まくら唄(前唄・後唄)、はやし唄、本唄。
芋屋、浮雲、江戸の花、数え唄、キュウリとカボチャ、新生日本、神仏、立つ物づくし

ちゃんこ鍋、鶴と亀、東京名所、花づくし、一人娘、身延さんと金毘羅さん、夢
甚句 |
(最新見直し2013.03.28日)
【甚句】 |
甚句(じんく)は日本の伝統的な歌謡の一形式である。詳細は不明だが江戸時代に発生したと見られる。歌詞が7、7、7、5で1コーラスを構成するのが特徴。様々な歌詞が生み出された。5、7、7、7、5となる場合もある。全国各地の民謡にこの形式が多い。メリスマ型もシラブル型も有る。囃子言葉が挿入されたり前後に付く場合が多い。ヤンキードゥードゥル等、外国曲にこの形式の歌詞を当てはめたものもある。 有名曲は次の通り。花笠音頭、木更津甚句、箱根八里、越中おわら節。正調博多節、鹿児島おはら節、茅ヶ崎甚句 、郡上甚句。 |
【相撲甚句】 |
相撲甚句(すもうじんく)とは邦楽の一種。大相撲の巡業などで披露される七五調の囃子歌である。歌詞は7、7、7、5の甚句形式。詳細は「都々逸#七・七・七・五という形式について」を参照。土俵上で力士5〜7人が輪になって立つ。輪の中央に1人が出て独唱する。周囲の力士たちは手拍子とどすこい、ほい、あ〜どすこいどすこいといったような合いの手を入れる。起源、発祥についての定説は無いが、享保年間には流行歌として定着したものと見られている。現在では、相撲教習所の教養科目として必須科目に取り入れられている。幕下以下の力士が相撲甚句を披露する場合、大銀杏を結うことが許されている。幕内経験者では、大至や春日錦などが上手であった。現役力士では勢翔太が得意としている。有名な物は「花づくし」、「山づくし」、「出世かがみ」である。そして最後に「ごあいさつ」で締めくくる。 |
【芋屋】 | |
アーア~ アーア~ アー ア~アアエー 今度この町に芋屋が出来たヨー ア~ア~ ア~ア~ お芋の看板十三里 川越本場の赤芋で 栗よりうまいと書いてある その芋食べたと聞いたなら いえいえ私の食べたのは 十里のお芋でございます そりゃまた何故にと問うたなら 芋は生焼けでヨーホホイー アー アアアアー ゴリゴリ(五里五里)だヨー |
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【浮雲】 | |
アーア~ アーア~ アー ア~アアエー 勝てば極楽 負ければ地獄ヨー ア~ア~ ア~ア~ とかく浮世は罪なとこ 負けちゃならぬと思えども 俺もやっぱり人の子か 流れ流れる浮雲に 行方定めぬ旅空で 遠い故郷偲ぶたび 熱い涙がついほろり と言うて戻れる訳じゃなし ここが我慢のしどころよ どんと大地を踏み締めて 一押し二押し三に押し 押せば目も出るヨーホホイー アー アアアアー 花も咲くヨー |
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【江戸の花】 | |
アーア~ アーア~ アー ア~アアエー ままになるなら 横綱張らせヨー ア~ア~ ア~ア~ まわしの模様は隅田川 百本杭には都鳥 東雲鴉が二羽三羽 かすかに見えるは富士の山 「ストトコトンと」打ち出す太鼓は 向こう両国国技館 明日は初日のことなれば 主さんと地取りがヨーホホイー アー アアアアー してみたいヨー |
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【数え唄】 | |
アーア~ アーア~ アー ア~アアエー 一から十まで甚句に詠めばヨー ア~ア~ ア~ア~ ものの始めを一という 車に積むのを荷(二)という 女の大厄産(三)という 子供の小便シー(四)という 「碁盤の上で」白黒競うを碁(五)という 昔の侍禄(六)という 物の出し入れ質(七)という 泣きっ面には蜂(八)という 貧乏すること苦(九)という 焼きごてを水に入れたらヨーホホイー アー アアアアー ジュー(十)というヨー |
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【キュウリとカボチャ】 | |
アーア~ アーア~ アー ア~アアエー キュウリとカボチャが相撲見に行けばヨー ア~ア~ ア~ア~ そこへ木戸番飛んできて キュウリに相撲は見せますが カボチャに相撲は見せられぬ そこでカボチャが腹を立て 同じ畑に住む者を 何故にわしだけ相撲見せぬ 聞いて木戸番申すには キュウリの酢揉みは聞いたけど カボチャの酢揉み(相撲見)はヨーホホイー アー アアアアー わしゃ知らぬヨー |
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【新生日本】 | |
