1番 |
天智天皇 |
秋の田の かりほの庵の とまをあらみ わが衣手は 露にぬれつつ |
もじり棋歌 |
敵の手さぐりの 石のさをにらみ わがみぎの手は 棋笥にふれつつ
(「棋笥」は「碁笥」「ごけ」のことで碁石を入れる器)。 |
2番 |
持統天皇 |
春すぎて 夏きにけらし 白妙の 衣干てふ 天のかぐ山 |
|
もじり棋歌 |
程すぎて 待ったもいへず うろたへの こころぼそてふ あたまかくやま |
3番 |
柿本人麻呂 |
足曳の 山鳥の尾の しだり尾の 長々し夜を 獨りかもねむ |
|
もじり棋歌 |
駆け引きの 石取りの手の さぐり手の はらはらしさを ひとり黙然 |
4番 |
山辺赤人 |
田子の浦に うち出でて見れば 白妙の 富士の高嶺に雪はふりつつ |
|
|
盤のうへに のび出て見れば 死に石の ふしぎや持つご まかされつつ |
5番 |
猿丸大夫 |
奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の 聲きくときぞ 秋はかなしき |
|
|
人の地に 無理に取りかけ ゆく石の とらるる時ぞ われは悲しき
(「取ろう、取ろうは取られの元」) |
6番 |
中納言家持 |
鵲の 渡せる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける |
|
|
角番の 負けたるために 涌く胸の つらきを見れば 手ぞふるへける |
7番 |
阿部仲麻呂 |
天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも |
|
|
敵の腹 割り裂き見れば おろかなる すみすみ山に 打ちし筋かも |
8番 |
喜撰法師 |
わが庵は都のたつみしかぞすむ 世をうぢ山と人はいふなり |
|
|
わが腕は 都の仕込み こころ澄む 棋を打ちますと 人はいふなり |
9番 |
小野小町 |
花の色は 移りにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに |
|
|
顔の色は かはりにけりな 打つほどに わすれて死ぬる 石を見し間に |
10番 |
蝉丸 |
是れやこの 行くもかへるも 別れては 知るもしらぬも 逢坂の關 |
|
|
あれやこの 死ぬも活きるも 缺かれては 打つもうたぬも おほかたは持 |
11番 |
参議小野篁 |
和田のはら 八十島かけて こぎ出でぬと 人にはつげよ あまの釣舟 |
|
|
敵の腹 桂馬をかけて つきとめぬと 覗きはつげよ あとを思ひね |
12番 |
僧正遍昭 |
天津風 雲の通路 ふきとじよ をとめの姿 しばしとどめむ |
|
|
まごつかせ 敵の逃げ道 おとしめよ 勝棋の姿 しばしながめむ |
13番 |
陽成院 |
筑波嶺の みねより落つる みなの川 戀ぞつもりて 淵となりぬる |
|
|
打つ石の そばより切れる ものとかは 誰れぞをしへて 愚痴となりぬる |
14番 |
河原左大臣 |
陸奥の しのぶもぢずり 誰故に 亂れそめにし 我ならなくに |
|
|
打つ癖の きのふ見しより それがゆゑに 打たれ取られし 石ならなくに |
15番 |
光孝天皇 |
君がため はるの野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪はふりつつ |
|
|
君がため 垂木に乗り出て 棋を囲む わが思ふ手に わこはのりつつ
(「垂木」は棟から軒に渡した材木のことで、縁台を指していると思われる) |
16番 |
中納言行平 |
立別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとしきかば 今かへりこむ |
|
|
勝ちわかれ 籠根の外の 影に吠ゆる 犬とし聞かば いまかへりこむ |
17番 |
在原業平朝臣 |
千早振る 神代もきかず 龍田川 から紅に水 くくるとは |
|
|
力振る かけ手もきかず 化の皮 わづかのうちに 首くくるとは |
18番 |
藤原敏行朝臣 |
住の江の 岸による波 よるさへや 夢の通ひ路 人めよくらむ |
|
|
君の手の 奥にたくらみ 取るすべや 夢も忘れじ こころおらむ |
19番 |
伊勢 |
難波がた 短き蘆の ふしの間も 逢はで此世を すぐしてよとや |
|
|
思ふ方 みじかき冬の 暮れの間も 打たでその日を 過ごしてよとや |
20番 |
元良親王 |
侘ぬれば 今はた同じ なにはなる みをつくしても あはむとぞ思ふ |
|
|
まちぬれば 今方見えし 敵なる 夜をとほしても 打たんとぞ思ふ |
