そのけぢめをば、いかが分くべき」と問ひたまふほどに、 |
その二人の等級を、どのように区別すれば良いのだろうか」と問うていたところへ、 |
左馬頭()、藤式部丞()、御物忌に籠もらむとて参れり。 |
そこへ、左馬頭()と藤式部丞が御物忌に籠るために参内してきました。 |
世の好き者にて物よく言ひとほれるを、中将待ちとりて、この品々をわきまへ定め争ふ。 |
二人とも世に知れた好き者にして且つ弁が立つので、中将はさっそく、この品定めの議論に巻き込みました。 |
いと聞きにくきこと多かり。 |
非常に聞きにくい話題が多うございました。 |
「なり上れども、もとよりさるべき筋ならぬは、世人の思へることも、さは言へど、なほことなり。 |
「成り上がったとしても、元々、その地位に相応しい家柄でない者に対しては、世間の人は違った目で見るものです。 |
また、元はやむごとなき筋なれど、世に経るたづき少なく、 時世に移ろひて、おぼえ衰へぬれば、 |
また、元は高貴な家柄でも、世渡りの手立てが少なく、時勢に流されて、世間の評判も落ちてしまうと、 |
心は心としてこと足らず、悪ろびたることども出でくるわざなめれば、 |
気位は高くとも思うようにならず、経済力が足りず、都合の悪いことも出てくるものですから、 |
とりどりにことわりて、中の品にぞ置くべき。 |
それぞれに分別をつけて、中の品(身分)に位置づけるべきでしょう。 |
受領(ずりょう)と言ひて、人の国のことにかかづらひ営みて、 |
受領(ずりょう)と云う地方の国主のなかには、政治に掛かり切りになっており、 |
品定まりたる中にも、またきざみきざみありて、中の品のけしうはあらぬ、選り出でつべきころほひなり。 |
中流の地位を占め、そのなかにもさらに位階があり、その中からそこそこの者が出てくる時世ではあります。 |
なまなまの上達部よりも非参議の四位どもの、 |
なまじっかの上達部よりも非参議の四位あたりの連中で、 |
世のおぼえ口惜しからず、もとの根ざし卑しからぬ、 |
世間の評判もよく、元の家柄も卑しからずの人が、 |
やすらかに身をもてなしふるまひたる、いとかはらかなりや。 |
余裕をもって暮らしているのは、清々しく感じの良いものですね。 |
家の内に足らぬことなど、はたなかめるままに、省かずまばゆきまでもてかしづける女などの、 |
日々の生活には不足がなくて、その勢いで倹約もせずに眩しいほど大切にされて育てられた娘など、 |
おとしめがたく生ひ出づるもあまたあるべし。 |
けちのつけようもなく育っている娘子もたくさん居られます。 |
宮仕へに出で立ちて、思ひかけぬ幸ひとり出づる例ども多かりかし」など言へば、 |
宮仕えに出て、思いもかけぬ幸運をつかむ例も多いですよ」などと(左馬頭が)言えば、 |
「すべて、にぎははしきによるべきななり」とて、笑ひたまふを、 |
「すべて、良い女性に出会おうと思えば、羽振りの良いご家庭の子を探さねばならないということだね」と(源氏が)笑いながら言うと、 |
「異人(ことびと)の言はむやうに、心得ず仰せらる」と、中将憎む。 |
「まさか、あなたらしくもない下世話なお言葉ですね」と中将がたしなめるように言う。 |
「元の品、時世のおぼえうち合ひ、やむごとなきあたりの内々のもてなしけはひ後れたらむは、さらにも言はず、 |
「元々の家柄と時の羽振りが揃っていいるにも関わらず、高貴な出でありながら、家内での振る舞いやご様子が品性がなく劣っているような者は、論外として、 |
何をしてかく生ひ出でけむと、言ふかひなくおぼゆべし。 |
どうしてこんな娘に育ってしまったのだろうと、がっかりしてしまいます。 |
うち合ひてすぐれたらむもことわり、 |
身分と羽振りが揃っている家庭の中から、優れた娘子が現れるのは当たり前の道理であり、 |
