加周義也「リンチ事件の研究」

 (最新見直し2006.6.19日)



【加周義也「リンチ事件の研究」】
 人間社会の現実は、まさしく通俗であり、猥雑であり、実にどろどろした醜悪なるもののカオスだ。思想、思想と上品ぶってみても、そのカオスたる通俗社会を基盤とし、源とし、そこから発している。そしてまたそこへ還元されるべきものである。つまり、思想的営為というものは、本来、通俗社会の醜悪なるカオスの只中から気高い真理〈真実〉を発見し、その真理の光でカオスの闇を照らし出す営為に他ならない。醜悪な現実問題によりよき解決を与え、創造的発展を促す活力ある知識と知恵の有機体系、−それが思想の本領だといってよい。もちろん、いろいろな思想があって良いのだけれども、少なくとも、一握りの殿上人のもてあそぶ酒肴、そこで交わされるおしゃべりの如きものであるべきではなかろう。であれば、思想を云々する以上、自ら通俗社会の醜悪な現実を直視観察し、そこに足を踏ん張り、拠って立つ基盤をその中に構築しなければならない。通俗を忌み嫌い、現実に目をそむけた思想のレベルの論議など、傾聴するに値しない。口にする思想的言辞がいかに立派そうに見えても、砂に書いた文字に等しい。しかして、この事件もまた通俗社会に起った犯罪事件である以上、通俗で猥雑なのは当然である。それを問題なする限り、通俗で猥雑になるのはおおかた避けられない。もっとも、それは取り上げ方にもよるだろうが、事件の審理を通俗だ猥雑だといって避け、またそういわれるのを恐れて避けて通った思想のレベルの論議に、どうしてまともな論議が期待できるだろう。




(私論.私見)