21番 |
素性法師 |
今来むと いひしばかりに 長月の 有明の月を 待出でつるかな |
|
|
いざこいと 打ちしばかりに 留めおきの ありたけの酒を 飲まれけるかな |
22番 |
文屋康秀 |
吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐と云ふらむ |
|
|
ふくからに 彼の打つ手の 裏かけば うべ山師手を あやしといふらむ |
23番 |
大江千里 |
月見れば 千々に物こそ 悲しけれ わが身一つの 秋にはあらねど |
|
|
敵見れば とみに胸こそ 躍りけれ こたびは白の 番にはあらねど |
24番 |
菅家 |
此の度は ぬさも取あへず 手向山 紅葉のにしき 神のまにまに |
|
|
この度は 石もとりあへず こけの山 思へばおしき 口のまにまに |
25番 |
三条右大臣 |
名にしおはば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな |
|
|
控へをらば とりかへす手の ありながら 敵につられて 勝つよしもがな
( 時間をかけて、よく見て考えれば、いい手があったのに、敵の打つテンポに
つられて打ってしまった。こんな調子では勝てるはずがない」と嘆いている。 |
26番 |
貞信公 |
小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば 今一度のみ ゆきまたなむ |
|
|
時は今 かくして打たば 打ち込まば いまひと時の 相手またなむ |
27番 |
中納言兼輔 |
みかの原 わきてながるる いづみ川 いつみきとてか 戀しかるらむ |
|
|
敵の腹 割って見らるる 化けの皮 いつも来る手か をかしかるらん |
28番 |
源宗于朝臣 |
山里は 冬ぞ寂しさ まさりける 人めも草も かれぬと思へば |
|
|
こすみとは 智恵のさもしさ わかりける 桂馬も押しも 出来ぬと思へば |
29番 |
凡河内躬恒 |
心あてに をらばやをらむ はつしもの 置きまどはせる 白菊の花 |
|
|
ちからあてに 切らばや切らぬ 初顔の 気をまどはせる はね出しの端 |
30番 |
壬生忠岑 |
有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり うきものはなし |
|
|
うちかけの 勝ちなく見えし 分かれより 打ち継ぐばかり 憂きものはなし |
31番 |
坂上是則 |
朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに よしのの里に 降れる白雪 |
|
|
朝ねぼけ わが運の尽きと 見るまでに よべの徹夜に あたまものうき |
32番 |
春道列樹 |
山川に 風のかけたる 柵は 流れもあへぬ 紅葉なりけり |
|
|
山師碁に 賭物をかけたる いきさつは よすによされぬ 涙なりけり |
33番 |
紀友則 |
久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ |
|
|
おほかたの 打手の強き その中に 恥づ色もなく われのをるらむ |
34番 |
藤原興風 |
誰をかも しる人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに |
|
|
たれをかも 知る人にせん 棋仲間の 誰も昔の 友ならなくに |
35番 |
紀貫之 |
人はいさ 心もしらず ふるさとは 花ぞ昔の 香に匂ひける |
|
|
あとはいざ 勝負もつかず 立去るは これぞ負棋の 習ひなりける |
36番 |
清原深養父 |
夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月やどるらむ |
|
|
負けの棋は まだ半ながら 投げぬるを はたの人だに 惜しと見るらむ |
37番 |
文屋朝康 |
白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける |
|
|
白石に 黒のはげしく せまる手は しのぎもつかぬ さまぞ見えける
(「しのぎ」は、) |
38番 |
右近 |
忘らるる 身をば思はず ちかひてし 人の命の をしくもあるかな |
|
|
かすらるる 手をば気づかず くだしてし 石のいのちの 惜しくもあるかな |
39番 |
参議等 |
浅ぢふの をのの篠原 しのぶれど あまりてなどか 人の戀しき |
|
|
あさ智恵の 敵の黒腹 見破れど 何のゑにしか 彼れの恋しき |
