元公安警察証言1

 更新日/2022(平成31.5.1栄和改元/栄和4)年.5.2日


 「★阿修羅♪ Ψ空耳の丘Ψ12」の「倉田佳典 日時 2001 年 3 月 30 日」「警察庁非公然専門部隊員によるスパイ工作と、スバイ潜入工作の具体例と摘発した原則的闘いの経験」。
 この記事は、以前、ある人から電子メールでもらったモノです。(その人もさらに別の人からもらった模様。基本的には公刊資料なので、当時いろいろなところで出回っていた印象です。)「前進」とは、中核派の機関紙です。(原文は確認していませんので誤字等があるかもしれません。)公安当局とは敵対する一方の側からの記事ですので、そのへんは大幅に割り引いていただいたほうがいいかもしれません。あくまでも参考資料としてアップします。
 前進 1997年9月8日 1898号 警察庁非公然専門部隊員・前川によるスパイ工作を摘発・粉砕
 勝利の核心は原則的な細胞活動
 警察庁非公然スパイ化専門部隊による、五年におよぶ大がかりなスパイ化工作を摘発し、粉砕する実に決定的勝利をかかち取ったことを報告する。それは、現職警察官=警察庁スパイ専門部隊員・前川による、関西労組交流セン夕ー活動家A君に対する職場への就職=潜り込みをとっっかかりとする、断じて許すことのできないスパイ化工作だった。しかも、前川自身の家族を動員するなど、実に卑劣で、巧妙な手□によるものだった。わが革共同は、このような悪行に手を染めた前川と警察庁スパイ化専門部隊、公安警察を絶対に許さない。必ずや責任をとらせる。同時に、すべての労働者人民に、ますますす悪らつさ、巧妙さを増す権力のスパイ化工作に対する警鐘を乱打し、ともにこれを打ち破り、蜂起に勝利する非台法・非公然党の建設と九月政治的蜂起戦に総決起起することを訴える。
 「アルバイ卜」と称し職場潜入。酒と「観戦」を使い接近
 A君は、関西労組交流センター設立以来の若い活動家である。九二年秋、A君はPKO阻止の決意に燃えて、当時勤めていたB社の職場で、同僚にピラをまき、訴えを続けていた。現職公安刑事・前川が、このB社に「アルバイト」と称して、毎週二回働きに来るようになったのは、その数ヵ月後だった。前川は、A君が職場で『前進』などを見せると、「むずかしくてわからない。そういうのはダメだ。おれは、鈴木邦男とか、新右翼の方が好きなんだ」などと言い、巧みにA君に近づいた。本業については、「役所関係なんだが、夜動とかで、仕事があく日ができるので、ここは小遺い稼ぎだ」などとうそをついていた。しかし、前川は慎重だった。前川とA君のつき合いは、政治に踏み込むことはなかったし、職場から出ることもなかった。前川がパチンコで勝ったと言って、もう一人の同僚と二人で、初めて個人的に酒を飯みに行ったのは、一年後のことだった。九三年暮れ、A君は事情でB社をやめることになった。そのころ、前川は、A君をJリーグ観戦に誘うが断られ、A君がプロレスが好きだとわかると、「友達からチケットをもらった」と称して、A君をプロレス観戦に誘い出した。A君がB社をやめるときには、前川は同僚を集めて「送別会」を主催した。A君がB社を辞めて、その一ヵ月後に前川もB社を辞めた。A君がB社をやめてからも、前川は二ー三ヵ月に一回のぺースでA君とプロレスを観戦して、酒を飲む関係を続けた。だいたい前川がおごった。こうした関係をつくり出しても、前川の工作は慎重で、けっして政治の話には深入りしなかった。「おれの職場には、警察の関係者も出入りしている。君が運動やってるのに、そういうのがつき合ってると、まずいだろう。もうつき合うやめておこうか」と持ちけ、そのことによって逆にA君を信用させ、巧みにスパイ化の布石を敷いていった。また、前川は、さまざまな方法で何とかA君の関心を引こうとした。「いらない」と拒否するA君に無理やりアタルトビデオを渡そうとしたこともあった。
 「勉強したい」と資料を要求
 九五年秋、ついに前川は一つの踏み込みを行った。「今、おれは国体関係の仕事やってる。国体に反対する運動をやってる人たちがいるだろう。あの人たちはなんで反対してるのだろう。そういう関係のものを君も持っているだろう。勉強したいから見せてくれないか」とA君に協力を迫った。前川を信用していたA君も、これには応じなかった。「あともう一歩」と総括した前川は、さらに慎重な工作を続けた。
 家族も動員し花見に誘う。5年にもおよぶ周到な工作
 九六年春には、前川は、家族をも動員して、A君を花見に誘った。前川は、前川の妻と三人の娘(中学生二人と小学生一人)、それに娘の友達まで動員した。そして花見の帰りに前川は初めて「自宅」にA君を案内した。この「自宅」なるものは実は工作用にセットした空き家だった。現場で前川はA君に「今、新しい所に引っ越しの最中でね」などと言い訳した。この過程で前川は、A君と同居している母親をも信頼させるに至った。そして、九六年暮れに、前川は決定的な踏み込みを行った。例のごとく、プロレスを見て、酒を飯んでいる席だった。前川は、「今日、国体関係で職場に来ていた警察が、君のいる地域の中核派の話をしていた。Cという活動家が中心的に動いているらしいね。カクマルもいるんだってね。Cって、知ってるんじゃないの。カクマルも近くにいるって言ってたけど、大丈夫なのか。余計なお世話かもしれないけれど、危ないことはやらない方ががいいんじゃないかおれが相談にのるよ」と言い寄ってきた。前川はこう言って、さもA君を心配しているかのように装って、革共同とA君の関係をしゃべらせ、からめ取る策に出てきた。それまで前川を信用していたA君も、「これはおかしい」と思わざるをえなかった。

 A君から報告を受けたわが革共同は断固として粉砕・糾弾の決意をうち固め、十二月某日、A君とともに、前川が指定してきた場所に向かった。するとどうか。現場周辺は、私服の公安刑事がうろつき、事前に二人組のレポがこちらの動向を監視しているではないか。ついに前川は現れなかった。A君が前川の携帯電話に電話を入れた。前川はあわてて「娘が交通事故で、今は救急車の中なんだ」などとこの期に及んで見苦しい言い逃れをしようとし、「どこの病院だというんだ。」と、A君が追及すると前川はたまらず電話を切ってしまった。その後、この携帯電話はスイッチが切られ、数日で解約された。以来、前川は、A君の前からすっかり姿をくらました。
 家族にも正体隠す専門部隊
 今回のA君に対するスパイ化工作は、何よりも、警察庁秘密スパイ化工作専門部隊による、本格的な革命党壊滅攻撃の一環である。前川の正体は、警察庁警備局警備企画課に籍を置く責任者が直接指揮する、大阪府警に配置された秘密スパイ化専門部隊員である。彼らは、警察内部に部屋を持つこともなく、家族・親類や隣近所にも正体を隠し、表向きの住所と実際の居住を使い分けて、人民の目をあざむきつつ、日々スパイ活動に励んでいる極悪のやからなのである。この前川が、A君に狙いをつけ、何とかして中核派の中にスパイをつくり出し、革命党壊滅を図ろうとじたのである。しかも、九二年初頭以来、五年にもおよぶ用意周到かつ執拗な本格的スパイ化工作だ。前川はまずB社の経営者を協力者にし、身分を偽って、B社に「アルバイト 」として潜り込んだ。明白な国家公務員法等違反の非合法活動である。前川がA君に教えた電話も、A君をだますための万全の体制がとられていた。「A君と会うときは、いつ革共同に摘発されるかと戦々恐々としながら、レポと防衛隊の体制をとっていた。スパイ摘発・粉砕の勝利をはっきり確認すると同時に、このような人を人とも思わぬ極悪のスパイ化工作に対して、革命的な断を下すことを宣言する。
 革命党圧殺の基軸的な手段
 今日、日帝・橋本は、新ガイドライン締結を突破ロに、日帝自身の戦争として、朝鮮侵略戦争に突進していこうとしている。そのための戦争国家づくりにとって、革共同の壊滅は死活的となっている。日帝は、革共同の壊滅、そしてあらゆる労働者階級人民の闘いを圧殺するために、組織的犯罪対策法を臨時国会に提出しようとしている。こうした中で、革共同や戦う労働者人民に対するスパイ化の攻撃は、ますます激しさと悪らつさを強めている。そもそも、スパイ化攻撃とは、日帝の伝統的で基軸的な革命党圧殺の手段である。日共ス夕ーリン主義の歴史は、日帝のスパイ化攻撃への屈服と敗北の歴史でもある。カクマル・黒田の反革命への転落はスパイ大川への協力・加担を重大な契機にしている。革命党にとって、国家権力のスパイ化攻撃との闘いは、前衛としての試金石なのだ。革共同の五月テーゼの決断に恐怖した日帝・国家権力は、五目テーゼを打ち出した九二年以来、革共同へのスパイ化攻撃を圧倒的に強化した。さらに、九四年九・二○宣言体制のもとに、革命党壊滅の攻撃は次元を画するものとなっている。これらのことをしっかりと見据え、日帝・国家権力の革命党壊滅、スパイ化攻撃を革命的に粉砕していかなければならない。
 原則的な闘い貫きスバイ化粉砕して非・非の党建設を
 日帝・警察庁-前川によるA君へのスパイ化工作摘発・粉砕の勝利の教訓の核心は、原副的なボルシェビキ的細胞活動である。細胞が、会議・機関紙・財政の組織三原副を基軸にすえきって、警察権力の弾圧やスパイ化工作、反革命の攻撃などを、しっかりと組織的に対象化していくことであり、大衆との討論状況や、オルグ方針などについて、しっかりと組織的に討論していくことである。こうした原則的活動を不断に貫徹していけば、スパイ化工作は必ず粉砕できる。逆に言えば、原則的細胞活動の崩れこそが、前川のスパイ化工作のスキをつくり出していたということだ。その上で、権力のスパイ化工作の手□を大衆的に暴露し、宣伝していくことが重要である。今回、前川は、身分を偽り、A君の職場に就職までして五年がかりで工作をしてきた。その巧妙なやりロにA君はいったん信用させられ、わが革共同としても対象化が遅れたと言える。しかし、その中でも、A君は「スパイはビラや情報をほしがるもの」 「ピラや情報を流すことはスパイにつながる」という武装がしっかりとされていた。だから、けっしてスパイ行為に加担させられるということがなかった。このことがスパイ化工作粉砕の大きな力であった。前川摘発・粉砕の勝利に続いて、日帝・国家権力のスパイ化攻撃を打ち破り、蜂起に勝利する、本格的な非合法・非公然の革命党を建設しよう。九月新ガイドライン最終合意粉砕-池田・久間訪米阻止の政治的蜂起戦に総決起しよう。
 前進 1831号 1997年9月29日 権力のスパイ攻撃との闘いのために(上)
 新安保ガイドラインと一体革命党壊滅攻撃の基軸政策
 国家権力と革共同の〈組織対組織〉の死闘戦に勝ち抜け
 われわれは今、新安保ガイドライン粉砕・三里塚戦勝利をかけた歴史的闘いの真っただ中にいる。中間報告が出されて以降のわずか三カ目余の間に米・日帝国主義の朝鮮侵略戦争に向けての策動、日帝の参戦体制づくりが恐るべき勢いで進んでいる。だが、このような米帝の対日争闘戦の激化に必死に対応した日帝の朝鮮侵略戦争への参戦攻撃に対して、朝鮮・中国-アジア人民は激烈な怒りをもって闘いに決起している。そして、日帝の参戦攻撃は各地で日本の労働者人民の怒りの決起を生み出している。

