333―212 | 【ネオコンの形成過程】 |
(最新見直し2006.3.5日)
【ネオコンの源流について】 | |
太田龍・氏は、「週間日本新聞 時事寸評」の中で、精力的にネオコンに言及し続けている。それによれば、概要次のように記されている。 (「ネオコンの正体」を知るのに、太田龍著「ネオコンの正体」(雷韻出版、平成十六年三月)、リンドン・ラルーシュ著、太田龍監訳「獣人ネオコン徹底批判」(成甲書房、2004.4末刊予定)の二書が詳しいとのことである)
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【レオ・シュトラウスについて】 | |
太田龍・氏は、レオ・シュトラウス(Leo Strauss,1899-1973)について次のように述べている。
してみれば、レオ・シュトラウスがネオコンの始祖に当たることになる。つまり、・シュトラウスはネオコンの「ゴッドファーザー」ということになる。 |
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(シュトラウスの履歴総評) |
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(シュトラウスの履歴概要) 1937年、ナチスから逃れるため、ドイツからアメリカに亡命。 |
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れんだいこは、シュトラウスの著作を何一つ読んでいない。それでシュトラウス論を為すには任が重い。しかし、シュトラウスの著作を何冊も読んでいて、なお且つピンぼけシュトラウス論しか為しえていない現状を思えば、あながちれんだいこのシュトラウス論が非難されることも無かろう。そういう訳でスケッチする。 シュトラウスはその生涯において数多くの書物を書き、政治哲学の根本的な問題について一家言為している。シュトラウスは生存中よりも、その思想継承者達による活躍で脚光を浴びるに至っている。2005年現在の米国ブッシュ政権の中枢は、この学派で占められており、独特の好戦的聖戦論で世界を騒がしている。こうなると、現ブッシュ政権の源流とも云える訳で、よってブッシュ政権の解析上からもシュトラウス思想の検証が必要になる。以下、シュトラウス思想の特質をれんだいこが寸評してみる。「政治的無関心、ネオコン、リバイアサン」等々を参照しつつれんだいこ風にアレンジする。 シュトラウスを知る為には、彼が正統派ユダヤ教徒の家庭に生まれ、その教育を徹底的に施されていることを踏まえる必要があるように思われる。シュトラウスの青壮年時代に生国ドイツでナチスが台頭していき、ユダヤ人としてのシュトラウスにとって重苦しい時代を迎えるが、シュトラウスは、ただ単にナチズム的ファシズムを批判していない。むしろ、ナチスの台頭を許してしまったワイマール時代の実権力を持たない理念主義をも軟弱として斬って捨てる。実は、シュトラウス思想はこの方面の考究に異彩を放つことになる。 シュトラウスの思想的原点は、伝統的ユダヤ人独特の世界観・社会観・歴史観に立脚している。直接的には、近世以降生み出されたシオンの議定書派の思想と通底している。「権威と経典がシュトラウスの思想の中でも鍵となる」と云われる所以はこの秘密にある。ここを踏まえないと、シュトラウス論は態を為さないのに、この辺りが上っ面滑りのシュトラウス論が多すぎる。 シュトラウスは、ドイツ時代にナチスの台頭を目の辺りにした経験によってか、「専制(ティラニー)についてあたかも医師が癌について語るような自信をもって語れない社会科学は、社会現象を理解し得ない」と述べ、専制に対する実効力を持つ学問を重視している。ここを始発とさせたシュトラウスはその後どう理論形成していくことになるのか。 シュトラウスは、シオンの議定書派そのままの生硬なイデオロギーを以って、西欧史上の知の巨人を渉猟し、諸思想を俎上に乗せ解剖していく。何の為にこれを為すのか。「ルネサンス以降の欧米的近代主義=啓蒙主義的合理主義、民主主義」の流れに棹差す為である。