アーア~ アーア~ アー ア~アアエー 世界第二のあの戦いもヨー ア~ア~ ア~ア~ 遂に昭和の二十年 月日も八月十五日 畏(おそ)れ多くも畏(かしこ)くも 大和島根の民草(たみくさ)に 大御心(おおみこころ)をしのばされ 血涙しぼる玉音に 停戦命令は下りたり 血をもて築きし我国も 無情の風に誘われて 今は昔の夢と消ゆ されど忘るな同胞(はらから)よ あの有名な韓信が 股をくぐりし例(ためし)あり 花の司(つかさ)の牡丹でも 冬は薦(こも)着て寒(かん)凌(しの)ぐ 与えれたる民主主義 老いも若きも手を取りて やがて訪る春を待ち ぱっと咲かせよ ヨーホホイー アー アアアアー 桜花ヨー |
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【神仏】 | |
アーア~ アーア~ アー ア~アアエー あなたと添いたさに儂ゃ神々に頼むヨー ア~ア~ ア~ア~ 一に伊勢の大神宮 二では日光東照宮 三に讃岐の金比羅さん 四にまた信濃の善光寺 五つ出雲の大社 六つ村々鎮守様 七つ成田の不動尊 八つ八幡の八幡宮 九つ高野の弘法さん 十で豊川お稲荷さん 十一馬頭の観世音 十二霧島弁財天(べざいてん) これほど心願込めたとて もしも添えないその時は 裁判所へと訴えて お上のご威光で ヨーホホイー アー アアアアー 添いとげるヨー |
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【立つ物づくし】 | |
アーア~ アーア~ アー ア~アアエー 立つ物集めて甚句にとけばヨー ア~ア~ ア~ア~ 正月門には松が立つ 「二月初午」お稲荷さんで幟立つ 三月節句で雛が立つ 四月八日にゃ釈迦が立つ 五月は男の節句で鯉が立つ 六月祇園に神輿立つ 七月七夕さんで笹が立つ 八月お盆で仏立つ 九月は秋風吹くので埃立つ 十月出雲に神が発つ 十一月も早や経って 十二月ともなったなら どこの家でも同じこと 借金取りが角に立つ 借りた覚えはあるけれど 返すその時ゃ ヨーホホイー アー アアアアー 腹が立つヨー |
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【ちゃんこ鍋】 | |
アーア~ アーア~ アー ア~アアエー 相撲言葉を甚句に詠めばヨー ア~ア~ ア~ア~ ご贔屓筋はタニマチで 太った力士はアンコ型 痩せた力士はソップ型 丁度良いのは中アンコ 貴女と私は国者(くにもん)で 相撲料理はちゃんこ鍋 何故にちゃんこと問う人に お答えしましょうちゃんことは 昔、料理の番長は ロートル力士の受け持ちで 禿げた頭の鉢巻が 鳥や魚を調理する 若い力士がそれを見て 田舎の父ちゃん偲びつつ 父ちゃん詰めてちゃんと呼ぶ 親しみ込めた愛称で 力士の作る手料理が 何時の間にやらちゃんことなる 今は庶民(みんな)がヨーホホイー アー アアアアー 舌鼓ヨー |
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【鶴と亀】 | |
アーア~ アーア~ アー ア~アアエー 鶴と亀との縁談話ヨー ア~ア~ ア~ア~ 鶴さんが亀さんにプロポーズ 亀さんすげなく断った そこで鶴さん申すには 首の長いのが嫌なのか 口の長いのが嫌なのか 脚の長いのが嫌なのか そこで亀さん言うことにゃ 首の長いも嫌じゃない 口の長いも嫌じゃない 脚の長いも嫌じゃない 世の諺にもあるとおり 鶴は千年 亀万年 もしもそなたが死んだなら 九千年もわしゃ後家よ それが悲しゅうてヨーホホイー アー アアアアー 添わりゃせぬヨー |
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【東京名所】 | |
アーア~ アーア~ アー ア~アアエー 東京名所を甚句にとけばヨー ア~ア~ ア~ア~ 芝か上野か浅草か 春は花咲く向島 隅田川には都鳥 九十六間架け渡し あれが名代の両国か ひと際目に立つ国技館 千代に八千代にヨーホホイー アー アアアアー 二重橋ヨー |
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【花づくし】 | |
アーア~ アーア~ アー ア~アアエー 花を集めて甚句にとけばヨー ア~ア~ ア~ア~ 正月寿ぐ福寿草 二月に咲くのが梅の花 三月桜に四月藤 五月あやめにかきつばた 六月牡丹に舞う蝶や 七月野山に咲く萩の 八月お盆で蓮の花 桔梗 かるかや 女郎花 冬は水仙 玉椿 あまた名花のある中で 自慢で抱えた太鼓腹 しゅすの締め込み馬簾つき 雲州束ねの櫓鬢 清めの塩や化粧紙 四股踏み鳴らす土俵上 四つに組んだる雄々しさは これぞ真のヨーホホイー アー アアアアー 国の華ヨー |
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【一人娘】 | |
アーア~ アーア~ アー ア~アアエー
