可を与えながら、他方で万一 MCA 以上の事故が生じたとき第三者賠償に当てうる資力を設置者に要求し、またその能力をこえる事故が生じたときに国家が何らかの形で補償を行なうようにしてい ることは我々の考え方を裏付けているということかできよう。したがつて我々は、本調査では MCA 以上の規模の事故を対象とすることにしている。 本調査では104キュリーをこえる量が大気中に放散される事故を対象とする。こういう大事故の可能性については前述のことか らも明らかであるように本質的に確率を計算できないものであり(※※※)またそれ故にこそ、それに対して民間賠償責任保険以外の措置の必要が強調されてい るといえよう。 WASH においてもこの可能性の点については何人かの専門家のカンによる推定を集めようとしたが、大部分の専門家はこれを確率数値で表すことをことわつたと述べている。(×)
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損害試算の基本的考え方と仮定
次にいよいよ本調査に与えられた主題である大型原子炉の事故から生じる公衆損害額の試算に入るわけであるが、そのためには、まず本試算の前提となる種々の仮定を明らかにしておく必必要がある。 まず我々の試算の基本的態度といつたようなものについてのべておきたい。本試算は、近い将来我が国に設置される大型原子炉が何らかの原因で大事故を 生じた場合に公衆に対して(人数や金額でいつて)どれくらいの損害を生じうるであろうことを把むことを目的とするものである。したがつて我々は、どういう 型式規模の原子炉がどういう敷地に設置さるべきであるとか、個人の補償額はいかほどであるべきか、といつたいわゆる当為に属する問題については検討しよう としてはいない。つまり以下にのべる仮定はすべて、科学的な合理性をもつという理由で採用したものではなく、近い将来我が国において現出するであろう状態 を想定して、それを一般化し典型化した結果えられた仮定が以下にのべる諸仮定であるということができる。勿論我々は以下の仮定がそれぞれ或る程度の合理性 をもつていることを信じてはいるが、本調査の目的からいつてもまた時間の制約からも、合理性を追及することよりもむしろ一般性をもたせることに努力したこ とを強調しておきたい。 さらに個々の問題について町、経験も実績も科学的知識も限られているため、種々の面で思いきつた判断を行うことによつて内容の本質を明白な形で示し ていくという方法をとらざるをえなかつた。そういう場面には非常に多く遭遇したが、その際判断の原理とした考え方は、次の通りである。すなわち、まずでき るかぎり現在の科学技術の水準と傾向および現在の時点における社会的経済的与件にたち、近い将来の状況を想定したが、その結果一つのケースにしぼることが 不可能であつたり輻をもつた予想しか得られない場合は、やはり上述の通り一般性をもつ方向に割り切るという方法をとつた。 以上を要約すれば、本調査の目的からいつて、又調査の実施上の要請からしても、合理的た範囲内で一般性をもたせるということが、本調査の基本的考え方となつている。 次に本調査の最終結果が過大評価になつているか過少評価になつているかということについて一言しておこう。本調査の目的からして取上げた事故の前提 条件として非常に悪い場合をとり上げていることは第1章でものべた通りであるが、その評価はむしろ過少評価の側にあるものといえる。というのも一つには、 調査に当然取り上げるべきでありながら諸般の理由で除外した重要な項目がかなり多いことであり、二つには過少評価であることが明らかでありながらデータの 不足のため止むをえず採用したデータが少くないことである。前者の例は、人体障害の評価において晩発性障害や遺伝障害を損害試算の基礎において無形財産等 をそれぞれ除外したことであり、後者としては人体障害の評価において健康な成人を対象としたことや損害試算の基礎において家計財産や土地面積を過少評価し ているのがその例である。 個々の仮定の根拠については、附録(A)以降に詳記するが、以下その要点をのぺる。 損害額試算の対象範囲我々の試算の範囲はあくまでも公衆損害であつて、当核施設および従業員等は入つていない。また我々は物的損害のみならず人的損害をもできるがぎり算 定した。WASH は物的損害だけを損害算出の対象としているのに対して我々が人的損害までを金額で算出しようとした理由は、公衆損害の総額をできるだけ実際の額に近づけよ うとしたためであつたが、その目的にどの程度近づきえているかはほとんど不明である。