 労働者人民との内乱的激突なくして日帝の参戦などあり得ない。日本階級闘争は、四半世紀を超える長期の内戦を戦い抜いてきた革共同を中心とする内乱勢力が厳として存在して、その骨格を守り抜いてきた。したがって、日帝の朝鮮侵略戦争参戦国化攻撃の本格化は、労働者階級人民の総反乱を不司避に爆発させてしまうのである。それゆえ総翼賛化の中で唯一の労働者階級の党として、この反戦闘争の最先端で闘っている革共同の破壊なしに、日帝の侵略戦争への突入など不可能なのだ。
 だからこそ、日帝の侵略戦争への突入は、日帝権力と唯一の革命党である革共同との組織と組織の死闘戦への突入を絶対的に不可避としているのである。九・二三決戦を前にして九月八日から、日帝権力は全国三十一都道府県、約二百カ所で、わが中核派の拠点や闘う労働者の個人宅、労組、大学の自冶会室寮などへの不当捜索を行い、同志一人をデッチあげ逮捕するという許しがたい予防弾圧を強行した。

 日帝権力はわが革共同の新安保ガイドライン粉砕闘争に追い詰められ、危機感を持って九・三二決戦圧殺の特別体制を敷き、総力をあげた大弾圧体制をとっているのである。われわれは、自国帝国主義が戦争に突入する時はまた、国家権力(とりわけその直接の弾圧部隊である警察権カ)と革命党との組織対組織の死闘戦への突入の時であることをはっきりさせよう。その闘いに勝利することなく反戦闘争を貫くことはできないのである。日帝権力は破壊活動坊止法の適用をもって革命路線の放棄ないレ革命路線の右翼的転換を強要し、それに従わなければ五条(組織活動の制限)と七条(団体解散)の適用による組織解散によって革共同の壊滅を狙ってくる。そして今、組織的犯罪対策法の大攻撃をかけてきている。しかし、革共同への破防法の組織適用をもって壊滅に逼い込むためには.日帝・国家権力は革共同の全体を組織的に明らかにしていなければその実効性はない。

 九○年天皇・三里塚決戦での破防法適用ができなかった原因は、非合法・非公然体制を強めていた革共同に対して破防法の実効性がないことであった。つまり、破防法を適用しても、むしろ革命的武装闘争はより激化して発展し、爆発してしまうことを権力・冶安警察が明白に認識したからである。そのために、公然面・非公然面の双方の全体的解明に権力は躍起になっているのである。それは、公然面の組織実態と活動形態を徹底して解明する「ガラス張り化」と非公然面での組織をいったんつかんだら徹底して観察・監視し、機をみて一網打尽に弾圧するという「泳がせ」政策であり、その最大の弾圧手段とレて「スパイ潜入政策」を本柊的に開始したのである。本稿の目的は、朝鮮侵略戦争に参戦するための国民総動負体制に突入した日帝の冶安弾圧の中で権力の革命党弾圧政策の最も基軸をなす破防法攻撃と、その破防法攻撃を実行あるものにするスパイ政策と対決し、これに勝利するために、攻撃の実態を暴露しスパイ攻撃に対する全党の武装を強化する闘いを提起することにある。
 90年破防法破産で革共同全体の掌握と壊滅ヘ弾圧拡大
 権力のスパイ政策による革命党破壊攻撃は、戦前・戦後をとおして一貫して行われてきたが、革命的共産主義運動に対しては七○年安保・沖縄闘争で本格的な武装闘争に着手して以降、特に激化してきた。日帝・国家権力の革命党破壊攻撃は、まず警察=カクマル連合とそのもとでのカクマルの白色テロル攻撃の激化であった。他方において、わが革共同が八一年に先制的内戦戦略の第二段階に突入したことを契機として、権力の総力をあげたわが革命運動破壊攻撃が強まり、スパイ攻撃は一層本格化する。この第二段階への突入に前後してのスパイ潜入攻撃の激しさは、本紙一一〇二号(八二年九月二十日付)野村隆夫論文に詳しく暴露されている。しかし、この権力によるスパイ政策(スパイの潜入と党員およびシンパに対するスパイ化攻撃)を、わが革共同ばレーニン主義に立脚した原則的な組織活動によってことごとく粉砕してきた。とりわけ、七○年闘争で本格化した武装闘争とそれを継承した火を噴くような激しい二重対峙・対カクマル戦争への突入は、「人は金と脅しでどうにでもなる」と高をくくっている腐敗した人間観しか持っていない権力のスパイ政策に根底的打撃を強制したのである。

 労働者階級の前衛党、本格的な革命党としてはまだ途上にあるとはいえ、八○年代を貫く三里塚決戦と国鉄分割・民営化をめぐる階級的激突において、わが革共同は必死に闘い抜き、八六年の地下党・地下軍の直接的壊滅をめざした権力の「五・七宣言」攻撃をもぶち破って、九○年天皇・三里塚決戦勝利にまで上り詰めた。追い誌められた日帝権力は、九○年決戦の敗北の総括をとおして「攻めの警備」への転換を打ち出した。それは九四年春の朝鮮侵略戦争切迫情勢と結合して警察庁長官国松による九四年「九・二○革共同壊滅宣言」体制として、革共同の党としての存在そのものの壊滅を、日帝権力の冶安政策の根幹にすえる攻繋に出てきたのである。「九・二○宣言」は単なる言葉の上の決意ではない。それは具体的内実を伴った決定的攻撃である。
(a)革共同破壊攻撃を地下党攻撃にのみ集中するあり方から、革共同全体をガラス張りにする方針へとエスカレートさせた。その最も基軸的な手段としてスパイ潜入政策の圧倒的な強化があった。これは戦前の日共壊滅の教訓に基づくものである。
(b)非公然面は、たとえ部分的にキャッチしても、即攻撃を発動せず、「泳がせる」政策をとることをとおして、近い将来、破防法(さらには組対法)適用攻撃などで一挙にせん滅しようと準備する凶暴な攻撃である。

 日帝権力は、九五年春のオウム真理教事件の発生を徹底的に活用して、それを口実としてありとあらゆる警察権力の強化を図り、戦後的階級関係の中で踏み破れなかった「人民の生活領域への踏み込み」という暴挙をやった。それは人民の警察権力への協力の組織化、地域全体の掌握・制圧をとおした人民監視攻撃としてある。九○年天皇決戦の敗北の総括をとおした「攻めの警備」への転換のもとで、九二年から推し進めてきた掌握・監視のための「地域警察カの強化」攻撃は、日帝支配の破綻(はたん)と危機としてあったこのオウム真理教事件を逆テコとし、あくどく利用することで初めて可能となった。すなわち、オウム真理教事件は、戦後警察史を画する事件となり、新安保ガイドライン攻撃と一体の治安弾圧攻撃を一挙に推し進めるテコとなったのである。