これこそはさるべきこととおぼえて、めづらかなることと心も驚くまじ。 |
この高貴な女性はそういう家庭の中から生まれたものと心得れば当然のことであって、何も珍しいことではありません。 |
なにがしが及ぶべきほどならねば、上が上はうちおきはべりぬ。 |
私ごときが及ばぬ身分のことゆえ、上の上の最上位の品のことはさておきます。 |
さて、世にありと人に知られず、さびしくあばれたらむ葎の門に、 |
さて、世間に知られることなく、寂しく荒れ果てたような草深い家の門に、 |
思ひの外にらうたげならむ人の閉ぢられたらむこそ、限りなくめづらしくはおぼえめ。 |
思いがけず美しい女(ひと)がひっそりと閉じ籠められるかのようにお住まいになっているのは、この上なく珍しいことのようにと思われます。 |
いかで、はたかかりけむと、思ふより違へることなむ、あやしく心とまるわざなる。 |
どうして、こんな素晴らしい人が(こんな相応しくない場所に)いらっしゃるのだろうかと、不思議に思えて気持ちが引きつけられてしまうことがあります。 |
父の年老い、ものむつかしげに太りすぎ、兄の顔憎げに、思ひやりことなることなき閨の内に、 |
年老いた父親が不様に太り過ぎてしまい、兄弟の顔も憎々しげなもので、思うに格別のものもない深窓に、 |
いといたく思ひあがり、はかなくし出でたることわざも、ゆゑなからず見えたらむ、 |
たいへん気位が高く、それとなく見せる才芸にも風情があり、 |
片(かど)にても、いかが思ひの外にをかしからざらむ。 |
その芸が優れものであればなおのこと、思いのほか興味がひかれることがあります。 |
すぐれて疵なき方の選びにこそ及ばざらめ、さる方にて捨てがたきものをは」とて、式部を見やれば、 |
まったく欠点のない女性選びには及びませんが、そういった女性にはそういった女性としての捨て難い魅力があるのです」と言って、(左馬頭が)式部の方を見れば、 |
わが妹どものよろしき聞こえあるを思ひてのたまふにや、とや心得らむ、ものも言はず。 |
(式部丞は)自分の妹が評判のいいのを知って言っているのかと思ったのか、心得てその話題については黙ったままです。 |
「いでや、上の品と思ふにだに難げなる世を」と、君は思すべし。 |
「さあどうだろう、上流だってすぐれた女性はめったにいませんよ」と、源氏はお思いのご様子でございました。 |
白き御衣どものなよらかなるに、直衣ばかりをしどけなく着なしたまひて、 |
(源氏は)白い下着の衣のお召物を着られていますが、それが滑らかで、直衣だけを気楽な感じでお召しになつており、 |
紐などもうち捨てて、添ひ臥したまへる御火影、いとめでたく、女にて見たてまつらまほし。 |
紐なども結ばずに、物に寄り掛かっていらっしゃるその灯影は、とても美しいもので、女性として見てしまいたくなるほどでございました。 |
この御ためには上が上を選り出でても、なほ飽くまじく見えたまふ。 |
この源氏の為には、上の上の女性を選び出したとしても、なお満足がいかないように見えてしまいます。 |
さまざまの人の上どもを語り合はせつつ、「おほかたの世につけて見るには咎なきも、 |
様々な女性について語り比べながら、「普通に付き合うには欠点も気にならないが、 |
わがものとうち頼むべきを選らむに、多かる中にも、えなむ思ひ定むまじかりける。 |
自分の生涯の伴侶としての妻として頼むに足る人を選ぶとすれば、たくさんいる中で、この人こそをと選ぶのは難しいものですね。 |
男の朝廷に仕うまつり、はかばかしき世のかためとなるべきも、 |
男が宮仕えする場合にも、抜きん出て世(王宮)の重鎮となるような役目に足りる、 |
まことの器ものとなるべきを取り出ださむには、かたかるべしかし。 |
真に優れた政治家の器と言える人物を選ぶのは難しいものです。 |