シュトラウスは、近代西欧に胚胎した大衆民主主義を忌避し、その批判の徹底に向かう。この観点から拾い出してくるのが、プラトン、マキアベリ、ホッブス、ニーチェ、ハイデッガー、ヴィットゲンシュタイン、ホボス等であり、この系列の再評価に向う。 シュトラウスは、プラトンの「真実は饒舌な嘘をつける一部のエリートによって管理されるべきものだ」という思想に共鳴する。それは、シュトラウスが依拠するユダヤ選民思想に基づくエリート主義と馴染みやすかった為であろう。シュトラウスは、賢者が法則を作り、愚者が強制でなく、納得してこれを受諾する政治形態を最善と考える。これもシオンの議定書派の論理そのものでしかない。 シュトラウスは、ホッブズの「リバイアサン」を再解釈・再検証する。そこに提起されている「人間の自己保存の問題」(=正当防衛の権利)を基軸に据え、この基底から思想を汲み出そうとする。やがて、「性善説」を否定し「性悪説」から組み立てる哲学的パラダイムでもって、近代啓蒙主義の発展過程の全体を根底から批判する見地の確立へと向うことになる。 しかし、これとて、れんだいこは、その営為をシュトラウスの独創で格闘したとは思えない。彼が幼年期より教え込まれ、長ずるに及んでも動ずることなくむしろ確信を深めたシオンの議定書派の世界観・社会観・歴史観に立脚しつついわば自派思想の正当性を立証せんとして企図した定規当て式学問ではなかっただろうか。れんだいこはそのように看做す。 それなりの学才を示すことに成功したシュトラウスは、やがて国家政策に関与し始める。シュトラウスの国家観は、「強者がルールを作り、弱者はそれに従うべき」というこれまた典型的なユダヤ式古典的帝王学に依拠するものであった。シュトラウスの特異なところは、哲学思想戦線で既に片付けた「平和と民主主義」の排撃を現実の国家政策にまで高めて、「平和と民主主義」に基づく諸政策を戯画として退け、代わりに知的エリートによる強権国家創出を志向させ、「理想世界創出の為の好戦的聖戦論」を焚きつけたことにある。 曰く、「西欧の民主主義諸国にとって安全な世界を世界を作るためには、世界全体を国家の社会としても、それぞれの国家についても、民主化をしなければならない」の言葉に凝縮されているユダヤ・スタンダードによるワンワールド化は、シュトラウスのこの学問的裏づけから始まる。とはいえ、シオンの議定書派の指針の焼き直しに過ぎない。 シュトラウスの宗教観も特徴的である。弟子たちに次のように語っている。「為政者自身は宗教に縛られてはならず、人々を騙すのに宗教を利用しなければならない。よって為政者に対して如何なる場合にも蔑視しか抱くことがない大衆を支配しようとするなら、政教一致政策の採用が不可欠だ」。 シュトラウスはれっきとしたユダヤ教徒である。そのユダヤ教徒がユダヤ教徒のままにキリスト教徒と連携する為の知恵を授けているように思われる。政策当局者は宗義論争を避け、当面は双方の溝を踏まえつつ、「宗教は体制が民衆を管理する有効な手段」、「宗教は社会の結束を固める糊のようなもの」とする効能で一致点を見出し、巧妙に宗教政策を採用していくべきである。この観点で一致すれば良い、と諭していることになる。 「宗教と国家の分離には反対する」は、これまた露骨生硬なユダヤ教徒的信仰の披瀝でしか無かろう。れんだいこは概して、シュトラウスの中にむしろ凡庸さを認める。戦闘的原理主義であるだけの、つくりはナチズムの裏返しのユダヤイズム原理狂信派のエピゴーネンでしかないように思われる。歴史を観る目線が逆の意味の教科書的で、その分低いとも思う。 2005.3.15日 れんだいこ拝 |
【ネオコンの形成過程】 | ||
ネオコン派の源流をスケッチしてみると次のようになる。スターリン独裁によりロシア大国主義を本質とする国家に変質したソ連が形成されていくに従い、ソ連国内のユダヤ人たちの多くは、アメリカやイスラエルに逃れた。現在のアメリカとイスラエルの連携はこのような歴史的背景がある。アメリカにわたったトロツキスト達は次第に思想を変容させていく。