 九六年四・一七日米安保共同宣言=日米新安保体制として日帝の参戦国家化に向けた攻撃は、米・日帝国主義による朝鮮侵略戦争情勢を一層切迫させ、敗戦帝国主義である日帝の体制的危機を突破する攻撃を一挙に激化させた。それは、一方では新ガイドラインの策定をとおして日帝と自衛隊が朝鮮侵略戦争へ全面参戦していく体制をつくろうとするものであり、他方では戦争国家体制構築=有事体制=内乱鎮圧のための自衛隊の冶安出動と破防法発動による革命党破壊攻撃を激化させるものである。それゆえ日帝権力は、革命党とプロレタリアート人民を掌握し、直ちに弾圧できる状態に持ち込もうと全力をあげているのである。それが権カの革命組織に対するガラス張り化攻撃をむき出しにしているのである。文字どおりの組織破防法攻撃である。

 このガラス張り化攻撃は①公然面に対する逮捕・不当捜索・尾行・張り込み・盗聴などによる党員の動態の把握、②非公然面に対する「泳がせ政策」としてあり、さらには、③革命党総体をスパイ政策をもって組織内部から掌握し破壊しようとする攻撃であり、基本的には組織破防法の適用による革命党の一挙的壊滅をめざすものである。とりわけ、スパイ政策はそれらの中でも重要な基軸をなす政策である。戦前の日本共産党は、天皇制ボナパルティズム体制の治安的根幹をなした特高警察によるこのスパイ政策によって基本的に壊滅に追い込まれたのである。「誰を捕まえようとおもえば、ぃつでも捕まえられる状態にはあったですね。昭和七、八年(一九三二、三年)ごろには。どこそこの連絡線へ行けば誰と誰ということは、共青でも共産党でもだいたいみんなわかっていました」「『赤旗』でも、配布ルー卜のどこかで入手できたし、のちには印刷直後に入手できるようになりました」 (富下弘『特高の回想-ある時代の証言』より)。

 もちろん、ス夕ーリン主義ゆえの革命戦略における誤りや権威主義・官僚主義かさまさまな組織の弱点をつくっていたという点はあったとしても、労働者階級人民の中に一定の権威をもっていた戦前の日本共産党が、日帝権力のスパイ政策でここまで掌握され、基本的に壊滅に追い込まれていったことをしかっりと教訓化する必要がある。敵権力の側は、戦争と大失業の時代=革命的戦争の時代を前にして、スパイ政策を「勝利の教訓」として再び治安政策の其軸にすえて攻撃に出てきたのである。新安保ガイドラインという形をとって、日帝の朝鮮侵略戦争への参戦準備がすさまじい勢いで行われている情勢下で、スパイ政策との闘いに勝利することなしに非合法・非公然の党の建設は不可能である。また真の意味で反戦闘争を貫き、革命運動の勝利をかちとることも不可能である。わが革共同は、九一年五月テーゼをもって戦争と革命の時代における日帝権力との組織的死闘戦を闘い抜き、労働者党建設の闘いを推し進めてきた。革命党破壊攻撃の基本手段である権力のスパイ政策と全力で対決してきた。以下、その勝利の経験と教訓をとおして、権力のスパイ政策との闘いの方向性を具体的に提起したい。
 スバイ潜入工作の具体例と摘発した原則的闘いの経験
①-1【首都圏で活動家として活動している時、○○動員で逮捕されたB氏の例。出獄後、半年くらいで活動から離れる。その後就職した職場に公安調査庁が仕事にかこつけて度々訪れ、酒をおごられる関係になる。そのうちに「情報を提供してほしい。○○○に入って活動してほしい」と要求された。B氏は指導部であった同志と会って討論し、すべてを報告し、公調との一切の関係を絶った。
①ー2【A地方委員会の活動家L氏の 例。活動から離れてしばらくしてから職場の同僚に誘われて飲みにいくと、そこに男が待ち受けていて一緒に飲む。その後、昼休みに同僚と一緒に会う。その時、組合のことや中核派のことを聞き出そうとするので、「なぜそんなことを聞くのか」とただすと「県警だ」と答える。L氏はA地方委員会の関係者と会って討論し、その後は誘われても一切拒否した】

 これは、権力の最もオーンドックスな工作の手ロである。われわれと疎遠になったり、活動をやめた人やシンパが再決起・再結集してくる場合には渾身(こんしん)のカでオルグし、政治的・路線的・思想的にしっかりと獲得することが必要である。元活動家の再獲得の闘いは重要であり断固としてやるということだ。その場合指導部は、再決起した活動家と真剣に向き合い、獲得の立場から政治討論をしっかりとやり抜き、活動をやり抜くことができなかった困難をともに解明するという闘いに全力をあげることが決定的に重要である。
②【九五年三目ごろ、C氏からK支社に「『前進』を購読したい」という内容の手紙が届いた。「七○年代に○○で働いていた。職場の先輩から紹介されて『前進』を読んでいた。現在は実家に戻り、下請けの職場で働いている」というもの。S地方委員会に照会し、直接会ってもらったところ、地元県警公安が接近し、酒を飯む関係になっており、警察の指示で申し込み、代金も警察が支払っていたことが分かった】

 本社や支社に『前進』購読を申し込んでくるケースは、基本的には党の闘いと路線に共感して「ぜひ『前進』を読みたい」という支持者である。だからこそ、こちらから政治的・路線的・思想的に真剣に獲得することが可能であり、心底からの信頼関係を形成することが可能なのである。しかしもちろん、さまさまな動機をもって『前進』の購読を申し込んでくる者もあり、その中に権力およびそのスパイとなっている者もいる。だが、にもかかわらず真剣な獲得=思想闘争をとことんやり抜くことが、ここでも勝利を切り開くのである。特に今回の例では、S地方委員会との実際の関係があった者の『前進』購読申し込みだったので、支社からの照会に文書で回答するだけではなくS地方委員会の前の担当者が直接オルグに行ったという真剣な態度が勝利を切り開いたのである。担当者の真剣な態度にC氏も心を打たれ、権力の攻撃を打ち破って決起し、すべてを報告するという決定的な勝利になった。重要な勝利の教訓である。
③【Eは八七~八八年ごろ、○○街宣でオルグした男で、次回の会合をその都度約束するという形で『前進』を売り始めた。定期的に会うが住所はあいまいなままであった。そういう状況の中で、さらに活動家の家族的心配事まで相談にのるようになる。三~四年後、別の件でEを調査していた同志が、Eは公安調査庁であることを究明し、直ちに絶縁した】

 大衆運動や宣伝活動における街頭行動は、それ自体は革命連動にとって不可欠なきわめて重要な闘いである。しかしそれは権力にも完全に自らをさらす場となっているという観点に立ってオルグすることが大切である。大衆に広く門戸を開いて大胆に闘いへの決起を呼びかけるからこそ、権力との真剣な闘いが死活性を持ってくるのである。したがって、街宣活動で獲得した対象者のオルグは、基本的にはその組織のキャップの指導のもとで、きわめて原則的に組織的に行われる必要がある。以上の四件の勝利の事例は、権力がスパイを直接潜入させようと工作したケースである。これに対して、路線に基づく治討論と思想闘争を重視し、組織的・原則的闘いでB氏、C氏、L氏の獲得に成功した結果、権力のスパイ工作を摘発発・粉砕する勝利をかちとることができたのである。(つづく)
 前進 1832号 1997年10月6日 権力のスパイ攻撃との闘いのために(中)
 権力の工作の具体的ケースにみる卑劣な手口を暴く
 逮捕などの直接的接触の機会を利用してス八イ化攻撃
 前号に続き、スパイ攻撃の具体例と摘発した勝利の経験を見ていきたい。
 逮捕時の取り鯛べをとおして屈服・転向させスパイ化する。
 ①-1【九三年春、Q地区委員会のシンパR氏は、闘争で逮捕されたが、釈放になった。その後、R氏の自宅に○○署公安二人が数回来て協力を要請した。これは、R氏の逮捕時の対応にやや甘いものがあったのでそこに付け込もうとして訪問したものと思われる。R氏からの報告を受けて政冶的・思想的討論をとおして対権力の武装を強め、その後の公安の訪問には拒否する態度を貫いた】

 ①-2【U県委員会のシンパだったVは、逮捕時に権カに屈服し、基本的にはそのことを契機にスパイ化した。政冶警察の指導を受けながら、摘発されるまでの数年問、わが党周辺でスパイ活動を行っていた。集会などの三次会に参加しては新しいメンバーを家まで送って住所氏名を特定して権力に知らせたりしていた。Vは日ごろから金遺いも荒く、何かと不透明な部分も多かったため、原則的に闘う他の同志やシンパから浮き上がりあぶり出されて摘発された】
 微罪事件や不祥事で逮捕・拘束した時に「無罪釈放」し、その後工作する。
②【九二年未、ちよっとした不祥事で逮捕されたD氏が活勲家と分かって、警察権力は内密に一晩ですぐに釈放した。後日、その警官がD氏を呼び出してきた時に、事件を内密に処理してもらった弱みから断れず、一緒に酒を飲んで話す関係になってしまった。当時「D氏は家庭の事情もあり、もともと酒好きということもあって生活が乱れ、財政は破産的状態になっていた。酒食の供応や現金も受け取るという中で、徐々に情報提供に応じるようになっていった。しかし、警察の要求が会議や集会の報告にエスカレートしていく一方で、D氏は会議での同志たちの真剣な討論や姿勢に触れ、強要されたスパイ活動を続けることに耐えられずにキャップに報告して事態が判明した】
 交通事故や「落とし物」事件の取り調べなどで接触した機会を利用し工作する
③【九○年ころ、S県委員会のシンパだったTは『前進』の入ったカバンを落とし、それが権力に届けられ連絡がきた。引き取りに行った際に「誰からもらっているのか」と聞かれ、○○支部のキャップの名前などを話した。Tはこの事件の後で連絡が切れる。しばらくしてS県委員会のオルグを担当していた同志あてに手紙があり「就職した。『前達』を定期購読したい」と連絡してくる。しかし、連絡が突然切れる前に「自分は権力や暴力団と話ができる。○○社に出入りしている」と周辺に自慢していたという経過もあって、県委員会はTをスパイと断定し、関係を切るよう指導した】

