飄(つむじ風)転載6

 (最新見直し2014.08.13日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
 1985年8月12日、羽田発大坂(伊丹)行き日本航空インターナショナルのボーイング747型(ジャンボジェット、機体記号JA8119)機のJAL123便が墜落し、505人の乗客と15人の乗員合わせて524人(他、赤ちゃん1名)が死亡すると云う大惨事が発生している。問題はこの事故が事件の臭いがすることにある。この事件には不可解なことが有り過ぎる。幾人かの識者が既に言及しているが未だ真相は明らかにされていないと考える。これを仮に「1985日航ジャンボ機の御巣鷹山墜落事故事件」と命名する。長年気になっていた事件であるが今漸く着手する。

 2010.8.16日 れんだいこ拝


 2011-10-20、暴かれるか、日本航空123機墜落事故の真相?!70

 本家ブログ『(新)日本の黒い霧』さんの情報。フィリピンから精力的な更新!  折れなかった垂直尾翼!!第70弾。これが核心的見解に近い。ダッチロールもなかったんだ。全ては何かを避けるための回避行動と言うことになる。何かとは追尾する戦闘機だろう。その攻撃を避けるために元航空自衛隊の機長は必死の回避行動を取っていたことになる。大型航空機は一発のミサイルでは簡単に撃墜はされない。勿論、これは仮説であるが、その後の不可思議な飛行経路と緊迫した交信内容は、その為かも知れない。大体、『スコーク77』発信そのものが異常であり、要撃対象機であることを告白している。その直後に、日航機123便は日米の戦闘機のスクランブルを受け、用援護対象機になったものと思われる。それは理由があったのだ。攻撃の事実がなければそうはならないだろう。最初の一撃があって、僅か7秒後『スコーク77』発信があった。すでに要撃を予測していなければ、そうはならない。そして、その時、高々度ではなかった。だから酸素マスクも必要なかったのだ。と言うことは、それより以前から回避行動に入っていたことになる。低空に飛行していたのだ。しかし避けることはできなかった。 『スコーク77』発信後は、スクランブル機の指示に従わなければならない。その指示に対する応答は、1.了解、指示に従う。2.指示に従うことはできない。3.指示を繰り返してください。4.自機の現在位置がわからない ← リクエストポジション。5.○○に着陸したい。6.降下したいの選択肢しかない。誘導され、横田基地に着陸体勢に入ったが、何かの事情で無理矢理御巣鷹に誘導され、最後の回避行動に強いられた。垂直尾翼が折れていては到底、そのような飛行はできない。これは単なる推測である。

 JAL123便墜落事故-真相を追う-折れなかった垂直尾翼(3)2011-10-13 JAL123便墜落事故  

 時々、他の123便真相究明関連サイトを読ませていただきますが、未だに次の点で止まったままの議論が多いようです。

 (1)ボイスレコーダ(CVR)/フライトレコーダー(CFR)の検証
 (2)アントヌッチ証言による米軍の墜落場所発見と日本側の不作為
 (3)上記(1)(2)を総合した自衛隊標的機の衝突および隠蔽説

 (1)については「折れなかった垂直尾翼(1)」 で、犠牲者の小川さんが機内で撮影した写真の解析から、発表されたCVR/CFRが写真の示した事実を反映していない、つまり改竄の可能性が極めて高いことを指摘しました。また、(2)についても御巣鷹事変当事者である米国軍の発表であることから、その事実性については十分な注意が必要です。ただし、それまで沈黙していたにも拘らず、事件から10年近く経過した後に、なぜこのような情報を出してきたのか、その政治性については分析を加える必要を感じます。(1)、(2)がもはや信頼性を欠いている以上、この議論を基礎とした(3)の仮説はあり得ず、また、相模湾が海上自衛隊の訓練海域でないこと、加えて、当時、高度7000mの飛翔物を落とすような艦上装備がない以上、この高度に標的機を飛ばす理由はないことから、標的機衝突事故説が極めて信憑性に欠けた妄説であることは「自衛隊説を切る(2)」ですでに解説済みです。よく言われる「オレンジ色」の物体についても、この色の破片が墜落現場から山ほど見つかっている事実があります。その一部はミサイル片であり、また軍機の装備品であったり、「オレンジ色」というだけで、それが何かと特定するのは極めて難しい問題であることは、ここにつけ加えておかなければなりません。私たち日航機事故調査チームは現場調査を重要視し、できる限り物証を押さえることで真実に迫ろうとしています。そして、これまでの調査結果から日航機事件には想像を超えた複雑な背景が隠れていることがわかってきました。ただただ報道記事の抜き出しをつなぎ合せただけでは、陳腐な「自衛隊標的機衝突説」を考え付くのが関の山でしょう。真実は現場にしかありません。改竄されたCVR/CFRを聴いて、信じて、涙し、義憤にかられているようでは隠蔽する側の思う壺なのです。123便の真相を求める人々はこの点を強く認識するべきです。

 ■尾翼破壊:事故調査報告書を再度検証

 運輸省の事故報告書では、123便は相模湾上空で圧力隔壁と垂直尾翼の破壊が発生したとなっており、その証拠の一部として、相模湾海上で海上自衛隊艦「まつゆき」が回収した垂直尾翼周りの部品が付図に掲載されています。まずは、以下に報告書のキャプションのままにその写真を転載しますので、まずそれをご覧になってください。

 写真1:海上から回収されたAPU空気取り入れダクト
 写真2:海上から回収された垂直尾翼の一部(1)
 写真3:海上から回収された垂直尾翼の一部(2)

 これらの写真をご覧になって何か変だと気がつかないでしょうか? 写真2、3はともかく、写真1はどう見ても大きな金属の塊にしかみえません。また、高温となるAPU(補助エンジン)のダクトであれば、FRPやプラスチックが使用されていたとは考えにくいです。この金属様の塊が海上を浮遊していたというのはあまりにも無理があります。この点について国際軍事評論家のB氏にお話を伺ったところ次のような説明を頂きました。「海上での航空機事故の場合、基本的に、アルミのような軽い金属でも沈むものと考えるのが普通です(*1)。浮かぶのは木片やプラスチックの類に限られます。その意味では、写真1のダクトは当然沈みます。また、写真2、3の垂直尾翼の一部も極短時間ならともかく、そのまま浮いてるはずがありません、こちらも当然沈みます」。B氏の見解は、上記の写真に写った尾翼周辺の構造物全てが海上で回収されたというのはおかしいというものです。この説を少し押し進めると、これらの回収物は海上以外のどこからか調達したという結論に至ります。それはどこなのでしょうか? 模造品でなく、実機の破片を写したというなら、それは123便の墜落 現場、御巣鷹の尾根周辺としか考えられません。

 *1 アルミも沈む:1円玉を真水に浮かすことはできますが、それは1円硬貨の形状により浮力が生じるためです。

 ■陸揚げ地がなぜ館山港なのか?