40番 |
平兼盛 |
忍ぶれど 色に出でにけり わが戀は 物や思ふと 人の問ふまで |
|
|
しのぶれど 顔にでにけり わが胸は 勝ちや思ふと はたのいふまで |
41番 |
|
【】戀すてふわが名はまだきたちにけり 人知れずこそ思ひそめしか「壬生忠見」
だますてふその手はばれてしまひけり くるしみてこそ打ちし手なるが
だまそうと思って打ったのに、ばれてしまったので、苦しみながら打たないといけなくなっ
た。と、いうことかな。これを見ても判るように、あはっ、邪心は禁物。あるべき道「正道」
を行かないとね。 |
42番 |
|
【】契りきなかたみに袖をしぼりつつ すゑの松山波こさじとは「清原元輔」
打ちてきなありたけ脳をしぼりつつ 末のひと山どんなものかは
ありそうな手は全てヨミつくしつつも、これからどれだけ沢山の手が出てくるんだろう。と、
いったところかな。時間制限のなかった時代のことですから、考える時間はいくらでもあっ
たんじゃないのかな。一局を打ち終えるのに1日がかりとかね。3日がかり。10日がかり、
1カ月がかり。半年や1年、あるいは3年がかりとかもあったかもね。 |
43番 |
|
【】逢見ての後の心にくらぶれば 昔は物を思はざりけり「権中納言敦忠」
劫立ての種はあたりにかずあれば たつべきものをきかでやみけり
コウ立て「相手が受けてくれそうな所」は、そのコウの側に沢山あったので、相手が打っ
てきた箇所は全て受けていればいいものを、受けずに止めてしまった。かな。ううん、これ
は碁を打たない人に説明するのは難しいーーです。コウに勝って碁に負けた。と、いうこと
か。あるいは大局に影響がなかった。と、いうことなのかな。 |
44番 |
|
【】逢ふことの絶えてしなくばなかなかに 人をも身をも恨みざらまし「中納言朝忠」
あの人のたえて来なくばかくまでに 時をもかねもつかはざらまし
【あの人】→【碁敵?】→【恋人?】が暫く来ないので、こんなに時間も金も使わない。
と、いうことかな。賭碁でも打っていたのかな?それとも恋人にプレゼントでもしていたのか
な?はたまた飲食でもさせていたのかな? |
45番 |
|
【】哀ともいふべき人はおもほえで 身のいたづらになりぬべきかな「兼徳公」
変れども勝つべき筋はうちたえて あないたづらにをはるべきかな
変化したけど、勝つ筋がなくなったので、べそをかいたままになっちゃった。と、いったと
ころかな。 |
46番 |
|
【】由良の門をわたる舟人かぢをたえ ゆくへも知らぬ戀の道かな「曾禰好忠」
愚図の手を選ぶその人不心得 めさきも見えぬうつけものかな
あっはっはー これほど人をこけ下ろして喜んでいれば、愉快でしょうね。
|
47番 |
|
【】八重葎しげれる宿のさびしきに 人こそ見えね秋は来にけり「恵慶法師」
八重桜しげれる山のにぎはひに 相手も見えぬ時は来にけり
みんな花見に出かけて行ったので、碁を打つ相手がいなくなった。あーあーつまんないな。
と、いったところかな。 |
48番 |
|
【】風をいたみ岩うつ波のおのれのみ くだけて物を思ふころかな「源重之」
劫をいどみはねうつ敵の顔をのみ ながめてものをおもふけふかな
コウをしかけ、ハネて受けた相手の顔ばかり、眺めて長考するかな。と、いうことかな。こ
れはよくあることですね。対局中に時々顔を上げて相手の顔色を窺う。視線でどこを考え、
何を想っているのかピーンとくる場合もあるからです。
|
49番 |
|
【】御垣守衛士のたく火の夜はもえ 晝は消えつつ物をこそ思へ「大中臣能宣朝臣」
高きより低く打つ手のあだなして すみはとりつつ負けをこそ思へ
中央より隅や辺を重視した手が悪く、隅を囲って負けてしまった。と、いうことかな。これも
よくあることです。形勢判断の誤りで気がついた時には既に遅し。全体的なバランスを考え
ながら打たないといけない。と、いう戒めですね。
|
50番 |
|
【】君がため惜しからざりし命さへ ながくもがなと思ひけるかな「藤原義孝」
劫のため棄ててしまひし石でさへ なほ手もがなと惜しみけるかな
コウのフリカワリで棄ててしまった石だけど、何か手がないものかと惜しんでヨム。と、いっ
たところかな。碁を知らない人にコウを説明するのは難しいです。1コの石が取れるんです
が、取ると取る為に打った石が逆に取られる状態になるんです。循環形だから、そこだけ
打つと永遠に続くので取られた方は「コウダテ」相手が受けてくれそうな別の所に打ってか
らでないと取り返せないのです。句の場合はコウに勝ったんでしょうね。で、受けずに取ら
れた石を惜しんでいるのです。
|
51番 |
|