 逮捕時の屈服・転向や②のケースのように事件を不問に付した弱みをついてスパイ化するという攻撃は、権力にとって豊も古典的でオーソドックスなやり方である。それゆえ、出獄後の指導と討論、何よりも正面からの政治的・思想的討論が決定的に重要である。とりわけ、最近の逮捕攻撃は「実家に住民票をおいているが活動しているのでたまにしか帰れない」というような、一般的にはなんらの違法性もないのに「公文書不実記載」や「免状等不実記載」などのデタラメな理由をこじつけて弾圧し てくることが多い。これらの弾圧は、逮捕理由のいかんを問わず権力の「切り落とし」攻撃との真剣勝負であり、一瞬の気の緩みも敗北につながるので、本人と組織とが一体となって全力で闘わなければならない。また、完黙・非転向の闘いの重要性を日常不断に提起し討論することが決定的である。臭体的には『弾圧とのたたかい』 (「弾圧と一のたたかい刊行委員会)一や『救援ノート』 (救援連絡セン夕ー)に基づく討論』と指導を日常的に目的意識的に行うことが、実際の弾圧に直面した時に圧倒的に力を発揮する。弾圧は予想.していない時に受けること.が多いので、基本会議で日常的に指導するという原則的組織指導こそが勝利を保証するのである。
 長期間の基礎調査によつて活動家の弱点を捜して接近
 親類・知人・同僚などをとおして顔見知りになり、人間関係を形成する 
①【九○年ごろ、○○シンパのG氏の遠い親類に当たる現職警察官が訪ねてきて、その後何度か酒を酌み交わすことがあった。当時のG氏のオルグ担当だった同志との間でこの問題についての真剣な討論が行われ、G氏はキッパリ断る決意をし、拒否する態度を貫いた結果、それ以降来ていない】

 権力のスパイ化攻撃のマニュアルに、警察官自身の親類・同級生・同郷者を調査して接近するという方法が重要な戦術の一つとしてある。したがって、われわれが「親類だから」「同級生だから」ということで、もし原則的態度をとらなかったら、それはスパイ化攻撃のえじきにされてしまう。このケースの場合、指導をとおして正しい方針が貫徹された結果かちとった勝利である。職場に同僚として入り込んだり、社長や上司を使って意図的に警察権力と接触するような仕事につけて人間関係を形成する。

②【現職の警察官=警察庁スパイ専門部隊員・前川による、関西労組交流センター活動家A氏に対する職場への就職=潜り込みをとっかかりとする、断じて許すことのできないスパイ化工作(本紙九月八日付一八二八号5面で既報)】

 この例は、五年間にわたる接近工作という点では非常に本格的な攻撃であり、カクマル問題から不審性をかぎ取り、スパイを摘発したA氏と彼に対する指導は賞賛に値する。このように「用意周到に準備した」攻撃でも、やはりしよせんは反革命的動機で接近してくる政泊警察であり、原則的な闘いであぶり出すことが可能だということを見事に証明している。
 犯罪捜査に名を借りて強制的に関係をつける
⑧【九六年五月ごろ、I同志のアパートに「鉄道妨害事件の特捜班○○を名乗って事情聴取したいと権カが訪問する、この時点では操作を口実としたスパイ化工作だとは本人は思わなかった。六ー七月に留守電に「会いたい」のメッセージがあり再度訪問する。「君は優秀な社員だから七月の集会など行かない方がよい」といった趣旨のことを言う。I同志の報告を受けて組織的な検討と討論が行われ、権カによる捜査をロ実とするスパイ化工作と断定。I同志はその後の訪問をキッパリと拒否する】
このケースは、たとえ事実に基づく犯罪捜査(事実でない場合が多々ある)であろうとも、警察権力との接触があった場合、きわめて原則的に報告を行うことが重要であることを示している。敵の側も日常的に活動家の墓礎調査を行いわれわれとの接蝕の機会を虎視肱々(こしたんたん)と狙っているのである。
 飲み屋・飲食店で偶然を装って接近する
 ④【J同志の行きつけの飲み屋で知り合った男が、何度も家に来て付き合う関係になり、そのうちに権力を名乗ってスパイ活動を強要するようになった。また本人が拒否してもドアの外に土産を置いて帰ったりしたことも度々ある。一切対応しなかったら、その後は来なくなった】

 これは、権力が活動家の尾行・監視行動をとおして「行きつけの飲み屋」をつかんだ上で、目的意識的に接近してきた典型的なケースである。この例は、われわれの日常生活といえども権力から秘匿することがいかに大切か、ということを明らかにしている。とりわけ、「行きつけの飲み屋」が政冶警察の攻撃対象に選はれるというケースが圧倒的に多いことを、厳しく見ておかなくてはならない。権力の尾行に対する摘発・粉砕の闘いもなく、武装解除された状態で行きつけの食堂や飲み屋を利用するのは、スパイ化攻撃の対象となるのだという自覚を持つことが必要である。
 活動家の山登りなどの趣味に合わせたス卜ーリーを作って関係を形成する
⑤【八九年ごろ、W県委員会Y同志は病気療養後、療養先の医師の世話で野良仕事をやっていた。そのころ、魚釣りに行ったらたまたまそこで一緒になり、何度か一緒に釣りにいった。その後Y同志が留守の時に、手士産を持ち「その辺まできたから」と言って訪問してきたりした。不審に思って職業を問いただすと「県警の公安だ」と名乗る。一切関係を断った】

 これらは、基礎調査に基づいて活動家の趣味などをつうじて自然に接近し、関係を形成しようとしたケースである。権力は、活動家の生活条件や趣味を基礎調査で把握して、その条件に合わせたストーリーを作って援近してきている。われわれに接近してくる人問は、その身元、家族関係などをすべて掌握して付き合うという戦闘的姿勢と作風が、この勝利をかちとる力となっている。だが、この力は三原則に立脚した組織活動とスパイ攻撃に対する具体的なケーススタディという組織的取り組みによって初めて形成されるものであることをしっかりと確認しよう。
 自動車の事故や故障といっ偶然を装って接近して「親切」を引き出し、その「お礼」をとおして関係を形成する
⑥-1【M同志は公務員労働者で実家のすぐ近くの自宅に住んでいた。九四年秋、自宅の隣地に車を突っんだと言って四十五歳位の男が訪ねて来る。数日後、男は菓子折りを持って謝罪に来る。その時、自分の趣味が写真であることを話して写真を撮って帰り、その後の訪問の口実を作った。その後一~二ヵ月に一度のぺースでM同志宅を訪問、M同志は顔を合わせることが少ないがすっかり家族ぐるみの付き合いになっていた。夏には「お祭りを見にこないか」と招待され、家族三人で訪問した。会議で報告し、討論した結果、不審だという結論が出て、男が来た時M同志が職場を聞いたら、「県庁の○○課」と実在しない課を答え、権力のスパイ工作だとハッキリした】
 病気療養中の活動家を狙って接近工作する
⑥-2【N同志は持病により活動を離れ、組合活動もできない状態になっていた。九七年三目に近所に公調を名乗ってN同志のことを聞いたうえでN同志宅を訪問してきた。 「公安調査庁の○○」と名乗り「話がしたい」と言ってきたがドアを開けずに追い返した。自宅の最寄り駅の近くでも声をかけられたが「何も話すことはない」と拒否した。
 近所の家を訪ねる口実で場所を尋ねるなど
⑥-3【九四年ごろ、P同志が住んでいるアパートを○○が訪れ、 「このアパートに入りたいのだが」といって話しかけてきた。その後、うどんなどの土産を持って何度か訪問してきた。P同志が仕事中にも、偶然を装って何度か現れたことがある。P同志は一度、○○のアパートに行ったことがあるが、生活のにおいはしなかった。それらの ことについて不審を感じたP同志は会議で報告した。その後の調査に墓づいて○○は公調だと判明した。
 これらのケースは、親切心や病気で苦しんでいる人間の気持ちを利用して攻めるという最も悪質で非人間的な攻撃である。これらのケースでは、関係の形成が家族ぐるみになるということが多く、最も卑劣なやり方である。怒りをもって粉砕する闘いに決起することがボイントである。この攻撃に対する闘いは、知らない人間との付き合いにおいては、全力で身元の解明を行うことである。このことは分かり切ったことだが、やはりその原則的闘いをきちんと貫徹するということが最良の対策なのである。特に、ここで扱ったケースは、大衆運動や『前進』の購読申し込みの例とは異なって、非政冶的関係をとおして接近してくる例が多いところに特徴がある。こういう場合、人間関係に配慮して相手の身元を聞いたり調べたりすることをためらってしまうことが多いが、それが政冶警察の狙い目なのだ。積極的にこららから相手を訪問するなどの踏み込みをとおして実態を掌握することが重要である。