されど、賢しとても、一人二人世の中をまつりごちしるべきならねば、 |
しかし、賢者であっても、一人や二人で世の中の政治をできるわけではありませんから、 |
上は下に輔けられ、下は上になびきて、こと広きに譲ろふらむ。 |
上の人は下の者に助けられて、下の者は上の人に服してというように、大勢の人たちが譲り合って(助け合って)いるのですよ。 |
狭き家の内の主人とすべき人一人を思ひめぐらすに、足らはで悪しかるべき大事どもなむ、かたがた多かる。 |
狭い家の中で主婦とすべき女性一人について考えると、足らない処があっては困る大事なことが色々と多くあるものです。 |
とあればかかり、あふさきるさにて、なのめにさてもありぬべき人の少なきを、 |
これは有るがあれは無い、と揃っていないものですが、不十分ながらも何とかやっていけるような女性は少ないものです。 |
好き好きしき心のすさびにて、人のありさまをあまた見合はせむの好みならねど、 |
浮気心の勢いのまま、世の女性のあり様を多く見比べようとの好奇心で、あれこれの女性に会うのは好みではないので、 |
ひとへに思ひ定むべきよるべとすばかりに、 |
この女(ひと)ならとただ一筋に思い定めとひたすら伴侶とすべき女性の手がかりを求めてしまう。 |
同じくは、 わが力入りをし直しひきつくろふべき所なく、心にかなふやうにもやと、選りそめつる人の、定まりがたきなるべし。 |
同じ恋をするのであれば、自分が骨を折って直したり教えたりしなければならないような短所がなくて、心に適うような女性はいないものかと、 |
心にかなふやうにもやと、選りそめつる人の、定まりがたきなるべし。 |
あれこれ選り好みしはじめた人が、なかなか相手が決まらないということはよくあることです。 |
かならずしもわが思ふにかなはねど、見そめつる契りばかりを捨てがたく思ひとまる人は、 ものまめやかなりと見え、 |
必ずしも自分の理想通りの女性ではありませんが、いったん見初めた前世の約束だけを破りがたいものと感じて浮気を思い止どまっている人は、誠実であるように思えます。 |
さて、保たるる女のためも、心にくく推し量らるるなり。 |
そうして、一緒にいる女性のために、奥ゆかしい気遣いがあると推量されます。 |
されど、 何か、世のありさまを見たまへ集むるままに、心に及ばずいとゆかしきこともなしや。 |
けれども、さあどうでしょうか、世の中の男女の有り様をたくさん拝見していると、思っている以上にとても羨ましいと思われるような夫婦の仲はありませんよ。 |
君達の上なき御選びには、まして、いかばかりの人かは足らひたまはむ。 |
宮さまがたのような公達の最上流の方々の奥方選びには、なおさらのこと、どれほどの女性がお相手の身分にお似合いになるでせうか。 |
容貌きたなげなく、若やかなるほどの、おのがじしは塵もつかじと身をもてなし、 |
容貌がまずまずで、若々しく、 自分自身では塵もつけまいと身ぎれいに見繕いされている。 |
文を書けど、 おほどかに言選りをし、墨つきほのかに心もとなく思はせつつ、 |
文を書けば、おっとりとした風雅な言葉を選び、筆の墨付きも淡くて男の気を持たせ、 |
またさやかにも見てしがなとすべなく待たせ、わづかなる声聞くばかり言ひ寄れど、 |
もう一度そのお姿をはっきり見たいものだとじれったい思いで待たせられ、やっと声が聞こえるほどに近づけるようになっても、 |
息の下にひき入れ言少ななるが、いとよくもて隠すなりけり。 |
か細い声で言葉少なく、そういった思わせぶりな奥ゆかしい素振りは、とてもよく欠点を隠すものなのですよ。 |
なよびかに女しと見れば、あまり情けにひきこめられて、とりなせば、あだめく。 |
上品で女らしいと思えば思うほど、風情に隠されて、そのように遇すると、色っぽく艶を感じてしまうものです。 |