【】かくとだにえやはいぶきのさしも草 さしも知らじなもゆるおもひを「藤原実方朝臣」
投げるだに惜しき思ひのこのいくさ 石のみなみな活きあるものを
投了したくないほど善戦して、石は全て活きたのに、やっぱりダメか。悔しい思いの滲み出
てくる句ですね。 |
52番 |
|
【】明けぬれば暮るるものとは知りながら 猶恨めしき朝ぼらけかな「藤原道信朝臣」
打ちぬれば勝負ありとは知りながら なほうらめしき負けいくさかな
「なほうらめしき」とは負けたのがよほど悔しかったのでしょうね。この気持よく解りますね。 |
53番 |
|
【】なげきつつ獨りぬる夜のあくるまは いかに久しきものとかはしる「右大将道綱母」
かこちつつ相手待つ日の淋しさは いかにもつらき心地にぞある
前にも似たような句がありましたね。碁を打つ相手のいない悲しさ。よほど気の合う相手だっ
たのでしょう |
54番 |
|
【】忘れじの行末まではかたければ 今日をかぎりの命ともがな「儀同三司母」
あの時のうれしき勝は忘れねど けふの手合の憂きこともがな
前に勝ったのは嬉しかったけど、今また打つのは憂鬱だな。かな。どうしたのかな。なにか
あったのかな。まあー誰にでも打ちたくない時は、あるにはあるんですね。
|
55番 |
|
【】瀧の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れて猶聞えけれ「大納言公任」
君がことはかねて久しく恋ひつれど うちて習ひておほしたひけれ
あはっ、この句は恋しい人と碁を打ったり、習ったりすることで、益々愛しくなった。と、い
ってますね。もしかすると、碁を打ったり、習ったりするのは好きな人に近づく術だったのか
も知れませんね。 |
56番 |
|
【】あらざらむ此世の外の思ひ出に 今ひとたびの逢ふ事もがな「和泉式部 いざ勝たむこれぞ番棋のおもひでに いまひといきの考えもがな
番棋は番碁のことで、例えば【三番手直り】→【3回打って3連勝するとハンディが増えたり、減ったりする】実力の差をはっきりさせる為に打つ碁のことです。
紫式部は和泉式部を評して【けしからぬところがある】と記しているのです。この時代の女性の恋愛はわりと自由なところがあったらしいのです。で、和泉式部の恋人の多さを嫉妬したのか、どうなのかな??」
|
57番 |
|
【】巡りあひて見しや夫ともわかぬまに 雲がくれにし夜半の月かな「紫式部」
つつきあひてあとや負けともわかぬ間に 逃げかくれにし弱き敵かな
戦いの途中だから、まだ負けとも判らないのに、逃げたり、隠れたりする何と弱い敵なんだろう。と、いったところかな。この句を見ただけでも紫式部の実力は相当なものであったろうと想像できるかもね。あはっ、けどけど弱き敵かな。とはまたなんたる自信家なんでしょうね。 |
58番 |
|
【】有馬山ゐなの笹原風ふけば いでそよ人を忘れやはする「大弐三位」
敵の山その黒き腹見破れば いかでか胆をとらでやはなる
相手の陰謀は見え見えなので、その魂胆を打ち砕いてやるぞ。と、いったところかな。 |
59番 |
|
【】安らはで寝なましものを小夜更けて かたぶくまでの月を見しかな「赤染衛門」
寝不足で打つまじものを夜の更けて みにくきまでの負けを見しかな
寝不足だから打たねばいいのに、徹夜してコテンパンに負けてしまった。かな。あはっ、この人物は根っからの碁好きのようですね。
|
60番 |
|
【】大江山いく野の道の遠ければ まだ文も見ず天のはし立「小式部内侍」
見ればいまいくさの道の多ければ まだ棄てもせず隅の劫立て
まだ戦いの場は沢山あるので、諦めないで隅のコウ立てを打つ。【コウ立て】→【コウを取り返す為に打つ手】闘志満々といったところかな。 |
|
|
古月庵のもじり棋歌百人一首は【60番】までしか載っていませんので、【61番】からは【ゆうちゃんのもじり棋歌】私の創作とさせて頂きます。 |
61番 |
伊勢大輔 |
いにしへの 奈良の都の 八重櫻 けふ九重に 匂ひぬるかな |
|
|
いにしへの 京の都の 寂光寺 本因坊に 帰るかな |
62番 |
清少納言 |
夜をこめて 鳥の空音は はかるとも 世に逢坂の 關はゆるさじ |
|
|
夜更けまで 石音は 響かせるとも 敵に策略の 隙はゆるさじ |
63番 |
左京大夫道雅 |
今はただ 思ひ絶なむ とばかりを 人づてならで いふよしもがな |
|
|
今はただ 難解な手どころ とばかりに よみに耽るも よしとするかな |
64番 |
権中納言定頼 |
朝ぼらけ 宇治の川ぎり たえだえに あらはれ渡る 瀬々のあじろぎ |
|
|
朝ねぼけ 囲碁の手のよみ たえだえに あらわれ浮かぶ 妙手の味わい |