 この章で紹介したケースは、三カ月から半年間の基礎調査を踏まえて、活動家の弱点を探して接近している例である。権力は、活動家の全体像を対象化し、弱点を探して、巧妙に日常生活の中に滑り込むように接近してこるので、直接の当事者事者となった本人には気付きにくいケースが多い。したがって、基本組織日常的会議などをとおしての原則的討論・組織指導、スパイとの闘いに対する具体的なケースス夕ディなどを活用しての武装・思想闘争がきわめて重要なのである。そして接近工作の初期の過程で、摘発し粉砕することが勝利につながる。
 次に、公刊物で明らかにされたスパイ潜入の手□について若干紹介する。《『公安調査庁の暴走』(宮岡悠ー現代書館)から》
「(マスコミ関係やシンクタンクの)社員として事務所の中に机や電話まで用意してもらっていたらしいですよ。……シンクタンクの研究員という肩書なら、相手もごまかしやすいし、何よりも偽装じゃないから気が楽」、「協力者と接触するだけのために専用のアパートを借りることすらあるという。調査官が経費で民間アパートを借りておき、ここで協力者との接触を行うという方法だ。こうした場合、事前に接触日時を決めておいて別々にアパートに入り、室内で落ち合って情報のやり取りをした後に別れるのだという」。
 善意につけ込んで金銭・酒食で買収狙うのが常套手段

 以上の暴露してきたスパイ攻撃の手口について整理しておこう。まず第一に接近のの手口の狡猾(こうかつ)さである。人のよさや善意・親切心につけ込んでくる卑劣さ、うす汚さは権カの本性からくるものだ。その一は、権力が正体を隠して接近してきていることである。権力の身分偽装の典型がルボライ夕ーやジャーナリス卜である。これは公安調査庁の正体隠しの常道である。そのニは、交通違反や軽犯罪法違反などの微罪にひっかけて、違反もみ消しの恩を着せたり、あるいは逮捕・勾留のつぶしの攻撃をかけたりすることである。その三は、家族ぐるみの力でがんじがらめにしようとしていることである。独身者には「家庭の味」を味わわせ、家族持ちには妻子ともどもの交際へと発展させ、対象を逃れがたくとらえてしまおうという狙いなのである。 第二に、権力は金銭で買収すること、酒食で誘惑することで対象を取り込むこと常套(じょうとう)手段としている。 第三に、権力はスパイ強要策動を長期計画と用意周到な準傭のもとで実行してきているということである。身分を隠して接近し、対象に関する調査をするところまでやってきている。(つづく)

 「★阿修羅♪ Ψ空耳の丘Ψ12」の「倉田佳典 日時 2001 年 3 月 30 日」「元公安警察のやり手捜査官がすべてを語った、信頼関係の上で協力者から情報をもらうのが、公安の王道」(別冊宝島295「裸の警察」 1997年1月14日発行より)。
 公安魂は面識率にある!! 元公安警察のやり手捜査官がすべてを語った、いまだ共産党をターゲットにずる理由、盗聴・尾行の実態の数々………

 米本和広(ルポライター)

 小牧忠雄氏(仮名、六十歳)は、今年(九六年)四月に定年退職した公安職員である。巡査時代から定年まで、人生の大半を公安活動に費やし、警察官の誉れである賞を何度も取ったことのある「やり手」(周囲の評価)の公安であった。今は関西のとある街で第二の人生をスタートさせ、これまでできなかった趣味にも本格的に取り組もうとしている。その小牧氏を関西に訪ね、公安警察の実態を教えてもらった。

 ▼公安組織の全貌
 --最初に、公安の組織、指示系統について教えてください。
 小牧 公安は県警単位で管理されているように思われているが、実はそうじゃあないんだ。重要な作業はすべて国の警察庁に報告し、許可を受けてから作業が開始される。先に、組織の全体を説明したほうがわかりやすいやろうな。日本の公安のトップは警察庁の警備局長だ。今は杉田和博さんがやっている。その下に五つの課がある。各課は組織的には並列だが、公安作業の報告を受け許可を与えるのは「警備企画課」で、この課は警備局長と各課、また全国の公安どのパイプ役、重責といっていい。組織図でいえは、その横に公安二課から三課まであり、「公安一課」が共産党担当、「公安二課」が右翼担当で、「公安三課」が極左担当となっている。その横に外国人のスパイを扱う外事課が並ぶ。この警察庁の下に、実際に現場で働く各都道府県の警察本部所属の公安組織織がある。

 当たり前の話だが、所帯がもっとも大きいのは警視庁だ。「公安」と「警備」が独立し、「公安」の看板を掲げているのは警視庁のみだ。あとの道府県は警備と公安が一緒になって「警備課」となっている。警視庁の課は全部で七つあるが、組織の筆蹟は「公安総務課」だ。建前は公安全般の総務を取り扱うことになっており、その仕事もしているが、実際は共産党が対象の組織なんや。課長は警察庁のキャリアが務めることになっている。「公安一課」は極左。「公安二課」は俺のときには労働運動が担当やったけど、最近聞いた話だと.極左のなかから革マル担当をこの二課に移したそうだ。どちらも事象(事件、出来事)が少ないから、まとめたということなんやろうな。したがって、二課は労働組合と革マル、「公安三課」は右翼で、「公安四課」は資料担当。外事課は二つに分かれ、「外事一課」はアジアを除く外国、「外事二課」はアジア担当となっている。わかりやすくいえは、ロシアのスパイを捕まえるのは「一課」で、北朝鮮は「二課」ということになる。

 --それで、先の指揮系統の話ですが、重要な作業は警察庁の指示を仰ぐというのはどういうことですか? 極左の活動家を尾行することまで許可は必要ないでしょ?

 小牧 そりゃあ、そうだ。日常的な活動は職員一人ひとりの裁量に任されている。たとえは……そうやな、公安の基本はあくまで協力者づくりだ。デカでも同じことだが、情報を提供してくれる協力者がいなければ、捜査することは不可能やろ。とくに公安の場合は、治安を乱す可能性のある団体の構成員を知らなければならない。そのため、協力者の存在が絶対的に必要だ。

 --ええ。

 小牧 ところが、協力者を獲得するには、時間がかかるし、労力も必要だ。せっかく協力者を得ても、めぼしい情報がなければ無駄になる。また(協力者づくりが)間違った方向にいくのをチェックする必要もある。それで地方の警察署にいる公安職員は「これこれの人を獲得する作業をしてもいいですか?」と県警本部に上げ、OKとなれは警察庁に報告、承認を求めるわけだ。承認されれは作業に取りかかる。そもそも殺しとか窃盗と違って、国の安全が乱されるのは国家的な問題やろ。だから、公安の仕事は国家的な側面が強く「公安捜査には警察庁の許可がいる」というのは、われわれの常識といってもいい。だから、お金も県費だけでなく、国費も投じられるわけや。

 --公安が過激派の尾行をするとか、右翼の動静を探るというのは一般的には理解されていることですが、一番分からないのは共産党の問題です。一説によれは、公安職員の半分が共産党担という話を聞きましたが、ほんとうですか?

 小牧 それは間違った情報やな。警視庁だと、極左担当の公安一課が約五百人。あとの課は二百人ずつ,共産党担当の公安総務課も二百人だ。半分だなんて、とんでもない………うーん、ただ、こういうことはいえるやろな,たとえは共産党が地区大会を開く。そんなときは、「面識率」を上げるため、その署の公安職員すべてが動く。そうなりゃ、全部が共産党担当やな。過激派が何かをする。そんなときに、「私は共産党担当だから関係ありません」というわけにはいかん。事象(事件、出来事)によっては全員がその担当になるということはある。これはふつうに考えれは誰でもわかる話やないかなあ。ロシアのスパイが道を歩いていた,外事一課の職員なら気がつくけど、顔を知らなかったはかりに公安一課は気がつかなかった。そんなことは許されんやろ。

 --「面識率」って?