 軍事事情に詳しいB氏は、これらの回収品が海上自衛隊基地に隣接する館山港に陸揚げされた点についても疑問を呈します。「館山の海上自衛隊基地は航空隊の基地です。確か、専用の港湾設備もなかったのではないでしょうか。海上自衛隊艦船が回収物を陸揚げするなら、東京湾浦賀水道の反対側にある横須賀基地を選択するのが順当な考えです。(しばし沈黙) そうか、横須賀基地を共用している米国海軍に情報を取られたくなかったんだな・・」。


 写真4:千葉県館山市の海上自衛隊基地(出典:Google Earth)
    右に隣接する港は一般港湾の館山港

 図1:横須賀基地は館山港のすぐ近くだ(出典:Google Map)
   順当に考えれば都心にも近い横須賀を選択するはず

 以上に加え、B氏は、当時試験航行中の「まつゆき」が、試験航行中故に正式に海上自衛隊本隊の所属ではなく、自衛隊の装備課(現装備施設本部)の管轄下にあっただろうという点も指摘しています。これが大事な点なのですが、「自衛隊」というとどうしても一つの組織として私たちは捉えがちですが、現実には 「陸」と「海」では組織体として天と地ほど違うという事実(相当に仲が悪いという事実も)はB氏が常々語っていることです。第二次大戦後、一時は解体された大日本帝国陸・海軍ですが、自衛隊が再編されることになっても、組織体としてのカルチャーはそれぞれ別に継承されていると考えるのが順当だということ です(*2)。その考えに従うと、館山港への寄港および陸揚げは、自衛隊内の中央組織によって決定されたことになり、そこに「陸」「海」のどちらの意思が強く働いていたかと考えるのが重要になります。米国海軍と親和性の高い海上自衛隊が敢えて横須賀帰港を避ける決定をするとは考えにくく、館山の海上自衛隊基地と関連があるように見せかけながら、敢えて一般港湾に陸揚げさせ、米国海軍の監視をかいくぐるその手口から、館山寄港には「陸」の意向が強く働いていたとみなすことができます(*3)。

*2 陸と海:「空」については旧陸軍航空隊の継承組織と考えることができます。よって「陸」に含まれるとみなして間違いありません(B氏)。

*3 陸の意向が強い:「自衛隊標的機衝突説」での悪者は海上自衛隊です。この説の流布自体に情報撹乱の意図が見え隠れしますが、同時に「海」に対する「陸」の敵意も透けて見えます。


 ■目撃証言:墜落直前まで垂直尾翼は残っていた

 確か、米田憲司氏の「御巣鷹の謎を追う」(宝島社2005)だったと思いますが(*4)、そこには長野県川上村で「鶴マーク」を付けたジャンボ機が低空飛行しているのを目撃したとの証言が書かれていたと記憶しています。著者の米田氏は、垂直尾翼の大部分は脱落していたはずで、この証言は何かの勘違いだろうと結論付けています。本書を読めばよくわかるのですが、米田氏ほど本件をよく調査された方でも、捏造されたCVR/CFRの呪縛に陥っており、圧力隔壁破裂が原因かどうかは別として「折れた垂直尾翼」という前提で全体を推理しています。よって、「鶴マーク」の目撃証言がそのシナリオに合致しない以上、「何かの勘違い」と推論せざるを得なかった事情も理解できます。


 写真5:123便(JA8119)の垂直尾翼に描かれた大きな「鶴マーク」

 多くの真相究明者が「折れた垂直尾翼」説を信じるもう一つの証左は、東京都の奥多摩で撮られたという、尾翼を欠いた同便の写真(写真6)です。これは当時、一般報道でよく放映されていただけではなく、事故報告書でも尾翼が脱落した証拠写真として採用されています。

 写真6:尾翼が欠けていると問題の証拠写真
    確かに尾翼が欠けているように見えなくもない。実際にこれだけ欠けていたら「鶴マーク」は見えないだろう

 頭から何でも否定するのはよくないかもしれませんが、嘘・捏造何でもありの本件に関しては、よほど注意する必要があります。写真6についても、画像は不鮮明であり(かなり引き伸ばしているでしょう)、被写体はシルエットだけ、非常に手が入れやすい写真とも言えます。また、そのような作為がなかったとしても、上空の雲の状態で機体の一部が隠れてしまうことは頻繁に起こることだと想像されます。私は、この写真の信憑性は高く見積もっても50%程度、真偽半々と見ています。一方、「垂直尾翼は折れていなかっただろう」と推論することは、これまで調査収集した事実から十分に説明可能です。

 (1)不自然な海上回収物(模造品か墜落現場からの輸送)
 (2)墜落現場近くでの「鶴マーク」目撃証言
 (3)相模湾上低空域での旋回飛行(参照:折れなかった垂直尾翼(2))

 (2)については、次のような補足説明も可能です。123便は相模湾上空で異変後、静岡、山梨、埼玉、など各地で目撃されていますが、S字蛇行など、航跡の不自然さは指摘されていても、機影に関する指摘は皆無です。写真6の示すように垂直尾翼が大きく欠けていれば、航路正面からその機影に臨まない限り、その異変に嫌でも気がつくはずです。(3)に関しては本シリーズの前回の記事を参照していただきたいのですが、大手掲示板に次のような興味深い書き込みがあったので参考までに掲載いたします。相模湾上における低空での旋回と「鶴マーク」の存在、どちらも私たちの推論と上手く合致します。

-------------引用ここから----------------
 何で、こんなに拘るのかといいますと信じてもらえなくても構いません。あの日、湘南で泳ぎ『湘南台』という小高い丘の景色の好いスポットにいました。「あれ?飛行機が低空で飛んでる。この辺、厚木基地が近いから?」。「それにしても変だよね、飛行機のお腹がこんなに近くに見えてる」。「あれ?あっちへ行ったと思ったらまたこっちへ飛んできたよ?」。「グルグル廻ってるみたい!鶴丸見えた!」。当時、携帯電話などなかったので家に電話。「今ニュースで、日航機が行方不明だって」。私達が見たのは、もしかしたら…その晩から、眠れませんでした。
-------------引用ここまで----------------
(出典:http://read2ch.com/r/ms/1306480683/)

 以上の推論を以って、私たちはこう結論付けます。「垂直尾翼は折れていなかった」、そして、「墜落直前まで操舵できていた可能性は高い」と。

*4 出典について:現在、海外避難中の身であり、手元の資料が限られるため、正確な出典を示すことが困難な状態です。本記事はコメント欄の入力制限を緩和しま すので、出典の誤りや、本記事に関する新しい情報があればご記入ください。ただし、情報工作に対処する必要から、基本的にコメントは公開いたしません。ま た、改めて制限をかける場合もあります。なお、重要コメントに関しては記事中で返答したいと思います。