一人娘を嫁にとやるにゃヨー ア~ア~ ア~ア~ 箪笥、長持、挟箱 あれこれ揃えてやるからにゃ 二度と戻るな出てくるな そこで娘の言うことにゃ 父さん母さんそりゃ無理よ 西が曇れば雨とやら 東が曇れば風とやら 千石積んだる船だとて 港を出るときゃまともでも 風の吹きよで出て戻る ましてや私は嫁じゃもの ご縁がなければヨーホホイー アー アアアアー 出て戻るヨー |
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【身延さんと金毘羅さん】 | |
アーア~ アーア~ アー ア~アアエー 身延さんと金毘羅さんが 「日本銀行へ」 金借りに行けばヨー ア~ア~ ア~ア~ そこで銀行の言うことにゃ 身延さんには金貸さぬ 金毘羅さんにも金貸さぬ それで二人は腹を立て そりゃまた何故にと問うたなら 聞けば銀行の言うことにゃ 身延さんなら甲斐の国 金毘羅さんなら讃岐の国 甲斐讃岐(返さぬ気)の人にはヨーホホイー アー アアアアー 金貸さぬヨー |
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【夢】 | |
アーア~ アーア~ アー ア~アアエー 夕べ見た見た大きな夢をヨー ア~ア~ ア~ア~ 千石船をば下駄に履き そのまた帆柱杖につき 奈良の大仏腰に下げ 東海道をひとまたぎ 比叡山枕に昼寝して あまり喉が渇くゆえ 近江の湖水を掬いあげ 「一口二口」 三口半にと飲み干して 何やら喉にかかるゆえ 「えへん」えへんと咳をすりゃ 瀬田の唐橋がヨーホホイー アー アアアアー 飛んで出たヨー |
【神輿甚句(どっこい)】 | |
「神輿甚句(どっこい)」。
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【茅ヶ崎甚句】 | |
「茅ヶ崎甚句」。茅ヶ崎甚句は江戸時代、若い衆の粋のよさを示す遊び歌であった。茅ヶ崎独特の旋律に民謡、歌曲を歌いこんで、即興的にアレンジした。禊祭(みそぎのまち)が近ずくと、新町の藤川屋(仕立て屋)は、半纏(はんてん)を店頭に掛けておく。そこへほとんど毎晩のように、稲岡栄さん、吉野さんたちは地回りになっていて、襦袢は半纏はと、押しかけて甚句をうなる。藤川屋のすぐ前が天又という料理屋で、女中が始終3~4人いて、甚句に興味を示す。女を酔わせる男歌だ。それが楽しみで新町へ行く。茅ヶ崎甚句は茅ヶ崎一円で発祥した。茅ヶ崎甚句は茅ヶ崎だけに残る文化だ。須賀甚句や相模甚句(さがみじんく)は茅ヶ崎甚句をまねた新たな甚句だ。さて、甚句の別格名人は南湖の加藤力(つとむ)さんだ。美声と間合いのの良さ。そして三橋誠さん、飯田久仁一さん 、矢畑の竹之内豊一さん、円蔵の吉野一三さん、英雄さん、矢畑の田代寿一さん、柳島の青木靖行さん内藤詮安さんたちは茅ヶ崎甚句の横綱だ。十間坂の小島弘さんは、甚句の研究・発掘に余念がない 自らも考案する力量新たな即興甚句が人気を呼んでいる。
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【相州神輿甚句】 | |||||||||||||
「相州神輿甚句」。 ♪細の提灯 南湖と染めて 平塚通いの ほどの良さ♪ 好きな甚句の一つである。甚句は仕事唄とも言われているが、冒頭の細の提灯や、♪白鷺見たよなお方に惚れて♪などからは、艶っぽい都都逸も連想され、三味の音にも合うような文句でもあり、遊び唄とも思える。 ひと仕事終えて、日が落ちた頃合、細の提灯に火を灯し、ほろ酔い機嫌で三々五々、川向こうへ通って行く男達の姿が思い浮かんでくるような甚句だ。 昔は酒席などでも唄われたが、最近ではもっぱら神輿を担ぎながら唄う甚句である。相撲甚句や相馬甚句のようにメジャーではないが、茅ヶ崎、須賀、大磯辺りを中心に唄われる。神輿を担ぎながら唄うのは、いつ頃からのことか定かではないが、今ではかなり広範囲に唄われている。我が菅谷神社他、寒川辺りでは1975年頃、浜降祭が復活した頃に盛んになってきた。しっかりと皆の肩が合って、「どっこい」「どっこい」「どっこいそーりゃ」と、ゆったりと担いでいるとき、渋い声で甚句が聞こえてくると、つくづく、「いいなあ、最高!」と、思うのである。阿波踊りの特に男踊りの人が、恍惚とした顔で踊っているが、リズムは違うものの、同じ様な気分だろうなと思って、いつも観ている。
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【壁塗(かべぬり)甚句(相馬甚句) 福島県民謡】 | ||
「壁塗(かべぬり)甚句(相馬甚句) 福島県民謡」。
「壁塗甚句 」。【作詞】(多分)統一劇場 【作曲】福島県民謡
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(私論.私見)