これをはじめの難とすべし。 |
これを第一の難点と云うべきです。 |
事が中に、なのめなるまじき人の後見の方は、もののあはれ知り過ぐし、はかなきついでの情けあり、 |
家事のなかで、疎かにできない夫の世話という面では、物に感じる情趣が度を過ぎてしまい、ちょっとした物事に対してまで情趣に引き寄せられてしまう。 |
をかしきに進める方なくてもよかるべしと見えたるに、 |
そういった趣き深さに過度にのめり込むのはなくても良いことだと思うのですが、 |
また、まめまめしき筋を立てて耳はさみがちに美さうなき家刀自()の、ひとへにうちとけたる後見ばかりをして。 |
その一方で、家事だけに真面目に取り組んで、額の髪を耳に挟みがちで飾り気のない主婦になり、ひたすらに生活感のある所帯じみた夫の世話だけをするというのも(どうでせうか)。 |
朝夕の出で入りにつけても、公私の人のたたずまひ、善き悪しきことの、目にも耳にもとまるありさまを、 |
朝夕の出勤や帰宅の時でも、公事・私事での他人の振る舞い、善いことや悪いこと、目や耳に入ってきたその有りさまを、 |
疎き人に、わざとうちまねばむやは。 |
親しくもない他人の女性にわざわざそっくり話して聞かせたりしたいでせうか。 |
近くて見む人の聞きわき思ひ知るべからむに語りも合はせばやと、 |
自分に近い妻なら聞いて理解し、そういった事を語り合いたいものだと思いますし。 |
うちも笑まれ、涙もさしぐみ、もしは、あやなきおほやけ腹立たしく、 心ひとつに思ひあまることなど多かるを、 |
つい微笑まれたり、涙ぐんだり、あるいは、筋の通らない公事に怒ったりできるし、胸の内に収めておけないことも多くあるのを、 |
何にかは聞かせむと思へば、うちそむかれて、人知れぬ思ひ出で笑ひもせられ、 |
自分を理解してくれない女に話して何になろうと思ってしまえば、ついそっぽを向いて、ひとりで思いだし笑いもし、 |
『あはれ』とも、うち独りごたるるに、『何ごとぞ』など、あはつかにさし仰ぎゐたらむは、いかがは口惜しからぬ。 |
『あぁ、虚しい』などとつい独り言を洩らしてしまいます。(その自嘲・嘆息に対して)『どうしたのですか』などと、間抜けな顔で見上げるような妻に言われると、なんと残念なことでせうか。 |
ただひたふるに子めきて柔らかならむ人を、とかくひきつくろひてはなどか見ざらむ。 |
ただ子供っぽくて柔和な女(ひと)を、なんとか躾(しつけ)し直して妻とするのが良いようです。 |
心もとなくとも、直し所ある心地すべし。 |
頼りなくても、直し甲斐いがある気持ちになるでせう。 |
げに、さし向ひて見むほどは、さてもらうたき方に罪ゆるし見るべきを、 |
実際、差し向いで暮らしていれば、可愛いということで欠点も許せるが、 |
立ち離れてさるべきことをも言ひやり、をりふしにし出でむわざのあだ事にもまめ事にも、 |
離れていると必要な用事などを言いつけなければなりません。それぞれの時節に行うような風流な行事でも生活の用事でも、 |
わが心と思ひ得ることなく深きいたりなからむは、いと口惜しく頼もしげなき咎や、なほ苦しからむ。 |
自分では判断もできず深く考えないのは、たいへん口惜しく、頼りにならないのはやはり困ったことです。 |
常はすこしくそばそばしく 心づきなき人の、 |
普段は少し無愛想で親しみの持てないような女性が、 |
をりふしにつけて出でばえするやうもありかし」など、 |
何かの用事(行事)に際して、思いもよらない素晴らしい能力(気配り)を見せるようなこともあります」などと、 |
隈なきもの言ひも、定めかねていたくうち嘆く。 |
何事にも通じている論客(左馬頭、ひだりうまのすけ)も、妻とすべき女の魅力・良し悪しについては結論を出しかねてとても嘆いています。 |