 ■沖合いを埋め尽くした捜索船

 これもまた出典を失念したままで申し訳ないのですが、事故当夜以降、大量の捜索船(漁船なども含む)が伊豆東南部の沖合いを埋め尽くしていたという、現地旅館の宿泊者の証言があります。これが事実だとすると、「折れなかった垂直尾翼」という我々の推論と少し噛み合わない点が生じます。それは何かと言えば、尾翼破損がなかったかもしくは極めて小規模のものであったとすれば、偽装工作とはいえ、そこまで大量の捜索船を出船させる必要はないからです。しかし、この証言を読んだ限り、当局が少なくとも海上で何かを必死に捜し出そうとしていた気配が感じられるのです。「折れなかった垂直尾翼(2)」で推察したように、123便は何かから逃げるように相模湾上を旋回しています。また、爆発音や煙も目撃されています。ここから導かれる一つの推論は、「相模湾上で戦闘行動が発生した」
というものです。そして、捜索活動の規模から、123便の機体破片や使用されただろうミサイル類の破片などとはまた違う、重要な物体、例えば撃墜されて着 水した戦闘機などの探索回収が本来の捜索目的であっただろうと推察されるのです。すると、「圧力隔壁破壊説」という従来説は、123便の事故原因だけでな く伊豆沖での捜索活動をカモフラージュするための口実として創作された可能性が極めて高いと結論付けられるのです。私は、戦闘行動の末、伊豆沖の相模湾に墜落した戦闘機は旧ソ連空軍のMIG-25ではないかと推測しています。そして、落とされた戦闘機があるなら、落と した側の戦闘機も同じ空域に存在したはずです。もちろん、その結論に至るまでは、推論の中でまだ幾つかのステップを踏む必要があります。本シリーズでは、 そのような状況が発生した必然性について、私の知る限りの情報を紹介していきたいと考えています。御巣鷹事変は相模湾上空で既に始まっていたのです。


 写真7:伊豆下田白浜海岸沖
    この周辺の海域が捜索船に埋め尽くされたという
 * * *

 123便の墜落事故といえば、一般には群馬県の御巣鷹の尾根が最も注目されています。これまで、本ブログでも軍機破片の発見報告など、墜落現場における検 証が大勢であることは否めません。しかし、本記事で取り上げたように、相模湾上空での異変はそれに劣らず重要な意味を有しています。房総半島の館山から始まり、三浦半島から伊豆半島の先端部下田まで、そして沼津・清水・焼津など静岡県東部にかけて、日航機事故調査チームの現場取材は群 馬県の墜落現場とほぼ同等の時間を海側の調査に割り当てています。そして、私たちの調査を常に妨害しに現れるクロカモ(*5)も、群馬・長野両県の山間部 に劣らず激しい勢いで私たちを襲ってきました。特に伊豆半島東部・中央部での出現頻度は驚愕すべきものがあり、同時に、伊豆半島こそ彼らが最も知られたく ない「何か」がある場所だと直感しています。直感と簡単に述べてしまいましたが、それは123便の関連事実だけでなく、日本の闇組織「クロカモ」のルーツにつながる重要事実と関連しているだろうと概 ね想像はしています。古代日本から現代に至るまで、歴史上の支配機構の背後で暗躍してきた、まさに「King of 日本の黒い霧」と呼ぶべき彼等の出自が、123便の真相究明をきっかけに、これから益々明らかにされていくことでしょう。

 *5 クロカモ:(毎回同じような説明で恐縮です)私が命名した日本の闇組織のこと。本ブログではこれまで「国営テロ集団」と呼んでいた。国際的な軍産複合体で もあり、天皇家・政府・官庁(自衛隊や警察も含む)・企業・暴力団・宗教団体など、あらゆる組織にその分子が潜入し、実質的に日本を支配していると思われ る。組織体であれば当然だが、闇にも色々と派閥があるようだ。クロカモに強く対抗する存在「シロカモ?」もあれば、それとは別の本体と同調しない闇グルー プも幾つかある。あくまでも調査体験からの推測だが、私はこれらのグループを、仮に「ビマワリ」、「アリラン」と呼んでいる。もう少しはっきりしたことが わかってきたら、ここでお知らせしたいと思う。

 その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。
CUM ESSET ERGO SERO DIE ILLO UNA SABBATORUM ET FORES ESSENT CLAUSAE UBI ERANT DISCIPULI PROPTER METUM IUDAEORUM VENIT IESUS ET STETIT IN MEDIO ET DICIT EIS PAX VOBIS(ヨハネの福音書 第20章19節)
 2011-10-07、暴かれるか、日本航空123機墜落事故の真相?!69

 本家ブログ『(新)日本の黒い霧』さんの情報。フィリピンから精力的な更新!
監視行動の手口!第69弾。

 こういう話はスパイもどきと一笑する向きもあろうが当然あり得る。低強度戦争の時代に生きているのである。ソフトパワー戦略という向きもある。そう言う日本になったのだと覚悟すべきだ。日々、ゴルゴ13ではないが背後に立つ人間には注意を要する。そして、男にとっては女と酒だ。その逆も当然あろう。転載ブログの管理者は信仰者であるから、そう言う手段は無効であろうが、真実追求者は常にその注意を怠らない様にする必要がある。不肖、投稿者も少しは気をつけている。それはさておき、人間は最終的にいつかは死ぬ。これは確定的だ。だから、そうそう恐れていても果てがない。死ぬまでが人生だから、その間、どのように生きるかと言うことに尽きる。ロボットの様に生きるか、女々しく(女性差別ではない)生きるか。雄々しく(男性賛美ではない)生きるか、選択の問題であろう。要するに勇気を持って生きることが肝腎だ。『勇気』とは気が勇むと書いてある。気とは霊のことだ。つまり魂に素直に生きると言うことに尽きる。そう言う人ばかりになれば陰謀・謀略は胡散霧消するであろう。スピリチュアルという言葉がある。スピリチュアリストという言葉がある。霊的、あるいは霊的関心のある人々という意味である。霊=精神と言い換えても意味は同じだ。その意味で投稿者はスピリチュアリストと人は呼ぶかも知れない。しかし、一度も自分から標榜したことはない。そのつもりもない。何故かというと人は死ねば、誰でもスピリット(霊、精神)しか残らない。標榜するまでもなく誰でもそうであるからだ。元々、スピリチュアリストだから標榜するまでもない。そうでない人が果たしているだろうか。そうでないと思っている人は多い。所謂、唯物思想家であって、死ねば何もなくなると思っているのであろう。その真偽は、確実に死ねば分かる。誰でもそんなに遠い先の話ではない。だから、本質、死をそんなに恐れていないのである。来るならいつでもおいでだ。さりとて、やるべき事はやらねばならないので、注意はする。そう言う感じだ。誰しもそうだろうが、スティーブ・ジョブズ氏が死んだ、これは悲しい。遠い海の向こうの人物だがJFKの様に哀しい思いがする。不思議な感じだ。iBOOKにぼちぼち乗り換えようと考えていた矢先だ。いろいろ都合があって、長らくWindowsで来たが、無念を感ずる。