またいずれの場合もすべての項目を算出したのではなくて、終額におい て占めるとウエイトと資料の信頼性とを勘案して取捨してある。又損害試算に当つては外国領土に及ぶ部分は除外した。 典型的原子炉と炉内の分裂生成物の容量考察する原子炉はウランを燃料とする熱出力約50万KW、中性子束平均約 1013 の原子炉で平均燃料取替周期は 4 年とする。この調査で仮定される事故は平衡に対したのち(すなわち分裂生成物が最大になつてから)におきるものと考える。燃料取替の周期を長くとつたこ と、後に敷地条件の項でのべるように敷地は主として動力炉用地という観点からきめているので、本調査の結果は動力炉の場合に最もよく適合するものである。 同じ出力であつても材料試験炉の場合は燃料サイクルが短いと想像されるので、放射能内蔵量とその内分けが変つくる上、燃料の種類、運転方法の相違などによ つて同じ放散キュリー数の場合の損害額は若干変動するものと思われる。しかし材料試験炉や小型動力炉などの場合も、放散キュリー数を同じにとれば、本調査 の結果は或る程度適用できる。 上記のような大型原子炉中の燃料サイクル末期における分裂生成物の蓄積量の送料は、事故後(すなわち原子炉停止後)24時間の値で約5×108キュ リーとなつているはずである。放散放射能の人体および土地使用等におよぼす影響の評価のために、分裂生成物の崩壊とその組成を考慮してある。燃料サイクル を長くとつたことによつて、WASH の場合よりもストロンチウム、セシウムなどの長寿命の各種の影響がちがつた形ででてきている。なお、特定型式の炉にふくまれているその他の放射能について はここでは除外した。※
典型的敷地我々は、現在動力炉敷地として確定している茨城県那珂郡東海村、および近い将来の動力炉敷地の候補地点と目されてれる数地点について調査した結果を 本調査の目的にてらして典型化一般化して次のような仮想的な敷地をえた。すなわち、原子炉は海岸に設置されるものとし、敷地境界は炉から800mで、炉か ら20km、120kmのところにそれぞれ人口10万、600万の都市があるものとする。損害額算出にあたつては、我が国の場合直線距離で 1000〜1500Mmで外国領土に達することを考慮する。 人口分布は炉から半径20km以内の人口はP=393R2.19(Pは半径Rkmの半円内の人口)で人口10万の都市は直径 10km の拡がりを、600万の大都市は直径 25km の拡がりをそれぞれもつものとし、大都市の周辺には巾 20km の比較的人口密度の高い周辺地帯がある。上記以外の地域は平均人口密度300人/km2とする。なお海岸線から80km、100kmを海岸線に平行して走るそれそれ高さ 500m およぴ1,000m の稜線があるものとし、この凌線による影響を考慮に入れた。 放出分裂生成物の性質公衆損害を考察する上で最も問題となるのは、放射能が原子炉から放出され大気により拡散されるような事故であろう。放射能が原子炉から放出されても コンテナーのような格納構造物中に包含されて直接大気中には拡散されないような事故については、コンテナーからの直接ガンマ線による損害は WASH と同様な方法で検討した結果、公衆損害は殆んど生じないので取上げないこととし、その際コンテナーから漏洩する放射能による損害のみを取上げることにし た。 種々の気象条件のもとでの風下における影響を算出するとき問題となる要素は放散時間と放出物中に含まれる粒子の粒度分布と放出時の煙霧温度とであ る。放散時間については反応度事故を伴うような短時間放出の事故のほか、燃料の酸化、或いは上述のコンテナーからの漏洩などのような比較的長時間にわたる 放出を代表する場合として4時間放出の事故を想定して検討してみたが、人体への影響その他を具体的亡検討した結果では両者の影響のちがいは他の要素に比べ て小さいことが判明したので、本調査では短時間放出を対象とすることとした。 粒子の粒度分布と煙霧の温度については、WASH で与えられている以上の具体的な根拠をうることは実際に不可能であつたので、WASH の値をそのまま採用し、それぞれおこりそうと思われる場合を代表する2つの場合を考えた。すなわち放出温度に対しては、高温(3,000°F、1650℃ ― 格納容器を破壊するに十分な圧力下の蒸気温度の代表)と低温(70°F 21℃ ― 普通の大気温度の代表)とをとつた。