元正天皇と蕎麦(そば)

 更新日/2018(平成30).10.26日

 (れんだいこのショートメッセージ)
 ここで、「元正天皇と蕎麦(そば)考」をものしておく。

 2018(平成30).10.26日 れんだいこ拝


【元正天皇と蕎麦(そば)】
 奈良時代の女帝・元正天皇(げんしょうてんのう。第44代、在位:霊亀元・715年9月2日~養老8・724年2月4日)の蕎麦(そば)詔勅(しょうちょく。天皇陛下の命令)を確認しておく。
 勅撰史書「続日本紀」(しょくにほんぎ)によれば、養老6年(722年)7月19日の詔勅は次の通り。
「民に失業なからしめよ、役人に汚行なからしめよ」
「今夏無雨苗稼不登 宣令天下国司勧課百姓、種樹晩禾蕎麦及大小麦、蔵置儲積以備年荒」。
 意訳「今年の夏は雨が少なく不作が予想される。そこで百姓らへ晩稲(おくて。晩禾)や蕎麦、および大麦小麦を植え、蔵に備蓄させるよう、全国の国司たちへ命じなさい」。

 旧暦7月は今の概ね8月。この時点で凶作が予測されたので、天候条件が悪くても早く育ちやすい晩稲や蕎麦、大麦小麦を植えて備えるよう命じたことになる。これが日本で初めて蕎麦の栽培について言及した史料とされる。

 昭和8年(1933年)、京都で開催された全国麺業大会で「元正天皇を蕎麦祖神(そばそしんorそばおやがみ)としてお祀りしよう」と提言される。祭礼の日は元正天皇が崩御された新暦5月26日とし、当日は奈良県奈良市にある元正天皇の御陵(奈保山西陵)へ参拝し、蕎麦をお供えする感謝祭が執り行われる。他の地域でも、元正天皇の故事とは別に山の神様へ蕎麦を供えて祀る風習が伝わるところがある。




(私論.私見)