 JAL123便墜落事故-真相を追う-蘇る亡霊(14)2011-10-04 19:23:44 | JAL123便墜落事故

 日本を離れて半年が経過し、日本社会の動向に疎くなっているのは最早言い訳できない事実です が、海外にいるからこそ見えてくる事実もあります。今回は日航機事故調査チームの活動監視について、日本の闇組織「クロカモ(*1)」がどのように我々を 監視ししていたのか、体験から考察してみたいと思います。

*1 クロカモ:以前からの読者に説明不要とは思いますが、私が個人的に命名した日本の闇組織の総称です。国際的な軍産複合体とみられ、警察・自衛隊なども含 め、日本の政府機関、大企業、宗教団体、暴力団等非合法組織のほとんどが彼らの意向に沿うことを強制されていると思われます。興味深いのは、劣勢ながら彼 らに対抗する組織も存在しているようだということです(シロカモ?)。

 ■連日自宅上空に飛来する航空機

 昨年10月頃、知人のR氏宅上空に、自衛隊および米国海兵隊の大ヘリ編隊が飛来した話は以前「蘇る亡霊(9)」でお伝えしました。普通に考えるとただの誇大妄想にしか聞こえないでしょうが、飛来機種や飛行パターンを軍事行動的に考察すると、それがただの偶然でないことは明らかです。これが偶然でなく、ある種の意図を持った恣意的行動だと判断する理由の一つに、筆者の私自身が、一昨年来、各種機関の航空機から監視を受け続けていたとい う事実があります。特に、昨年の今頃は、連日のように航空機が自宅上空に現れ、恣意行動を続けていました。記事の更新直後は特に激しく、自宅上空の真上に 低空で10分以上も滞空するヘリコプター、繁華街を歩行している最中にどこからともなく飛んできてピタリと私の真上で静止し滞空するヘリコプターなど、そ の体験をいちいち並べたらキリがありません。

 ■筆者の乗る自動車を正確に追尾

 S氏と現地調査に向かう時は乗用車をよく利用しました。移動中の全行程に追尾車両が複数現れるのはむしろ当然で、全く現れない時や数が少ない時は、かえって「今日はどうしたんだろう?」と相手のことが心配になるぐらいです。驚くのは、調査対象地近くの山岳道路に入ると、見通しの悪いカーブで正確に対向車を合わせてくることです。もちろん、普通にカーブを回ってくるならなんの 問題もありませんが、車体をわずかに中央斜線からはみ出させ、こちらの自損事故を誘発する妨害走行はほぼ欠かさず実行してきます。場所が岩山沿なら予め大 き目の落石などを道路上に置いていたりするので、事故の危険性は格段に上昇します。

 図1:カーブで自損事故を仕掛けてくるケース
  山岳地帯では路上の置石も同時に仕掛けてくる。事故の目撃者となるバックアップ車両を必ず同伴させている。公安警察お得意の手法と言われている。このように事故は捏造されている。ドライバーの皆さん、気をつけて。

 自動車を追尾する場合は、大抵の場合、毒ガス車や電磁パルス銃搭載車両の出現もセットです。排気ガスに神経ガスを混入させて放出するケースや、実際に電磁 パルスを打たれた時のケースについては、これまでもお知らせしてきましたが、運転者の脳神経系を麻痺させて、自損事故に持っていこうとする意図が見えてき ます。私の場合は、生来鈍い性質ですので、ひどく苦しむことは稀でしたが、S氏のように鋭敏な神経の持ち主は、もはや運転の続行が不可能になり、車を乗り 捨てて、途中で移動手段を鉄道に切り替えることが間々ありました。ここでも、犯罪実行車両を正確に調査車両の前方、後方に配置するテクニックに見るべきも のがあります。これまでの観察の結果、実行車両の運転者は特殊なカーナビシステムに誘導されてピタリと照準を合わすことが可能なようです。


 図2:特殊なカーナビシステム(1)
 高速を夜間走行中、クロカモ部隊に取り囲まれた時、周りの車両が全て同じカーナビ画面を表示しているのに失笑してしまった。これに気がついたのか、最近はダッシュボードの下部にナビ画面を設置するようになった。関係者の話では、京都の任天堂がこのシステムを開発したというが、定かではない。


 写真1:特殊なカーナビシステム(2)
   スーパーの駐車場で撮影したもの。近所の買い物の度にいちいちカバーを掛けるドライバーはいないので、すぐに部隊車両と判別できる。これもまた失笑もの。

 ■市街地の歩行中、鉄道内でも執拗に追尾

 「蘇る亡霊」シリーズの記事でお伝えしたように、鉄道の中や、人込み中で私たちを追尾することも当たり前のようにやってきます。鞄に仕込んだ電磁パルス発 信機や小型のスプレーに仕込んだ毒ガスなどで調査メンバーを狙ってくるなどはもはや日常風景となったと言っても過言ではありません。ひどい場合はラーメン 屋のカウンターの隣席にまで座ってきましたが、さすがにこれには閉口しました。携帯電話を開いて、そこに映っている画面と私の顔を何度も見比べているの で、彼がクロカモ部隊関係者であることはバレバレです。それ以前に風貌が明らかに一般人と異なるので、お店に入った時からその正体は割れているのですが。


 写真2:土佐くろしお鉄道内の風景
   S氏が、クロカモ部隊の追尾を振り切るため、高知県まで避難した時のもの。利用者が少ないため、乗車している全員(3人)がそれぞれ別機関の関係者。非常に気まずい時間が流れたとのこと。

 ■どのように居場所を補足するのか

 以上を読まれて、調査チームのメンバーの居場所が常に捕捉されていることはお分かりいただけたのではないかと思いますが、次に問題になるのは、彼らがどのように我々の居場所を特定しているのかということです。予想される手段は次の3点です。(1)電波発信機、 (2)携帯電話、(3)マイクロ/ナノチップ。(1)は最も古典的な手段で、スパイ映画などでもお馴染みでしょう。実際に車両に発信機を取り付けられたこともあり、私もその可能性は常に疑っていますが、現代ではもっと確実な、発信機と気がつかない発信機があります。それが(2)の携帯電話です。現在、日本のほぼ誰もが所持していて、契約時の個人情報が発信番号に紐付けられているという点では、旧来型の発信機よりも情報の確実性ははるかに優れています。また、周期的に近くの中継局をサーチするため(*2)、通話中でなくても電話の存在位置を補足することは可能です。理論的には、信号の伝達時間から中継局と携帯との距離はかなり正確に計算され、2つの中継局と同時通信可能ならば、携帯の位置は平面上の2点に限定されます。電波の発信方向がある程度特定できるなら、コンピュータ処理によって瞬時に携帯電話の存在位置が決定されるでしょう。携帯電話の中継局は日本中にメッシュのように張り巡らされており、衛星利用のGPSシステムを搭載しなくても、中継局とのやりとりだけで携帯電話もとい、その所持者の位置測定は可能と言えます。