 小牧 構成員の顔をどれだけ覚えるかということだ。公安のもっとも基本で、もっとも重要な作業だ。古手の活動家の顔を覚えておかなければ、新規の活動家を知ることができないやろ。たとえば、古手の活動家が新しく組織に加入した活動家と一緒に歩いている、古手の顔を知らなければ、道で会っても通りすぎるだけや。ところが、知っていれは、一緒に歩いているのは誰か?ってとになるやないか。面識がなければ仕事にならない。「公安魂は面識率にある」といっていい。

 --その話は、あとでもういちどお聞きしますが、先の共産党の話。共産党という組織は「革命を忘れたカナリア」って揶揄されるほど改良政党になわてしまったという人は少なくないでしょ。革命を忘れて『赤旗』ばかり拡大することに嫌気がさして離党する党員もいる。それに、今回の衆議院選挙でも小選挙区の合計で七百万票、比例区で七百二十六万票の支持も集めた。もう公安の対象から外していいと思うのが率直な感想ですが。うがった見方をする人は、対象から外すと予算が削られ、人員も削減される。それで十年一日のごく「監視」ているのだと・・・・。

 小牧 (真剣な顔つきになって)共産党の革命に関する情報を収集するのは社会正義である」。おそらく、すへての公安職員はこないに考えているやろ。信念をもっているはずだ。確かに、〃暴力革命〃の語句は共産党の印刷物から姿を消した。しかし、共産党の綱領からは暴力命命をいっさい放棄したとは読み取ることができない。宮本顕治の「日本革命の展望」には敵の出方によっては暴力革命もあり得るという。〃敵の出方〃論の記述がある。暴力革命を結論づけるような昔の文献をも否定したこともない。確かに、政党として人数も人きく、国民の支持を集めているの はあんたが言うとおりだ。しかし、警察として注目するのは、三十八万人だったか、党員数の多さだ。過激派なんて、横成員はたかだか数百人程度、正直、それほど怖くはない、しかし、〃鉄の規律〃(民主主義的中央集権制)を重んじる政党の三十八万人がいざ立ち上がったら、どうなるか、監視をやめて、ある日暴力革命をやったなんてことになったら、終わりだ。国の安全を守る警察の責任はどうなるのか、こんなふうに、公安は考えているんや。私の現場経験から言えば、予算がどうのこうのだから共産党を監視する、なんて思っている人はいいへん。
 ▼「協力者つくり」とは?
 --じゃあ、今後もずっと共産党への監視は続くわけですか? しかし、実態からすれば暴力革命は放棄しているし、上が命令しても従わないでしょ……。

 小牧 共産党がはっきり「暴力革命は今後いかなることがあってもしません」と綱領に書けはいい。そうすれば、警察にとっても共産党の情報を収集する必要なんかなくなるんとちゃうか。共産党の人は警察に文句を言うが、それなら「暴力を使うことはしません」と綱領を書き改め、宮本顕治の論文も否定すれはいいやないか。警察は、ともかく暴力行為を未然に防ぎ、暴力を取り締まるところやさかいな。監視されて悔しいというなら、暴力革命をきちんと公式に否定しろ、綱領を変えろ、それから文句を言ってこいって言いたいな。ガッハッハ

 --協カ者づくりはどのようにするのですか?

 小牧 オウムの捜査で公安調査庁が関係者に情報謝礼を渡したという記事が新聞に載ってっていたが、警察の公安はそんなことはいっさいしない。公安調査庁には予算があっても、警察にはなにしろ、そんな予算なんかないんやから。

 --随分前のことですが、公安警察が共産党の地域幹部をスパイにするため酒を飲ませたとかお金を渡したとかで、抗議を受けたことがあったはずですが……。

 小牧 ああ、しかし、協力者つくりの予算項目なんてほんまにないんや。ただし、職員自身がホケットマネーでやる,あるいは署単位で手柄を立てようと、独自の判断で、お金を渡すことはあるかもわからんな。だけど、俺はそれを邪道やと、若いもんにしきりに言ってきた。ほとんどの公安職員もそう思っているはずや。人の道を外して協力者づくりをしてはあかんのや。功を焦って、道を外す奴も何人かいるやろ。そういう職員がいることは否定しない。そやけど、多くはそんなことはしない。一番人切なのは人間関係であり、その関係の「醸成」だ。醸成ってのは警察でよく使われる言葉で、信頼関係を築いて深めるという意味や。

 --公安の犯罪ということでは、神奈川県警による共産党幹部の緒方靖夫さん宅の盗聴事件がありましたが。

 小牧 鍵をこじあけ資料を抜き取る、ゴミ箱を漁り重要資料を探す、あるいは盗聴する。こんな事件を起こすのは、協力者づくりがうまくいかん、あるいはいなくなったということで、焦った結果だと俺は思うんや。あんたの言う盗聴はおそらく神奈川県警の一部が組織をあげてやったはずだ。俺に言わせりゃ、神奈川県警さんには悪いが、焦ったんと違うかなあ。

 --でも実際にそういう事件は起きている。

 小牧 そうやね。でも、それはごく一部であって、すべての公安職員がそうした違法行為に加担していると思われるのは心外やし、事実やない。手紙を気づかれずに読むなんて簡単だ。封の部分に湯気をあて、糊をとかして剥がす。おい、何を言わすんや。ハハハ。俺が、言いたいのは、こういうことだ。手紙の封を剥がして中を読むのは簡単だが、そんなことは誰でも物理的にできることだ。そんなことで情報をとっても、(プライドのある公安の仕事として)面白くもなんともない。そんなことをやりたいんだったら、私立探偵でもやりゃあいいやないか。それに、手紙を開けても、欲しい情報が入っていないことのほうが多い。危険を冒して効果のはっきりしないことをやるのは邪道やって、言いたいのや。あんたが公安の職員だったら、どうする。物理的なことをやるかい? やはり、協力者と信頼関係を結び、信頼関係の上で情報をもらうのが、公安の王道なんだ。
 ▼盗聴は邪道か!?
 --協カ者の対象を見つけるのはどうするんですか。組織に不満を持つ人を見つける?

 小牧 いや、誰が組織に不満を持っているかなんてわからんな。マニュアルにはそんなこと書いてるが、そのとおりにはいかヘん。趣味の会でたまたま一緒になるとか。獲得したい協力者がたまたま事件に巻き込まれ、警察に逃げ込んでくるとか。ケースバイケースだ。

 --かつて、共産党の女性都議で万引きでつかまった人がいたけど。ああいった場合には、協力者の対象にするんですか? たとえは、罪を軽くしてやるから、情報を提供せよとか。

 小牧 (犯罪を起こすような)タチが悪い人は対象にならんわ。少なくとも俺は協力名作業はせえへん。やはり、優秀で真面目な人でないとな。いい情報は集まらんし、長続きしない。ただし、署や職員のレベルによってはそういう人も対象にするかわからへん。けど、公安の王道は、優秀で真面目な人を協力者にすることやで。

 --個人的なことを話すのは恐縮ですが、最近親しくなった近所の人で、警察官の方がいたんです。それで、今回の取材で警視庁には内緒でこっそり協力してもらおうと思ったんですが、でも何だか近所の関係を利用するようで………。でも利用されたと思われれはせっかくの関係が壊れてしまうのではないかと思って、やめました。趣味の関係で、たまたま協力者の対象者になりそうな人と知り合い、人間関係がそれこそ醸成される。そんななかで協力者の依頼をするっていうのは、勇気がいることではありませんか?

 小牧 (含み笑いをしながら)確かに、こちらの身分を明かすときは、(協力者づくりの)分岐点になるやろうな。そやけど、人間的なつき合いをしよう思って、何回も会っていれは、身分を明かさざるをえないんや。そうやないか。最後の依頼をするまで隠し通せるもんやない。最後まで嘘をつき通したって、相手との信頼関係は生まれない。「どんなお仕事をしていらめしゃるんですか?」って聞かれて、誤魔化せば信用はしてもらえんやろ。やはり正道を歩くのがいちばんや。

 --邪道にこだわって申し訳ないのですが(笑)、共産党の盗聴事件が起きた直後、それとは関係のない取材でたまたま警視庁の公安担当に会ったとき、「神奈川県警の奴がヘマをやらかして。プロじやないな。あいつら」って聞かされたことがある。
 ▼エース級の公安と一般の公安
 小牧 (話したほうがいいかどうかしばらく考える)公安職員はエース級の公安と、その他一般の公安との二つに分かれてるんや。エース級はプロそのものだから自分の仕事のことはいかなることがあっても語らない。一方、その他の公安はしゃべっても全体のことはわからないから、自分が関係したことしか明かすことができない。しゃべっても公安の全体像は見えない。こんな構造になっているんや。

 --ニつは組織的に分かれるんですか?

 小牧 いや、警視庁公安一課なら一課で、人物によってエース級とその他に分かれる。活字とか文章になってはいないが、課内なら誰でも「あの人はエース級」と知っている。うちの大阪府警にもいるよ。

 --同じ課内でもそんなに違う?

 小牧 ああ、まるっきり違うな。管理もきわめて徹底しておってな、エース級の人のところに、同じ課の「その他」が理由もなく近づくことは禁止されている。接近したのは何の目的だったのか、厳しく追及される。内部のチエックは実に厳しいんや。だから、エース級が何をしているのか、その他の公安職員はまったくわからんようになってる。あんたにしゃべった警視庁の公安が誰なのかわからんが、(初対面の人間に話すなんて)とてもプロとは思えん。だが、神奈川県警の盗聴作業はエース級が連携し「その他」とは独立してやったのは間違いない。盗聴は実に大変な作業だ。それについては明かすことはできないが、盗聴対象者の自宅の周辺にはどんな人が住んでいるのかもきちんと調べる。事前の調査が実に大変なんや。正義ぶって、「公安警察は盗聴しない」とは言わんけど、それは邪道なんや。というのは、どこかに拠点を設けて盗聴しても、ワンポイントにすぎん。電話の声は小さくなるし、雑音も出る。器材に障害が起きるから、永久的に盗聴するなんてことはできない。長くやればいつかはバレる。だからタイミングを見計らって、ワンポイントでやるしかない。たまたまタイミングよく、重要な情報が電話でやりとりされればええが、日常的な世間話だけの場合だってある。そんなにうまくいかへん。危険を冒し苦労してやったのにまったく無駄に終わる。盗聴がバレたら、警察組織が認めるわけにはいかんから、やった奴が裁判所に行くしかない。割が合わんやろ。だいたい、過激派が明日自民党本部を爆破するなんてことを電話でしゃべるかいな。郵便物でもそうやでえ。ハッハッハ。

 --なるほど。

 小牧 だから、繰り返しになるけど、神奈川県警が何であんなことをやったのか理解に苦しむし、焦ったとしか思えへん。盗聴は諸刃の剣やさかいな。何度でも言うけどハ人間関係を軸にした協力者からの情報収集が、過激派にしろ右翼にしろ、公安の王道なんや。対象とする組織からすればスバイ工作というだろうが、信頼関係を築いた人から情報をもらうのは違法でもなんでもないんやさかいな。これは公安に限った話やない。刑事の話のほうが理解してもらいやすいかわからんな。ムショ暮らしをしているヤクザの家族を、刑事が面倒を見てやる。それに感激したヤクザがムショを出てから情報を提供してくれる。銃のありかを教えてくれる。銃を取れるのは協力者がいるからなんや。その協力者づくりのために、警察は地道に努力してるんだ。
 ▼公安魂は面識率だ!?
 --共産党の党員を割り出す場合には、毎朝配られる『赤旗』の配達先でも調査するんですか?