粒度分布は直径1μ、7μを夫夫中央値とする2つの分布の場合を考えた。3,000°Fはかなりの高温ではあるが酸化 ウラン(UO2)の溶融温度よりは若干低いものであり、粒度分布はそれぞれ煙と工場塵の典型であると WASH には記載されている。 事故による放射性煙霧の分布をきめる要因放射能を放出する事故がおきたと仮定したとき、風下の各地点における煙霧の分布をきめるのに影響する要素は数多くあるが、気象変数は、その組合がか ぎりなくあるものから、変数の個数を大きな影響を与えるものだけに制限し、その各々に対して1個ないし2個の代表的な少数例について計算することにより損 害の範囲に対する目安を得ることができる。 ここで取上げた気象変数としては、
風は大都市の方向に向かつているものとし、上記の気象変数は影響される全地域全時間にわたつて継続するものと考えている。以上の数値は、本 調査で典型的敷地をきめる基礎とした数個の敷地のうちから実際に気象データのある地点(又は近くの地点)の観測データから気象庁の協力によつてえられたも のである。なお個々の気象条件に遭遇する時間的割合は損害額試算結果の下欄に示してある。 分布を算出するための拡散方程式としては、附録(C)で述べられている英国気象庁方式、サツトン方式、坂上方式の3つを数値的に比較検討しその計算 結果は傾向的に一致を示すことがたしかめられたが、英国気象庁方式は、その表式が沈着の取扱いに不便なるため採用しなかつた。又坂上方式の特色ある取扱い は注目されたが、前記の強い温度逆転の場合について適当な常数が時間的にもえられなかつたので、本調査ではサツトン方式を使用することとし常数は WASH のものを採用した。 放出放射能の人体および土地使用に及ぼす影響次に、仮定された事故で放出された放射性煙霧に人体がさらされることによつてどの程度の障害を生じうるかの判定基準をきめなければならない。また地 上に沈着した分裂生成物による曝射からも障害を生じうる。公衆に対するこの種の基準はまだどこにも公式に示されたものはないが「前者の曝射はかなり短時間 のうちにおきるとみられるので退避などによつて障害を軽減することが困難であると思われるのに対して、後者の地上からの曝射については重大な障害が生ずる 前に汚染地域から立退できる位の時間があるであろう。ところで種々の放射線量によつておきる障害をきめることは医学的にもきわめて困難であるが、本調査の ように曝射線量が直接全身外部線量であたえられず、放射性煙霧に曝されることによつて体外および身体各部 が線量をうけることから生ずる障害を推定することは一層困難である。 WASH は戎る組成の放射性煙霧にさらされたとき身体各部のうける線量とそれからおきる障害を別々に算出して機械的に加算するという方法をとつているが、これは医 学的にみてかなり不合理とみられたので、本調査では全身および身体各臓器別に各核種別の効果を算出し、その被曝期間を1日以内、1年以内、数十年と3つに 大別して、それぞれの効果を比較して最も厳しい核種と臓器とに相当する煙霧の量をもつて障害の判定基準とする方法をとつた。 この方法自体は WASH のそれよりも合理性をもつと考えるが、この種の検討分析に伴うデータの不足からする不確かさは必ずしも改善されているものとはいえないであるう。とはいえ この推定の過程を通じてえられた問題点は今後の研究にとつて有用なものとおもわれる。なおこの検討分析を通じて放射線による人体障害に関するデータの不足 があらためて痛感されたが、今後のこの分野の研究の促進は重要なことと思われる。附録 (D) にのぺるように人体障害の判定基準としては次のようなものを採用した。 なお、事故は被曝者の一生の間に一度だけ遭遇するものと考えている。(図略) 全身ガンマ線量でいつて700r以上は全員2週間以内に死亡、200r ― 700r は全員障害を生ずるが一部は死亡、一部は治癒、100r ― 200r は全員障害を生じて治癒、100r ― 要観察は障害は生じないが医学的観察を要すると考えている。沈着放射能によつて、立退範囲と土地使用の制限範囲がきまる。近海漁業についても検討し附録 (E) で一応の基準を作製したが、損害総額において占める比重が小さいことと具体的な損害額試算の困難性のためにこれは損害額試算からは除外した。 基準は次の通りとなつた。