 図3:中継局利用による携帯電話の位置測定
   A、B 2局からの距離測定で候補位置2点が決定される。3番目のC局まで利用できれば正確な位置がはじき出せる。障害物反射や回り込みなどのノイズは、ビタビ信号解析など、高度な信号数学の応用で十分に補正できる。

 この件に関して、国際軍事評論家のB氏は次のように言います。「携帯電話で位置情報が取られているというのは、もはや常識です。私が聞いた話では、既に日本のシステムで数10cm、米国のシステムなら10cm前後の精度で位置が特定できるそうです」。この話を聞いて私も実験をしてみました。上述の監視航空機が果たして携帯電話の信号を追尾しているかどうか、電話機を放置した後に、上空の航空機に見つか らないよう樹木の下を通ってなるべくそこから遠くに離れてみました。面白いことに、件の航空機は携帯電話の位置を中心に輪を描くように旋回しているではな いですか。たった1回の実験だけですので断定するには及びませんが、携帯電話から発信される信号が日常的に傍受されている可能性は極めて高いと思われます。ただし、この航空機が直接携帯の信号を受信しているのか、間接的に中継ネットワークからの情報を受信しているのかについては定かでありません。私が想像するにはおそらくその両方が使用されていることでしょう。ただでさえ通話内容が傍受されやすいと言われている携帯電話ですが、その利用者数を鑑みれば、事実上の国民IDカードと言えます。通話内容のみならず 名前や住所などの個人情報、それに位置情報までもが全て特定機関に情報として流れているとすれば、日本の国民監視機能はほぼ完成の領域に近づいたといっても過言ではありません。

*2 中継局をサーチ:携帯の電源を切っても駄目です。OFF状態でも中継局との通信が行われていることを、電磁波測定で確認しました。私の使用した機種(ソフトバンク)は電池を抜けば通信が止まるようですが、他の機種については油断できません。

 ■携帯電話:フィリピン地方都市の実情と比較

 私が滞在しているフィリピンの地方都市は100万人の人口を有してます。世界の時勢に従ってか、子供から大人まで、携帯電話を所有している人は非常に多い です。この点は日本と変わりません。通信プロバイダも特定3~4社がシェア獲得にしのぎを削っている状態で、この点も日本と状況は同じかと思います。ただ、日本と異なる点を挙げれば(a)個人証明書なしで購入するプリペード型が主流、(b)中継アンテナが極めて少ないの2点になるかと思います。(a)の理由から携帯電話の使用者を特定するのは極めて困難なのはすぐにご理解頂けると思います。私が理解できないのは(b) で、これだけ多くの携帯利用者がいるのに、街全体で見かける中継局は、高さ3~40m程度の鉄塔が数本程度と極めて限られていることです。もちろん、鉄塔 にはいくつも円形アンテナが取り付けられていますが、日本のように、携帯中継局が街のあちらこちらにニョキニョキと乱立しているという光景は皆無です。これを見て私は思いました。携帯中継局はそんなに必要ないのだと。それでは何故、日本ではあれほどコストをかけて多くの携帯中継局を作るのか? 何か別の目的があるのではないか? 位置情報の捕捉など、元々個人情報の収集が目的なのではないかと。それについては数々の経験と考察の結果、個人情報収集以上に恐ろしい目的があることが段々とわかってきました。携帯中継局が持つ真の目的については別の記事で詳説したいと思います。
 写真3:S氏の自宅周りで起きた変化
 (上)特殊な加工を施した電線、(下)増設された携帯中継局。いずれも、この2年の間、日航機事故調査が進展すると共に増設された。電線工事後は何か当てられ続けている感覚がするとS氏は言う。私の自宅でもすぐ近くに同タイプの中継局が設置された。目視範囲には既に2つも中継局があるのになんでわざわざ? しかも住宅の庭地を借りて無理矢理建てる強引さ。本当に中継局なのか?


 写真4:運用間近のスカイツリー
 今年の初めには既に試験電波を出していることは確認しています。気になるのは旧陸軍系企業東武グループが運用していること。旧陸軍参謀・元伊藤忠会長の瀬島龍三氏と東武オーナー家根津家との深い関係はあまりにも有名。

 ■ナノチップ:既に実用化されているのか?

 発信機では見つかる、携帯ではまだ不確実だ。そんな時、もっとも確実な発信機は、何の苦痛もなく身体の中に埋め込むことができる(3)のナノチップです。注射機で埋め込まれるものがよく噂されていますが、情報提供者によると、コップに一滴たらし飲むだけで体内に入るチップが既に完成しているとのことです。まだ、確信している訳ではありませんが、自動車での移動中に車内の会話がすべて傍受されていることがありました。例えば「次の○○インターで降りよう」と声を出してS氏と話すと、看板を見過ごして実際に我々が降りなくても後続の追尾車両が続々と出口を目指して降りるなどということがよくありました。我々の会話を傍受して指示が出たとしか思えません。車内の発信機にはよほど注意しているので、携帯電話に盗聴機能のようなものが元から仕込まれているのか、我々にすでにナノチップが入れられているとしか考えられないのです。飲むだけのタイプが既に存在しているとすれば、立ち寄った外食店で料理や飲料に入れられたりしても気づくことはありません。ですから、その可能性も排除で きないと考えます。また、以上の例の他に、明らかにナノチップを使ったものと考えざるを得ない状況に出くわしたこともあります。これについても、別の記事 で詳細に取り上げたいと思います。

 * * *

 私の知人の一人に、「世の中には知ってはいけないことがある、直ちにサイトを閉じろ」と激しい剣幕で抗議してくる方がいます。一般論としてはそれもあり得るでしょう。日航機事故では520人の犠牲者が出ましたが、その多くは事件の背景となった国際紛争とは全く無関係な人々です。このような悲劇を、果たして 放っておいて良いのか、その理由が私には見つかりません。私は信仰者ですが、信仰のためにこの活動を続けている訳ではありません。信仰以前に一人の人間としての自分がいます。私の祖父は何よりもまず人の道を説いた人でした。私は他界した敬愛する祖父に「人でなし」と呼ばれる行為だけはしたくありません。仮に理解者が誰もいなくなっても、この事件が忘却の彼方に打 ち捨てられそうなっても、誰かが真実を叫び続けなければ、犠牲になった方々があまりにも不憫です。どんな弾圧を受けても、私は、人として、真実を語る最後 の一人になる覚悟があります。それができなければ、信仰者になることすら値しないと、私は考えるのです。

 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。
SICUT DILEXIT ME PATER ET EGO DILEXI VOS MANETE IN DILECTIONE MEA(ヨハネの福音書 第15章9節)


