4614−3 | 世界経済への影響 |
(10/28)世界経済に同時不況色・米回復、来年後半に
【ワシントン28日=藤井彰夫】世界経済に同時不況の色合いが出てきた。テロの影響で米国の景気回復は来年後半以降にずれ込む見通しとなり、アジアに続いて欧州の息切れも鮮明だ。新たなテロへの不安とともに、米景気悪化の影響がグローバル化の進展により、猛スピードで世界を駆け巡っている。
「今月の売り上げは昨年より2割ぐらい減りそうだ」。米バージニア州で宝石店を営むハン・トランさん(50)はため息をつく。
9月11日の同時テロ以降は店を訪れる客もめっきり減った。20年前に店を開いて以来、これだけ急激な悪化は初めてという。「クリスマス商戦には客が戻ってくればいいが……」
9月の米小売売上高はテロの影響で前月比2.4%減と現行統計では最大の落ち込みを記録した。10月に入り乗用車販売などは持ち直しているが、同時テロ前と異なり、個人消費に米経済を下支えする勢いはない。
軍需の争奪戦
カリフォルニア州シリコンバレーで今月、ロッキード・マーチン、レイセオン、TRWなど国防関連企業が相次いで新規採用セミナーを開催した。シスコシステムズ、ヒューレット・パッカードなどハイテク大手や新興の情報技術(IT)企業の人員削減で職にあぶれた技術者が、国防予算増額で仕事の増えた軍需産業に職を求めて詰めかけたのだ。IT不況で民間需要の急減に悩むハイテク関係者が「軍需」という同時テロ後に突然現れた急成長分野で争奪戦を始めた。
テロ事件で世界中の企業は安全確保を万全にすることの難しさを思い知らされた。損害保険料の高騰や輸送費値上がり、検査の強化などこれまでにはなかった様々な安全対策費の支払いが企業のビジネスのコストとなって跳ね返る。
こうしたコスト上昇が一時的なのか中長期にわたるのか。企業の多くは様子見に入り、ひとまず新規の投資を控えている。
米企業の設備投資の先行指標になる9月の耐久財受注が前月比8.5%減と急落したのはそのためだ。過剰設備によるIT不況に病んでいた米経済に、テロによる心理不況という新たな病状が加わった。
米実質経済成長率は7-9月期はマイナス1%台、10-12月期もマイナス2%程度と2.四半期連続でマイナス成長になり、1991年以来の景気後退期入りするとの見方が多い。世界経済のけん引役への復帰は当面は期待できない。
1990年代に進んだ経済のグローバル化で、景気変動も世界で同時性を増してきた。米国発のITバブル崩壊やテロのショックは世界に張り巡らされた生産・流通・金融のネットワークを通じ、瞬時に地球全域に伝播(でんぱ)する。
通貨危機以来に
その負の連鎖の直撃を最初に受けるのはアジアだ。台湾最大の企業グループ、台湾塑膠は24日、創業43年で初めて賃金カットに踏み切ることを決めた。9月の台湾の輸出は米国向けハイテク関連製品を中心に前年同月比4割の急減となり、今年は現存する統計では初のマイナス成長になるのが確実だ。
対米輸出依存度の高いアジア経済は軒並み直撃され、シンガポールの9月の輸出は前年同月比3割減、韓国も同16%減少した。輸出不振で韓国の今年の成長率は6月の見通しの半分の2%台になりそうだ。米証券リーマン・ブラザーズは「アジアの輸出は97年の通貨危機以来の急激な落ち込みになる」と警告する。
通貨危機から立ち直り、新興市場国では中南米などに比べて優等生とされてきたアジアの現状は金融市場にも暗い影を投げかける。同時テロ以降は米欧の投資家が安全志向を強めて新興市場への投資に慎重になっており、市場の信認が少しでも揺るげば資金が流出する危険が高くなっている。
テロのショックは不良債権とデフレの重圧に苦しんできた日本経済の立ち直りをさらに遅らせる。日本はアジア経済を支えるどころか足を引っ張りかねない。
米、アジアなどに比べ底堅かった欧州景気も息切れしてきた。フランスではテロ事件後に高級ホテル、レストランの予約取り消しが急増、四つ星レストランのキャンセル率は25%に達した。いずれも北米からの取り消しが多い。
仏では北米からの観光客が使うお金が年間約330億フラン(5600億円)で、日本人観光客(50億フラン)の6倍以上。北米の観光客減少は仏経済に深刻な影響を及ぼす。
ドイツでは電機最大手シーメンスが15日、情報通信、携帯電話などで7000人の追加人員削減を決めた。テロの影響でIT不況が長引くとみた独企業は相次いで人員削減に動いており、9月に9%だった失業率は来年には10%を突破するとの予測も出ている。
不安断てるか
世界経済のカギを握る米成長率についてのエコノミストの平均予測(ブルーチップ社調べ)は来年前半に1-2%台のプラスに転じ、来年後半には3-4%の成長軌道に戻る回復シナリオを描いている。その根拠は財政・金融面の景気刺激策の効果だ。
政策が来年前半の景気を支え、後半からは消費・設備投資など民需中心の成長に戻るとの見通しだ。オニール財務長官ら政府関係者もこうした強気見通しを強調する。