損害評価の基礎的仮定大型原子炉事故によつて生じうる敷地外の損害は、大別して死亡もしくは放射線障害といつた人的損害と、それ以外の物的損害とに分類できる。WASH では、人的損害についての金銭的評価は行わず、単に事故により障害をうける可能性のある人数を算定するに止めているが、本調査では人的、物的損失の両者に つき一応の損害額の試算を行つた。もちろん、不特定多数について人的損害額を算定することは極めて薙しく、適切な結論をうることは不可能に近い。このこと は物的損害額の試算についてもほほ同様である。しかし、試算に非常な困難が伴うからといつて、計算の比較的容易なもののみを抽出して試算を行い、それのみ についての試算結果を示せば、応々にしてそれ以外の損害は全く発生しないとか、または発生しても無視して差支えないというような誤解を招くおそれがある。 本調査の目的ができるだけ適正な損害の評価額を示すことにあるとするならば、こうした面への配慮は当然行わるぺきでおり、とくに過大評価にならない限り損 害の発生の予想されるものについて試算を行つた。 以上のような考え方に基づいた試算も、既存資料の入手の限界や推算方法の関係から、一部脱漏したものもあり、また多くの場合過少評価とならざるをえ なかつた。この意味で本調査に示す試算方法と結果は、決して唯一絶対なものでなく、さらによりよい手法を研究する余地は残されているといつてよかろう。な お、ここに示す損害評価額は、種々な汚染、被曝量の基準に適応して計算できるように WASH と同様すべて1人当りないしは1平方粁当りの額とした。 損害評価基礎額
仮定した原子炉事故原子炉事故が 公衆損害を生じうる可能性については第1章に論じた通りであるが、そのような事故がおき場合に生じうる公衆損害の程度を示し、この損害額に対する上記の諸変数の持つ影響の輪郭をつかむため、ここでは次の2種の原子炉事故を取上げることにした。すなわち、
なお、放出キュリー数の総量は第1章でのべた通り事故後24時間の値でいつて104キュリーをこえる量とする。 |
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第 3 章 試算結果とその評価
万一大型原子炉が事故を生じてその内蔵放射能の一部が大気中に放散されたとき生じうる公衆損害は、第 2 章でのべた諸仮定にもとずいて試算することができる。その詳細な結果は附録 (G) にのべてあるが、ここではその要約を紹介し、えられた結果を整理して簡単な説明を加えておこう。 本調査では大気中への放散量が(炉停止後 24 時間の値で)105 キュリー以上の場合を取扱うことは別記の通りであるが、ここでは全体の傾向をみるために、揮発性放出、全放出の場合につきそれぞれ105 キュリーの場合と107 キュリーの場合の要点をのぺる。ここでこれらのキュリー数に対応する事故がどういつた程度の事故を代表しているかをのべておこう。 105 キュリーは、放射能の量でいえば本調査で取上げた原子炉の内蔵する全放射能量の約 1/5,000 に当たるわけであるが、たとえば天然ウラン黒鉛型でいえば約 1 万本装入されている燃料棒のうち 10 本が溶融してその分裂生成物の 1/5 の量が大気中に放散された場合にあたるといえよう。揮発性放出の場合上記の例でいえば、燃料棒 10 本分の分裂生成物のうち揮発性のものだけが全部大気中に放散されたときが、105 キュリー揮発性放出に当たる。またコンテナーのある原子炉でコンテナーが破損しない場合についていえば、105 キュリー揮発性放出とは何らかの事故で炉内の揮発性放射能の全部がコンテナー中に放出されそれが漏洩によつて大気中に(数時間のうちに)放散される場合に 対応している。(同じく、コンテナーの穴の閉止がおくれ、その約 1000 分の 1 が大気中に放散された場合に対応しているといつてもよい。)107 キュリー放出についても、同様な説明が可能であることはいうまでもない。 すなわち放射能の量としては全内蔵放射能の約 1/50 に相当する量であり、上記炉型式でいえば、107 キュリー揮発性放出は燃料棒約 1000 本分の揮発性放射能が大気中に放散されるような非常に悲観的な場合を代表している。以上のような方法で以下にかかげる放出放射能の量がどういう事故を代表しているかのべることができるであろう。それぞれの条件下で、105 キュリー、107 キュリー以外の種々のキュリー数に対応する公衆損害については附録 (G) および本章でのぺる結果から或る程度推定できよう。 (1)放出キュリー数と損害との関係(イ)105 キュリー放散の場合人的損害はほとんど生じないが、低温(地上放散)で放出粒子が小さいとき、温度逆転乾燥時には数千人から 1 万人程度の要観察が生じうる。立退、農業制限などの物的損害は零から 10 億乃至 200 億円におよぶ。 (ロ)107 キュリー放散の場合人的損害は、低温放出ではかなり生ずる場合があり、放出粒子が小で逆転時には数 100 名の致死者、数 1,000 人の障害、100 万人程度の要観察者が生じうる。高温放出では人的損害はつねに零である。 物的損害は逓減時の全放出の場合が大きく、最高では農業制限地域が幅 20〜30km 長さ 1,000km 以上に及ぴ、損害額は 1 兆円以上に達しうる。(全放出、低温、粒定小で逓減の雨天時など) (ハ) 以上のことから判るように、105キュリーと107キュリーすなわち放出放射能が 100 倍ちがつても、諸条件のちがいにより公衆損害の範囲は重なつてくる。つまり 105キュリーでも、悪条件の場合には 107キュリーの好条件時よりも大きな公衆損害を生じうる。 (2)気 象 条 件(1) でのべた公衆損害の大きな幅は気象条件のちがいによるところが最も甚しい。 (イ)逓減時と逆転時逓減時には放射性煙霧は上下方向によく稀釈されるので、一般に地上における人的損害は少ないが、逆転時はその逆で、とくに低温放出のときは人的損害 は大きなものになりうる。しかし物的損害は地表面の沈着量からきまつてくるので、様子が大分変り逓減時の方がかえつて大ぎな被害を生ずる場合がある。* (ロ)乾燥時と雨天時粒度小たるときは雨による沈着によつて物的損害は大きくなる。この傾向は低温放出のときにいちじるしく、たとえば逓減時低温放出粒度小(全放出)では、乾燥時の約 50 億円に対して雨天時はその 200 倍以上の損害を生じうる。 なお雨天時には逆転状態はほとんど皆無なので取上げていない。 * 風速のちがいと煙霧の拡がり方とのちがいにより、逆転時の方がかえつて放射性粒子が比較的近いところで落ちてしまい、逓減時にくらべて沈着の影響が近くに局限される場合がある(この傾向は粒度大のとき著しい。) (3) 放出粒子の粒度のちがい粒度大なる方が沈降速度が早いので、一般に物的損害は粒定小より大きくなりうるが、逆転時低温放出のように煙霧が地表面をはうような場合には、粒度 大なるときは比較的近い地域に濃くおちるため、物的損害発生面積が相対的に小さくなつて被害額がかえつて小さくなることがある。 (4) 全放出と揮発性放出のちがい放出キュリー数が同じ場合、両者のちがいは損害を生ずる基 のちがいに帰せられる。人的損害の判定基準は、粒度小のときは致死及ぴ障害発生基準は全 放出の方がゆるいが、要観察の基準になると逆に全放出の方がきびしくなり、粒度大のときは致死及び障害発生の基準は全放出の方がきびしいが要規察の基準に なると逆に全放出の方がゆるくなる。物的損害の判定基準となると、緊急立退(12 時間以内に立退)の基準以外は全放出の方が一桁位きびしい。以上を綜合して、公衆損害を金額で表わすときはつねに全放出が多額になつている。 (5)乾燥時と雨天時とのちがい。雨天時は、普通の沈降に雨による沈降がつけ加わるので粒子が小なるときは物的損害が大きくなる。しかし粒度が大たる場合は、粒子自体の沈降速度がす でにかなり大きいので低温(地上放出)の場合のように粒子自体がすでに効果的に沈者しているようなときは、雨はかえつて被害を若干局限する方向に作用する こともある。 (6)概 括以上のように諸要因がからみ合つてどういう場合に損害が大きくなるということは、一概にはいうことができない。そこで、以下そのしめくくりとして、顕著な場合について被害程度からみたいくつかの分類をあげておこう。 (イ)被害皆無。(105〜107 キュリー)
(ロ)人的損害は数 1,000 人以下の要観察のみだが、かなりの物的損害を生ずる。この場合の例としては次のような場合がある。
以上はいずれも 107 キュリーの場合で、物的損害が多い順序に列べてある。 (ハ)致死はじめかなりの人的損害を生じ物的損害もかなりの額になる。
以上のうち 3. と 4 は10人程度致死、100 人程度の障害、1,000 人程度の要観察者を生じ、 1 と 2 は数 100 人の致死、数 1,000 人の障害、数100万人の要観察者を生ずる(107キュリーの場合)。 (ニ)合計損害額が非常に大きい場合。
以上は損害額の大きい順序に列んでおり、いずれも 107 キュリー放出の際は 1 兆円を こえる。 |
(私論.私見)