 写真5:フィリピンの教会にて撮影 南の島フィリピンより
 2011-08-27、暴かれるか、日本航空123機墜落事故の真相?!68 追加記事転載

 本家ブログ『(新)日本の黒い霧』さんの情報。引き続き日航機123便墜落事変の謎を追う!?事故ではなく、事変だ! 第68弾の追加記事

 既にご存じのように、コメント氏から本稿コメント欄に的確な指摘があった。ブログ主からもその回答が寄せられた。今回それに対する追加記事が掲載されたので転載する。その内容は以下のようなものである。そして、その内容評価は読者に委ねる。敢えて立ち入らないが、双方のやりとりには好感を持って意義深く感じている。真実の積み重ねが真相を拓く。しかし、真実の羅列のみが真相を明らかにするのでもない。洞察が不可欠だ。即ち、推察とはシナリオに対する洞察を抜きにはなし得ない。『日本航空123機墜落事故の真相』は、こうした不断の洞察をもって、真実をつなぎ合わせることで見えてくるものと信ずる。

 【転載開始】

-----------------------追記(ここから)------------------

 この記事の提供資料の写真について次のようなご指摘を受けました。


 CUMは、よく見るとCU.M.となっており、これはcubic meterつまり立法メートルを示していると思われ、また、数値の前にはVOL(体積or容積)を示す単語があり、・・・VOL 3.8  CU.M./135 CU.Ftとかかれている部分が切れている状況と考えられます。つまり、何らかの体積あるいは容積(一部荷室容積?)の数値です。ちなみに、3.8立方m(メートル)は、約135立方Ft(フィート)です。また、その上の行にはWT(重量の略語)があるので、重量が記載されており、・・・WT 153 KGS/338LBSと続くと推測できます。KCSといわれているのはKGSの”G”の一部が消えて”C”に見えるだけだと思われます。ちなみに153kgは約338LB(ポンド)です。たいへん合理性のあるご意見だと思います。私たちも「米軍機墜落」ありきの先入観があるので、時々、このような当たり前の解析方法を見逃してしまうことがあります。よってこの写真からだけでは、135系の米軍機とは断定できないことも合わせて記載しておきます。しかしながら、他の重要証拠から135系の機体が墜落している可能性はいささかも揺るぎません。墜落機体破片の収集はほぼその目的を終了しつつあります。私たちも、そろそろ墜落機体の分析から、社会背景の分析にその着眼点を移していくべきだと考えています。ご指摘ありがとうございました。

※このブログのコメント欄をオープンできればよいのですが、諸事情により止めさせていただいています。悪しからずご了承ください。-----------------------追記(ここまで)-----------------------

 2011-08-22、暴かれるか、日本航空123機墜落事故の真相?!68

 本家ブログ『(新)日本の黒い霧』さんの情報。引き続き日航機123便墜落事変の謎を追う!?事故ではなく、事変だ! 第68弾

 次第に核心に触れる展開になってきた。途中からだと、奇想天外だろうが、はじめから追いかけていた方には、見えてくるものがあるだろう。断定するものではないが、軍事兵器なるものは、表面に公開されたものと、そうでないものとでは相当の乖離がある。ヒトラーのドイツ時代、今で言う空飛ぶ円盤が製作されていたことは、事実のようだ。成功していたのか、実験に過ぎなかったのか、それは定かではない。

 JAL123便墜落事故-真相を追う-そしてミサイルは発射された(17)2011-08-22

 ※被曝治療、人体の放射化など核汚染に関する記事は「核汚染日本の再生」カテゴリーをご参照ください。なお、核汚染について危機感を同じくする優れたブログ「放射能防御プロジェクト」があります。こちらを読むと被爆治療を通して私たちが予見していたことが、今、本当に日本で起きつつあることがわかります。残念ながら東北・関東はもちろん日本国民の多くが福島原発起因の放射性物質を体内に取り込んでしまったのは容易に推察されます。多くの日本人が真性の放射能キャリアになってしまった現在、もはや「人体の放射化」があるかないかを議論する意味はありません。今必要なのは体内の放射性物質を速やかに取り除くことです。そして、その手段はあります。しかし、福島が今も放射能を吐き出し続け、国土が広範囲に汚染されている状況では、その手段を行使することすら無意味です。状況を改善させるには何よりも先に福島の放出を止めることです。100兆円かかろうが200兆円かかろうが、もはや お金の問題ではありません。これをやらない限り地球上に逃げ場はありません。日本発のカタストロフィーはもう始まっています。

 * * *

 今回は前回の「そしてミサイルは発射された(16)」に続いて、提供された資料の分析を行います。やはり新事実が出てくる訳ではありませんが、私たちのこれまの検証結果を補強する材料としては充分なものです。

 ■TV放映された航空機破片

 以下の写真は、前回同様、1990年に放映された「報道特集」の中で、123便の墜落現場に落ちていた機体の残骸としてTV画面に映し出されたものです。


 写真1:TV放映された航空機破片

 この破片映像を見て「何かおかしい」と感じた資料提供者様の感性には脱帽します。この写真を早速、国際軍事評論家のB氏に見てもらったところ、はっきりとB747(ジャンボジェット)の物でないことが同定されました。詳細を以下に記します。「"TB216"と書かれた大きな文字はおそらく民間機のものでしょう。しかし、その下の小さな文字には米軍の軍事用語が使われています。それぞれ
 CUM 爆弾燃料チャージャー
 Cur タンカー:現金・郵便・物資などの運搬
 KCS タンカー:燃料などの運搬、空中給油機
の意味になります。複数の用途がここに記載されていますが、要するに、民間機を軍事転用したタイプの航空機で、燃料輸送や一般輸送・その他として幅広く使 われる機種の共通部品であると考えられます。ここで考えられる機材はただ一つ、民間旅客機ボーイング707の軍事仕様タイプ、135シリーズです。この破 片に記されている"135"もそれを指していると思われます」。

 これまで回収された特殊な機体破片、報道写真などから、本ブログでは米軍の「RC-135」が同現場に墜落していると断じていました。このTV映像も、まさしくその米軍「135」シリーズ墜落の痕跡を示すものです。


 写真2:米軍ボーイング135シリーズ
    左上から時計回りに、C-135 一般輸送機、RC-135 偵察機
    EC-135 空中指揮管制機、KC-135 空中給油機、この他に、
    VC-135 VIP輸送専用機などがある

 どのタイプに特定できるかと問われれば、現場で見つかった位相差レーダーの断片などから、RC-135またはEC-135の可能性が高いと判断できます。 所属については戦闘の状況などから、B氏は米国海兵隊のものである可能性が高いと予想していますが、F106と思われる戦闘機破片が見つかったこと、「小さな目は見た」で紹介した大型機と小型機(戦闘機)が編隊飛行していたとの目撃例から、北米防空宇宙軍(NORAD)の空中管制機であったとも考えられます。そして極めつけは「そしてミサイルは発射された(10)」 で紹介した、明らかにジャンボジェットのものとは明らかに大きさの異なるジェットエンジンでしょう。これがしっかりと新聞の第1面に収められています。 ジャンボのエンジン直径は2m以上あり、人物との比較で分かるように、この写真のように小さくありません。しかし、ボーイング135シリーズのTF33系 エンジン(直径1m)なら納得です。これを再掲します。


 写真3:エンジン回収作業中の写真("慰霊の園"に展示された上毛新聞1面)