 小牧 いや、対象となるのは党員以上や。『赤旗』の読者ではない。

 --では、どうして割り出すのですか?

 小牧 先ほど話したように、面識だ。ともかく、顔を覚えること。それが基本。あとは警察署単位でやり方は違うやろが、顔を党え、跡をつけ、拠点を見つけ、そこを張り込むなんてことをしているところもあるだろう。もう一つは協力者づくり。これは基本中の基本だ。

 --共産党なら組織のどのへんに協カ者がいるんですか?

 小牧 地区委員会(地域の幹部)クラスならなんぽでもおるよ。公安をやめたとはいえその上はやっぱり言えへん。ヘヘヘ……。新しい活動家が党員になる。新党員は必ずどこかの組織に顔を出すから、協力者が教えてくれる。共産党の監視は長いやろ。五百人ぐらいのときからやってるんやから、それをずっと追っかけていれば三十八万人のだいたいがわかる。

 --こうした話は共産党に限らず、すべての団体に共通することですか。

 小牧 ああ、そうや。外国のスバイを捕まえるのも、みんな同じ。顔を覚え、協力者をつくる。ただ、退職して思うのは、極左については協力者づくりをもっときちんとやらなけれはならんってことだ。過激派は独特やろ。三点セットつまりヘルメット・サングラス・マスクで、構成員を秘匿しとる。東京でもそうやろが、大阪でも同じや。集会所には顔を出すが、秘匿性が非常に強い。

 --秘匿性は高いけど、公然と顔を出す。それを尾行すれば、面は割れるんでは?

 小牧 そんな簡単なもんやあらへん,集会が終わると、ワゴン車に乗って、われわれの追及を徹底的に振り切る。彼らはまる一日かけてわれわれの尾行をまくという作業を平気でやる。だから、協力者づくりをもっとやらんとあかんのや。

 --先に「公安魂は面識率だ」とおっしゃいましたが、若い公安職員にはなんて説教するんですか?

 小牧 人それぞれに特技があって、尾行が得意な人、協力者の獲得がうまい人、事件に強い人、いろいろいる。それぞれに言うことは異なるやろな。必要なのは総合力。(ニヤリと笑って)俺は総合力、バランスカがあった。総合力を説くわけにはいかんかった。ガッハッハ。

 --(つられて)ワツハッハ。

 小牧 公安の職員は実に孤独だよ。尾行は本人の責任やろ。警察組織をバックにして尾行するわけにはいかん。過激派を尾行して、見つかって「あんた誰ですか?」と言われたとき、警察手帳を見せるわけにはいかんからな。

 --どうして?

 小牧 どうしてって? 犯罪を犯していない人を尾行することは、適正な執行とは言え人し、人権の侵害にもなる。社会的にも通用しない。

 --じやあ、尾行に気づかれ、質問されようとしたときにはどうする人ですか?

 小牧 ひたすら逃げる。ハハハ。そして自分の技量のなさを責める。警察組織に助けを求めるわけにはいか人からな。

 --確かに、孤独な作業ですね。でも、オウムの信者なら、社会的に許されるでしょ?

 小牧 それはオウムの事件が起きたから言えることであって、事件前に尾行していたら、信教の自由を侵すということで、大騒ぎになったやろうな。

 --オウムと言えば、警視庁の公安が警察庁に報告しなかったことを、最近の『週刊文春』(11月14日号の「警官自供を命じた警視庁『陰の公安』の記事)ではキャリアとノンキャリアとの軋轢が背景にあると報道していましたが。

小牧 あれは、後輩に電話をして確かめもしたが、まったくの誤報だよ。警視庁を例に出したほうがわかやすいだろうな。警察庁から来るキャリアは、警視庁公安七課を束ねる公安部長、その下にいる参事官、公安総務課の課長、外事二・課の課長、外事一課の管理官の五人だよ。キャリア、・ノンキャリアの問題は公安関係ではまったくなく、スムーズにいってる。
 ▼検事たちはほんとうの社会を知らない
 --ところで、長く公安をやってこられたわけですが、最初から公安を希望したのですか?

小牧 最初はデカ志望やった。ところが、警察学校の成績が上位一〇%は自動的に「警務公安講習」を受けるようになる人や。断ることもできる。でも、成績がいい者 は公安に行くという雰囲気があった。今でも変わりない。エリート意識をくすぐられるわけだ。それで、公安をやることになった。そやけど、問題やと思う。成績がよくても、公安は度胸、応用力、人間性が必要なんや。最近は勉強ができて左翼理論は分析できるが、協力者一人ようつくれんという奴が多くなった。公安警察が頭でっかちになってどないするんやって言いたいな。俺も公安やったけど、勉強ができる奴は会っていても楽しくない。俺が楽しくないのに、協力者の対象になる人が楽しいわけない。だから、現場ができんのや。ハハハ。

 --なるほど。でもそれはどの世界でも同じことかもしれませんよ。

 小牧 そうやろうな。

 --もう辞められたのだから、何か言いたいことがあれば話してください。そのまま何でも書きますから。

 小牧 宝島社で本を出した島袋さん(P63詳述)には文句を言いたい人や。実名で出したのはえらい。でも、あの本を読めば、公安のすべてが謀略で陰謀のような印象を受ける。何だか謀略組織が命令して、それでしかたなく島袋さ人が動いたというような感じだ。それで俺たち現場は、(あの本が出て)えらい苦労した。そんなに俺たちの仕事に謀略、陰謀が多いとは思えへん。同じ公安のメシを食った者なら誰でもわかるはずだが、重要な作業は別にすれば一人ひとりが自分の裁量で孤独な気持ちで動くのが公安職員だ。すべてが命令ではない。島袋さんに言いたいのは、自分の判断で何をして、その責任についてどう思うのかを書くべきだということや。もちろん、俺も今は匿名でいろいろしやべっている。そういう意味では卑怯かわからん。でも、組織でどう動き、自分で何をしたのかを整理整頓でき、責任はどうあるべきなのかを考えることができるようになったら、公安警察で経験をしたことを広く知ってもらううえでも、実名でしやべるなり、原稿にするなりするつもりだ。

 --この際だから、何でもしやべってください。

 小牧 そうか。じゃあ、最後に地検特捜部の兄ちやん方に。地検特捜部はカッコいいし、花形だ。扱う事件は大きい。でも、よく考えてほしいのは、捕まえる人はこれまで一度も警察にもムショにもお世話になったことのなかった地位の高い善良な人たちだ。捕まえて取調室に人れば、震え上がって、何でもしやべってしまうような人たちといってもいい。そ人な取り調べなんか、警察署の現場の警察官だったら誰でもできる。生いたちが恵まれてなくて、少年時代から非行を重ね、警察官の取り調べなんか屁でもないという奴が窃盗をやる。その取り調べたるや、大変なもんや。地検の持捜部の兄ちゃん検事なんかとても太刀打ちできんやろ。俺は新米のころ、留置場担当になって、何人もの犯罪者と接する機会があった。あの経験は人きい。犯罪者は必ず過去に辛い体験をしている。地検の検事たちには、ほんとうの社会がわからへんやろうなあ。あんた、東京から来たかわからへんけど、このぐらいでもういいやろ。女房が侍ってるんや。現役時代はなんもしてやらんかったさかい、連日デイトをせがまれてんのや。ガッハッハ。




(私論.私見)


フランスはすべてのネオナチ・グループ非合法化を望む(エル・ペリオディコ):要するに反シオニズム狩り
http://www.asyura2.com/0502/war66/msg/1019.html
投稿者 バルセロナより愛を込めて 日時 2005 年 2 月 02 日 22:02:44: SO0fHq1bYvRzo

フランスはすべてのネオナチ・グループ非合法化を望む(エル・ペリオディコ):要するに反シオニズム狩り


2月2日付のエル・ペリオディコ紙(電子版)は以下の記事を掲載しています。(要点のみを和訳します。)

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http://www.elperiodico.com/default.asp?idpublicacio_PK=5&idioma=CAS&idnoticia_PK=183707&idseccio_PK=7&h=050202

『フランスはすべてのネオ・ナチグループ非合法化を望む』
・政府は1936年の法を3000の極右グループに適用するだろう

モンツェ・カプデビラ  (パリ)