アービング・クリストルはその著書、「ネオコンサバティブ──あるアイデアの自伝」(1995年)で次のように自分史を記している。
2003.5.12日朝日新聞に、高成田享(タカナリタ・トオル)氏の「ブッシュ大統領を突き動かすもの」という興味深い記事が出ている。これを参照する。 2003.5.4日付けニューヨーク・タイムズ紙週末版は、「ネオコンの源流にレオ・シュトラウスの影響あり」との見方を披瀝し、ブッシュ政権内のネオコンの支柱とされるウォルフウィッツ国防副長官をはじめとして、シュトラウスの思想に影響された人々の人脈を紹介している。 ネオコンは革命の夢想家では無い。石油と軍事を中核にした利権屋でもある。但し、単なる利権屋とすると見間違う。彼らは利権屋でありながら、世界的に普遍化すべき理念・価値観・制度・政策を持っている。そのような理念・価値観・制度・政策を現実化することこそが、最大の利権になるとも考えている。 ネオコンの思想及び政治哲学には、ユダヤ主義的な「選民選良知的エリート」による愚民支配社会が前提にされている。彼らはかっての「革命の輸出」に代わって「戦争の輸出」を辞さない。それが如何に暴力的過程を通ろうとも、エリートによる愚民支配には正当性があると考えている節がある。 |
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1987年、Newsweekに掲載された「Cult of Leo Strauss(カルトのレオ・シュトラウス)」は、『なぜレーガン政権にはシュトラウス信仰者がこうも多いんだ?』。ゴードン・S・ウッドの「New
York Review of book」でも書かれているがシュトラウス主義の登場は90年代の学会において最も大きな現象だった。 ブッシュ政権はシュトラウスの教えを受けた人達が海外政策を実行している。政治の思想こそが歴史を動かす力だと説得したりしながらできあがった25から30人ぐらいの小さなユダヤ人グループの中で熱狂的なシュトラウス信仰が広がっており、そのほとんどがユダヤ人の知識人ばかりである。ネオコンのルートはシュトラウスの影響だけでなく複雑ではあるが。シュトラウスの考えとの決定は不思議なくらい共通点が多い。 ホワイトハウスで影響力を持つ多くの政治家が過激な右翼から過激な左翼に転進したユダヤ系アメリカ人の知識人の末裔なのだ。彼らは共産主義と敵対したマッカーシーの友軍で、後にレーガン政権に加わっている。彼らは1960年代の自由思想と平等を理想としているものにたいしての侮蔑感以外は何も持っていなかった。(シュトラウス自身も強者がルールを作り、弱者はそれに従うべきと主張していた。)それ以外にも、反戦運動(力は必要不可欠なもの)、フェミニズム(プラトンは当然男を定義している。)かれらが力の頂点を極めたのは、今回のブッシュ政権が初めてではない。政治の思想こそが歴史を動かす力だと説得したりしながらできあがった25から30人ぐらいの小さなユダヤ人グループの中で熱狂的なシュトラウス信仰が広がっており、そのほとんどがユダヤ人の知識人ばかりである。 |
【ネオコンの代表的イデオローグ】(「レオ・シュトラウスの賛同者」転載参照) | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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【元外務省高官・岡崎久彦氏のネオコン賛美論の酸鼻】 | ||
元外務省高官・岡崎久彦氏が、2003.11.23日付け読売新聞朝刊の「地球を読む」欄の「ネオコンの思想 根底に古典の常識 政策動かす新たな哲学 」の中の「米の懐の深さ」で次のように述べている。この手放しの礼賛ボケぶりを拝聴してみよう。
次に、「思想混迷の日本」の章で次のように述べている。余程頭がおかしいのだろう、何の因果関係も無いルネッサンス論で締め括っている。
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(私論.私見)