だが政府の思惑通りに民需が回復するかどうかは微妙だ。英調査機関オックスフォード・エコノミック・フォーキャスティングはテロの悪影響が長引いて消費者・企業心理の悪化が深刻になった場合、米国は来年も0.5%のマイナス成長になり、景気回復は2003年以降にずれ込むとみる。その場合、来年は日本の成長率が0.8%のマイナス、ユーロ圏も1.2%の低成長にとどまり、同時不況が長期化する。
70年以降で世界の成長率が国際通貨基金(IMF)が危険ラインとみる2%を切ったのは第一次石油危機(73年)後の75年(1.9%)、第二次石油危機(79年)後の不況期の82年(1.1%)、湾岸戦争の起きた91年(1.4%)の3回。
米大手銀JPモルガン・チェースは今年の世界の成長率が1.1%と19年ぶりの低い水準に落ち込み、来年の成長率も1.4%にとどまると予測する。1%台の低成長が2年続くのは70年代以降は例がない。
アフガンでの戦闘そのものよりも、炭疽(たんそ)菌事件など新たなテロへの不安心理の連鎖が国際的な経済活動により大きな影響を与える。こうした不安をいかに早く払しょくできるかが世界経済の行方のカギを握る。
(10/30)9月の航空旅客実績17%減、IATA雇用は20万人減とILO
雇用は20万人減とILO
【ジュネーブ30日=清水真人】世界の270を超す定期航空会社で組織する国際航空運送協会(IATA)は30日、米同時テロのあった9月の国際線旅客実績の指標が前年同月比で17%減少したことを明らかにした。「1991年の湾岸戦争直後以来、月単位では最も深刻な落ち込み」だとしている。国際貨物も9%減少した。
正規料金で何人の乗客を何キロ運んだかを示す「RPK」という指標。今年1月から9月までの累計は、旅客が前年同期比で横ばい、貨物が同7%減だった。旅客と貨物を合わせた指標を見ると、世界の運搬能力が前年同期比で2%増えた一方で、運搬実績は3%減った。10月以降も旅客需要は減少しており、通年でも大幅な落ち込みが確実だ。
一方、国際労働機関(ILO)の航空業界と雇用に関する緊急会議が同日終了した。発表文書は同業界で働く世界の400万人のうち、20万人程度が既に職を失ったか、もうすぐ失職するとの危機感を表明。対応策として(1)危機への柔軟な対応を妨げる可能性がある航空業界への規制の一層の緩和(2)安全確保への投資拡充(3)国際機関相互の連携強化――などを掲げた。ただ「業界が元の状態に戻るには何年もかかる」と悲観的な見通しを示した。
(10/30)NY株、長期戦なら値動き荒く・不安高まり敏感に
「ベトナム」当時と類似も
【ニューヨーク30日=三反園哲治】ニューヨーク株式相場が米同時テロ後の急落からほぼ立ち直った後、不安定な展開になっている。ダウ工業株30種平均は29日に275ドル下げたのに続き、30日午前も一時200ドル以上下げた。過去の戦時下での米株価の動きからみると、ベトナム戦争時のように軍事行動が長期化する不安から、市場は様々な材料に敏感に反応、上下を繰り返す荒い動きが続くシナリオが浮上してきた。
ダウ平均は前週末26日現在で、同時テロ前日の9月10日から0.6%下落と、ほぼテロ前の水準を回復した。9月11日の同時テロ後初の取引となった9月17-21日の週にダウ平均は14.3%下落。大恐慌時を除くと、第二次世界大戦下の1940年5月13日の週に記録した15.5%に次ぐ急落となった。
しかし、その後1カ月ほどでダウ平均が戻っただけでなく、ナスダック総合指数もテロ前水準を回復してきていた。テロの衝撃を過去に例のない速さで吸収したものの、今後の展開は楽観できない。
「世論調査で反テロ作戦への国民の自信が低下しているように、対テロ戦争がどういう形で終わるのか予想が難しくなっている」(米証券ストラテジスト)うえ、米景気後退の長期化への懸念、米国に対する新たなテロ攻撃への不安など相場を取り巻く環境は悪い。しかも「湾岸戦争時のように、戦争の早期決着を株式市場が織り込み、株価が急反発する展開は期待しにくい」との見方が支配的だ。
第二次大戦時には軍事支出が経済を活性化させ株価上昇に結びついたが、現状の経済規模では軍事支出が生み出す経済効果は相対的に小さく、同様のシナリオは考えにくい。
一方で、開放的なシステムを誇った米国経済はテロを契機に、安全を前提にした企業経営を変えるなどパラダイムシフト(枠組み転換)を迫られている。米証券大手モルガン・スタンレーのバイロン・ウィーン氏は「この先ずっと、多くの人々が消費に罪悪感を抱くようになる」と、楽観に根差した米国民の消費行動も今後変わる可能性をみる。
反戦運動などに揺れた60年代の米国の不安定な社会状況に匹敵する転換点にあるとの指摘もある。それだけに、ベトナム戦争当時のように株価も数年にわたり、一定の範囲内で上下に揺れる状態が今回もありえそうだ。
米著名エコノミストのヘンリー・カウフマン氏はテロをきっかけとした今回の危機について「第二次大戦以降で最大の危機だ。世界経済全体に与える影響の規模という点で並外れている。しばらくは株式相場の劇的な上昇局面や経済成長は望めない」と話している。