フランスの内相ドミニケ・デ・ヴィレピンは昨日、政府にフランスのすべてのネオナチの非合法化を進言するだろう、と発表した。彼によればこれらのグループに属する人数は3000にのぼる。
1936年の法律の効力はこれらのグループを非合法化し「偽名を使用しての再建」も監視するだろう。ヴィレピンによると3000名が構成するグループは「我が国の国民的記憶と社会的価値における恥である。」「これらのグループの行動は日増しに暴力的になりつつある」
警察筋の情報では、昨年の暴力的行為は65件にのぼる。2003年には27件であった。内相はナチの情報のインターネットを通した拡大とも戦う意思を示した。

【翻訳終わり】
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ネオナチの暴力事件は、近年はむしろイスラム系住民の方に多く向けられている、と聞きますが、「ネオナチ」と聞くとやはり「ユダヤ」と反応する筋が大きいでしょうね。

しかし最大のネオナチは何と言ってもシオニストじゃないですか。ヨーロッパ人は心の底ではちゃんと知っています。ヤバイので決して表には出しませんが。次の「スペインのマッドアマノ」Mundo Cruel.comのパロディーがそのヨーロッパ人の深いところからの認識をよく表現しています。(これは以前にもご紹介しましたが再掲いたします。)
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http://www.asyura2.com/0406/war60/msg/1198.html
投稿者 バルセロナより愛を込めて 日時 2004 年 10 月 06 日 20:32:53
大爆笑!「スペインのマッド・アマノ」をご紹介します
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より引用。

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【引用開始】

次は「アリエル・シャロン、太りすぎ退治のためにナチスの医者と契約を結ぶ」という題名のページです。(4年9月23日)
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http://www.mundocruel.com/noticias/091_sharon_nazi.htm
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写真はどうと言うことは無いのですが、この記事によりますと「近頃アリエル・シャロンは、2ヶ月で20キロの体重を落としイスラエルの指導権を強化する目的で、ナチスの医師であるヨゼフ・メンゲレ・ジュニアと主治医の契約をした。第4帝国再建を目指すメンゲレ・ジュニアは『アウシュビッツの特別食』で治療する予定である。」ということです。何せスペインには反米と同時に反イスラエルの空気も強く、この記事のテーマは明らかでしょう。
【引用終わり】
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なお文中のヨゼフ・メンゲレ・ジュニアは、Mundo Cruel.comによれば、ナチの医者ヨゼフ・メンゲレの息子で、ホセ・マリア・アスナールの主治医でもあり、レアル・マドリッド(スペインの右派勢力と一体)のチームドクターにもなっています。もちろんこれはパロディですが、実に鋭く本質を見抜いて笑いの対象にしているようです。シオニストがナチスの「双生児」であったことは、現代史を語る場合の常識ですね。両親は英米の資本家、産婆役がバチカン、といったところでしょう。現代のネオナチ・グループも、実際には誰の指令で動いているのか、疑問が持たれるところです。

以前の阿修羅投稿にこのような指摘があります。
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http://www.asyura2.com/0406/war58/msg/987.html
投稿者 さすれば 日時 2004 年 8 月 23 日 02:26:17
Re: パリのユダヤ人センターのボヤで大騒ぎ(エル・ムンドより)
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より引用。

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【引用開始】

フランスの各紙は、放火された建物の内部に描かれた落書きを一斉に報じている。捜査官によれば、「ユダヤ人がいなければ人々は幸せだ」という文句だ。ほかには「もしユダヤ人がいなければ、世界はもっと純粋だろう」「ユダヤ人に死を」など。カギ十字のマークも至るところに描かれていた(写真は「ル・パリジャン」)。
炭化水素によって放火されたというが、第一報なので詳細は不明。落書きと放火は矛盾しているような感じで、不思議な事件だ。もっと燃え広がれば、落書きも消滅する可能性があるので、あるいは早めに消防署に知らせた第一通報者が犯人かもしれない。
シラク大統領はじめ、ラファラン首相、ドヴィルパン内相、ドゥラノエパリ市長らが一斉に「言語道断の行為」などと非難。「反ユダヤ主義に対する国家監視事務局」は、「この落書きは疑いもなく反ユダヤ的性格を表している」とコメント(ルモンド)。
「疑いもなく」と強調したのは、これまでの多くの「反ユダヤ主義的」事件では、「反ユダヤ」ではなく「反イスラエル」、つまりイスラエルの犯罪的な拡張政策に対する非難、あるいはシャロンへの憎悪が動機なのかもしれないという、その判別ができない点に問題があったからだろう。
シオニストの右派は実は反ユダヤ主義者なのだという説がある。第2次大戦直前、彼らは「イルグン」という地下組織を作ってポーランドの反ユダヤ組織の庇護の下に活動していたという。
http://www.onweb.to/palestine/siryo/avnery-antisemitism.html
とすれば、シオニストがネオナチと共闘しても不思議ではない。
【引用終わり】
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また、これは何度か阿修羅でも紹介されていますが、ネオナチのリーダーがMI6のエージェントである、という報道もあります。
http://www.guardian.co.uk/international/story/0,3604,773568,00.html
The Guardian 02/08/13) Neo-Nazi leader 'was MI6 agent'


イスラエルのポチ、シラクが「ネオナチ狩り」と称して何をしようとしているのか、は明々白々でしょう。フランスではネオナチはすでにその「役目」を終えた、ということで、後は「ネオナチ狩り」の名目で、インターネットに対する検閲を含めて、「反シオニスト狩り」に狂奔する、ということです。

フランスだけではなく欧州全般で、「イスラム・テロリスト狩り」と並んで、現代の異端審問、魔女狩りが開始するという話です。英国の間抜け王子もそのサシミのツマにされたのでしょう。

【参照】

http://www.asyura2.com/0401/war47/msg/1106.html
投稿者 バルセロナより愛を込めて 日時 2004 年 2 月 14 日 04:48:55
米・欧・イ、ますます連携を強める:米国ユダヤ出資のNGO、ヨーロッパの反ユダヤ主義撲滅を目指す
http://www.asyura2.com/0401/war48/msg/467.html
投稿者 バルセロナより愛を込めて 日時 2004 年 2 月 21 日 07:46:09
プロディ、欧州の反ユダヤ主義に厳しく対処するようにEUに求める
http://www.asyura2.com/0403/war55/msg/301.html
投稿者 バルセロナより愛を込めて 日時 2004 年 5 月 17 日 18:37:20
欧州ユダヤ人団体、新たな「ナチス戦犯狩り」を開始(エル・ムンド)
http://www.rense.com/general54/fromm.htm
(Rense.com 04/07/18)World Famous French Professor Says From All His Research Nazi Homicidal Gas Chambers Did Not Exist
http://www.asyura2.com/0406/war57/msg/803.html
投稿者 バルセロナより愛を込めて 日時 2004 年 7 月 19 日 06:07:47
シャロン:フランスのユダヤ人は直ちにイスラエルに移住せよ!(エル・ムンドより)
http://www.asyura.com/0406/war57/msg/827.html
投稿者 はまち 日時 2004 年 7 月 19 日 16:05:09:
Re: パリ郊外発ユダヤ人捏造、にせ暴行事件とリンクしてないか?
http://www.asyura2.com/0406/war57/msg/802.html
投稿者 シジミ 日時 2004 年 7 月 19 日 05:29:53:
ハーグには判事たちがいる ウリ・アブネリ
http://www.asyura2.com/0406/war57/msg/918.html
投稿者 バルセロナより愛を込めて 日時 2004 年 7 月 21 日 17:13:06
イスラエル、国連への「恥ずべき協力」とEUを非難
http://www.asyura2.com/0406/war57/msg/900.html
投稿者 バルセロナより愛を込めて 日時 2004 年 7 月 21 日 08:37:55
イスラエルはフランスとの対立を「文化的な誤解」と形容、パリはカリカリ
http://www.asyura2.com/0406/war57/msg/1231.html
投稿者 木村愛二 日時 2004 年 7 月 31 日 14:51:45:
シャロンの本音は大イスラエル:シラク:反ユダヤ墓荒し真偽?
http://www.asyura2.com/0406/war58/msg/970.html
投稿者 バルセロナより愛を込めて 日時 2004 年 8 月 22 日 20:19:48
パリのユダヤ人センターのボヤで大騒ぎ(エル・ムンドより)
http://www.asyura2.com/0406/war58/msg/992.html
投稿者 FakeTerrorWatcher 日時 2004 年 8 月 23 日 08:02:37
フラッシュバック:いんちき反ユダヤ主義者攻撃イン・フランス
http://www.asyura2.com/0406/war60/msg/932.html
投稿者 木村愛二 日時 2004 年 10 月 02 日 18:08:00:
Re: “アリ・ババ作戦”という別名が付けられた集団移住の始まり
http://www.asyura2.com/0411/war61/msg/595.html
投稿者 バルセロナより愛を込めて 日時 2004 年 10 月 17 日 17:28:01
ブッシュ、世界中の反ユダヤ的動きを記録する法律を発布(エル・ムンド)
http://asyura2.com/0406/bd37/msg/568.html
投稿者 佐藤雅彦 日時 2004 年 10 月 22 日 18:30:41
ニューヨークで多発した「カギ十字」落書き事件の犯人は、若妻と再婚した夫を恨んだユダヤ人中年女だった
http://www.asyura2.com/0411/war65/msg/1148.html
投稿者 バルセロナより愛を込めて 日時 2005 年 1 月 16 日 04:15:14
英国皇太子、息子たちに「アウシュビッツに行ってこい!」(ABC紙):なんか臭いよ、コレ・・・ 次へ  前へ