65番 |
相模 |
恨みわび ほさぬ袖だに あるものを 戀にくちなむ 名こそをしけれ |
|
|
恨みなげきし 碁敵にあるものを 負けて喜ばす 手こそを打ちにけれ |
66番 |
大僧正行尊 |
もろともに あはれと思へ 山櫻 花より外に しる人もなし |
|
|
もろき壁に あらずと思へ 黒の石 我より外に しる人もなし |
67番 |
周防内侍 |
春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなく立む 名こそをしけれ |
|
|
碁の読みの 夢ばかりなる 手筋に かなわぬ涙 ありこそを知りけれ |
68番 |
三条院 |
心にも あらでうき世に ながらへば 戀しかるべき 夜半の月かな |
|
|
心にも 洗うべき邪心 ありしならば 改めしかるべき 正道の光りかな |
69番 |
能因法師 |
嵐吹く 三室の山の もみぢ葉は 龍田の川の にしきなりけり |
|
|
取りゆく白石の 眼の枝や葉は 大河の水と 消えるなりけり |
70番 |
良暹法師 |
淋しさに 宿を立ち出でて ながむれば いづこも同じ 秋のゆふぐれ |
|
|
怪しさに 手をふと止めて ながむれば いづこも同じ 鶴の巣ごもり |
71番 |
大納言経信 |
夕されば 門田のいなば おとづれて あしのまろやに 秋風ぞふく |
|
|
敵されば 負碁の反省 おとづれて 筋のわるさに 我ぞ気づく |
72番 |
祐子内親王家紀伊 |
音に聞く たかしの濱の あだ浪は かけじや袖の ぬれもこそすれ |
|
|
音に聞く 手筋の冴えの 見事さは カカリや袖の あきもこそすれ |
|
|
【73番】高砂の尾上の櫻咲きにけり 外山の霞たたずもあらなむ「前中納言匡房」
一間の飛びの悪手なしにけり 厚味の威力ぼけにありける |
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【74番】憂かりける人をはつせの山おろし はげしかれとは祈らぬものを「源俊頼朝臣」
受かりける攻めをしのぎの筋おろし はげしかれとは祈らぬものを |
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|
【75番】契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋もいぬめり「藤原基俊」
契りおきしさせしが初段を命にて あはれ今年の秋も去りにけり |
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|
【76番】和田の原こぎ出でて見れば久方の 雲ゐにまがふ沖津白なみ「法性寺入道前関白太政大臣」
黒石の原こぎ出て見れば白石の 活路に出会い勝ちの碁なり
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【77番】瀬をはやみ岩にせかるる瀧川の われても末にあはむとぞ思ふ「崇徳院」
読みを分かつ道に悩むる筋川の われても末にたどるとぞ思ふ
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【78番】淡路島かよふ千鳥の鳴く聲に 幾夜ねざめぬすまの關守「源兼昌」
碁打ち宿かよふ烏鷺の鳴く石音に 幾夜ねざめぬすみの攻防
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【79番】秋風に棚引く雲の絶間より もれ出づる月の影のさやけさ「左京大夫顕輔」
碁盤に響く石の絶間より もれ出づる読みの裏のおくぶかさ |
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【80番】長からむ心もしらず黒髪の みだれて今朝はものをこそ思へ「待賢門院堀河」
長からむ読みもしらず浅知恵の みだれて敵は泣くをこそ思へ
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【81番】ほととぎすなきつる方をながむれば ただ有明の月ぞ残れる「後徳大寺左大臣」
しらさぎの鳴きつる方をながむれば ただ妙手の冴えぞ残れる
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【82番】思ひわびさても命はある物を うきにたへぬは涙なりけり「道因法師」
思ひわびさても負けはある物を 勝ちにたへぬは涙なりけり
