一つの時代が終わり、そして一つの時代がはじまる―――そのような激動の季節の中に、ぼくたちは生きつづけている。いや、ぼくたちは、決してそのように受動的に生きているのではない。「生きる」というのは、一つの闘いなのではないか!ぼくたちが闘うことを知り、闘うことが、「生きる」ことであり、同時に、「生きる」ことは、どうしようもない体制のワクにしばられつづけていることであり、それは「生かされる」ことにすぎない。ぼくたちは闘うことの中から、それを確認してきた。ぼくたちをしばりつけ、生かしつづけてきた(それは、殺しつづけてきた言い換えてもいいのだ)この社会を、いま、ぼくたちは糾弾し、そして、人が人として真に生きることができるような状況をつくり出したいと願う。弾圧と圧殺・支配と抑圧の中で生かされつづけてきたこの国の被圧迫階級と共に、ぼくたちは闘いつづけるのだ。 「ポン大生」とは何か。それは、ぼくたちに与えられたレッテルであると同時に、同じように差別され、苦しめられつづけてきた日本人民へのレッテルでもあるのだ。ぼくたちの闘い―――それは、日本の支配機構の最末端に組み込まれてゆくことで、直接ぼくたち自身を搾取することからの反逆ののろしなのだ。しかし、ぼくたちはそのような逆説的言辞を弄することを好む者ではない。たとえぼくたちがどのように言おうと、ぼくたちは「大学生」であり、そして「ポン大生」なのだ。ぼくたちは「被害者」であることを拒否する。と同時に「加害者」であることを拒否するのだ。ぼくたちは「殺される」ことを拒否する。と同時に「生かされる」ことを拒否するのだ。ぼくたちは、支配され抑圧されることを拒否する。と同時に、支配し抑圧することを拒否するのだ。―――そして、ぼくたちは、ぼくたちの闘いをつづけよう。あなたがたが、あなたがたの闘いをつづけるように!
出典: BLOG-B 2019年11月20日 |