 ■NORAD出撃の意味を考える

 以前、北米防空宇宙軍(NORAD)の役割として、対ソ重要防空任務に当たる他、地球外存在からの脅威に対抗する任務があると触れたことがあるかと思います。B氏によると、軍事関係者との公式会見でUFOや宇宙人の話が出ることは絶対にないが、オフレコ、例えば会議の後のラウンジでの会話の中では、むしろ既定の事実として対宇宙戦略が語られることがあったとのことです。1985年当時、NORADに所属していたF106戦闘機の主な任務とは、未確認飛行物体(UFO)の追尾であったことも、そのようなオフレコ談義の中で聞いたともおっしゃっていました。そして、NORADこそ、地球上で唯一の対宇宙軍であるとも。いきなり、UFOや宇宙人という切り口では、さすがに私も参ってしまうのですが、よく考えてみると、これまでの御巣鷹事変の調査で、限られた狭いエリアに各国の戦闘機が揃って墜落している事実や、核だけでなく、電磁パルスビームなどの超兵器類が当時使用されていた形跡があることから、123便絡みの出動においては、日本またはソ連(現ロシア)の最新兵器が使用される可能性を充分考慮した上でNORADの出撃要請に至ったとも推測されます。その「新兵器」と呼ばれるものの中には、航空機の遠隔操縦装置や、いわゆる「空飛ぶ円盤」と同形の特殊飛行兵器があったとしてもそんなにおかしな話ではありません。はっきり言うと、私はいわゆる一般に目撃されるUFOと呼ばれるものは、実は地球製の軍事兵器ではないかと疑っています。もうその辺の話をオカルトではなく現実として語ってもよい時期ではないでしょうか?


 写真4:米軍B2爆撃機にも別タイプが数種存在する?
 左から、通常エンジン型(TypeI)、電磁流体エンジン型(TypeII)、3極プラズマエンジン型(TypeIII):いわゆるUFOタイプ 複数タイプの存在はB氏も未確認ながら話に聞いているという

 話を戻します。これに加え、「小さな目は見た」 の証言も非常に重要です。3機の大小の機影をNORADの飛行編隊のものとすれば、123便の墜落時刻の15分前にはNORADの編隊は御巣鷹周辺に飛来 していたことになります。123便がここに来ることを事前にわかっていたのでしょうか?それを説明可能にする仮説は幾つか立てられます。

 仮説1:
 123便を無線誘導して御巣鷹の南方、長野県川上村の広大なレタス畑に不時着させようとした
 仮説2:
 敵側(日本、ソ連)の地下基地がこの周辺にあることを知っており、ここが作戦ポイントとなることを予測していた

 仮説1を可能にする前提としては、まず123便の垂直尾翼が操舵可能でなければなりません。これについては「折れなかった垂直尾翼(1)」 で、これまで信じられていたフライトレコーダーやボイスレコーダーの記録が、衝撃報道されたその音声共々、捏造されたものであることを証明しました。操舵 を失った恐怖のダッチロールも作り話です。123便は操舵可能だったはずです。また、123便を川上村に誘導する根拠も存在します。123便の高濱機長は川上村の山向う、群馬県上野村の出身(*1)なのですから。しょっちゅう行き来はなくても、川上村がどういう地形かはよく分かっていたいたはずです。そして、この場合、NORADは123便を救助しようとしていたことになります。仮説2については、これを説明可能にする事実があります。123便の墜落現場の西側、南相木村の北部に茶臼岳という山がありますが、その山の周辺道路を建設したのは実は陸上自衛隊の工兵部隊です。その道路は昭和56年、つまり123便の墜落から4年前に完成しています。123便の墜落後も、自衛隊が南相木村の既存のトンネルを爆破し、新たに付け替えたりするなど、この土地での自衛隊の動きは非常に奇妙です。私もこの「自衛隊道路」を何度か通行しましたが、 人気のない山間部にも拘わらず、昼夜を問わず必ず乗用車が何台か道端に停めてあります。同地に建設された東京電力神流川発電所が軍事基地である可能性は、このブログで再三お伝えしておりますが、どうやら、早い時期から自衛隊がここに目をつけていたのは確かなようです。そうであったとすれば、8.12の軍事衝突直後の短い時間に、目立つ軍機破片を車両を使って地下基地内に運び入れることも可能だったはずです。NORADは 地下基地の存在を既に掴んでおり、遠隔操縦装置(*2)やその他の特殊兵器が配備されていることも知っていた。よって、最終決戦がここで行われることを想 定していたのかもしれません。いずれにせよ、ボーイング135シリーズを含むNORADの飛行編隊らしき機影が墜落現場周辺で目撃され、無残にもここで一部、または全機撃墜されたことは、もはやゆるぎない事実として認められるべきでしょう。

 *1 高濱機長は上野村出身:裏は取れていないが、同じく上野村出身者の証言です。機長の奥方は隣町の神流町出身。同年夏、事故前に上野村に家族でハイキングに 来ていた話は、よく因縁話として語られるが、同村出身なら特に不思議な話ではない。事故機乗員の身元を伏せるのは航空業界の通例であるため、隠蔽や情報操 作と受け取らないでほしい。不思議なのは、同村の現住人までもが誰もこのことを語らないことだ。

 *2 遠隔操縦装置:これが123便に向けて実戦投入されていたとするなら、やはり垂直尾翼の操舵が効いていなければ辻褄が合わない。

 * * *

 本文中、「日本、ソ連の地下基地」と書いたのは意図があってのことです。私が推定している御巣鷹の地下基地の実態は、どうやらクロカモ(日本の闇組織)とソ連(現ロシア)勢力によって運営されている可能性が濃厚です。ロシアの関与を仮定すると納得のいく点が多いからですが、それについてはまた報告させていただきます。日本の陰謀論は悪徳米帝国一辺倒ですが、その議論の背後に巧妙なプ ロパガンダが隠されていることに気がつかなくてはなりません。ロシア関与のその向こうには、ユダヤ(イスラエル)、フランス、ドイツ、中国など、英米とは また違う顔を持つ強国が控えています。福島原発事故はもちろん、最近の某国新幹線事故、北欧乱射事件などで名前が取り沙汰されている国ばかりです。もちろ ん、国の顔の背後にもまたぞろ国境無き軍産複合体が潜んでいるのでしょうが。

 QUAEREBANT ERGO EUM PRENDERE ET EXIVIT DE MANIBUS EORUM
 そこで、ユダヤ人たちはまたイエスを捕らえようとしたが、イエスは彼らの手を逃れて、去って行かれた。(ヨハネの福音書 第10章39節)
 2011-08-12、暴かれるか、日本航空123機墜落事故の真相?!67