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【83番】世の中よ道こそなけれ思ひ入る 山の奥にも鹿ぞなくなる「皇太后宮太夫俊成」
読みの中よ道こそなけれ思ひ入る 碁の奥にも光りぞなくなる
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【84番】永らへばまたこの頃やしのばれむ うしと見し世ぞ今は戀しき「藤原清輔朝臣」
永らへばまたこの頃やしのばれむ 憎しと見し敵ぞ今は恋しき
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【85番】夜もすがら物思ふころは明けやらで 閨の隙さへつれなかりけり「俊恵法師」
夜もすがら思案のころは明けやらで 負けの碁さへつれなかりけり
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【86番】嘆けとて月やはものを思はする かこち顔なるわが涙かな「西行法師」
嘆きとて碁や敵の勝ちとなりける くやし顔なる我が涙かな
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【87番】村雨の露もまだひぬまきの葉に 霧たちのぼる秋の夕ぐれ「寂蓮法師」
囲碁の道もまだきわめぬ内に 壁たちふさがる秋の夕ぐれ
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【88番】難波江の蘆のかり寝のひと夜ゆゑ 身を盡てや戀わたるべき「皇嘉門院別当」
攻防の筋の勝手読みになるがゆえ 碁に負けて悔しかるべき |
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【89番】玉の緒よたえなばたえね永らへば 忍ぶる事のよはりもぞする「式子内親王」
逃げ石よ息たえだえに永らへば 勢かたむきて勝ち碁となりぬ
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【90番】見せばやな雄島のあまの袖だにも 濡れにぞぬれし色はかはらず「殷富門院大輔」
足ばやな布石のすきの合間にも 打ち込みぞ打ちし敵は勝ちえず
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【91番】きりぎりすなくや霜夜のさむしろに 衣かたしき獨りかもねむ「後京極摂政前太政大臣」
きりぎりになるや白石の惨めさに 心くるしき独りなやめむ
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【92番】わがそでは潮干に見えぬ沖の石の 人こそしらねかわく間もなし「二条院讃岐」
わが意志は無心にあれと願えども 神こそならぬ良き筋もなし
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【93番】世の中は常にもがもな渚漕ぐ 海士の小舟の綱でかなしも「鎌倉右大臣」
碁の中は常にもがくな正着の 棋士の心の隙でかなしも |
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【94番】みよし野の山の秋風小夜更けて ふる郷さむく衣うつなり「参議雅経」
よみし碁の筋の難問解きあかし 石音たかく打ち下ろすなり
|
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【95番】おほけなく浮世の民におほふかな わがたつ杣に墨染の袖「前大僧正慈圓」
おぼろげな筋道の読みにたよるかな わが冴え脳に妙案の影
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【96番】花さそふ嵐の庭の雪ならで ふりゆくものはわが身なりけり「入道前大政大臣」
隙さそふ手筋の罠の問ならで 解きゆくものはわが身なりけり |
97番 |
|
【】來ぬ人をまつほの浦の夕なぎに やくや藻鹽の身もこがれつつ「權中納言定家」
打つ敵を碁盤の側の脇息に 待つや時間の身もこがれつつ
|
98番 |
|
【】風そよぐならの小川の夕暮れは みそぎぞ夏のしるしなりける「従二位家隆」
勝ちにけるこの碁の褒美ご馳走は 酒と肴の味見なりける
|
99番 |
|
【】人もをし人も恨めし味氣なく 世を思ふ故に物思ふ身は「後鳥羽院」
打つもよし負けも恨めし味気なく 碁を思ふ故に物思ふ身は |
100番 |
|
【】百敷や古き軒端のしのぶにも 猶あまりある昔なりけり「順徳院」
石音や古き碁盤のしのぶにも 猶あまりある昔なりけり |