 本家ブログ『(新)日本の黒い霧』さんの情報。引き続き日航機123便墜落事変の謎を追う!?事故ではなく、事変だ! 第67弾。

 今日で事変から丸26年が経った。そして意外な展開が見えてきた。誰もが予想しなかった展開だが、数々の証拠が、その意外性を裏打ちする。勿論、全くの無関心が多数であることは承知している。物事は小説よりも奇なり、と言うことが多数ある。中でもこの事変は特異だ。特異であるから今まで見えなかった事象が見えてくる。これは3.11大震災についても言えることである。特異事情は繋がってくるのである。そして、その繋がりは全て人を介している。事故であれば、災害だ。同じく、自然災害なら、人には無関係だが、人工地震なら当然、人が介在していることになる。『トモダチ作戦』は、満を持して始まった。そして、速やかに福島第一原発は爆発した。否、爆破された。こういう小説よりも出来すぎたシナリオを読み取ることが、可能である。

 JAL123便墜落事故-真相を追う-御巣鷹事変、26年目の夏に2011-08-12 JAL123便墜落事故  

 あの忌まわしい悲劇から、早くも26年の年月が経過しました。123便の乗客乗員、全ての犠牲者のご冥福を祈ると共に、同事変により人知れずその命を散らすこととなった、米国軍兵士、旧ソ連軍兵士、自衛隊隊員、警視庁・警察関係者、その他の方々に追悼の意を表します。

 * * *

 思えば、本件の調査を始めたおよそ3年前、大事故と報道された本件が、これほどまで複雑な背景を有しているとは想像もしませんでした。調査開始当初、世の中は陰謀論やスピリチュアルの話題が花盛りであり、当然ながら、123便事故についても「自衛隊の標的機の衝突説」、「米軍によるミサイル撃墜説」などが囁かれていました。このブログは、それら諸説の検証からスタートし、単なる資料分析の範囲においては、後者の「米軍撃墜説」がより有力であろうと論じておりました。その見方がガラっと変わったのが、2年前、墜落現場を何年も探索し続けたS氏との出会いです。彼から提供された多数の「ミサイル破片」、「軍機の破片」、「軍機搭乗員の装備品」、その他などから、墜落現場周辺からとんでもない軍事衝突の痕跡が発見されたのです。これらの分析が可能になったのも、私の師であり、軍事分野において深い見識を兼ね備えた国際軍事評論家B氏の存在が非常に大きかったことは言うまでもありません。私のブログを通しS氏とB氏が繋がっ たことで、事故の真相がよりはっきりと見えてきました。それは、それまでの陰謀説をはるかに凌駕した世界規模の軍事衝突だったのです。これまでの記事の繰り返しになりますが、墜落現場からは、複数の米軍機破片が回収されただけではなく、ソ連空軍のミグ戦闘機の破片、ソ連製装甲車の装甲 板、そして航空自衛隊の戦闘機破片までもが見つかっているのです。それに加え、軍用毒ガス瓶や糜爛性毒ガス原料までもが現場で発見され、調査チームの手で回収されています。軍用毒ガス瓶はその口が開いているので、おそらく、M氏が目撃したという多くの生存者を、秘密保持のため絶命させる用途に使われたのでしょう。更に恐ろしいことに、核兵器使用の痕跡までもが残っており、私やS氏などは現場調査を繰り返した影響で軽い放射線症にもかかっています。事件から20年以上経過した現在でも事故現場周辺の自治体では高目の空間放射線量が測定されています(ただし311前の測定)。調査に対する妨害も熾烈でした。移動用車両に発信機を取り付けたり、ブレーキに細工するなどはまだ可愛い方で、排気に神経ガスを混入した特殊車両で前方を走ったり、電車内でニセ車掌が毒を撒いたり、そして、外食店で料理に毒物を混入してきたことも何度かありました。未だにその所持が公表されていない、電磁 パルス銃や光線銃、超音波銃等で私たちを狙ってきたことも、このブログでお伝えしてきた通りです。それも、国家の治安を守るべき、公安警察や自衛隊の手から発射されたものもあれば、アジア系外国人、地元ヤクザと思われるならず者たちからのものもありました。彼
らは皆、裏で繋がっているのです。

 写真1:S氏に近づく白百合を掲げた女。制服に注目、ある有名企業のものだ。
    軍事暗号の一種で、その意味は「和解」または「家族へ死を」(B氏談)
    花を捧げ和解を求めるべき相手は私たちではない!

 公安警察、自衛隊と書きましたが、これらが組織内でひどく分裂し、すでに統制がとれていないこともこれまでブログでお伝えしてきたつもりです。私たちを狙ってくる分派は、もはや正規の警察とも自衛隊とも言えず、別の組織に牛耳られた私設軍隊であると断言してよいでしょう。上記の写真で示したように、一部の有名企業もその仲間です。このような生死に関わるひどい妨害を体験し続ければ、彼らを操る闇の組織の存在に気がつくのは自然な帰結です。私はこの鵺(ぬ え)のような姿の見えない組織を「クロカモ」と呼ぶことにしました。


 * * *

 日本航空123便事故、それは間違いなく隠された戦争の犠牲です。よくもまあ、26年間も隠し続けられたものだとある意味感服します。しかし、26年目の夏を迎える直前の3月、新たな攻撃が日本へ向けて加えられました。「核」あるいは「放射能」による「日本殲滅計画」です。私が、今一番危惧すること、それ は123便事件、あるいは御巣鷹事変のような国家の存亡に関わるような重大事変をこれだけ長い期間無視し続けた日本人の心の有様です。26年間、真実を見ようとしなかったオイディプスたちが、今まさにその目を奪われようとしています。目を失いそして死んでいくか、苦痛に 耐えそれでも前を見て歩んでいくのか、その決断に日本人の心の有様が問われています。私は外地フィリピンから123便の犠牲者に祈ります。「あなた方の命を掛けた警告が、ついに現実のものとなってしまいました。どうか愚かな私たちを許してください」と。

 PATER NOSTER, QUI ES IN CAELIS,
 SANCTIFICETUR NOMEN TUUM,
 ADVENIAT REGNUM TUUM,
 FIAT VOLUNTAS TUA,
 SICUT IN CAELO, ET IN TERRA.
 PANEM NOSTRUM SUPERSUBSTANTIALEM DA NOBIS HODIE;
 ET DIMITTE NOBIS DEBITA NOSTRA,
 SICUT ET NOS DIMITTIMUS DEBITORIBUS NOSTRIS;
 ET NE INDUCAS NOS IN TENTATIONEM,
 SED LIBERA NOS A MALO.

 天にまします我らの父よ
 願わくは
 み名の尊まれんことを
 み国の来たらんことを
 み旨の天に行わるる如く地にも行われんことを
 我らの日用の糧を今日我らに与え給え
 我らが人に許す如く我らの罪を許し給え
 我らを試みに引き給わざれ
 我らを悪より救い給え
 アーメン

 ※この「主の祈り」こそ、この世に真実を知らしめ、お互いの過去を許し許される関係に修復したいという、「(新)日本の黒い霧」スタート当初からの一貫した精神を象徴した言葉です。特別な日を迎え、再度この祈りを祖国に向けて捧げます。南の島フィリピンより




(私論.私見)